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流転の騎士  作者: KEN
一章
3/6

第一節 近衛騎士アレン・バックノーリス2

 低い地鳴りのような音が裏路地に響く。両手で抱えきれない程の大きな水瓶が割れる音は、アレンの想像以上に鈍かった。


 水も滴る……とはこの事で、黄色い声を上げていた女性がこの場に居合わせたのなら今頃アレンは身動きの取れない状況に在っただろう。自慢と言えるほど自分の容姿に自信がある訳では無いのだが、アレンは身嗜みには気を使っている。時期王女の近衛騎士ともなれば有力な貴族を集めた会食にも同席するのだ。アレンが見窄らしければフィアナ姫の評価が下がる事に他ならない。そんな事をアレンが許す筈なかった。騎士になる為の叙任式でアレンが忠誠を誓ったのは、国王『ゲオルグ』ではなくフィアナ姫だ。


 濡れ羽色の前髪から雫が跳ねる。アレンの頭髪は、水に濡れると一時的に癖が取れるらしかった。普段の好青年然とした雰囲気は鳴りを潜め、重苦しい怒りと自嘲的な暗い微笑みが端整な細面にこびり付いている。遠目にも怒りに震える様が容易に想像できる程、アレンの纏う雰囲気は常人の持ち得るそれではなかった。


 アレンの惨事に直接的な手を下した訳でもない男に憤然たる念が湧く。それは一様に羞恥から来る物だ。仕事に自身の感情を挟む事が無い訳ではないのだが、憎悪にも似た気持ちは貴族に対して以外は抱いた事が無かった。


 肉眼では分からなかった掌に伝わる石畳の隆起。繋ぎ目に水が流れて怒りに震えるアレンの指先を突いた。農耕が盛んな時期を越え、あと半月もすれば鉱山が白いケープを羽織るような時期だ。水の冷たさはアレンの頭を冷やすには丁度良い。


「あんた大丈夫かい?」


 盛大に水瓶を跳ね飛ばしたのだから、人を集めても不思議ではなかった。水瓶の持ち主――詰まる所、民家の主である主婦がアレンに声を掛ける。差し出された手は温かく、アレンを気遣うような柔らかい表情には母の面影を見た。


「すみません。水瓶を割ってしまいました……」


「いいんだよ。そんな事より怪我は無かったかい?」


 主婦の言葉に首肯いてみせると、アレンは男が走り去った方向に視線を投げた。足音が響いている。アレンが足止めを食らっている間に少しでも離れようという魂胆だろう。しかし、それは逆効果であった。


 居住区域の石畳は音を反響させ易い。純度の高い石は王族や貴族が住まう区域に使用され、純度の低い物を平民街――居住区域に回されたのが原因だった。そして、民家の外壁と外壁の間が狭い事もアレンの助けとなる。大人が両腕を広げれば壁に手が触れる程の距離だ。音は篭り易く、長く響き続ける。


 アレンは男の位置に見当をつけると、主婦に願い出た。


「できるだけ丈夫で長い紐と、熊手を貸して頂けないでしょうか?」


「丈夫な紐って、縒り紐でもいいかい?」


「十分です」


 縒り紐とは幾本もの紐を縒り上げて強度を高めた紐である。女性の間では、それを適当な長さで切って手首に巻くというのが流行していた。贅沢な暮らしが出来なくても、安価な縒り紐を自身の手首に合わせて切るだけでお洒落ができるのが魅力なのだ。その紐が切れれば願いが叶うなんて話が噂され始めてからは、商店に買い求める女性が急増したという話をアレンはフィアナ姫から聞いていた。


 アタシも一応女だからさ。似合わないって分かってるんだけど、ついつい作っちゃうんだよ。などと呟きながら差し出された物を受け取る。荷造りから夫の腕まで――という評判の長い縒り紐だった。数メートルはあるだろうか? 長過ぎるのも扱い辛いので、腰に差した短剣でアレンの身長二つ分ほどに切る。三メートル半ばの紐が出来た。その先端を熊手に結び付ければ手製の捕縄の完成である。


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