表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Another 36.28  作者: 高田 勲武
3.ドッペルゲンガー
10/27

ウィン・リバイ-夜の散歩

 それは特例ではなかったのだろうか。


 記憶の中では……状況は微妙に違えど、昨夜と同じようなことにしているような気がしてならない。確かに一言もその日だけなどとは約束しておらず、勝手にそう思い込んでいただけと言えばそれまでなのだが……


 かくして今回も達也は立ち尽くしてしまった。


 言葉を失った達也の目の前には、この目的で入る部屋の中では今までで一番広いベッドが二つ並ぶ。――問題はその割り当てである。


「何でそうなるんだ?」

 やっとの思いで出た言葉。そうでありながらも語気は強い。


 目の前に机などあろうものなら勢い良く叩いている場面である。


「ん?」

 それとは対称的に、驚きすら見せるフォルティナが単純に首を傾げる。


「何をそんなに……」

 そう言いかけるが……


「何で、こういう割り当てになるんだ?」

 と、達也は意味のないと判断したその言葉をかき消すように割って入る。


 ――今は夜。


 達也としては何の進展もないまま訪れた夜。黙っていようが……何をしようとも流れる時を痛感させ、その無常に浸っていたい気分にもさせられてしまう。


 綿で首を絞め付けられるかのような追い詰められる圧迫感に打ち勝つ違和感とでも言うべきか。理屈としても納得できない現状が目の前に転がっている。


 それを指摘するかのように辺りを指差す。


「何が言いたいんだ?」

 フォルティナは不機嫌な声を上げた。


 ここは宿屋の一室。


 明日への活力を得るためにゆっくりと休息を得ること以外、すべきことは存在しない。……のだが、現在この部屋にいる人間は達也とフォルティナの二人だけではなく昼間、人違いという何とも奇妙な縁からギルドで登録をしてしまった「パーティ」の一人、シュウマと名乗る男の追加で合計三人。


 そしてベッドは二つ。


 ともなれば配分は必然的に決まろうものだが、実際のそれは達也とフォルティナで一つのベッド、シュウマ一人でもう一つのベッドを独占。


 言葉も発することができず立ち尽くし、また声を荒げて抵抗する理由もわかろうというものだ。


 達也はそれ……もしかしたらこのベッド割当自体がこの世界の常識であるのかもという不安にも囚われてしまう。――しかしそれも一瞬。完全に否定……まるでその不安を(ぬぐ)い去るかのように激しく頭を横へ振った。


「いや」

 何が言いたいとか、そんなことを言う前に、

「おかしいだろ?このベッド割り当ては!」

 達也は声を大にして抗議し、(ゆず)る気も毛頭ない。


 どうしても納得ができない。


 本来三人いてベッドが二つならば、男同士で一つのベッドを使い、女には一つを明け渡すのが当たり前というもの。それが男としての紳士な行動だと言っても過言ではない。


 何よりそれが達也にとっての常識。


「ああ、悪いが俺にそんな趣味はない」

 シュウマはようやく達也の言おうとしていることに気が付いたのか……いや、そう切り返す言動からは、それも言い難い。態度は冷めたもので、その言い分をあからさまに全面否定する。


 何もそれが趣味とか、間違ってもそういった話ではない。


「フォルティナと同じベッドって言うなら……」

 シュウマはすぐにそう言い直すと、

「話は別だけど」

 と言って、見せ付ける表情。


 まさに「すけべ親父」と言ったところか。達也の理性がそれを拒絶する。


 シュウジとは……そうは言っても、(こだ)る程の長い付き合いではないのかもしれない。


 だがそれについて、自分の中で真っ向から反論する。人の理解は知り合った期間で比例するものではないと。短くとも互いが()かれ合い、それが必然と言える程二人はわかり合えていた筈なのだ。達也から言わせれば、それこそが親友。


 シュウジはエロ親父だと認識されるような奴ではない。


「断る!」

 そんな葛藤など無視し、フォルティナは達也の一声を待つまでもなく怒鳴った。


 何より達也が言っていることの根本は何も解決していない。


 結局は落としどころもなく、当初の通りに達也とフォルティナの二人が一つのベッド、もう一つのベッドをシュウマが使用……その割り当てで決まってしまった。


 眠れない夜が続くようだ。


 時間が過ぎた。


 部屋の明かりとして灯していた蝋燭(ろうそく)の火はとうの昔に消され、その暗闇の中で誰一人として声も発しない。達也の耳に入るのは同じ布団の中へ入り、寝息と認識できる者……フォルティナの深い呼吸音と自分の高鳴る心臓音のみ。


 その音と同調するかのように布団が上下運動をする。


 不意にその布団が不自然な空間を抱擁(ほうよう)し、そこへと流れ込む冷たい……とまで言えば語弊(ごへい)があるが、新鮮な空気が入って来るのを感じる。


 不満を言いつつも、少しうとうとと転寝(うたたね)をしていたようだ。


 その張本人はベッドを共にするフォルティナ。


 今までの寝息が、まるで嘘であるかのように平然と布団から出て、この部屋にある木製の一つの窓を開け放つ。それにより出現する空間へと身を乗り出す。


 達也は最初、夢の続きを見ているのではないかと錯覚した。


 寝息を自分の横で立てていたフォルティナが次の瞬間、ぴんぴんとしてこの部屋唯一の窓から身を乗り出し、さらにはそこから外へ出ようとしているのだから。その布団の残り香と伝わって来る温もりが徐々に失って来る様……時系列を正すかのように木製の板を開け放った空間から体を暗闇へと溶け込ませる行動が、この出来事が現実であると認識させる。


 達也は上半身を起こした。思いの外自分の体が重く感じ、苦痛にも思える。


「止めておきな」

 月明かりのみの光を照明とする夜の空間より妙に冷めた声が届く。


「人は誰しも、少なからず隠し事……秘密、他人には知られたくないことがある」

 達也は振り向いた。


 この声は自分に向けて忠告しているようだ。


 見つめる先はこの部屋にあるもう一つのベッドの方向。――姿はよく確認できない。布団が盛り上がり、人が横になっているように見えるだけ。


 それに主観というものが含まれているのかもしれないのだが、その塊が微妙に上下へ揺れる度、

「他人が踏み込んではならない『領域』というものがある」

 と、声が聞こえて来る。


 偉そうに上目線で話し掛けて来ているのは、この場にもう一人いる筈であるシュウマ。


「ギルドで契約する『パーティ』というものは旅の目的を共有するだけで、個々の内面までは踏み込んでならない」

 そんなことも知らないのかとばかりに、続けられる嫌味ににも似た口調。


 達也は胸中にざわめき、表現し難い苛立ちを覚える。


 確かに忠告を受けることもあった。話も……もしかするとずっと高圧的だったのかもしれない。軽く記憶を辿(たど)ってみただけでも、そう思い当たる節もある。


「わかったら、さっさと寝ろ」

 吐き捨てると共に、その塊はごそごそと布が(こす)れるような物音を立てながら一つ大きく動く。


 その一言一言を聞く度に(つの)る不快感。


 同じものであったとしても先輩が後輩へ接するものと、軽蔑し、下賤(げせん)の者として接するものとの違いなのか。姿も見えず、声だけの判断となるからなのだろうが……


 人はそういったものを敏感に感じ取れる。


「悪いが俺は、フォルティナとは『パーティ』という訳ではないんだ」

 達也は荒れる感情を押し殺しながら言い、自身のベッドから出る。声は冷静を模しているが、それにも限界があるのか少々震えている。


「干渉するなと言うのだったら、俺にも指図はしないでくれないか」

 達也は先の、ベッドの上の塊を睨み付ける。


 シュウマは身動き一つせず、唯一つ鼻を鳴らすだけ。――なら勝手にしろとでも言うかのように。


 達也も何も言わずに開け放たれた窓より上半身を投げ出す。


 シュウジは間違ってもこんなことは言わない。性格上、絶対にこのようなことはしない。もっと人の反応を見て、いつも相手を見て話をしていた。姿が全く同じと言えど、ここまで異なった性格……とても同一人物とは思えず、また姿からはとても別人に見えない。このような現象……


 昔に、どこかで聞いたことがある。


 窓周辺で手が掛けられそうな壁の出っ張りを見つけると、不慣れな手付きながらそれを拠点とし、ゆっくりと自分の体を外へと引きずり出す。そして、もがくかのように宿屋の屋根の上へと()い上がった。


 あまり気にしてはいなかったのだが、今回もフォルティナが用意した部屋は最上階。値段などによるものなのだろうと思っていたのだが、窓から外へ出て上に上がる行動……


 実際にやってみて手間取りながらも初挑戦の達也ができたこと――別の意味があるのかと、妙に勘繰ってしまう。


 この宿屋の位置関係が下りの傾斜面に建つ街並みの入口付近にあるということから、その造りが多階層で背の高いことも助け、まさに眼下を見下ろすような景色。


 足元に並ぶ一般層の屋根。


 水平に周りを見回すと、それに逆らうように建つ富裕層(ふゆうそう)の建屋達が思っていた以上に近くに見られ、その一角では一つの豪邸へと続く絶壁をよじ登る人影を夜全体を照らす月光が映し出す。


 達也は見慣れたそれを追い掛けた。


 まずはそこへと行くため、足場となっているこの屋根達を飛び移って移動しなければならないのだが……


「ふう」

 安堵の声が、寝静まった夜には良く響く。


 達也は慌てて自分の口を(ふさ)ぐ。


 建屋間の距離は、それ程広くはないようだ。少し身が(すく)む思いはしたものの、別段無理をすることもなく隣へと移動することができたのだから。


 思い切り踏み込む足。


 石造りのため、足音が下の建物内に響くようなこともない。取り巻く環境は、徘徊(はいかい)するには適しているとまで言えそうだ。


 ……が、辺りの弱く冷たい光が(かも)し出す雰囲気からなのか、どうしても達也の行動を慎重にさせ……乱暴に言えば腰が引けている。


 問題の絶壁の前へと辿り着いた。


 達也は黙ったまま見上げる。


 その者がちょうど絶壁を登り終えると共に少しこちらを振り向く姿も目視できたが、別段違和感のある行動を取ることもなく、そのまま上に建つ豪邸へと身を(ひそ)める。一瞬、目が合ったのではないかと動きを止めるが……


 達也の眼差しは改めてもう一度、この絶壁に向けられる。


 ここで足を止めていてもどうにもならない。――思い直し、その壁へ手を掛ける。


 前に人が登ったせいだろうか。


 想像以上に……それは岩でできているのだがその起伏が激しく、手当りも良い。都合の良いところに凸凹があるおかげで楽に足を掛けることもできる。


 これならばロッククライミングなど一度もしたことのない達也のような素人であったとしても、何とか登れそうだ。


 順調に手足を進め、岩の壁を登っていく。少し息を弾ませながらリズム良く。その人物は何故ここを登るのに、時間が掛かったのかと思える程。


 もう登り終えるのも時間の問題。


 絶壁の終わり……手を伸ばせばそこへと届きそうなところまで辿り着いた。


 安堵からか、それともずっと見上げたせいで(おろそ)かになったそこへの気掛かりからか……視線が足元を確認する。――実際に自分がどれ程登ったのかを認識させる。


 高いところへ登る鉄則。


 下を見てはならないこと。


 それをすることにより己へその高さを知らしめてしまい、不要に恐怖を刷り込ませてしまうのだ。自分の足元は大丈夫かという不安、どれくらい自分が登ったのかを知りたいという好奇心……様々な誘惑があるがそれに打ち勝ち、見定めるのは目標唯一点のみ。それができなければ……


 達也の体中、まるで海の潮が引くかのように血の気が去っていくのがわかる。――人間の体温とは、こんなにも冷たくなるものだったのか。


 手足も硬直し、縮込まるような感覚。向けた視線を離すこともできす、見るからに固く、闇から浮き出る冷めた白色の屋根……そこへ吸い込まれるようだ。


「おいっ」

 小さいながらも力の入った声。


 いったいこんなところで、何で声を掛けられなければならないのかと、意識と体がずれたまま達也はゆっくりと顔を上げる。


「何をしているんだ?」

 目が合うなり問いかけられる。


 冷たく固い感触はなく、柔らかく暖かい……右手にはその者の手に(つか)まれている。そして、もう片方の手……


 左手は何も(つか)んでいなかったのだ。高低差の終わりである屋根へ吸い込まれそうだという錯覚に(おちい)っていたのだが……


 文字通り本当にそうなる寸前だった。


 現状把握をした達也は震え上がる両手で自分を(つか)んだその手にすがり付く。


「こ、こらっ、私の手ではなく……そこに掴まれ」

 手を差し伸べたその者は苦しそうにそう言いながら耐える……が、片手で人一人の体重を支えるなど到底できず、体ごと絶壁の地面へと叩き付けられる。


 高さ方向の位置が少し下がり、達也の片足が絶壁の凸部分から外れてしまう。


 崩れ転がる小石。しかめるその者の表情――顔に掛かる夜により()せて見える金髪。


「フォルティナ」

 達也は震えの伝わる唇を動かしながら、目の前のその者の名前を呼ぶ。


 そう、目の前で身動きできずに地面へと押し付けられ、金髪を(なび)かせているのは、外に出る原因を作り、そしてこそこそと追い掛け回していた人影……フォルティナその人。


「い、良いから……そこへ(つか)まれ」

 フォルティナは声を震わせ、空いた片手で(そば)の岩肌を指す。


 達也は素直に従うかのように……いや、その片手にも捕まろうとしたのかそれを追い掛け――結果として岩の出っ張りを(つか)むこととなる。


 外れた片足も別の足場を捉える。


 掴まる手が片手になったことにより力の余裕を取り戻したフォルティナは上半身を地面から持ち上げ、引っ張り上げた。達也はその力を借りながらもよじ登り、ようやく平地……富裕層(ふゆうそう)の住宅が建つ大地へと己の体を転がせる。


「いったい……どうしたっていうんだ?」

 フォルティナは尻餅(しりもち)を着き、息を乱して達也を問い質す。


「いや、それは……」

 先程までの張り詰めた緊張から解放されたためか、達也は四つん()いになって息を乱す。


 その問いはこっちの台詞だと指摘したいのだが、言葉もままならない。


「どうせ追いかけて来るなら、もっとスマートにしろ」

 フォルティナは溜め息混じりに言った。


 この言い方……もしかすると初めから尾行されていることに気付いていたのではないだろうか。


 顔を上げる達也であったが、


「まぁ、良い」

 と、フォルティナは言い放つと立ち上がり、手を差し伸べるといった次の行動。


「こんなところでお前を一人にしても……心許ない」


 達也にはフォルティナが何を言っているのか、何をしようとしているのか全くわからない。


「付いて来い」

 フォルティナにとって、そんなものなど不要。そこまで言うと達也の手を取り、引きずり立たせる。


 フォルティナは突然駆け出した。


 達也はそれにより抵抗する間もなく、自らの意志と無関係に走らされる。


 二人が座り込んでいた場所は目の前に建つ豪邸の玄関……はたまた勝手口だったのか明かりが灯り、人の声と気配が迫る。フォルティナはそれから身を隠すかのように近くに積み上げられた岩へ登り、さらに上へ。


 逃げている訳でもなさそうだ。


「いったいどこへ……?」

 耐え切れなくなった達也は弱々しくはあるが、問いかけてみる。


 フォルティナは急に引きつったかのような表情を見せ、挙動不審に人差し指を自分の口へと押し付ける。


 積み上げられた岩から壁、そして庭……それらを経由して進んだ先は豪邸のバルコニー。達也は止められたこともあって声を発することはなかったが、困惑気味にフォルティナの顔を覗き込みながらも後へと続く。


 ここはもう一民家の敷地内。――本当に良いのだろうか。


 目の前にそびえ立つ……その表現がまさにしっくり来るような巨大な窓。何より意外だったのは、その窓が透明である――ガラス製であるということ。


 今まで石製、木製であるものは目にして来たけれど、それを目の前にすることはなかった。この世界にもガラスという材質はあったようだ。


 その家の壁に触れてみた。暗がかりのため良くわからないが、石製とは質が違うようにも感じられる。


 フォルティナは達也に構わず、何やらガラス製である場違いな窓をごそごそと触っている。そのことに気が付き、少し意識をそちらへ向けた瞬間、


「お、おいっ!何をしているんだ!」

 思わず達也の大声が上がった。


 結果として、いきなり開けられたガラス製の窓。開け放たれたその窓に何の疑問や躊躇(ちゅうちょ)もなく、フォルティナが侵入したのだ。民家……少なくとも他人の家に無断でかつ、窓から侵入するなど、それはまるで……


 フォルティナの動きが完全に凍り付く。


 慌しい足音と飛び交う人の声。――この豪邸内の明かりが押し迫るかのように順々と灯される。


「ちっ」

 フォルティナは小さく舌打ちすると振り返り、達也の手を乱暴に取って再び走り出す。


 後方では何かを警告するような警笛が鳴り響く。


 どれ程時間が過ぎたのだろう。


 しばらくはその警笛と、ざわめく人の声と足音がまとわり付くかのように通過していたが、それも一通りやり過ごし、また静けさを取り戻しつつある夜。


 達也はフォルティナの横に腰を下ろし、何かの壁に背中を預けている。――ここは夜でも影となる場所。


「どうしてくれるんだ」

 落ち着きを取り戻した周りを察知し、口を開くフォルティナ。未だその息は整っていない。


 声に力が入り切らないのだろうが、かなり不機嫌になっていることは受け取れる。


 達也は横目で確認する。――各言う自身も息が乱れ、この問いに答えることがままならぬ状態。


「これだから夜一人で出たというのに……追い掛けて来るだけ来て、結局は邪魔しやがって……」

 続く愚痴で責める。


 達也はその言葉に対しても何も言わなかった。息が切れている……それだけの理由ではない。


 言葉が見つからない。


 本当にそれがぴったりと当てはまった。達也は無表情にフォルティナを見つめる。


「な、何だ?」

 少し身を引き、口ごもりながらもその表情を指摘する。


 軽蔑なのか、それとも同情か。


「何だ?何が悪いって言うんだ?金持ちの……泡銭(あぶくぜに)を盗み、有効活用して何が悪いって言うんだ?」

 フォルティナは立ち上がると、まさにそれが正論だと言いながらオーバーアクションに両手を広げる。


 達也は目を逸らし、少し首を傾げる。


 達也はこの世界の住人ではない。


 この世界の常識も知らない。そして正義とは、その常識の上に成り立つもの。


 正義は普遍(ふへん)で、絶対的なものと勘違いする場合が多いがそうではない。常識、主義、主観により形を変えるもの。フォルティナの行動を目の当りにして思わず声を上げてしまったものの、別に責めたつもりでもなかった。


 そう、この世界の正義を知らないのだ。


 フォルティナがどのように捉えたのかはわからない。落ち着きを取り戻したのか深く溜め息を吐くと座り直す。


「トレジャーハンターと言えば聞こえは良いが、それだけでは女一人で生きていけないんだ」

 フォルティナはしんみりと口を開く。


 達也はその横顔を眺める。――暗闇の中でもわかる寂しそうなその横顔。


「発掘はし尽され、遺跡の数などは知れたもの。その中で、さらに金になる仕事など、まさに一握り」

 トレジャーハンターはコンスタントにお金になる商売ではない。一攫千金(いっかくせんきん)……博打(ばくち)的な要素が強く、またお金も入り用……どの世界でも一緒という訳だ。


 そこまで言葉で名言はしなかったが、フォルティナの言動が物語っている。


「私は体を売っている訳でもないから……」

 フォルティナは達也の方へ振り向き、そう追加する。


「だから金持ちから金品を盗み、生計の足しにしていたんだ」


 港町という場所は流通が良いため、お金の流れも良いらしい。お金の流れの良いところにはお金の持つ者が集まる――そう言った相乗効果により、港町には少なからずどの町も商業が盛んで、さらには富裕層(ふゆうそう)を生む。


 このウィン・リバイも例外ではなく、お金を稼ぐのにはまたとない機会であったとも言える。


「こんなことをタツヤへ話しても無駄か」

 不意にフォルティナは諦めたかのように呟く。


「理解もできていないようだし……」

 フォルティナは冷めた視線を達也へ向ける。


「わかろうともしていないだろ?」


 その達也と言えば暗く沈み、瞳がぼうっと何か考え込んでいるかのように(うつ)ろで、話しかけられているそれに対しても無反応。


「それとも……私を軽蔑(けいべつ)するか?」

 確かにそう捉えられても仕方がない。


「そうだろうな。タツヤがそう思うのも無理はない」

 別にそういう訳ではない。


 達也自身人並みに……所謂(いわゆる)、悪さというものもして来た。羽目を外すことだってある。綺麗事で世間を渡っていけないことぐらいも、重々わかっているつもりだ。


 それは自分でも戸惑う感情。見た目は美しい女性であるフォルティナの裏に隠された顔……おそらく単純にショックを受け、気持ちのやり場を失っているに過ぎないのだとも思える。


 達也は意を決したのか、口を開き掛けたが……


「記憶がないとか、違う世界の人間だとか……」

 と、フォルティナが先にそれを(さえぎ)る。


「狂っているふりをすれば他人の同情を買い、それを(かて)に生きているようなお前には……」

 そして付け加えられる言葉。


「私を理解しようとするのは苦痛だろ?」


 達也は目元を吊り上げた。


 それを見てもなお、じっと目を逸らすことのないフォルティナ。口が一文字に結ばれ、漏れるその力により震えている。


 抑え切れない苛立ちという名の感情を当たり散らしているに過ぎない。達也自身もそう言った「感情的」になることもあったが……


「やけに絡んで来るじゃないか」

 それを他人にされて容認できる程お人好しでもなければ、器の大きな人間でもない。


「何?」

 フォルティナは額に青筋を立て、声を荒げながら再びその場に立つ。


 達也もそれを追い掛けるかのように意気揚々(いきようよう)と立ち上がり、怒りに歪む顔に自分の顔を近付ける。


「こっちの台詞だ」

 達也は吐き捨てた。


「今まで親身になってくれていると思えば……結局はその程度。俺の話なんか、狂ったふりをした妄想に過ぎないんだろ?」


 フォルティナははっと息を飲む。怒りに任せて言葉の暴力をぶちまけてしまったが……気まずそうに(うつむ)く。


「現実を見ていない俺が、現実たるための裏の部分……それを見ることに、耐え切れないとでも言いたいのか?」

 達也の声は徐々に強くなり、フォルティナを責め立てる。


「い、いや……」

 フォルティナは視線すら逸らし、消えるような声で否定する。


「ふざけるな!」

 達也は覗き込み、顔を近付けながら(すご)む。近過ぎるそれに、フォルティナは顔を上げてその身を仰け反らす。


「俺だって綺麗事だけで生きていけるなんて思ってもいないし、理解だってしている」


 元いた世界でも建前と本音、裏と表……善と悪は存在し、それら片方だけでも世の中は渡り歩くことができない。――表裏を()がすことはできないのだ。


 それが自然の摂理。実はどんな人間でも本能的にそれを察知しているもの。


「泥棒が何だって言うんだ?生きるために必要なことなら、そんなことはどうでも良いだろ?」


 フォルティナはその言葉に目を丸くする。


「タツヤ……お前……?」

 次に、勢いで口走ったのは達也の方。自らがそれに気が付いたのか慌てて口を両手で押さえ、顔を伏せると一つ咳払いをする。


「何がわかるって言うんだ」

 達也は続ける。


「全く違った世界に突然置き去りにされ、右も左もわからず……」

 達也はフォルティナへ背中を向ける。


「常識も通用しない。懸命(けんめい)に馴染もうと空元気を出すと調子に乗るなと一喝され……」

 良き理解者だと思い、また親身になって助けてくれたと思っていた者からは「狂ったふりをした現実逃避者」として扱われる。わかっていたことなのかもしれないが……


 達也の胸中には悲壮感しかない。


「何がわかる」

 その背中は震えている。――これは不幸の自慢大会か。


「教えてくれないか」

 それは話の流れを切ることなく、自然と聞こえて来る。達也は聞き入れた己の耳を疑いながらもゆっくりと振り向く。


 そこには手を差し伸べるフォルティナの姿。先程とは打って変わって表情も落ち着いている。


「タツヤが住んでいた世界、どのような生活をしていたのか……」

 生まれて来てから今日までの……その歩みの全てを。


「全てを教えてくれないか」

 それで互いに隠し事はなしにしようと言っているかのよう。


 あくまでその言葉を聞いた達也の主観かもしれない。なおも手を差し伸べたまま繰り返すフォルティナへ、その意図を確認する度胸……


 達也にそれを持つことが、どうしてもできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ