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Another 36.28  作者: 高田 勲武
5.導かれたもの
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クレスト-知識の塔

 数日が過ぎた。


 相変わらず経過した日数はわからないが、日を重ねるにつれて体中の筋肉痛が消え……いや、消えるというよりも慣れ、それ自体が膨張(ぼうちょう)していくような感覚。


 力が湧き上がると言えば良いのだろうか。――充実感。


 忽然と姿を消したフォルティナのオルゴール。滞在資金のために売ってしまったのだとすれば、それも流れた時間の長さを証明するものなのだろう。


 最初は筋力トレーニングばかりだった。


 初日など、毎回のように問題となるベッド割……いつもと変わらぬ割当だったが、達也には文句を言う気力もなく、無言で受け入れた程である。


 継続は力なりとは良く言ったものだ。


 このように一人、クレストの町中を歩けるまでになり……ようやく最近は剣を持たせてくれるようになったが、素振りではなく「突き」と説教。


 忘れられ気味だが、達也にもこの世界でしなければならない……()わば目的がある。


 未だ行方不明であるシュウジの捜索。


 共に旅するシュウマがシュウジだと思った時もあった。しかし、一緒に旅する中でそれは自身で否定している。この人探しも行き詰った感は否めず、それが余計に焦りを生ませていた。


 達也は一人、町中を歩いていた。


 先に知った通り文字は読めないが、向かう先は……見上げたそこにそびえ立つ知識の塔。これだけ目立つ目的地に道案内もいらなければ、文字を読む必要性もない。


「充分な準備をしておいた方が良いだろう」

 その言葉と共に他三人、フォルティナとマリア、シュウマはこの知識の塔へと通っている。こんな所で管理局に襲われようものならば逃げ場もなく、一溜まりもないのだが……


 かくして、達也は他三人が原点の欠片ピース・オブ・オリジンの調査のため熱心に足を運ぶその中へと入る。


 知識の塔のドアはどこにでもある木製のものであった。既に慣れてしまった達也は、ごく自然にそれを押し開ける。


 中は想像以上に広かった。


 外から見る塔の姿とはかけ離れているようにしか見えず……達也は一旦外へ出て、その外観と内装を見比べると首を傾げる。


 塔の壁は一面……いや、部屋中ぎっしりと本が押し込まれ、天井までの高さを持つ本棚が並ぶ。――まるで迷路のようだ。


 奥には階段らしきものも見える。「知識」の塔というだけあって、このような部屋が階層を成しているのだろう。


 滞在して何日か経ったある日の夕食時、フォルティナから聞いたことがある。この知識の塔にはあらゆる方面の、学術的な知識が詰まっていると。


 それは化学、物理学、数学といった学問のみならず、機械、建築、土木などの技術、歩んで来た歴史に至るまで。――達也がそれを聞いて正直、興味が湧かないなどということは有り得ない。


 達也の身の回りにはいろんなことが起きた。


 モンスターに襲われることもさることながら、管理局の兵士(ソルジャー)に襲われるといった異例のこと……食事一つ、衣服……お金の単位といった日常的なところまで。


 この世界を知るため、良い機会ではないだろうか。


 この部屋の中央と思われるそこは本棚ではなく、少し広めに取った空間。そこへ設置された机の上にはこの世界に似つかわしくない液晶パネルのようなディスプレイが置かれている。


 見たことがある。


 確かエルバ村で少々信用できない医者が使っていたこの世界に似つかわしくない機械。見た目もそっくりなことから、おそらくは……


 恐る恐るその画面を触れる。画面が明るい光を発し、色とりどりの四角と規則正しい線が鮮やかに飾る。


 案内――インフォメーションであることが予想できる。


 四角に囲まれた部分を触れると、次々に別の画面に移る動き……その操作性にまで行き着くのは難しいことでもないが、書かれているものが読めない達也が以降、その動きを止めるのは必然。


 しばらく触れないことにより、映し出される画面の映像が最初に見たものと同じとなる。――最初に見たそれがインフォメーションのトップであるようだ。


 闇雲に操作しても無駄なこと。達也の手は戸惑い、宙を舞うばかり。


「操作レベル『0』ニ設定シマス」

 いきなり画面より機械的な音声が飛んで来る。


 達也は身震いさせ、辺りをきょろきょろと見回す。周りは相変わらず本棚に囲まれ、(まだら)に見える人影も何かに気を取られているのか無反応。


 ほっと吐息を吐く。


「インフォメーション・トップデス。本端末デハ『歴史』『地理』『科学』『工学』ガ閲覧デキマス」


 画面に触れずに放っておいたため、この端末が「言語がわからない」と認識し、音声ガイダンスへ切り替わったのだろう。


 達也はこの機能に甘え、画面内の一区画に触れてみる。


「『歴史』ヲ選択シマシタ。『歴史』ニツイテ、ガイダンスヲ行イマス」

 画面の切り替わりと共に音声が流れる。


 この世界の歴史を知るのは悪くないのかもしれない。そう思い、しばらくその音声にまかせてみることにする。


「三0一年、ガリティ・リーバーガ『魔素(まそ)』ノ存在ヲ科学的ニ証明。三0五年、『魔素』ガ及ボス人的影響ニツイテ管理局ガ公表。三一一年、地球上デ変異動物ガ認知。三二0年、ステルド・リーバーガ変異動物ト『魔素』トノ関連性ニツイテ論文発表。三二五年……」


 どうやら年表を読み上げているようだ。ただ単に年と事柄を簡潔に羅列しているだけだが、それでも達也には気に掛かる点が多くあり、興味は尽きない。


 まずは年である。


 例えば達也には馴染(なじみ)もある「西暦」などの言葉が付かない点。身に慣れない数字であるため、どうしても違和感を覚えてしまうが……良く考えると確かに、自分が年を言う時には「西暦」などとは言わない。


 数字こそかけ離れていても、そういった感覚は同じなのかもしれない。


 改めて目が覚めたような気がする。


 次に気に留まったのが、時折出て来る単語「魔素」である。


 この魔素と人との関係……動物との関係もこの端末は示唆(しさ)していた。素直に聞き取って吟味(ぎんみ)すると、やはり初めからこの世界にあったものでもないようだ。


 「変異」動物……町の外で徘徊(はいかい)しているモンスターのことだろうか。


「三三0年、ステルド・リーバーガ『魔素』ト人ノ『魔力』ノ関連性ニツイテ解明。『魔素』ニハ属性ガ存在スルコトヲ科学的ニ実証。三四0年、アレク・バーンガ『魔素』ヲエネルギー源トスル発熱器ヲ発明。三四六年……」


 魔素とこの世界の人々が扱う魔法には、何か関連性があるようだ。そうなると……


「三五一年、第一次魔法戦争勃発」


 必ず個人差というものが現れ、それが差別を生み――最終はこうなる。


 しかも「第一次」ということは「第二次」、「第三次」といった複数回、この戦争があったということ。住む場所が違えど、やはり人間の本質は変わらないのだろう。


 達也は単純に読み上げられる年表に飽きたとばかりに、また画面に触れる。


「先文明、『キリスト文明』ヲ選択シマシタ。『キリスト文明』ニツイテ、ガイダンスヲ行イマス」

 年表の読み上げを中断し、その機械的な声と共に画面が切り替わり……


 達也は驚愕した。


 キリスト――聞いたことがあるというより、あの「キリスト」なのだろうか。偶然の一致なのだろうか。


「『キリスト文明』――調査ニヨル知見ノ限リ、一番長ク栄エタ文明デアル。金属ヤ人工素材デ成リ立チ、有限及ビ再生不能資源ヲ地球ヨリ採取シ、ソレヲ『エネルギー』トシテ使用スル。魔力ヲ必要トシナイ物質至高主義ノ世界。特筆スベキハ文明ノ高サモ去ルコトナガラ、文明ノ退化……ソノ経過ガ伺エル唯一ノ文明。滅ビタ原因ハ未ダ不明デアルガ、滅ビルシテ滅ビタト唱エル学者モ多イ。現在、学者ニヨル調査ト、『トレジャーハンター』ニヨル発掘ニヨリ……」


 気のせいだろうか。


 理屈や根拠はない。――説明を聞く毎に、達也の胸騒ぎは大きくなる。自分の住んでいた世界に似ている……単純にそう感じた。


「『トレジャーハンター』の発掘促進ノタメ、一0一二年、管理局ハ原点の欠片ピース・オブ・オリジンヲ指定。ソレハ『キリスト文明』ノ象徴デアリ、詳細ハ管理局ガ明カシテイナイ」


 突然、肩に置かれた第三者の手。達也ははっと顔を上げ、振り向く。


「勉強熱心だな」

 無表情に話し掛けて来る者……見間違えることなどない。ずっと共に旅をして来たフォルティナである。


「さすがに常識知らずが身に(こた)えたか?」

 フォルティナは手を離して横に立つと、画面を覗き込みながら問い掛ける。


 達也は何も答えることができず、その横顔を見つめるが……視野に入る別の人影に気が付く。――マリアとシュウマである。


 二人はこちらをちらちらと伺いながら、声を押し殺して笑っている。


「タツヤ」

 耐え切れなくなったのか、シュウマが達也の名を呼びながら歩み寄って来る。その後をマリアが付いて歩く。


「端末機で音声説明って……お前は子供か?」

 シュウマはそう言うと、大声を上げて笑い出した。達也は頬を膨らませて目を逸らし、顔中を赤く染める。


 不意にフォルティナが画面に触れ、未だ続いていた音声ガイドを止める。


「その人の合った方法で知識を得て、何が悪い」

 その笑いに釘を刺す第一声。


 人を小馬鹿にしたそれは必然と止まる。


「知識を得ることは、悪いことではない」

 どうやらフォルティナの機嫌も(そこ)ねていたようだ。吐き捨てるように言うと、冷めた視線を向ける。


 シュウマとマリアは押し黙り、下を向く。


 フォルティナはそれを見て無言の溜め息を一つ吐くと、

「『キリスト文明』は、その滅亡理由が未だ解明されてなく……」

 気を取り直したかのように補足説明を始めた。


 ここまで自分のふて腐れを態度で示してしまった手前、すぐには割り切ることができずに達也はフォルティナを横目で見る。


「環境の変化や、戦争による自滅だと説は様々なんだ」


 シュウマが一つ、咳払いをして、

「こ、この今の地球の環境も、その文明の遺物だとも言われているんだから……(はた)迷惑な文明だよ、まったく……」

 割って入る。


 口調から、少しは悪さが過ぎたと反省しているようだ。


「私は、そうは思わないがな」

 体裁を整えようとしたその言葉をフォルティナは否定する。


「この世界も慣れてしまえば、悪くはない」

 フォルティナは達也へ顔を近付けて微笑んでみせる。


「何より、『キリスト文明』があってこその原点の欠片ピース・オブ・オリジンだ」

 その笑みは悪戯なものへと変わり、口元が歪んでいく。


 確かにそうである。


 原点の欠片ピース・オブ・オリジンを見つけた時の恩恵は常識では考えられない程、魅力的なもの。それに管理局に目を付けられている四人がその状況を打開するにはもう、それに頼るしかなく……(よこしま)な動機ではあるが、原点の欠片ピース・オブ・オリジンは必須なのだ。


 (なり)振り構ってはいられない。


「それもそうだな」

 シュウマは楽観的に賛同する。


「それはそうと……」

 ここで満を持してマリアが達也へ声を掛ける。


「今日はもう上がりなの?」


 何のことを言っているのか話に付いていけず、達也は一瞬固まってしまったが……


「あ、ああ。今日はもう終わりなんだ」

 聞かれていることが剣術の修行であることと理解し、そう答える。


 マリアは声を上げながら、珍しく達也の傍まで寄り、じっとその体を見つめる。フォルティナは何かを言い掛けたが……それは声としては出ずに、別の何かに気が付いたかのように一緒になってじろじろと視姦(しかん)する。


「い、いつまで……ここに滞在するんだ?」

 達也は身を引き、少し()みながらも言った。


 ここへ観光に来ている訳ではないのだ。


 フォルティナは我に返ったかのように目を見開き、さっと距離を置く。


「頃合いのようね」

 マリアはその場で顔を上げると独り言のように告げ、(おもむろ)にシュウマへ向けて歩み寄り始める。途中、フォルティナに視線を送り、その対象者である彼女は頷く。


「情報もまとまってきたことだし、そろそろだな」

 その後、同意の言葉を口にする。シュウマは少し意味深に首を傾げるが……


 達也を見つめ直した。――本人は気付いていない。体つきが一回り引き締まり、力強ささえ感じられるようになっていることに。


「フォルティナが手に入れた紙に書かれていた文字も完全に翻訳することができ、それが『天を(つらぬ)く女神像』の遺跡を指し示していることもわかったわ」

 マリアはそう言い、近くの腕を取る。


 言葉と行動のギャップ……その矛先で被害を受けているシュウマが顔をしかめる。――が、それは確かにこの知識の塔で得ることができた産物。そして、


「その正確な位置も知ることができた」

 フォルティナは付け加える。


 達也にはその「天を(つらぬ)く女神像」なるものが何なのか想像すら付かなかったが……問題の紙がエリア36.28の遺跡で見つかったことと、知識の塔でしか完全解読ができなかったことを踏まえると、それはまだ、誰も発見していないものであることも強く期待できる。


 ――実はこの知識を得てから、既に二、三日過ぎていることは言うまでもない。


「明日出発だ」

 フォルティナはこの集団を取り仕切るが(ごと)く言い放った。


 次の目的地は天を(つらぬ)く女神像の遺跡。

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