クレスト-治療
見上げると蒼い空とそこに広がる星屑。――邪魔するものは知識の塔が大部分で、街灯も少ない。
慌しく町中がざわめく。
「村長!大変です!」
集落を形成する家の一つに数人が入り乱れる。
家の中、玄関すぐの広い部屋で腰を落ち着かせている老人が、ゆっくりと振り向く。
「管理局です!」
狭き玄関より入って来た者達――おそらくはこの村の住人。その一人が叫ぶ。
老人は目を見開き……齢のせいで急な動作はできないが、しっかりとした足取りで立ち上がる。
この老人――白髪で手入れの一つもしていないぼさぼさ頭。体も痩せこけ、しわだらけなのだが背筋だけはしっかりとしている男。
外見だけではわからないが、かなりの高齢と見受けられる。
集まり、玄関口を塞いでいた人々が、まるで道を開けるかのように遠退く。――老人は古びた靴を引っ掛けると家の外へと出る。
「こちらです!」
老人は村人達に誘導されるがまま――砂漠を超え、すぐ傍に建つ辺りに何もない村……それは知識の塔をシンボルとし、管理局に一目置かれたこの村の入口へと導かれる。
そう、村長と呼ばれているこの老人こそ魔導の村クレストの村長である。
夜という暗闇……と言っても完全な闇ではないが、それでも昼間に比べると極端に見え辛くなるというもの。だが見通しが悪く、また老化によって視力自体も弱くなった村長の目でさえも、それは確認できた。
砂漠側から砂煙を上げながら脇目にも触れず、迫って来る一つの物体。それは現在に似合わぬ無機質な反射光を輝かせる機械。
――何か様子がおかしい。
闇へ塗れることにより凶暴化するモンスターを避けるため、夜の移動は禁忌の筈。それが管理局の人間であったとしても。こんな不相応なものは、兵士を統括するヴァーモスが移動手段として乗っていたホバークラフトしかないのだろうが……
何か慌しささえ感じられる。
それが目の前で止まる。
村人達は警戒を強めるが、それへ跨る人影――彼らはそこで、ようやく異変に気が付き始める。
人影は一体ではなかった。
そこから降りるのは一、二、三体――いや、一体が背負うものを含めると四体。その者達は地面に降り立つと同時に村長へ向けて駆け寄る。
「何だ、君達か」
近くでその人影を確認することにより、それが誰なのかがやっとわかった。
「夜分、すみません」
息を乱しながらも丁寧に頭下げる女性マリア。
「すまないが、一刻を争う」
後から割って入る男シュウマ。
「タツヤを……この男を助けてくれ!」
さらにその二人の間を強引に入り、冷静さを失った悲痛の叫びを上げるフォルティナ。
背中には気を失い、全身を赤く染めて力なくもたれる達也。――管理局の機械から降りて来たのはヴァーモスではなく、管理局の人間でもないこの四人。
取り囲む村人達が騒ぎ始める。
「どうした?一体、何があったんだ?」
村長は四人の表情をそれぞれ見つめ、問いかける。それにより、ざわめきは一瞬止まるも……
「理由は聞かないでくれ」
シュウマがそう答える。
この見るから……聞くからに面倒事とわかること。――村人達のどよめきは止まらない。
「静かに」
村長は周りの村人を指差すかのように手を横へ向けて水平に振り、宥めるかのように冷静に言った。
居合わせる村人達は口を閉じる。
「ついて来なさい」
辺りが静かになった後、村長はそう言って四人へ背を向けて歩き出す。
何も聞かず、受け入れてくれるようだ。フォルティナ、マリア、シュウマの三人はぱっとその表情を明るくする。
「村長!どうして……?」
唖然と立ち尽くす村人の中から声が上がる。
村長はその歩みを進めながらも一瞥し……
「人一人の命がかかっている。人の命より尊重されるものなど、この世の中に存在しない」
村人達は言葉を失った。当事者であるフォルティナ達三人も顔を見合わせる。
人を助けることに、そもそも理由など必要ないのだ。この四人の事情を知ろうが知るまいが、行う結果は同じ。ならば、言いたくないものを無理に聞くこともない。
「早くしないと、手遅れになっても知らんぞ」
四人が立ち止まっていることに気付き、村長は振り返る。
フォルティナ達は慌てて後を追い掛ける。
――通されたのは先程まで村長が落ち着いていた家。その玄関に最も近い部屋へ達也は寝かされる。
「おい」
フォルティナは座るなりマリアの耳元で囁く。
「マリアが勧めるから来たが……」
マリアは何事かと声のした方へと少し頭を傾け……その動作によりフォルティナは話を続け、周りを見渡す。
お世辞でも綺麗とは言えない古びて小汚い家。――医療器具の一つもない。天を貫く女神像の遺跡から一番近い町ではあったが、これでは……
村長は達也の袖に立ち、両手を広げて見上げる。
マリアはフォルティナに何かを言いかけていたのだが、急に口を噤むと、
「しっ。静かに」
振り返り、口元を人差し指で押さえながら小声で言った。
しかし、忠告は意味を成さなかった。そんなことをしなくとも……
村長が両手を上げ、広げたその中央付近に目で見てわかる程の光の粒子が収束していく姿。それに目を奪われ、小言を言う意識さえ忘れ去られてしまったのだから。
「精霊召喚『アリエス』」
村長はその態勢を維持したまま、力強く言った。
光の収束が強くなり、それが形を成していく。
「な、せ、精霊……だと?」
シュウマが驚きの声を上げる。うるさいとばかりにマリアとフォルティナが睨み付け、即座に口を両手で押さえて下を向く。
最近、精霊を見る機会が多くなった。
トレジャーハンター同士でパーティを組む遺跡探索などの場合、旅路で見ることが比較的多くなるのは当然と言えば当然なのだが――それでもそう易々とお目に掛かれるものではない。それがここのところ連日……一日の内に複数回体験しているのだから珍しいと通り越して最早、異常である。
しかも、こんな所で。
光の中で形成されたその表面は凹凸のある無垢の岩のような材質。それが円形に模られ、円周上に何やら文字が彫られているようにも見受けられる。中心には、乾いたそれとは不釣り合いな色白の美しい女性の顔。頭の辺りに左右対称の湾曲した角のようなものも確認できる。
俯き加減に瞳を瞑ったその表情は、何か落ち着いた趣すら感じられた。
村長は両手の内にあるそれを下へと振り下ろした。
円形のそれは仰向けに寝かされた達也の上へと覆い被さり……体に触れる手間で、円盤の裏側から伸びた節足系の手足が達也の腕と脚を掴み、そことの距離を確保する。
円盤の中心に存在する女性の顔はその目を強力な眼力で見開いて唇を尖らせ、刻まれた傷に向けて息を吹き掛け始める。――そこに細かい光の粒が見える。
「何これ?」
フォルティナは顔をしかめて呟く。……正直見た目、気持ちが悪い。
まるで昆虫系のモンスターが達也を貪っているかのよう。
「黙って見ていなさい」
マリアは横目でフォルティナを牽制する。
「精霊アリエス。八十八ある精霊の中で唯一、治癒能力を持つ精霊」
そしてその後、正面に向き直して言った。視線の先は……
達也の体が吹きかかる光の粒子に包まれ、みるみると血色が良くなって来ている姿。
「こ、これが……!」
フォルティナは純粋に驚愕する。
これが噂に聞く治癒能力を持つ精霊とその力。
マリアがここへ来ることを勧めたのは、これだったのだ。下手な治療よりも、精霊による治癒の方が確実だし、何よりこの方法だと……
「みるみる傷が消えていく」
シュウマは達也の姿を見つめ、独り言のように言った。
――そう、傷痕すら残らない。
精霊アリエスは達也の体に向けて倒れ込み、それと共に風が巻き起こる。その形状は粒子と化し、達也の破れた上着を道連れに、風圧と共に吹き飛ぶ。
見えるのは達也の半裸状態――傷一つなく綺麗なもの。
「タツヤ!」
フォルティナはその名を呼び、覗き込む。
しばらく見つめたまま聞き耳を立てると……静かな寝息が聞こえて来る。
「これで治療完了……だ」
村長は大きく一息を吐くと腰を下ろした。
「後はゆっくりと休めば……明日にも目を覚ますだろう」
マリアとシュウマも安堵の溜め息を吐く。フォルティナは村人の一人から手渡された布を広げ、達也へ被せる。
「村長」
フォルティナのその一連の作業を見届けると、マリアが口を開く。
呼ばれた村長は振り向く。
「御無理をお願いし、申し訳ありませんでした」
まずは一礼をし、詫びを入れる。
「なになに。可愛い教え子の頼みとあれば、こんなこと何でもない」
村長は力弱く微笑み、少し照れたようにも見える態度で答える。
「それで、その……今、治療をして頂いたタツヤのことなのですが……」
マリアはそれを簡単に処理すると、言い難そうに話を続ける。
「彼はタツヤと言うのか」
そんなことに気が付いて欲しいのではない。待てないとばかりにフォルティナが口を開きかけるが、
「お前達はもう良いから、家へ帰りなさい」
と、村長は片手を上げ、辺りを一通り見回して言った。
村人達は何やら小声で不服を言っているようだが、諭すように自分達を見つめるその瞳に何も言えず、渋々と……そして、ぞろぞろとこの家から出ていく。
「彼は変わっているな」
村人全員がいなくなったのを見計らって、村長は続きを語り出した。
「彼は魔力がないと言われたことがないか?」
矢先のこの質問。
三人は各々で顔を見合わせる。
「い、いや……でも、タツヤは精霊アンドロメダの力を受け入れた時……」
すぐに視線を村長に戻し、一足早くフォルティナがそれを否定しようと口走る。
「アンドロメダを彼に使用したということは、以前から知っていたな」
だが、即座な切り替え……しかも的を射た言葉。
フォルティナは途中で喉を詰まらせる。
「精霊アンドロメダの能力は対象者の魔力を引き上げるもの。魔力がないと思っている者に使おうなど、どんな馬鹿でもそんなことはしない」
フォルティナは何も反論ができなくなった。
――その通りである。少なくとも……理解できないとしても、力が秘められていることを知っていたからこそその判断に至ったのだ。
「す、すまない。正直……タツヤに何かあるのは知っていた。あの異様な攻撃も……見たことがある」
目を逸らしながらも正直に認める。
「し、しかし、何故あんな力を使えるのか……あれは何なのかまでは……」
その後、そう言って顔を上げ、村長に迫る。
「無属性」
村長はフォルティナの言葉を遮り、呟くように言った。
「え?」
突然の聞き慣れぬ言葉に、思わず聞き返す。
「魔法には属性がある。火、水、地、風、雷……それら五属性が人間の扱えるもの。その他に光と闇を含めた七属性が、世間一般に良く知られる属性だ」
村長は教えたことの復習をしているかのようにマリアへ告げる。
「ええ。そんなことは……」
知っている。そんなことは常識であると、マリアも答える。
「しかし、それとは別の……全く異なる属性。無属性というものがこの世の中には存在する」
村長はそれを受け、確信を話す。
「無属性はその実、古来より知られている属性なのだが、希少なもので……何より認知することが困難なため、現在では忘れられてさえいる属性」
村長はそこまで言うと足を崩し、一呼吸置く。
「その力としては全てを無効にするもの。火、水、地、風、雷の力……光や闇さえも。魔力自体、力も生命も……精神、記憶でさえ」
フォルティナには思い当たる節があった。
達也が最初にその力を使った際、魔法で造られた火の玉を剣で切断し、記憶も失っている。アンドロメダ召喚時は、精霊からの供給があったからこそ、それが補えたとでもいったところか。
「で、では、タツヤは……!」
フォルティナがその説明に割って入る。
村長は少し笑みを浮かべ、ゆっくりと頷く。
「彼は無属性の魔力を持っている」
村長はあえて答えを口にした。
今度はシュウマとマリアが目を合わせる。
天を貫く女神像の台座とそれらを保護する遺跡。崩れゆく中、命からがら逃げ出して地表に出た四人。すぐ傍に着けられた機械に目が留まり、早くこの場から逃げること――何より町への移動時間短縮のため、迷いなくそれへ跨ったのだが……
異質な操作性。――フォルティナ達はそこで固まってしまう。
おそらくこの機械は古の技術によるものなのだろう。魔力では動作しなかったが――その時……その時はまだ意識を保っていた達也が放つ一言の指摘で動かすことができた。
天を貫く女神像に行ってからというもの、何か様子がおかしい。
自分達の知らぬ何かが達也にある。無属性の魔力からも、それが確信へと変わる。
「精霊アリエスの治療で無属性の魔力を認識できた。間違いない」
二人が自分の言うことを信じていないとでも受け取ったのか、村長はその答えに至った経緯まで言い出した。
「い、いや、別に疑ってまでは……」
シュウマは両手を胸の辺りまで上げ、慌てて取りつくろう。
「だいたい無属性は認識していないだけで、精霊の力としては数多く存在する。アンドロメダのスターダストもその一つの例」
村長はそんなシュウマはさておき、未だ疑念の目を持っていると判断したマリアへ言った。
「ある程度のことは、マリア様には話したことがあるのだが?」
そして、駄目出しの言葉を追加する。
「そうだったかしら?」
マリアは明後日の方向を見て惚けている。
精霊アンドロメダの契約者であるフォルティナ――問題のスターダストを扱う当人も、属性については知らなかった。それよりも……それこそ何故、達也がそんな特殊な魔力を持つことができたのだろうか。どうしてもその疑問が拭えない。
しかし、それは何故、自分が火属性と雷属性の魔法が扱えるのかと問いを投げ掛けられるのと同義。――それが意味を成さないこともわかっていた。
「とにかく、もう休みなさい」
村長は疲れたと吐息を漏らす。
外はもう夜も更け、時間としては深夜に属する。フォルティナ達三人はその事実に気付き、慌てて立ち上がる。
「彼は目を覚ますまで、ここに置いてあげよう」
村長は優しく言って、穏やかに眠る達也へ目線を落とす。
「君達は宿で休みなさい。私の名前を出せば、一部屋ぐらいは何とかなる」
三人へと戻し、話し掛ける。
「ありがとうございます」
マリアは素直に頭を下げ、他二人の背中を押して玄関口へと向かう。
ここでの長居は却って失礼に値する。
「あ、ありがとう。ほ、本当に……恩に着る」
フォルティナは移動を余儀なくされながらも懸命に礼を言う。だが、この態勢では……
その意志は半分も伝わりそうもない。
シュウマに至っては……
「済まない」
の一言。
これでは全く伝わらない。気にするなと村長の態度も素っ気ない。
ようやく見つけ、手に入れた原点の欠片もヴァーモスの手によって潰されてしまった。エリア36.28で発見した紙から始まったこの旅も、これで何もかもが台無しとなる。
情報集めからの出直し。
ヴァーモスの口ぶりからして再度、原点の欠片を入手したからといっても……現状は何も変わらないのかもしれない。――完全な手詰まり。
だからこそ今は休もう。もう一度、一からやり直そう。
達也が無事であることで、フォルティナは前向きに考えることができた。
「ああ、あの村の前にある機械だが……」
不意に思い出したかのように村長は声を上げる。
玄関まで出ていた三人は足を止め、一斉に振り向く。
「あんなものが村の前にあると、それこそ管理局の奴らが来て、何を言い出すかわからん。少しでも後ろめたいと感じているなら、あれをどこかへ移動してくれないか」
御指摘通りである。
あの機械はヴァーモスから奪ったもの。それがあれば、そこに自分達がいるという目印にもなる。朝という明かりが来る前に、別の場所へと移動しておく必要がある。
「俺が行こう」
いの一番で名乗りを上げたのはシュウマ。
「なら、私も行くわ」
それを見て、マリアがシュウマの手を取る。
「い、いや、一人で十分だから……」
シュウマは抵抗の意を示すが、
「あの機械から降りた後はどうするの?夜のモンスター相手に一人は危険だわ」
と、言ってマリアも引かない。
――いつものマリアに戻っている。
フォルティナは二人のいちゃついた姿に頭を抱えた。シュウマはあくまで認めそうもないが……
「二人で行け」
フォルティナは見ていられないと、低い声でその二人へ言い放つ。
「あ、そう。じゃあ、フォルティナは宿で待っていて」
意気揚々と、機嫌の良い口調でマリアは言うと、シュウマの腕を引っ張って歩き出す。
「ああ、別に私達を待たずに寝ていても良いから」
途中、追加する。
待っていろと言っておきながら先に寝ても良いと言う……いったい、どうしろというのか。
フォルティナは肩を落とすと、無言で二人へ手を振って見送る。
「見苦しいところを見せて、済まなかった」
シュウマとマリアの二人の姿が小さくなったのを確認すると、フォルティナは身内の恥だと言わんばかりに深々と頭を下げる。
本来ならば達也を助けてもらった礼を言う時に、しっかりと頭を下げたかったのだが――皮肉なものである。
村長はそれを見て、乾いた笑い声を上げる。
フォルティナはその声を背に、達也が眠るこの家を出て村の宿屋へと向かった。




