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Another 36.28  作者: 高田 勲武
1.その先の向こう側
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発端

酷評にて落選した作品ですが、作者自身は愛している作品です。(作品は作者がまず愛さなければ、誰が好きになって頂けるのでしょう?)

webでの掲載ですので、元の作品よりなるべく見やすくと見た目修正および、気になるところは加筆しております。

皆様に読んで頂き、感想を頂けましたら光栄です。

良い作品に成長できればと思っております。

 男は操り人形の糸が切れたかのように力なく、その場へ(ひざまず)いた。そしてその後、地面へと突き刺さる、幾重(いくえ)にも異なった金属片が重なる異形の剣へその上半身を預ける。


 息は乱れ、言葉を発することもできない。


 辺りは見渡す限りの荒野。その一角、男自身の傍には山積みにされたガラクタ。それは男が良く知る車やバイクなど、機械類のスクラップで構成される。違和感を覚える見慣れぬ荒れた大地より、その使い物にならなくなったが、見慣れたスクラップの方がいくらか安心できる存在であるというものだ。


 男の名前は鈴木達也(すずきたつや)。何とも有り触れた名前と自覚してか、知人には苗字で呼ばせていない。そう、それはあまり親しくない者であったとしてもだ。


 だからと言って、呼ばせている「達也」という名前自身も十分、有り触れているのだが……


 その風景には似合わぬ機械的で重量感のある異形の剣。地面へと突き刺さるそれと、その地面との間に存在し、貫かれたそれ……人ではない、いや、それでありながら人型の……この世界の人間なのだろうか。


 達也が理解できないものであった。もう生命の動きを止め……そもそも初めからそれは生命的な動きをしていなかったが今はその動きすら止め、静かにその荒れた大地へ横たわる。


 剣により貫いた、その傷口からは静かに火花が走る。


 達也は自分を落ち着かせるためか、静かに息を吐く。頭の中が混乱し、自分自身が何も理解できていない。何故、自分がここにいるのかさえ。


 少し思い出す必要があるようだ。達也は自分の記憶を辿(たど)ってみる。


 ――それは思い付きの、たった一言から始まった。


「この近くに心霊スポットがあるのを知っているか?」

 暗闇の中、橙色の局所的な光に、ぼんやりと照らされた男の瞳が好奇心に輝く。


 そう何気ない、このたった一言。物語の始まりとは、こんなものなのかもしれない。


「はあ?」

 吐く吐息と共に漏れる煙で、その表情を隠しながら達也は振り向く。そして、

「お前、そんなものに興味あるのか?」

 と、大人ぶったような声色で言葉を追加する。面倒臭そうな素振りと眉間に(しわ)を寄せるといった演技をし、それがいかにも格好良いと勘違いしているかのように。


 しかし夜も更けたこの時間、そんな細かい素振りが相手に伝わる筈もない。


「初耳だね」

 その言葉に話題を切り出した男は不機嫌に顔を伏せ、手に持った橙色の火が(とも)ったものを地面へ投げ捨てる。


 この男、シュウジと呼ばれていた。素性は知らない。偶然街のゲームセンターで知り合い、そこから気が合うとしてたまに会い、夜の街を共に徘徊(はいかい)していた。唯、毎回それではいくら何でも飽きが来てしまうため、今日は趣向を変え、公園のベンチへ共に腰を下ろしていたに過ぎない。


 暗闇の公園。ベンチにブランコ、滑り台、そして砂場と一通りのものが揃っているが、どれも小さな子供を対象としているのか、それら全て小型で公園自体の面積も小さい。場所も隅とはいえ、団地内に存在するのだが、今の時間に人の姿おろか、物音一つしない。


 その公園の片隅には二台、寄り添うようにバイクが並ぶ。


「何だ、怖いのか?」

 シュウジは不意に不敵な笑みと共に達也へ語り掛ける。


「な、何だよ、それ?」

 突然の振りに達也の声が不自然に高鳴る。シュウジはその達也の仕草を見て吹き出してしまった。


「なーんだ、図星か……」

 そう言って静かに笑う、その笑い声は止まらない。


「そんなことあるか!」

 達也は声を荒げると立ち上がり、その苛立ちを火の灯ったものを地面へ投げ付けることによって表現する。必死に否定する姿が怪しいとばかりに、シュウジの笑い声に拍車が掛かる。


「だいたい良い歳して、幽霊をまともに信じる方が、どうかしている!」

 シュウジはその言葉にぴたっと笑い声を止め、立ち上がると真面目な表情で達也へその顔を近付ける。


「ほう。達也は幽霊を信じないのか?」

 思いの他、真剣に確認を取るかのような口調のシュウジ。達也は少し顔を引きつらせ、顔を後へ引きながら生唾を一口飲み込む。


「お、おう」

 その返事も、どこかぎこちない。


「じゃあ、今から肝試しをしよう」

 達也のその返事を満足そうに聞き入れ、シュウジはにかっと微笑みを浮かべながら言った。


 突然の提案に、達也は戸惑いながらも反論の言葉を口にしようとするが、

「先に悲鳴を上げたり、逃げたりしたら負けだ」

 と、その言葉が口に出る前にシュウジの言葉が被さってしまう。


「負けた奴が明日の夕飯を(おご)るっていうのはどうだ?」


 ここまで言われると、体裁(ていさい)を気にする達也は何も言えない。


「あ、ああ、いいだろう。その賭け、乗った」

 戸惑いを噛み殺しながらも懸命に今できる、最大の強がりを達也は見せる。シュウジは再び口元を緩める。


「じゃあ、行こうか」


 シュウジは(おもむろ)に公園の片隅に並ぶ二台のバイク、その片割れである黒ずくめのスクーターへと歩み寄るとそのシートを開け、その中からヘルメットを取り出して再びそれを閉める。達也は少々挙動不審に(おちい)りながらもシュウジの呼び掛けに答え、スクーターの横に並ぶバイクへと小走りに駆け寄るが、

「あ」

 と、何かを思い出し方のように、不意に声を上げる。


「ん?」

 シュウジは一瞬動きを止め、思考を()せている達也へ問い掛けながらもスクーターへ(またが)り、無造作にヘルメットを(かぶ)る。


「それで……行くのか?」

 達也はそのスクーターを指差し、呆れたような口調で言った。


 スクーターと自分が駆け寄ったバイクを交互に見る。シュウジが(またが)るバイクは50ccのスクーター。達也が駆け寄ったそのバイクは250ccのスポーツタイプ。


「ああ」

 シュウジは達也の指摘の真意に気付いたのか、相槌(あいづち)を打つかのように理解の声を上げると、

「俺がナビするから、お前が引っ張ってくれよ」

 と、そうすることが、さも当然かのような口調で付け加える。


 達也は見せ付けるかのように溜め息を付く。


 頑張って達也のバイクについて行く、またはスクーターの速度に合わせて走るや、達也のバイクで二人乗りをして行くなどという様々に考えられる選択肢は完全に排除されているようだ。シュウジは(はな)から達也へ引っ張ってもらい、楽をするということしか考えていない。


「わかったよ」

 達也は諦めたかのような口調で呟き、ヘルメットを(かぶ)る。250ccの、その自分のバイクへ(またが)りながらエンジンを掛ける。


 静まり返り、車通りのない深夜。公園の傍でバイクの騒々しいエンジン音だけが鳴り響く。


「掴まれ」

 少々、不機嫌とまで聞こえる達也の声。バイクが発するエンジン音とは対照的に小声で、そして呟くような声であったが、シュウジは何も反論することなく、また聞き逃すこともなく、素直にその言葉に従う。


 達也は自分の肩にシュウジの手が掴まったのをその身に伝わる感触で察知すると、ハンドルの左側にあるレバーを握り締め、足元に生えるペダル、その左側のペダルを踏み込む。


 バイクからはそれに呼応するかのように機械的に何かが噛み合う音。


 一つ、大きく揺れる。続けて達也はハンドル右側のスロットル、アクセルを開けながら左手で握り締めたレバーをゆっくりと離した。バイクはエンジンの掛かっていないスクーターごと、その上に乗るシュウジを引っ張りながら、ゆっくりと走り出す。


「お、お、おおっ」

 自分の意識とは無関係に引っ張られる感覚に、シュウジは戸惑いながらも歓喜の声を上げた。達也は続け様にバイクのチェンジを上げていき、それに伴い発生するリズミカルな機械的な音と共にバイクは加速していく。


「どうでも良いけど、ちゃんとナビしてくれよ?」

 達也はバイクを無意識下、何の苦痛もなく惰性(だせい)で操作しながらも呆れ果てたかのように言った。


「わかっているよ!」

 シュウジは大声で答える。


 何もシュウジは達也の態度で気を悪くした訳ではない。


 達也に掴まり、さらにはこの深夜の暗闇。こんな状態では達也のちょっとした態度や声色など、判別できる筈もない。


 そう、達也の心情など伝わる筈がないのだ。単純に、それだけの声を上げなければ自分の耳に……強いては相手にその声が届かない。――唯、それだけである。


 既にバイクはそれだけの騒音、そこまでの速度へと達していた。速度メーターを見ると既に40辺りを指針が指す。


 漆黒の闇……と言えば、少々大げさな表現である。


 街灯もあるし、その役目を果たさず、休息に入った信号機も点滅している。いや、何よりもバイク自体がヘッドライトより光を発しているのだから。


 だが逆に言えば、それしか存在しなかった。


 車一つ、自転車一つ、人一人見かけることもなければ、辺りの民家に明かりが灯されていることもない。耳に入る音としてはバイクのエンジンが(うな)る音、走る風切り音。そして、たまに入るシュウジの茶々を入れるような道案内の声。


 物寂しさを感じる。


 シュウジの指示に従い、バイクは上り坂に進路を取った。その先は「峠」と称されるような山道。バイクは何の負荷もなく、山道連なるその道へと差し掛かる。


 シュウジは少し溜め息を吐いてエンジンを切り、達也のバイクに成すがままになっている己のスクーターへ目線を下ろす。バイクのスタートダッシュの時にも感じたのだが、やはりスクーターとは走りの質が違う。ここまで早く加速しなければ、上り坂では馬力が足りず、回転数を上げなければ減速していく。


 確かに小回りが利き、取り回しは便利なのだが……


 シュウジは本気でスクーターではなく、もっと大きなバイクへの乗り換えを考える。達也にその憂鬱(ゆううつ)は伝わらない。


 達也はシュウジの指示に従ってゆっくりとバイクを減速し、その場に止めた。


 そこは曲がりくねった峠の一本道の途中。目の前にはその道を飲み込むように(そび)え立つ、長く薄暗いトンネル。シュウジは達也から手を離し、そのトンネルをそっと指差す。


「ここが言っていた・・・」

「心霊スポットか?」


 シュウジの言葉を(さえぎ)るように達也は言った。


 高まる緊張感。恐怖を感じないと言えば嘘となる。自分の意思とは無関係に高鳴る心臓の鼓動(こどう)がそれを証明する。


 達也が(またが)るバイク以外に発することのない音、光。その無機質な圧迫感と、(いわ)れのあるトンネルからの、(にじ)み出るかのような雰囲気。確かにそこに、心霊スポットだと言われるだけのものがあった。


 しかし他のトンネル、いや、他の場所ならばどうだろうか。この不安により、心が押し潰されるような感覚は深夜の暗闇、物静けさが伝えるだけのものではないのだろうか。その問い掛けによる自問自答が、(はた)から冷静だと思われるその口調へと導く。


「ああ」

 シュウジは唯、達也のその語り掛けを肯定する。そして、

「このトンネルを深夜通る時、幽霊が目撃されているんだ」

 と、その返事の後に付け加える。


 それは様々な雑誌に寄せられている、所謂(いわゆる)、良く知られた非現実な心霊現象を現実へと導く道標。正直シュウジ自身、その情報を目にする度に捉えようのない恐怖で身を震わせたものだ。そしてさらには、

「このトンネルで幽霊に会い、行方不明になった奴もいるそうだ」

 と、いう(うわさ)までもが立っている。


 達也はシュウジのその言葉に息を飲む。


「悲鳴を上げたり、逃げたりしたら負け・・・だよな?」

 達也は緊張の(おもむ)きで、確認の言葉をシュウジへと掛ける。震える声を(さと)られまいと声に力を入れて。シュウジはゆっくりと頷き、達也の言葉を肯定する。


「ああ。目も(つむ)らず、声も上げず、冷静にこのトンネルを通過できた奴の勝ちだ」

 達也は空元気に、声を押し殺しながら鼻で笑う。


「簡単じゃないか」

 だが、発したその声は震えてしまう。


 単純に少々不気味な、そして薄暗く長いトンネルを通過するだけ。行動としてはたったそれだけ。そして、それは特別なことでもなければ、普通に考えれば数分で終わるような出来事。そんなことを態々(わざわざ)取り上げて、大げさにすることでもない。


 そう、それが本当に幽霊を噂するだけの、唯のトンネルならば。


 シュウジは何も語らず、まるでそれが当然かのように再び達也の肩へと手を置いた。ここへ来た方法と同様、トンネル内も達也のバイクに引っ張られての移動をするつもりのようだ。達也は唯単に、その(わずら)わしさに静かな溜め息を付く。


「わかったよ」

 達也は肯定の言葉を発しながら一つ、スロットルを大きく開ける。


 一呼吸のずれと共に、そのバイクのエンジンは(うな)り声を上げる。


 シュウジの、達也の肩に掛かったその手に力が入った。達也はそれを肩で確認すると、ふと何かを思い付いたかのようにバイクのスロットルから右手を離し、その手で自分のポケットに忍ばせたコインを一つ取り出す。


「行くぞ」

 そのコインを握り締めたまま、再び右手でバイクのスロットルへ手を掛け、そのスロットルを開けながら左手で握り締めたレバーをゆっくり離す。


 真剣な眼差しで、じっとトンネルの一点を見つめるシュウジには達也のその行動が目に入らない。


 バイクはシュウジを引っ張ったまま軽快なチェンジの切り替え音と共に加速していく。そして、ある程度の速度に加速した段階で達也はスロットルの隙間へ、そのコインを挟み込む。


「ああ、お前っ!」

 その時になってシュウジは達也の、その不審な行動に気が付く。


 スロットルの隙間へコインを挟み込む行動。それはその位置を固定するためのものであり、本来、バイクを手離しで、さらに定速走行する際の手法である。スロットルがある一定の位置で固定されるため基本、安全運転の思想から外れ、推奨されるものではない。しかし現状の場合……その利点に気付いてかシュウジから、あからさまな不満の声が上がる。


「お互い様だろ?」

 達也は横目でシュウジを冷たく見下しながら言った。


 エンジンを切り、他人任せで走行するスクーター。そこにシュウジの意思はまったく含まれない。それはコインによりスロットルを固定されたバイクと本質的に大差はないだろう。


 シュウジは少し流し目で達也を見て微笑を含ませると、何も言わないまま正面を向き直す。


 達也達が問題のトンネル内へと差し掛かった。達也のバイクの速度メーターは60キロメートル辺りを指し、安定している。トンネル内ではその側面上側の、橙色の電灯が(まば)らに発光している。


 達也は少し頭を振り、もう一度目の前を見つめ直した。


 その(まば)らな電灯。それが隣の光と干渉し、曲線を描く。――おかしい。


 達也はもう一度、バイクの速度メーターを見た。


 何度見ても速度メーターの指針は60辺り……つまりは時速60キロメートルと言っている。スロットルが固定されているため、その指針もぶれているなんてこともない。


 速度メーターが壊れているとでも言うのだろうか。


 トンネル内の電灯は達也の思考を無視するかのように糸を引き、その隣同士を(つな)ぐその曲線が幻想的に周囲を取り囲む。


 確かに速度が速い場合、電灯と電灯の間が干渉し合い、それが幻想的に映し出す場合がある。その風景に目を奪われ、道路に吸い込まれ……バイクが速度の出し過ぎで事故を起こす一つのケースである。


 しかし、今回はそんな現象を起こす程の速度ではない。音はバイクのエンジン音と風切り音のみ。――その筈だった。


 それは何かそう、人が恨めしそうに(うな)る声。


 何度か首を振って(まばた)きをしてもその光景が消えない達也自身が音をそう認識した時、それは眼下に広がった。


 トンネル内を照らす橙色の電灯。その電灯の隣同士を繋ぐ光の糸。その糸とその電灯がそれを形成する。


 人の顔。それはどれも苦痛に歪み、その一つ一つが苦悩の(うな)り声を上げているかのよう。人面は目の前に無数に広がり、達也達を見つめる。


「ひっ!」

 シュウジは短い悲鳴を上げ、達也の肩に掴まるその手の力を強める。


 光により映し出された人の顔達は消えることなく……さらに達也達へ何か助けを求めるかのように(まと)わり付く。


 二人が行っていた賭け事。結果は、本来ならば悲鳴を上げたシュウジの負け。


 だが、達也自身にそんな思想、微塵にも浮かぶことがなかった。それおろか雰囲気に飲み込まれ、声一つ発することのできない達也にとって、少しでも声を上げることができたシュウジに敬服すら感じていた。


 辺りに浮かぶ人の顔はより大きく、より鮮明に……さらに数を増やし、そしてさらに達也達へと迫り来る。トンネル内の明かりがやけに明るく感じる。


 達也は自分を取り囲み、(まと)わり付きながら苦悩の声を上げる人面達に、半狂乱になりながらも必死にブレーキを掛けようと右手側にあるレバーを握り締めようとするが……


 右手に上手く力が入らない。


 その右腕に掛かる重さと身動きを許さぬ力。そこに体全体の体重でぶらさがるシュウジの姿。達也が動かそうにも、それに抵抗するかのようにシュウジは逆らう。


「は、離せっ!」

 達也は当り散らすかのように余裕のない声を荒げた。


 しかし、既に二人の精神状態はまともではない。シュウジには届く筈もない。助けを求めるような奇声を発しながら、なおも懸命(けんめい)に達也の体へとしがみ付く。


 達也はバイクのスロットルから手を離す。


 達也の全ての行動に対し、逆らうように掛かるシュウジの力。それに逆らい、ようやくできた唯一の行動。


 だが、バイクは普段の挙動を示さなかった。普段ならばエンジンブレーキが掛かり……走行しているバイクのチェンジにもよるが、少なくともバイクは減速するもの。しかし現実にはスロットルが戻らず、バイクの速度が減速することもない。


 達也にはもう冷静な判断を下す思考回路が切れてしまっていた。


 何故バイクのスロットルが戻らないのか、その現状を見極める判断力、バイクを止めるその他の方法の模索、そう言ったものは完全にかき消され、唯乱暴にバイクを振り回すのみ。バイクは大きく蛇行し、無数の人の顔がそのバイクの車体、達也やシュウジの体自身に……その人の顔は実体を持たないようだ。


 バイク、体といった実体は()り抜け・・・だが、まるでその虚像(きょぞう)が実体へと絡みつくかのようにくっ付き、離れない。


 達也の精神をさらに(むしば)んでいく。


「離せ!」

 達也はもう一度大声を上げ、シュウジへ向けて足を上げた。暴れる中、出した達也の足が本当にシュウジを捉えたのか、二人の態勢は大きく崩れる。


「い、嫌だ・・・た、助けて・・・」


 シュウジの口から出る消えるような微かな声。


 その姿はいつもの強気で、自分の周りにはいない存在として……友達として接することができることを自慢とさえ思っていた、あのシュウジはどこにもいない。それが余計に達也の苛立ちを募らせる。


 シュウジの、達也へと掴まる力はさらに強くなる。


「離せって言っているだろ!」

 達也は怒りすら含めた声で荒げ、再び自分へと絡みつくシュウジへ蹴りを入れる。


 前よりも強い力で。そして一発ではなく何発も。


 何回目の蹴りだろうか。達也とシュウジは切り離され、そしてそれぞれが大きく揺れる。


 目の前には暗い穴から入り込むような眩いばかりの光が確認できる。トンネルの出口が近いのだ。


 達也はふと我に返る。


 いや、今は夜の筈。いかにトンネルの出口といえど、そんなに明るい筈がない。


 達也にはもう、バイクの止まり方をどうこう考える余裕はない。バイクのレバーというレバー、ペダルというペダル、両手両足で握り締め、そして踏み付ける。


 バイクからは歯車が挟まったような……機械の何かが壊れるような音。(またが)る達也を振り払うかのような横ぶれ。タイヤは女性の悲鳴のような甲高い金きり音を上げ、急速に減速していくのがわかる。


 バイク、いや、達也の体自身にも(まと)わり付いていた人の顔はまるで砂の作り物のように崩れ、光の粒となって離れていく。


 達也はその、幻想的な光の砂を視線で追った。


 自分の周りの人の顔が消えたことにより安堵を覚えたからなのかもしれない。光の砂があまりに美しく、現実逃避をしたのかもしれない。


 だが、送った視線の先は、そんな生易しい光景ではなかった。


 達也の視線の先にはシュウジの姿。減速することも許されず、蛇行するエンジンが切れたスクーター。そこに橙色の光で形成された人の顔が群がる。それはまるでシュウジを取り込むかのよう。


 実際、その輪郭(りんかく)はほとんど確認できない。


「た、たつ・・・や・・・」

 消えるかのような声と共にシュウジの肉体は達也を追い抜き、出口と見間違えた光の穴へと溶け込んでいく。達也は何も声を発することはできない。唯、唖然(あぜん)と、その行く末を見守るのみ。


 突然、達也の目の前に火の粉が降り掛かる。


何故、そんなものが自分に降り掛かるのかと疑問が浮かんだ瞬間、体の至るところに走る熱いと思える程の痛みと衝撃。そして、不意に目の前に今まで自分が(またが)っていたバイクの荒れ狂う姿が飛び込んで来る。


 急激な減速によりコントロール不能になったバイクに、いつの間にか振り落とされてしまっていたようだ。


 もう、何が何だか認識できていない。どちらが上でどちらが下か……左右、方向もわからない。唯、今シュウジが消えていった、あの光の穴に達也の体自身も向かっていることだけ。


 達也は恐怖を感じた。シュウジ同様、あの光に飲み込まれてしまうのか。


 だが、抵抗しようにもアスファルトとトンネルの薄暗い明かりで揉みくしゃにされ、何もすることができない。自分の体がその光の穴に溶け込む感覚が伝わって来る。――もう駄目だ。達也はその目を(つむ)る。


 達也の視界は暗闇に支配される。唯、体に走る痛みと衝撃、意思とは関係なしに振り回される体の感覚のみ。


 しかし、それもしばらくすると納まっていた。達也は恐る恐る目を見開く。


 眼前に広がるのはアスファルトとそれにしがみ付くかのように立つ物静かなトンネル。達也はゆっくりとそのアスファルトに寝そべるかのように仰向けになる。


「くっ!」

 全身を貫くような鈍い痛み。息苦しく咳き込むが、その咳すら上手くできずに気管へ何かが入り込む。


 (きし)むような激痛。目の前には暗闇に(まば)らで小さな光。――夜の空。


 俺は無事なのか。


 達也は暗闇に囚われた。


本作品は自身で元ネタを持っておりますので、短周期でアップしていこうと思っております。

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