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月が落ちる、その灯篭の先  作者: 悠介


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7/10

本当の想い

「悠介の馬鹿!なんでわかってくれないの!」

「……。ごめん、浩介。」

「もういいよ!」

 浩介が落ち着いて、暫く経ったと思ってたら、また逆戻り。

 今回に関しては、浩介が新しい会社の採用試験を受ける、って言う話で、大学で学んだ事を暫く復習するから、って言う理由で、部屋に籠ってる事が多くて、あんまり会話が無かった、それを話したら、って感じだ。

 アパートに住んでた頃と同じ様に、家を飛び出していく浩介の後姿を見て、ため息が出る。

 それは、浩介が悪いんじゃない、俺が察せないのが悪いんだ、それはわかってる、ただ、感情が落ち着いてきたな、と思ってたから、逆戻りしちゃった事に、ため息が出ちゃうんだ。

 行く先はわかってる、また前みたいに酔っぱらったタイミングで迎えに行こう、車もある事だし、電車では向かわなくて大丈夫かな。

 もう春が近い、三月の半ば、少し薄着で出かけたとしても、風邪をひく事は無いだろう。


「ママ……、聞いてくださいよ……!悠介ったら、僕に夢を叶えてほしいって言っておいて……。」

「はいはい、お酒注ぐかい?」

「勿論です!」

 飲んだくれていた浩介、夢を叶えたいと思って頑張っていた、ただ、そのせいで悠介との時間が取れていなかった、それを言われて思わず飛び出してきてしまった、それが間違っている事はわかっている、話し合いをして、悠介に合わせる事も必要なのはわかっている、ただ、癖がついてしまった事に対して、それを衝動的にしてしまう、それが止められなかった。

「なんだいなんだい、彼氏の愚痴かい?俺だったらそんな事させないけどなー。」

「聞いてくださいよー……。」

 くだをまいている浩介の横に座っていた初老の男性が、浩介に話しかける。

 もうベロベロに酔っぱらっていた浩介は、その男性に愚痴を零す。

「悠介ったら……。僕はこんなにも好きなのに……。」

「困った彼氏さんだなぁ。俺だったら、そんな事思わせないけどねぇ?」

「そうなんですかぁ……?」

 ママが他の客の相手をしていて、初老の男性は、浩介を誘っている様にも見える。

「良かったらこの後どうだい?彼氏さんには内緒でさ。」

「うーん……。」

「なあに、一回位許されても良いだろ?彼氏さんが君を泣かせてるのが悪い、って思えば良いんだよぉ?」

 男性はそう言うと、浩介の分の勘定を済ませ、酔っぱらった浩介を連れて店を出て行ってしまう。

「浩ちゃん、悠ちゃんに……。あれ?」

 ママが浩介の事を気にかけて、カウンターに戻って来た時には、会計だけ済まされて、浩介の姿が忽然と無くなっていた。

「もしかして、お持ち帰りされちゃった?」

 嫌な予感、というよりは、悠介を不憫に思う感情。

 自分が見ていない間に連れ帰られてしまった、それをどう話したものか、と悩む。


「こんばんは、浩介来てますか?」

「あ、悠ちゃん。それがねぇ……。」

「来てなかったです?」

「いや、来てたんだけどねぇ……。俺が見てないうちに、お持ち帰りされちゃったみたいなんだよ……。」

 浩介をいつものゲイバーに迎えに来て、来てないと思ったら、ママがそんな事を言うもんだからびっくりだ。

 浩介はそこまで酒には強くない、ただ、自制心は強い方だから、呑まれるまで飲むって事はないと思ってた、だから、意外って言うか、怒りよりそっちの感情の方が立つ。

 勿論、その相手には何してくれてんだとは思う、彼氏持ちの身を、お持ち帰りする神経がわからない、節操が無いとも言える、そんな事をする人間が多いのは知ってたけど、浩介はそう言うのに敏感って言うか、そう言うのは突っぱねるタイプだと思ってた。

「まあ悠ちゃん、来て何も飲まないなんて寂しいし、何か入れようか?」

「車で来てるので、ソフトドリンクをお願いします。」

「車買ったのかい?」

「はい、少し前にですけど、一軒家を買ったのと同時に、車も買いました。」

「へー。悠ちゃんって稼いでるとは浩ちゃんから聞いてたけど、家を買える位に稼いでたんだ。俺もあやかりたいねぇ。」

 浩介に、何処にいる?今いつものバーにいるよ、って言うラインだけして、待つって言うか、ちょっと話がしたいと思って、ママの誘いに乗る。

 ソフトドリンク、俺が好きなのはコーラなんだけど、炭酸系は置いてないって言ってたし、あるもので言うならミルクティーかな。

「それで、浩介を連れてったのって、どんな奴ですか?」

「うーんとね、ここにはあんまり来ない人なんだけど、どうなんだろう?俺も何回か顔を合わせた位で、あんまり親しみはない人なんだよ。」

「そうでしたか。それで、そいつが浩介を持ち帰ったと。……。ふむ、これはホテルかどっかにいるかな。」

「わかるのかい?」

「浩介は基本的に警戒心はある方ですから、初対面の相手の家に行く、って事は無いと思います。だとしたら、ホテルか別の店か、別の店なら、そっちに顔を出したい所ですけど、多分ホテルが妥当かなと。」

 浩介の事なら、誰よりも知ってるつもりだ、それ位の事はわかる。

 ただ、ママはエスパーでも見てる様な顔をしてる、俺達にとっては当たり前の事でも、ママにとっては当たり前じゃないんだろうな。

 今頃やってるか、酔いがさめて慌ててるか、それとも本当に心変わりしちゃったのか。

 万が一、心変わりしちゃったんだとしたら、それは悲しいと思う、勿論そうだ。

 悲しい、悔しい、ぽっと出の奴に浩介を奪われるなんて、悔しいに決まってる。

 ただ、なんとなくだけど、それはない気がしてる、それはない、断言出来る程、それはないと感じてる。

「浩介は……。浩介は、ずっと悲しみの中に生きてるんです。俺には、それをどうにかする手段、手だてがない。……。わかってるんです、浩介には、俺が必要だって。ただ、時々、浩介を解放してあげる為には、もっと沢山の力が必要なんじゃないか、そうも思うんです。」

「もっと沢山の力?」

「ぼんやりとですけどね。沢山の心に触れて、沢山の光に触れて、浩介は初めて、心を解放する事が出来る、そんな気がするんです。俺だけじゃない、沢山の人が、浩介の傍にいてくれる、それが大事なんじゃないかって。それを、今まではお父さん達と悠治が担ってた、今は、その三人はいない。……。だから、俺は力不足なんだと思います。悲しい事実って言うか、悔しい事実ですけどね。でも、俺は浩介の苦しみを理解してるつもりでも、浩介にとっては、それは理解した事にはならない、って言う判定になってる、そんな感じですから。だから、同じ様な経験をして、同じ苦しみを持ってる人が、浩介に寄り添ってあげないと、ダメな気がするんです。」

 俺にとっても、お父さん達は大切な人達、悠治は大切な弟。

 だからこそ、浩介の事を任せてほしいと思って、一緒に暮らしてるんだ。

 そんな簡単に切れる絆じゃない、終わる絆じゃない、ただ、今はそれが揺らめいてる。

 まるで、月の満ち欠けの様に、浩介の心は揺らいでる、だから俺は、夜に行く道を示す灯篭になりたかった、なってるつもりだった。

 ただ、浩介は今、迷ってる。

 違う、家族が死んでから、ずっと迷ってる。

 もっと言えば、肩を故障して、野球選手になるって言う、スポーツの道で生きる道を絶たれてから、ずっと迷ってる。

「同じ苦しみ、ねぇ……。悠ちゃんだって、辛いんだろう?悠ちゃんにとっても、家族だった、って言ってたろう?なら、同じ苦しみだと思うんだけどねぇ。浩ちゃんが素直になれないのは、そこじゃないと思うよ?」

「……。って言っても、それ位しか思いつかないんですよ。ママは今の浩介しか知らないでしょうから、今の状態が元々だと思っても仕方がない事だと思います。ただ、浩介はあんな子じゃなかった、あんな子って言い方は失礼だし、今の浩介だったとしても、ずっと愛してる、それは変わらないんですよ。ただ……。ただ、浩介は迷ってる、ずっとずっと、迷ってるんです。俺は、道になってあげたかった、前を向く為の、一歩を踏み出す為の道でありたかった。だから、浩介の家族が死んだ時、泣けなかったんです。でも、それが浩介にとっては、薄情者だ、っていう風に映っちゃったんですよ。当時大学生だった浩介と食っていく為にも、前を向ける様になる道になる為にも、俺はがむしゃらに執筆に打ち込んできた。ただ、それは浩介にとっては、好きな事をしてる、好きな様に生きてる、そう見えてしまうんです。」

「やることなす事、反対に見られちゃう、って事かな?」

「そうですね。俺が浩介に対して思ってる事も、反対になって伝わる、浩介は、人を信じる事を恐れてるから。信じた人が、死んでしまう、って。ずっとそう思ってるんでしょう、ずっと、怖がってるんでしょう。怖がってる、その恐怖に、立ち向かえないでいる。立ち向かったら、また失ってしまうんじゃないか、そう疑心暗鬼になっちゃってるんでしょうね。」

 じゃあ逆に、俺が浩介を突き放せば良いのか、って言われると、そうじゃないと思う。

 そうしちゃったら、浩介は俺の事を本当に信じられなくなるだろう、浩介の心はいますごく繊細で、どうするのが正解か、は浩介自身わかってないんだろう。

 でも、それは俺も同じだ、俺もわかってない、浩介を、どうしてあげたいのか、どうなって欲しいのか、そんなのは俺のエゴだってわかってる、ただ、そうならないと、いつか心が死んでしまう、そうも思ってる。

 だから、浩介にしてあげられる事はしてあげたい、過保護と言われたとしても、やりすぎだと言われたとしても、浩介の為に生きていきたい、浩介にとって、標になりたい、そう願ってた。

 それが、報いだと思ってきた、報われる為に、あの人達が報われる為に、必要な事なんだって、ずっと考えてきた。

「悠ちゃん、思いつめても良い事はないよ?もうちょっと、気楽に考えても良いんじゃないかなぁ。」

「……。それは俺の性分ですね。物事を深読みする、そんな事ばっかりしてきたから、逆に作家になれた、とも思ってます。俺は生涯変われない、それもなんとなくわかってます。察してるって言うんですかね、悟ってるとまでは言わないですけど、俺は生涯このままなんだと思います。……。浩介は、まだ変われる、変わる余地がある、未来がある。未来を閉ざして作家になった俺と違って、作家にになるしか道を遺されてなかった俺と違って、浩介には未来があるんです。だから、俺は租れを知ってほしい、浩介には、沢山の未来があるんだ、って。」

「まるで、作家になるのが嫌だった見たいな言い方だねぇ。嫌だったのかい?」

「なりたくてなった、と言えばなりたくてなりました。ただ、失うものも多かった、それは事実です。仲間だと思ってた子達からの嫉妬と憎悪の眼差し、心、家族との決定的な決別、そう言う事が沢山あったんです。作家は孤独な職業だ、とは言われました、デビューする時に、編集さんから、作家って言うのは孤独な職業なんだよ、って教わりました。ただ、それをまざまざと見せつけられて、経験して、浩介にでさえ嫉妬されて、そんな未来が待っているんだったら、ならない方が良かった、とも思ってます。……。我儘、そうでしょうね、我儘なんでしょう。世間的に認められて、映画化までされて、認知されて、海外にも出版されて、そんなに人気になっておいて、孤独だなんていうのは間違ってる、って言われても仕方がないと思います。ただ……。ただ、俺は見えてしまった、人間の汚さ、醜さ、そう言うものを、まざまざと見せつけられてきたんです。……。浩介は、そんな中でも、綺麗な心の持ち主だった。自分は夢を諦めなきゃならないってなった時に、俺に夢を追いかけてほしいって、そう言ってくれた。だから、今度は俺の番なんですよ。浩介が夢の為に生きたい、そう願ってくれたら、それを叶える手伝いをするのが、俺の役割なんだろなって。」

「悟り世代、なんて言われる悠ちゃん達の世代だけど、それも間違いじゃないのかもねぇ。悟ってるって言うか、諦めてるって言うか、なんていうんだろうねぇ。自分の定めを知っている、なんて事を思っちゃいないんだろうけど、そうだね、悠ちゃんは、やるべき事を見つけたんだろうねぇ。それが良い事なのか、悪い事なのか、それは俺にもわからないよ?ただ、そう言う子はたまに見て来たけど、皆藻掻いてた、藻掻いて藻掻いて、そこに行きついた、それが正しいって信じて、時に死にそうになりながら、でもそれでも頑張って。悠ちゃんは、そう言う子と同じ感じがするよ。話の感じって言うか、なんだろう、纏ってる空気っていうのかな?気配っていうのかな?そう言うのが、そう言う子達と似てるよ。」

 悟り世代、なんて大仰な名前は嫌いだった、そう言う括り自体が嫌いだった俺は、周りと一緒にされたくなかった、変わり者だった。

 中学生の頃から執筆に傾倒して、当時はまだデビューだプロ作家だなんて事は考えてなくて、友達に読んでもらったり、ウェブ媒体で発表してて、それを作家仲間に読んでもらってりして。

 そう言った仲間だったり、友達だったり、繋がりは薄かったかもしれないけど、確かにそこに絆はあったと思ってたのに、プロになった瞬間、それが全部ひっくり返った。

 ネット友達には縁を切られて、罵詈雑言を浴びせられて、高校の同期なんかは、稼いでる俺の金が目的になって、浩介達以外の人達を信じなくなる、人間不信になるには十分すぎる、そんな醜い人間の一面を見せられて。

 そんな中で、浩介と悠治、お父さんとお母さんは、ずっとそれを応援してくれた。

 浩介に嫉妬してるって言われたのは、浩介が今の状態になってからの話だ、それが本音だったとしても、浩介はきっと、応援してくれてるんだろうって、信じられるだけの信頼があった。

 だから、俺は浩介を支えたいと思ってた、ずっとずっと、浩介の隣に居たいと思ってた。

 いつかそれが、別れる日が来るんだろう、いつの日か、決別の日は必ず来る、それはわかってた、わかり切った事だった。

 永遠の命なんてない、永久不滅なものなんてない、だから、いつかはそうなる日が来る、ただ、それがどっちかの死であってほしい、そう願ってた。

 願わくば、浩介を遺して逝く様な事にはなってほしくない、そうは願ってたけど、それが叶う道理もなければ、保証もない。

「悠ちゃんの本に書いてある、あの言葉。浩ちゃんには、きっと伝わってるよ。ただ、今は前を向けないってだけで、きっと浩ちゃんも足搔いてる、必死になって、悠ちゃんに並ぼうとしてるんだよ。」

「並ぶ必要なんてないのに、同じである必要なんてないのに。俺は、浩介が浩介らしく合ってくれればそれで良いのに、それが伝わらないんですよ。」

 ママは、ため息をついてる。

 それはきっと、俺達は想いあってるはずなのに、それがすれ違ってる事について、憂いてるんだろう。

 それは俺も一緒、浩介の事をずっと想ってる、それに、浩介に想われてる自信もある、ただ、今の浩介は、それを自分自身で信じられないってだけで。

 想いあってる、そこに絆はある、俺はそう信じてた。

「そろそろ店じまいじゃないですか?俺、出ましょうか?」

「たまには延長営業するかな、悠ちゃんと浩ちゃんはお得意さんだし、夜中に独り帰すのは、少し気分が悪いから。」

「でも、お酒は飲みませんよ?ママは何か飲みます?出しますよ?」

「ん、じゃあ頂こうかな。酔っぱらわない程度に、頂くとするよ。」

 ミルクティーのお代わりを貰って、暫し話に華を咲かせる。

 俺は、浩介と編集の宗田さん以外との会話って言うのが、珍しいと言えば珍しい、ファンの子達からダイレクトメールとか、手紙でやり取りをしてても、生の声って言うのは、基本的に浩介と宗田さんだけだ。

 この前サイン会をした時、って言っても、それが三か月位前の話だから、碌に人と喋ってないんだな、って言うのを思い出す。


「悠介……。」

 男性にホテルに誘われて、という所までは覚えていた浩介は、いかがわしい事になりそうな空気の中で酔いがさめ、慌ててホテルを出て来ていた。

 悠介に連絡する事も考えたが、どうしよう、浮気だと思われたらどうすれば良いのか、と慌てふためいていて、ラインを返せずにいた。

 もうそろそろ春が来る、寒くはないが、心が冷え込んでしまう。

「あ、悠介……。」

 上野駅の近くの公園でまごまごしていると、悠介から電話がかかってくる。

 怒らないだろうか、怯えてしまう、今の浩介にとっては、悠介は唯一の拠り所だ。

 失ってしまったら、きっと生きていけないだろう、それをわかっているのに、感情をコントロール出来ない。

「……。悠介……?」

「浩介、電話出れたのか。良かった、何かあったらどうしようかと思ったよ。」

「……。怒って、無いの……?」

「怒る理由がどっかにあったか?今まだ上野にいるか?俺はママに付き合ってもらって話してるけど、寒くないか?浩介、今日は薄着で出てきちゃっただろう?ママがまだ見せ空けてくれててくれてるから、今から戻っておいで。」

 浩介の不安、それをわかっているのだろう。

 悠介は、とても優しい声音で浩介に語り掛ける。

「……。ごめん、ね……。ごめんね……!」

「……。怒ってなんかないよ、浩介。待ってるから、おいで。」

「……、うん……!」

 悠介の声、それは本当に優しいと浩介は感じていた。

 本当に、この人は自分を心配してくれている、浮気をする直前だった自分の事を咎める事もなく、怒りをあらわにするわけでもなく、ただただ心配している、それが良くわかる声音だった。

 浩介は、泣きながら店へ向かう、許されない事をする直前で良かった、過ちを犯してしまったかもしれない、けれど、立ち戻って、勇気を出して逃げてきて良かった、と。


「悠介……!」

「浩介、待ってたよ。」

「浩ちゃん、ごめんよぉ。俺がちゃんと見てない間に、なんて事が起こるなんて、思わなかったんだよ。」

「ママ、もう少しだけ営業してもらっても良いですか?浩介、何か飲むか?」

 浩介に電話を掛けて十分位経って、カランカランって店のドアが開く音がした、そこには、ぽろぽろと泣きながら立ってる浩介がいた。

 ママは、もう少しだけ営業って言うのは吝かじゃない、って感じの表情をしてて、浩介は泣きながら、俺の横に座る。

「僕……。」

「良いんだ、浩介。きっと、何もなかったんだろう。何かあったとしても、……。俺が、浩介を愛してる事には変わらない。これからも、何時までも、ずっとずっと、愛し続ける事に変わりはない。たとえ、それが決別の道だったとしても。俺は、生涯浩介を愛し続けるよ。」

「悠介……。僕……、浮気、しそうになっちゃったんだよ……?」

「だからなんだって言うんだ?一回浮気された位で、俺の心が冷めると思われてたなら、それは心外だな。それに、何もなかったんだろう?何かあったんなら、もっと時間はかかったはずだ。だから、浩介は何もしちゃいない、間違った事も、過ちも犯しちゃいないんだ。」

「僕……、ぼぐぅ……!」

「泣くな、浩介。男が泣くのは、誰かが死んだ時と、嬉しい時だよ。」

 わんわん泣き出した浩介の頭を撫でながら、ママに酒を作ってもらって、浩介に飲ませる。

 酔いはさめてるだろうから、迎え酒ってわけでもないけど、こういう時は少しアルコールが入ってる位が丁度良い、気がする。

 浩介は、泣きながら俺に抱き着いてきて、こういう事をするのは懐かしいな、って感じる。

 お父さん達が死んで以降、浩介は俺の前で泣かなくなった、俺の事を薄情だって思っちゃってから、ずっと俺の前で泣くのを我慢してたんだろう。

 本当は、ずっと泣きたかったんだろう、ずっと、心の中で泣いてたんだろう。

 ただ、それを表に出す事を止めてしまっていただけ、それだけなんだ。

 今は違う、泣いていい、泣いていいんだ。

「僕……、嬉しくて……!」

「うん。」

「浩ちゃん、悠ちゃんはね、ずっと浩ちゃんの事を信じていたんだよ。浩ちゃんが、きっといつか前を向いて歩いてくれるって、信じてたから、ずっとそれを書き続けてたんだよ。……。俺から言うのは変かなぁ?でも、悠ちゃんも恥ずかしがり屋さんだから、誰かが伝えてあげないと、ずっと切ないままだったからね。」

「僕の……、事……?」

 ママ、恥かしい事を言うもんだ。

 俺は顔が赤くなるのを感じる、酒なんか飲まないタイプだけど、こういう時には顔がかくなる、それは仕方のない事かもしれない、でも、恥かしいもんは恥かしい。

「……。ずっと、浩介の隣に居たい。だから、俺は書き続けたんだよ、浩介。随分と遠回りな方法だとは、自分でもわかってる。ただ、俺にはそれしかなかった、未来のある浩介と違って、俺には書くって言う手段しかなかった。……。だから、書き続けたんだ。浩介が、その想いに気づいてくれる、きっといつか、何時だって良い、いつか気付いてくれれば、それで良い、って。」

「そう、なの……?」

「俺は泣けなかった。お父さん達が亡くなった時、悠治達と離れ離れになった時、泣けなかった。浩介の想いを知ってたから、ずっと仲が良いのを知ってたから、泣けなかった。……。それが、間違いだったのかもしれないな。俺は、あの時浩介と一緒に、泣くべきだったのかもしれない。一緒に泣いて、一緒に想いを乗せて、何処かに連れていくべきだったのかもしれないな。」

 ここまで来たら、話せる、話すしかない、やっと、浩介に想いを伝えられる。

 こうでもしないと伝えられない、我ながらその不器用っぷりにあっぱれだけど、そんな不器用な俺の事をずっと支えてくれた浩介に、報いなきゃならない、お父さんやお母さん、悠治に報いなきゃならない。

 何時までもその影に頼って、ずっと報いないままじゃいられない、ずっとそのままだったら、俺達の関係がそれで終わってしまったら、彼らは報われない。

「俺はさ、何の為に小説を書いてるのか、なんて考える事も最初はなかったんだ。ただ、創作が楽しくて、物語を書く事が楽しくて、書き続けて、そんなんじゃ、いつの日か書けなくなる、それはわかってた。そんな時に、三人は逝った。だから俺は、その時に決めたんだ。浩介の為に、書き続けようって。いつの日か、浩介が立ち止まっていられないってなって、歩き出す時に、その道標になれる様に、月の満ち引きに関係なく、道を照らしてくれる灯篭の様になりたいって、ずっと願ってた。結局、こうして言葉で伝えるのが一番早かった、それはそうだ。ただ、俺はそれが出来なかった。きっと、浩介はそれを受け入れられないだろうって決めつけて。……、馬鹿だな、俺は。大馬鹿者だ、俺は。ずっと、浩介が思ってた事を知ってて、掛けて欲しい言葉を知ってて、それを言えなかった。俺は大馬鹿者だ。だから浩介、今度こそ、浩介を守りたい。俺は生涯、浩介の隣に居たいんだ。」

「僕も……。僕も、悠介の、隣で……。」

 浩介は泣きながら、俺の話を聞いてくれる。

 きっと、普段だったら、その話をしても、って考えちゃって、言わなかっただろう、その言葉を、俺は今、伝えてる。

 浩介には、言葉が必要だった、それはわかってた、ただ、言った所で伝わらない、壁を作られて、言いたい事も伝わらない、そうずっと勘違いしてた。

 ただ、それは間違いだった、浩介は、ちゃんと聞いてくれる、ちゃんと素直に言葉に擦れば、声を聞いてくれる、そんなこと分かりきってたはずなのに、見失ってたんだ。

「ほら浩ちゃん、涙拭いて?おしぼりあるからね。」

「ママ……、ありがとう、ございます……。」

 浩介はママからおしぼりを受け取って、涙を拭いてる。

 俺は、浩介の頭を撫でながら、こんな簡単な事にも気づかなかった自分を恨んでた。

 人生に後悔はない、って言って憚らなかった俺だけど、今回ばかりは後悔だ。

 でも、今までの浩介に伝えたとしても、伝わらなかっただろう、その考えって言うか、推測は変わらない、こうしてこういう事があったからこそ、浩介は俺の言葉を聞いてくれた、それは事実だろう。

 それがあって良かった、きっかけがあって良かった、ずっとすれ違ったままだったのは、辛かったから。


「悠介はさ、ずっと頑張ってる人だと思ってたんだ。でも、やりたい事をしてて、僕と違って、夢を叶えて……。ずっと、羨ましかったんだ。」

「俺は、逆だと思ってたけどな。作家としての道を選んだ、選んだ以上は、もう引き返せない。その時点で、俺は売れる作家になるか、それとも社会不適合者として欠落した人生を送るか、二択になってたから。だから、俺は浩介が羨ましかったよ。夢を諦めなきゃならなかったとしても、沢山の未来がある、それが羨ましかった。」

 流石に閉めの時間から少し経っているという事もあり、店を出て、車で家に帰っている二人、浩介は、ぽつぽつと話をする。

 蟠りは解けた、ただ、恥かしいのだろう、と悠介は考えていて、それを指摘する事はしなかった。

「僕が羨ましい……?でも、僕は夢を叶えられなかったんだよ?野球選手になりたかった、その夢を捨てて……。」

「それなら、また別の夢を追えばいいと思わないか?俺は思う、夢が叶わなかったとして、散ってしまったとして、また別の夢を見ればいい、人間の可能性って言うのは、どれ位あるかわからない位あるんだ。だから、新しい夢を見つけて、それに向かって歩いて行けば良い。……。夢を叶えた俺がいうには、軽薄な言葉かもしれない、重みがない言葉かもしれないな。ただ、人間って言うのは、無限の可能性を秘めてる、俺みたいに、それを一つに確立してしまう方が、悲しい事かもしれない。俺の場合は、だけどな。賞賛される事もなく、僻みと妬みと、そう言う感情を向けられて、それで本当に良かったのか、友達を失って、仲間を失って、それでも叶えたい夢だったのか、そう問われると、仲間と気楽に作品を作ってた頃の方が楽だったかもしれない。ただ、俺は選んでしまった、作家として生きていく道を、プロとしてやっていく道を、孤独に生きる道を、選んだ。それでも、浩介達は傍にいてくれた、だから、俺は幸運な方なんだろうな。……。本当に、浩介には感謝してもしきれないよ。嫉妬してる、って言いながら、でも俺の事を応援してくれて、俺の事を見てくれて、傍にいてくれて。だから、今度は俺の番、浩介の夢を、俺が応援する番なんだ。」

「悠介……。僕、出来るかな。今、頑張って勉強をし直してるけれど、出来るかな。」

「きっと出来るさ、きっとな。」

 悠介は、信じていた。

 浩介の可能性、浩介の未来を、信じていた。

 それは、自分と違って無限に広がっていて、自分と違って仲間がいて、そして、悠介もそばに居たいと願っていた。

 孤独になってしまった自分と違って、切磋琢磨する相手がいて、仲間がいて、友達がいて、そう言った環境に、浩介にはいて欲しい、と悠介は願っていた。

 それは、自分の諦めた夢を投影しているだけかもしれない、仲間と切磋琢磨したかった悠介にとって、孤独になる事は悲しかった、それを追体験させたくないだけかもしれない、悠介は、それでも良いと思っていた。

 仲間がいる、それは素敵な事だ、と。

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