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Another 36.28  作者: 高田 勲武
5.導かれたもの
19/27

砂漠-激闘

 アラルスト大陸。――世界最大の大陸で、中央は広大な砂漠で占める。達也達の目的地である天を(つらぬ)く女神像の遺跡はそこに存在し……よって、その砂漠へ入る必要があった。


 達也は自身が持つ大剣をその自重と地面で昆虫系のモンスターに突き立てる。


 エリア36.28で荒野……既にこの地で砂漠も体験したのだが、その時は動物の上に乗って移動したのでここまでは感じなかった。


 比べものにならない程の焼けつく日射しとまとわり付く砂。輻射熱(ふくしゃねつ)で体力を奪われ、今にも倒れそう。


 汗も枯れ、乾いた息を短周期に吐きながら砂に埋もれた痙攣(けいれん)する巨大な昆虫を踏み付けて大剣を引き抜く。


 剣身を前向きに抱え、重心を低く腰を落とす独特な構え。


 目前にはこの土地特有の……足元に転がるものとは別の昆虫系モンスター。羽音を立てて宙を浮き、こちらへ睨みを利かせている。


 達也はそれに狙いを定めて突進からの突きを繰り出す。


 飛んでいる昆虫は動きが俊敏(しゅんびん)なのが常識で……それはひらりと(かわ)される。――ここまではいつもと同じ。


 ここからが修行の成果。


 大剣はその昆虫を追い掛け……薙ぎ払い、捉えたその昆虫ごと大地へと叩き付ける。耳に付く断末魔が(こだま)する。


 この攻撃法の「こつ」は、突きから振りに変化させるために必要な下半身の筋力。そしてその勢いを殺さぬこと。突進の突きを避けられた場合、この昆虫の時のように横へ振り抜く斬撃に切り替え……あくまで剣には逆らわぬように力の流れを変え、捉えたら重さに任せて潰す。


 ――これがクレストの剣術道場で老人に習った必殺技。


 砂漠の砂に足元を囚われて百パーセントの力を出し切れていない感は否めないが、戦略を持たないモンスター相手にはこれで十分。


「頼もしくなったな」

 フォルティナは目の前の、背丈程のサソリを切り刻む作業と共に呟く。


 少し離れた所ではシュウマが巨大百足を大鎌で真二つに切り裂く。そうしながらも同等に達也を見る表情は穏やかなもの。


「本当、頼りになるわ」

 背後で声が聞こえる。


 振り向くと、だらしなく座り込み、左手で力なく(あお)ぐマリアの姿。


「ちょ、ちょっと!」

 達也は不満の声を上げる。


 マリアはきょとんと首を傾げている。


司教(ビショップ)でしょ?」


 この熱砂で限界ながらも生きるために振い立たせているのに、こんな態度をされると……心中穏やかでは済まされない。


「そうよ」

 しかし、マリアは素で肯定する。


「そ、そうだ。バランカスでしていた奴でも……」


 商業都市バランカスで管理局の兵士(ソルジャー)を一掃したあの魔法――正確には召喚した精霊の氷による津波。


 大層涼しくなりそうだ。


 ちゃんと町や都市の名前を覚えているあたりは、純粋に()めてやっても良いことであると思うが……マリアは面倒臭そうに溜め息を吐く。


「暑いのは苦手なのよ」

 マリアは言うと、右手を目の前に差し出す。


 掌の上で発生する水は弱々しく、触れると生暖かい。――そう言えば、使用している魔法は水や氷ばかり……


 使えるのは水属性のみのようだ。これ程の熱気だと、確かに水は意味をなさないだろう。


「だ、だったら、どうして……?」

 そう、だったら何故、自分の後なのか。達也は言い掛けるが、マリアがその言葉の途中で一方向を指差す。


 剣を振り回しながら雷を落とすフォルティナと……少し離れて大鎌を振り回し、荒れ舞う風をまとうシュウマ。


 近付く全てを破壊しかねない勢い。


「あの(そば)だと、こっちまで巻き込まれてしまうでしょ?」

 それも言えている。


「タツヤは大剣だけだから、巻き込まれる危険は少ないし……」


 それで一番安全だと思われる自分の背後で落ち着いているらしい。頼りにされるのは悪い気がしないが……


 心境は複雑である。


「タツヤ!」

 突然声が飛んで来る。この声はフォルティナ。達也は何事かと振り返る。


「そっちへ行ったぞ!」


 その声が耳に届くよりも……目の前で羽音を立てる巨大昆虫。それは自分の頭程の大きさであり、もう目と鼻の先。


 達也は身震いさせながら、

「うわっ!」

 と、悲鳴にも似た声を上げると、避けるように屈み込み、同時に手に持つ大剣を振り上げる。


 運良く刃がその昆虫に当たり、そのまま背後へと振り下ろす。その勢いで体を宙返りさせて剣の上に乗り、昆虫をそれもろとも踏み潰す。


 何とか対処はできたようだ。


「ちょっと!」

 だが、それでは済まされないのがマリア。


 立ち上がると、ずかずかと達也へ歩み寄り、不満に満ちた顔を近付ける。


(わざ)とでしょ?」


 達也は懸命に首を横に振る。マリアの眼差しは依然として冷たいが、何かを諦めたかのようにその場から離れる。


「何をしている!まだまだ来るぞ!」

 フォルティナは不機嫌に警鐘を鳴らす。


 達也は顔を上げ――羽音を鳴らす拳大の蜂の大群、巨大百足にサソリ。急に地面の一角が(えぐ)れ、その中央には角のような突起物が二本……あの人地獄も。


 次から次へとモンスターが湧いて来る。


「うわああああっ!」

 達也は叫び声を上げ、あの独特の構えからの突進で、それら大群へと飛び込んでいく。


 ――それらモンスターを撃墜し尽くした頃……


「本当、見違えたな」

 と、シュウマが一言、言いながら達也へ寄って来る。


 当人は重量感がある大剣の先端を地面へ落とし、そこへ体重を預けながら息を整えているところ。呼びかけにも目を上げることでしか、受け応えができない。


「本当、助かったわ」

 その姿を後目に、マリアはシュウマへ近寄る。


 解放されていた時間。――それはモンスターを退かせる束の間だけ。


 シュウマは頭を抱え、腕は文字通り拘束される。


「外で気を緩めない」

 そんな二人へ、フォルティナが一喝する。


「で、でも……」

 不服とばかりに口答えしかけたが、それは途中で止められた。


 フォルティナは疑問符の声を上げ、固まったマリアの見つめる先を見るが……自然消滅したかのように、そっとその腕から放れる。


 シュウマと達也も彼女達の異変を察知し、二人の視線の先を目で追う。――そこには動く影がある。ざわざわと(うごめ)き、何かがこちらへ近付いているのが確認できる。


 モンスター群の第二波だろうか。


 どんどんと接近して来るそれが迫って来るにつれ、形が明らかになり……四人は同時に反応を示した。複数の人型が重なった影。中央付近には砂煙を巻き上げる塊。


「ようやく見つけたぞ」


 それは見たことのない異形の機械。わかり易く表現するとすれば、ホバークラフトみたいなものであった。


 そんなこの世界には似合わない金属的な機械が達也達の目の前に止まり、その上に立つ見覚えのある男が語り掛けて来る。後から連なるように寄り()う生命を感じられない人形――兵士(ソルジャー)


「ヴァーモス」

 もう、うんざりとばかりに、フォルティナが見慣れぬその機械の上に立つ男の名を呟く。


 その男はヴァーモス。モンスターの集団の次は管理局達の急襲である。――もうお腹一杯で、胃靠れすら起こしそうだ。


「アラルスト大陸に滞在しているのは、わかっていたが……」

 ヴァーモスはそう言いながら、ゆっくりとそこから降り、砂で形成される地へ立つ。


如何(いかん)せん広く、見つけるのには少々骨が折れた」

 フォルティナは頭を()きながら、ヴァーモスから隠すかのように達也の前に立つ。


「なら、諦めてくれて結構だったのだが?」

 そして、嫌味の一つを口にする。


「そうはいかん。特殊要因マイノリティ・ファクターは何が何でも排除せねば」

 ヴァーモスは決意にも似た意志を(あらわ)にする。


 それがこの世のため。それを正義とする管理局――彼には、それが当然であると言える。


「お前達こそ、いい加減にその特殊要因マイノリティ・ファクターをこちらへ渡せばどうだ?」

 ヴァーモスは不敵な笑みを浮かべて加える。


「何を馬鹿な!」

 そう否定するのはフォルティナの役目だったのだが、それより先に怒鳴り声を上げたのはマリア。叫び声を上げると共に達也の横へ移動し、シュウマは逆隣りに立つ。


「相変わらず……()りない奴だな?」

 ヴァーモスは微笑で口元を歪ませたまま、片手を上げる。


 それを合図に兵士(ソルジャー)達が四人を取り囲む。


「強がりもここまでです」

 マリアは右手を握り締める。


 こんな時のために一人、体力の温存をしていたのだから。


「貴方達全て、消し去ってあげます」

 マリアは言うと、全身に力を込める。


 もしかして、あの強大な氷の津波でも呼び起こすつもりか。


 ヴァーモスは上げた手を下ろした。


特殊要因マイノリティ・ファクターヲ排除スル」

 兵士(ソルジャー)の集団は一斉に飛び掛かって来る。


「くっ!」


 フォルティナは剣を抜き、シュウマは大鎌を振り回す。


 先の二人に習ってか達也は大剣を抱え、中腰に構えると――途中、マリアが視野に入る。弱々しい水で造った短剣で、兵士(ソルジャー)の攻撃に抵抗しているところ。


 これでは、あの津波は期待できない。達也はマリアを襲う兵士(ソルジャー)に標準を切り替え、その群衆へと身を投じた。


「貴方はこちらを気にせず、自分のことに専念しなさい!」

 余計なことをとでも言うかのように、マリアは不服の声を上げた。


 少し()められたからと良い気になって……


 達也ごときに本気で心配されるなど、司教(ビショップ)のプライドが許さない。


「そんなこと、言われても……」

 達也は唇を尖らせ、マリアを見て呟く。


 ――無視はできない。彼女の魔力で形成された温く、勢いもない水……それにエリア36.28のエルバ村で犠牲になったあの少女。あんな気持ちになるのも二度と御免だ。


「良いのか?」

 そんな二人の姿を横目で追い、フォルティナは問い掛ける。


 その相手は勿論、

「ん?」

 と、軽く声を上げるシュウマ。その真意をわかっていなかったが……それも一瞬。


 その視線で全てを悟る。


「ああ。別に」

 そう言いながら重量感ある大鎌を振り上げ、体の周囲を守護する鎌鼬(かまいたち)との多重攻撃。その風も勢いを増して来ており、周りの兵士(ソルジャー)はなすすべなく粉々になっていく。


 それとは別次元にシュウマの口からフォルティナまでもかと、落胆に似た吐息が漏れる。


「こんな場所で、この能力……」

 シュウマは言って、大鎌を持ったまま両手を広げる。


 吹き荒れる風が砂を巻き上げ……それを強調する。


「人を守るのには向いていない」


 これでは誰かを守りながら戦うことなど、到底無理。下手をすれば、その対象者自体を傷付けかねない。――適材適所。弱点は補えるものが補えば良い。


「それより、フォルティナこそ良いのか?」

 シュウマは自分に迫る兵士(ソルジャー)へ死神の鎌を一振りしながらも、仕返しとばかりに切り返す。


 フォルティナは面を食らったかのように目を見開いて振り向く。


「成り行きとは言え、タツヤが別の人間と仲良くして……」

 心中穏やかではないだろうと、自然にその口も悪戯に歪む。


 本人達にはそんな気持ちなど、全くと言って良い程ないのだが。


「削除スル」

 フォルティナに接近した兵士(ソルジャー)が攻撃態勢を取る。


 シュウマはその危険に口を開き掛けるが……


「別に!」

 姿を見ずして、フォルティナはその兵士(ソルジャー)の顔を乱暴に殴り付けた。それと同時に雷が走り……頭が消し飛び、力なく崩れ落ちる。


 シュウマは言葉を失う。


「タツヤが誰と、何をしようが……私には関係ない!」

 フォルティナは言い、まさに倒すべき兵士(ソルジャー)を漁るかのように……その破壊に没頭(ぼっとう)をし始める。


 触れない方が良かったようだ。


 シュウマは再度、二人を確認する。そうは言ったが……


 実際、マリアはふて腐れており、達也に至っては兵士(ソルジャー)を倒すことで手一杯。とても浮いた話ができるとも、ましてや仲良くしているとも言い難い。


 達也の攻撃は一対一の戦闘に特化している。


 それは大剣であるという重量武器であることも(しか)ることながら、技の要が突きであること……何より魔法が使えず、複数人への同時攻撃ができないことに起因する。


 いくら剣術を鍛練しても拭い切ることはできないだろう。


 周りの砂漠の熱線により体力が奪われているのもマイナスへ働いているのかもしれない。


 飛び掛かって来る兵士(ソルジャー)をを難なく大鎌で切り裂くが、それら自身の動きに、疲れなど微塵も見えない。


 達也がまた兵士(ソルジャー)一体を突きにより(つらぬ)く。だが、集団相手に……それは最早(もはや)、焼き石に水。――仕方がない。


 向き不向きだと割り切っていたシュウマだったが、これ以上は(らち)が明かない。少々、守る対象へ危険を及ぼしてしまうが、その相手が司教(ビショップ)ならば何とかなるだろう。


「仕方がないな」

 まさにその心境とシンクロする言葉が自分とは異なる声でシュウマの耳に入る。


 それは同じくして問題の二人を見守るフォルティナ。――何だかんだと言い、彼女だって気に留めていたのだ。


 それに能力上、雷の魔法を使えばマリアへ時間を作ることだって簡単な筈。初めから意地を張らず、こうすれば良かったのにとシュウマは肩を落とす。


 フォルティナは自分を囲み、壁と成した兵士(ソルジャー)の一区画を切り崩し、突破口として達也達へ近寄ろうとする。


 ……が、そこへ次から次へと追加導入されているのか思うように進めない。


「くっ!」

 必然と表情は苦悶(くもん)に歪む。


 嘲笑(あざわ)うかのように一つの人影が目の前を横切る。――達也は異様な感覚に囚われた。上手く言葉で言い表せない不快感は……殺気。


 己の直感を信じ、体が動くがままに大剣を正面にかざす。


 金属が激しくぶつかり合ったかのような衝撃音。その後、その音により発生した耳鳴りと同波長で剣から手へ、そして腕へと痺れが駆け上がる。


「ほう。なかなか感が良いじゃないか」

 不敵に笑う男。


 彼が片手で持つ長刀……それは、達也にとっては初見である刀。怪しく輝くその片刃が大剣と交差する。


 男はその態勢のまま空いたもう片方の手を上げる。周りに(ひし)めいていた兵士(ソルジャー)達は距離を置き……標的は他へと切り替えられたようだ。


 分散し、数体がマリアへ流れ込んでいく。


 達也は無意識下でそれを目で追ってしまい、

「余所見をしない!」

 マリアの一喝が入る。


 達也は叱られた子犬のようにその身を縮め、即座に正面を向き直す。


「その男は……危険よ」

 マリアは忠告を続ける。


 司教ビショップである彼女にここまで言わせ、兵士(ソルジャー)を顎で使う男――ヴァーモス。


「くそっ!」

 達也に分担されていた多くの兵士(ソルジャー)が変更した攻撃の向き先はフォルティナ。突破もできず、彼女の苛立ちは隠せない。


「ヴァーモス、何故!」

 そうしながらも、ヴァーモスへ怒鳴り声を上げた。


「何故?」

 ヴァーモスは聞き返し、兵士(ソルジャー)が纏わり付くフォルティナへ無防備に顔を向ける。


「私がこうすることは必然だ」

 そして、落ち着いた口調でそう言うと、再び達也を見た。


 表情は依然として微笑んだまま。しかし、その瞳の奥に光る怪しい輝き。


特殊要因マイノリティ・ファクターを排除することが、この世界の平穏。正義。そして、私の目的なのだから」


 達也は後へ飛び退き、距離を取った。明確な……恐怖という感情は認識していない。だが単純に、このままの状態だと危険であると感じたのだ。


 それに……


 達也はあの独特な構えを取る。元の距離だと自称必殺技である、あの技が出せない。


「タツヤ、止めろ!」

 どうせ敵わない。身を引けとばかりにフォルティナは叫び声を上げた。


 ――奇しくもそれが合図となった。達也の突進から繰り出される突き。


「たいしたものだ」

 ヴァーモスはそれを左横へ(かわ)し、通り過ぎた剣先を見つめながら感心する。


 人間、()められると多少なりとも嬉しいものだが、ヴァーモス相手だと、こうもその感情が湧かないものなのか。いや、どちらかと言えばそんなものを通り越し……


 腹が立だしい。


「突進力……何より速さもある」

 付け加えるヴァーモスを無視し、達也は大剣を横へ振り抜く。


 剣身がヴァーモスを捉える。


 だが、体には触れておらず、その隙間より見える脇辺りで構える長刀。――防御されているようだ。


 構わない。


 達也は大剣の軌道を少し変え、そのまま地面へと振り下ろし……砂の大地へ落ちた大剣の先を見ると、そこにはそれ以外何もない。


 達也は顔を上げる。


「なるほど。突きを(かわ)せば間髪入れずに薙ぎ払いで追い掛け、捉えたらそのまま重さに任せて叩き付けるか」

 ヴァーモスは何事もなかったかのように……まさに羽毛が地面へ落ちるかのようにその場へ降り立つ。


「技として洗練されている。破壊力も申し分ない」

 ヴァーモスは言うと、拍手までする始末。


「大剣という武器の重さも上手く利用しているが……重さ。『重さ』だとはな」

 その後、声を上げて笑い始めた。


 達也は唇を噛み締め、またあの構えを取ると隙だらけで、未だ笑い声を上げるヴァーモスへ突進する。


「つくづく、私とは相性が悪いようだ」


 今度は避けることさえしなかった。


 片手で体の正面へ差し出した日本刀のような長刀。その刀に達也の大剣が触れたと同時に突進は止められる。ヴァーモスに力を入れた形跡もない。ただ、そこから一ミリたりとも後退することもなく――文字通り止まる。


 どんなに踏ん張ろうとも、動く気配もない。


「武器に『重さ』を選んだ時点で、お前は私に勝てない」

 ヴァーモスは言うと刀を持っていない方の手を、ゆっくりと達也の顔に近付ける。


「タツヤ、避けろ!」

 突然、フォルティナの声が飛んで来た。そうは言っても……


 この手に、いったい何があるというのだ。


 わからぬままに首を傾け、それから逃げるが……いきなり勢いを増した(てのひら)が肩口を通過する。それと同時に、そこの空気が爆発したかのような衝撃。


 達也はそのまま吹き飛ばされる。


 どのように……どこへ飛ばされたのかわからない。――方向感覚もなくなっていた。肌に感じるのは熱砂。


 地面に転がっているようだ。


 達也は何とか上半身を起こす。だが、ヴァーモスの手を躱した右側の視野が歪み、良く見えない。右側の顔半分から右肩に掛けて、感覚がない。――まるで、その部分が抉り取られたかのようだ。


 狭くなった視野で、(そば)に転がる大剣を捉えることができ、達也は左手で持ち手を取る。


「私の魔法は地属性」

 思いの外、近くで声が聞こえる。


「ただ地属性と言っても、私のものは特殊な使い方をしていてね。……優しい言葉で言えば重さ……そう、『重力』を操っているのだよ」

 だから達也の剣の「重さ」を利用した戦い方を幼稚(ようち)だと(ののし)ったのである。だから相性が悪いと言ったのである。


 達也の視覚が戻って来る。


 必死になって自分の名を呼ぶフォルティナの叫び声が耳に届くようになり……どうやら聴覚も壊れていたようだ。――自分の顔、右肩も存在する。


「タツヤ!」


 ――不意に感じる直感。フォルティナは体を大きく仰け反らせる。その後に頬を(かす)める刃先。


「ちっ!」

 フォルティナは顔をしかめ、その崩れた態勢のまま手に持つ剣を振り上げる。


 剣は力弱く……対象の兵士(ソルジャー)(かわ)され――足元が覚束(おぼつ)ない。舌打ちするフォルティナ。


 そのフォルティナを狙い澄ました兵士(ソルジャー)の追撃。耐え切れず……地面へと倒れ込んでしまう。


 あまりに達也へ気を取られ過ぎたせいか。


 その状態でありながらも、

「タツヤ、奴から離れろ!」

 フォルティナは懸命に声を荒げる。


 達也は回復して来た目で、もう一度自分の正面を確認する。――男の足が見える。


 達也は見上げた。


 逆光により表情までは見られないが、その姿は(まぎ)れもなくヴァーモス。目と鼻の先で立ち、勝ち誇ったかのように待ち構えている。


 もう(なり)振り構ってはいられない。


 フォルティナは倒れたまま、自らの危機も顧みずに達也のいる方向へと手を伸ばした。


「反逆者ハ排除ス……」

 そう言い掛けて、フォルティナへ刃を振り上げた兵士(ソルジャー)が動きを止める。


 響くのはあの耳障りな断末魔の声。その声は連鎖の(ごと)く連なり、達也とヴァーモスへ向かって来る。何事かとヴァーモスも動きを止めて振り返る。


 そこには(しも)のように細かい光の粒子。それが帯状に連なり――ヴァーモスは珍しく慌てた素振りで後退りをし、それを避ける。


「スターダストか!」

 ヴァーモスは叫ぶと、その発生元を睨み付ける。


 フォルティナが先程とは打って変わって微笑を浮かべている。


 光の粒子は、どうやら達也に用事があるようだ。


 周りに集まって執拗(しつよう)に……何かを求めるかのように、ぐるぐると回る。ただ困惑し、ゆっくりと立ち上がりながら、この粒子の動きを傍観(ぼうかん)することしかできない。


「精霊召喚『アンドロメダ』」

 フォルティナは笑みを含んだ表情を崩さずにそう言うと、前へ差し出した手を握り締める。


 光の粒子の動きは速度を増し、一部が背後辺りで収束しているのがわかる。――達也は恐る恐る振り向く。


 そこには一人の女性が立っていた。


 胸の辺りと下半身に布を軽く巻き付けただけの全裸に近い姿。腰程まである長い黒髪を()き分け、俯き加減に(たたず)む女性。達也にとっては勿論のこと初見であり、呆けたかのようにぽかんと口を開く。


 女性は達也に気が付くと少し会釈をする。――覚えていないだけで、実は知人なのだろうか。


 いくら思い返してみてもそんな記憶がなく……それよりも、いつの間に現れたのか。


 女性は(おもむろ)に達也の首辺りへと両腕を回す。その行動に身を引き、一歩後退するが……


「それ以上、下がるな!」

 と、それを止める怒鳴り声が飛んで来る。


 達也は後退した足がそれ以上下がらないように力を込める。――この声はフォルティナ。見ると未だ砂の地面へ倒れたまま。


「周りを浮遊(ふゆう)している光の粒はスターダストよ!」

 また別方向から声が聞こえて来る。


 相手をする兵士(ソルジャー)の数が増えながらも弱体化した水の魔力を必死に振りかざして抵抗しているマリア。その自分の身が危険に(さら)されていても、達也への警告は忘れない。


「スターダストに触れれば生命維持ができなくなるわ!それは術者、対象者問わず……」


 達也は続けられたその言葉で気が付く。もう一歩でも後退していれば、自分の周りを取り囲む光の粒に触れるところであったことを。


 だから自分の近くの兵士(ソルジャー)は何もして来ないのだ。ヴァーモスも距離を置いたきり、攻撃して来ないのだ。


 女性は状況を把握しようと目まぐるしく動く頭を抑えるためか、首の辺りに絡ませていた腕を解くと、達也の顔を両手で(つか)んで強引に自分の方へと向かせる。


 達也はそれによって発生した首筋の痛みで顔をしかめる。


 ――だがことは、それだけでは済まされなかった。


 女性の顔が達也の顔へ近付き……そのまま唇と唇が重なり合う。――衝撃が走った。


 初めて味わう他人の唇は想像以上に柔らかく、体の芯に電流が駆け抜ける程の快感。訳もわからずその感触に、持っていた大剣を落とす程。


 女性はゆっくりと離れる。


 達也は頬を赤く染め、先程まで女性の唇が触れていた自分の唇をそっとなぞる。彼女がにこっと微笑みを返し……その後、爆風で巻き上がる砂煙と共に忽然(こつぜん)と姿を消す。


 いつの間にか周りを囲んでいたスターダストも消えている。――それでも現実に戻って来られていない。


「何をしている、タツヤ!」

 フォルティナは握り締めていた手を地面へ叩き付けて叫んだ。


 達也は背筋を立たせる。


「いちいち精霊の能力に照れるな!」

 だからこの精霊を呼び出すことは、気が進まなかったのだと言わんばかりにフォルティナが不満をぶちまける。


 そう、あの女性こそ精霊アンドロメダ。能力は――


「良いから、早く剣を取れ!」


 達也は完全に我を取り戻していないのか、ただ頷き、上半身を屈ませて落ちた大剣を拾う。


 スターダストが消えたことにより、無防備な達也を守る障壁は存在しない。ともなれば……隙だらけの特殊要因マイノリティ・ファクター


 仕留める最大の機会とばかりに兵士(ソルジャー)が群がる。


 慌しい物音。不気味かつ、無機質な輝きを放つ複数の兵士(ソルジャー)の瞳。その背後で目を光らせ、接近して来るヴァーモス。


 達也は一気に現実へと突き落された。


「うわっ!」

 達也は悲鳴を上げると手に持つ大剣を振り上げ、そのまま横一閃に()ぎ払う。


 違和感を覚える。


 持ったこの剣はいつも使っている重量感たっぷりのあの大剣。それが異常に軽く、素早く振り抜けたのだ。しかも、その作業自体も利き手ではない左手一本。


 必死になると重さを感じる余裕もなくなるのだろうか。


 顔に生暖かい……何か液体のようなものが降り掛かる。そして、それは赤い――達也は目を見開いた。


 それに巻き込まれた兵士(ソルジャー)が複数、綺麗に横一閃に真二つに切り裂かれていた。そのさらに奥――おそらく剣を持ち上げるためだけに振り上げた剣が当たったのだろう。


 胸へ縦に一文字、血飛沫(ちしぶき)を上げながらうずくまるヴァーモス。


「お、おのれっ!」

 地へ膝を落とし、声を絞り出して上げる顔……右側を手で押さえ、そこからも血が溢れ出る。


 その一撃は顔までにも及んでいたようだ。達也は不審に思い、自分が持つ大剣を見る。


 それは様々な異種金属が重なり合う異形の大剣――の筈だった。見方によれば、それでも異形であるに違いはないのだが……そのそれぞれの金属片が隙間を造り、そこを補うかのように輝く光。


 それは大剣の刃の部分にまでも及んでいた。


「わっ!」

 達也が、我を保った状態でこの現象を見るのは初めて。異形の形状を成した大剣を見つめ、驚きで後退りしながらもその身を硬直させる。


 全身の筋肉を萎縮(いしゅく)させたその時、腰より少し高い位置……そこを中心に全方位へ光の輪が現れ、外側に稲妻が走るかのように広がる。


 所々で短い悲鳴が上がる。


「何しやがる!」

 屈み、その光の筋を避けたシュウマが叫ぶ。


「スターダストを無暗に使うな!」

 起き上がり掛け、慌てて身を伏せたフォルティナも便乗し、達也を叱り付ける。


 スターダスト。フォルティナがあの精霊アンドロメダを呼び出した際に、共に出現した光の粒子をそう呼んでいた。


 達也の周りに発生し、広がった光はそれのようだ。周囲を見ると、それに触れたと思われる兵士(ソルジャー)達が音もなく倒れていく。


「私達まで殺す気?」

 シュウマと同等の態勢になっていたマリアが今まで、そんなに恨みを買うようなことをしたのかと嫌味を口にする。


 ――何とか三人は無事のようだ。達也は胸を撫で下ろす。


「アンドロメダの能力は対象者の能力強化と、スターダストの付与だ」

 一息吐き、フォルティナはゆっくり起き上がると、冷静な口調で言った。


「不用意に扱うな」

 そう達也へ追加するも、その眼差(まなざ)しは既にヴァーモスへ向けられている。


 シュウマとマリアも立ち上がり、膝に付いた砂を叩く。


「くっ……引け、引けっ!」

 一向に止まらず、溢れ出る真紅の血液。ヴァーモスは元となる顔の右側と胸の辺りを手で押さえたまま声を荒げる。


 押さえる手に隠れていない左目が、恨めしいとばかりに歪んで達也を強く睨み付ける。


「次こそ……次こそは、必ず!」

 と、ヴァーモスは言うとここまで乗って来た機械的な物体まで体を引きずるように歩み寄り、その上へと倒れ込む。


 物体は砂煙を立てながら走り始めた。


 後を追うかのように残った兵士(ソルジャー)達もぞろぞろと去っていく。――何とかヴァーモス達を退かせることができたようだ。


 達也は安堵のあまり、異形の大剣を地面へと落としてその場へ座り込んだ。手離したためか……それとも能力が切れたためなのか、大剣は光を失い――元の重い、異種の金属が重なり合う姿に戻る。


「驚いたな」

 呟き、シュウマは達也へ歩み寄る。


「タツヤに、こんな力があるなんて……」

 比較的近くにいたマリアが声を掛ける。


 そう、この二人……前は記憶を失くしていたのだから、正確には達也を含めた三人にとって、この特異な力は初見である。一人だけ知るフォルティナは優越感に浸り、笑みを少し浮かべ――それを取り(つくろ)って懸命に、真顔に戻してその(はた)へと近寄る。


「フォルティナがタツヤへアンドロメダを召喚した時は、何をしているのか意味がわからなかったが……」


 達也は疑問符の声を上げる。その言葉の意図することすらわからない。


「言っただろ?アンドロメダの能力は対象者の能力強化だって」

 フォルティナは理解を示さない達也へ補足する。


「強化とは、元ある力を強くさせるということ。つまり元々の力がなければ強化するものがなく……それは全くの無駄になるわ」

 あまりに達也が察しないため業を煮やし、少々不機嫌にマリアは言った。


「と、言うことは……?」

 達也はまだ首を傾げている。


「元々タツヤには、あの力があるということでしょ?」

 マリアはじれったいとばかりに怒鳴る。


 達也は疑心暗鬼に自分の(てのひら)へと目線を落とした。他三人はその姿を見つめる。


 頼りなく見えるそれとは裏腹の、知見のない強大な力。


 また、スターダストは魔素の一種……つまり魔法の使えない者は、いくら付与したからといって扱えるものではない。――それは魔力が存在するという証明。


 フォルティナにマリア、シュウマの三人は顔を見合わせた。


 この世の常識として、魔力が全くないというのは、やはりおかしい。単純に未知な魔力であるが故、認識できなかったという方が余程か現実的である。


 しかし……


「このまま、ここで考えていても(らち)が明かないな」

 フォルティナは現実を見つめた言葉を口にする。


 見合わせている内の他二人は同時に頷く。


 魔導の村クレストに戻って村長へ聞けば何かわかるかもしれないが、今更引き返すこともできない。


「取りあえずは、天を(つらぬ)く女神像へ急ぎましょう」

 マリアが提案する。


 今度はフォルティナとシュウマのペアが頷く。


「ほら、いつまで呆けている。早く立て」

 話に付いていけず、話題の置き去りにされていた達也はフォルティナに手を取られ、強引に引きずり立たされる。


 天を(つらぬ)く女神像とその遺跡まではあと少し。――四人は目的地へ向けて進み始めた。

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