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月が落ちる、その灯篭の先  作者: 悠介


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8/10

秘めていた心

「悠介!受かったって!」

「良かったな、浩介。じゃあ、今日は良い飯でも食いに行くか。」

 五月の頭、ゴールデンウィークが終わってちょっと、って感じの頃に、浩介はスポーツインストラクターの面接に合格した。

 俺はと言うと、現在はファンタジーの方を書いてて、文庫本としては五作品目、シリーズの頭を書いてる所だった。

 煙草を吸いながら休憩してると、浩介が部屋に入ってきて、嬉しそうに報告してくれる。

 あれ以来、本音を話して以来、浩介は荒れなくなった、落ち着いたって言うか、憑き物が落ちた様に、頑張ってた。

 それを知ってたから、俺も嬉しい、まるで、自分事の様に嬉しく感じる。

「じゃあ、今までの会社は辞めるって事になるのか。挨拶まわりは済ませておかないとだな。」

「うん。ちょっと寂しい、一緒に頑張ってきた人達だから、離れ離れになるのは寂しいけど、でも、僕は頑張りたいと思ったから、これで良いんだ、って思うよ。悠介がいてくれなかったら、きっと追いかけられなかったと思う。きっと、ずっと心につっかえたまま、生きて行ってたんだと思う。ありがとう、悠介。僕を支えてくれて、応援してくれて、背中を押してくれて。嬉しかった、ずっとずっとそう思ってたはずだったのに、なんで僕は怒ってたんだろうって位、ずっと悠介は傍にいてくれたんだよね。……。本当にありがとう、悠介。」

「俺はやりたい様にやっただけだよ。いつもと変わらない、何も変わらない。ただ、浩介を応援したいから、応援してただけだ。」

「その気持ちに救われたんだよ、悠介。それじゃ、僕仕事行ってくるね!」

「店の場所決めたら連絡するから、帰りはそっちに行ってくれな。」

「はーい!」

 今日明日で仕事を辞めるわけにもいかないだろう、事前に話はしていたって言ってたけど、退職に当たって有給消化とか、そう言うのも残ってるだろうし、会社勤めはした事が無いから、そこら辺の勝手がわからないけど、そう言うのもあるんだろう。

 浩介が家を出て、いつも通りに仕事に行く、それを見送って、俺はある程度家事をこなして、執筆の時間だ。

 俺は生来集中力がなくて、なにか誘惑があると、すぐにそっちに気が散っちゃうから、デスクトップはネットに繋ぐ事もしてない、調べ物をする時にスマホを覗く位で、それ以外は基本的に外界と自分をシャットアウトする。

 そうでもしないと集中力が続かない、って言うのが一番だけど、それと音楽を聴いて、って言うのが、俺の執筆スタイルだ。

 それは作家を始めた頃から変わってない、当時と今じゃ、オープンSNSがあったり無かったり、そう言う違いはあるけど、基本的に俺のスタイルは変わらない。

「そうだ、店の予約……。」

 浩介は魚より肉が好きだから、鉄板焼きのお店でも予約しようか。

 東京の方で鉄板焼き、って調べて、浩介の職場の近くの鉄板焼き屋さんを予約して、浩介にその事をラインで連絡する。

 たまには俺も酒を飲むか、って言うか、普段が飲まなすぎる位飲まないって言うか、そもそもアルコールに弱い人だから、俺は飲まないんだけど、こういう時位飲んでも良いだろうし、飲むべきだろうし、と思って、今日は電車移動で行こうかな。

 そんな事をぼんやりと考えて、さて執筆開始だ。


「じゃあ、今月いっぱいで退職になるんだね?」

「はい、四年間、お世話になりました。」

「坂崎君は客先でも評判が良いから、本当は引き留めたいんだけね、でも、やりたい事が見つかった、って言うのなら、私から止める事は出来ないかな。彼氏さんには報告済み?」

「はい、今日、いいお店でご飯食べようって言ってくれてます。」

 出社した浩介は、部長である園崎という女性に、退職届を出していた。

 園崎は営業部の部長の初老の女性で、子供が浩介達と同じ位の年齢か、それより少し下か、と言っていた記憶が浩介の中にはあった。

 子煩悩で有名で、接待や忘年会などが無い限り、必ず定時で仕事を終え、家に帰って家事をする、という程の女性で、シングルマザーながらに頑張ってきた人、というのが、浩介の中での印象だった。

「じゃあ、有給消化もあるからね。引継ぎは、以前からしてくれていたみたいだし……。そうね、今日が最終出勤日になるのかしら。送別会を開きたいのだけれど、良いかしら?」

「ありがとうございます、園崎部長。嬉しいです。」

「じゃあ、今日は客先に挨拶回りね。」

「はい!」

 若手の中ではエースだった浩介が辞めるかもしれない、と聞いていた園崎は、先んじて引継ぎをさせていた、それが正しかったのだろうが、今日でお終い、というのは寂しいな、と園崎は感じいていた。

 息子の様に思っていた浩介が巣立っていく、この会社から、という意味合いでだが、巣立って新しい場所へ向かう、それは喜ばしく、そして寂しいのだ、と。


「浩介ー。」

「あ、悠介、待った?」

「いや、今着いたところだよ。」

 浩介の仕事が終わって、上野にある鉄板焼きの店の前で集合した俺達、俺は昼飯を抜いたから、腹が減ってる。

 浩介は今日が最終出勤日になる、ってラインで報告してくれてたから、後は送別会をして、会社との関係は終わりになるだろう。

 有給が溜まってる、って言うのもあるんだろうけど、浩介にも準備期間は必要だろうし、これから先の事を考えて、ジムに行く時間を作りたい、って言ってたし、約一か月って言う期間は、丁度良い体を取り戻す期間になるんだろうな。

「行こうか。」

「うん。」

 店はビルの七階、エレベーターを使って、街並みを見ながら昇っていく。


「美味しいね!」

「うん、美味い。普段の料理に飽きてるってわけでもないけど、こういう所は、やっぱり美味いな。」

 鉄板焼きの店は、カウンターになっていて、目の前で肉を焼いてくれる、という趣の店だった。

 浩介と悠介は、厚切りのステーキを食べながら、アルコールを飲んで頬を赤く染めていた。

 浩介はこういう時はビールを、悠介はカクテルがなければ梅酒を頼むのが普段からの定番で、今日は悠介が珍しく酒を飲んでいた。

 普段は悠介は飲まない、弱いから飲まないと公言しているのだが、こういう時位は、と思っているのだろう。

 酒をあおり、顔を赤くして、普段見せない表彰を見せている。

 浩介は、普段から酔っぱらっている所を見られている、と半ば開き直っていたが、しかしこういう場では節制をしよう、という意識があるのか、気持ち普段より飲む速度が遅い。

 ほろ酔いになりながら肉を楽しんで、ついでの如くで、悠介がアヒージョを頼み、それもつまんでいた。


「ママー、やってますかー?」

「あら、浩ちゃん!悠ちゃんも一緒なのかい?」

「はい、おれも珍しく飲んでますよ。」

「あらま、珍しい事があるもんだ。今日はまだ他のお客さんも来てないし、座って座ってー。」

 一通り肉とかを楽しんで、いつものゲイバーに足を運ぶ。

 まだ開店した時間なのか、他にお客さんの姿はなくて、俺達だけが貸し切り見たいな感じになってる。

 そう言えば、俺はここで飲んだ事が殆ど無い、浩介を迎えに来るのが主目的な事が多々あったし、というかそれが殆どだったし、最近は浩介が家出をしないもんだから、浩介が独りでここに来る事は時々あるみたいだけど、節制して終電前には帰ってくる、だから、来るのも久しぶりだ。

「浩ちゃんは緑茶割りで良いね?悠ちゃんが飲んでるイメージが無いんだけれど、何か飲むかい?」

「そうですね、こういう時位、飲んでも良いのかなと。オレンジジュース割りを頂いても良いですか?」

「はいよー。」

 ママが焼酎を出して、割りものを加えて提供してくれる。

 ここのお通しは簡素なもので、食後の腹いっぱいの状態だと、逆にありがたい。

「二人揃って来るなんて、珍しい事があるもんだねぇ。何か良い事、あったのかい?」

「僕、スポーツインストラクターの面接受かったんですよ!それで、今日が最終出勤日だったので、悠介とお肉食べてきたんです!」

「それで悠ちゃんも少しお酒が入ってるんだね?悠ちゃんが飲んでる姿なんて、何年も見てないから、珍しいと思うけど、そう言うお祝い事があったんなら、それもおかしくはないのかな。」

「あはは……。自他ともに認める酒の弱さですからね、俺。あんまり飲んじゃうと、すぐにグロッキーですから。最初の一杯だけ、一緒に飲もうと思って。」

 二度目の乾杯をして、浩介はいつものペースで飲んで、俺はアルコールが回らない様にゆっくり飲んで、ママと雑談の時間だ。

「ほら、最近浩ちゃんが喧嘩で飛び出してくる事がなくなったでしょう?だから、悠ちゃんが迎えに来ないって言うのが普通になって来たし、ちょっと俺、寂しかったんだよ?って言っても、喧嘩をしないのが一番だし、勿論それが良いと思うけどね。ただ、悠ちゃんと話す機会がなくなってきて、それはそれで寂しいな、なんて思ってたんだよ。」

「あはは、ママは口がうまいですからね。俺も話してて心地が良いって言うか、話しやすいとは思いますよ。変に妬まれたり、ひがまれたりもしないですしね。」

 浩介はいつものぺースで飲んでて、そう言えば浩介をお持ち帰りしようとした奴って言うのが気になったけど、あれ以来会ってない、って言ってたし、ママも馴染みのないお客さんだって言ってたし、来てないのかな。

 なんて事を考えてる内に、浩介は二杯目を注文してて、これは久しぶりに酔っぱらいそうな勢いだ。

 浩介は嫌な事があるとお酒を飲むタイプ、だと思ってたから、こうして明るくお酒を飲んでる、って言うのは、結構珍しい光景だ、と思う。

 以前は酔っぱらった浩介を介抱しながら帰るだけだったし、一緒に飲むって事も、だいぶ昔にしたっきりだった、浩介にとって、お酒は悲しい事だと思ってたから、一緒に飲むのも違うかなって思ったり、そもそもが俺と喧嘩してここに来て飲んでたんだから、一緒に飲むって言う機会が無かった、それが正しいかな。

「悠ちゃんは次何飲む?」

「俺はさっきまで飲んでたので、ミルクティーをお願いします。」

 なんて事を考えながら飲んでる内に、グラスが空いてママがミルクティーを入れてくれる。

 チェイサー代わりに飲むにはちょっと甘いけど、まあ良いか。

「ママ、ママが悠介とお話してくれなかったら、ずっと僕達すれ違ったままだったんですよー?本当に、ママには感謝ですよー!」

「浩ちゃん、ここに来るたびにそれを言ってるねぇ。俺は何もしてないよぉ?ただ、愛し合う二人がすれ違うのが嫌だ、って思っただけなんだから。」

「その気持ちに救われた、って事ですよ。な、浩介。」

「そうですよー!」

 ママからしても、泣かずに飲んでる浩介って言うのはまだ見慣れてないらしくて、普段の感じと違う、って言う印象があるのか、普段なら言わないであろう事も、浩介にも話をしてる。

 ママ元来の性格って言うか、俺達がそうやって迷惑を掛けてなければ、本来はそう言う接客が好きなんだろうな、って感じで、生き生きしてるって言うか、そう言う風にも見える。

「お邪魔ー。あ、浩介君じゃん!お隣はいつもの彼氏君?」

「あ、良太さん!お久しぶりれす!」

「もう結構飲んでるなぁ?悠介君、お話するのは初めてかな、僕は良太、浩介君が普段から愚痴ってたりしたけど、仲直りは出来たんだって?」

「初めまして、良太さん。そうですね、仲直りって言うか、蟠りが解けたって言うか、どっちなんでしょうね?」

「良ちゃん、野暮は言いっこなしだよ?さ、飲んだ飲んだ!カラオケも歌うかい?」

 常連さん、俺も何度か顔を合わせた事がある人なんだけど、浩介がいつもお世話になってる人なら、挨拶はしないと、と思って、良太さんに挨拶をする。

 良太さんは、俺達より少し年上何だろうけど、同い年か、見た目的には俺より年下に見える童顔で、少し垂れた目が印象的な優しそうな人だった。

 俺は話をした事はない、浩介を迎えに来て、すぐに出ちゃう人だったから、顔を合わせた事があるかな?位なんだけど、向こうは覚えててくれたみたいで、浩介の隣に座って、ウーロン茶割りを頼んでる。

「浩介君、最初あった時からずっと、泣きながら話をしてたからさ、心配だったんだ。良い彼氏さんだ、って思ってはいたけど、かみ合わせが悪いのかなーって。ただ、蟠りが解けたなら、それはそれで良かったよ。浩介君、ここじゃ人気者だったから、粉かける人も多くてさ?ママが、彼氏がいるんだから止めてあげて、って必死になって止めててさ。それでも、それが正解だったんだろうね。」

「そう言う良ちゃんも、最初は浩ちゃんに色目使ってた気がするけどねぇ。」

「はは、そうだね。最初、泣かせる様な彼氏より、僕の方が良いんじゃないか、って思ってた。ただ、話を聞けば聞く程、悠介君の事が好きでたまらなくて、仕方が無いんだろうな、入り込む隙間が無いんだな、って思って、諦めたよ。」

「そうだったんですか?」

「うん。悠介君は良くわかってくれると思うけど、浩介君って守りたくなる感じあるでしょ?守ってあげたい、支えてあげたい、そう言う感情だったんだ。ただ、悠介君の事が大好きだ、って言うのはよくわかってたから、下がったんだよ。」

 それは初耳だ。

 浩介が人気だった事も知らなかったし、色恋の関係で近づいてくる人がいるのもびっくりだし、それをあっけらかんと話す良太さんにもびっくりだし、まあ浩介が人気だって言うのはなんとなく店の空気でわわかってたって言うか、そう言う目線はあったな、程度の認識だったけど、色恋が云々は初耳だ。

 浩介もそれ関係の事は言及した事が無かったし、二か月前のあの日まではお持ち帰り未遂なんて事も無かったし、まあ人気なのは嬉しいけど、なんだかちょっと複雑だ。

「良太さん、僕の事抱きたいって言ってましたもんねー?でも、僕は悠介を裏切る事はしたくなかったからー……。」

「浩介君、最近は明るいって言うか、喧嘩して出てきた訳じゃないって言うのはよく言ってたもんね。だから僕、安心したんだよ?浩介君が、ちゃんと悠介君と仲直り出来たんだ、って思って、恋心を持ってた身としては、それはそれで安心したんだ。」

「良ちゃん、時々浩ちゃんを心配してたもんねぇ。しっかりした彼氏さんの悠ちゃんがいるから大丈夫だよ、って言っても、心配だ心配だ、って言ってたもんねぇ。あれから二か月位経ったのかな、浩ちゃんがやけ酒しなくなったから、安心したってずっと言ってるもんねぇ。」

「ママ、それは言わないって約束だったでしょ?」

「あちゃー、ごめんねぇ。ただ、悠ちゃんの想いを知ってた身としては、良ちゃんの想いって言うのは、切ないって言うか、なんて言うんだろうねぇ。淡い恋心、って言うかそんな感じ?がしたんだよねぇ。」

 浩介が色恋に溺れる姿、って言うのは想像がつかないし、そもそも身持ちが固い方だから、そう言う心配は基本的にしてなかったけど、そうか、相手方からすればそう言う話になって来るのか。

 興味深いって言うか、そう言う失恋の仕方もあるのか、なんて考える。

 俺は失恋をした事が無い、浩介が初恋の相手で、初めての彼氏で、ずっと付き合い続けてきたから、失恋って言う経験がなかった。

 だから、じゃないけど、時々こういう場に顔を出して、失恋の体験を聞いて、それを基盤にして小説に盛り込む、なんて事はしてた、そこに浩介を連れてきたのが、ここに浩介が通うきっかけになったんだから、よく覚えてる。

 今では浩介の方がよく来る、俺は大体の話は聞いたって言うか、色んな人のいろんな経験に関して取材をして、情報を得てからは浩介を迎えに来る位にしか来なくなっちゃってたから、知らない顔もたくさんいるし、逆に当時ここに通ってた顔なじみは、大体は顔を出さなくなった、って言う話だし、そもそもここを拠点にゲイとして活動する人が減った、ってママがいつだったか言ってた気がする。

「淡い恋心って、書くの大変なんですよ。あ、俺小説家なんですけど、そう言うドラマチックな事をあんまり経験した事が無くて、書く時苦労するんですよ。」

「そう言えば浩介君がそんな事を言ってたね、悠介君の本、一冊だけ読んだ事あるよ?なんだか難しいって言うか、繊細な事を書く子なんだな、って思ってたけど、そっか、浩介君が最初の彼氏だったから、そう言う経験をした事が無かったんだね?うーん……、僕はそう言う経験しかしてこなかったって言うか、いっつも恋路では負けっぱなしだから、羨ましいよ。」

「そうなんですか?」

「良ちゃんはね、良い子なんだよ?ただ、それが祟って良い人に巡り合えないんだよねぇ。ここで恋した人、何人かいたけど、いっつも、良い人なんだけど、良い人で終わっちゃうって言ってたもんね。そう言えば、良ちゃんのそう言う話、最近は聞かないけど、相変わらずなのかな?」

「ううん、結婚したんだ。親の都合でね、お見合い婚をしたのが、つい最近だよ。親戚の子が遺されちゃったから、それを引き取る為に結婚してくれ、お見合いしてくれ、って頼まれてね。それで、嫁さんと関わり初めて、この前籍を入れたんだ。ただ、僕がゲイだって言うのは承知してくれてるし、子供達も見てくれてるから、たまに飲みに来る位は出来る、って感じかな。」

 それはまた壮絶な人生だ。

 親戚、って言うのに縁がない俺は、そう言う結婚の選択肢もあるのか、って言う風に感心する、この人は、責任感が強いんだろうなって。

 じゃなかったら、親戚の子が孤児になったからっていう理由で結婚したりしないだろうし、ゲイなのを承知で結婚してくれるって言う人と巡り合えたって言うのもなんだか壮大なストーリー性がありそうだし。

「悠ちゃん、良い小説のネタになる、って思ったでしょ?」

「あ、ばれました?」

「そうなのかい?」

「まあ、作家なんてのは、ドラマに弱いって言うか、そう言うのを作品に昇華する役割の人間だと思ってますから。あんまり安易に他人の経験をそのまま描く、って言う事は流石に不謹慎ですし、不適切だとも思ってるのでしないですけど、そう言うのを参考にはする事はありますね。人間のいるところにドラマがある、ドラマがある所に、創作の余地は生まれる、そう言う考えで生きてますから。」

 浩介は酔っぱらって寝ちゃって、浩介越しに良太さんと話をしたり、ママと話をしたりする。

 思えば、ここに来たきっかけって言うか、来た当初は、色んな人の色恋を聞いたり、人生相談っていう形で取材して、って言う事を色々としてたから、ママにはお見通しなんだろう。

 取材、って言えば聞こえはいいけど、人の人生を根掘り葉掘り聞いて、失礼な奴だと思われても仕方が無かっただろうに、ママがフォローをしてくれて、取材だって皆わかってくれて、俺が作家だって言う話をしたら、それを読んでくれたりして。

 ここだけの関係性、ラインを交換したりはしてなかった、それは浩介に悪いかな、って思って、ラインの交換とかはしてなかったから、俺が来なくなって数年で、だいぶ人模様が変わったらしいこの店は、俺の知り合いっていう人達はあんまり来ない、とは言ってたかな。

 良太さんなんかは、何階かお見かけした事はあったけど、その頃には取材を終えてたから、話す機会はなかった、浩介を迎えに行くと、たまに会釈する人、程度の認識だったから、そう言う人生を歩んでるとは思わなかった。

「それで、良太さんは後悔とかしてないんですか?子供が遺された、っていうのなら、孤児院って言うか、児童養護施設に入るって言う手段もあったでしょう?それをしなかった事にはいろんな意味があるとは思いますけど、そう言う話で後悔したりとか、そう言うのはないんですか?」

「うん、今の所無いかな。嫁さんも良い人だし、子供達も僕にとっては親戚って言うか、ちょっと縁の離れた甥っ子達だったし、引き取り手がいないのなら、僕が引き取る事にためらいもなかったよ。勿論、不安はあったよ?最初、子供達と馴染めるか、一緒に生きていけるか、嫁さんと上手くいくか、なんて事を考えてさ。でも、不思議と上手くいく気がしてるんだ。良い子達だし、良い嫁さんだし、なんだか、僕には過ぎた人で、過ぎた子達だなって思うんだ。従弟の子だったんだけど、育て方が良かったんだろうね。今は小学生の六年と四年生をやってるけど、お父さんとお母さんが亡くなって半年だって言うのに、気丈に振舞って、涙も流さないで、いっつも笑顔で。無理してるのはわかってるんだ、まだ、苦しい中にいるのはわかってる。ただ、それじゃお父さん達が報われない事を、誰よりも理解してるんだと思うんだ。だから、笑顔でいようって、ずっと言ってるよ。」

「……。俺達とは大違いですね。俺も浩介も、ずっとお父さん達が亡くなった事を忘れられなくて、浩介は特に、そう言う感情が強くて。……。俺達も、いつかそうやってやっていきたい、生きていきたい、そう願ってるんです。浩介がどう思ってるか、それはわかりません。生涯を悲しみの中で過ごす事になるかもしれない、そうかもしれません。ただ、それじゃお父さん達や、悠治が報われない、そうも思うんです。俺は、前を向いて歩いて行きたい、浩介と一緒に、浩介と一緒になら、前を向いて歩いていけるって、きっとそうだって、信じてるんです。俺独りでも、浩介が独りでも、出来ない事。それは、一緒だったら、出来る気がするんです。」

「悠ちゃんは、浩ちゃんを信じてる、って言ってたもんね。いつかきっと、って。ずっと言ってた、ここに通い始めてすぐに、お父さん達が亡くなったって言ってたっけ。それで、浩ちゃんを連れてきて、お酒の力で何か出来ないか、本音を話してくれないか、なんて言ってね。あの頃の悠ちゃんは、がむしゃらだったね。まだ学生だった浩ちゃんを支える為に、取材だっていって、色んな人に話しかけて、売り出してさ。良ちゃんは知らないかな、良ちゃんがここに通いだした頃には、悠ちゃんは執筆に集中したいから、って言って、来なくなっちゃってたから。凄かったんだよ?鬼気迫るものがあるって言うか、覚悟を決めた人間って、なんでも出来るんだな、って思ったよ。」

 懐かしい過去って言うか、まだ六年前の事なんだけど、思えば長い時を過ごしてきた。

 浩介を支えたくてがむしゃらになってた頃、ずっと色んな人にいろんな話を聞いて、それを種にして創作に打ち込んで、ファンタジーの方は違ったけど、純文学の方は、色んな色を出す為に、そうやって取材をして、時々うざがられて、でも皆さん創作の種になるなら、って言ってくれて、優しい人達が沢山いた。

 あの頃は本当に必死で、売れなきゃならない、書かなきゃならない、書けなくなったら終わりだ、って言う強迫観念に支配されてて、無理難題だろうと、無茶ぶりだろうと、それに応えて、それで今がある。

 今は自分のペースでやらせてもらってる、出版だったり、掲載だったりで、俺のペースに合わせてやらせてもらってる、ただ、あの頃は違った、今と違ってまだ新米だったって言うか、プロとしてはまだ新人だった頃で、必死に出版社にかじりついて、そうやってきた。

 ママから見たら、それが鬼気迫る感じに見えたんだろうな、とは思うけど、傍から見て必死担ってる程、だとは思ってなかったから、少し恥ずかしい。

「悠介君って、落ち着いてるイメージがあったけれど、そんな時期もあったんだね。意外って言うか、浩介君を迎えに来る姿しか見かけた事が無かったから、意外だね。」

「あはは……。そうですね、あの頃は必死でした。本当に、食っていかないと、生きていく為に何かしないと、って。」

「悠ちゃんの必死さは、伝わってたよ。その優しさもね。だから、お客さんは悠ちゃんの口車に乗って、いろんな話をしてくれたんだと思うなぁ。悠ちゃんってなんていうんだろう、取材って言って、人の話を聞いている風で、その人の辛さを取り払う力を持っているって言うか、悠ちゃんが来なくなった頃にさ、お客さん達に聞いたんだ。悠ちゃんの本を読んで、どう思ったかって。そしたら、自分の苦悩をよく理解してくれてて、それでいて、その重みを取りさらってくれてるみたいだ、って口を揃えて言ってたんだよ?まるで、自分達の重みを背負って、代わりに辛さを代弁してくれてる見たいだ、って。」

「そんな話があったんですか?」

「うん、あった。悠ちゃんに救われたのは、何も浩ちゃんだけじゃない、ここに来てて、辛い思いを経験してきた人達の心の重み、それを悠ちゃんが引き受けてくれてたんだよ。そうだね、きっと、悠ちゃんにそのつもりはなかったんだと思うなぁ。でも、結果として、そうなってた、だから、俺は悠ちゃんの事を止めなかったんだよ?」

 それは嬉しい誤算だ、俺は、人間模様を書きたくて聞いてただけ、苦悩を取り去りたいなんて思ってもいなかった、ただ、そう思ってくれる人がいる、それは嬉しい。

 浩介に対しては、そう思ってほしかった、俺の作品を読む事で、何かを感じてほしかった、それはあった、その感情や考えはあった、ただ、それが他の人にも伝播して、それがそう言う風になってくれてた、それは嬉しい。

「俺はただ、がむしゃらになってただけなんですけどね。それはそれで、嬉しい誤算ですよ。」

「悠介君の本は、なんて言うんだろう、とっても優しいんだよね。浩介君に勧められて読んだ事があるけれど、とっても優しい。暖かい、苦悩はある、苦渋はある、でも、きっとそこには希望がある、そう言う事を言いたいんだろうな、っていうのが、良く伝わってくるよ。悠介君が売れっこ作家になったのって、きっと同じ様な想いをして、同じ様に重みを取り払ってくれたと思った人達が沢山いるから、売れたんじゃないかな。愛する事の素晴らしさ、って言うテーマって言うのかな、後、きっといつか、前を向いて歩いて行こうって言う言葉、それが、優しいと思うんだ。浩介君がずっと悠介君に惚れてるのも、よくわかるって言うか、これは勝てないな、って思ったもん。元々、誰かの彼氏を奪って、なんていう趣味はなかったし、お付き合いしてる人がいる、っていう時点で、身を引く事にはしてたけど、でも、悠介君には勝てない、そう思ったよ。なんていうんだろう、人間として、勝てないなって。僕の方が五個年上だけど、人間としては、悠介君の方が成熟してるんだな、って思ったよ。」

「そうですかね?俺もまだまだ青くさいガキンチョって言うか、若輩者だっと思ってますよ?これから先、まだまだやらなきゃならない事がある、そんな感じですよ?」

 良太さんは、俺の作品を読んでくれてたのか。

 俺が取材した人達には、宣伝も兼ねて小説を紹介してたけど、浩介もそうしてくれたって言うのは、聞いた事が無かったけど、嬉しいな。

 誰かがそう思ってくれる、誰かが、愛する事の素晴らしさを教えてくれたって言ってくれる、誰かが、前を向く事の大切さを教えてくれたって言ってくれる、それも原動力ではあったけど、こうやって褒められると、ちょっと恥かしいな。

 それは、俺自身に向けた言葉でもあった、俺自身、前を向いて歩いていなかなきゃな、って思ってて、それを誰かと共有したいって言うか、それを誰かにも知ってほしくて、一番は、浩介にその言葉が届いて欲しくて、だから俺は書き続けられたんだ。

 ファンレターだったり、サイン会だったりで、そう言ってくれる人が少しでもいる、ほんの少しでも良い、でも、そのほんの少しの言葉が、俺の原動力になるんだ。

 誰かの力になれる、それが俺の生きがいで、生きる意味で、浩介に前を向いて生きてもらうのが、俺の最終的な目標で。

 俺の未来が決まってる、閉ざされてるって言う話を浩介にしたのは、そう言う意味だ。

 浩介が前を向けたら、俺は生きる意味を失う事になる、未来がない、って言うのは、行き止まりを自分で定めてしまったからだ。

「……。誰かが、俺の言葉に励まされてる、誰かが、俺の言葉に救われてる。それは、その人に向けた言葉じゃなかった、誰かに向けた言葉であって、その人個人に向けた言葉じゃなかったんです。ただ、それでも良いって言ってくれる、それでも救われたって言ってくれる人がいて、それが嬉しくて、ただ、一番届いて欲しい人には届かなくて……。俺は、遠回りな道しか選べなかった、書く事で、想いを伝えられたらって思って、口で伝えたとしても、憐憫だと思われてお終いだから、書く事で伝えよう、そう思ってたんです。ただ、それは間違いだった、言葉にすれば、浩介は聞いてくれたんです。俺、馬鹿ですよ?大馬鹿者ですよ?」

「馬鹿だって良いじゃないの。俺は、ずっと悠ちゃんを見て来たけど、悠ちゃんは誰よりも愛情深くて、心が澄んでて、優しい人だったよ。俺も色んな人を見て来たからねぇ、ある程度人を見る目はあるつもりだけど、悠ちゃん程心の優しい子って言うのは、見た事が無かったなぁ。ずっと一生懸命で、ずっと一途で。俺がに十歳若かったら、告白してたかもなぁ、なんてね。」

 寝てる浩介の頭を撫でながら、俺は少し恥かしくて顔が赤くなる。

 色んな人がいて、ここには色んな人間模様があって、色んな人に支えられて、今の俺がいる。

 それは、取材した人達もそうだ、俺が創作の種に困ってた時に、話題を提供してくれて、それでいてそんな事を言ってくれるなんて、嬉しいに決まってる。

 直接会ってお礼が言いたいけど、でも、ここに来る事がなくなった人が多いって話だし、合縁奇縁、もう会う事もないのかもしれない。

 もしかしたら、また縁が繋がって、会える日が来るかもしれないけど、それは神様が決める事、俺達が云々する事じゃない、と思ってる。

 俺は基本的に無神論者って言うか、宗教は信じてないタイプなんだけど、どっちかって言うと神道の人間なのかな、八百万の神様はいると思ってる、日本だけじゃない、世界に沢山神様はいて、人々や世界を守ってくれてる、そう思ってる。

 そんな中で、俺は作家って言う天命を与えられた、役割を受け取った、人の為に生きる道を与えられて、それを選んできた。

 それが間違いだとは思ってない、それが正しいとも思ってない、ただ、俺は俺でいるしかない、俺は俺であり続けるしかない、ならば、それは天命だと言い換えても良いだろう、って思ってるだけだ。

「悠ちゃんはさ、とっても優しい子。俺に子供がいたら、悠ちゃんみたいに育つんだよ、って言い聞かせたい位だよ。まあ、俺はゲイなわけだし、もう年齢も年齢だから、子供なんて育めるとは思ってないけどねぇ。」

「そうだね、ママ。悠介君みたいに、誰かを思いやれる人になって欲しい、それは良い事だと思う。僕も、子供達に思った事は、自分の辛さに蓋をする必要はない、ただ、誰かを思いやる心を忘れないでいて欲しい、そう願ってるから。まだ何か月かしか一緒に暮らしてないし、これから先、どういう試練が待ってて、どういう子に育つかはわからない。ただ、人を思いやる心を、失ってほしくない、そう思うよ。」

 褒められるのは嬉しいけど、こっぱずかしいって言うか、そんな感じだ。

 普段は酒を飲まないって言うのもあるけど、今日ばっかりは酒を飲まないと恥ずかしさでやっていけない、と思って、珍しくアルコールを注文する。

 でもそっか、見てくれてたんだ。

 俺の行いなんて、お天道様以外見てないと思ってた、誰にも見られずに、誰にも理解されずに、生きていくんだと思ってた。

 でも、こうやって理解してくれる人がいる、それは有難い事なんだな、って言うのを、再確認した気がする。


「んー……。あれ、僕寝てた?」

「浩介、おはよう。」

「悠介、おはよー……。」

「浩ちゃん、随分とぐっすり寝てたねぇ。」

 浩介が目を覚ますと、ちびちび飲んで少し酔っぱらっている悠介と、同じく悠介に酒を出されて酔っぱらっているママがいた。

 良太は妻と子供達が待っているから、と先に帰っていて、他にも客が来ていたが、そちらは後から出勤した店子が相手をしていた。

「さ、起きたなら帰るか。ママ、お会計出してもらっていいですか?」

「はいよ。」

「悠介、良いの?」

「良いんだよ、浩介のお祝いで来たんだから。」

 浩介が会計を払おうとする前に、悠介が会計を済ませてしまい、いつも通りと言えばいつも通りなのだが、改めて、浩介は悠介に感謝する。 

 普段は浩介が飲んで、悠介は迎えに来るだけ、な為ぼんやりとした記憶だったが、今日はぐっすり寝ていた為、酔いがある程度さめていた、だから、会計の事を気にしていた。

「おっとっと。」

「悠介、飲んだんだね。」

「そうだなぁ。わりかし久しぶりに飲酒したからな、ちょっと足元が不安だよ。」

「手、繋いでいこうよ。ママ、お邪魔しました!」

「またおいでー!」

 浩介と悠介は手を繋いで外へ出る、そろそろ暑くなってくる五月の頭、まだ春の陽気で暖かい程度だったが、酒を飲んでいた悠介にとっては、少し暑いとも感じられる、そんな空気の中、二人は駅に向かって歩く。

「ねぇ、悠介。」

「ん?」

「僕ね、悠介の事が大好きなんだ。誰よりも、何時までも、ずっとずっと、大好きなんだ。」

「……。俺もだよ。誰よりも、何時までも、ずっと大好きだ。」

 手を繋ぎ、二人だけが聞こえる声で、もう少し小さかったら、喧騒にかき消されてしまいそうな声で、愛を紡ぐ。

 聞こえた、確かに聞こえた、二人だけに聞こえた、そして二人だけが、理解した言葉。

 それで良かった、愛の言葉、二人だけが理解出来れば、それで良かった、愛の囁き。

 それを知っていた、だから、二人は一緒に帰った。

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