出会い
いつもと変わらない朝。
カーテンの隙間から陽が射し、
私の眼に突き刺さる。
いつも、
目覚まし時計の鳴る5分前に、
眼が覚めてしまう。
「…ん、準備しなきゃ」
ベッドの上で伸びをすると、
専用の小さなクッションで寝ていた、
ペットの黒猫、ココが起き出す。
こんな感じで、
私の朝は始まる。
「おはよう」
ココに挨拶をして、
パジャマ姿で部屋を出ると、
目の前には扉がある。
其処は以前、
母親と父親の寝室だった場所。
今は父親しか使っていない。
母親は、私が3歳の時、
事故で死んだらしい。
母親との記憶は、
アルバムでしか確認する術がない。
「おぉ、柑奈。おはよう」「…おはよう。何してるの?」
父親は、
何やら出掛ける準備をしていた。
「上司にな、ゴルフに誘われて」
「…平日なのに?」
「ん、あ、あぁ。」
父親の事は、
あまり好きじゃない。
母親が死んだ時も、
仕事が抜けられないとかで病院に来なかったと、
祖母に聞いたことがある。
それを知らされた時から、
私は父親に対して嫌悪感を抱いていた。
「そう。いつ帰るの?」
でも口には出さない。
「明後日…かな」
いちいち反論する行為が面倒くさい。
反論したところで、
返ってくるのはわざとらしい言い訳ばかり。
そんな醜い言葉を聞くくらいなら、
何も言わないで聞き流す方がよっぽど良い。
「分かった。楽しんできてね」
分かってる。
上司に誘われたんじゃない事くらい。
父親の陰に、女が居る事くらい。
「行ってきます」
今通っている学校も好きじゃない。
友達なんか要らないし、
そういう馴れ合いは好まない。
独りが好きと言うより、
独りに慣れているから。
「おはよう、柑奈!」
後ろから声を掛けてきたのは、
同じクラスの萌華ちゃん。
「おはよう」
「相変わらず暗い顔ねぇ。あ!今日の宿題、やってきた?」
「うん」
「よかったぁ。見せてくれない?」
「どうぞ」
鞄からノートを取り出し、手渡す。
この人はいつも私に頼る。
宿題なんて、自分でやった試しがない。
「ありがとう!さすがトップ。持つべきものは親友ね!」
親友。
いつから私たちは、
親友になったんだろう。
私は一度も、
誰かを親友と思ったことはない。
信用できないし、
友情とか、気色悪い。
独りじゃ何も出来ない、
「弱い人間が頼るもの」
「え」
今、誰かが。
「え?なに?」
「…ん、ううん。何でもない」
今、誰かが、私の思ったことを喋った気がした。
男の声。
周りを見渡しても、萌華ちゃんしかいない。
まさかこの子が、あんな低い声を出せるわけがない。
そう考えていると、視界の上方から、
何か落ちてくるものが見えた。
黒い、…羽?
目の前にヒラヒラと落ちてくる羽を、
思わず手にとり、見上げると、
電線に腰掛ける男が居た。
「お前、俺が見えんのか?」
立ち止まって、ずっと見つめてた気がする。
黒い翼を生やした男を、
総ての時間が止まったように、ずっと。
「質問に答えろよ」
いつもと変わらない朝が。
「俺が、見えるのか?」
変わった。