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Another 36.28  作者: 高田 勲武
7.ユグドラシル
25/27

真実

 海の上、霧に(おお)われて空まで伸びた巨大樹のような影。――それが集中管理都市ユグドラシルの全景。


 近付くにつれてその霧の効果が薄れ、全貌が明らかになる。四角の建造物……達也の先入観で見る限りは自由の女神像を囲ったものと同じコンクリートで造られた建屋が無数に縦へと積み重なり、菱形(ひしがた)状の塔を形成する。


 魔導の村クレストでの一件後、村の入口を塞いでいた山のように大きな機械の中へとヴァルキリーに連れ込まれ……いや、達也以外のフォルティナ、シュウマ、マリア三人は(かつ)ぎ込まれたと言った方が正しいだろう。


 全員が乗り込むと共にそれは動き始める。機械の重さは全く感じさせず――磁力によるものなのか何なのか。


 理解できぬ浮力で浮き上がって旋回によりユグドラシルへ進路を取った。タイヤもなく、砂を()き散らすこともない。


 雑音は何一つない。


 中は外見で予想した通り広く……何よりそれは移動手段であるにも関わらず、医務室までもが存在する。フォルティナ達三人はまずそこへ通され、治療を受ける。


 仕切られた部屋のドアは鉄のような金属質で、近寄れば自動で開く――ここでは珍しい自動扉。達也には馴染み深いが、この世界ではまず見ることができないもの。


 ――何とも形容し難い違和感として強く印象に残ったのを覚えている。


 医務室の中は飾り気もなく、四、五個のカプセルを横にしたようなベッドが並ぶだけのものだった。その中で優しい光を浴びるだけ――ここでの治療はそれだけのようだが……


 その直後で出会ったフォルティナは壊れたためか胸の辺りなどにいつも身に着けていた甲冑(かっちゅう)を外し、身軽な姿。だが、そんな外見よりも……


 フォルティナは自分の胸に優しく手を添えて戸惑う。――傷が跡形もなく消えている。


 この力はまるで精霊アリエス。


 ヴァルキリー(いわ)く、あのカプセル型のベッドは精霊アリエスの力を解析し、人工的に魔素を用いて実用させたものらしい。


 ものとしても、この乗り物内とユグドラシルにしか存在しないとのこと。


「使用も私が許可する者と、ごく一部の管理局の人間だけです」


 だからヴァーモスは受けた傷を引きずっていたのだ。


 管理局の人間としてこの器具の治療を受けることができていたなら、その怪我も治っていただろう。無条件でこの施設を使用できる程の身分もなく、許可されることもなかった――いや、元より言えなかったのかもしれない。


 特定要因マイノリティ・ファクターとして達也を追う状況をヴァルキリーが全て把握していなかったことから、どこからか彼の暴走が始まっていたのだろう。


「それに管理というものも、される側より、する側の方が身分……地位が高くなければ機能しません。そのためにこういった差別化はどうしても不可欠なのです」


 乗り物は砂漠を抜け、アストラル大陸を超えて内海へと入る。――水陸両用機であるようだ。


 ユグドラシルはその中央付近に建ち……先程の景色に行き着く。


 達也達が乗る水陸両用の乗り物が樹と例えるならば幹に当たる部分へと到着すると、明らかに人工物と思われる地面が下がり、大きく開いたその中に入っていく。


 乗り物から降りると――外装とは違い、金属製の壁。明かりは蛍光灯だろうか。


 どうもここだけ根本的に……文明レベルで違いを感じる。どちらかと言えば、達也の元いた世界に近い。ヴァルキリーに連れられるまま……


 彼女の右腕は血止め処理をされているのか巻かれた包帯は綺麗なものだが、依然として肘から下がない状態。


「元はと言えば、我々の一方的な……それも過ちから起こったもの。一つの罰として受け止めています」

 と、それについてはそう語るヴァルキリー。――そのため治療を拒絶しているのだろう。


 達也は後ろめたそうにその腕を見つめる。


「良く寝た」

 と、背伸びしながら言い放つシュウマと、

「さすが管理局の乗り物と言ったところかしら。なかなか快適だったわ」

 そのシュウマへ話し掛けるマリア。


 二人も全快し、管理局の最新鋭の治療によって傷痕(きずあと)一つない。


「私に付いて来て下さい」


 ヴァルキリーの引率により、四人はおそらくこの世の中唯一のエレベーターに乗り、ユグドラシル最上層へ。


 そこは階段の踊り場のようで、素っ気ない壁に囲まれた場所。正面には人の身長の倍はありそうな大きな両開きのドア。


 中は広大な部屋であった。外よりも明かりは落とされ、薄暗いがその壁に散りばめられた細かい光が奥行を証明する。――いやに耳に付く甲高い電子音も聞こえる。


 達也達は途中、立ち止まる。ヴァルキリーはそれを横目で追いながらさらに奥へと進み……暗さからはっきりとはしない。この人工的な床を踏み締める音だけが鳴り響く。


 急に目の前が明るくなった。


 達也は目の前に手をかざし、目を細める。――が、この部屋の全てが明るくなったのではない。光を発しているのは正面からの一方向のみで……慣れて来るとそれも強くなく、全体としてはやはり薄暗い。


 光の発生源は自分の三倍程あると思われる人の顔。表情もないが、線の細い造りから女性だと推測できる。


 それはコンクリートで創芸されたかのような人の顔の形をした像。それが三体横に並び、その右隅にヴァルキリーが立つ。


「ようこそ。ユグドラシルへ」

 三つある女性の顔の中央、上辺りから声が飛んで来る。


 目を()らすと、そこには椅子のようなものに腰掛け、こちらを見据える人影。何故だか生気を感じられず、兵士(ソルジャー)のような機械的なものでもない。


 何とも気味悪く、不思議な存在。


「我が名はオーディン。管理局の全てを統べる……長と言ったところか」

 その理解できない者から発せられる言葉。


 声から男であることはわかるが――この男、オーディンこそ管理局の長。普通の人間ではないことに驚きを隠せないが、逆にだからこそ人間を管理しようなどという発想に行き着いた。


 そう思うと納得もできた。


「私は過去を(つかさど)るウルド」

 突然、向かって左端の女性の顔が、その瞳を光らせながら発声する。


 これには四人が身震いさせる。――まさか像がしゃべり始めるとは。


 しかし、それでは終わらない。


「私は現在を(つかさど)るヴェルダンディ」

 次は中央の女性の顔が同じく目を輝かせて言い、

「私は未来を(つかさど)るスクルド」

 と、最後に右端の女性の顔が名乗る。


「我ら運命の三女神」

 その三人の女性は声を(そろ)えてそう言った。――声を発する度、目に当たる部分が光るようだ。


「現在を(つかさど)る私がこの世の全てを監視し……」

 ヴェルダンディが語る。


「過去を(つかさど)る私が今までのデーターベースを参照し……」

 それをウルドが引き継ぎ、


「未来を(つかさど)る私が現象の未来を予測し、最適な選択をする」

 スクルドが追加する。


「その結果を私が管理局に属する者達へ命令を下し……」

 再びヴェルダンディ。


「その結果もろとも、私がデーターベースをフィードバックする」

 ウルドが締め(くく)る。


 この一連の流れ――役割からしても人工知能のコンピューターと違わない。命令が自身の行動か、管理局への指令なのかだけ。


 声だけすると兵士(ソルジャー)のそれとは随分と違い、生命すら感じられるのだが。


「それが管理局の仕組み。ショックだったかな?」

 言葉を失った達也達へ、意地悪そうにオーディンは問いかける。だが、


「そんな話をするために、私達をここへ呼んだのか?」

 と、フォルティナは強気に切り返す。


 ここまでの道中……フォルティナが治療を受けている間、達也はヴァルキリーと二人きりで仲良く談笑していた。――本人は否定しているが……


 だから機嫌が悪いのだろうか。


「管理局の仕組みなどに興味はない」

 皮肉にも似た言葉に、オーディンは声を上げて笑う。


「全くの無関係では済まされないのだがな」

 そう言葉を付け加えて。


「まぁ良い。本題に入ろう」

 オーディンは言って、遠目でもわかる一息を吐く。


「君達がクレストからここへ来るまでの移動中に、そこのヴァルキリーからの報告を受けている。原点の欠片ピース・オブ・オリジンも確かに受け取った。これにより君達は無罪放免(むざいほうめん)……と言いたいところだが、それはこれからする我々の説明を聞き、同意すればの話だ」


「な、何を……!」

 フォルティナは今更勿体ぶるのかと声を荒げる。


 ――が、それを横……達也側ではない脇に立つマリアがその肩に手を置き、首を横に振る仕草で続く言葉を制止させる。


 そんなことだとは思っていた。何の犠牲もない都合の良い話などはあり得ない。ギブ・アンド・テイク……それがこの世の常なのだから。


「まずは歴史について、少し話をしておこう」

 オーディンはフォルティナが押し黙ったことを見定めると続け、


「キリスト文明について、少々は御存じかとは思いますが……」

 と、話の続きをウルドが引き継ぐ。


「それは物欲で技術力を発達させた文明です。しかし、最も長く栄えた文明でもあります。その事実は人間の本質が欲深い動物であるという証明。差別、思想の違い……それらは自分が優れているという優越感を求め、弱き者を支配しようとする支配欲の現れ。――それにより起こる戦争。便利であることを追い求め、(かえり)みずに技術進歩させたことによる環境破壊」


 達也は俯く。胸に手を当てて考えると、何一つ反論できないことに気が付く。


「達也。貴方は身に覚えがありますか?」

 その様子を見て、ヴェルダンディが問いかける。


 達也は驚きを隠せず、顔を慌てて上げる。表情は何一つ変わっていないが……名乗ってもいないのに自分の名前を知ることも不可解。


「身に覚えついでに、その文明が滅んだ本当の理由――それにも身に覚えはございませんか?」

 再びウルドが口を開き――今度はそのウルドが声をかける。


 フォルティナ達三人が達也をじっと見つめる。――視線にも気付いている。だが、目を合わすことはできず……再度、黙って下を向く。


「文明の退化は……」


 達也は何も語ることができない。そうウルドは判断したのだろう。続きを話し始める。


「長く続き過ぎたがため。ものが溢れ、新しいものより少し古くともコストが掛からないもの――それでも困ることがなくなったのです。新しい技術を求めなくなればそれ以上の進歩も見込めず、古い技術ばかり使うことにより現状の技術も維持できなくなり……途中、環境に気を配り出しても時既に遅く、環境破壊は進むばかり。最後は戦争と大規模な地殻変動――極め付けは隕石の落下。その目まぐるしい環境変化に対応できるまでの科学力は衰退しており……結果、滅んでしまいました」


「歴史は繰り返される」

 ウルドが言い終わったのを見越し、オーディンが言う。


「何度も人間は滅び……誕生、発展、衰退――人は歴史を学び、教訓にすると言うが、それは一度も活かされたことがない。虚しく繰り返されるだけ」

 欲望こそ人の本質なのだから、当然だとでも言っているかのよう。


 それは悠久(ゆうきゅう)な時間をかけて傍観(ぼうかん)し続けた結果によって導き出された答え。


「私はそれを三周期も見た。それは人間が欲深き者で、何かに管理されなければ自身で制御することができないという証明。だから私は管理局を立ち上げ、表舞台へ立ったのだ。もうこの(むな)しい輪廻(りんね)を繰り返さないために」

 オーディンはここまで言って、一つ間を置く。


「今、管理局が恐れているのは人間の心の回帰。キリスト文明と同等の物欲を持つことです」

 スクルドが話し始める。


「キリスト文明の物欲の象徴であるお金――硬貨を持つことにより、人間の奥底に眠るその本能が目覚めることのないよう、それを原点の欠片ピース・オブ・オリジンと指定し、人目に付かぬよう回収しているのです」


「長々と説明頂きましたけど……」

 ここでマリアが割って入る。


「つまり原点の欠片ピース・オブ・オリジンを持った者の罪の帳消しと、その後の生活保障は……所謂(いわゆる)、口止め料とでも言ったところね?」

 マリアはそう言うと、オーディンを見上げる。


「その通り。理解が早い者がいると助かる」

 オーディンは即座に、負い目を見せることもなく肯定する。


 その表情が見えなくとも、含み笑いが伝わって来るようだ。


「それだけ、原点の欠片ピース・オブ・オリジンは重要だということです」

 ヴェルダンディが弁解する。


 それを理解してもらうために態々(わざわざ)時間を割き、詳しい説明をしたのだ。


「私は別に、それでも構わないが……」

 不満を口にしかけたが、それより先にフォルティナが受け入れの意志表明をする。


 マリアは勢い良く振り返る。


「ちょ、ちょっと!」

 そして、困惑しながら口走るが、


「私は元より原点の欠片ピース・オブ・オリジン自体の価値には興味ない」

 フォルティナはそれも聞かずに続ける。


「私が求めるものはタツヤの特定要因マイノリティ・ファクターの解除と、私の夢のための生活保護のみ。口止めぐらい何の苦でもない」


 それが本心。――元よりフォルティナへの、この長い説明は不要だったのかもしれない。


 マリアは一つ長い吐息を吐く。確かにそうなのかもしれないが、ここでそれを言ってしまったら身も(ふた)もない。


「俺も別に構わないぞ」

 便乗してシュウマも言った。


 マリアは睨みを利かせる。


「何より話の内容も良くわからんし……」

 シュウマはその視線に気付かないのか、付け加えるかのように小声で呟く。


 それこそ興味がないと言っているのと同じこと。――マリアは頭を抱える。


「私にはあまり利点のない話だけど……」


 マリアは神殿の司教(ビショップ)……つまり元より生活は保障されている。利点としてはもう管理局に追われることがなくなるくらい。厄介ごとが増えた感の方が強いが……


「二人が了解するのでしたら……仕方がないですね」

 渋々頷くことしかできない。


「話がまとまったようで安心しました」

 ヴェルダンディは安堵の言葉を口にする。


「君達への話は終わりだ。下がるが良い」

 オーディンは言った。


 その上目線の言い方は少々(しゃく)(さわ)るが……四人は背を向け、この部屋へ入って来た時に使った入口へと歩き出す。


「待て。下がるのは君達だけ。鈴木達也、君はここに残れ」

 しかし、それを呼び止めるオーディン。


 四人は足を止め――声をかけられた当人である達也はゆっくりと振り返り、そして見上げる。


「君にはまだ話の続きがある」

 オーディンは達也の視線を察知すると、そう言った。


「タツヤにだけ……とは、どんな話だ?」

 聞き捨てならないとフォルティナは言って達也の肩へ手を掛け、振り向く。


「こう見えてもそれなりの期間、寝食も共にし、共に旅を続けた仲だ」

 そう続けたフォルティナの表情には、怒りにも似たものを感じる。


「今更、他人行儀なことをされても……ねぇ?」

 マリアがシュウマに同意を求める。


「まぁ、タツヤがどう思っているかは知らないが、もう赤の他人と割り切れる仲でもあるまい」

 珍しくシュウマもそれを認めてくれる。


 何とも心強いと素直に感じた。……ただ言葉が付いていかず、達也はそう言ってくれた三人の顔を交互に見つめるのみ。


「タツヤ、こういう時は何か言わないと駄目だろ?」

 フォルティナが達也の脇を肘で突く。


「あ、ありがと」

 催促(さいそく)され、達也は目を合わせることができないながらもようやく言った。


 オーディンはまたもや声を上げて笑い出す。


「仲間か。良いものだな」

 オーディンはその笑いの中でそう言うと、

「ヴァルキリー。君には彼が羨ましいのではないか?」

 三女神――スクルドの(そば)で黙って立つヴァルキリーに問いかける。


 彼女は黙って頷く。


「良いだろう。続きを話そう」

 オーディンは仕切り直しをする。


「話せば辛い話となりますが……」

 それを受け、ヴェルダンディが口ごもる。


 本当にこの三女神は感情までも存在し――生きた人間のような錯覚にさえ陥ってしまう。


「構わん」

 オーディンがヴェルダンディを一喝する。


「それは、ここにいる四人が決めたこと。それに仲間でその苦痛を分かち合うのも一興だろう」


 達也はここで両手を握り締める。


「待ってくれ!」

 この部屋での……初めてのきちんとした発声。その場に留まった三人は一斉に達也の顔を覗き込む。


「教えてくれ。俺は……キリスト文明の人間なのか?」


 何の冗談かとも取られられるが、その表情は悲痛に歪む。――オーディンと運命の三女神は口を閉ざす。


「知っているんだろ?だから俺の名前も……教えてくれ!俺はこの世界の過去から来た人間なんだな!」

 達也は沈黙に耐え切れず、取り乱しながら大声で叫んだ。


「お、落ち着け、タツヤ!何を言っている!」

 フォルティナはそんな達也を(おさ)え、(さと)すように耳元で語気強く言った。


「話を聞いて頂ければ、わかります」

 ヴェルダンディは見かねて、ただそう言うのみ。


 達也は動きを止める。


「キリスト文明。それはキリストと呼ばれる神という存在の者が生誕した年を紀元として年を数えた――そのキリストの名より由来しております」

 ウルドが語り始めた。


「それはタツヤ、貴方が知る通りです」


 それはもう肯定したようなもの。――やはり、キリスト文明の人間のようだ。


 力を失った達也に気を遣いながら、フォルティナはそっと手を放す。


「先程も言った通り、キリスト文明はその高度な技術力を長い歳月というもので退化させてしまいました。しかし、一つだけ例外があります」

 しかし、ウルドはさらに続ける。


「それは娯楽――ゲームです」


「どんな生活であっても心のゆとりは欲しいもの。その進歩には目を見張るものがあり……それを管理局が引き継ぎました」

 ここでヴェルダンディが再びバトンタッチされる。


原点の欠片ピース・オブ・オリジンを人々から切り離したとしても……どうしても人間に欲望は完全に取り除くことができないものです。欲望を満たすために管理局が進化させた擬似世界体験型ゲーム」


 何やら雲行きが怪しくなっている。何のために、そんなゲームの話などをするのか。


「それは人工知能により進化を続け、歴史をなぞっています。ある者はそれに自分を照らし合わせて自分の分身を。またある者は理想の人間を造り、『フェイト』という名のゲームアイテムを用いてゲーム上の運命を操り育てる――()わば育成ゲームの一種。勝手に進化を続けるため、そのゲーム上で不特定の人は勝手に育ち、また繁殖(はんしょく)もします。ちょうど時代で言うとキリスト文明後期に差しかかる辺り……」


「それって、もしかして……」

 シュウマが声を上げる。


「ファンタジック・ワールドでは……」


 割って入られたことによりヴェルダンディは言葉を途中で止め、他の三人はシュウマ顔を覗き込む。


「ほら、バランガスの子供達もしていた……」

 三人の態度に、シュウマの声も必然と大きくなる。


 確かにそんなこともあったような気がする。


 だが達也自身、そのファンタジック・ワールドなるゲームを見たことすらないのだからこんなに強く同意を求められても、どうすることもできない。


「確かに君は、そのゲームで自分の分身を造った」

 それを見かねてなのか、オーディンがそ横やりを入れる。


「だが何せ君も、その時は子供だった。飽きもしたのだろう。途中で投げ出してしまうが、その後もその分身は……それこそ勝手に育っていく」


 オーディンはそこで一つ間を置いて、

「その者の名は――シュウジ」

 その聞き覚えのある名を言った。


 子供ながらに考え、付けた名前。どうしても自分の名前に似てしまうものなのだろう。――いや、それでは済まされないのが達也。達也にとっては良く知る名前。


 忘れることもできない名前。


「そう、このシュウジだ!」

 オーディンの荒げた声と共に正面付近へ立体映像が映し出され……


 そこに現れるのは無数の人面。


 気持ち悪いとばかりに顔をしかめるが、その中の一つにクローズアップされていく。――それはシュウマに瓜二つの顔。


「シュウジ!」

 達也は思わず叫び声を上げた。


 忘れることができなかったシュウジの顔。そして表情は苦痛に歪み、呻き声を上げている。


 シュウマを含め、マリアとフォルティナの三人は言葉を失う。


「達也。仕事一つを取っても、何かしらの組織に雇われる者が大多数を占めるのは何故だ?何故、不特定多数の人々が同じ人生に縛られるのだ?」

 オーディンは衝撃で身動き一つ――全てを失った達也へ問い詰める。それはまるで、何か作られたものを感じないかと示唆(しさ)しているかのよう。


「それに外来的な何かだと感じたことはなかったか?」


 神憑り的な運命と言ってしまえば、それまでだろう。しかし、それを神の手によるものだとするのであれば、ゲームをする者が神ということになる。


「あの時トンネルで最初にシュウマだけが狭間に取り込まれました。それはブレーキをするタイミングのわずかな差。達也が試行錯誤した行動から、ファンタジック・ワールドのバグ――その条件を特定することができました」

 ヴェルダンディが説明を始める。


「そのバグとは、あのトンネル内を36.28マイル毎時の一定速度で0.36マイルの一定距離進むことにより、この現実世界と繋がってしまうというもの」


「そこのシュウジのように、普通は異次元の隙間で挟まれてしまいます」

 スクルドが言った。


「しかし(まれ)にその隙間を抜けて、実体を形成する者がいます。それは確率としては極端に低い……所謂(いわゆる)、少数――マイノリティ。擬似(ぎじ)的とは言え、キリスト文明の思想を持つ者。それはこの現実の秩序を壊しかねない要因(ファクター)となります」


 略してマイノリティ・ファクター。その人物を管理局が特定した特定要因マイノリティ・ファクターと呼ぶのだ。


「つまり、鈴木達也――君はそのゲームの住人であり、ここに君が存在すること自体がゲームのバグなのだ」

 再びオーディンは言った。


 人の住める世界にタイムトラベルなどという、時間定義を(くつがえ)すような力など発生しようがない。それこそ、非現実なファンタジーの世界でしか起こり得ないこと。


 達也は現実の――この世界の過去の人間ですらないのだ。元々存在し得ない人工の産物だったのだ。


 フォルティナさえも我を忘れていたが、本人がその事実を知るとなると……気が付き、振り返る。達也は力なく、失望に床へと膝を落としたところ。


「しっかりしろ!」

 フォルティナは達也の肩を持ち、その体を()する。そこに意志はなく、


「気を確かに持て!」

 まるで抜け殻のよう。フォルティナは思わず達也を抱き締めた。そして、人の目も(かえり)みず……


 達也の唇に向けてキスをした。背中と後頭部に回した手に力を入れて、離さないとでも主張するかのように。


 しばらくは放心してしまっていたため何の動きもなかったが……甲冑(かっちゅう)を失ったことにより伝わる女性固有の柔らかさ。全身を包み込む他人の体温。頬を伝う息吹――体に力が戻って来る。


 フォルティナはゆっくりと重ねた唇を離す。


「え……?あ、あの……?」

 達也は目を丸くし、先程まで感じていた熱く弾力のある他人の唇の感触を確かめるように自分の唇をそっと触れる。


 そこにまだ、湿り気さえ残っている。


「これでわかったか?」

 フォルティナはそんな達也を見据える。


「お前は今、ここにいる。ここで生きている!私を感じることができるのが、その証拠だ!」

 その後達也の肩を持ち、そう言い聞かせる。


「前がどうだとか……生い立ちも関係ない!現にタツヤは私の前に存在し、私の目の前で生きているんだ!」

 フォルティナは言うと、もう一度達也を抱き締めた。


 確かに感じる。その胸の鼓動を。


「私だって、こうするとタツヤを感じることができる」

 それを悟ってか、フォルティナは耳元で優しく言った。


 達也は目を(つむ)り、その背中へ手を回して肩口へと顔をそっと埋める。――その香りだって感じることができる。


「ありがとう」

 達也は(ささや)いた。


 二人は手を取り合って立ち上がる。


「元々このゲームも、人間に欲をかいた末路を見せ付けるといった意味もある」

 オーディンは静かに口を開き始める。


「そこで使用し、実体化した硬貨。厳密に言えば……それは原点の欠片ピース・オブ・オリジンではないのだが、ある意味原点の欠片ピース・オブ・オリジンよりも危険なもの。だからあえて受け取り、同等の扱いとした」


 それは達也が持っていた――オーディン(いわ)くゲームの世界で使用されているコイン。


 フォルティナとマリア、シュウマの三人は疑問を持っていた。


 何故、達也が原点の欠片ピース・オブ・オリジンを持っていたのかと。いつから持っていたのかと。


 問いかける間がなかったというのも一つだが……(かも)し出す雰囲気に気圧され、聞き辛かったというのが正直なところ。――それもようやく謎が解ける。


「達也」

 オーディンに名前を呼ばれ、達也は顔を上げる。


 そこにはもう、弱さは残っていない。


「君に二つの選択肢を与えよう。一つはファンタジック・ワールド――君のいた元の世界へ戻るという選択。勿論、そこにいるシュウジと一緒にだ」


 達也は立体映像のシュウジを見つめる。


「ク、苦シイ……タ、助ケ……テ。達、也……痛……イ。ハ、早……ク……助ケ……ロ!」

 耳が確かならば、そう聞こえる。


「オ前……ノ……セイダ!早ク助ケロ!」


 間違いない。


 宙に浮き、先を見通せる――透き通った顔が歪み、大きな口を開く。そう聞こえて来る……この映像が叫び、しゃべっているのだ。呻き声だけでなく……


 まるで実物のようだ。


「うるさいな。話ができん」

 オーディンが不機嫌に吐き捨てる。


 その声は距離を置く達也達には届かないが……


「わかりました」

 それを聞き取れる運命の三女神――その中のスクルドが答える。


 シュウジの声が消える。口を何度も大きく開けたり閉じたり……まるで無音映画のよう。


「ただし、この世界で体験したこと……記憶、それは全て消させてもらう」

 話の続きができるという安堵と共に、オーディンは言った。


 声すらも奪われたシュウマ。達也はそれに見入っていたが、オーディンが追い打ちをかけるように加えた条件に、自分の周りに立つ……苦楽を分かち合った三人へ向けられる眼差し。


 (まぶた)が不規則に震える。


「もう一つは……」

 オーディンはおかまいましに続けた。


「この現実世界に留まるという選択」


 達也はもう一度、オーディンを見た。


 この二つの選択肢は帰るか、留まるか……とどのつまりが表裏のように対局の二者一択を求められているに過ぎない。そして、それには……


「ただし、ファンタジック・ワールドの全てを捨て、我々の世界の秩序を守るという意思表示を含め……」


 それこそ対となる条件も付加されるというもの。


「シュウジをこの場で……達也、君自らの手で殺せ」


 それは時に、(ひど)残酷(ざんこく)な事象となる。


 声はシュウジに届いているのだろう。立体映像はさらに乱れ、苦しみと恐怖で歪ませる。――命乞いだろうか。


「殺すことは簡単です」

 ヴェルダンディが冷静に言った。


「この世界で実体となった特定要因マイノリティ・ファクターは皆、無から形を成すというその過程で体が記憶をするのか……詳しくは定かではありませんが、無属性の魔素を取り込むことが可能となります。その無属性の魔力を使用すれば、さして相手に苦しみを与えることなく一瞬で殺せます」

 ヴェルダンディが続ける。


「まだ自らの意志で扱えないのであれば、管理局として手をお貸ししましょう」

 ウルドが言った。


「人間とは極限まで追い詰めてしまえば……見た通り、自己のことしか考えることのできぬ、愚かで(みにく)い生き物」

 その後、スクルドもが続ける。


 手――というより体自体を持たないスクルド。もしそういったものがあれば、間違いなく暴れているシュウジを指差していることだろう。


「何も気に病むことはありません」


 運命の三女神は達也に後者を選択させ、シュウジを始末したいとでも思っているのだろうか。


「どちらを選択するかは、君の自由だ」

 ここでオーディンが再び話を受け取る。


「この(みにく)い者のために、あえて擬似世界とわかっているところに戻るかどうか……せっかくこの世界で、かけがえのない仲間までできたというのにだ」


 そう、この者達は、何も達也にここへ残って欲しいと願っているのではない。単純に、そして客観的に見て、そう選択するだろうと予想しているだけなのだ。


 達也は横目でシュウジを見る。――体裁なく荒れ狂う顔。


 フォルティナ、シュウマ、マリアを見ると、三人は息を飲んで自分を見守るばかり。


「ただ、この選択は一度きりだ。君の決断後、今回で判明したバグは修正する。確率から言っても……おそらく、ファンタジック・ワールドへ帰ればもう二度と、この世界へ来ることもできないだろう」


 何よりその場合、記憶も消されてしまうのだ。この世界の存在すら認識できなくなるだろう。


「考えさせてくれ」

 達也は呟くように言った。オーディンまで届くのかと心配になる程の小声で。しかし、それは危惧されるまでもなく……


 テレビの電源が切れたかのように、(まばた)きする間にシュウジの姿が消える。


「良いだろう。ゆっくりと考えるが良い」

 そう答えたオーディンの声が良く響く。


「ここユグドラシル内であれば、どこでも自由に使って構わない。決断したら、またこの部屋に戻って来るが良い」


 達也はオーディンへ背中を向けた。

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