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Another 36.28  作者: 高田 勲武
1.その先の向こう側
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捜索

 達也はバイクに(またが)ったままヘルメットを脱ぎ、前を見つめていた。そこには問題のトンネルが息を(ひそ)め、静かに(そび)え立つ。


 あの夜の後、達也が目を覚ますと、その瞳に映ったのは無機質な白い天井と、

「達也!」

 その目に溢れるばかりの涙を溜め、自分へと抱き付いて来る母親。良く見ると、ほっとした表情を浮かべる父親と、形だけの付き合いで自分の気持ちなど何一つ理解できていないと思っていた「自称」友人達の姿。


「良かった、良かった」

 母親はただ涙を流しながら、その言葉を繰り返すのみ。


 どうやら達也は一週間、気を失っていたようだ。峠道のトンネル出口でバイクの転倒……深夜のため周りに車がなく、自損事故ではあったのだが、後から聞いた話によると集中治療室へ三日間入り、生死を彷徨(さまよ)ったらしい。


「シュウジは?」


 トンネルの光と闇の中、無数の人の顔に取り込まれて溶け込むように消えたシュウジ。冷静さを失ったからとはいえ、突き離してしまった罪悪感もあってか達也の目覚めた第一声はそれになる。


「シュウジ?」

 幼少の頃から自分にまとわり付いていた少女が達也の言葉を確認するかのように繰り返す。そして一つ間を置いた後、少しの溜め息と共に口元を緩ませる。


「何を言っているの?何か悪い夢でも見たの?」

 彼女は達也の記憶がままなっていないと判断し、同情の目で見つめる。


 達也はその言葉を聞き、はっと我に返ったかのように冷静さを取り戻す。ここにいる者達は皆、シュウジの存在を知らない。そんな者達にシュウジの消息を聞いても無駄というものだ。


 シュウジとは町のゲームセンターで出会った。


 家にいると学校に行かないのか、勉強しろと顔を合わす度に小言が出る母親。学校に行けば行くで気を使いながら……それでいて、まるで生涯の友のように語り掛けて来る奴ら。達也は正直うんざりし、人との接触を避けて騒音を立てるこの場で人の造った画面に熱中したかっただけ。


「ふーん。君、そのゲーム上手だね?」

 しかし、そんな達也の気持ちを無視するかのように、無神経に声を掛けて来る男。――それがシュウジだった。


「ああ?」

 達也は不機嫌に、まるで()み付くかのように威嚇(いかく)するが、

「対戦しよう」

 まさに(ぬか)に釘。暖簾(のれん)に腕押し。シュウジは達也のそれに意も介せず軽い口調で言うと、達也の対面にあるゲーム台へ腰を下ろす。


 ゲームの勝敗は三勝二敗。かろうじて達也の勝ち。人との触れ合いに嫌気が差していた筈だったのだが、何故か心弾むかのように……正直、楽しかった。


「強いね。負けちゃったよ」

 シュウジは明るい声を上げながら、再び達也へと歩み寄る。


 何だか……それによって何が変わるということでもないのだが達也は嬉しく、そして、その反応を示す自分が照れ臭くなって(うつむ)きながら頭を()く。


「君、名前は?」

 シュウジはなおも馴れ馴れしく語り掛ける。


 達也は消えるかのような小声で自分の名「達也」を伝え、その名前を聞いてシュウジも自分の名前を伝える。


 正直、達也が知るシュウジの情報については、その時聞いたことが全てだ。


 語り合った話題は的確且つ、大人びた内容……口調は達也より年上だとも捉えられたが、もしかしたら同じ年なのかもしれない。ゲームセンターの中にある、何の飾りもない椅子。そこへ座るシュウジの仕草さえ格好良く感じ、達也はただ、ただ、真似をする。


 また、シュウジは達也の言葉を良く聞いた。


 元々、聞き上手な性格なのかもしれない。相槌のタイミングも絶妙であり、間に入れる言葉も的を射ていた。達也はシュウジには何でも話せると思い、また、シュウジも自分には何でも話してくれるものだと感じていた。


 達也にとってシュウジは良き兄貴分であり、そして心を許せる……所謂(いわゆる)、親友。それなのに……


 どうしてあの時、あんなことをしたのだろう。


 今までのシュウジらしくない、あの怯えた姿を目の当たりにしたからだろうか。そうだとしても……達也を支配する自虐心(じぎゃくしん)


 達也はもう一度、様々な器具を取り付けられて身動きすらできない自分の体を取り囲む人達の顔を見る。


 同情の目と「シュウジ」という名に反応を示すことのできない人達だけ。この場にいるとゲームセンターでシュウジと出会った記憶さえ、まるで夢であったかのような……シュウジという幻に囚われたかのような錯覚に(おちい)る。


 違う!――達也は自分に強く言い聞かせる。


 ここにいてはいけない。ここにいてはシュウジを幻の……幻像にしてしまう。早く体を治し、シュウジを捜さなくては。


 結局達也が全快し、病院を退院できたのは事故から半年も月日が過ぎた後だった。前にここへ来た時は少し湿っぽく、蒸し暑かったのを覚えている。――今はもう肌寒ささえ感じる。


 達也は手に持つヘルメットを(かぶ)りながら、もう一度入院生活を思い返す。


 すぐに顔を出さなくなり、退院するまで顔を見ることはなかった「自称」友達達。退院後、この者達に会っても、もう何も話すことはない。


 入院生活の中、一つだけ達也にとって意外なことがあった。


 毎日顔を出し、優しい言葉と心配の声を掛ける両親。父親など、家にいる時は一週間全く顔を合わさないこともあった。俗に言う、家庭を(かえり)みない仕事人間の筈なのに。


 こんなことを言うのも何だが、まさか両親がここまで自分を心配していたとは思わなかった。


 だからだろう。


 頭では理解していたのだが実際にその時が来た時、それなりのショックを感じた。やはりと言うべきか、それは一過性のものであり、達也が退院する頃にはいつもと同じ。あの時見せた両親の優しさは所詮、飾り物……周りに仲の良い家庭像を見せたいだけなのだ。達也は自分に言い聞かせる。


 退院してから父親の顔を見ていない。


 達也は(またが)っているバイクのタンクを見つめ、そこを軽く手で叩く。――スポーツタイプの250ccのバイク。


 このバイクはあの時、転倒して大破したものである。達也は少し笑う。


 達也自身が完治するのに半年掛かった事故である。バイクなど基本、鉄くず同然。本来ならば廃車にするところだ。バイクに乗ること自体をやめたっていい。


 実際、身内からもその声は上がった。しかし、達也は(かたく)なにそれを拒絶する。


 目の前に存在する問題のトンネル。そこへ向かうのに、別に車であっても、いや、よしんばバイクであっても、買い直したものであっても良い筈なのに。


 達也は(こだわ)っていた。


 シュウジを失ったあの晩、その時のものとして、バイクはまさに象徴するかのような存在。それを手離しては二度とシュウジに会えない……そんな気にさえさせられていた。


 自分自身に少々ファンタジック的な内面があるのだと気付き、どうしても笑ってしまう。


 正直、その時の時間はうる覚えである。半年の期間はあそこまでの出来事を、こうも容易(たやす)く希薄にする。


 あの事故から達也の耳には全く「シュウジ」の名前は聞こえて来ない。本当ならば行方不明だとか、何かのニュースになったりしても良いのだが……


 それが余計に達也の記憶を鈍らせているのかもしれない。


 達也は思い直したかのように顔を上げ、バイクのエンジンを掛ける。


 季節……いや、日付まで再現しなければならないとなると、達也が今からやろうとしていることは全くの無駄になる。


 いかに気を入れようとも、後から後からと浮かぶ様々な不安要素に気弱になり、どうしても足踏みしてしまう。


 達也は歯を食い縛り、それをかき消すかのようにエンジンをふかした。――シュウジを見つけ出す。ただ、そう自分に言い聞かせて。


 今は深夜。あの時と同じく辺りには車一つなければ、人一人いない。――達也唯一人。音は排気音とピストンの動作による振動音のみが支配する。


 あの夜の再現のため、もう一人、スクーターに乗る者を連れて来ようとも考えたが……適任者はいない。


 頭の中に(めぐ)(もや)を、深夜と共に切り裂くかのように達也はバイクを走らせた。そして、リズムを取りながら軽快に加速していく。


 バイクは達也を乗せ、問題のトンネルへと差し掛かる。


 自らを照らし、次々と後方へと流れていく橙色の電灯。それは日中夜問わず、そして両脇上部に配置され……その機能を満たさず、その輝きを発さないものもある(まば)らで常にトンネル内を照らす光。


 瞳に入るその光の感覚がただのトンネルを通過する際の……いつもの感覚と違う。


 これはあの時と同じと達也がそう感じた瞬間、その光の様相が一変する。光を発している橙色の固体一つ一つが光の糸を引き、その糸と個体が、ある形に姿を変えたのだ。


 達也は身震いしながらも喜びすら感じた。決して一般的に心地良いものではないのだが……


 それは人の顔。苦痛に歪み、助けを求めるかのように……そして(すが)り付くかのような無数の人の顔。


 達也はこの現象を目の当たりにするのは二度目である。――そのためなのだろう。達也はその人の顔を冷静に観察することができた。


 本来ならば安全を満たすための光が形成する人の顔には新旧があるようだ。


 無数に広がって達也を取り囲み、そして、寄り添って来る人の顔にはそれぞれ個性があり、これは人の顔であるとようやく認識できるもの……そうではなくて肌の質感や髪型、(なび)く髪の毛までしっかり見え、その瞳を歪ませながら口を動かして悲痛を訴えるもの――様々が入り混じる。


 達也は現実的に自分へ訴えるもの、それが真新しい人の顔であると勝手に結論付けていた。


 達也の体やバイクに接した人の顔は、まるでトリモチにくっ付くかのように絡み付いて来る。達也が区別した顔の新旧に関わらず。そして、なおも(あふ)れ出すかのように次々と人面が湧き出て来る。


「シュウジ!」

 達也はその中から、ある一つを見つけ出して思わず大声を上げた。


 髪の毛の質、肌の質感までもが伝わる新しい人の顔。その中でも一際その質感を主張し、恨めしそうに苦痛に歪んだ表情を達也に向ける。


 写真に映し出したかのように繊細で、明らかにその人物を示す。


 その顔は苦痛にその表情を歪ませながらただ一点、達也をじっと睨み付けていた。なぜ自分を見捨てたのか、蹴落としたのか……まるでその言葉が聞こえて来そうな程強く、そして悲しみと恨みで濁った瞳。


「シュウジ!」

 達也はもう一度、その者の名を呼び……


 誤解だ!だからもう一度、この場に来たじゃないか?

 そ、そうだ!俺と……俺と一緒に帰ろう!


 その人の顔へ語り掛けるかのように言葉にならない声を上げ、達也はそこへ右手を伸ばす。


 達也の体と、その体を乗せるそのバイクには、まさにその行動を邪魔するかのように無数の人面がまとわり付く。そして、進む先には夜にも関わらず、眩いばかりの光を発するトンネルの出口。


 バイクは達也の右手より受けていた指令を失うことによるガソリン供給の減少……それにより回転数を下げ、ゆっくりと速度を下げていく。達也の右手は「シュウジ」と呼んだ、トンネルの光で形作られたその人の顔には届かない。


 形振り構わずバイクを走らせていた達也。そのために触れ、その体へくっ付いていた無数の人の顔達。そのそれぞれが一瞬にして光の粒と化す。そして、夏の風物詩である蛍のように幻想的な風景として達也の目前を彩りながら、まるで散っていく花を連想させるかのように(はかな)く消えていく。


「シュウジ!」

 達也はその名を繰り返し呼ぶことしかできない。


 バイクはそのエンジン音と速度を静かに下げながら、ゆっくりと光の穴へと突入していく。


 達也が深夜に関わらず、その存在を主張するかのように強い光を発する出口へ体を溶け込ませた瞬間、まるで達也の侵入を拒絶するかのように姿を消す。


 達也はバイクを止めるとヘルメットを脱ぎ、突然失った光により眩み、見辛くなったその瞳へ一喝を入れるかのように眉間に指を添え、懸命に首を横に振る。


 車一つ、通りのない深夜の峠道。その闇に目が慣れてきた頃、達也は自分の通って来た道を確認するかのように振り向いた。


 そこには静けさを取り戻したトンネル。薄暗く、橙色の電灯の光を内包するトンネルが何事もなかったかのようにその場で存在を主張する。


 下を見るといくつもの黒い筋も確認できる。それはタイヤが(こす)り付けた痕。この黒い筋の中に、前に達也が付けたものも存在しているのだろう。


「シュウジ・・・」

 達也はもう一度、そして小声で呟くように言った。


 姿を消したシュウジ。それはやはりシュウジ自身が幻などではなかったという証明。


 今は静かにその本性を隠すトンネル。生命の息吹をも感じさせる、人を取り込む魔性のトンネル。


 もう達也に迷いはない。シュウジを連れ戻さなければ。それは保身のために蹴り飛ばし、見捨ててしまった達也にとって懺悔(ざんげ)であり、(つぐな)い。


 ポケットに忍ばせるように、ひっそりと入った携帯電話の時計機能は三時を少し回っていた。

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