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Another 36.28  作者: 高田 勲武
4.司教
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バランカス-共有

 一行は向かう時とは逆の……徒歩から馬車へと手段を替えながらバランカスへ戻る。


 目的地は魔導の村「クレスト」であったが、ルーン神殿からの方が遠い。移動時間を踏まえるとバランカスへ戻り一泊後、日を改めてクレストへ向かう方が効率良いと判断したのだ。


 そう言った意味で「戻る」という表現は適切でないのかもしれない。


 一行と(くく)られた集団――そのメンバーは達也とフォルティナ、シュウマ……


「あら?」


 その団体の(そば)を駆け抜ける幼い子供達二、三人。それに目を向けて微笑みを返す女性。


 その女性が目線を落とし、声を上げなければ達也も気にも留めなかったのかもしれない。今まで子供という姿を見た覚えがなく……


 今までの町では見落としていたのだろうか。それとも商業都市とまで言われたバランカスだからこそ、子供がいるのだろうか。


 既に弱くなった日の光。それが幻想とまで見える程、真っ赤に染まっている。


「微笑ましいわ」

 女性はまさにその言葉通りの微笑みを返しながら言った。


 片腕はシュウマの腕へと絡まり、そしてそれは決して離さず、その体を預けている。髪は漆黒で少し(くせ)の入った肩までの長さのセミロング。


 シュウマにだけ甘えた声色を使うその女性の正体はマリア――ルーンの神殿の司教(ビショップ)マリアである。


「だいたい何で、貴方が付いて来るのよ?」

 と、皮肉っぽくかつ、突っ込みたくて(たま)らないといった表情で、横目で睨み付けるフォルティナであったが、その声は口から出ることがない。


 それは……


「ルーン神殿のこと……貴方に任せたわ」

 ルーン神殿を出る際、マリアが側近と思われる女性へその肩を叩きながら残したその言葉。それと共に突然の重役を押し付けられたという、驚きの表情を浮かべた女性の顔を思い出し……


 それが全てを語っている。


 その後、何も声を出すこともできないまま見送ることしかできなかったその女性は……達也にはその印象が異常に強く、何か共感を持てるものも感じていた。


「ファンタジック・ワールドしようぜ」

「ああ。いいよ」

「じゃあ、先に行っているよ」


 子供達は各々に声を掛け合って散っていく。


「懐かしいな」

 拘束し、離れることのないマリア。それに感化されたのか、同様にシュウマは微笑みを携えた表情で走り去る子供達へと振り向く。


「ん?」

 その態度から自然な流れで発せられた言葉。あまりに自然過ぎて反応し損ねそうになったが、そこはフォルティナが疑問符で拾い上げる。


「懐かしいって……何が?」

 フォルティナは言葉を続ける。


 自分が子供の頃でも思い出し、懐かしんでいるのだろうか。


「いやね」

 シュウマは微笑みを浮かべ、ただ振り向く。


「ファンタジック・ワールドだよ」

 そしてそのまま、その言葉を口にする。


 ――確かに子供も、その言葉を口にした。だが、その意味がわからず、達也は勿論のこと……フォルティナも首を傾げている。


 達也は少し変な感じがした。


 いつもフォルティナからこの世界の常識を教わっていたというのに、それが今、そのフォルティナからも教われない事象が発生したのだ。――戸惑いとでも言うべきか。


「ああ、ゲームね」

 しかし、それは意外にも簡単に解消される。いとも簡単なマリアのその言葉で。


 単純にゲームの名前のようだ。――達也は少し落胆する。


「そう、擬似世界を体験するゲーム」

 自分の言葉に理解を示したことに少し興奮したシュウマが声を上げる。


「いやあ、俺も子供の頃は(はま)ってね」

 シュウマは唯一、自分の言葉に反応をしたマリアへ話題を振る。


 だが、マリアもそこまで詳しく知る訳でもなく、ただシュウマの気を引くために反応しただけのこと。ここまでこの話題に食いつかれると正直、次に発する言葉にも困ってしまう。


「ああ。そうか、そうか」

 それを察してか、代弁するかのようにフォルティナが冷めた口調をシュウマへ浴びせる。そして達也の手を引き、先へと歩みを進めていく。


「ほら、行くぞ」


 マリアもシュウマへ絡めたその腕を外すと、その行動自体が気まずいとでも言うかのように、おどおどとその瞳を不安定に揺らしながらフォルティナと達也の後を追う。


「ちょ、ちょっと、待ってくれよ」

 シュウマは慌てて三人を追いかける。三人に追い付く頃……


「それはそうと貴方……」

 話題を変え、冷たく言い放ちながら横目で睨み付けているマリアが目に入る。その先……達也の手を引き、進路の主導権を握るフォルティナが振り向く。


「相変わらず……」

 その表情を覗き込みながら、マリアは言葉を続けるが、

「しているみたいね」

 と、何かを察したかのように落胆と共に続ける。


 フォルティナは目を伏せ、少し首を傾げる。目線を逸らす行動……マリアの言うことに感付き、自覚をしているのだろう。


「生活のためとはいえ、人様のものを盗むなんて……」

 その後、マリアは直球に指摘する。フォルティナはその言葉に一瞬体を震わせる程度の反応だったが……


 部外者である筈の……その横に位置する達也は、その反応では済まされない。


 足を止め、目を丸くしマリアを食い見る達也。当の本人より強く反応するなんて……冷静な目で傍観(ぼうかん)すると何とも滑稽(こっけい)である。


「私は仮にもルーン神殿の司教ビショップ。理想論は唱えるつもりはないけれど、見過ごす訳にもいかないわ」

 マリアはあくまで冷静にそう告げる。


「少なくとも私がいる間……そういった盗賊(まが)いなこと、この私が許さないわ!」


 フォルティナはその言葉を聞き、少し口を緩めた。


「許さない?笑わせてくれる」

 そして、そう言って鼻で笑う。


「どう許さないと言うんだ?」

 フォルティナは何様のつもりだと言わんばかりに、少し皮肉を込めてマリアへ語る言葉を続ける。


「あら?私は本気よ」

 マリアは急にその声を明るくし、(おもむろ)に、そしていきなりあらぬ方向……


 不意に掴まれた達也の肩。まさに巻き添えに合ったと表現するに相応しいその状況に、達也は絶句する。


「タツヤは知っているみたいね」


 達也の反応から、そうであることは一目瞭然(いちもくりょうぜん)。マリアは柔らかい笑顔を浮かべながら達也へ覗き込む。


「なら、貴方も同罪よ」

 達也の表情を見ながらマリアはさらに続ける。


 向けられる言葉と表情のギャップ。それは大きい程に対象への威圧感を強くする。


 達也は込み上げて来る震えに耐え切れず、大きく体を一回震わせた。


「フォルティナと共に貴方にも罰を受けてもらうわ」

 あくまでマリアの口調は柔らかく、表情も明るかった。


「わかったわ」

 フォルティナは諦めたような溜め息と共に言った。


 達也のような一般人とも言える者を人質に取らわれば、もう言いなりに成らざるを得ないと言わんばかりに。そして……


「マリアと共にする間、盗賊紛いな行為は……一切致しません」

 と、フォルティナは片手を挙げ、宣言をするかのように言った……のだが、


 ――その夜。


「起きているか?」

 不意に自分の耳元を刺激する吐息。達也は布団の中で少し体を固くする。


 耳に掛かった息に隠れる声……それを思い返してみて、初めてそう語り掛けられたことに気が付く。


「あ、ああ」

 元々寝付けていなかった達也は苦もなく返事をし、振り向く。


 想定よりも近くにあった美しき微笑。――フォルティナが上半身を起こし、達也へ顔を覗き込んでいたのだ。


 今夜は思いの外、蒸し暑い熱帯夜。


 そのせいだけで寝付けなかった訳ではなかったのだが……その微笑に(にじ)む汗が輝く。――同じ布団に(くる)まるフォルティナである。


 そう、達也とフォルティナの二人は今夜も同じベッドで眠っていたのだ。


 人数が増えようと……男女二人ずつ、ちゃんと偶数で割れる人数なろうとも、男同士と女同士でベッドを分けるなどという選択肢はないようだ。


 ――このベッド割も大いにもめたのは、言うまでもない。


 達也達の隣のベッドではシュウマとマリアが一つの布団で眠る。暗く、部屋には静かな寝息だけが響くため、その詳細はわからない。


 あえて触れてはならないような気もする。


「すまないが少し……付いて来てくれ」

 フォルティナはその姿勢のまま、ただそう追加する。


 その後、困惑しながらも何かを発しようとする達也へ静かにしろという意味を持つ仕草……唇に人差し指を当てる動作を見せ付け、(なだ)めながら布団から出る。


 フォルティナから出た言葉はそれだけ。


 何の目的で、どこへ向かうのか。この言葉だけで理解できる人間など存在する筈もなく、達也は何一つ理解できず……そうでありながらもベッドから出た後、達也に背を向け、俯きながら待つフォルティナの姿。


 達也は取り敢えずベッドを出る。


 フォルティナは達也のその行動を確認すると未だ何一つ言わず、この部屋にある木製の窓を無造作に開け、その切り出された空間へと身を乗り出す。達也も窓際まで駆け寄って同様に外へと身を乗り出すが……


 フォルティナの姿を目視することができない。達也は窓枠を持って乗り出した体を両手で支えながら下を覗き込み、落ち着きなくその人影を捜す。


 まとわり付く空気。――生暖かく、湿度が高いのが伺える。


 体に感じる光……電気による街灯もなく、外の明かりは月明かりのみ。その明かりで影が映り出されているのを見るのは未だ慣れるものでもなかったが、その瞳に映る風景には人影を確認することができない。


 この湿度の高さからして、明日にでも雨が降るのだろうか。


 達也は負荷の掛かった腕を休めるために一度部屋の中へ体を戻し、気を取り直してから再度体を外に出す。――今度は上空を見上げる。


 空には少々厚い雲が掛かっていたが、その隙間から見えるのは満月。星の輝きも所々、何とか見ることができた。


 それを遮る影……人影。――見つけた。フォルティナである。


 ようやく見つけることができたと達也は少しほっとするものの、「付いて来い」と言うのだから、同様の行動をしろというのだろう。窓より外へ出て宿屋の壁を今まさに、よじ登っているフォルティナと同じように。


 達也は躊躇(ちゅうちょ)するが、視線の合ったフォルティナから(あご)で自分の向かう先……宿屋の屋根上を指し、催促(さいそく)されてしまったのだから仕方がない。


 達也は諦めと思われる……いや、それよりも覚悟とも言える溜め息を一つ吐く。そしてその覚悟を肯定するかのようにもう一度態勢を整えた後、勢い良く自らの体を窓の外へと投げ出す。


 前にもこのようなことをしたことがあった。――ウィン・リバイでフォルティナを追い掛けたあの時である。


 あの時と違うのは町の名前とフォルティナ自身が達也を初めから認識し……それおろか、その本人が招いているということ。


 そう言った意味では慣れている。動作自体は正直、ぎこちないものではあったが、それでも壁をよじ登り、この宿屋の屋根上へ向かう。


 今回の宿泊の部屋も最上階である。


 やはり、この最上階の部屋をフォルティナが取るのは意図的なものなのだろう。屋根上へ出て、夜の移動を楽にするため……


「早くしろ」

 フォルティナは何とか屋根上に上がり、息を乱しながら膝を着く達也へと声をかける。


「時間がない。急ぐぞ」

 そしてそう言うと、この蒸し暑い真夜中、フォルティナは建屋の屋根から屋根へと移動を始めた。


 雲の隙間に見える月光と星屑。


 その輝きは宝石のようで、(さえ)る厚い雲が却ってそれを際立たせているのかもしれない。それを雲ではない別の……夜空を(さえ)るもの。――夜空を舞うフォルティナ。まさにそれは舞うという言葉がお似合いだと言える程に華麗(かれい)で、達也はその姿に見惚れてしまう。


 達也はその視線を外し、眉間(みけん)を指で押さえ、俯きながら頭を横に振った。


 いつまでも見惚れていれば、どんどんフォルティナと距離が離れるばかり。達也は自分の気分を切り替える動作をし、慌てて駆け出す。


 達也の足元に広がるのは宿屋の屋根。そして、そこから眼下に家屋の屋根が広がる。不器用ながらフォルティナを追いかけるようにその一つの屋根へと飛び移る。


 一度は経験をしている達也なのだ。


 完全な素人ではなく、ぎこちなく見える挙動ではあったが、その移動速度は立派なものである。フォルティナは不意に感心したかのような視線を向ける。


 フォルティナは再び移動を開始した。


 移動先は一般住宅の端にそびえ立つ崖……さらにその崖の上に建つ豪邸の一つ。――この町の造りもウィン・リバイにそっくりである。


 富の(うるお)う町の造りはどれも似るものなのだろうか。それとも港町だから同じ形態をしているのか。どちらなのか達也には判断もできなかったが、


 フォルティナの目的地と思われる豪邸の前に立つ。


「こっちだ」

 さらに慣れた足取りでフォルティナは達也を連れて上へ――着いた先はその豪邸のバルコニーの上。


 暗い夜中に浮かび上がる白色のバルコニー。絵に描いたような形状のそれに(つな)がる窓も、達也が瞳を閉じて想像するものと相違は少ない。


「頼みがある」

 フォルティナは背中を達也へ向けたまま、その背中で語るかのように落ち着き、小声で呟くように言った。その後、俯き加減にゆっくりと振り向く。


 達也は少し声を上げ、フォルティナへ向けて顔を上げた。フォルティナは少々言い辛いのか喉を詰まらせ、表情を濁らせている。


 達也は自分の瞳に少し力を入れて驚きの表情を作ると、小さく首を傾げる。


「実は……」

 フォルティナは気を取り直すかのように一つ深い息を吐くと、その重い口を開き始める。


「この家のものを……持って来て欲しい……」

 そしてその後に続く言葉。


 ――あまりに突然で、脈絡も理解できない。達也は一度その言葉を自分の頭の中で繰り返す。


 フォルティナから掛けられた言葉をいくら繰り返してもその内容……言われた事実が変わる訳ではない。――いや、繰り返すことにより、ようやく内容を掴み始める。


「はあ?」

 よって、達也の声も自然と大きくなる。


 フォルティナは慌てて達也へにじり寄り、手でその口を押える。


「しーっ」

 空いたもう一つの手の人差し指を口元に添えながら、

「声が大きい」

 と、フォルティナは小さいながらも力を入れた声で注意を(うなが)す。


 真夜中の世界。――それは明かりの制限ばかりではない。音も極端になく、ちょっとした音でも辺りへ響き渡ってしまうのだ。


「黙って私の頼みを聞いてくれ」

 フォルティナは達也の耳元で念押しする。


「そ、そんなこと言っても……」

 達也は表情を曇らせながらフォルティナから顔を背ける。


 盗賊(まが)いなことはしないと言ったあの時の無表情が少し気に掛かっていたのだが……やはり形だけのものであったようだ。


 その時の返事として、

「宜しい」

 と言ったマリアも……今にして思えば、おそらくはフォルティナの宣言を当てにしてなかったのではないだろうか。


 ならば、何のためにこんな話をしているのだろう。――疑問が絶えない。達也はあえて見せ付けるかのように落胆をその体で示す。


「この家のものを持って来いって……!」


 それは所謂(いわゆる)、盗賊行為。


「そんなこと、できる訳がないだろ?」

 達也はフォルティナの雰囲気に飲まれたのか、発する声が小さくなる。――が、小声でありながらもその口調は強い。


「ものも、その場所……ありかも教える」

 達也が「ものを盗む」という行為の「いろは」も知らないと、けんもほろろに断られるのを予測してか、それを打ち消すかのようにフォルティナは追い打ちをかける。


 そこまでわかっているならば、自分で盗めば良いのではないだろうか。


 何より今までそれで生計を立てているのであれば、本人がする方が……いろんな意味で楽な筈。それともマリアに止められたから、自分ではできないとでも言うのだろうか。二人でこっそり宿屋を抜け出して来ている事実から、何とでも後から言い訳を付け加えることができそうなものだが……


 やはり達也にはフォルティナの真意が理解できない。


 言葉を失い、頭の中で馳せる達也。それを見つめるフォルティナの表情も次第に冷めて来る。


「ああ、そうか」

 今度はフォルティナが言い放ち、再び背中を向ける。そして一歩、また一歩と達也から遠ざかる。


「所詮は盗賊(まが)いのこの行為。やはり軽蔑(けいべつ)するか……」

 フォルティナは静かに言った。


 達也は生唾を飲み込む。


「何が自分も『それなりのことをして来た』だ?何が『裏の事情もわかっている』だ?」

 フォルティナは背中で悲しそうな声を上げると、ちらっと沈んだその目だけを達也へと向ける。


 雲の隙間から溢れた月光が、その瞳を美しく輝かせる。


「言葉だけでは……何とでも言える」


 心を(えぐ)られるような想いである。最早(もはや)、負けを認めなくてはならないだろう。

――達也は落胆の息と共に頷く。


「俺は……何をすれば良いんだ?」

 その後、達也は呟くように言った。――とは言うものの、何をすれば良いのかどうなのかはわかっている筈である。


 目の前の豪邸にある、あるものを盗めば良いのだから。それははっきりとフォルティナも言っている。なので、正確に言えば、


「何を盗めば良いのか?」

 と、なるのだろう。


 フォルティナは一瞬表情を明るくするが、達也にそれを見抜かれたくないのか、それを隠すかのように緩む口元を強引に閉じる。


 達也の心が、さらに沈んでいくのが己自身でも理解できた。


 隠そうとする心理は、逆に読み取ることが簡単である。完全にフォルティナの計算に(はま)ってしまったということ、それを理解することは難しくないだろう。


「そこに宝石入れの木製の箱があるから……」

 フォルティナはここぞとばかりに達也へ盗ませる品、そのありかと形状を嬉々(きき)として話す。


「わかったか?」

 途中、達也の気乗りない態度に気が付いたのか、フォルティナは確認の言葉を口にする。


 達也はただ頷く。――フォルティナの言葉を全く聞いていない訳ではない。


 このバルコニーに面したこの世界では珍しいガラス製の窓。フォルティナがその一部を小刀のような小さな刃物で耳に付く音と共に円状に傷を付け、優しく叩き……穴を抜いたのを確認すると、その穴へ自らの手を突っ込み、暗さが増したその空間へと泳がせる。


 親近感の湧くガラス製の窓は造りまでも元いた世界と大差がないようだ。


 闇を彷徨(さまよ)うフォルティナの手が触れた突起物……そこに触れると、かちっという軽快な音と共に鍵が外れたのがわかる。――ゆっくりと窓を横に引き、それは開かれる。


 ウィン・リバイの時も同じだったのだろうか。


 達也は漠然(ばくぜん)とそんなことを思いながら窓枠を(また)ぐ。


 中は月光が入り切らず……また、家の中の明かりは全て消えているため、却って外よりも暗い。こんな暗さで本当にわかるのかと達也は不安そうに振り向く。


 外ではバルコニーでは腕を組み、無言で達也を見守るフォルティナ。――ここから手助けをするつもりは毛頭ないようだ。


 達也は諦めたように肩を落とすと、何も言えないまま前へと向き直し、手探りで奥へと進んでいく。


 中は全てが壁で囲まれている訳ではない。


 所々、その壁を切り抜く窓が存在し……確かに外より室内の方が暗いが完全に真っ暗ではなく、その窓から弱くなった月光が漏れ入る。手探りで進んでいた達也の目もこの明るさに慣れてきたのか、ぼんやりながら中の景色がわかるようになってきた。


「まずはバルコニーから入って廊下を右手方向に進む」

 それがフォルティナから聞いた第一の道標。


 達也はその言う通りにゆっくりと足を進め……


 次に気になるのは音である。外もそうだが、家の中は明らかに人の気配はするが寝静まり……床に敷き詰めた絨毯(じゅうたん)と自分の靴が擦れる微かな音でさえ、過敏に耳へ届く。


 達也の進める足も、より慎重になる。


「突き当れば、その廊下を道なりに進み、ドア二つを通り過ぎてすぐのT字路を左に曲がる」

 第二の道標。


 達也が今歩いている姿を見ると誰もが幻滅するだろう。


 笑い転げているかもしれない。足音を気にし過ぎて……完全に腰が引けてしまっている。その情けない姿は、百年の恋も冷めかねない。


 達也本人はそんな体裁を気にする余裕すらない。何より暗いこの空間が、それを目立たなくさせているのだから。


 額からは緊張による一筋の冷や汗が流れ落ちる。そして、フォルティナの第二の道標を守り、ゆっくりではあるがT字路を左へ曲がるという進路を取る。


「四つのドアを通り過ぎた五つ目のドア。その部屋の中へ入り……」

 道標としては最後のもの。


 達也は闇に慣れた瞳で捉えたドアノブへ手を掛け、()びた鉄が(こす)れたような音に体を震わせながら、ゆっくりと指定の道標で記された部屋のドアを開けた。


 材質は……手触りだけで特定することはできなかったが、その仕組み……いや、その役割に至るまで、達也の知る「ドア」と相違ない。


 それはこの世界で見て来たどのドアもそうであったが……達也は指定されたその部屋に入り、ゆっくりとそのドアを閉める。その後、静かに辺りを見渡す。


 この部屋には一つだけ窓があった。


 それもガラス製のものであり、そこより直接月光が照射されている。今度はそれを道標に手を前に伸ばし、覚束(おぼつか)ない足取りで部屋の中央まで歩を進める。


 確か、フォルティナが言っていた目的のものは……


「そこに宝石を入れる箱があるから……」

 この部屋にある宝石箱。


 フォルティナ(いわ)く、宝石箱の在処(ありか)は壁沿いに置かれた胸辺りまでの高さの箪笥(たんす)の一番上の引き出しに入っているとのこと。達也はその言葉を思い出しながら、目ぼしいと思われるそれへと歩み寄る。


 それは壁際に存在したが窓にも近い位置。そこから漏れる月光で箪笥(たんす)の位置や形は容易にわかる。


 達也は間違いないと確信さえ覚え、その箪笥(たんす)の一番上の引き出しを引き出す。――中にはただ一つ、木製の箱がある。


 この間近であってもそのもの自体の色はわからなかったが、手触り、瞳が捉える箱に刻まれた曲線……この箱には大そうな装飾がされていることが認識できる。


 達也は確認のため手に持った箱をその箪笥(たんす)の上へ置き、あくまで音を立てないように、ゆっくりとその(ふた)を開ける。


 達也は一瞬、息を飲んだ。


 人は環境に慣れるという能力……それに()けているのだろうか。


 箱の中に存在する……色がわからないとしても闇に浮かび上がる個体。月光を反射する光が、そのものを高価であることを伝えている。ダイヤか、はたまたルビーであるだとか――宝石のようだ。


 達也は喉まで出た声を飲み込み、無言でこの木製の箱を素早く閉じた。


 不意に箪笥(たんす)の上に元から置かれていた別の、木製と思われる箱に気が付く。


「何これ?」

 達也の心の中に、単純にその言葉が浮かぶ。


 フォルティナ依頼の木製の箱とは形も違う。手に持つ箱の方が厚みは薄いが、大きさ……面積は大きい。いや、大きさ以前に質……この暗闇の中でもわかる。


 箪笥(たんす)の上にあったその箱の方が粗悪なもの。


 だが何だろう。――この箱が達也の心を捉えて離さない。


 フォルティナに頼まれた高価なものが入った宝石箱を脇に抱え、箪笥(たんす)の上に(たたず)む木製の箱……好奇心に勝てず、達也はその(ふた)を開けずにはいれなかった。


 何か……まさに想定外とでも言うべきか、そのようなことが起きればどうなるか……箱を開けた後になって、それが脳裏に過ぎったのだが――その結果は何も起きない。


 達也の運も向いて来たのかもしれない。


 箱の中にはその底半分、その部分だけ底上げしたかのように盛り上がっているだけで他は何もない。――ものは何も入っていない。そして、盛り上がった部分には鉄製とも思われる蝶ねじが突き刺さる。


 この形を達也は知っている。


 この世界でもそのものが存在するならば……不確定かもしれないが、その世界でずっと生きて来た達也にとっては、その先入観は捨て切ることができず、どうしてもそれをイメージしてしまう。


「オルゴール……」

 達也は小声で呟く。


 もしその予測が正しければ、盛り上がった部分に突き刺さる蝶ねじを巻けば音が鳴ることとなり――達也には、どうしてもそこまでの度胸は持てない。


 脇に(かか)えた木製の宝石箱へ一瞬視線を落とす。


 フォルティナに頼まれたものはこれだけ。この木製の宝石箱を持ち出し、盗み出すこと。


 人に頼まれたからその行為をしただけ。――自らの意思が含まれないことで、その行為自身が持つ善悪は取り除かれる。


 その人を想い、その人のために行ったと言えば、その言い訳は立派なものにも聞こえるし、何より、その人のためとして好感さえ感じてしまうだろう。――まさにこの言い訳は「盗む」という行為の罪悪感を消すことにうってつけと言える。それが「盗む」ことを依頼した張本人……フォルティナの意図なのかもしれないが……


 達也は躊躇(ちゅうちょ)した自分に対し、何かしらの理屈を付けて自身を正当化することはできなかったが、こんな世界で……正確には知っていると思われるものだが……オルゴールに出会うことができたという誘惑。


 その衝動に勝てる気もしなかった。


 達也は止めた手をそのままに、もう一度辺りを見回す。


 こんな真夜中……さらには家の中の者は寝静まっていると思われるこの環境下で、このような警戒感を振り撒いても意味がない。いや、その行為は警戒心から来るものだけではなく、言葉として出なかった自身の正当化……そうするための一種の仕草なのかもしれない。


 達也は先程とは打って変わって……そして、その止まった手だけが異様に素早い動きを示し、目の前のオルゴールと推測できる箱の(ふた)を閉め、フォルティナに頼まれた宝石箱と共に脇へと抱える。


 急激に胸の奥の鼓動が、大きく痙攣(けいれん)し始めたのがわかる。


 達也は焦る気持ちを抑え切れず、落ち着きなくこの部屋のドアを開け、廊下へと飛び出した。


 何故か、こんな時に限って逆に「ドアは元通り閉めて行かなければ、後でここの住人にものを盗んだことがばれてしまう」などという、冷静を(よそお)った思想も働いてしまう。――達也はノブを回したままその手首を固定し、ゆっくりと音を立てないようにドアを閉める。


 ものを盗んだのだから、住人としてはいつかは必ず気が付くというもの……何も今、そんなことへ気を回すより、もっと気を付けなくてはならないこともあるのではないだろうか。


 達也は来た道を戻るよう腰を引き、足音を立てないようにゆっくりと抜き足で歩き始めた。


 夜が進み、暗掛かりも強くなったせいなのだろうか。それとも、興奮と言えるまで落ち着きを失い、冷静さを欠けてしまっているためだろうか。フォルティナから聞いた道標を今度は逆に辿るだけなのだが……


 達也は小さく舌打ちをする。また行き過ぎてしまった。


 まだ途中で気が付いて元に戻ることができるだけ良しとして、妥協しなければならないのかもしれない。


「何だ?思ったより時間がかかったな?」


 入口として選択したバルコニー。達也がそこへ出口として辿り着き、そうフォルティナに声を掛けてもらえることができたのは、それからしばらく経ってのことである。


 闇の中で歩き回った……しかも変な歩き方で探索した達也にとって、自分が実際にどれだけの時間、迷ったのかわかる筈もなく――体力も急激に失ってしまっている。


 フォルティナの問い掛けにも、答える気力すら湧いて来ない。


「まぁ……見つからなかっただけ良しとするか……」

 フォルティナは達也の様子を見て腰に手を置くと、溜め息混じりに呟く。


「行こうか」

 そして、ただそれだけを呟くと達也へ背を向け、突然駆け出してバルコニーからと飛び降りる。


 立ち止まっていた達也はフォルティナを見送るが、ふと自分の立場を思い出したかのようにはっと首を振り、慌ててその後を追う。


 どんな理由があろうとも、ここは盗難現場そのもの。早くにその場から離れるに越したことはない。


 達也は同様にバルコニーから飛び降りる。


 フォルティナは飛び降りた後も走る速度を(ゆる)めることなく、先の建屋の屋根……その屋根伝いに走り出す。――が、建屋の屋根の一つを飛び越えた後、何を思ったのかその先で急に足を止める。


 達也は首を少し傾げ、その背後を目指す。


 達也はフォルティナが立ち止まる屋根の上へと飛び乗り、フォルティナの(そば)まで駆け寄った。立ち止まり、以前と背中を向けたままであったが、その背後より差し出される(てのひら)。達也は自分の手を差出し……そのフォルティナの手に触れた瞬間、また走り出す。


 フォルティナは屋根の一つを飛び越えると、足を止めて自らの背後へと手を差し伸べる。


 それが一つのリズム。一つの周期になっているようだ。


 そう予測しながらも達也は再度屋根と屋根の間を飛び越えて駆け寄り、差し出された手に触れ……フォルティナは走り出す。


 何度かそれを繰り返すうちにフォルティナは気が付く。


「タツヤ、お前……それって……?」

 達也が大事そうに、その脇に抱えている木箱の一つを指差す。


「あ、ああ、これは……」


 それは元々、フォルティナに頼まれたものではない。


 そう、それは達也自身の……盗難と言う意味ではこの世界で初めての罪。――後ろめたいものが皆無という訳ではない。そのためか、達也の返答は困ってしまう。


 しかし問い質したものの、フォルティナは達也の返答に聞く耳持たず、走り出してしまう。


 そのまま追いつ追われず……達也が差し出したフォルティナの手に触れると駆け出す――その繰り返しが続く。まさにそれは、とある録画の動画が繰り返されるかのよう。


 達也は困惑に言葉を失う。


「懐かしいな」

 何度かその繰り返しをした後、フォルティナは再び口を開いた。そしてその後、突然その場へ腰を下ろす。


 そこは()しくも達也達が宿とした宿屋の屋根の上。――明かりが月光しかなくとも、その形状は達也でもわかる。


 達也は遠慮しがちにフォルティナのすぐ横に座る。


「それは私が十歳の時の誕生日プレゼント」

 少し伏せがちに自分の両膝を抱えながらフォルティナは恥ずかしそうに言った。


 その言葉を聞いた瞬間は、達也は理解ができていなかった。思考が……闇夜を彷徨うかのようにまとまらない。


「えっと……それはどういう……?」

 達也の口から出る言葉も意味を持たない。


「私のものなんだ」

 フォルティナはただそう答えた。


 達也はフォルティナの顔を覗き込む。フォルティナは少し微笑を浮かべ、(うつむ)いたまま。


 ――そう、フォルティナへ半ば強引に依頼された……達也が盗みに入ったあの家はフォルティナの生家だったのだ。


「決められた人生を……レールを走るかのようにただ歩んでいく……」

 そこまで言うと、フォルティナは……今度は苦笑を浮かべる。


 立派な建屋の造りからもわかるが実は、フォルティナはその家の……所謂(いわゆる)、貴族とも呼べる家系の出身であったらしい。それが……


 他の者、下層の者にとっては理解できないのかもしれない。そのような恵まれた環境から逃げ出してしまうのだから。


「それが嫌で家を出たのだが……」

 フォルティナは苦笑いのまま頭を抱え、横目で達也の表情を確認する。そして、

「現実は甘くなく……」

 と、濁しながらも続ける。


 その後、生きるために始めたトレジャーハンター。一人で生きるための強さ……力。――単純に力という意味ではトレジャーハンターをすることにより、随分と鍛えられた。


 しかしそれは「生きるための力」と()き違えているものだと、すぐに気が付く。そして生きるために更なる力――現実として必要な金銭のため……


 フォルティナは少しずつではあったが、饒舌(じょうぜつ)になっていく。親は両親共に健在なのだが、その両親は貴族間の体裁ばかりを気にしていること。既に自分は除名……勘当されていること。


 最後には不満気にそう口を割る。


「タツヤが盗んだ……持ち出したのは私のもの……」

 フォルティナは再度、達也から目を逸らし、夜空を見上げる。


 いつ見ても黒い空には目立つ星屑。――星々が(またた)く。


 少し心を落ち着かせる。


「厳密に言えば『盗み』にならないな」

 そして、また苦笑いを浮かべる。


 ならばなおのこと、なぜ達也へこのようなことをさせたのだろう。何かの茶番だろうか。


 達也は共感が持てた。


 確かに……勿論のこと、フォルティナの意図の全てを理解している訳ではない。達也が理解を示したのはフォルティナが家を出たことの理由。


 だが、それも明確に理解できている訳でもない。単に……感覚と言うべきか……それが容易に飲み込めたというだけである。


 その感覚が達也自身と同じだから……


 人生という名の敷かれたレールをただ走るだけの人生……それは惰性に生きた自身の人生そのもののように捉えてしまう。何だかんだと世間に反発しながらも、自分の力量に合った学校の学生をし……続け、自分の力量に合った会社へ就職し、上司の陰口を叩きながら齢を取っていく。その人に設定された適齢期辺りで結婚し、子供を持ち……老いていく――ありきたりだ。


 達也はそんな人生しか歩めないと……一種の諦めさえ覚えていた。


 だから理解できた。


 やはり人間、誰しも似たり寄ったりするものなのだろうか。そう思うと達也は安堵し、フォルティナへ親近感を覚えるというもの。


 ウィン・リバイでの二人、明け方まで語り明かしたあの時のことを思い出す。あの時は達也の身の上話が主であったが――今回は逆のようである。


 達也はその時のフォルティナの感情は今の自分の感情と同じだったのではないだろうかとさえ感じた。夜空は今も星屑を(またた)かせる。


 夜を照らす月光が寄り添う二人の人影を造り出す。

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