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流転の騎士  作者: KEN
一章
2/6

第一節 近衛騎士アレン・バックノーリス1

 セミセスクトス暦

 二千八十一年 ユールの月


 天を突き抜けるような悲鳴が、アースライド帝国の首都『レスタフ』の広場で上がった。


 道行く人は自然と足を止めて視線を向ける。不躾な視線を受けて声の主である女性が、走り去る男の背中を指差したと同時にアレンは走り出していた。喧騒に包まれる広場の人込みがアレンの行く手を阻む。意図した訳ではないだろうが、アレンにとっては邪魔者以外の何者でもなかった。


「ちょっと通してくれ!」


 アレンの進路上に立つ男性の背中を押しながら声を張る。普段なら甲冑に身を包んでいる為、声を上げなくても道は割れていくのだが、残念ながら今日は非番だった。


 野次馬の一人だと思われているのだろう、背中を押された男性が恨めしい目付きをアレンに向ける。アレンは、そんな男性の視線には目もくれずに人山を掻き分けて進んだ。太陽が高い位置にある為に人集りの渦中は中々に蒸し暑い。アレンの項は、じっとりと汗ばんでいた。


 女性が指差した方向は民家が密集する地域だ。路地が多く、隠れられる場所なんていくらでもある。見失えば捕まえるのは難しいだろう。逃げなければいけない事をしたのか判断できるほど、アレンには判断材料が無かった。それは捕らえた後で聞き出せばいい事だと思考を切り替える。


 アレンが石畳を蹴る足に力を込めると、常人では考えられない速さで加速する。普段から重い甲冑を着けたまま行動しているアレンにとって、現在の軽装は錘を外した後のように軽いのだ。


 紺色のダブレットの襟が風に揺れ、アレンが地面を蹴る度に跳ねる黒髪に、広場に集まった野次馬は目を奪われる。人々は、そこで漸く目の前の男が騎士『アレン・バックノーリス』である事に気付いた。


「あの黒髪は――アレン様だわ!」


 女性の声が上がる。アレンの端正な顔立ちに心酔する女性が多いのはレスタフでは、ある種の一般常識とも言える。アレンの周りに女性の影が無い事も人気を集める要因になっているのだが……。アレンは仕事一筋で情事に対する興味を持てないでいた。


 アースライド帝国で黒髪の男と言えばアレン・バックノーリスである。それは、帝国人に黒髪の人間がアレンしか居ない事が大きな理由だった。しかし、それだけが理由ではない。数年前の大戦で勲功を上げたアレンは、時期王女『フィアナ・リーゼ・アークライト』の近衛騎士に抜擢された。それがアレンの名を帝国全土に知らしめる大きな切っ掛けであった。


 背中に注がれる熱い視線にはアレンも気付いていた。しかし、今は愛想を振り撒いていられる状況ではない。アレンは風を切るような速さで広場を駆け抜けた。締まった横顔に黄色い声援が上がったが、アレンは頭の片隅に追い遣るように意識して、地面を蹴った。


「待て!」


 逃げ出した男は居住区を熟知しているようだった。首都であるレスタフは都会である。居住区域には数千という人間が暮らせる程の広さが設けられているというのに、男は迷う事無く右へ左へ進路を変えた。


 逃げ慣れている事を悟ったアレンの表情は険しさを増す。アレンはフィアナ姫の近衛騎士である為に城下に降りる機会は少ない。今回以外にも目の前の男は何らかの悪事を働いていて、それを衛兵は取り逃がしているという事になる。全ての民草を護れるなんて理想を語るつもりは無いのだが、アレンは遣り切れない思いに胸が痛むのを感じた。


 何度目かになる曲がり角。曲がる素振りを見せなかった男が急に進路を変えた為に、アレンは慌てて裏路地に飛び込んだ。居住区の民家と民家の間にある裏路地だ。日の光は表通りと比べれば六割方遮断されている。


 罠の可能性を失念していた事に気付いたのは、アレンの身体が水浸しになった後だった。実際には罠ではないのだろうが、障害物が見えていなかったアレンの身体は大きな水瓶にぶち当たったのだ。水瓶を跳ね飛ばして、盛大に地面を転がるアレンに大量の水が降り注いだのは全くの偶然だ。


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