ルーン神殿-襲撃
辺りは密林という呼び名が良く似合う程に茂った草木。歩くだけでも妨げとなり、目の前を火の粉を払うかのように振り払おうとも結局は体へ向かって来る枝や葉。黙っていてもそれが擦れ、常にざわざわと耳障りでもある。
元々の移動手段は船であった。
エリア36.28の玄関と呼ばれるウィン・リバイからこのアラルスト大陸へ渡り……勿論のことだが個人が運転するものではなく、黙っていても勝手に目的地へと連れて行ってくれる客船。
この船旅は実に快適であったと言える。
楽なことは長続きしない。
それは最早、人生の理とでも言うべきなのだろう。現実という名の世界では、やはりそのようにできているのだと再確認させられる。
船旅が終わり、辿り着いたアラルスト大陸の港町バランカス。ウィン・リバイに負けず劣らず……いや見た目、それよりも規模の大きな商業都市。
ごった返す人ごみも助け、方位さえも把握できないままこのパーティ一行は達也が見慣れた……そういった意味ではこの世界では珍しいのかもしれない動物――馬。それが木製の車を引く……まさに馬車と呼ばれる乗り物に乗り込む。
フォルティナが出発前に言った通り、本当に休憩すらできないようだ。
海路から陸路へ変わり、どんどんと急かすかのように進んでいく。――最終的には緑生い茂る山の麓で止まり、そこからは徒歩へ。
まさかここまで来て、登山だとは夢にも思わなかった。
厳しくなる斜面の角度。地面を覆い隠す草と、道をも不確定にさせる木々とその枝。見たことがあるものかどうなのか達也は区別も付かなかったが、周りを取り囲む環境は大きな相違はない。
かき分ける草木の音で隠れ気味ではあるが、明らかにそれとは違う音……動物の鳴き声。
「タツヤっ!何を呆けている!」
フォルティナが大声で怒鳴り声を上げた。
達也ははっと顔を上げる。
それこそ呆けている暇などないのだ。
「パーティ」になってまだ日の浅いもう一人……シュウマの周りには風が荒れ狂う。
動きが制限されている的は無抵抗のままに死神の鎌を振り抜かれ……細切れになりながら散り、地面に落ちる残骸。
まるで落ち葉でも踏むかのようにそれを踏み荒らし、さらに獲物を捜すかのように突き進む。
やはり「死神」という名は伊達ではないということか。
「お前は自分の身を守ることだけを考えろ!」
フォルティナは落ち着きなく怒鳴り散らす。
このパーティは今、動物と言えば聞こえが可愛いが……それはモンスター。そう、達也達はその群れによる急襲を受けていた。
見たことがあるかどうかもわからない草木の話をしている場合ではない。
達也は思い直したかのように大剣を持ち直し、モンスター一匹に対して体ごと突進する。
モンスターの数など、ここまで見通しの悪い場所で囲まれればわかる筈もなく……だがその種類は、それを難なくかわす俊敏な狼のようなモンスター。
この一連の動作を横目で見て、シュウマは頭を抱える。
再び巻き上がる鎌鼬。
切れ味鋭い無数の傷を切り付け、動きを失ったモンスターを大きな鎌が軽々と横一文字に振り抜かれる。それに巻き込まれた数体のモンスターは真二つに切断され……またその犠牲となる。
シュウマはフォルティナの姿を確認する。
ちょうど炎をまとった剣に走る稲妻……その二つの属性による魔法で牙を剥いていたモンスターが裂かれ、同時に黒墨になっているのが目に映る。
「いったい……本当に何故、この二人は一緒に旅を続けているのか」
どうしてもその疑問が頭を過ぎる。
――のだが、それを口にできない。
パーティ内の干渉はしないと言ったのは、何より自分自身。それを今更、覆す訳にもいかない。
見上げると巨大とまで言える程に成長した木々の枝に付く光合成の機能を持つ葉と、他力を借りて成長を続ける羊歯や蔓達。それらに邪魔はされているが、確かにこの目で捉えることができる円錐状の塔。
この山の頂上付近に建っているように見えるその建物こそ「ルーン神殿」である。製造年、誰が建設したのか明確ではないが……
そもそも「神殿」とは、世の中を魔法……魔力によって生成されたものとして考えた時、それが最も強く感じられる場所を聖地として崇めるために建立されたものだと言われている。あくまで「魔力的」であるため、その建てられた土地と外観、名前は一致しておらず、一見すると無作為であるのではと勘違いしてしまいそうにもなる。
実際、そう唱える者さえいる。
ここまで魔法が台頭して来た現在、神殿の意義は少し様相を変えて来ており、自然界に存在する属性の魔力を統括し、世界の均衡かつ、平穏を求めることを目的とする集団の集まりの場と化していた。
この事実だけを見ると管理局のそれと同じであると捉われがちだが、これはあくまで神殿の「思想」であり「教え」。管理局とは独立した……わかりやすく言えば宗教の集団だと認識した方が良いのかもしれない。
そして司教とは神殿内で集まる神官達を取りまとめる最高位の神官。この世界に数ある神殿に一人以上存在し、その影響力は図り知れない。――司教自体を神として崇拝する者さえいた。
モンスターに襲われるその瞬間までの道中でフォルティナから詳しく聞いた内容である。
本来ならばそんなこと……特に主観の違うこの世界のことなど、理解できる筈もないと端から決めてしまいそうな事柄であったのだが……
今回は何だか妙に納得ができた。
いつの時代……いや、どこの世界でも宗教沙汰は俗世とは別のものであり、根強く力として残るものなのかと、しみじみと感じたのが唯印象に残る。
達也が普通に「神殿」と聞いて思い浮かぶギリシャにある遺跡のようなものではなく、どちらかと言えば塔と表現した方がイメージに添う外観。その中では……
「水は私にそう語ります」
女性は俯き、静かに口を開く。
部屋の天井は高く、外で見る塔の先端まであろうかと錯覚してしまう程である。
尖り、高くなった天井の先端から止めどなく流れ落ちて来る水。どのようにしてそこまで高く水を持ち上げているのか、その構造を見ることはできないが、いつまでも途切れることはないことから循環しているようだ。
「有難いお言葉……」
「有り難うございます」
二、三人の……どう見ても一般人にしか見えない女性達が数人、各々に礼の言葉を口にし、跪いて頭を下げる。
ここまで高い天井から落ちるとなるとその位置エネルギーも大きく、辺りに撒き散らす水の勢い――遠目で見ると水蒸気で靄が掛かっている着水点へ目を凝らして良く見ると人の姿。
人影として認識できるその者こそ、先程静かな口調で語った女性その人。
この状況下、良く言葉を発することができるものだと感心さえさせられてしてしまう。
彼女らは満足気に立ち上がり、傍に立っていた絹で作られたかのようなすべすべした生地の服を着た女性。見た目この神殿の神官だと思われる者に連れられ、この部屋を出ていく。
閉じられるドアを確認すると先程とは違う野太い溜め息と共に女性が姿を現す。
止め処なく落ちて来る水の勢いにより歪んだように見える空間。その恩恵から外れたその女性の容姿を確認することができる。
漆黒とまで言える程の綺麗な黒髪で肩の辺りまであるセミロング。水に濡れ切っているので顔や頭に張り付き、本当の髪型はわかり辛いが、おそらくはストレート。
また項垂れ、そこから覗く顔は……あまり正確に把握できないが大人びた雰囲気を醸し出しているのもわかる。張りも感じられる水の滴るその肌はとてもきめ細かく、体全身が確認でき……
この女性は一糸もまとわぬ裸。
火、水、地、風、雷……自然には各々の魔力が宿る。つまり、ここでは落ちて来る水には魔力が存在し、それを崇拝する――謂わば「神」なのである。
何もまとわぬ体全体で「神」である水を受け止め、声を聴く。
それは御神託にあたる行為。その声を「有難い」として聞く彼女らが一人でもいる限り、宗教として止める訳にもいかない。
女性は再び重い溜め息を付きながら肩に手を置き、首を鳴らす。最早、一種の拷問にも近く、当然のことながら掛かる負担も大きい。
「神官というものに憧れて、この世界に入ったけれど……」
足を引きずるかのように歩き、この部屋の端に置かれた台の上に乗ったタオルを手に取る。
その後はもう一つ溜め息。
独り言を語るのも辛そうで、それは「神殿」の現実に、幻滅したとでも言っているかのよう。――女性はなおも怠そうに手に取ったタオルで濡れた自分の体を拭く。
突然、この部屋にけたたましい程の音が響いた。
壁にある木製の窓と天井付近を飾るステンドグラスが一斉に崩れ落ちる。疲れや痛みさえも残った女性の裸体だが、緊急事態のこの状況……さすがにその反応も素早く、タオルで無防備な体前方を隠して座り込む。
シュウマは不意に声を上げ、目の前のルーン神殿を見上げた。
「どうした?」
傍に立つフォルティナが振り向き、話し掛ける。
達也とフォルティナ、シュウマの三人が三人共、息を大きく乱しながら緑深いこの密林で立ち尽くす。
この場一帯は葉の隙間からの木漏れ日で見ることができる埋め尽くさんがばかりに転がる獣。それは先程まで群れを成し、狩らんとばかりに迫ったモンスターの成りの果て。
達也は二人とは少し離れた位置で、地面へ膝を落とす。発する声は大気を震わし、音波として伝える力がなく乱れた呼吸を繰り返すばかり。
情けない。
心の中を支配する虚無感を言葉で表すならばこの一言に尽きる。
力なく転がる大剣。
これを携えて突進する達也の戦法は予想通り、ここに転がる獣のような素早いモンスターに対して、攻撃としては意味を成さない。
一撃を与えることなく……文字通り、本当に自分の身を守っただけ。いや、客観的に見ると自分勝手に騒ぎ、走り回っていただけ
結局このモンスターの集団を撃退したのはフォルティナとシュウマの二人。実際にその現実を目の当りに突き付けられると想像以上に精神的苦痛は大きく、達也は俯くことしかできなかった。
「何か声が聞こえたような……」
シュウマは辺りを見回しながら小声で言った。
フォルティナは自分から離れている達也へ気を掛けながらも、その言葉の確認も含めて同様に周りを見渡す。
垣間見える塔は近く……モンスターに襲われながらも移動を怠らず、回り道もせずに突き進んだ結果によるもの。それは自分達がそのすぐ近くまで寄って来ていることを物語る。まずはその事実だけでも告げ、少しは励まそうかとフォルティナは達也へ歩み寄り始めたのだが、
「何か……悲鳴……か?」
何に気を止めているのか、シュウマが呟く。
発した声が自らの耳に届く頃、シュウマは急に表情を険しくさせる。そして、その形相でルーン神殿へと振り向くと、何も語ることなく駆け出したのだ。
「お、おいっ」
フォルティナは慌てて呼び止めるが、既にシュウマは林の中。
いったい何だと言うのかとばかりに呆れたように肩を落とし掛けたが……
「タツヤ!」
急に目を見開き、突然声を荒げる。
達也がゆっくりと顔を上げる。
「呆けていないで、早く来い!」
達也には叱り付けられ、何で急かされているのかもわからない。
重い腰を上げ、自分に声を掛けたと同時に走り出しているフォルティナの後を追い掛けるのみ。――間違いない。これは悲鳴。
密林を抜けた先は切り開かれ、巨大な塔という姿としてルーン神殿が堂々とそびえ立つ。何にも邪魔されることなくその全景を間近で見ると、さすがに迫力が違うというものだ。
フォルティナは足を止めた。
何かに目を奪われ、唖然としているのがわかる。何より達也自身もその光景に息を飲み、立ち止まってしまったのだから。
「タツヤはここにいろ」
フォルティナは達也へ振り向くと、そう命令する。
付いて来いと言ったり来るなと言ったり……忙しいものだとも不満の一つも出そうな状況なのだが……
ルーン神殿。その窓という窓、ステンドグラスに至るまで全てが破壊され、そこに群がる者と逃げ惑う人々。
――襲撃。
達也はそれがエルバ村での出来事とフラッシュバックされ……息を飲み、フォルティナの命令に頷くことしかできていなかった。
「良いな、絶対にここから動くなよ」
フォルティナは念押しすると、再び神殿へ向けて駆け出す。
「管理局の兵士……ですか」
壊れたそこを入口とし、続々と侵入を許しているこの場所。神殿には神官ばかりではなく、今の今まで御神託を受けていたあの彼女達のような一般人も多く残る。
いや、それだけが問題なのではない。
神官といえど新旧もあれば位の違い、個人差さえあり、この急襲に太刀打ちできずに逃げることしかできない者もいるのだ。
「ここはルーン神殿だと、わかっての狼藉か!」
先程、御神託のために打ち付ける水へその身を晒した女性。タオルで裸体を隠しながらうずくまることしかできないその女性であったが、声は強く、周囲へ威嚇を撒き散らす。
身動きできないことが口惜しいとばかりに。
確かにこの異変に真っ先に気が付き、悲鳴とも呼べる大声を最初に上げたのは彼女本人である。
年甲斐もなく、さらにはよくもあんな高音で、可愛らしいとまで受け取ることができる程の声が出たものだと自分でも恥ずかしくもなったが、これは驚いて声を上げただけだと……この危険を知らしめるためには結果として良かったのだと言い聞かせ、自身の平穏を取り戻す。
「ここか!」
その声……男の声と共に部屋のドアが突然蹴り破られる。
次から次へと降り掛かるかのように起こる災難に、女性は少々うんざりしながらも振り向くが……
破壊されたドアから駆け込むかのように入って来た男は両手で大きな鎌を携え、少し息も乱している。――男なのだ。
「きゃっ!」
女性は短い悲鳴を上げる。
自らの裸体に押し付けたタオルにも力が入る。
その男はシュウマ。悲鳴と認識し、入ったそこの現状確認のために辺りを見回す。
ここは神事を行うところであることは、造りと醸し出す雰囲気でわかったが、それも土足で踏みにじられ……破壊の限りを尽くす人型。
生命を見ることができない者達。
シュウマは座り込む裸の女性と視線が合う。女性は頬を赤く染めて無言で伏せ、少し大きめで輝きの美しい瞳を逸らすのみ。
その仕草……何とも少女らしいと思える程に弱々しく、切ないまでに助けを懇願されていると、単純にそう受け止めた。
「き、貴様ら……!」
シュウマは声を震わせると、それに連動する体を強引に抑え込む。
脳裏を掠める。
これからする行動についても理解できているつもりだ。これをすると、自分も晴れて管理局のお尋ね者となることぐらいは。
「覚悟はできているんだろうな?」
しかし、それでも止まることができないシュウマ。
大鎌を握る手に力が入る。――明らかに怒っているのがわかる。見た目、遠目で見てもわかる額の青筋からも、それは伺える。
女性には理解できない。この男が何に、ここまでの怒りを露にするのか。
「貴様ら、こんな可愛い女性に対し……」
大鎌を自分の頭上にかざし、その後、それを頭上でぐるぐると回転させる。その速度が上がる度に起こる風が次第に早く、鋭くなっていっているのがわかる。
女性は呆れたかのようにぽかんと口も開き、シュウマ凝視するのみ。
「何をしてくれているんだ!」
怒鳴り声と共にその大鎌を振り被るシュウマ。
鋭い眼光で対象のものを見据え、それと共にこの部屋全体を覆う突風。動きを制限される兵士達は
次々と振り抜かれる大鎌の餌食となって切り刻まれていく。
時には一刀の元に三体もの兵士が。
女性はその吹き荒れる風に飛ばされないように体を縮込ませ、タオルを抱き抱えるのが精一杯。
この風は間違いなく魔力によるもの。しかもここまでの強力なものとなると……それを扱う人間など限られて来る。
女性は目を細めながら顔だけを少し上げる。巻き上がる嵐の中、一振りで何体もの兵士を粉砕していく大鎌。
――聞いたことがある。
風属性の魔法を操る大鎌使いの男。その使用武器と全てを破壊しかねない戦闘法から付いた仇名は「死神」。
嵐が収まる。
女性はタオルに気を掛けながらも、ゆっくりと上半身を起こす。
辺りは乱雑に切断された兵士の成りの果て。それらは一つたりとも、その駆動を許されていない。
助けてもらい、感謝の気持ちもあるが、はっきり言って傍迷惑というか……辺りを巻き込んでしまうその能力。疲れ、苦情を全く感じなかったと言えば嘘となる。
次に掛けられるその言葉を聞くまでは。
「お怪我はありませんか?お嬢さん」
壊れた窓とステンドグラスから漏れ入る光が口元の歯に反射し、シュウマの笑顔を美しく飾る。そして、女性へ向けて差し伸べられる手。ギャップに高鳴る胸中。
「はい」
女性は見惚れたまま頷く。
後にして思えば年齢もそれなりだということもわかるし、「お嬢さん」なんて呼ぶべき「女性」ではないこともわかった。
だが現状は……しかもタオル一枚で座り込み、顔を上げて自分を見つめる姿。健気にも感じ、言い訳がましいがこう呼ぶことしかできなかったのだ。
「危ないところ、有り難うございました」
女性は目の前に差し出された手を取って立ち上がると丁寧に頭を下げ、そのまま体を預ける。
あまりの自然な流れかつ、唐突な行動。自分で撒いた種ではあったのだが、如何にシュウマであったとしても、このイレギュラーに対応できるだけの能力は備えていない。
「おかげで助かりました」
女性は一番可愛らしいと自分で思える声色を使ってそう言うと、体をぐいぐいとすり寄せる。
シュウマは固まってしまった。
神官になって、もう随分と長い年月が経つ。即座に思い返してみても……何年になるのだろう。神殿入りし、この仕事に携わることが夢であったというのは紛れもない事実だし、今もやりがいがあると好んでいるというのは間違いない。
だが、それによって犠牲になった数々……それは実際にやってみないとわからなかったこと。
「お嬢さん」なんて呼ばれることなんて。
女性にとってはその言葉自体が衝撃を受ける程に新鮮で、それを口にしたシュウマはまさに、どこかの絵本で出て来る「騎士」様に相違ない存在。
「何をやっているんだ?」
呆れたような声が飛んで来る。
それは時期を逃してしまったがために、逆に未だ抜けられぬ乙女チックな幻想に取り憑かれ、それが歯の浮くような気障な台詞だということも認識できないこの女性を卑下するかのよう。
「まだ残党が残っているんだぞ」
注意を促すその声は、壊れたドアの方から聞こえる。
「何よ?貴方までいたの?」
女性は急に見た目似合わぬ少し低く野太い声で急に現実へ戻され、幻滅したかのように言った。
その後、シュウマから離れるとタオルを持ち直し、即興で体裁を整えている。
その気落ちした表情で見つめる先……壊れたドアの入口で背中を預け、腕を組んで冷めた視線を送る者はフォルティナ。
「悲鳴が聞こえたから、慌てて来てみれば……」
フォルティナは頭を抱え、その頭を横へ振りながら言った。
「男子禁制のこの部屋に男を連れ込み、何をしているんだか……」
この部屋の機能と行うこと……何より、この女性の姿からも容易に推測できることであったが、ここは男子禁制の場である。
「いったい何の用?」
しかし、女性は一向に耳も貸さず、冷たい口調で問う。
やはりこの声、聞き間違いではないようだ。
シュウマは俯く。
目の前でフォルティナと話すこの女性。声も仕草も……少なくとも可愛らしい性格とばかり思っていたのだが、二言目でも彼女に話し掛ける声が変わることはない。
これがこの女性の本性なのか。
男子禁制のこの部屋に男を連れ込んで……そう指摘したものの、シュウマは元々その当人の都合でここへ連れて来られているのだ。
この嫌味自体、強く責めることなどできないぐらい、初めからわかっている。
ここへ来た理由を説明しようものなら、それはなおさら。フォルティナは正直、的確な言葉が瞬時に見つからずに喉を詰まらせる。
「わああああああっ!」
叫び声。
いきなり背後から聞こえ、こちらへ迫って来る。
この声、聞いたことが……いや、いつも聞く声。聞き違えるなど絶対にあり得ない。フォルティナは何の苦労もなく、そこに来ることがわかっていたかのようにひらりと体を躱す。
フォルティナが譲った隙間からこの部屋へと侵入を許してしまったそれは二人。
一人は管理局の兵士一体、そしてもう一人はそれへ大剣を突き立て、体ごとこの部屋へ押し込むとばかりに突進する男。
対面の壁へと激突すると、そこへ全体重を掛け……鈍い音と共に形容し難い断末魔が部屋内を谺する。
「今度はいったい何?」
女性は止めを刺すならば、もっとスマートにしろと言わんばかりに眉間へ皺を寄せ、突然入って来た男を睨み付ける。
今度はフォルティナがその女性を無視し、兵士の止めを刺してその場で膝を地面に落としている男へと、ずかずかと歩み寄る。
「待っていろと言っただろ?タツヤ」
そして、男の目線まで腰を下ろし、半分呆れたように語り掛ける。
女性曰くスマートな止め一つもできないこの男は慣れて来たと言っても所詮、この世界の人間ではない達也。
「そ、そんなこと言ったって……」
達也は息を乱しながらも訴えるかのように言った。
おそらくは自分が目的だと思われる兵士達による急襲の真っ只中。その中に本人一人だけを放置して、じっとしていろという方が無理というものだ。
だが……
「タツヤ。勝手に入って来ているが、ここは男子禁制……」
という規則を優しい口調で教えくれたフォルティナの言葉。
達也は慌てて顔を上げる。
この部屋の仕組み、用途はその目的も含め、理解することができないが……
シュウマの傍に立ち、タオル一枚を体に巻き付けて凍り付くような眼差しで立ち尽くす女性。それが「男子禁制」を瞬時に伝え……
結果、即座に目を逸らす。
フォルティナが途中、言葉を止めたのは、何も言っている最中に達也が理解を示したからではない。ちゃんとそれにはそれ相応の理由がある。
破壊し尽された窓とステンドグラス……そしてドア。それらこの部屋と外部を繋げるそこに群がる管理局の兵士。
フォルティナもわかっていた筈である。
何より先程、彼女自身も女性に向けて告げていたのだから。――まだ残党がいると。
「やはり行先は、ここだったか」
取り囲む無機質な者達に混じって一人、明らかに人と認識できるその者が姿を現すと共に右手を振りかざし、それらを制止させる。
兵士達は命令を中断されたロボットのように動きを止める。
「そして、やはり特定要因を保護していたか」
少々鰓が張り、男性的とも言える程に濃い男が不敵な笑みを浮かべ、さらに呟く。
「ヴァーモス」
ウィン・リバイで兵士を連れて網を張っていた管理局の幹部ヴァーモスその人。
達也はその名を口にし、腰を落としたまま動きを失うのみ。
「こうして面と向かうのは初めてだが、私の名前を知っていてくれているとは……」
ヴァーモスは言い、壊れた窓から侵入すると、
「光栄だ」
と、言いながら手を差し伸べ、歩み寄る。
達也は顔を引きつらせ、じりじりと後退りをする。
優しい物腰と穏やかな表情。
文字で表現すれば何ともない……どちらかと言えば、それとは縁の遠いものとなるのだが、度が過ぎるとそういう訳にもいかないらしい。
少なくとも対象の当人にはヴァーモスに対し、威圧感を覚えているのだから。
「何故わかった?」
達也とヴァーモスの間に立ちはだかるフォルティナ。
「すまない。私は今、特定要因と話をしているんだ」
ヴァーモスは言い聞かせるように言った。
「どいてくれないか?」
フォルティナの肩へ手を置き、その場から退かせようと力が込められるが、
「断る」
フォルティナはその手を払い除ける。
「タツヤを名前ではなく特定要因などと訳のわからん呼称で呼ぶお前に、話をさせる訳にはいかない」
その後、ヴァーモスを睨み付けながら吐き捨てる。
「我々にとって特定要因に名前など、必要もなければ興味もない」
零れる笑いを必死に抑えながらヴァーモスはそう言うと、一歩、達也へ向けて前進する。
フォルティナも一歩たりともその場を譲る気がない。
ヴァーモスは徐に溜め息を吐いて見せる。それはこれ以上、理解を求めること自体を諦めたかのよう。
「あの船に乗り、バランカスでゆっくりする時間がないと言っていただろ?」
それは一つの咳払い後、語り掛けて来るその話題からも伺える。
フォルティナは間を一つ置いて、何も言わずにゆっくりと頷く。
「時間がないということは、何かに時間制限があるということ」
ヴァーモスは顔を外して腕を組み、説明口調で続ける。
「時間制限の基本は日没。夜はモンスターも凶暴化するため、外の危険も増す。バランカスという大都市に立ち寄るにも関わらず、野宿前提で旅の予定を組むなんてこと……それこそ不自然だ」
ヴァーモスは滑舌も良く、得意気に話しながらも目の前をぐるぐると回り始めた。
「となると、バランカスから一日以内で移動でき、宿泊もできる場所。しかも時間的に余裕が持てない距離ということになり……思い当たるのはこのルーン神殿ということになる」
さらに拍車の掛かった得意気な表情で言うと、自分の話を聞いて、どのような反応を示しているのか気になるシュウマを横目で確認する。
「さらに一日以内の移動では多すぎる荷物。しかもその荷物にまとまりもない」
シュウマは目線を逸らす。
ヴァーモスは含み笑いをする。
「確かにウィン・リバイでは特定要因を発見できなかったが、ここまで怪しい団体も他にはない。行先も予測できる。だから……」
相手の方が一枚上手だった。そう認めなくてはならないだろう。
シュウマは瞳を閉じる。
この状況まで追い込まれたのは自分の責であると認めなくてはならないようだ。ならばその責任を取るため、覚悟を決めなくてはならない。
「ここはルーン神殿です」
意外にもそこに割って入ったのはかの女性。
完全に打ち消すかのようなタイミングで発せられた言葉は、この部屋内を伝達してヴァーモスの動きをも寸断させる。
「まさか、お忘れではないと思いますが……」
タオル一枚という何とも心許ない姿でシュウマの目の前に立つ女性。
ヴァーモスはその女性へと向き直す。
「管理局といえども、神殿内での権限はございません」
はっと何かに気が付いたように目を見開き、ヴァーモスが後退りをする。
「この神殿管理下で物申したいのであれば上を通して、司教である私……マリアに物申しなさい」
その後に追加される言葉。
シュウマはその女性を見つめ直す。
凍結するかのような冷たい眼力。気が付かなかったことを恥じてしまう程の……彼女から発せられる巨大な魔力。
シュウマの視野に入るフォルティナはその女性の言葉に何一つ驚くこともなく、眉一つ動かすこともない。――それは彼女の言動が、何一つ偽りない事実であることの証明。
「立ち去りなさい」
声自体は荒げたり、叫んだりしたものではない。
だがこの女性……マリアが言った言葉は傍で聞いていた達也の背筋をも凍らせる。
マリアが凄むその姿はヴァーモスの言葉を失わせ、取り囲んでいた兵士達と共に去らせてしまう。――司教であることは間違いないようだ。
まさか、このような宗教紛いなものの頂点に立つ者が、このような美しい――まだ若い女性だなんて。
「どうかされましたか?」
できる限り自分が可愛いと思える声色で、マリアは優しくシュウマへ問い掛ける。
「い、いえ」
だが、シュウマは口籠ることしかできない。
今更のぶりっこ……素直に受け入れるなんてことなど、できる訳がない。
「タツヤ」
別のところでは不機嫌な声が飛んでいる。
「え?」
達也は見入ったまま、それに答える。
フォルティナにとって、これ程面白くないことはない。これ程腹立たしいことはない。
「タツヤ!」
フォルティナは再度声を荒げながらその名を叫ぶと達也の耳を摘み、引きずり立たせるかのように引っ張り上げた。
「いてててて!」
達也は悲鳴のような声を上げて己の耳になるべく負担が掛からぬよう、その力に逆らわぬように立つ。
「ここは男子禁制だと言っただろ?」
フォルティナは掴んだ耳を手放すと、達也のその悲鳴をも被せるように責め立てる。
「そ、そんなこと言っても……」
達也は痛めた耳を押さえながらも反論を口にするが……
中途半端な抵抗。
「じろじろと女の裸を見るなと言っているんだ、このスケベ!」
それが火に油を注いだのか、フォルティナは当たり散らす勢いで達也を怒鳴り付ける。
そう言われると身も蓋もない。
何より、達也だって男なのだ。
目の前に裸の女性がいれば、必然とそれが気になるもの。正直気が引けてはいたものの、どうしても視線がそちらへ向いてしまうのが男。
それに見惚れていたのは別の理由から……言い訳無用と蔑むフォルティナに、もう反論の言葉も見つからなかった。
恥ずかしそうに顔を赤らめ、静かに俯く。
「減るものでもない」
確か以前にフォルティナは自分の裸に対し、そう言っていたのだが……
達也にはまだまだ、常識を勉強する必要があるようだ。




