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Another 36.28  作者: 高田 勲武
6.原点の欠片
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天を貫く女神像-発見

 どれ程の時間が過ぎたのだろうか。


 回しているハンドルは想定よりも軽く、ゆっくりであっても電灯の輝きは衰えない。だから想像以上に長い間、回すことができたのだろう。達也が知る発電機は重くかつ、回す勢いもそれなりに必要なのだが……


 技術の進歩が見受けられる。しかし……


 息を乱し、達也はハンドルから手を離してその場に崩れ落ちる。


 いくら楽になったとしても、回し続けることには限界がある。――まして永久になど絶対不可能。いずれ力尽きることが必然で……


 いつかはこうなることぐらい誰でも容易に予測できるというもの。


 一つ間を置くと達也は天井を見上げ、乱れた自分の息を整える。


 側面の照明から発する強力な光で見えるコンクリート製のそれ。上で見ていた岩は、その上に積まれたものだったのだろう。


 異変に気付き――正確には変わらないことがおかしいのだから、この表現は不適切なのかもしれない。ただ、そんなことを論ずるのが本質ではなく……


 達也は正面を向き直す。


 中心には上へ向かう程に細くなった台形……天を(つらぬ)く女神像の台座が天井を(つらぬ)く。その周りを漁るかのようにフォルティナ、シュウマ、マリアの三人が群がり――(そば)にある壁を見ると、埋め込まれた電灯は未だ輝きを失っていない。


 ――そう、達也達は天を(つらぬ)く女神像の遺跡の最深部にいた。


 ハンドルは加えられた力を失い、動きを止める。――そもそもこのハンドルに繋がるものが発電機ではなかったのだろうか。


 達也は立ち上がってハンドルに触り、軽く一回回してみるが……軽くはあるが、あの特有のひっかかり感や音は(まぎ)れもなくそれを示唆(しさ)している。


 電灯とその周辺を食い入るように見るが、別にエンジニアでもなければ機械に詳しくもないので、そんなことをしても答えは出ない。


 唯一、心当たりと言えば――コンデンサのようなものが入っているのではないかということ。


 結果として電灯が消えていないのだから良しとし……かと言ってここで呆けている訳にもいかず、達也は歩き出す。その先ではフォルティナが台座付近の地面を()いつくばり、捜索に余念がない。


「こ、こらっ!何を勝手に……」

 自分にかかる人影に振り返り、その元が達也と知るや否や怒鳴り声を上げる。


 ――が、それも自然と消える。


 明かりが消えていない事実に、怒る理由はないのだから。


「離れていても……大丈夫なのか?」

 フォルティナは不安げに問いかけるが、その答えは当人すら知るところではない。


 達也は肩を(すぼ)める。


「まぁ一応、明かりは消えていないから」

 結果を言うことができず、だから、やることがなくて手伝いに来たのだと自分の行動の正当性を匂わせる。


「そうか」

 フォルティナもこれ以上、特に言及はしない。


 達也はしゃがみ、フォルティナの顔を覗き込むように見つめる。


「見つかった?」

 この問いに、フォルティナは無言で首を横に振る。


「こっちもないわ」

 と、言いながら、台座の影からマリアが姿を現す。


「あれ?タツヤ。貴方、ここにいて大丈夫なの?」

 フォルティナの(そば)で腰を下ろすその姿に気付き、マリアは言うが……


 二度も同じ話をするのは面倒臭いと、達也は無視する。


「もしかして原点の欠片ピース・オブ・オリジン……欠片(かけら)と言うぐらいだから、遺跡から削り取った欠片(かけら)ってことではないのか?」

 半ば諦めたようなことを言って、そのマリアの背後からシュウマが姿を見せる。


 もしそうならば、トレジャーハンターは全て原点の欠片ピース・オブ・オリジンを手に入れることができる。何より、遺跡を傷付けるようなことを管理局が推奨したりするものなのだろうか。


 見つからないからと言って、それはあまりにも乱暴。


 達也は膝を床に着け、上半身を起こした。見渡すことができる床一面、所々に岩の欠片が散乱している。――その一つ、台座の正面に位置するそれに光り輝くものがある。


 駆け寄り、無造作に拾い上げると……それは岩というよりは石。


 重さもそんなに重くない。拾って近くで見ることでわかったのだが、光り輝いているのは表面に一部出ている金属片が反射しているためのようである。


 触ってみるともろく、土が取れる箇所もある。――これはあるものに土が着き、固まったもの。


「おい。それはただの石だろ?」

 フォルティナが歩み寄る。


 この世を生きる人々には、これが単純な石に見えるようだ。達也にはこの違和感を伝えるだけの言語力もなく……百聞は一見に如かずとばかりに、その腰にある剣を抜く。


「お、おいっ!何を……!」

 これにはさすがのフォルティナも驚きの声を上げる。


 しかし達也は動じず、(おもむろ)に背を向けて石を床に置くと、その剣の刃先をそれに叩き付ける。金切り声と金属が打ち付けられる乱暴な音に、必然とシュウマとマリアの二人も周りを囲む。


 達也が背負うものは大剣。これで土を削り取るといった器用な作業はできない。()り固まった土を取るには固く尖ったものである必要があり、また、ここへ迷い込んだ当初からと付き合いも長く、身の上も全て話した――最も心を許せる存在となるフォルティナ。


 こうする解しか持つことができなかったのだ。


「知っているとは思うが、それはまだ買って間のないものなんだ」


 達也がその剣を石へ叩き付ける度、フォルティナの顔は歪んでいく。


「そんな手荒に扱わないでくれ」


 しかし、達也にそんな願いも通じず、剣を石へ叩き付け続け――石が割れた。しかめていたフォルティナも表情を変え、中身に見入ったまま言葉を失っている。


「どうしたの?」

 マリア、シュウマも不審に思い、覗き込む。


 割れた石の中には丸型の金属片があった。


 大きさとしては手の中にすっぽりと納まる程の……コインと言えば、一番わかり易いだろう。色はくすんでいたが鉄よりも白く、フォルティナ達が見たことのない材質。


 達也は屈んでそれを固定すると、コインの周りを剣先でほじる。


 コインが石から外れ、勢い良く外へと飛び出た。床に落ち、転がる音が響き渡る。達也は追いかけ……足で踏むことによりコインを止め、そっと拾い上げる。


「何だ、これ?」


 顔を上げると、三人が逃がさないとばかりに取り囲み、その手中にあるコインを凝視している。表面が傷付き、不明瞭ではあるが――何か人の顔のような絵が彫ってある。


 達也はゆっくりとフォルティナへ剣を差し出す。


「あ、ああ」

 さっきまでの不機嫌は飛んでしまったようだ。――フォルティナは素でそれを受け取り、鞘に戻す。


「どうやら、これはキリスト文明の硬貨のようですね」

 マリアはコインを見つめたまま呟く。


 その実物は達也も見たことがない。海外へ一度も行ったことがないのだから。しかし、この絵柄……外国のものではあるが、確かに硬貨である。


「もしかして……これが……?」


 恋人達が目印としたものなのだろうか。だとしたら、大きさ問わず目立つもの――それこそ親しい者達が個人的に使用するのだから手軽なものであるべきである。


 達也はきょろきょろと三人の表情を伺う。


「おそらく」


 実際はわからない。


 原点の欠片ピース・オブ・オリジン……欠片(かけら)というからには小さなものを連想させるが、それでも、この目印と簡単に結び付けるはできない。


 それこそ管理局が判断するものなのだから。


「でかしたぞ!タツヤ!」

 そんなことも忘れてしまったかのようにフォルティナは歓喜の声を上げ、達也の肩を叩く。


「そうか。確かに今まで遺跡を発掘しても、キリスト文明の『お金』というものは出て来なかった。原点の欠片ピース・オブ・オリジンとして管理局が集めていたのなら、それも説明が付く」

 シュウマも珍しく興奮気味で、一人で勝手に納得している。


 その言葉が正しければ、硬貨が原点の欠片ピース・オブ・オリジンである可能性が極めて高い。


 達也はフォルティナの手を取り、それを握らせる。


「え?良いのか?」

 フォルティナは急にしおらしく俯き、達也を上目使いで見つめる。


「ああ。俺が持っていても仕方がないし……フォルティナが持った方が良いと思って」

 達也は笑顔で答える。


 フォルティナは言葉を失い、しばらくは硬直していたが、

「タツヤ」

 思い切って顔を上げ、その名前を呼ぶ。


 その瞬間、慌しい轟音(ごうおん)と共に天井の所々が崩れ落ち、コンクリートと岩の破片と共に何かが降って来た。突然のことにこの場の四人は身を屈めるが……


 運が良いのか、そこには何も落ちて来ない。


特定要因マイノリティ・ファクターヲ発見」

特定要因マイノリティ・ファクタートソレニ組スル者」

「世界ノ平穏ノタメ……」

「全テヲ排除スル」


 落ちて来るその各々から、機械的で無感情な声がする。遅れて、ゆっくりと舞い降りて来る――一人の男が地面へと降り立つ。


態々(わざわざ)引き返して来たのか?」

 フォルティナは溜め息と共に呟く。


 天井から強引に侵入し、周りを取り囲む者達――それは管理局。砂漠でも四人を追い回し、達也の不確定要素によって退けさせられた兵士(ソルジャー)とそれを統べるヴァーモス。


「せっかく逃げたのだから、そのまま管理局まで帰れば良かったのに」

 マリアも皮肉の一つを言ってしまう。


「そんな体だと、傷が開くわよ」


 ヴァーモスの体はマリアの指摘通り包帯に巻かれ……軽く胸の辺りを手で押さえ、猫背の姿勢といった満身創痍の状態。既に少し息も乱れ、脂汗をかいているのもわかる。


 前に見た時の威厳も感じられない。――しかし、それでもヴァーモスは不敵な微笑を浮かべる。


「何度やっても同じこと」

 シュウマが他三人の前に立つ。


「いや、今度こそ止めを刺す!」

 そして(いき)り立つと、大鎌を手に取る。


「それはどうかな?」

 ヴァーモスは笑みを浮かべたまま言った。


特定要因マイノリティ・ファクターの未知なる力がなければ立場は逆だった筈だ」

 ヴァーモスはちらっと達也の姿を目視する。


 しかし、それも一瞬。


 すぐに元の場所へ視線を戻して、

「だが、その能力はフォルティナ……君の精霊の力によるものだ」

 と、ヴァーモスは言って退ける。


「あの場では撤退せざるを得なかったが……だからと言って、時間を空ける訳にはいかない。フォルティナの魔力が回復し、再び精霊が使えるようになる前に……」


 精霊の召喚には膨大な魔力が必要になる。――優れて強力な能力と引き換えなのだから、それは当然なのかもしれない。


 ヴァーモスの目測は正しい。


 おそらく精霊を召喚できる程の魔力が回復するまで、後一日は掛かるだろう。精霊アンドロメダの恩恵がない状態で、あの力を操ることなど……それこそ非現実で――達也に求めるのはあまりにも(こく)


 フォルティナは横目で達也を見る。


「この体に(むち)を打ってでも!」

 ヴァーモスは声を荒げ、一歩前へと踏み出した。


 ――のだが、その意気込みの出鼻を(くじ)くかのようにフォルティナが前に出る。


 フォルティナは手を前に突き出した。――その手……人差し指と親指の間には先程のあの硬貨。


「何だ?」

 ヴァーモスは立ち止まり、目を細める。


「これはこの遺跡で見つけた……原点の欠片ピース・オブ・オリジン

 ヴァーモスが眉をひそめる。


原点の欠片ピース・オブ・オリジンを見つけた者は、全ての罪が帳消しになる。特定要因マイノリティ・ファクター(かくま)った罪も、特定要因マイノリティ・ファクター自身の罪も!」

 フォルティナは何かが吹っ切れたのかのように駆け足に言った。


 それとは対称的に黙り込み、俯き加減で表情を見せないヴァーモス。周りの兵士(ソルジャー)達も――元より多くは語らず無感情なため、それを読み取ることはできなかったが、身動き一つせずに立ち尽くしている。


 独特の雰囲気を(かも)し出す沈黙の時。


 どれだけの間、この時間が続いたのだろうか。――不意にフォルティナの手から弾け飛ぶようにその硬貨は宙を飛び、不自然な水平という軌道でヴァーモスの手中に納まる。


「なるほど」

 ヴァーモスは硬貨を(つま)み上げると表裏をまじまじと眺め、一人呟く。


「確かにこれは、キリスト文明時に使用されていた硬貨」

 続けて言うとそれを握り締め、フォルティナを睨み付けた。


「間違いなくこれは、原点の欠片ピース・オブ・オリジン


 四人は再び歓喜の声を上げた。


 これで証明された。もう管理局に怯え、逃げ回る生活ともおさらばできるのだ。――が、その声も自然と消える。


「良く見つけることができたものだ」

 ヴァーモスは口元を緩ませ、単純に関心の声を上げた。


「だが!」

 ヴァーモスは否定の言葉を強調させると握った手を前へと差し出し、その手を開いた。


 (てのひら)の上にフォルティナから奪い取ったあの硬貨が浮かぶ。


「これで……こんなもので、お前達の罪が消えてたまるか!」

 コインはそのヴァーモスの掛け声と共に、圧縮されるかのように潰される。


 ――四人に衝撃が走る。


特定要因マイノリティ・ファクターを見逃すなど……どんなことがあっても、あってはならんのだ!」

 ヴァーモスは鉄屑と化した硬貨を投げ捨てる。


「貴様!な、何を……!」

 怒り頂点となったフォルティナが牙を()き出しにして吠える。


 あまりの憤怒に、我を忘れてしまったのかもしれない。その後のヴァーモスの接近にも反応が遅れ……


 何もそれはフォルティナだけではない。シュウマは現実を(つか)めず放心してしまい、マリアでさえ呆気に取られていた始末。


 それは一瞬の出来事。


「終わりだ!」

 ヴァーモスは長刀を抜き、接近と同時にそれを振り下ろす。


 最初の標的は一番自分に近い位置に立つフォルティナ。真紅の血が吹き上がり――不覚にも目を瞑ってしまう。


 自分の身に何も起きていない。


 恐々と瞳を開いてみると、

「タツヤ!」

 目の前には自分の後にいた筈の達也。その達也が自分の正面を立ち、鮮血を()き散らしながらその場に崩れ落ちる。


「タツヤ!タツヤ!」

 フォルティナは屈み込み、達也の体を仰向けに起こすと、上半身を自分の体へ預けさせる。そして、何度もその名を呼ぶ。


 マリアも体を震わせ、心配そうに二人へ寄り添う。


 体は既に自分の血で真っ赤に染まっていた。胸部に着けていた甲冑(かっちゅう)も真二つに切断され……そのおかげで一命を取り留めることができたのかもしれない。


 だが……


 思いの外、痛みというものは感じなかった。刃が体を走った時に感じた熱さのみ。今は――どちらかと言えば「寒い」と表現できる程、自身の体が冷たく感じる。


 死ぬ時は、こんな感覚になるのか。


「ご、ごめん。……やっ……ぱり、フォル……ティナみたい……に、格好良く……助……ける、ことが……できなかっ……た」

 達也は自分を呼ぶ声に目を薄ら開ける。照れ隠しなのか……込み上げて来るそれを少しの笑顔で表現しながら言った。


 声に力が入らない。


「馬鹿!何を言っているんだ!」

 フォルティナは本気で怒った。その瞳を輝かせる涙を一杯に溜めて。


「これで先刻の借りは返せたというものだ」

 それを上から見下すヴァーモス。


「それに願ってか、ようやく我が目的も達成できる」

 ヴァーモスは感慨深く言うと長刀を持ち変え、剣の先を達也へ向ける。


「こ、このっ!」

 フォルティナは歯軋りをしながら見上げるが、達也を抱えるこの態勢では有効な反撃は望めない。


 (はた)では屈んでいるマリアが静かにヴァーモスを睨む。


「良い気になるなよ」

 何も怒りに震えているのは、フォルティナやマリアだけではない――シュウマが開く口から発する声。


 握り締める右拳。


 優位に立ったという油断もあったのだろう。


 ヴァーモスは一瞬、シュウマに気を取られてしまった。――食い入るように見ていたマリアはその一瞬を見逃さない。水の魔素で形成された水の剣を右手に取り、その体を起こして斬りかかる。


 寸前、バックステップでそれを()わされ――逆に、それが合図となった。


「精霊召喚『ヒドラ』」

 握った右拳を突き出し、その手首に左手を添えた構え……その状態でシュウマは声を張った。


 整備された地面が盛り上がり……砕け、隙間から何本もの長細い影が飛び出る。


 一本一本の影の姿は蛇。しかも長細いといっても、それは全体を捉えた際の比喩(ひゆ)であり、実際は人の体程の太さ――大蛇である。


「今度はヒドラか」

 ヴァーモスは舌打ちし、さらに後退りする。


 数体の大蛇は荒れ狂い、触れるもの全てを破壊……兵士(ソルジャー)達は石化していく。――これがこの精霊ヒドラの能力。


「ちょ、ちょっと、シュウマ。こんな密閉空間でこの精霊を召喚したら……」

 珍しくマリアはシュウマへ苦情を言う。


 兵士(ソルジャー)を次々と倒してくれるのは結構なことだが、どんどんと崩れていく遺跡。


「きゃっ!」

 短い悲鳴を上げてマリアは上半身を逸らす。


 そこを一匹の大蛇が通過する。――ヒドラに敵味方は関係ない。それはもう暴走。


「と、とにかく逃げるぞ!」

 ヒドラを制御することを完全に放棄してしまっているシュウマは残り三人へ声をかける。


 ついには残りの天井が破壊され、天を(つらぬ)く女神像の台座も崩れ始める。……その内、地表に出るためのこの階段も壊されるかもしれない。


 このままだと地底に閉じ込められ兼ねない。


 シュウマはヴァーモスに切断されたことにより地面に転がる荷物を拾い上げ、マリアは達也を背負おうとしているフォルティナを手伝う。


「くっ、待て!」

 その四人より遠く離れてしまったヴァーモスが怒鳴り声を上げる。


 所々の電灯も壊れ、辺りの明かりは不安定に点滅する。落ちて来る瓦礫(がれき)も量、質共に多くなり、階段にもひびが入る。


 それらの騒音に、それもほとんど耳に届かない。


 ――四人は強度を失い掛けた階段を駆け上がった。

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