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月が落ちる、その灯篭の先  作者: 悠介


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9/10

思い出、そして別れ

「緊張するー……。」

「大丈夫だよ、浩介。ドンと構えてれば良いんだ。浩介なら出来る、俺はそう信じてる。」

 六月の頭、スポーツインストラクターとして、ジムのインストラクターを選んだ浩介は、今日が初出勤日だ。

 パーソナルトレーナー、ってやつだったかな、ジムで個別契約をして、その人相手に器具の使い方のレクチャーをしたり、サポートをする役割、って言ってたな。

 俺はジムとかは無縁の人間だったから、聞いた位でよくわかってないけど、でも、浩介が選んだ道なんだから、頑張って欲しい。

 浩介は、そんな俺の想いを知ってか知らずか、緊張した様子を見せて、何度も部屋とリビングを行ったり来たりしてる。

「ほら、送っていくから、行こう。」

「う、うん……。悠介、僕頑張れるかな……?」

「大丈夫だ、俺の知ってる浩介は、きっと頑張れる子だ。だから、俺は信じてる。」

「……。うん、ありがとう。」

 梅雨が来て、湿り気を帯びた空気の中、俺達は車を出して、浩介の出勤先に向かう。

 ここから三十分位のジム、歩いて三十分だから、車で行けば十分もかからない、そんな場所だけど、最初の出勤日は送っていくって決めてたから、これで良いんだ。

 それに、不安がってる浩介を独り送り出すのは忍びない、だから、こうして車を出して送る、って言う選択肢を取った。


「じゃあ、行ってくるね。」

「行ってらっしゃい、浩介。」

「うん。」

 車を降りる前にキスをして、浩介を送り出す。

 今日は執筆作業はお休み、何か月かぶりって言うか、引っ越した位ぶりに、一日執筆をお休みだ。

 何か月かに一回しかそう言う日は作らない、浩介の誕生日だったり、お父さん達の命日であったとしても、少しは書くのが俺の性分だ、と思ってたから、今日は特別に、って感じでオフの日だ。

 浩介を帰りも迎えに行くから飲酒は出来ない、するつもりも無いけど、カフェでも行くかな。

 近くのモール目指して車を走らせて、広い駐車場の中の、モールの入り口に近い場所に車を止めて、モールの中を散策だ。


「眼鏡、新しいの買おうかな。」

 そう言えば、今掛けてる眼鏡も、かれこれ三年は使ってる、デザインが気に入ってて、ずっと使ってたけど、そろそろ度が合わなくなってきた。

 だから、眼鏡でも新調して、って感じだ。

「ふーん……。」

 良いデザインって言うか、今と同じ位気に入るデザインがあれば良いんだけど、とか思いながら値段を見てみると、意外と高いって言うか、眼鏡屋としては高品質な方なんだろう、五万円とか四万円とか、出せない額じゃないけど、高い買い物になりそうだ。

 俺が今掛けてる眼鏡を買った店は、大体五千円から一万円が相場で、まあ街の眼鏡屋、って感じだったんだけど、ここは品が良いって言うか、冒険はしない、堅実な感じの眼鏡が揃ってる。

 ただ、宗田さんからも、そろそろ身に着ける物とか、そう言った事に気を使った方が良い、って言うアドバイスは貰ってた、作家として、何億と稼いでる身なんだから、それなりに良い物を揃えておかないと、いざファンとかの前に出た時に、恥かしい思いをするかもしれない、って。

 サイン会は基本私服でやってるから、私服にはきちんと金をかけてた、ブランド品っていうにはちょっと安いけど、それなりに額の掛かるパーカーだとか、シャツだとか、そう言うのは身に着けてた。

 時計は買う予定はない、そもそも時計なんてスマホがあれば十分だし、外に出る機会も少ないし、買った所で、って感覚だったから、買ってない。

 代わりにサインペンにも使ってる万年筆は、良い物を買ったって言うか、成人祝いとして自分に買ったのがある、それを使ってるんだけど、眼鏡は安いのを使い続けてたな。

 眼鏡って消耗品って言うか、持って五年ってイメージだったし、そう言う消耗品にまで、高い金を使うのは違うかな、なんて思ってたから、こういうお高い所には寄り付きもしなかった。

 ただ、ここのモールは二年前に出来たばっかりで、まだまだ来た事も少なかった、たまーに飯を食いにフードコートに行く位、しか寄った事が無かったから、探索って言うか散策って言うか、そう言うのもありだなとは思う。

 浩介とのデートでも使えそうだし、良いかな。

「お客様、どの様なお品をお探しですか?」

「あ、えーっと、メタルフレームで、青系があればと思ってます。」

「それでしたら、こちらなどいかがでしょうか?」

 なんとなく眼鏡を眺めてると、店員さんが話しかけてくる。

 提示された眼鏡、こういう所にしては珍しくメタルフレームで、青って言うかネイビーなんだけど、まあ冒険しないタイプの感じならこれ位が限度かな、なんて思う。

 後はどれもこれもシックな感じで、あったとしても虎柄って言うか、タイガー系の色味だから、こういうのがあるって言うのが、珍しい。

「値段、いくら位しますか?」

「こちらですと、七年の保証がつきまして、六万円になります。」

「七年も保証がついてるんですか?うーん、七年もって言うのなら、買おうかな。視力測定って出来ます?」

「はい、承っております。」

 視力検査をしてくれるなら有難い、今日中に受け取れなくても、今日作れるってだけで吉だ。


「では、おつくりに二週間ほど頂きますので、そちらの引換券を捨てずにお持ちください。」

「はい、了解です。」

「では、お会計ですが……。」

「クレジットでお願いします。」

 五分位で視力検査が終わって、出来上がりは二週間後、って言うのをスマホのカレンダーに入れておいて、会計を済ませて店を出る。

 高い買い物をした、って言う感覚はあんまりない、最近パソコンの調子が悪いから、って言う理由で、デスクトップもノートも買い替えたし、最新機種ってなると、合計五十万位したもんだから、それに比べれば何でもない。

 本当は浩介の使ってるパソコンも一緒に買い替えようか?なんて話をしたんだけど、浩介はそこまで甘えられないから、って言って、断られた。

 稼いでる方だって言う自覚はあるし、それ位負担にもならないんだけど、浩介的には家を買ったって言うのがでかすぎて、甘えてる気がしてるらしい。

「さて、と。」

 ちらりと洋服を眺めるけど、俺のサイズは無いのは当たり前って言うか、大きい服専門店でしか俺のサイズの服を見た事が無いから、それはそうなんだけど、浩介に土産でもと思って、スポーツ系の衣料品店に足を運ぶ。

「浩介がLサイズだから……。」

 靴のサイズは確か、二十七とかだったかな、俺よりちょっとだけ小さかった覚えがあるけど、それはちょっと曖昧な記憶だから、また一緒に買いに来るとして、洋服はLサイズだったから、インナーとシャツを探す。

「ん、あった。」

 浩介が好んで着てるブランドのアンダーシャツと、Tシャツをチョイスして、会計を済ませる。

「カフェカフェー。」

 買い物を終わらせて、カフェを探す。

 三階建て建物、三階にフードコートがあるのは知ってるけど、それ以外を殆ど知らないから、案内板を眺める。

「二階ね。」

 今いるのが三階のスポーツショップ、二階にカフェがあるらしいから、そこに行こう。

 エスカレーターで降りて、二階は洋服屋さんって言うか、女性向けの品が多い印象だけど、レストランが固まってる区域があるらしくて、そこに向かう。


「いらっしゃいませー!何名様ですか?」

「あ、一人です。」

「かしこまりましたー!こちらへどうぞー!」

 平日、って言うのもあって、カフェは閑散としてるって言うか、それでも平日にしては混んでる方なんだろうけど、まだ昼時にもなってないから、空いてて助かる。

 すぐに席に案内されて、メニュー表を長めながら、軽く昼飯も食べちゃおうか、なんて思案する。

 チェーン店だけど、地元には店が無くて、来た事が無いタイプの店だけど、成る程サンドイッチがメインなのか。

 それ以外にも、シチューとかグラタンとか、そう言うのもあるけど、店として推してるのはサンドイッチ系らしくて、珈琲の次のページにでかでかとサンドイッチのページが設けられてる。

 ピンポーン

「はい、ご注文はいかがいたしましょう?」

「えっと、卵サンドと、ナゲットとポテトのセット、それにウィンナーコーヒーをアイスで。」

「卵サンドにポテトナゲット、ウィンナーアイスコーヒーですね?かしこまりました、少々お待ちください。」

 店員さんに注文をして、暫しお冷を飲みながら待つ時間だ。

 店内は陽気な曲が流れてて、多分有線放送なんだろうけど、最近の流行りはわからない、俺はずっと好きなアーティストがいて、大体はその人の音楽だったり、後はゲームミュージックだったり、ちょっと古いのを聴いてるから、最近の流行りの歌とか、曲とかって言われてもわからない。

 浩介は結構今どきな感じの歌とかを聴くし、紹介もしてくれるんだけど、いまいち刺さらないって言うか、なんていうか。

 俺自身、自分の小説がドラマ化する、って言う話が上がった時に、試しに作詞してみませんか?って言われて、それをした事はあるけど、なんだか説教くさいって言うか、教訓めいてるって言うか、ちょっと古くさい感じの歌詞になった覚えがある。

 あれが十九の頃、それ以来、そう言った話は上がってこない。

 ファンタジーの方も、コミカライズだったりなんだったりで動いてくれる人達がいて、俺はそれに一任してる、描写の補填とかも含めて、俺は小説は読んでも漫画は通ってないから、漫画なりの表現をして欲しい、って言う依頼をして、それに任せてる。

 今度アニメが云々って話も持ち上がってたりそうじゃ無かったり、それはまだ浩介にも言ってない、守秘義務って程でも無いけど、内部の事情で、まだ決定はしてないから、これは浩介にも話してない。

 もしかしたら?位の話で、俺の書くファンタジーは古風な作風って言うか、今どき作風じゃないから、今は審議中、って話だった気がする。

 ただ、そうなったとしても、どっちにしても、俺の主戦場は小説の執筆だから、それは変わらない、液タブを買ったのだって、キャラクターのイメージを書く位、後は純文学の表紙のデザインの原案を考えるのに、あれこれ考えてると鉛筆とかシャーペンじゃ大変だから、って言う理由だ。

 それを暫くしまい込んでた訳で、わざわざ労力を使って紙とペンでやってたわけだ、面倒になるのもわかる。

 今はデスクが広くなったから、液タブをおいてやって、って出来るから、ある意味文明の利器に感謝だ。

 なんて事を考えてると、外では雨が降ってきてる。

 傘は持ってきたけど、立体駐車場で屋内に止めておいて良かったな。


「お待たせしました、ウィンナーコーヒー、卵サンド、ポテトナゲットです。」

「あ、ありがとうございます。」

 少し思考の中にいたら、店員さんが飯を持ってきてくれる。

 俺は基本的に頭の中が五月蠅い人って言うか、考えない時間が寝てる時間だけ、って言う位、普段からなにがしかを考えてるんだけど、時々思考が深まるって言うか、自分の世界に入り込んで、周りが見えなくなる事がある。

 流石に運転中とかにはならないけど、執筆中とかは特に、自分の世界に入りがちだ。

「さて、頂きますか。」

 浩介は今頃説明を受け終わって、研修が始まってるんだろうか、なんて考えながら、卵サンドから頂く。

 卵とマヨネーズの配合が丁度良い塩梅で、それがふわっとしたパンに挟まれて、これでもかと盛られてて、それがまた美味い。

 ウィンナーコーヒーも頂こう、ん、これはまた、甘みがほのかにあって、苦さとのバランスが良いな。

 ポテトは塩がかかってない、卓上に塩が置いてあるから、それを使えって事かな。

 塩をかけて食べると、丁度良い塩味が加わって、これまた美味い。

「……。」

 飯を口に入れてる時は喋っちゃいけません、それはお母さんからの教えだった。

 お母さん、浩介のお母さんは、俺の母親と違って愛情深くて、優しくて、真心に溢れていて、俺の事を受け入れてくれて。

 家に帰っても飯が無い、って事を知ってから、良いから家で食べていきなさい!なんて言ってくれた、命の恩人でもあって、俺が太ったのは、お母さんの料理が美味しかった、美味しすぎる位に美味しかった、って言うのもある。

 毎回白飯を何杯もお代わりして、共働きだったけど、子供が一人増えたら家計が大変だったろうに、俺にも食わせてくれて。

 それを知ったのは高校時代だった、ため息をついてるからどうしたのかな、って所で、浩介の大学の進学費用が捻出出来ないから、どうしても奨学金で行ってもらう事になってしまう、って言ってて、そこでこの家はあんまり裕福ではなかったんだな、って言うのに気付いた。

 当時、まだ駆け出しだった頃だったから、あんまりお金も無くて、ただバイトをする時間も無くて、って言う状態だった俺に、弁当まで浩介に持たせてくれて、それで、それで。

「……。」

 思い出すと、時々泣きそうになる。

 家では放逐されてた、いない者扱いされてた俺を、迎え入れてくれた家族、それが浩介の両親と、悠治だった。

 誰も、嫌な顔一つせずに、受け入れてくれた、俺が、家では飯一つ出てこない、じいちゃん達がいるから、最低限の出費だけは為されてて、それで残りは放置、だった俺を、暖かく迎え入れてくれた。

「泣くな、悠介。俺は、浩介を……。」

 一粒だけ、涙が零れる。

 浩介の前では見せられない、涙は嬉しい時に流すもんだ、なんて言ってる俺が、悲しくて泣いてちゃだめだ。

 強くならないと、お父さん達が報われない。

 でも卵サンドを食べてると、どうしても感傷に浸っちゃう、昔、薄いハムと卵のサンドイッチを食べて、それが初めてお母さんから貰った飯で、それが学校とか幼稚園以外で食べた、最初に記憶に残ってる、一番最初の家庭の料理で。

 本当に、今思えば安上がりな子供だった、豆類はだめだけど、それ以外は何でも美味しい美味しいって言って食べて、何でも食べて、なんでも美味しくて。

 懐かしい思い出、俺が高校を卒業した頃には売れ始めてて、独り暮らしをするんだ、って言う話をしたら、一緒に住まない?なんて言ってくれて、でもその頃、俺の生活パターンが皆とは合わない事は知ってたから、近所に家を借りて。

 それで、それから二年、お父さん達は逝った。

 もっと恩返しをしたかった、親に親らしい事をして貰えてなかった俺に、親として接してくれていた人達、そんな人達だったから、もっともっと恩返しがしたかった。

 でも、それは叶わない願いだった。

 二十歳になって、成人して、ある程度売れて、そろそろ良い店でも連れて行って上げようか、なんて思い始めた頃に、皆は逝った。

 遺されたのは浩介だけだった、だから、俺は忘れ形見を守るって言う意味合いも籠めて、浩介を守りたいと願った。

「美味いよ、本当に。」

 涙は嬉しい時に流そう、涙は、失ったときだけ流そう、そう決めたんだ。

 泣き虫だった俺は、小学校に上がる辺りで、泣いても何も解決しない事を知った、涙は、何も解決なんてしてはくれない事を理解してしまった。

 それは、感情表現としては正しいのかもしれない、でも、俺にとってそれは、意味のない事だ、そう結論を出してしまった。

 だから、泣かない。

「なんで……。」

 卵サンドを食べながら、涙が止まってくれない。

 こんな些細な思い出、懐かしいけれど、別にどこで思い出したって問題ない様な思い出、そんな思い出が、俺に涙を流させる。

 ぽつぽつと、ぽつぽつと。

 涙が零れては、テーブルにズボンに流れていく。

 きっと、俺はずっと悲しかった、浩介の前では強がってただけで、強くあろうとしただけで、本当は泣きたかった。

 それを思い出す、葬式の時、涙を止められずにいた浩介の代わりに、俺が喪主の手伝いとしてやってた時に、泣けなかった事、あいさつ回りとかを浩介の代わりにして、忙しさと、浩介を守らなきゃっていう感情に押しつぶされて、泣けなかった事。

 だから、今こうして卵サンド一個で思い出して、涙を流してる。

「あれ、悠介君?」

「……?」

「やっぱり悠介君だ。浩ちゃん、悠ちゃん、この人はね、叔父さんのお友達なんだよ?」

「良太、さん……?」

 独りで泣きながら卵サンドを眺めてると、聞き覚えのある声がした、それは以前ゲイバーで出会った良太さんの声で、内容から察するに、親戚の忘れ形見だって言う、甥っ子達と一緒なんだろうか。

「悠介君、泣いているのかい?」

「……。すみません、恥かしい所を見られちゃいましたね。」

「……。ううん、そんな事はないよ。泣きたい時は泣けばいい、それは、悲しいから、嬉しいから、感動したから、辛かったから。どんな感情で泣いているのかはわからないけれど、涙を止める権利は、きっと誰にもないから。」

「お兄さん、よしよし!」

「よしよしだよー!」

 良太さんの甥っ子達、浩ちゃんと悠ちゃんって言ってたかな、その子達が、俺の頭を撫でてくれる。

 確か、あの頃小学六年生と四年生って言ってたから、今日は土曜日だったっけ、そう言えば休日だけど、こんな所で合うとは思ってなかった。

「……。ごめんね、坊や達……。お兄さん、涙が止まらないんだ……。」

「叔父ちゃがね、泣いても良いんだ、って言ってたよ!だから、よしよししてあげるの!」

「そうだよー!」

 頭を撫でられる、その感覚が心地良くて、懐かしくて、涙が止まらない。

 この子達も、両親を失ったって言ってた、だからきっと、その痛みがわかるんだろう。

 俺がなんで泣いているか、なんて事じゃない、何かを失って、悲しいって言う気持ちが、わかるんだろう。


「ありがとう、坊や達。お陰で、すっきりしたよ。」

「いえいえ!」

「良いんだよー!」

「確か、浩ちゃんと悠ちゃん、だったね?どっちがお兄ちゃんなんだい?」

「僕が浩希だよ!お兄ちゃんなんだ!」

「僕は悠介だよぉ!」

「じゃあ、弟君は俺と同じ名前なのか。俺も、悠介って言うんだよ。悠久の悠に、介護の介、で悠介だ。」

 暫く涙が止まらなかったけど、子供達の温もりで、暖かい気持ちになって、落ち着いて。

 良太さんは浩ちゃん達は良い子だね、って頭を撫でてて、浩ちゃん達は嬉しそうにしてる。

「良太さん、お近くに住まわれてるんですか?」

「うん、つい最近、引っ越してきたんだよ。先月だったかな、それで、纏まった休みが取れるって言うから、モールが近くにあったな、って思って来たんだ。まさか、悠介君とこんな所で巡り合うとは思わなかったよ。悠介君達もこのあたりに住んでるのかい?」

「はい、馬橋の駅から十五分位の所に住んでます。良太さんは?」

「八柱の駅から十分って所だよ。前は独り暮らしをしていたんだけどね、嫁さんと知り合って、一緒に暮らす様になって、それで子供達も、ってなると家が狭くてね。いっその事、一軒家でも買おうか、って言って、ローンを組んだんだ。そう言えば、悠介君は作家さんだってママが言ってたね。って言う事は、一括で買ったのかい?それとも、名義は浩介君?」

「一括で買いました。でかい買い物でしたけど、まあ買えない位の買い物でもなかったので。」

「叔父ちゃ!悠介さんは何のお仕事をしてるの?」

 席を移して、良太さんとおチビ君達と四人で座って、話をする。

 良太さんと出会ったのが先月、それで、その頃には子供達と一緒だったって言う話だったはずだから、そうか、それで引っ越したんだ。

 近くに住んでるって言うのは意外って言うか、世間って狭いんだなって言う感想だ。

「俺はね、小説家をやってるんだ。坂入悠介、って言う名前で出してるんだよ。」

「え!?悠介さんって、あの悠介さんなの!?」

「浩ちゃん、もしかして、えぇ!?」

「そっか、悠介君の小説はドラマにもなってたり、映画になったり漫画になったりしてたね。浩ちゃんのお部屋に置いてある、聖獣達の鎮魂歌、の作者さんが確か悠介君だったね。って言っても漫画じゃなくて原作小説の方だったっけ。」

 そっか、鎮魂歌は子供でも読める様な作品にして欲しい、って言ってたから、年齢制限が掛かってないんだっけ。

 それをこの子達が読んでる、って言ってもおかしくはない、って言うか、そんな感じだろう。

「凄おい!先生なの!?」

「そう言う事になるかな?浩ちゃんが読んでるのが漫画なら、俺は原作者って言う立ち位置になるかな。漫画の前に小説があって、それを書いたんだ。」

「浩ちゃん!サイン貰おうよぉ!みんなが凄いっていうと思うよぉ!」

「あはは、君達は素直で良い子達だね。良太さんが褒めるのも納得だよ。サインなら何時でもするけど、そうだな、今は色紙が無いから……。あ、一階の店に色紙が売ってたかな?後はペンも必要だ。」

「買ってくる!叔父ちゃ!待ってて!」

「はいはい、行ってらっしゃい。」

「僕もぉ!」

 そう言って、二人は店を飛び出して色紙を買いに行っちゃった。

 良太さんは、ある程度の年齢なんだし、大丈夫だろうね、って言って、行動を咎める事はしなかった。

「それで、悠介君は浩介君と一緒に暮らしているんだったね。浩介君、元気しているかい?あれ以来会っていないけれど、そう言えばそろそろトレーナーとして働き始めるんだろう?」

「はい、今日が最初の出勤日で、送ってからこっちに来たので、まだ研修中だと思います。」

「そっかそっか、夢を見つけられたんだね、浩介君も。」

「そうですね、当初の夢は叶わないままかもしれないですけど、今は今の夢を追いかけて欲しい、そう思います。」

 良太さんは、浩介が野球選手になる夢を諦めた事を知ってるんだろうか。

 聞いた事があったとしたら、今の言葉も納得って言うか、浩介が俺の知らない場所でどんな話をしてたか、までは知らないから、そう言う話が出来る相手がいてくれた、それはありがたい事だと思う。

「ただいま!先生!サイン下さい!」

「僕もぉ!」

「お帰り、じゃあ、色紙とペンを借りても良いかな?」

「はい!」

 そんな話をしている内に、浩ちゃんと悠ちゃんが戻ってきて、色紙とマーカーを渡してくれる。

 俺は二枚サインを書いて、いつもサインに入れてる言葉を書いて、それを渡す。

「はい、どうぞ。」

「やった!」

「ありがとぉ!」

「悠介君、良かったのかい?」

「良いんですよ、これ位、お礼だと思ってくれれば。」

 喜んでる二人を見ていると、なんだか昔の俺達を思い出すみたいだ。

 好きなアーティストさんにサインの応募をして、それが当選して、届いた時にはすごぶる喜んで。

 そう言う体験を、この子供達は今してるんだろう、俺がそれをする側になった、それは自覚してるつもりだったけど、改めてそれを考えさせられるって言うか、シャキッとしなきゃな、って襟を正す気持ちになる。

「浩ちゃん、悠ちゃん、サインはしまっておいて、ご飯を食べようか。悠介君は食べ終わってるみたいだから、この後どうするんだい?」

「そうですね、一回家に戻って、浩介が仕事終わる頃に迎えに行く感じですかね。」

「連絡先、交換してくれないかい?これからも、ご近所として、友達として、やっていきたいんだ。」

「はい、是非。」

 良太さんと連絡先を交換して、三人に別れを告げて、店を出る。

 もう少しフラフラしようか、でも、家に戻って家事もしないと、って思って、駐車場に向かう。

 腹ごなしはしたし、昼飯は食った、夜飯は少し豪勢にしようか、なんて考えながら、車に乗って、十分位で着く家に戻る。


「ふー……。」

 夕方、そろそろ浩介が仕事が終わる時間のはずだ、と思って、家から出て車で駅の方に向かう。

 浩介が仕事が終わるのが六時って言ってたから、その時間に合わせて着ける様に、ゆっくりと車を運転する。

 まだ新車に慣れたわけじゃない、レンタカーでいつも借りてた車種とは違うから、勝手が違うって言うか、シフトレバーが違うから、そこら辺の勝手に慣れていかないとな、なんて思いながら、音楽を流して運転する。


「浩介、お疲れ様。」

「悠介、迎え来てくれてありがとうね。」

「良いんだよ、これ位。そうだ、今日さ、良太さんに会ったんだよ。近くのモールあるだろ?あそこで飯食ってたらさ、良太さんが甥っ子達連れて入ってきたんだ。それで、連絡先交換したんだ。これから、友達として仲良くしていきたい、って言ってくれてさ。」

 浩介が仕事を終え、悠介の車に乗り込んでくる。

 悠介は、浩介を労いながら、今日あった事を話す、そう言えば、と言って、後部座席に置いていた荷物を浩介に渡して、今日は少し良い所に食べに行こう、と言って、車を発進させた。

「これ、ウェア?」

「浩介のサイズは普通の店にあるから、選ぶ時に有難いよ。俺のサイズだと、専門店いかないと無いだろ?」

「ありがとう、悠介。大事にするね?」

「着まくってくれて構わないよ。」

 浩介に渡したのはウェア、インナーシャツとTシャツなのだが、浩介にとっては、それは嬉しかった様子だ。

 嬉しそうに笑って、大事にするね、と言っていて、これを着てジム仕事を頑張ろう、と考えている様子だ。

「それで、今日は何処に行くの?」

「寿司でもどうかなって。浩介的には肉の方が良かったか?」

「ううん、お寿司も好きだよ?」

「それは良かった。」

 東京方面に車を走らせながら、悠介はこれからの事を考える。

 これからはきっと、二人で手を取って歩いていける、きっと、きっと。

 そんな事を考えながら、浩介と話しながら運転している悠介。

 だったが。

 パー!

「やばい!」

「え……?」

 キィィィィィィ!

 反対車線から、トラックが中央線を超えて速度を出して飛び出してきた。

 悠介は、一瞬の判断でハンドルを左に切り、何とか回避しようとする。

 しかし、それは遅かった、一瞬の差、それが、致命的だった。

「……!」

 衝撃、トラックが衝突したと認識した直後、浩介は頭を打って気を失った。


「浩介……。ごめんな。」

「悠介?」

「浩介、ずっと、ずっと愛してる。この想いは、不変で、不滅で、何時までも変わらない。ずっと、ずっと見守ってるよ。だから……。だから、きっと、前を向いて歩いてくれ。それが、いつの日かでも構わない、いつか、俺の事を忘れてしまったとしても構わない、ただ、約束だ。きっといつか、前を向いて歩いて行くって。」

「ゆう……、すけ……?」

「さよならだ、浩介。俺はもう、行かないと。」

「悠介!」

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