ウィン・リバイ-脱出作戦
微睡みから意識が浮かび上がるような感覚。
寝つきが悪かったせいか頭が重く、何かすっきりとしない。だが「眠った」という充実感は覚え、目覚めに苦痛を感じることもない。
何とも不思議な感覚である。だから、
「ようやく起きたか。良く寝ていたな」
という呼び掛けに対して否定することもできず……
かくして達也は目を覚ました。
朝。眠気眼に入る一目で日射しだとわかる光がそれを伝える。またその強さから、呼び掛けられた言葉通り「ようやく」……
だいぶ日も高いと推測できる。
達也は一瞬、自分は元の世界に戻ることができたのかと淡い期待を持った。
正直それは朝が来る度、目を覚ます度に錯覚してしまう。もうそれは一種の日課と言っても過言ではない。
それはあくまで錯覚であるため、いつも……まるでそれが妄想であるかのように即否定されてしまう。――今日もそれは同様のようだ。
近くに目視できる布団。それだけでは判別がし難いが……臭覚。上手く言えないが、鼻に感じる匂いが元の世界ではないと告げている。
頭の靄が消え、急激に目が覚め始めた。
刺激臭とまではいかない仄かで優しい香り。何か心を癒してさえしてくれそうな匂いである。そして、微妙でデリケートなそれを感じることができるということは、それだけ発生源に近いということ。
視界を邪魔する先に見える何かに焦点を合わせていく。――今置かれている自分の状況を理解し始めた。
うつ伏せで寝るここはベッドの上。さらに、その上には達也だけではなくもう一人……
「う、うわぁっ!」
達也は悲鳴とまで捉えることができる大声を上げ、慌てて体を起こした。
目の前には寝そべり、じっと覗き込むフォルティナ。
どれだけの期間その態勢だったのかは知る由もないが、おそらく寝顔も直視されただろう。――恥ずかしさから赤色化していく肌。
「早く外へ出る準備をしろ」
フォルティナは意味深な含み笑いを浮かべながらそう告げるとベッドから出て立ち上がり、傍に置いてあった昨日買ったばかりの剣を腰に縛り付ける。
既に甲冑は身に着けており、準備万端。
「下でシュウマが待っている」
達也は辺りを見回す。
確かにその姿は見当たらず、シュウマが寝ていた筈のベッドは少々上布団が乱れたままでもぬけの殻。
「本当に置いて行くぞ?」
フォルティナは業を煮やしたかのように言った。
達也はベッドから飛び出て慌てて自分の体裁……甲冑や大剣、小物の入った小袋をその身に取り付ける。
身支度が終了したのを見定めると急かすように部屋を出て、達也はフォルティナと共に二人肩を並べて宿屋の玄関へと続く階段を下りていく。
廊下や別の部屋では掃除、あるいはベッドメイキングを行っている店員の姿。それら光景からも、もう朝も時間が遅いことは伺えた。
シュウマは玄関の傍の壁に背中を預けて腕を組み、佇んでいた。
達也達の姿を見るなり、深い溜め息と共に二人へと歩み寄る。
「昨夜は遅かったようだな?」
シュウマは達也へ向けて話し掛ける。その後に、
「だから朝も早く起きられないんだ」
とでも続けるつもりだったのだろうが、その言葉を聞いて顔を見合わせる達也とフォルティナの表情に、それはかき消されてしまったようだ。
達也は昨夜のことを思い出す。
外へ出た当初の理由は違うが二人、屋根の上で腰を下ろして月を眺めながら語り明かしたことを。
今まで自分がどういう所で生活を営み、どういう場所で生き、何を思い生活をして来たのか……どういった経緯でシュウジを追い、この世界に迷い込んだのか全てありのまま包み隠すこともなく達也は語る。フォルティナは真剣な表情でそれを聞き――気が付けば空も少し明るくなっていた。
明日もあるため睡眠が必要だと宿に戻る。――それだけのこと。
達也は同じく思い返し、自分へ向けるフォルティナの眼差しに気が付く。
以前よりも随分と近い存在になっているという事実に。
何だか照れ臭くなって頬を赤らめながら下を向き、その仕草に彼女も感じ取る何かがあったのか上目使いで見つめ、はにかむ笑みを浮かべている。
「ま、まぁ良い……」
シュウマも何だかあてられてしまい、目を伏せながら口ごもる。
「そ、それより……これからどうするんだ?」
一つ咳払いすると、立っていた付近……宿屋の玄関へ向き直しながらシュウマは話題を変える。
フォルティナも一息吐いて気持ちを切り替える。
「私の言った準備は?」
フォルティナはその玄関に近寄りながら言った。
シュウマは肯定して手に持つ、中に何が入っているのかはわからないが重さを然程感じさせない容量三リットルぐらいの布の袋を見せ付ける。
「今回は少々移動距離が長いから、町に寄って休憩する時間が取れないんだ」
フォルティナはシュウマの横に並ぶと、見せ付けたその袋を横目で見て呟く。
フォルティナからは大きなヤマを追っているとは聞いたことがある。
そのために力が必要であり、だからこそシュウマとは「パーティ」の契約をした。……だが、それ以外のことは何も知らない。
目的おろか次の行先を達也は知らされた記憶がない。
「悪かったな。何の説明もなく、旅の準備だけさせて」
フォルティナは労いの言葉を掛けながら歩き、宿屋を出る。
シュウマはぶつぶつと何かを言いながら後を追う。小声過ぎて何を言っているのか全くわからなかったが、尖らせた口が不満であると告げている。
達也は気掛かりから、宿屋を出るのを一番後にしたのだが、
「ありがとうございました」
背後より飛んで来る元気の良い明るい声。
二人が降りて来るまでの間に会計も済ませていたようだ。
この世界でお金の心配までしてしまうとは。もしお金で問題が起こったとしても、自分では何もできないというのに。
達也は笑ってしまう。
何か余裕のような何かを取り戻していることが実感できた。
「これから船でエリア36.28を出て、アラルスト大陸へ渡る」
フォルティナが、ちょうどシュウマへ今後の予定を説明しているところ。
達也は二人の傍まで駆け寄る。
「次の目的地は『バランカス』か」
シュウマはその言葉を受け、独り言のように言った。
フォルティナは少し表情を曇らせる。
「確かにここから海路を使ってアラルスト大陸へ向かえば、着く町はバランカスだが……」
どうやら「バランカス」とは向かおうとしているアラルスト大陸と呼ばれる大陸にある町の名前のようだ。
達也には既にそこで話に付いていけていないのだが、海を渡るということはその到着地の町も港町で、このウィン・リバイのように商業都市なのだろうと勝手に想像を含まらせる。
「今日の目的地はそこじゃない。あくまで中継地点だ」
目的地まで急いて予想するシュウマを邪見にするその瞳でフォルティナは続ける。
「そこから『ルーン神殿』まで行き、そこの『司教』と面会する」
フォルティナは言うと、急に勢い良く後へ振り向く。
そこを歩く達也は、突然向けられるその視線に体を一瞬硬直させるが、
「タツヤには少し、言っておいた筈なのだがな」
と、さらに被らせるように言った。まるでそれを聞くのが初耳だという態度をしている達也に対し、一喝でもするかのように。
正直、その当人には身に覚えがないが……
「『司教』って……会えるのか?」
そんな事情など知る由もないシュウマは、フォルティナの別の言葉に反応を示す。
「あ、ああ。それは問題ない」
フォルティナはシュウマへ向き直した。
「ルーン神殿の司教とは古くからの知り合いでな」
シュウマは眉唾ものだとばかりに気の抜けた声を上げ、
「そんな爺、婆の知り合いがいるなんてね」
嫌味な口調でそう言った。
「ルーン神殿」と呼ばれる所には司教と呼ばれる聖職者がいて、それらは全てシュウマの悪い口で言えば爺、婆の高齢者が集まるところ……達也にはそう刷り込まれる。
だが、何の反論もなく、不敵とも思える笑みを少し浮かべるだけのフォルティナ。
実際のところ、この「ルーン神殿」と呼ばれる場所は老人達の憩いの場でもなければ、存在意義もきちんとある。
「いったい、そんな奴らに何の用があるって言うんだ?」
シュウマにはフォルティナのその意外性をどこまで理解しているのだろうか。さらに嫌味な言葉が続けられる。
「それは……」
フォルティナは思考を馳せる。
「それは司教との面会結果による……かな?」
フォルティナは微笑を浮かべたまま言った。
嫌味に対しての返しとしては少々拍子抜け。さすがのシュウジも勢いを失い、首を傾げる。
「司教は知識も豊富。私にはまず、その知識が必要なんだ」
その知識により生み出される結果。それを想像するだけでも自然と笑いが込み上がって来る。
言葉としてはいくらでも冷静に飾ることができても内面上、己にはどうしても甘く、良い結果しか想像できないのが人間の心理。フォルティナも例外ではなく……いや、それを表に出すだけまだ純粋なのか、声を押し殺しながら笑う。
「大丈夫。問題ない」
フォルティナは上機嫌に自分へ言い聞かせるように言うと、大きく数回シュウマの背中を叩き、後に位置する達也の肩へ腕を絡ませ、自分の横へと引きずり出す。
その被害を受ける当人は訳もわからず、ただ乾いた笑いを振り撒くことしかできない。
港に着いた。
最初にこの町へ着いた時はその入口から見えた港に何もなく、眼下に広がるのは広大な海のみだったのだが、今は遮るように巨大な客船が停泊する。そしてそこへ搭乗する人々……
港は大勢の人ごみに溢れていた。――もしかしたら見送りの人も紛れているのだろうか。
達也は一つ、大きく深呼吸をした。鼻孔をくすぐる磯の香りは、より一層強く感じる。
それだけではない。
港に押し寄せる波が壁、船とぶつかる度に鳴り響く音。視覚が捉える水の色。あまりに懐かしく、何とも奇妙な感覚に囚われてしまう。
「やばい!」
小さく掠れながらも力強い声。
発した張本人であるフォルティナは達也の手を取り、素早く近くの樽などが放置された物陰へと引き込む。
何事かと表情を曇らせるシュウマもその後へと続く。
「いったい、どうしたんだ?」
その身を物陰に隠し、シュウマは小声で問い掛けるが、
「しっ」
フォルティナにはそれでも声が大きいようだ。
達也もその物陰で無言の圧力により言葉を発する機会を失っているだけに過ぎない。――しかし、それも結果には良かったのかもしれない。
「管理局の奴らだ」
次に発せられたそれで一言も語ることなく、置かれている状況を把握できたのだから。
良く見ると、乗客と思われる人々が列を成して何やら調書を取られ、ボディチェックを受けている。
フォルティナの言葉から推察すると無論のことであるのかもしれないが、そのチェックをしている生命の息吹を感じることのできない無機質な者――管理局の兵士達。
「それがどうしたんだ?」
何の理由で奴らが警戒を強め、ここで渡航の制限を掛けているのかは知らないが、その行為は見ればわかる。シュウマにとってそれは他人事であり、態々気に留めることでもない。
「追われているんだ」
しかし、それとは対称的に慎重な口調で答えるフォルティナ。
「私とタツヤ、私達は管理局に追われているんだ」
シュウマはじろっと流し目で見る。
フォルティナも兵士の動向を気に掛けながらちらちらとその視線を送っており……二人のそれはぶつかり合う。
「何で?」
シュウマは素朴なまでの質問を返す。
それは口数も少なく単純な質問であったが、的は射ている。
「知るか」
あからさまに吐き捨て、それは当事者に聞けと言わんばかりにフォルティナは達也を睨み付けた。
何度そのようなことをされても……できればこっちが教えて欲しいぐらいだ。
シュウマが不意に舌打ちをする。
それは達也とフォルティナが自分のことであるにも関わらず、何故管理局に追われているのか、その理由を把握していないという苛立ちからした行動ではない。
それについては正直呆れ、これ以上何も得られないと諦めの溜め息が漏れる程。
――それは目の前の管理局の兵士達へ向き直した先……
「『ヴァーモス』が出て来てやがる」
その瞳が一人の人物を捉えた結果である。
フォルティナは慌て……そして、改めて集まる兵士達群衆へその引きつった瞳を向ける。
「何?」
という、緊張により低くしたその声と共に。
達也は二人に習って、静かに物陰より顔を覗かせる。
無機質な兵士達に囲まれ、その中心に立つ人物。顔立ちは少々頬の鰓が張り、熱血漢的な印象を受ける男である。軽装の鎧をまとい、腰には背丈程の……存在感のある長い鞘がぶら下がる。
何よりこの男には「生命」というものが感じられる。――人間である。
「奴の名前はヴァーモス」
その存在に気が付いたと察知し、緊張感を保ったまま達也の耳元でフォルティナが囁く。
「管理局の兵士……取り分け治安維持に使用される兵士達を統括する者だ」
フォルティナは達也へ説明するかのように言った。
シュウマは冷めた目で二人を一瞥する。
「奴は正義感もある。何より民衆に慕われ、力もある」
それに便乗し、シュウマもヴァーモスの説明に加わる。そしてそう言い終えると共に、お手上げだと言わんばかりに肩を窄めた。
「まだ見つからないのか?」
その前評判の高いヴァーモスが荒げた声。フォルティナはシュウマへ何かを言おうと口を開き掛けたのだが、その大声で閉ざされてしまう。
「消息絶ッテ、未ダ消息不明」
兵士の一人が人の感情を逆撫でするかのような口調で答えている。
「特定要因は安定を守るため……強いては治安、民衆の生活を守るため、どうしても消す必要がある」
ヴァーモスは腕を組み、片手で自分の顎の先をいじりながら、落ち着きなくその場をぐるぐると回る。
治安維持――それだけに生涯を捧げている彼にとって、特定要因とはそう言った存在でしかない。
「特定要因はエルバ村で取り逃がしたと報告を受けたが、それを手助けしていた者達は?」
忙しい足取りを止め、兵士一体に向けて語る口調が早くなるのも、その立場で考えると理解できる。
「全テ、エルバ村ニテ処分済」
兵士は答える。
シュウマは息を潜め、フォルティナをもう一度見る。
彼女はそれを察知し、すぐさま目と顎を数回……それで達也を指す。交わされる言葉は何一つなく、その仕草だけで取り交わされた内容だが、言葉で表すならば、
「奴らの言っている『特定要因』って何だ?」
「タツヤのことをそう呼んでいる」
と、なるのだろう。
達也でも感じ取ることができる。――ともなれば、管理局に狙われているのは三人ではなく達也のみということ。
ヴァーモスは兵士の回答に、満足そうに一つ頷く。
「それならば問題ない」
独り言を呟く口元は不敵に歪む。
この世界の仕組みも理解できぬ特定要因一つ……それにしてみれば町一つを巻き込んでまで襲われ、さらには自分に関わった者達も全て犠牲となったのだ。ここまで追い込まれた人の精神状態など、この上なく読み易い。間違いなく……
「ここで網を張っておけば、掛かるのも時間の問題だな」
エリア36.28を離れたくなるのが人の性。そしてここを離れるためには必ず、このウィン・リバイの港を通る必要がある。
ヴァーモスは落ち着きを取り戻し、自信さえ感じさせる表情でその場に仁王立ちし、腕を組み直す。
「なるほど」
出していた体の一部を物陰へと溶け込ませると同時にシュウマは呟く。
「だいたいの状況は掴めた」
その後、二人の表情を交互に伺いながら小声で言った。
面が割れているのが達也一人ならば、何とかなりそうだ。
フォルティナはシュウマへ身を寄せ……達也の体も自然とそこに寄っていく。
次にこの三人が人前に現した格好。――シュウマが大きなリュックサックを担ぎ、フォルティナと二人で複数の大きな袋を頑丈な紐で縛られた荷台を引っ張る姿。
良い案が思い浮かんだという彼の言葉を信じ、ここまでしたものの、いざ兵士達……ヴァーモスを目の前にするとどうしても不安に駆られてしまう。
安易にその提案に乗ってしまった自分に後悔すら覚える。
「君達、止まりたまえ」
案の定ヴァーモスに呼び止められ、達也は気が気でない。
上目線で威圧するような鼻に付くその言葉使いも、今はそれを気に止める程の余裕はない。
フォルティナとシュウマは足を止め、表情を凍り付かせた顔を向ける。
ヴァーモスから見ると、移住でもするのかと思える程の荷物を運ぶ二人。その多さと容姿……誰が見ても不自然で怪し過ぎる。
フォルティナは眉間に皺を寄せ、あくまで強気な姿勢まま何やら紙切れのようなものを見せ付ける。
「ほう、トレジャーハンターか」
必然的にその内容を確認することを強要されたヴァーモスが呟く。
「君が最近、高い実益を上げていることで有名なフォルティナで……」
ヴァーモスは顔を上げてフォルティナを見つめながら言うと、
「君がその強さゆえに『死神』とまで称されているシュウマか」
シュウマに振り向きながら残りの言葉を吐く。
「君達がこんな町のギルドでパーティの契約までして……いったい、どんなお宝を狙っているんだ?」
フォルティナがヴァーモスへ見せたものはウィン・リバイにあるギルドで発行されたパーティの契約書。それは身分を証明する上で確かな書類であり、また達也の記載が全くないため都合も良い。
だが逆を返せば、それだけ世間で有名な二人が手を組んでいるということを証明するものでもあり、新たな別の疑問……つまりは別の興味をそそらせるものでもある利点と欠点が表裏一体の品物。
それを見てのヴァーモスの第一声。それこそ自然に口から出たと見受けられ、思っていることが素直に口から出て来る……人と形がわかろうというものだ。
悪い人……少なくとも表裏のある人間には見えない。それに比べ……
「トレジャーハンターとして、大きな宝を求めるのは当然だろ?」
不敵な笑みを浮かべながら答えるフォルティナ。
これではどちらが「善人」なのか、わからなくなりそうだ。
「それに態々狙っている獲物まで、答える義理はないと思うが?」
ヴァーモスはフォルティナを見つめる。その目には何か隠された内部をも見透かそうともしているようで……却って気味の悪ささえ感じられる。
「企業秘密って言ったところかな」
シュウマも負けていない。
企業秘密も何もフォルティナ以外、本当のところはその獲物――狙っているお宝の正体を知らないのだが……
「荷物を確認させてもらうよ」
ヴァーモスは軽く言うと、二人掛かりで引っ張っている荷台の上の袋を一つ一つ……全て開梱する。
中からは衣類や鎧、保存食と思われる食用品等々。まとまりのない、まるで取って付けたかのような荷物である。
「こんなにも多くの荷物……何に使うんだ?」
ヴァーモスはその中の内、甲冑の一部と思われる金属製の塊を一つ手に取り、それをいじりながら問い掛ける。そして、
「この船の行先は、アラルスト大陸の玄関口とまで言われる商業都市バランカス。都市から都市の移動に、こんな荷物がいるのか?」
と、言って目線を上げたその表情は、打って変わって厳しい眼光。まるで自分に向けられたかのようで……
達也は一つ、静かに生唾を飲み込む。
「確かに私達はアラルスト大陸に渡ろうとしているが、別に目的地はバランカスではない」
だが、フォルティナはそれでも冷静に返す。
「バランカスでゆっくりとする間がなくてね。すぐにまた別のところへ旅立たなくてはならないんだ」
言葉自体に嘘偽りはない。だからこそ自信満々に答えることもできるのだろうし、真実味も帯びようというもの。
しかし、一向にヴァーモスの顔が崩れることはなく、フォルティナを睨み付けるのみ。
「通れ」
不意に目を伏せて小声で言うと、いじっていたそれを袋の中へと戻す。
その行為自体、名残惜しさも感じるものであったが、間違っても手に持っていたものを手放すのが名残惜しかった訳ではない。
どう贔屓目で見てもフォルティナ達の持つ荷物は不自然。――だがあくまで不自然なだけなのだ。
特定要因の影も見つけることができないヴァーモスにとって、彼女達をこれ以上足止めさせることはできない。
理由も見つからず、口惜しいとばかりに歯軋りをする。
不満ながらもそう言うことしかできなかったヴァーモス。内心、達也達全員がほっと胸を撫で下ろしたことだろう。互いが互いに気を遣うも、やはり外はポーカーフェースを貫き通す……特にフォルティナは顔色一つ変えず、荷台を再び引っ張って前進を再開させた。
シュウマはリュックサックを背負い直し、足早に後を追う。
「待て」
不自然なリュックサックの歪みとその音。ヴァーモスは再び呼び止める。
フォルティナとシュウマは動きを止める。
「そう言うことか。目立つ一点に注目させておき、それが『違う』ということで『全て違う』と認識させてしまう……言わば錯覚」
ヴァーモスは一人納得したかのように呟き、腰に帯刀した剣の柄に手を掛ける。
「君達が隠す理由はわからんが、トレジャーハンターは特定要因の隠れ蓑に最適と言える」
フォルティナはゆっくりとヴァーモスの方へと振り向くと、
「何を言っているのか私には……」
恍けたまでの言い草。その言葉を待たずして……
「そこだ!」
と、ヴァーモスは声を荒げて長い鞘を腰から外し、そこから抜かれた剣……それは剣身自体細く、峰の部分が黒い片刃。言い替えるならば背丈程に長い日本刀。それをシュウマが背負っているリュックサックへ斬り付けた。
一瞬凍り付く時間と……
「な、何しやがる!」
という、シュウマの怒鳴り声。
切り裂かれたリュックサックからは果物だと思われる食物、布や金属の装飾品など……これまたまとまりのない物品が零れ落ち、それらが地面を徘徊する。
「そ、そんな……馬鹿な……」
ヴァーモスは唖然とするばかり。
シュウマはぶつぶつと一人不満を口にしながらも地面に落ちたそれらを拾い上げ、切り裂かれたリュックサックと共に荷台の上へと乗せている。
「何だって言うんだ?」
フォルティナは溜め息と共に言うと両手を腰に当て、改めて見つめ直す。
ヴァーモスにはもう言い返す言葉も見つからない。項垂れ、俯くのみ。
「すまなかった」
謝罪の言葉まで出る始末。
気付いていない。このリュックサックの中身の、荷台の上同様の違和感に。――最早、主導権を握ったも同然。
「通れ」
ヴァーモスは無念と困惑に顔を歪めながら言い、兵士共々道を開ける。
フォルティナは荷台を引っ張り、その後をシュウマが追い掛けて出航準備を済ませた船へ、二人乗り込んでいく。
「な?上手くいっただろ?」
船の中、誰もいない個室に入ると共にシュウマが得意気に口を開く。
「まぁな」
フォルティナは安堵の息を吐く。
さて達也はどこにいるのか。
他、どこに隠れていたというのだろうか。いや、そもそもフォルティナ達とは別行動で二人が船に乗ることを優先し、まだ港で息を潜めているのか。
「人間、一度疑いの目を向けた所に何もなかった場合、無意識にそれを切り捨てて考える習性がある」
それは人の「判断力」という力。
その選別が早ければ早い程、的を射ていれば射ている程、それは「判断力がある」とされる力。だが、それはこんなにも不確定でもろく、人の偏見に偏るものなのだ。
「ようは如何に調べた後だと思わせて、切り捨てさせれば良いんだ」
シュウマは顔を綻ばせながら無造作にそこへリュックサックを置き、荷台のきつく縛った紐をほどく。
床に落ちる紐。よく見るとそれは袋を縛る紐のとは別の紐。
続けてシュウマは台車揺さぶるように軽く叩く。――それが合図。それはある床に体を落とし、息を弾ませる。
「た、助かった……」
弱々しく一人呟きながら、その荷台の影から姿を現す。
達也である。
怪しい荷物を乗せた荷台の裏。その地面側に張り付き、荷台と共に紐で縛られていたのだ。
シュウマ曰く、態と荷物を目立たせ、かつ目を向けさせ、荷台と共に如何にヴァーモスに「問題ない」と思わせるか。
今回の作戦はその一つに尽きたとのことらしい。
「だけど……」
達也は恨めしそうにシュウマを見ると、体を縮込ませ、
「裸になる必要があったのか?」
と言った。
シュウマは含み笑いで顔を歪ませたまま、じっと達也を見つめている。
達也は別の視線にも気が付き、その方へ顔を上げた。
思っていた以上に自分へ接近していた人の目。にやにやと口元を……瞳をも緩ませながら、じっと食い入るように見つめるフォルティナ。
居た堪れなくなり、さらに体を小さくする。
「ほ、フォルティナ!」
その名前を大声で叫ぶのみ。
フォルティナは上機嫌に声を上げて笑う。
「良いではないか。減るものでもない」
見られるだけでいちいち減っていたら、それこそ一溜まりもない。しかし、だからと言って見せ付けるようなものでもない。
耳の先まで顔を紅潮させながらも荷台の上に乗っている服を手に取り、慌ててそれを身に着ける。――ヴァーモスの目を引き付けるために寄せ集めた荷台の荷物の中には、達也の服や装飾品も含まれていたのだ。
汽笛の音が鳴り響く。
明らかにこの船が動き出したとわかる揺れ。――どうやらアラルスト大陸「バランカス」行のこの船は無事出航できたようだ。
達也は改めてシュウマを見つめ直す。
未だあの管理局の幹部であるヴァーモスを出し抜いたことによる自己誇示……その態度は依然として鼻に付くものを感じる。――が、自分を守るために自らが買って出た役。
面倒見が良く、頼りになる兄貴分と言ったところか。
何はともあれ、何だか今までのシュウマとは異なった人格を見た気がしてならない。いや、単に誤解していただけなのかもしれない。――そう、まだ知り合って間はないのだから。
船は汽笛を鳴らしながら、順調に決められた航路を進んでいく。




