宿題
GW最終日の朝。
少年は自分の部屋で起きた。
閉じられたカーテンからは、朝日が漏れ出しいい天気であることがうかがわれる。
「さて、今日は何をしようかな?」
少年は寝ぼけた頭で考えた。
しかし、既に今日することは決まっていた。
少年は一人で朝ごはんを食べる。
少年の両親は忙しく、GWの今日も仕事だ。
食べ終わって、食器の片づけをする。
そしてリビングでテレビを見ていると、玄関のチャイムが鳴った。
「ついに、来たか」
少年はそれを予想済みだった。
手にあるものを持って、玄関に出て行く。
少年が扉を開けると、そこには少女がいた。
「おはよう」
「おはよう」
お互いに挨拶をする二人。
少年が口を開く。
「で、今日は何の用? ……って、決まってるか。宿題終わっていないんでしょ?」
「すごーい。よく分かったね。そうだよ」
「……どれぐらい残っているの?」
「全部」
少女は何故か微笑みながらそう言った。
少女は俗に言う、いい女であった。
顔も良く、成績も優秀で、性格が良かった。
いろんな褒め言葉が、少女に当てはまった。
しかし、「計画性」という言葉だけは少女には当てはまらなかったようだ。
対して、少年は「平凡」という言葉を体現するがごとく何も無かった。
悪いところも無ければ、良いところも無かった。
そんな二人は隣同士の家に住む、幼なじみ、だった。
一週間分とはいえ全部していないとは、少年は頭を痛くした。
「……で宿題を見せて欲しいと」
「そうだよ」
少年は手に持っていた物を少女に渡した。
「はい。これ宿題。全部解き終わっているから」
少年は少女が宿題が終わっていないことを予想済みだった。
毎回、毎回長期休みの終わりが近づくたびに、宿題を手伝わされておいて、予想できないほうがおかしい。
少年もある程度計画性があるとはいえ、やはり休みの最後の方まで少し宿題が残る。
休みの終わりごろには毎回、自分の宿題と少女の宿題で忙しかった。
そこで今回、少年は一念発起して宿題を早めに終わらせた。
少女は驚いて言った。
「おお、今回は宿題もう終わってるんだ」
「持って帰って、宿題を写していいよ」
いつもは少年も宿題をしないといけないため、少年の部屋で、なし崩し的に勉強会みたいになっていた。
しかし今回少年は宿題を終えているため、少女を家から追い払う予定だった。
少年は玄関の扉に手をかけて閉めようとする。
それを少女が止めた。
「ちょっと、待ってよ」
「どうして」
「手伝ってくれよ」
「嫌だ」
少年は、きっぱりと言う。
「いつも手伝ってくれるだろ」
「やっぱり、宿題は自分でするものだと思うんだ」
「どうしてそんなつれない事を言うんだよ。私とおまえの仲じゃないか」
「いつも宿題をさせられている仲か?」
「あーもう。そんなことを言うなら、幼稚園のころの、あの秘密を学校でばらすぞ」
「それなら、こっちも小学校のころの、あの秘密をばらすぞ」
お互いに脅迫できる場合、それはもう脅迫ではない。
そこで少女がいきなり黙り込んで、考え始めた。
疑問に思った少年が声をかける。
「どうした?」
「……ごめん。いつも迷惑をかけてばかりで。私もこれじゃいけないとは思っているんだ。でも長期休みのたびに、テンションが上がって宿題をすることを忘れて……。毎回甘えてごめんな。……徹夜すれば終わると思うし、自分でがんばるよ。宿題の答えを貸してくれてありがとな」
少女の目は本気だ。
今までふざけているように見えたが、本当は悪いと思っていたんだろう。
少女が玄関の扉を閉めようとする。
「ちょっと、待てよ」
扉が閉まりきる前に、声を出す。
「何?」
「そこまで反省してるならいいよ。宿題、手伝ってやるよ」
「えっ?」
「……どうせ、今日もやることないしな。暇つぶしにはなるだろうよ。その代わり次の長期休みは早めに宿題を終わらせろよ」
「……うん」
「早く入れよ。さっさと終わらせるぞ」
「……うん! ありがとう!」
そう言って満面の笑みを浮かべる少女。
その笑顔は反則だ。見ているだけで心が温かくなる無邪気な笑顔。
しかし、その笑顔を見るたびに思う。
俺はその笑顔を向けられるだけの価値があるのだろうか。
俺とおまえは幼なじみなだけで、平凡な俺は、完璧少女のおまえとは、つりあわないってのに。
それなのに、この笑顔を……。
少年は苦い思いを噛み締めながら、少女を家に招いた。
二人は少年の部屋で宿題をしていた。
時刻は朝が過ぎ、昼も過ぎ、夕方である。
少年と少女はほとんど雑談をすることも無く、一心不乱に宿題をした。
さいわい、少年は一回やったことのある宿題だし、少女は計画性は無いが頭は良かったため、宿題は順調に終わっていった。
そして、
「終わったー!」
「あっ、ちょっと待て。……よし、終わったー!」
部屋には二人の叫びが響いた。
全て宿題が終わったようである。
「よし、やっと終わったな」
「いえーい」
少女はハイテンションに、ハイタッチを求めてくる。
少年は苦笑しながら応じた。
「はいはい。いえーい」
ぱちん、と音が鳴った。
「本当に助けてくれて、ありがとな。私一人だったらどれだけかかったか」
「これに懲りたら、次からは早めに終わらせるんだぞ」
「はーい」
このやり取りも何回もしてきたものだ。
次こそは早めに終わらせる、と少女は約束するが、結果は同じだ。
そして少年は、あることを思い出した。
「そうだ、あれを渡さないと」
「何だ?」
そして少年はカバンから便箋を取り出した。
正面にハートマークのシールで封をされている。
「……そ、それって」
「ああ、ラブレターだ」
何でもないことのように少年は言って、それを渡した。
いきなりのことに少女があわてる。
「ラ、ラブレター! お、おまえ直接言う勇気が無いからってそんな……。けど決心してく」
「何を勘違いしているんだ?」
少年は、少女の言葉をさえぎる。
「これは俺からじゃないぞ」
「……えっ」
「友達が、先輩から渡してくれって頼まれたみたいだ。それをまた俺が渡してくれ、と頼まれたってわけ」
少女は意味が分からないという顔をする。
「GW前に渡されていたんだけど、すっかり忘れていたよ。返事してやれよな」
少年は愛想笑いのような笑みを浮かべている。
「……何よそれ」
少女はその表情が気に食わなかった。
怒りに任せて、手紙を破り捨てる。
「おい! 何てことするんだ! せめて読ん」
「何よそれ! 何で、そんなへらへら笑っているの! 何で、何でもないことのように他人のラブレターを私に渡すの! 私のことを、何とも思ってないわけ!? 私なんてただの幼なじみだと思っているの!? 何よそれ、私をバカにしてるの!?」
少女の感情が爆発する。
その言葉は直接ではないが、少女が少年に特別な感情を持っていることが分かって。
少年はそれを理解して、怒られているのに心の隅で嬉しくなって。
しかし、少年の心の大部分はその言葉に腹を立てていた。
「勝手なことをいうなよ! 俺だってそんな手紙を渡したくない! それに、俺がおまえをただの幼なじみだと思っているわけ無いだろ! 好きだよ! 大好きだよ! でも駄目なんだよ! 完璧なおまえと一緒にいると、平凡な俺が嫌になる! 自分が卑屈で、矮小なのを強調されているようで嫌になる! 平凡な俺は、おまえとは、つりあわないんだ!」
少年は叫ぶ。感情を出し切るがごとく叫ぶ。
それを耳にして、少女もまた声を張る。
「完璧? 平凡? つりあわない? そんなの関係ないじゃない! 私だってあなたのことが好き! それで何がいけないの!?」
そこで二人とも感情を出し切ったのか少し落ち着く。
静寂が訪れる。
どちらも、どうやって声をかけようか、と悩む。
少しあって、先に少年が口を開いた。
「それでも、俺じゃ駄目なんだ。何で、俺がおまえに早めに宿題を終わらせるように、強く言わないか分かるか?」
「……何で?」
「……情けない話だけどな、頼られたいんだよ。毎回、毎回休みのたびに宿題が終わっていない、おまえに頼られたいんだよ。……それぐらいしかないんだよ。完璧なおまえが、俺を頼ってもらえるのは」
「……それなら私だって、いつも宿題を終わらせないのは、あなたと二人きりで勉強」
「嘘だな。ただできないだけだろ」
「そ、そんなこと言わないでよ~」
図星だったようだ。
少年が笑うのにあわせて、少女も笑う。
そして、少女は心の内を打ち明ける。
「でも、私は普通の男子と、二人きりで勉強なんてしないよ」
「……うん」
「それにあなたは平凡じゃないよ。口は悪いし、怒りっぽいし、鈍感だし……」
「おい」
「それに、宿題が終わっていない女の子に宿題を見せてくれるくらい、優しいよ」
「………………」
「ねえ、さっき、さらっとだったけど、私のこと好きって言ったよね」
「……おまえこそ言っただろ」
「両思いの二人にはまだするべき宿題があるんじゃないかな?」
「……この甘えん坊さんめ」
そしてGW最後の、二人の宿題をした。
えーと、この話は宿題に追い詰められているときに思いつきました。
そのまんまです。
キーワードとしては「劣等感」「宿題」といったところですかね。
今回、二人が言い合うシーンが難しかったです。
というわけで、感想をもらえると嬉しいです。
雷田矛平でした。