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 完成から一夜明けた研究室は、不思議なほど静かだった。


 起動したオートマタは、今は簡易ベッドの上で眠るように目を閉じている。

 胸元のコアは、呼吸に合わせるみたいに、かすかに明滅していた。


「……名前、どうしようか」


 ぽつりと呟いた声は、誰に向けたものでもない。


 名前をつけるという行為が、こんなにも重いなんて思わなかった。

 それは“完成品にラベルを貼る”ことじゃない。

 この存在を、この世界に一人のものとして置くってことだから。


 結局、その日は決められなかった。


 焦る必要はない。

 試験まで、あと二日ある。


 朝。


 ルカは自分の服を一式、研究室に持ち込んだ。

 制服ではない、普段着。少し大きめで、柔らかい布の服。


「……これで、いいかな」


 眠っているオートマタの体を起こし、そっと袖を通す。

 腕はまだぎこちないけれど、人と変わらない温度があった。


 自分の服を着せているはずなのに、

 それが「貸している」感じじゃないのが、不思議だった。


 まるで、最初からこの子のものだったみたいに馴染んでいる。




 椅子に座らせて、櫛を取る。


 オートマタの髪は、想像していたよりもずっと柔らかかった。

 指に絡みそうで、けれど切れそうで、慎重にとかす。


 一房ずつ、丁寧に。


 そのたびに、胸の奥がきゅっと締めつけられる。


(……もう、作れないんだ)


 設計も、構造も、数式も。

 あのコアに至るための思考の道筋は、すでに失われている。


 思い出せないのではなく、

 最初から存在しないみたいに、頭の中が静かだ。


 黒い涙が流れたときの感覚が、遅れて胸に戻ってくる。


 あれは、ちゃんとした代償だった。


 この子は、唯一だ。

 二度と同じものは生まれない。


「……大丈夫」


 誰に言ったのか、自分でも分からない。


 櫛を動かす手が、少しだけ震えた。


 それでも、最後まで整えて、前髪をそっと直す。


 目を閉じたままのその顔は、

 作ったものというより――守るものに見えた。


「名前、ちゃんと考えようね」

 そのとき、研究室の扉が静かに開いた。


「……起きているか」


 レインの声だった。


 ルカは振り返り、少しだけ表情を緩める。


「うん。まだ完全じゃないけど」


 レインは近づき、椅子に座るオートマタを静かに見下ろした。


 ルカの普段着。

 袖は少し長く、裾も余っている。


 だが、不思議と“借り物”には見えない。


 その視線に反応したのか、

 オートマタがゆっくりと目を開けた。


「……?」


 眠りから浮上したばかりの、ぼんやりとした瞳。


 視線が彷徨い、やがてレインの姿で止まる。


「……パ……」


 音になりかけて、止まる。


 レインは一瞬だけ動きを止め、咳払いをした。


「……まだ寝ているな」


 だが、視線は逸らさなかった。


 ルカはその様子を見て、少しだけ息を吐く。


「……背丈は、僕と同じくらいだね」


 自分と見比べるように言う。


「服のサイズも、ちょうどこのくらい」


 レインは別の角度からオートマタを観察した。


 立ち方。

 重心の置き方。


「……骨格は、私に近い」


 淡々とした声。


「肩のラインと、姿勢の癖がそうだ」


「やっぱり?」


 ルカは前髪を指で整えながら続ける。


「でも、目元は僕だと思うんだ」


 レインはじっと瞳を見る。


 感情が浮かぶ速度。

 揺れる光。


「……ああ」


 短く肯定する。


「瞳の色も、私の雷色ではない。柔らかい」


「でしょ」


 ルカは、少しだけ嬉しそうに笑った。


「髪は……中間かな。僕より少し濃くて、レインほど硬くない」


「触れば分かる」


 レインはそう言って、一房を指で取る。


 繊細だが、芯がある。


「……壊れそうに見えるが、折れない質だ」


 その言葉に、ルカの手が一瞬止まる。


「……うん。そうであってほしい」


 オートマタは、二人の会話を聞いているのかいないのか、

 静かに瞬きをしていたが――


「……にてる?」


 ぽつりと、そう言った。


 二人同時に、視線が向く。


「うん」


 ルカはすぐに答える。


「二人に、少しずつ」


 研究室に、静かな時間が流れていた。


 朝の光が高窓から落ち、床に細い影を作る。

 魔導器具の駆動音も止まり、聞こえるのは呼吸と、布が擦れる小さな音だけ。


 椅子に座るオートマタは、まだ少し眠たそうだった。

 背筋は伸びているのに、肩の力が抜けきらず、指先が落ち着かない。


 視線は、ルカへ。

 それから、少し遅れてレインへ。


 まるで――どちらを見ていればいいのか、迷っているみたいに。


 ルカは、その様子を見て、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


「……名前の話、しようか」


 声を落として言うと、オートマタは小さくうなずく。

 動きは控えめで、それでもちゃんと伝えようとしている。


 レインが、腕を組んだまま言った。


「名前は記号じゃない。

 呼ばれるたびに、関係を作る言葉だ」


 オートマタは、少し首を傾げる。


「……関係」


 その言葉を、口の中で転がすみたいに。


 ルカは微笑んで、補足する。


「呼ばれるとね、安心するんだ。

 ちゃんと、ここにいていいって分かるから」


 すると、オートマタの指がきゅっと握られた。

 膝の上で、ぎゅっと。


 視線が、またルカに戻る。


「……呼ばれたい」


 小さな声。

 願いみたいに、零れ落ちた。


 レインが一瞬、目を細める。


「焦る必要はないが……」


 そう前置きしてから、続けた。


「空白のままにしておくのも、良くないな」


 ルカは椅子から降りて、オートマタの前にしゃがみ込む。

 目線を合わせると、相手は少し驚いたように瞬きをした。


「まだ、分からなくていい」


 やわらかく、諭すように。


「でも――これから呼ばれる言葉は、ちゃんと用意しよう」


 間があった。


 その沈黙のあいだ、オートマタは二人を交互に見ていた。

 不安そうで、それでも期待が隠せない瞳。


 ルカは、考えるのをやめた。


 設計でも、意味でもなく、

 初めて目を開いた瞬間から、胸に残っていた音を選ぶ。


「――ノア」


 短く、優しい響き。


 呼びかけるように、口にした。


 オートマタの肩が、わずかに震える。


「……ノア」


 ゆっくりと、確かめるように繰り返す。

 その声は、さっきより少し高くて、柔らかかった。


 指先が、胸元に触れる。


「……ノア」


 もう一度。

 今度は、嬉しそうに。


 レインが、ふっと息を吐く。


「……馴染んでいるな」


 ルカは、目を細めて笑った。


「うん。よかった」


 ノアは、二人を見上げて、ほんの少しだけ背筋を伸ばす。


 研究室の時計が、小さく時を刻んでいた。


 ルカは窓の外を一度だけ確認してから、振り返る。


「……まだ二日あるけど」


 独り言みたいに言って、レインを見る。


「今のうちに報告した方が、目立たなくていいよね」


 レインは頷いた。


「研究試験の期限ぎりぎりは、注目されやすい。

 想定外の成果ほど、余計な視線を集める」


 その視線が、ノアへ向く。


 ノアは椅子から立ち上がり、少しだけ背筋を伸ばしていた。

 けれど足元が安定せず、わずかに体が揺れる。


 ルカはすぐに近づき、そっと声をかける。


「大丈夫。ゆっくりでいいよ」


 その言葉に、ノアは小さくうなずいた。


 身支度は簡単だった。


 ルカの服は、やはり少し大きい。

 袖を一折り、二折りして整える。


 レインが外套を羽織りながら、横目で見る。


「……不思議だな」


「なにが?」


「最初から、こうして歩く前提で作られていたみたいだ」


 ノアはその会話を聞いているのかいないのか、

 自分の袖をじっと見つめていた。


 指先で布をつまみ、

 確かめるように、ぎゅっと。


 ルカはそれを見て、自然と微笑む。


「行こうか」


 研究室の扉が開く。


 廊下は朝の時間帯で、人が少なかった。

 講義前の静けさが、かえってありがたい。


 ノアは、ルカの半歩後ろを歩く。

 距離を測るみたいに、慎重に。


 足音が揃わず、少し遅れてしまうと、

 焦ったように視線が上がる。


 ルカは、歩調を落とした。


 それだけで、ノアの表情がわずかに緩む。


 職員室の前で、レインが足を止めた。


「ここだ」


 扉の向こうから、紙をめくる音と、低い声が聞こえる。


 ノアは一瞬、立ち止まった。


 視線が、ルカに向く。


 言葉はない。

 けれど――不安なのは、はっきり伝わってくる。


 ルカは、しゃがんで目線を合わせた。


「大丈夫」


 さっきより、少しだけ強く。


「ちゃんと、説明するから」


 ノアは、もう一度うなずいた。


 今度は、少しだけしっかりと。


 レインが扉をノックする。


「失礼します」


 担任の声が、すぐに返った。


「どうぞ」


 扉が開く。


 研究試験の報告。

 そのはずなのに。


 ルカは、胸の奥で思った。


(……これ、成果の報告っていうより)


 横に立つ小さな存在を、ちらりと見る。


(紹介、だよね)


 ノアは、きちんと立っていた。

 少し緊張しながら、それでも逃げずに。


 職員室の奥。

 研究試験担当教員の机は、書類と魔導具に埋もれていた。


 白衣の上に外套を羽織ったその教員は、

 魔導計算の途中だったらしく、顔を上げるのが少し遅れた。


 レインが一歩前に出る。


「研究試験の仮報告に来ました」


 はっきりした声。


「今回の研究試験、指導兼責任者は私です」


 教員の視線が、レインから横にずれる。


 ――ルカ。

 そして、その隣に立つ存在。


「……なるほど」


 短い一言で、状況を理解したようだった。


「完成したのか」


「昨日です」


 レインは即答する。


「稼働確認と安定性の検証も終えています」


 教員は立ち上がり、無言でノアに近づく。


 魔力の循環。

 揺らぎのなさ。

 人に近すぎる存在感。


「……これは」


 低く、感嘆を含んだ声。


「完全自立型だな」


 ルカが小さく頷く。


「はい。判断、学習、行動はすべて内部で完結します」


「外部操作は?」


「ありません。制御核は単一です」


 教員の動きが止まった。


 今度は、明確な警戒。


「……思い切った設計だ」


 視線が、ルカに向く。


「設計者は?」


 一拍。


「私です」


 教員は、ルカをじっと見る。


 年齢、魔力量、これまでの成績。


 そして――ここまで到達した事実。


 教員は、ノアから視線を外さずに言った。


「……祝福を使ったな」


 断定だった。

 問いではなく、事実確認。


 ルカは、短く頷く。


「はい」


 教員はそこで初めて、ルカを見る。


「――代償は?」


 一瞬、空気が張る。


 ルカは、逃げずに答えた。


「設計に関する、すべての記憶です」


 教員の目が、わずかに見開かれた。


「……そうか」


 低く、納得した声。


「だから、この完成度で“再現性”がない」


 机に視線を落とし、静かに続ける。


「重い代償だ。だが――研究試験としては、文句のつけようがない」


 教員が少し頬を緩めて言った。


 外に出てしばらく歩くと、達成感があった。


「帰るか」


 レインが少し微笑みながら言う。


 達成感があったからか、普段の帰り道はいつもより爽やかだった。


 ノアは疲れたからか、馬車の中で眠ってしまった。


「初めて馬車に乗って大興奮だったのに、もう静かになっちゃったね」


 ノアの髪を撫でながらレインを見つめる。


「......ああ」


 レインは少し顔を赤らめて答える。


 レインは、ハッとした表情でルカに目をやる。


「すまない、ルカ.....」


「急にどうしたの?」


 ルカが問いかけると、申し訳なさそうに口を開く。


「......今日、父が帰ってくる日なんだ」


 緊張が突然ルカを襲う。


 久々に帰った時、見知らぬ男と娘に似た子供がいたらどう思うのだろうか。


 レインが門番に、父は帰ってきたか聞いているようだ。


 ルカはまだ心の準備が出来ていなかった。


 何かを感じたのか、ノアがルカを見る。


「ママどうしたの?」


「パパのお父さんと会うからちょっと緊張してるだけ」


 ルカがそう微笑みながら言うと、ノアは少し考えた後に口を開く。


「じゃあ、ノアのおじいちゃん?」


「たぶん?」


 さっきまでの、眠そうな顔はどこへ行ったのか、ノアは明るい表情になった。


 レインが話を終え、近づいてくる。


「父はもう帰ってきたみたいだな」


 その言葉を聞いた瞬間、ルカの顔は今にも泣きそうだった。


 レインは少し笑い、ルカの身を寄せ頭にそっと手を置く。


 屋敷の扉を開けると、とても大きな影に包まれた。


 ルカが見上げると、濃い顔でルカの3倍くらいは大きな男が仁王立ちしていた。


「ただいま、父上」


 理解が追いつかなかった。


 ルカの頭にあったレインの父親とはかけ離れた見た目だったからだ。


 ルカが驚愕してると、後ろからノアが男に飛びつく。


「おじいちゃーん!!」


 とても可愛らしい笑顔でノアは男に抱きしめられていた。


 男もなんだか、嬉しそうで目元は涙ぐんでいた。


「孫はいいなぁ」


 泣きじゃくりながら男が言う。


「......ルカだったか、ジャックだ。」


 ジャックは涙で顔がぐちゃぐちゃになりながら言った。


 泣いてるんだか笑ってるんだかよくわからない。


 ノアを寝かせた後、3人で話すことになった。


 ルカがノアはオートマタだと伝えると、ジャックから暖かい雰囲気は消え、真剣な表情に変わった。


 しばらく考えた後、ジャックは口を開いた。


「......設計図はどうした」


「私が全部燃やした」


 レインが食い気味に答える。


「それなら......いいか」


 ジャックは少し安堵した顔をする。


 ルカは困った表情でレインを見つめると、少しため息をついて話し始めた。


 レインの話によると、完全自立型のオートマタは長時間の活動は非現実的で運用は厳しいらしい。


 レインは少し笑いルカの頭に手を置く。


「ノアは人だと思った方がいい。教えれば魔法だって制限なく使えるだろうしな」


 ルカの反応を楽しむように頭を撫でる。


「レイン、設計図はどこまで記憶している?」


「魔力運用についてのとこしか覚えてないな。記憶魔法で保存もしてない。もう1人作る気もないし」


 レインは少し悔しそうにジャックに言う。


 相当悔しいのかルカの頭を撫でる手が力強くなる。


「先輩......痛い」


 その後しばらく雑談をしてその日は終わった。


 朝日がカーテンの隙間から差し込まれ、ルカは目を覚ます。


 リビングに行くとレインの姿が見える。


 どうやらレインだけの様だ。


「おはよう。ノアと父は一緒に服を買いに行ったから今日は2人っきりだな」


 何かを企んでるのか、にやりと笑う。


 ルカは眠い目を擦りレインの隣に座った。


「ずっと研究室にいて気づかなかったんですけど、学園内で交際してる人増えましたよね?」


「まあ、男女で一ヶ月ずっと一緒の研究してたらそうなるやつも多い。毎年増えるんだよ」


 ルカは不思議そうな顔をしてレインを見つめる。


「僕たちも男女ですよね」


 ルカが不意に聞くと、レインは目を逸らした。

 珍しいことにレインは顔を赤くしてそのまま黙ってしまう。


「レイン?」


 ルカは身を寄せ、無自覚にレインの理性を削っていった。


 突然レインがルカの体を引き寄せ抱きしめる。

 レインの激しい心臓の音がよく聞こえてくる。


「私がもっと可愛ければ、自信を持てるんだがな」


 レインは微笑んでいるが、寂しそうな表情は隠せていなかった。


「勘づいているかもしれないが...私はルカが好きだ」


 ルカはいまいち理解できなかった。

 今まで恋愛について触れる機会が無かったせいで、レインの気持ちにも応えられなかった。


「必ずルカを好きにさせるから少し待っていてくれ」


 ルカは小さく頷く。


 夕方。


 ノアとジャックが帰ってきた。

 ノアは子供らしい可愛らしい服を着ていた。


「いいでしょ!」


 元気よく服を自慢しにくる。

 ルカは違和感を感じた。


「ノアって僕より背高かった?」


「成長期だからね!」


 ノアが答えると、ジャックが説明し始める。

 おそらく肉体を神聖魔法と祝福を合わせて造ったから成長しているとのことだ。


 ノアの話を中心に家族で話をしてその日を終えた。

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