この愛はきっと
「テーブルはこちらでよろしいですか?」
「はい、そこでお願いします。」
雪は積もらなかった、それは安心って言うか、家具を運び込むのに大変そうだったから、有難かった。
まだ十二月の十一日、まだ冬至にもなってないから、雪が積もる事は関東では珍しいけど、結構降ってた感じはしたから、積もらなくて安心した。
そんなこんなで、今日は家具の配送と設置をしてもらってる、浩介は今日は普通に出勤、俺は執筆の手を止めて、家具の配置なんかを指示させてもらってる。
四人掛けのテーブルに、ソファとローテーブル、それに俺の部屋のダブルベッド、資料部屋の棚なんかを、一気に搬送してもらって、それで組み立てをしてもらってる所だ。
作業員さんは四人いて、二人はリビング、二人は資料部屋担当で、俺はちょいちょい一階と二階を行ったり来たりだ。
「棚はこちらでよろしいので?」
「はい、そこでお願いします。」
二階に上がって、資料部屋の棚の様子を見る。
棚を壁と中央に置いてもらって、本棚だらけの部屋の完成だ、と思いながら、作業員さん達にホットコーヒーでも、と思ってキッチンに行く。
「珈琲は、と。」
珈琲を淹れるのは慣れてる、美味しい淹れ方を研究したりしたわけでもないけど、大体の勝手はわかってる。
お湯をケトルで沸かして、カップをあっためて、そこから豆をミルで挽いて、フィルターを付けて、準備完了だ。
四人分の珈琲を淹れて、そろそろ作業が終わっただろう、って目測で、作業員さん達を呼んで、珈琲を振舞う。
「それでは、お疲れさまでしたー。」
「はい、ありがとうございました。」
午後になって、作業員さん達が帰って、俺は家の近くのレンタカー屋さんに出向く。
「あの、午後一時から予約していた坂入です。」
「はい、承っております。」
軽トラを借りて、近くの倉庫に向かう。
運転は慣れてる、ある程度だけど、軽トラ位運転するのは不自由しない。
近所の倉庫まで行って、さて資料を積み込んで。
「ふー。」
そんなこんなしてたら、三十分位掛かった。
軽トラを走らせて、家まで戻って、荷物を資料部屋に搬入していく。
浩介は手伝うよって言ってくれたけど、仕事もあるわけだし、これは俺の荷物なわけだし、それは俺がやらないといけない事かな、って思って、独りで作業をする。
「えーっと、こっちは……。」
資料を、ジャンルごとに分けて本棚に入れていく。
パソコンの脇には落書き様のノートとペンを入れて、本の資料とか、俺が趣味で読んでる本は、棚にいれて、なんて作業を淡々とこなす。
そう言えば液タブもしまってあったっけ、なんて思い出して、新しく買ったデスクに設置して、パソコンと繋いで準備をする。
絵を描く、って言う程大仰な話でもないけど、小説の表紙の草案だったり、キャラクターの草案だったりを書いたりするのに、買っておいたやつだ。
ただ、前のデスクでは狭くなっちゃうから、と思って、買ってすぐに倉庫行きになった、ちょっと可愛そうな奴でもある。
「よしっと。」
大体一時間位で、荷物の搬入と設置が終わって、軽トラを返しに行く。
「ありがとうございました。」
「はい、お支払いの方ですが。」
「はい、クレジットカードでお願いします。」
クレジットカード、って言っても、デビットカードだけど。
作家、印税生活者はクレジットカードの審査にも通らない、って言うのは前々から知ってたから、でも現金を大量に持ち込むのは嫌だ、って言う理由で、デビットカードを使ってる。
そろそろ有効期限が切れるけど、そう言えば自動的に新しいのを届けてくれるんだったか。
レンタカーショップを出て、ケーキ屋に寄って、ケーキを貰って支払いを済ませて、家に戻る。
「これで良しと。」
リビングに鎮座してる仏壇、俺の伝手で買った仏壇なんだけど、そこにケーキを供えて、浩介が帰ってくるのを待つ。
執筆の方は一旦終わった、今は校正さんに渡して、誤字脱字のチェックをしてもらってる所だ。
俺は純文学とファンタジーを交互に書くのが基本スタイルで、大体二か月に一本か二本書く、今回のエッセイは、慣れてないからって言う理由もあって、それ以上に時間がかかった。
ただ、エッセイストになるか、と言われるとならないだろう、今回は、依頼されて書いたってだけで、俺の本業は違う。
だいぶ頭を使った、って言うか、普段と使い方を変えたから、少し疲れたかな。
甘いものを摂取する機会が増えて、少し体重が増えた気もする、ただ、怖くて体重計には乗ってないけど。
「飯はっと。」
今日は何を作ろうか、悠治の好物って言うと、かつ丼だったか。
豚肩ロースはある、解凍して、それをとんかつにして、かな。
「ただいまー。」
「お帰り、浩介。」
「いい香りするね、今日のご飯はなあに?」
「かつ丼にしたよ。悠治の好物って言うと、これかなって。」
「そうだね、悠治は母ちゃんのかつ丼が一番好きだった。悠介の味でも、きっと気に入ってくれるよ。」
仏壇にケーキとかつ丼を供えて、俺達も飯の時間だ。
「リビング、綺麗になったね。」
「浩介が一緒に選んでくれたからな。」
「そっか、嬉しい。」
テーブルに座って、かつ丼と味噌汁に、付け合わせの漬物を出して、飯の時間。
「……。うん、美味しい。悠介って、なんでもそつなくこなすから、凄いや。僕、料理って全然出来ないから。」
「練習すれば出来る様になるかもしれないぞ?って言っても、浩介はそう言う所は不器用だからな、難しいのかもしれないな。」
「うん、何度か料理って試した事があるけど、毎回焦がしちゃったり、生焼けだったりだったから、生来才能がないんだと思う。」
「俺の場合、それがスポーツになるかな。運動系は、どう足搔いた所で出来る様になる気がしないよ。……。浩介、そういう仕事をしてみるつもりはないのか?あの頃、一番就職がしやすいからって、そう言う理由で営業職を選んだだろう?今ならある程度金には余裕があるんだし、やりたい事をやって見るのも有りじゃないか?」
浩介が思ってるだろうって考えてた事で、今まではタブーに自分の中でしていた事、浩介のやりたい事、それをして欲しい、そう願う。
晴れて一軒家も買った、ある程度収入はある、浩介だって、無駄遣いするタイプじゃないから、貯金はあるはずだ。
なら、今からでも、やりたい事をやってみるのは、ありなんじゃないかなって。
「……。やりたい事、出来るかな。確かに、大学ではそれを専攻してたし、今でも勉強はしてるけど……。でも、今のお仕事を辞めて、って言うと、これからの事がわからないんだ。悠介と違って、僕は夢が叶わなかったから。……。でも、そんな悠介に言われると、不思議とそれも良いのかな、なんて思うよ。夢を叶えた人だからかな、説得力があると思うんだ。……。収入がなくなっちゃったり、今より減っちゃうかもしれない、それでも良いの?」
「そうだな。俺は浩介にやりたい事をやってほしい、その為になら、ある程度面倒を見る覚悟はしてきたよ。俺が夢を叶えたとか、そう言う話でもないんだ。俺は、夢を追いかけてる姿が、素敵だなって思うんだ。」
普段なら言わない、浩介はきっと、普段なら怒りだして飛び出すだろう、って思って、言わずにいた事。
でも、何だろう、指輪を貰ってからと言うもの、浩介は落ち着いてて、俺も家を買った事である程度心が落ち着いて、言える様になった、気がする。
浩介は、一瞬だけ悲しそうな顔をして、どうするかって悩んでるみたいだ。
「僕ね、インストラクターになりたいと思ったんだ。それは、悠治の夢でもあった、雄二は、高校を卒業してから、インストラクターになりたいって言って、勉強をしてたから。……。僕はね、悠介。悠治の願い、想い、夢、それを追いかけたいと思ったんだ。プロ野球選手になる夢を諦めた時に、悠治が言ってた、それを支える人になれれば良いね、って。インストラクターをしながら、野球クラブとかのコーチをしたいな、って言うのが、今の僕の夢なんだ。……。叶えたいと思って、良いのかな?僕が、我儘を言っても良いのかな……?」
「我儘なんかじゃないよ。夢を追いかけたい、それは人間が誰しも持ちうる感情だ。俺の夢は作家になる事だった、それを幸運にも叶える事が出来た、俺は運がいい方なんだと思う、ただ、それだけじゃない、勝ち取ってきた、それなりの事をしてきたつもりだ。だから、きっと浩介にだって、夢を追いかける権利がある、それは、それに付随する義務もある、きっとそれは、辛い決断なんだろうな。俺は社会人をした事が無いからわからない感情だけど、浩介には、会社で培った絆がある、そこから離れて、新しい道に行く、それは辛。選択なんだろう。ただ、夢を追いかけるって言う事は、そう言う事なんだよ、浩介。」
夢を追いかける、その過程で、俺は失ったものもあった。
慢研に所属してた俺は、学生作家としてデビューする事が決まって、それが嬉しくて、部活の仲間達に報告した。
その結果は、嫉妬の眼差しと、そんな態度だった、その結果、俺は仲間を失った。
慢研で小説を書く、なんていう奇特な事を許してくれていたはずの仲間が、プロデビューするってなった途端に、冷たく当たられる様になって、中学からの仲だった子にも、学生の癖にプロなんて、って言われて、離れて行ったりして。
得る物は多かった、それはそうだ。
ただ、俺はその代りに、切磋琢磨していこうと思っていた仲間を失った。
作家って言うのは孤独な職業だ、独りでパソコンに向かって、昔なら原稿にかじりついて、独りで世界を生み出して、世に送り出して、それを繰り返して。
俺は幸運な方なんだろう、浩介や悠治が傍にいてくれた、ただ、殆どの友達だと思ってた子達は、俺が学生作家として稼ぐ様になった頃には、俺の稼ぎを目的に近づいてくるか、それか夢を叶えた俺に嫉妬して、嫌がらせをしてくるか、どっちかになってしまった。
特定の友達を持たなかった、それこそ、浩介と悠治が一番の友達であり、恋人であり、家族だった俺にとって、友達って言うのはあんまり必要とは思わなかった、それ位で崩れる仲なら、それまでだったんだ、って思う事で、自己防衛をしてた。
でも、夢を叶えたかった、それでも夢を追いかけたかった、だから、それは代償なんだと思う事にしてる。
夢を追いかけた代償、友を失って、家族を失って、それが俺に課せられた、代償なんだって。
「……。昔はさ、悠介って友達が沢山いたでしょう?でも、ある時から友達と遊ばなくなって、なんでだろうって、ずっと思ってたんだ。なんでだったの?」
「縁が無かったんだろうな。俺は作家として、学生として忙しかったし、成績もある程度は取っとかないといけなかったし、それに何より、嫉妬されてたんだろうな。皆が夢を探してたり、必死になって追いかけてる中で、一人だけ先に夢を叶えた、って。浩介と悠治はそんな事を言わなかった、当時の浩介は、肩を故障して夢を諦めなきゃならなかったのに、俺を応援してくれてた。あの時、俺は夢を追いかけても良いんだ、夢を追いかけたって、変わらない絆があるんだ、そう実感したよ。だから、今度は俺が応援する番だ、浩介が叶えたい夢を、俺が今度は応援したいんだ。」
「……。ありがとう、悠介。まだ答えは見つかっていないけど、考えてみるね。」
嫉妬心、それは浩介の中にもあった、それは本人の口から聞いた事がある。
一緒に飲みに行った時に、酔った浩介がはずみで言った言葉、悠介が羨ましい、少しだけ妬ましい、って言う言葉、それは、浩介の本心だろう。
でも、それでも一緒に居てくれた、それでも、俺を応援してくれた、だから、今度は俺の番だと思う。
何がしたいか、そんな事は何だって良い、ただ、今の仕事が安牌だからしてるって言うのは知ってた、だから、そろそろ夢を追いかけた所で、誰も文句は言えないと思うんだ。
誰も文句は言えない、誰に文句なんて言わせない、それが俺の役目だ、そう思ってる。
「浩介はさ、優しいから。それに、ちゃんと現実を見てる。だから、一歩を踏み出すのが怖いかもしれない。……。俺は、自分は自分でしかない、自分以外に自分の存在証明をする事は出来ない、そう思ってた。夢想家って言えば聞こえは良いだろうけど、現実を見てなくて、何時だって空想の中にいて。だから、俺は浩介が羨ましい。現実に生きてる浩介が羨ましい。俺は逃げたんだ。空想の中に、想像の中に。……。浩介は、そんな俺を羨ましいと言ってくれた、夢を叶えた人だと言ってくれた、それは間違いじゃないかもしれない、ただ、俺は夢に逃げた、とも言えるな。」
「そんな事ないよ。悠介は、何時だってまっすぐに前を向いて来た、そう思うよ。」
「そうか?そう見えるか?……。浩介にとって、俺はそうあれたんだな。それは良かった、浩介の前でだけでも、頑張った甲斐があるよ。」
「……?」
浩介は、わからないって言う顔をしてる。
俺にとって、浩介は大切な恋人で、家族で、兄弟で。
そして、悠治は大切な弟で、お父さん達は大切な両親で。
その想いは変わらない、浩介と変わらない、ただ、俺は浩介が独りになるのが怖くて、独りにしたくなくて、浩介を支えたくて、ずっと踏ん張ってきた。
感情が希薄なわけじゃない、それなりに感情を持ち合わせてる自覚はある、ただ、本心を言える相手がいなかった、それだけの話なんだ。
それは、浩介が夢を叶えたらお終いなのかもしれない、そこまでの頑張りなのかもしれない、それとも、一生涯続く感情なのか、それもわからない。
ただ、今は浩介の為に頑張りたかった、ずっと、浩介が前を向いて歩ける様に、一緒に、前を向いて歩ける様に、そう思ってずっとやってきた。
それは意味のない行為なのかもしれない、それは、無駄な事なのかも知れない。
俺には、浩介に前を向かせるだけの力はないのかもしれない、無力なのかもしれない、絶望的に、無力なのかもしれない。
ただ、諦めたくはなかった。
ずっとずっと、諦めたくはない、その気持ちだけでやってきた。
「浩介……。浩介は、夢を叶える権利がある、それと同時に、夢を叶える義務があると思う。俺達は、悠治の分も、お父さん達の分も、生きていかなきゃならない、皆の夢を、叶える義務がある、俺はそう思ってるよ。」
「悠介……。」
「俺はさ、家族に恵まれなかった。ずっと放逐されて、ほっとかれて、でも、お父さん達が、愛を教えてくれた、浩介と悠治が、兄弟の素晴らしさを教えてくれた。だから、今度は俺の番なんだ。ずっと支えてきてくれた、そんな浩介を、今度は俺が支える番なんだ。」
「……。ありがとう、悠介。僕、頑張ってみるね。」
浩介が何時前を向けるか、それは途方もない先の話なのかもしれない、遠い遠い未来の話かもしれない。
ただ、俺は信じてた。
きっと、浩介は前を向いて歩いて行ける、一緒に、前を向いて歩いて行きたいって。
「悠介、一緒に寝よう?」
「ん?良いぞ?俺の部屋も煙草臭くなくなったし、俺の部屋で寝るか?」
「うん、そうする。」
夕食を終え、ケーキを食べて、風呂に入った二人は、リビングでくつろいでいた。
浩介は、悠介と一緒に寝たいと話をして、寝間着に着替えに部屋に行く。
悠介も、リビングの暖房を切って、寝室に向かう。
「新しい匂いがするね、でも、悠介の匂い、僕好きだよ。」
「煙草くさくないか?」
「ううん、それが良いんだ。」
浩介は、悠介の香りがすると落ち付く、といつも思っていた、少したばこの匂いがして、それと体臭の混じった匂い、それが好きだと言っていた。
悠介が煙草を吸い始めたのは、高校卒業後すぐ、まだ未成年だった頃だった。
最初は咎めた、まだ未成年なのに煙草を吸って、いけない事をしている、と。
ただ、それも結局止めるまではいかなかった、悠介がそうしたいのであれば、それを止める権利は無い、と浩介は考えていた。
煙草を吸うと集中力が上がる、考えがまとまる、と悠介は言っていて、作家としてやって行くには必要な事なのだろう、と浩介は考え、咎める事を止めたのだ。
結果として、それが良かったのかどうか、それはわからない、これから先、長い道のりの果ての話かもしれない、と浩介は思っていて、悠介のやりたい様に、やりやすい様にやらせよう、と考えた。
それ以来、浩介は悠介に自由にさせていた、基本的に悠介のやる事に異議を唱えなくなった、それは怯えている、という話ではない、ただ単に、悠介を信じていたからだ。
悠介がする事、それがもし間違いだとしても、愛し続けよう、これからもずっと、愛し続けようと、浩介はそう心に誓っていた。
それは、家族を失ったからかもしれない、家族を失ったから、拠り所である悠介に依存しているだけかもしれない、ただ、浩介は信じていた。
きっとこの愛は本物で、不滅で、不朽で。
ずっとずっと、悠介を愛し続けるのだろう、と。




