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病室の外

作者: ポイ宇宙

 これは、俺が夏風邪を拗らせ、入院した時の話だ。

 風を引いて寝込んでいた夜、容態が悪化し、母が呼んだ救急車で、俺は病院に運ばれた。運ばれた先は、俺の住んでいる地域で唯一緊急外来を受け入れている創業80年ほどの年季の入った古病院だ。

 入院は1週間必要と言われた。入院した最初の2日間は、苦しく死にそうだった。しかし流石17歳の体だ2日もすれば、すっかり回復し、暇を持て余していた。

 健康になった日の夜、最初は熱にうなされて気付かなかったのだが、入院して以来、夜中に病室の外で誰かがしゃべっていることに気付いた。

 声は2つ。ボイスチェンジャーを通して話しているようなとても低い声と安田大サーカスのクロちゃんよりも高い声である。

 病室のドアは閉まっていて、外の音が聞き取りにくくなっているのだが、この2つの声は、部屋にスピーカーがあり、それを通して部屋の中に響いているように聞こえる。だが、確実に声は外から聞こえていた。 危機察知能力が欠けていた考えることを知らない俺は、患者と看護士さんが話していると思っていた。

「たく、もう11時だぞ。何考えてるんだ。うるさくて寝れやしない」

 ベッドから起き上がり文句を言うためにドアに近付いた。

 そこである違和感に気付いた。こんなに鮮明に声が聞こえるのに、何を話しているのかまったく分からない。何かしゃべっているのは分かるのだが、ビデオの早回しみたいに、内容が理解できない。ぺちゃくちゃという漫画の効果音が良く合うしゃべりだ。

 不気味さを感じドアを開くのを戸惑ったが、一体ドアの外になにがいるのだろうか、という好奇心に勝てず、ドアを勢いよく開いた。しかし、外に誰もいなかった。非常灯以外の明かりが消えた真っ暗ないつもの廊下の風景があっただけだ。

「・・・誰もいない、きっと寝ぼけていたんだ。うんきっとそうだ」

そう自分に言い聞かせ俺は再びベッドで横になった。

しかし、どうやら寝ぼけていたせいではなかった。最初に声が聞こえた日俺が入院して3日目に当たる、その時から2日過ぎた。この2日間、毎晩声が聞こえたのだ。毎回、俺がドアを開くと声が止むのだが、また少し時が立つと声が聞こえ始める。

 流石にバカの俺でもこの現象がただ事ではないという事はわかる。一度この病院に古くから居る看護士さんに、この事を話すと、

「そんなこと、今まで聞いたことないですね。まだ完治していないから、きっとそんな幻覚をみてしまうんですよ。平井さんここに運び込まれた時かなりの重体でしたから」

 と幻覚と言う事にされて、まともに相手にされなかった。

 唯一この話をまともに聞いてくれたのが見舞いにきたクラスメイトの田中だ。田中はこう言った幽霊関係の話に精通していて、この話をすると目をぎらぎらさせて食いついてきた。

「きっとそれは幽霊だよ。うん絶対そうだ。いいなあ、うらやましいなぁ。僕も一度見てみたいなぁ。そうだ、この部屋に泊まろう」

 人がその幽霊に迷惑しているのに嬉しそうな奴だ。

「ばか、泊まれるわけないだろ。看護士さんに見つかって怒られるのがオチだ。ところで、この、騒動なんとかならんかなぁ」

「そうだなぁ。やっぱりこれかな」

 少し考え、田中は持ってきたショルダーバッグに手をツッコミ一冊の本を取り出した。

「なんだこれ?」

「んっ、お経。やっぱりね、幽霊にはお経だよ。大体の怖い話でもお経は大活躍しているし」

「マジか?ならお経唱えてみるよ」

「うん。じゃあこの、初心者でも読める読みがな付きのお経を貸したげるよ」

「サンキュー」

こうして、俺は田中から初心者でも簡単に読めるお経書を貸してもらった。

明日退院なので病室で寝るのは今日1日だけなので、我慢すれば良いだけなのだが、若さゆえに変なプライドを持っていた俺は、幽霊ごと気にビビってたまるかという考えで、幽霊に復讐することを決めていた。

そして、その日の夜、興奮していた俺の目は冴えに冴えていた。まったく眠気を感じない。いまなら、徹夜することもたやすい。いつ幽霊が来てもいいようにお経を用意しておく。病室は消灯しているので、ペンライトを用意して、お経の字が読めるようにしておいた。これで準備完了、いつでもかかってこい。

そして深夜2時頃、いつもと同じようにあの会話が聞こえ始めた。相変わらず何を言っているのか分からない不気味な会話だ。何度か、会話を聞きとろうと思い、耳を集中させたが、それも無駄、まったく理解できない会話だ。もし、一か月の入院だったら、確実に気が狂っていただろう。

「よし、今だ」

ペンライトのスイッチをオンにし、俺はお経を読み始めた。素人なので、途切れ途切れ詰まりながら読み進めていく、効き目があるか心配だったが、読み始めてすぐに、外の声は消え、病室は静かになった。どうやら、効果があるようだ。

「ふふふ、どうだ。苦しいか。だがな、毎日お前らの意味のわからん話を聞かされ続けた俺の方がもっと苦しかったんだからな。もっともっと苦しめ、へっへへへへへへ」

 人を傷つけることに快楽を感じる人の気持ちがわかった気がする。どうやら、俺はSの気があるようだ。が、その状態も長く続かなかった。

 静かになって10秒ほど経っただろうか。

 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン。

 ドアが強烈に叩かれた。何度も何度も、止まることなくずっと叩かれ続けた。

 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン。

「なっなんだ」

 今にもドアが壊れそうな力強いノックが続けられた。

ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン。

 しゃべり声とは違い、はるかに音が大きく、俺の耳には耐えきれない音量だ。

「やっやめてくれ」

 しかし、お経により会話を分断され不機嫌な幽霊はやめない。ひたすら叩き続ける。

ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン。

ノックの音がひたすら続く。

「ごっごめん。ごめんなさい。調子こいて、こんなことしてごめんなさい。許してください」

 俺は心の底から謝った。このままでは、気が狂ってしまう。早く、この音から離れたい。その一心で俺は全力で謝った。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 土下座をし頭を地面に擦り付ける。

 するとどうだ。ノックの音はピタっと治まった。

「よっよかった」

 ほっと安堵すると同時に、また、あの忌々しい理解できない会話が始まった。ペチャクチャペチャクチャと話が続く。

 結局俺は、この幽霊たちをどうすることもできず、あの音に怯えながら一夜を過ごした。

 

翌日。気が付いたら俺は寝ていたようで、カーテンの開かれた窓から朝日がさしていた。

「よかった。無事朝を迎えられた。これで終わりだ。やっとあいつらから解放される」

 ガッツポーズをし、部屋を出ると、入院患者の名前を書いている俺の名札が真っ二つに折られていた。どうやら、俺のお経はよっぽど癪に障ったようだ。

「えっこれは・・・平井さんいったい何が」

 朝の検診にきた看護士さんが折れた名札を見て驚いていた。

「さっさぁ、分からないです」

 まさか、幽霊に割られたなんか言えるはずがない。ここは誤魔化しておくのがいいだろう。

 まあ、とにかく、これで、俺の恐怖の一週間は終わった。この幽霊の取りついた病室ともお別れた。俺は、高笑いしながら迎えに来た母親とともに家路に着いた。

「じゃあな、このおしゃべり好きな癇癪持ちの幽霊共、あははははははは」

 これがいけなかったのだろうか、今、俺は久しぶりの部屋で、久しぶりの静かな睡眠を貪ろうとしていた。溜まりにたまったモノを吐き出し床に就こうとしていた時。

ペチャクチャペチャクチャペチャクチャ。

 どこからか懐かしいBGMが聞こえる。

「奴らだ・・・外だ、部屋の外だ」

 部屋の外から、あいつらの声が聞こえる。何故だ。何故なんだ。冷や汗がどっと吹き出る。

「なんで、ここに」

 解決手段がない俺は、耳栓をして無理矢理寝入った。


「どうやら、平井君に憑いてきてしまったようだね」

 次の日、久しぶりに登校した学校で田中に昨日のことを話すとこう言った返事を返してきた。

「そんなぁ」

「たぶん、平井君の事を気にいったんじゃないかな。いいなぁ、今度君の家に泊まっていいかなぁ。僕幽霊をまだ見たこと無いんだ」

「勝手にしろ」

「やったぁ」

 その日の夜、田中は万全の用意をして家に泊まりに来た。どこかの怪しい通販で買った除霊グッズと部屋の外に仕掛けるためのビデオカメラ、そして、会話を録音するためのボイスレコーダー。

「なんつう装備だ」

「やっぱこれぐらい用意しないとね。なんだったら霊を退治してあげるよ」

「そうなったら、ありがたいがなぁ」

 一通り準備をした田中は俺のベッドの下に布団を敷き、幽霊が出てくるのを待った。

 ペチャクチャペチャクチャ。

 来たやつらだ。

「来たぁ」

この声がすると同時に、田中はボイスレコーダーを起動させた。しばらくの間、田中は声を録音することに集中した。10分もしただろうか、田中はおもむろに立ち上がった。

「どっどうしたんだよ」

「んっ、色々試そうと思って」

 そう言って、田中はお経を取り出し、読経し始めた。前回した俺の読経よりもはるかに、なめらかに読み上げる。

「ばっばか、それすると」

 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン

 案の定、あの恐怖心を刺激する嫌な音が鳴った。

「うっうわぁ、すごい、言ったとおりだ。じゃあ次は」

 この状況を楽しんでいる田中が怖い。わくわくしながら田中は聖水と十字架と聖書を取り出した。

「こういう日本の幽霊に効くか分からないけど、僕はこっちの方が得意なんだ」

 こんな状況なのに笑顔で田中が話しかけてくる。こいつの頭はどこかおかしいのか。田中は十字架を握りしめ、ドアに聖水をかけ、聖書を読み始めた。

 ドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッ。

 先ほどよりもはるかに力強い音。ノックと言うよりも体当たりをしているようだ。

「おっおいやめろ、田中幽霊が怒っているだろ」

「いいからいいからもうちょっと・・・ぶつぶつ」

「いいから、早くやめろって」

「うるさいなぁ」

 田中は俺の制止を振り切り、手に持っていた十字架で俺の頭を殴った。その一撃で、俺は失神してしまった。

 

気がつくと俺は、田中の敷いた布団で大の字になって眠っていた。外はすっかり日が上がっていて、時計は7時を示していた。

「あれっ田中は」

 気がつくと田中は部屋から姿を消していた。不思議なことに荷物を置いたままいなくなった。その日、学校に行くと田中は登校してこなかった。教師に呼び出され、田中が行方不明だと言う事を知らされた。確かに俺の家に泊まっていたのだが気がつくと居なくなっていた事を伝えた。教師もそれ以上聞いてこなかった。本当に田中はどこにいってしまったのだろう。

 家に帰り、寝る前に、田中が設置したビデオとレコーダーを確認した。もしかしたら、田中がどこに行ったのか分かるかもしれないからな。ビデオはずっとドアの外、廊下を映していた。ビデオはずっと何の変化もない廊下を映し続けていた。部屋の中の声はどうやら届いていないようだ。続いてあの会話を録音していたレコーダーを確認してみた。

 ペチャクチャペチャクチャペチャクチャペチャクチャ。

 いつもと同じように何を言っているのか分からない会話が入っている。早くて聞き取れないのだろうかとふと思った俺は再生速度を遅くして聞いてみた。すると、わずかだが、内容が確認できた。

「いつまであの子に憑いていようか」

 低い声がそう言った。

「そうね、やはり気が狂うまでね」

「そうだな、お経なんてものを唱えるなんて許せないからな」

「そうよ、とことん追い詰めて気を狂わせてから殺しましょう。そして、永遠と私達と共に話をさせましょう」

「そういえば、なにやら男を連れて来ていたな」

「そうね、何かをしでかすつもりなら、殺してやりましょう」

「うんそうしよう」

 ここで、レコーダーが切れた。とんでもないものを聞いてしまった。俺の気が狂うまで?田中を殺してしまう?俺の頭は混乱していた。色々と考えているうちに時間が来た。

 ペチャクチャペチャクチャ。

 あの声が聞こえた。しかし、いつもと違う。声が一つ多い。いつもの高い声と低い声、そして、俺と同年代ほどの少年の声。何かを感じた俺は急いでレコーダーを起動させ、会話を録音し始めた。起動させたまま、俺は耳栓をし、布団にもぐり無理矢理眠りについた。

 次の日の朝録音されていた昨日の会話を再生してみた。

「あなた、新入りが入ったわよ」

「うむ、うれしいことだな」

 いつもの2人の声。

「助けて」

 少年の声。

「余計なことするからよ」

「まあ、そのおかげで3人になれたからいいじゃないか」

「助けて」

「そうね、後もう少しで4人になるしね」

「ああ、楽しみだな、永遠に一緒だ、永遠にな」

「助けて、平井君」

 田中の声だった。

 あれから1年たったが今もなお外の会話は続いている。なんとか、俺はまだ生きている。今後どうなるかわからないが、これからもこいつらの攻撃から耐えていくつもりだ。ただ、会話くらいじゃ応えないようになった俺に、怒って毎晩ドアを叩くのはやめてほしいものだ。


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