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Another 36.28  作者: 高田 勲武
6.原点の欠片
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クレスト-戦乙女

 達也は目を覚ました。


 開いた瞳が最初に捉えたのは味気ない石製の天井。どれだけ自分は眠っていたのだろうかと、気怠(けだる)さを我慢しながら体を起こす。


 その行動により、あることに気が付いた。――(あらわ)になった上半身が裸だったのである。


 上に掛かる布が無造作に散らかり……誰かが掛けてくれたのだろうか。いや、それよりも――そこに傷がなく、(あと)すら残っていない。


 確かフォルティナを(かば)い、ヴァーモスの一刀で切られた筈。


 勢い良く立ち上がる。それは立ち眩みがしそうな程。――自由の女神像の(たもと)にいた筈だが、どう見てもここは民家の中。


 夢でも見ていたのだろうか。


 下げた目線で見えるズボンの履き口辺りから下方……そこが赤く染まっていることから、一概にそうだとも思えない。


 いったい何が起こったのか。


 (そば)に置かれていた荷物は自分の持ち物。それはフォルティナから(ゆず)り受けたあの異形の大剣と小物入れ――決めた定位置へと身に着け、達也はこの部屋を出る。


 周りに誰一人見当たらない。マリア、シュウマ……いつも(そば)にいてくれていたフォルティナさえも。それどころか……


 外へ出て見てわかったが、ここはどこかの町のようだ。人家が連なり――が、(ひど)く痛み、まるで廃墟のよう。


 どこに迷い込んだというのか。


 達也は見上げた。


 昼間の明かりでその視線の先に見えるのは背の高い建造物――それに見覚えがある。この地に住む人々がそう名付け、呼んでいた。


 ――知識の塔。


 となれば、ここはそれをシンボルとする魔導の村クレスト。


 魔導の村クレストを達也は知っている。いかにこの世の住人でないにしても……この世界の事実に気付かせてくれた自由の女神像。遺跡と化したそこに向かう直前まで、しかも比較的長期間滞在していた町なのだから。


 このような傷付いた姿ではなかった。――田舎ながら村人も多く、どこか懐かしく思える昔の賑わいも感じられた町だった筈だ。


 この場を逃げるかのように走り出すのは時間の問題であった。


 良く見ると所々に巻き上がった煙。それにより辺りの空気がくすんで見える。立ち込める何かが焦げたような臭い――生臭い。


 達也にはこの匂いも身に覚えがあった。それは思い出したくもない――この胸騒ぎ。


 駆け出さずにはいられなかったのだ。


特定要因マイノリティ・ファクターヲ発見」

 機械的な声を発する目の前に立つ者。


 達也はさして確認もせず、背負った大剣を抜くと(かか)え、あの独特な構えを取る。――いや、確認などする必要もない。


特定要因マイノリティ・ファクターハ排除……」

 全てを聞くまでもない。


 自分を特定要因マイノリティ・ファクターと呼び、生命を感じられない無機質な口調――達也は教わり、鍛えられた筋肉を行使して、その身に染み着いた突進による重量が一点集中された突きを繰り出す。それは成す術なく……


 直撃後、持ち手を返して剣先ごと全重量で地面に押し付ける。


 反撃する間もなく撃墜されたその姿を見ると――やはり管理局の兵士(ソルジャー)。運が良いのか、ここにいるのはこの動きを失った一体だけのようだ。


 達也は大剣を地面から引き抜くと、(なり)振り構わず再び走り出した。


 町の中で見つけた一体。そして、この現状。――クレストは管理局の攻撃を受けている。


 魔導の村クレスト。魔……魔力なのか魔素なのか、定義は不明確だが、その魔が導く村と言われ、知識をも詰め込んだ村。それはこの世の知識を(つかさ)る場所として管理局に一目置かれた存在であり、ここでの戦闘行為は神殿同様に禁止されているとフォルティナから聞いたことがある。


 だから、ここでは急襲に会わないのだと。それなのに……


 達也は大通りと思われるクレストで一番の広い街道へ出た。――そこで言葉を失い、立ち尽くしてしまった。


 メインストリートとも呼べるその道は、前に見た時よりも広く感じられた。


 近くに建ち並んでいた家屋も倒壊し、黒煙を上げている。どの時間帯でも絶えることがなかった人通りもなく……それによって広がった視野のため、そこは余計に広く感じたのだろう。


 だが、ここに一人も人間がいないという訳ではない。


 数えきれない程多くの人々――倒れ、呻き声を上げながらもがいている者、声すら上げることもできずにその動き全てを失った者……そして、それらをこのクレストごと取り囲む生命の息吹を感じられない機械的な人形――管理局の兵士(ソルジャー)が配置されている。


 円陣を形成する兵士(ソルジャー)達より少し中へ入った場所に唯一立つ人間二人がいたが、立ち位置からしてその二人が管理局の者であることもわかった。


 事の発端はヴァーモスの乗り物でこの町に戻って来たことによる。


 達也の介抱の後、すぐにそれを移動させたのだが……時すでに遅く、それに発信機が取り付けられていたのだ。不自然にこの村に停泊したことが管理局に気付かれ……


 朝には文字通り兵士(ソルジャー)達に取り囲まれてしまうこととなる。


 今でも村の入口にヴァーモスが乗る機械とは別の――それよりも巨大な……それこそ十数人は乗れるかのような乗り物がまるで山のようにそこを塞ぐ。


特定要因マイノリティ・ファクターヲ発見」

 達也の姿を見て兵士(ソルジャー)の一人がそう言って一歩前進するが、二人の内一人が手を水平に振り、それを制止させる。


「貴方が特定要因マイノリティ・ファクターですね?」

 兵士(ソルジャー)を止めた者が言った。


 その人物――全身に青色の鎧をまとった重装備ではあったが、体自体は華奢(きゃしゃ)で、冷たいとまで感じてしまう程に整った顔。銀色の長い髪とその声は……


 (まぎ)れもなく女性。


「私は管理局監視統括長ヴァルキリー。この者達を統べる者です」

 女性は名乗る。


 その横に立つ者は体に包帯を巻き、本調子ではないと見た目でわかる男――ヴァーモス。態度からも、ヴァルキリーと名乗るこの女性は彼よりも上の位の人間であることがわかる。


 達也はそれが耳に入らないのか、放心したかのように兵士(ソルジャー)の円陣の中に歩み入る。――いや、その姿も目に入っていない。


 視線の先は倒れる村人達。――見覚えのある者もいる。


 あの剣術を教えてくれた少々口の悪かった老人。辺りは……人間の体内にはこれ程血があるのかと思える程流れ出て海と化したそこに(うつむ)けで沈み、身動き一つしない。


 死んでいるのが一目でわかる。


 達也は死臭(ただよ)うその人ごみの中から見つけ出す。――寄り添うように倒れるマリアとシュウマ。少し離れて身動きしていない金髪を自身の血で赤く染めたフォルティナ。


 覚束ない足取りで歩み寄る。


「フォルティナ」

 達也は呟きながら抱え上げる。随分と重く感じる。


「タツヤ」

 閉じられていたその瞳が開く。


 生きていたことに安堵を覚え、こんな状況下にも関わらず少し笑みが零れる。――フォルティナは血塗られた指で、そっと達也の目の下辺りに触れる。


 涙が溜まっていたようだ。


「何を……している。は、早……く……逃げ……ろ」

 そんな状態でありながら……いや、だからこそ、フォルティナは言った。


 再び力なく地面へと落とす手。


「ば、ヴァルキリーは……強過……ぎる。殺……される。……逃げ……るん、だ……今……の内……に」


 その言葉に、ようやく現実を(つか)むことができたのだろうか。達也はヴァーモスと並んで立つ鎧姿の女性――ヴァルキリーへ振り返る。


特定要因マイノリティ・ファクター。そう指定されたがための不運」

 そのヴァルキリーは語る。


「世界の平穏のため……それを(かくま)う者も全て含め、排除しなくてはなりません」

 そして、周りを一通り見回した。


 全ては達也に起因するとばかりに。


「タツヤ。時間、稼ぎを……して……やる。その内……に、逃げ……ろ」

 フォルティナは達也にしか聞き取れぬ声で言うと、その力ない手で握り締めた。


「シュウマ!マリア!」

 自分の体の負荷を(かえり)みず、口に溜まった血を吐き出しながらフォルティナは叫ぶ。


 その声が呼びかけられた二人の身動きを復活させる。


「生きているな!わかっているな!」

 声とは裏腹に、力は戻っていない。――寄り掛かっている重量が物語る。


 達也はそっと手を添えてフォルティナをその場に寝かせると、大剣をしっかりと握り締めて立ち上がる。


「た、タツヤ!」

 フォルティナは達也を呼び止めるが、その後の吐血に体の自由が利かない。


「わああああああっ!」

 達也は天を(あお)いで叫んだ。


「行けっ!兵士(ソルジャー)ども!」

 ヴァーモスは手を(かか)げ、声を荒げる。


特定要因マイノリティ・ファクターを排除しろ!」

 それを合図に、この場の兵士(ソルジャー)達が襲い掛かる。


 数体が達也に到達し、そのまま特定要因マイノリティ・ファクターを仕留めるかに見えたが――そこで一瞬、静止する。


 (そば)兵士(ソルジャー)全てが横一線……真二つに切り裂かれる。


 その造られた空間から垣間(かいま)見える達也の姿。歯軋(はぎし)りで表情は歪み、握る大剣――異質な金属片が隙間を開け、その空間と回りを補完する光。


 あの時の再来。――ヴァーモスは驚愕(きょうがく)する。


「ば、馬鹿な!」


 今回は精霊アンドロメダの力はない。


「暴走ですね」

 ヴァルキリーは冷静に切り刻まれる兵士(ソルジャー)を見つめて呟く。笑みを絶やすことない姿に――隣のヴァーモスさえも、その背筋を凍らせる。


「何が原因でそうなるか、わからないもの。この場合だと……怒りですか」

 ヴァルキリーは腕を組み、高みの見物。


 兵士(ソルジャー)は停止の命令を受けていないがため、達也へ向かう行動は止まらない。無残に切られようとも、恐怖を感じる素振りも見せず。


 切断された一部分――それを盾とし、一体の兵士(ソルジャー)が狙うのは……


 達也の頭上から雷が襲う。――魔法である。普段はそれを(かわ)すしか回避はなく、また我を失った者に対してそれを求めることは不可能。


 しかし、達也が取った行動は、そのどの予想にもそぐわないものであった。


 形を変えた光り輝く大剣を空へ向けてかざして避雷針のように雷を受け止めると、そのまま横へと振り抜く。雷は軌道を変えて地面へと落ち、振り抜いた剣先は別の兵士(ソルジャー)(つらぬ)く。


 炎の玉であったとしても、鎌鼬(かまいたち)であっても……それら魔法は兵士(ソルジャー)の体もろとも一刀両断。――魔法が全く通用しない。


 ヴァーモスは尻込みする。


 手も足も出ないとはこのこと。能力として兵士(ソルジャー)のような雑兵と比べるのは的違いな感は否めないが、同じ結果になることは明白である。


「荷が重いようですね」

 ヴァルキリーは一歩前進し、腰に(たずさ)えた西洋製の剣のような両刃刀の柄を持つ。


兵士(ソルジャー)!引きなさい」

 フォルティナに強過ぎるとまで言わしめた者。その者の命令は兵士の攻撃態勢を解かせ、戦線離脱させる。


 ようやく動き出すようだ。


 我を失った達也の眼差しが、不敵に立つヴァルキリーを捉えた。


 達也は飛び掛かった。ヴァルキリーも両刃の剣を抜いて突進する。――二人の姿が接触すると同時に嵐のような風が巻き起こる。


「暴走による力を差し置いても、大したものです」

 二つの力がぶつかり合うことによって発生した風圧によって表情を歪ませるヴァルキリーが語り掛けて来る。


 彼女が持つ剣――見間違いでなければそれ自体、どこにでもあるような何の変哲もない剣。しかし、その刃はあの異形の大剣と同様光り輝く。


 それが上から振り下ろす達也の剣撃を受け止めていた。


「しかし暴走では、私には敵いませんよ」


 金属が(こす)れるような耳に付く音を発する(つば)迫り合い。剣を持つヴァルキリーの手から血管が浮き上がり、それは腕へと浸食していくかのように駆け上がる。


 目の前に閃光が走り、強力な反発力で二人は弾き飛ばされた。達也は即座に上半身を起こして頭を抱え、横に振る。


「俺は……一体……?」

 いつの間にか地面に倒れている。――また記憶が曖昧だ。


 辺りを見ると遠巻きながらも自分を取り囲む兵士(ソルジャー)達。握り締めている大剣はいつもと同じ――異種の金属片が重なり合い、その形を成す。慌てて立ち上がろうとするが……


 傷は一つもないのに体が異常に重い。


「なかなかの潜在能力です。ここまでとは正直、思っていませんでした」

 自分の対面方向に距離を離した場所から女性の声が聞こえる。


 そこには自分同様、倒れている鎧姿の女性――ヴァルキリー。彼女も(そば)に落ちている……刃の光も消えた見た目通りの通常の剣を拾い上げ、ゆっくりと立ち上がると、達也へ向けて歩き出す。


 進める度、(しずく)として落ちる血。


「い、一体何を……?」

 達也は息を乱し、近寄るヴァルキリーを見据えて問いかける。


「貴方の魔力……無属性のその魔力を吸収し、無効にしました。回復するまでの間、それはしばらく使えないでしょう」


 自分の魔力とは何のことをいっているのか。


 昨夜、気絶していた達也にはわかりようもなく……眉間にしわを寄せ、少し首を傾げる。ヴァルキリーにしてみれば問われたので答えただけで――さして気にも留めず、自分の右腕へと目線を落とす。


 右腕の肘から下の部分がなくなっている。――地面に(したた)り落ちるもの正体はその傷口から流れる血。


「代償として、私の手が消し飛んでしまいましたが……」

 ヴァルキリーはそこまで言うと再び顔を上げ、達也を見つめる。


「これぐらいで済めば、逆に幸運なのかもしれません」


 先程の衝撃により、ヴァルキリーの右手は消し飛んでしまったようだ。しかし、動揺一つ見せず……


 達也は罪悪感もさることながら……その異様な雰囲気に後退りをするが、思い通りに動かない体ではそれもままならない。


「私と貴方は同じなのです」

 ヴァルキリーは微笑み掛けて来る。


 達也は動きを止めた。


「そんな貴方を殺すのは、何とも忍びないのですが……」

 その後、達也の目の前に立ち、左手で握った剣を振り上げる。


「これもこの世界のため。死んで下さい」


 手に持つ大剣も、いつも以上に重く感じる。――これでは反撃もできない。防御する力すら残っていない。


 達也は考えた。この状況を打開する策を。


 原点の欠片ピース・オブ・オリジンでもあれば、止まるのかもしれない。――全ての罪が許されるのだから。


 己のみならず、自分を(かば)ったフォルティナ、シュウマ、マリア……このクレストの村人達でさえも。


 地面に倒れる者達を横目で見る。だが、原点の欠片ピース・オブ・オリジンは自由の女神像の(たもと)で……


 あることに気が付いた。


 達也は無防備に大剣を手放し、己の腰に(くく)り付けていた小袋を取り外し始める。突然の不可解な行動に、ヴァルキリーも振り下ろしかけた剣を止める。


 その袋の中身はこの世界に迷い込んだ当初……あのエルバ村で服を着替えた際の小物類。捨てることができず、元の世界で持っていた備品。携帯電話の他に……


 達也は中に入っていた財布を慌しく取り出すと開け……


原点の欠片ピース・オブ・オリジンだ!」

 そこから取り出したコインを一(つま)みし、ヴァルキリーへ見せ付けるように差し出した。


 ――辺りに静寂が走る。


「た、確かに自由の……天を(つらぬ)く女神像の遺跡で発見したものとは違うが……」

 沈黙に自信が揺らぎ、言葉を詰まらせるが、

「これがキリスト文明の硬貨であることは、間違いない」

 達也は身を切る思いで言い放つ。


 一つ間を置き、大きな笑い声が響き渡った。


 一時続くと、コインが何かの力で弾かれ、水平に飛んであの男――ヴァーモスの手中へと収まる。ヴァルキリーはそっと剣を下ろし、振り返る。


「学習能力がないな君は」

 小馬鹿にした笑いを含み、ただそう言った。


「ここには大勢の証人もいる。あの時のように無碍(むげ)なことは……」

 達也は反論するが、


「だから馬鹿だと言うのだ、君は」

 ヴァーモスはそれを遮る。


「誰が何人、その事実を知ろうが関係ない。原点の欠片ピース・オブ・オリジン特定要因マイノリティ・ファクターの罪を消そうなど、それこそ世界の混乱を招くだけ」


 そのコインを右掌の上に浮かべる。


「貴様らが原点の欠片ピース・オブ・オリジンを手にすることは許されないのだよ!」


 ヴァーモスは力を込める。


 それがあの時と同じように、また台無しにされようとも財布の中にはまだ……


 低く短い悲鳴が上がった。――そうは言っていても実際にその時が来たと思った瞬間、不覚にも目を閉じてしまっていたようだ。


 達也は見開く。


 地面に手が零れ落ちる。


 転がる手首から下のそれの隣で自分の腕を抱え込み、うずくまるヴァーモス。そして、その(そで)に立つヴァルキリーが地面へ剣を刺し、残る左手で落ちたコインを拾い上げているところ。


 ヴァルキリーが高速移動し、ヴァーモスが硬貨を潰す前にその手を切り落としたのだ。


 ――達也には理解できない。


「ここらでは見慣れない硬貨ですが……五百円玉ですね?」

 ヴァルキリーは手に取ったコインをまじまじと見つめた後、確認の言葉を投げかける。


 達也は無言で頷く。


「間違いなく、これは原点の欠片ピース・オブ・オリジンです」


 ヴァルキリーの言葉と穏やかな態度に、達也は胸を撫で下ろすも――胸中が落胆していくのがわかる。


 自分で証明し、ほんの少しの疑いも消し去ってしまったのだ。キリスト文明の人間……この世界の遠い過去からやって来たのだということを。


「ヴァルキリー様……何故……?」

 ヴァーモスは顔だけを上げ、震えた声で言った。


「何故?それはこちらの台詞です」

 ヴァルキリーは一変、表情を冷たくする。


原点の欠片ピース・オブ・オリジンを見つけた者の罪を罷免(ひめん)とする……それは管理局が決めたこと。どんなことがあろうとも、それに特例はございません」

 そう言うと、ヴァルキリーはコインを持ったまま共に剣の持ち手を握り、引き抜く。


「なのに貴方は……そうまでして管理局が集めているものを、自分の理念だけで破壊しようとした」

 ヴァルキリーは言うと、ヴァーモスの目前に立つ。


 ヴァーモスは手を失くし、血が溢れ出る腕を抱えながら上半身を起こす。――痛みのためか、表情が苦悶に歪む。


「それに今の話を聞いていると……」

 ヴァルキリーは達也を一瞥(いちべつ)する。


「天を(つらぬ)く女神像で、彼らは以前より原点の欠片ピース・オブ・オリジンを見つけたと言っているではないですか」


 真意は理解できないが――その事実に達也はゆっくりと頷く。


「既に手遅れですか」

 俯き、ヴァルキリーは溜め息と共に呟く。そして再びヴァーモスを見下すと、

「その行為、反逆罪に値します」

 と言って、剣先を向けた。


 ヴァーモスは深く歯軋(はぎし)りをする。


「くそがっ!」

 ヴァーモスは叫び声を上げ、存在する方の手――左手をヴァルキリーに向けて突き出す。


 起こる重力場。


 空間自体を媒体として伝わり、重力という名のエネルギーが(つらぬ)く。銀色の長髪が()き散らされ――ヴァーモスはそれを見据えながら自らの長刀を持ち……


 まさに瞬きする間の出来事であった。


 次に見えたのは血で汚れた大地へと落下する先程とは質、量共に大きなもの――ヴァーモスの頭。


 見上げると受けた攻撃に微動だにせず、その一つの行動だけに集中させた結果――ヴァルキリーが横一線に剣を振り抜いていた。


 首から上を失った体は血飛沫(ちしぶき)を上げながら力なく崩れる。


「私に魔法が利かないことぐらい、貴方なら知っていたでしょう」

 ヴァルキリーは冷ややかに吐き捨てると剣を払い、そこに付いた返り血を捨てて鞘に納める。


「魔力に頼り、それを創意工夫することだけに心を囚われた……戦闘の本質に目を向けることができなかった貴方の負けです」

 その後、達也の方に向き直すと(おもむろ)に膝を地に着け、手を添えて頭を下げる。


「申し訳ございませんでした」

 そして、次に出た第一声がそれだった。


 困惑する達也もそうだが、それはここにいる……ヴァルキリーの声が届く者達全てが同じではないだろうか。


 その地面には失った右手から血液が伝う。


「ここにいる特定要因マイノリティ・ファクターは、既にその罪を解かれている筈の者。我々管理局に貴方達を(とが)める権利は元よりありません」

 ヴァルキリーは土下座したまま続ける。


「災いの元となった反逆者ヴァーモスは管理局の名の元、処刑致しました。これでどうか、この一件を水に流して下さい」


 静まり返った町中にわずかではあったが、ざわめきが戻り始めた。


 ヴァルキリーは素早く立ち上がり、辺りを取り囲む兵士(ソルジャー)達を睨み付ける。――気のせいだろうか。瞳は(さげす)み……まるでそれを生き物とすら扱っていないよう。


「何をしているのですか!兵士(ソルジャー)は引きなさい!そして、管理局の治療班を早く呼びなさい!」

 乱暴に荒げた声からもそれが伺える。


「ハッ!了解シマシタ!」

 あの感情を感じられない兵士(ソルジャー)達が一瞬身震いさせて肯定の言葉で答えると、この場から散っていく。


「これで犠牲になった者達に顔向けできるとは思っておりませんが……」

 ヴァルキリーは達也を見つめながら言うと、歩み寄る。


「今は一人でも多くの人を救わなければ」


 持っていた管理局の印象と大きく異なる。――もしかしたら、これが本来の姿なのか。


「管理局は人々を管理し、人々に正しき道を歩んでもらうための組織です。間違っても粛清や制圧といった、暴力だけではございません」

 達也の気持ちを(さと)ってか、ヴァルキリーが優しく語り掛けて来る。


原点の欠片ピース・オブ・オリジン。まだ持っていますか?」

 ヴァルキリーは話題を変えた。


 達也は足元に置き忘れていた財布と小袋――その財布を小袋の中に入れて差し出す。後生大事に持っていたが、もうそれは持っていても意味を成さないもの。


 ここで管理局へ渡した方が幾分と有効利用できそうなものだ。


 ヴァルキリーは手に持った硬貨一つを小袋の中へ入れると、それごと受け取る。――片手を失ったことによる不自由さを感じさせる仕草。


 達也は居ても立ってもいられなくなるが……


原点の欠片ピース・オブ・オリジンを持った者は管理局で説明を受けて頂く必要がございます。案内しますので、私に付いて来て下さい」

 と、そんなことは気にするなとばかりにその話題には触れず、ヴァルキリーは用件のみを言う。達也も自分から切り出すことができず、申し出に頷きで答えることしかできない。


「待って……」

 か細い声ではあったが、それは確かに人の……さらには離れた場所からのようだ。


 その声の主を捜すため、辺りを見渡すと、


「フォルティナ」

 傷付いた体を無理矢理起こそうとしているフォルティナの姿。


 達也は慌てて駆け寄り、その体を支える。


「そんな体で無理すれば……」

 達也は言い聞かせるように止めるが、フォルティナは力を失った手で動くその口を遮り、全てを言わせない。


「私……にだっ……て、知る……権……利がある。私も……同行……する」

 息も絶え絶えだが、そこに強い意志が感じられる。


「私も……忘れて……もらっ……た……ら、困る……わ」

 別の方からも聞こえて来る。


「俺……も、行く」

 寄り添う男も――マリアにシュウマ。


 ヴァルキリーは彼女らを一通り見て微笑む。


「良いでしょう。同行を許可します」

 そして、そう言った。


「それに貴方達もここまで関わり……何より一度、原点の欠片ピース・オブ・オリジンをその手にされております。説明を受ける権利はあるでしょう」

 ヴァルキリーは達也達へ背中を向ける。


「行きましょう。管理局がある集中管理都市『ユグドラシル』へ」

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