変化
新入生には少しの休日が与えられた。
ルカにとっては、怪我のせいで退屈な日々だった。
数日が経った
正午を少し回った頃、学園中央の掲示場に人が集まり始めていた。
石造りの壁一面に、布で覆われた大きな掲示板。
その前に集まっているのは、すべて今年入学した新入生たちだ。
「ランク発表だってさ」
「色で分けるらしい」
「金とか、本当にあるのか?」
期待と不安が入り混じった声が、あちこちから聞こえる。
ルカは人の輪の外、少し引いた場所に立っていた。
新入生同士の熱気に、まだ慣れない。
そのすぐ後ろ。
柱に寄りかかるようにして、一人だけ雰囲気の違う存在がいた。
レインだった。
制服の意匠は同じだが、胸元の徽章と剣帯が、学年の差をはっきり示している。
新入生ではない。
この場にいる理由は、試験の立ち会い――ではなく、ただの見届けだ。
「……緊張しているな」
後ろから、低い声。
ルカは振り返り、少し驚いてから頷いた。
「……正直、少し」
「無理もない。ここは最初の線引きだ」
淡々とした口調。
だが、視線は掲示板ではなく、ルカに向いている。
「結果は変わらん。だが、見る瞬間は誰でも落ち着かない」
「レイン先輩は……」
「私は受けない」
即答だった。
「もう終えた側だ」
それだけで、十分だった。
ほどなくして、教員の一人が掲示板の前に立つ。
「静粛に」
一言で、場が締まる。
「これより、新入生共通試験の結果に基づき、個人ランクを発表する」
布が引かれ、掲示板が露わになる。
――白
――青
――緑
――赤
――金
色ごとに、名前が刻まれていた。
「……金、あるんだ」
「新入生で金って……いるのか?」
ざわめきが広がる。
ルカは、無意識に自分の名前を探していた。
そして――
緑
その欄に、確かにある。
「……緑」
呟いた声は、かすかだった。
高すぎず、低すぎず。
胸の奥に、静かに収まる感覚。
だがすぐに、別のざわめきが混じる。
「名字、ないぞ」
「名前だけ……?」
視線が、集まり始める。
その一歩前に、影が落ちた。
レインが、さりげなくルカの前に立つ。
「緑は悪くない」
新入生ではない声。
場にいる誰よりも、結果を知っている側の声音。
「むしろ、伸びる色だ」
それだけ言って、振り返る。
「気にするな」
「……はい」
掲示板の最上段。
金の欄には、新入生の名前がいくつか並んでいる。
だが、そこにレインの名はない。
当然だ。
それを確認したルカは、少しだけ息を吐いた。
この人は、同じ場所に立っているわけじゃない。
それでも――
今は、隣にいる。
新入生たちがそれぞれの結果を受け止め、動き出す中、
ルカはしばらく、その場を離れなかった。
レインが、まだそこにいたからだ。
人の流れが、少しずつ動き出す。
名前を呼び合う声。
結果に一喜一憂するざわめき。
その中で、ルカはまだ掲示板の前に立っていた。
「……行くぞ」
レインが、短く言う。
「次はクラス分けだ」
指示というより、区切りをつける声音だった。
「新入生は、色ごとに並ぶ」
緑の札を掲げた教員が、少し離れた場所に立っている。
ルカは一歩踏み出しかけて、止まった。
「……」
無意識に、レインを見る。
そこにいるのは、同じ立場の人間じゃない。
同じ列に並ぶことも、教室へ行くこともできない人だ。
それでも。
レインは、動かなかった。
ルカの横に立ったまま、周囲を一瞥する。
「ここから先は、新入生だけだ」
確認するように、もう一度告げる。
「私は同行できない」
「……はい」
分かっている。
最初から、そう決まっている。
レインは一歩、距離を取った。
けれど、完全には離れない。
「第三講堂だ。案内図どおり行けば迷わない」
「……分かりました」
「余計なことは考えるな」
淡々とした口調。
「今日は、ただ座っていればいい」
それだけ言って、ようやく踵を返す。
上級生用の通路へ向かう、その直前。
「放課後は」
低く、短い声。
「門だ」
言い切りだった。
「……はい」
その返事を聞いてから、レインは歩き出した。
黒い制服が、人の流れから外れていく。
――残されたのは、新入生の群れと、自分の立ち位置だけ。
ルカは、胸元の十字架に触れ、小さく息を整える。
大丈夫だ。
約束はある。
「緑ランクは、こちらだ!」
教員の声に促され、ルカは列に加わった。
知らない背中。
知らない名前。
それでも、足取りはさっきより軽い。
振り返らない。
もう、見えないと分かっているから。
第三講堂へ向かう廊下の先で、
新しい時間が始まろうとしていた。
大書庫は、昼でも薄暗い。
高い天井。
壁一面を埋め尽くす書架。
古い魔法陣が床に刻まれ、空気そのものが静かに魔力を孕んでいる。
レインは、入口近くの席に腰を下ろした。
本を開いている。
だが、文字はほとんど頭に入っていない。
――緑。
あの色が、思考の端に残っている。
悪くない。
むしろ、伸びる。
そう判断したのは、事実だ。
だがそれとは別に、胸の奥に引っかかるものがあった。
新入生のランクは、学校としての評価。
過去の成績も、家も、学年も関係ない。
だが――
その後の教室は、違う。
総合科目は、ランクで分けられる。
そこには、新入生だけでなく、再履修の上級生や、上位ランクから降りてきた生徒も混じる。
実力の場だ。
遠慮はない。
「……」
無意識に、ページをめくる指が止まる。
静寂の中、足音が一つ。
「レイン」
顔を上げると、見慣れた人物が立っていた。
ミラだ。
茶色の髪を一つに結び、相変わらず明るい目をしている。
「ここにいると思った」
「授業は?」
「もうすぐ。緑は第三講堂でしょ」
当然のように言う。
ランクと配置を、すでに把握している口ぶりだ。
「……ああ」
ミラは、レインの向かいの椅子に腰掛ける。
「私は緑。新入生枠」
「知っている」
「ルカも、だよね」
名前を出されて、ほんの一瞬、思考が止まる。
「……そうだ」
「同じ講堂だけど、席は結構バラけそう」
ミラは軽い調子で言うが、その視線は鋭い。
「上のランクから落ちてきてる人、何人かいるよ」
「ああいう人たち、空気が違う」
正確な観察だ。
レインは、本を閉じた。
「無理に近づくな」
「え?」
「総合科目は、距離感を間違えると面倒だ」
ミラは一瞬きょとんとしたあと、苦笑する。
「それ、ルカにも言った?」
「……」
答えない。
ミラはそれで察したらしい。
「そっか。じゃあ私は友達のとこ行くね」
立ち上がり、扉の方へ向かいながら振り返る。
「門で会う約束、してるんでしょ」
「……」
「ちゃんと守りなよ。あの子、待つタイプだから」
軽く手を振って、ミラは去っていった。
再び、大書庫は静寂に包まれる。
だが、今度は集中できない。
レインは立ち上がった。
第三講堂へ向かう。
扉の前で、足を止める。
中から、ざわめきが漏れている。
――新入生の声だけじゃない。
落ち着いた低音。
値踏みする視線。
経験者特有の、余裕と退屈。
扉の隙間から、講堂内が見えた。
前方には、上のランクから来ている生徒たち。
動かない。
話さない。
ただ、観察している。
後方には、新入生の固まり。
自然と、距離ができている。
そして。
緑の列の中央付近。
一人分、空いた席。
誰も座らない。
その前後にいるのが、上級生だからだ。
「……」
胸の奥が、わずかに軋む。
ここは、試験じゃない。
守られた場でもない。
実力と空気だけが支配する場所だ。
レインは、それ以上見なかった。
踵を返す。
――放課後。
門で会う。
その約束を、反芻しながら。
それが、ただの同行ではなくなりつつあることに、
彼女はまだ、名前を付けられずにいた。
第三講堂の前には、すでに人が集まっていた。
大きな石造りの扉。
開かれるのを待つ間にも、空気は落ち着かない。
――緑ランク。
掲示板で見た文字を、もう一度頭の中でなぞる。
周囲にいるのは、新入生らしい顔ばかりだ。
制服がまだ硬く、姿勢が定まらない。
小声で話す者、黙り込む者。
その中に、違う気配が混じっている。
年上。
視線が鋭く、立ち方に迷いがない。
――上のランクから来た人。
試験を受けたのは新入生だけ。
けれど、この教室にいるのは新入生だけじゃない。
その事実が、今になってじわりと重くなる。
扉が開いた。
「入れ。奥から詰めろ」
教員の声に押され、ルカも中へ入る。
講堂は広く、段になった席が半円を描いていた。
中央には簡易魔法陣。
視線が、自然と集まる場所。
前方の席には、すでに人が座っている。
動かない。
喋らない。
新入生を測るような視線だけが、こちらを向く。
――同じ緑でも、同じ立場じゃない。
無意識に、後ろの席を探す。
空席はある。
だが、その多くは前後を上級生に挟まれていた。
「……」
一瞬、足が止まる。
その時、視界の端で誰かと目が合った。
茶色の髪の少女。
同じ制服。
年も、たぶん同じくらい。
ただ、それだけ。
彼女はすぐに視線を逸らし、別の方向へ歩いていった。
すでに何人かに声をかけられている。
――知り合い、かな。
そう思ったが、深く考えることはなかった。
結局、選んだ席は中央より少し後ろ。
前にも後ろにも、年上の気配がある場所。
椅子に腰を下ろすと、空気が変わった。
声が遠のき、代わりに静かな圧がかかる。
視線。
魔力の揺らぎ。
理由は分からない。
けれど、見られていることだけは分かる。
ルカは、背筋を伸ばした。
レインはいない。
その事実を思い出し、胸の奥が少しだけ冷える。
――放課後、門で会う。
約束がある。
それだけで、今は十分だった。
第三講堂の扉が閉まり、
総合科目の最初の授業が、静かに始まろうとしていた。
高い天井。
段状に並ぶ席。
前方の黒板には、まだ何も書かれていない。
ざわめきは、扉が閉まった音と同時に自然と収まった。
「着席しろ」
教壇に立った教員の一言で、空気が引き締まる。
年配の男性で、派手さはないが、視線だけで場を制する力があった。
「ここは総合科目だ。学科も家も関係ない」
「ランクごとに集めている理由は一つ――基礎を見るためだ」
淡々とした声が、講堂に響く。
ルカは、空いている席の中ほどに腰を下ろした。
周囲には、見知らぬ顔ばかり。
誰も話しかけてこない。
話しかける理由も、今はない。
「緑ランクは、焦らず積み上げる層だ」
「突出も、過信もいらない」
黒板に、一本の線が引かれる。
「まずは“知ること”から始める」
教員はそう言って、学園の仕組み、魔力の扱い、
今後行われる授業と試験について説明を始めた。
対戦試験。
ランクの変動。
評価基準。
耳に入る単語はどれも重い。
ルカは、黙ってノートを取った。
一言一句、逃さないように。
――ここでは、目立たないほうがいい。
無意識に、そう判断していた。
けれど。
視線を上げた瞬間、
前方の席に座る数人が、ちらりとこちらを見た。
すぐに逸らされる。
だが、完全に無関心ではない。
理由は分からない。
自分から何かをした覚えもない。
それでも、空気の中にわずかな違和感があった。
「次」
教員が言葉を切り、黒板に別の項目を書く。
「総合科目では、他学科との連携も重視する」
「神聖、騎士、魔法、理論――混ざることを恐れるな」
その言葉に、胸の奥が少しだけざわつく。
――騎士科。
脳裏に浮かぶのは、雷の気配を纏った背中。
今は、ここにはいない。
それでも、どこかで見られているような気がしてしまう。
気のせいだと、首を振る。
ペンを走らせ、説明を追う。
授業は、淡々と進んでいった。
誰かが名を呼ばれることもなく、
誰かが注目を浴びることもない。
それが、かえって落ち着かなかった。
鐘が鳴り、最初の講義が終わる。
「今日はここまでだ」
「次は各自、指定の教室へ移動しろ」
立ち上がる音が、波のように広がる。
すぐに、いくつかの席で小さな会話が生まれた。
知り合い同士なのか、すでに輪ができている。
ルカは、席を立ち、静かに講堂を出た。
第三講堂を出た新入生たちは、指示された通路を進み、
緑ランク用の総合教室へと移動した。
教室は講堂よりも狭く、だが整然としている。
机と椅子が等間隔に並び、前方には黒板と教卓。
ルカは、無難な位置――中央より少し後ろの席を選んだ。
周囲には、すでに小さな集団ができ始めている。
知り合い同士なのか、声のトーンが明るい。
ルカは、鞄を足元に置き、背筋を伸ばして座った。
――ここでも、目立たない。
そう決めて、視線を前に固定する。
やがて、扉が開いた。
入ってきたのは、第三講堂で説明をしていた教員とは別の人物だった。
長い外套。
少し無造作な銀髪を後ろで束ね、
年齢は分かりにくいが、どこか軽い雰囲気を纏っている。
けれど。
教卓に立った瞬間、空気が変わった。
「……静かに」
低く、よく通る声。
一言で、私語が止む。
「私は、このクラスの担任を務める」
「名はアシュレイだ」
名乗り方は簡潔。
肩書きも、誇示もない。
「ここは総合科目・緑ランク」
「君たちは“まだ途中”の評価を受けている」
黒板に、ゆっくりと文字が書かれる。
――《緑》。
「悪い色じゃない」
「だが、安心していい色でもない」
教室の空気が、わずかに張り詰める。
「伸びる者もいれば、沈む者もいる」
「私の役目は、それを見極めることだ」
淡々とした口調。
だが、冗談では済まされない重みがあった。
「授業中の態度、課題、連携」
「すべてが評価対象になる」
視線が、教室全体を一巡する。
ルカは、無意識に背筋を正した。
――見られている。
個人としてではなく、
“緑ランクの一人”として。
「質問は?」
一拍置いて、アシュレイは尋ねた。
誰も手を挙げない。
「結構」
そう言って、わずかに口角を上げる。
「では、今日は顔合わせだ」
「軽く自己紹介をしてもらおう」
その言葉に、教室がざわつく。
「名前だけでいい」
「家名も、学科も不要だ」
前列から、順に始まった。
一人ずつ、立って名を告げる。
声の大きい者、緊張で早口になる者、余裕のある者。
ルカの番が、近づいてくる。
心臓の音が、少しだけ大きくなる。
順番が来た。
立ち上がる。
「……ルカです」
それだけ言って、座る。
短すぎる自己紹介に、
何人かが一瞬こちらを見たが、すぐに次へ移った。
アシュレイは、特に反応を示さない。
メモを取るでもなく、ただ聞いているだけだ。
全員が終わると、担任は教卓に手をついた。
「いい」
「今日はここまで」
あっさりとした締めだった。
「次回から、本格的に始める」
「覚悟だけは、しておけ」
鐘が鳴る。
初めての“クラス”は、
思ったよりも静かに始まり、静かに終わった。
――ここで、やっていけるだろうか。
鐘の余韻が消えると、教室の空気が一気に緩んだ。
椅子を引く音。
机に鞄を置く音。
誰かが「疲れたー」と伸びをする声。
初日の授業は短かったが、緊張は確かに残っている。
ルカは、周囲の動きに合わせて立ち上がり、鞄を肩にかけた。
――門。
それだけを意識して、教室を出る。
廊下に出ると、人の流れは自然と分かれていった。
友人同士で連れ立つ者、上級生を探す者、教員に呼び止められる者。
ルカは、そのどれにも属さない。
少しだけ歩調を早め、校舎を抜ける。
中庭を横切る頃には、空がゆっくりと夕方の色に変わり始めていた。
――遅れるな。
レインの声が、頭をよぎる。
無意識に、足が速くなる。
正門前は、人の行き来が多かった。
新入生、上級生、教職員。
それぞれが、それぞれの帰路へ向かっている。
門の外に、黒塗りの馬車が停まっていた。
装飾は控えめだが、車体に刻まれた紋章は一目で分かる。
雷名家――学園関係者なら誰でも知っている家のものだ。
「……?」
ルカは、足を止めた。
迎えのはずの時間ではある。
だが、あれは自分の宿の馬車ではない。
隣に立つレインは、何でもないことのように視線を向ける。
「来たな」
その一言で、胸の奥がざわついた。
「え……あの、先輩」
「何だ」
「あれ、迎え……ですか?」
「そうだ」
即答だった。
「私の家の馬車だ」
まるで説明する必要がない、と言わんばかりの口調。
「……僕、宿に泊まっていて」
「知っている」
遮られる。
「今日までだ」
ルカは言葉を失った。
「えっと……それは、どういう……」
レインは一度、門の内側――学園の方を振り返った。
人の流れはまだある。
新入生も、上級生も、行き交っている。
「ここでは話しにくい」
そう言ってから、再びルカを見る。
「お前は、この数日、学園外の宿に泊まっていたな」
「……はい」
「短期用の、管理の甘いところだ」
図星だった。
「安全面が低い」
淡々とした評価。
「今のお前には不適切だ」
今のお前、という言い方に、ルカは息を詰める。
「試験の結果も、噂も、もう広がっている」
「自覚は?」
「……少し」
「足りない」
冷たいが、突き放してはいない声。
「だから、今日から私の家に来い」
命令だった。
「拒否は?」
逃げ場のない問い。
「……あの」
それでも、言葉を探す。
「ご迷惑では……」
「ならない」
即断。
「私が決めた」
それだけで、議論は終わったという顔。
ルカは、胸元の十字架に触れた。
理屈は、通っている。
安全で、合理的で、確実だ。
でも。
「……僕、泊めてもらう立場ですよね」
「そうだ」
「それなのに……」
何と言えばいいのか分からない。
レインは、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「お前は、私の管理下に入る」
淡々と、しかしはっきりと。
「それが一番、無駄がない」
保護。
監督。
責任。
どれも、彼女の言葉としては正しい。
「……分かりました」
小さく、そう答えた。
レインは、それで十分だったらしい。
「乗れ」
馬車の扉が、御者によって静かに開かれる。
中は広く、静かで、整いすぎているほど整っていた。
ルカが乗り込むのを確認してから、レインも続く。
扉が閉まる。
馬車が動き出す。
しばらく、無言だった。
外の景色が流れていく中で、ルカはようやく気づく。
――最初から、迎えはこれだった。
宿に戻る選択肢など、
最初から用意されていなかった。
「……先輩」
思わず、声が漏れる。
「ん?」
「僕、本当に……ここにいていいんでしょうか」
馬車の揺れの中で、レインは少しだけ考える素振りを見せた。
そして。
「問題があるなら、私が処理する」
それだけ言った。
不安を否定もしない。
安心を与える言葉でもない。
ただ、逃がさない。
それが、今のレインの距離感だった。
雷名家の屋敷へ向かう馬車は、
静かに、確実に、ルカの帰る場所を塗り替えていく。




