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秘密の恋の話

作者: chie katayama
掲載日:2025/08/17

幼馴染のエリとカズは、いつも一緒にいる大切な親友同士。

しかしエリは、カズへの恋心を誰にも言えずに秘めていた。

そんな中、カズはエリの友人・カオルに惹かれ、やがて両想いとなって交際を始める。

失恋に打ちのめされるエリは、彼らの幸せを願いつつも心は深く傷つく。

前に進むために始めたカフェのバイトで、大学生の先輩・仁と出会ったエリ。

彼の優しさとまっすぐな思いに触れ、少しずつ自分を取り戻していく。

やがて仁の支えによって、エリは「親友」としての仮面ではなく、素直な自分として新しい恋に踏み出す決意を固める。

――秘めた恋の痛みと別れ、そして新たな出会いを通じて成長していく少女の物語。


私は、カケルに恋をしている。

理由なんてうまく説明できない。ただ、気づけば心が彼を追っていた。

それなのに……私たちの恋は、どうしてすれ違ってしまったのだろう。


あの日、ほんの少しの言葉や態度が違っていたなら。

きっと、傷つくことも、傷つけることもなかったのに。

薄曇りの空の下、ぼんやりとそんな「もしも」を繰り返し思う。


恋は、誰かの犠牲の上に成り立つもの。

そんなこと、私は知らなかった。


春先の冷たい風が頬を撫でるたび、胸の奥の秘密が少しずつ疼き出す。

私はずっと、誰にも言えない秘密を抱えて生きてきた。

絶対に人に知られてはいけない、心の奥底に沈めた想い。

声に出すこともできず、笑顔の下に隠し続けた日々。


中学生の頃、カズはクラスでも仲の良かった女子から告白されたことがあった。

彼はそれを受け入れず、それから二人の距離は少しずつ離れていった。

窓辺から差し込む夕陽の光の中で、カズは淡々と言った。

「あの時、距離を置くのが優しさだと思ったんだ」その言葉を、私は今も覚えている。


だから、私のこの気持ちも知られてはいけない。

もし伝えれば、きっとすべてが壊れてしまう。

この関係を壊したくないから。

今の距離を保っていたいから……。

カズとの関係は、唯一無二の「親友」。

そう自分に言い聞かせるたび、胸の奥で何かがぎゅっと縮む。


素直になれない私。

弱い自分。

ズルいことをわかっていても、

「親友」のままでいられる方が、すべてを失うよりずっといい、そう信じていた。

自分に嘘をついてでも、守らなければならない。

この想いという名の秘密を。



家も隣同士の幼馴染。

小学生の頃から、登校も下校も、ほとんど一緒だった。

朝、玄関を開ければ、決まってカズが片手をポケットに突っ込んで立っている。

口元に浮かぶ、あの何気ない笑み。

それを見るたび、安心と同時に、胸が少しだけ痛んだ。


休み時間でさえ、カズはエリに話しかけてくる。

教室のざわめきの中、ふと顔を上げれば、

彼が机の端にもたれてこちらを覗き込んでいる。

そんな何気ない瞬間を、私は密かに宝物にしていた。


「ドーナツ屋はオープンまでまだ二か月あるぞ。早く食いてえよな。

 エリはホットサンドとドーナツには目がないからな」

彼の軽い声が耳に落ちる。

何気ないやり取りなのに、心の奥が温かくなる。

「カズだって同じでしょ? 私だけ食いしん坊な言い方やめてよ」

笑い合うその瞬間は、ただの親友同士のじゃれ合い。

でも、本当はその一秒一秒が、私にとっては特別だった。


二人で校門を出ようとした瞬間だった。

西日が傾き始めた校庭に、軽やかな声が響いた。

「エリ、お前ら付き合ってんの? みんな噂してるから」

振り返ると、制服の第一ボタンを外し、少し乱れた前髪を風になびかせた翔太が立っていた。

放課後の淡い光が、その笑顔をくっきりと照らしている。


私はとっさにカズの方へ視線を向ける。

カズは表情を一つ変えずに私を見ていた。

まるで何事もなかったかのような、あの無表情。

心臓の鼓動が急に速くなる。

……平常心、保たなきゃ。


「そう見える? カズと? 付き合ってないよ!」

笑顔を作りながら答える自分の声が、少しだけ上ずっているのがわかった。

「マジで? よかった。エリ、俺、エリのことが好きなんだ。俺と付き合ってくれ!!

 カズ! いつもお前、エリを独り占めしすぎだぞ。友達いなくなるぞ!!」

翔太の言葉は、冗談めかしているようで真剣だった。


それなのに、カズは肩をすくめてこう返す。

「別に独り占めしてねえよ。エリとは隣同士だから登下校が一緒なだけだよ」

翔太は眉を上げる。

「休み時間もいつも一緒じゃないか」

「お前も交わればいいだけの話だろ」

カズの声はいつもの調子。だけど、その一言が、なぜか私の胸を少し冷たくした。


翔太はイケメンで、女子からの人気も高い。

だから嫌いじゃない。でも……違う。

私の心はもう、別の人でいっぱいだから。

「翔太、ごめん。私、恋愛って、いまいちピンとこなくて…。

 でも、翔太の気持ちは嬉しいよ。ありがとう」

翔太の瞳が一瞬揺れたけれど、すぐに柔らかく笑った。

「でも、友達ならいいだろ? 告白のことは気にしなくていいから、これからも普通に友達でいてくれるか?」

「もちろん。私にとって翔太は仲のいい友達だよ。

 じゃあ、また明日ね。みんなでランチでもしようね」


そう言いながら背を向けた瞬間、背中越しにカズの視線を感じた。

振り返ると、彼は呆れたような、それでいて少し複雑そうな顔をしていた。

「カズ! 何よ! その顔は!」

「何度目だ? しかも翔太は、男の俺から見ても優良物件だぞ。

 エリには贅沢すぎる物件だぞ。もったいないよ。

 幼馴染の俺が言うのは少し照れるが、エリは男子たちに人気あるんだぞ。

 エリのそのルックスとスタイルにみんな騙されているんだ。可哀そうに。

 だから俺がお前の悪い癖をいっぱい言ってやるんだ。これ以上の犠牲が出ないようにな。ありがたく思えよ」

カズの軽口が、冗談だとわかっていても、胸の奥で小さな波紋を広げる。

「私の彼氏作りを応援したいの? 邪魔したいの?」

結局、こんなやり取りが、私たちの距離感をいつも保ってしまう。


それから数日後。

昼休みの教室は、カーテン越しの柔らかな陽射しと、購買のパンの甘い匂いで満ちていた。

窓際では野球部の男子がふざけ合い、遠くで吹奏楽部の練習音がかすかに聞こえてくる。

そんな中、机を四つ寄せて、美香と紗理奈、そして私で弁当を広げていた。

おしゃべりの流れで、紗理奈が唐突に切り込んでくる。

「エリ、エリとカズ君って付き合ってんの? いつも一緒だし。

 カズ君、私たちと話すときと、エリと話すときの態度が違うんだよね」

「そうかな? 別に変わらないと思うけど」


私は首をかしげながら答える。


本当は、変わらないどころか、私にだけ見せる“素”の表情があるって気づいてる。

でも、そんなことは絶対に口にしない。

「私たちはお互いに男女として見てないからじゃない。

 ただ、カズとは腐れ縁。家が隣同士の幼馴染。

 昔から家族ぐるみの付き合いで、カズは空気みたいなもんかな」

自分でも驚くほど、さらりと言えた。

でも心の奥で、別の声がささやく。

(空気って、ないと生きていけないんだよ。)と。


美香がにやりと笑う。

「そうなの? じゃあ、タイプとか聞いてみてよ」

「カズは半熟卵が苦手で、スイーツが好物。

 あっ、そうだ。ホラーは好きなのに一人では見れなくってね。

 私の部屋にポップコーン持ってきて一緒に観るんだけど、怖がり方が半端なくて、部屋中がポップコーンだらけになるの」

「そうじゃなくて、好きな女の子のタイプとかだよ」

美香がため息混じりに笑う。

「カズとはそんな話したことないなぁ。

 自分で聞いてみなよ。カズなら素直に答えるんじゃない?」

紗理奈が呆れたように言う。


「でも不思議だよね。美男美女でお互い意識しないなんて、もったいない。

 私なら直ぐに告っちゃう。失敗しても諦めない!! カズ君はそれだけの価値があるもん」

私は笑ってごまかした。


結局は、カズを誰にも取られたくないだけ。

それでも、私には秘密に蓋をする理由がある。

この距離を崩したら、もう彼の隣にはいられない。

でも、カズだっていつかは誰かを好きになって、幸せになる権利がある。

わかってる。……頭では。

だから、あと少しだけ。ほんの少しだけ。

その時まで、唯一無二の親友として、彼のそばにいたい。



駅前のマクドナルドの自動ドアをくぐると、ふわりと揚げたてのポテトと甘いシェークの匂いが漂ってきた。

店内は部活帰りの学生や買い物帰りの親子連れで賑わっていて、フライヤーの油が弾ける音や、ドリンクの氷がカランと鳴る音が心地よく混ざり合っている。

「私はいつものバーガーにポテトとシェーク。席とっとくね」

私は慣れた調子でそう告げ、窓際の二人席を確保した。

ガラス越しに見える夕焼けが、街をオレンジ色に染めている。

やがて、カズがトレーを手にやってくる。

ポテトの香ばしい香りと、まだ温かい紙包みの熱が伝わってくる。

向かい合って腰を下ろすと、いつもの、どうってことのない会話が始まったはずだった。


だが、カズは急に真面目な声になった。

「エリに相談があるんだ。こんなこと、エリにしか話せない」

その言葉に、私の胸はふっと緊張する。

なに? まさか、違いますようにと願う。だが予想は的中した。

「俺さぁ、最近気になる子ができたんだ。カオルって子。エリの仲いい子」

一瞬、時間が止まった気がした。


胸の奥がざわつき、シェークを持つ手がわずかに震える。

笑顔を作る。作らなきゃ。

「カズじゃ落とせないんじゃない? 男友達に力になってもらったら?」

わざと軽く言ってみせる。

「なんでだよ。冷たいじゃん。でも、可能性0%とかじゃないだろ?

 力になってくれよ。一生のお願いだ!!! 俺のこと一番知ってるのはエリだからさ。

 お前の時も俺が全力でサポートするから。なぁ頼むよ。

 エリのことなら何でも知ってる俺がサポートしてやるから」


(俺のこと一番知ってる? 私のこと一番知ってる?)

心の中で、皮肉のように繰り返す。

(私のこと、一番知らないのはカズじゃん。……カズの馬鹿)


笑っているはずなのに、シェークの甘さがやけに苦く感じた。

マックのテーブルの上には、空になった紙コップと、食べかけのポテト。

さっきまで笑いながら話していたのに、カズの口から出た言葉で、私の胸の奥はずっとざわついていた。

「はぁーっ……他ならぬ親友の恋路だから、やってみるよ」

私は、ストローでシェークを混ぜるふりをしながら、努めて明るく言った。

「これから、ずっと奢ってくれるならね」

カズの顔がぱっと明るくなる。

「ありがとう! やっぱエリは最高の親友だ!! これからずっと奢ってやるよ、約束する」

“最高の親友……その言葉が、少し胸を締めつけた。

でも私は笑顔を崩さなかった。


「そうだ、今日金曜だから明日と明後日何する?

 俺、見たい映画と行きたいカフェ見つけたんだ! 明日10時でどう?」

「ホラー?」

「いや、サスペンス。エリはサスペンスが好きだろっ。明日見に行く映画、今人気なんだって。

 でも“行ったら満席でした!”じゃあ、しらけるから、インターネットで予約済み。俺、なかなか仕事できんだろ?」

「いいねぇ。サスペンス久々。超楽しみ。了解、10時ね」

カズとこうして過ごす約束をする時間は、やっぱり嬉しい。

だけど、その先には、別の誰かと手をつなぐ彼の未来がある。



翌日、土曜の朝。

まだ少し涼しい空気の中、玄関を出るとカズが手をポケットに入れて立っていた。

「エリ、おはよう」

「おはよう。今日は朝から気合入れてきた!! サスペンス風にしてみたの」

私は冗談めかして、少しだけ黒っぽい服を身につけて見せた。

カズは声を上げて笑う。

「サスペンス風って……言ってくれたら俺もサスペンス風にしたのに」

「カズ、心配しないで。ちゃんと脇役風になってる」

「馬鹿にしてんのか?」

笑いながら、二人は並んで歩き出す。

映画館へ向かう道すがら、ふと空を見上げた。

今はまだ、この当たり前の週末が続くように錯覚できる。

でも、きっとそう長くはない。

その予感が、心の奥でひそやかに疼いた。

映画館からの帰り道、街は夕方のオレンジ色に包まれていた。

通りを吹き抜ける風が少しだけぬるく、夏の気配を運んでくる。

「明日は何する?」

カズが、信号待ちの横で何気なく尋ねてくる。

「ごめん、明日はもうすぐ夏だから、夏服を買いに行く予定」

私はスマホを見ながら答えた。

「誰と?」

少し食い気味の声。

「一人だけど」

「マジで? ラッキー。俺も夏服買いたかったんだ!

 じゃあ、明日はショッピングなぁ。俺たち幼馴染だからか、考えてる事いつも似てるな。じゃ、明日なぁ」

笑いながら別れたけれど、胸の奥では複雑な感情が渦を巻いていた。

明日もまた、二人で出かけられる。

でも、それはきっと“最後の夏”になるかもしれない。


日曜日の朝8時。まだ眠気が抜けきらない時間に、家のチャイムが鳴った。

「おばさん、おはよう。エリは?」

玄関先で、カズの明るい声がする。

「エリはまだ寝てるの」母の声。

「マジか!! 俺、起こしてくるよ」

次の瞬間、私の部屋のドアが勢いよく開く。

「エリ、起きろ! 行くぞ!」

布団をかぶったまま、私は寝ぼけ声で答える。

「まだ早いよ……眠い。朝ごはんだって食べてないのに…」

「だから、わざわざ早起きして迎えにきたんだ。美味そうなモーニング見つけてさっ。

 選べるホットサンドだぞ。お前の好物だろっ」

「……ホットサンド!? 今やっと目が覚めた。すぐ準備する!!

 ってかカズもホットサンドに目がないじゃん」

「お互いになっ。早く食いたい。エリ急げ!」

カフェに着くと、木の温もりが感じられる店内に、香ばしいパンの匂いが広がっていた。

大きな窓から朝の光が差し込み、カップから立ちのぼる湯気がきらめいて見える。

「ここ、中身自分で選べるんだ。いい店見つけただろ? 俺を神様って呼べ」

「はいはい、神様」

私は笑いながらメニューをめくる。

こんな瞬間が、好きだ。

言わなくても通じる好み、同じタイミングで同じものを欲しくなる感覚。

素の私をそのまま受け止めてくれる、たった一人の存在。

食事を終えて、買い物を済ませ、帰り道。

「楽しかったね。好きな服も買えたし。カズの今日買った服、似合ってたよ。また明日ね。明日はミッション遂行するよ」

「楽しかったな。ありがとうな、エリ。よろしく頼むよ」

その背中を見送りながら、私は心の中でそっと呟く。

カズの幸せの邪魔は、もうしない。叶えてあげなきゃ。


月曜日の朝。

空は春の青を深め、校門へと続く道には新芽の匂いが漂っていた。

家を出ると、いつものようにカズが待っていた。

「おはよう」

お互いに軽くガッツポーズを交わす。今日がその日だ。

教室に入ると、窓から射す日差しが机の上を明るく照らしていた。

いつ、どう切り出すのが自然か、頭の中で何度もシミュレーションする。

だけど、笑顔を装いながらも、胸の奥では緊張がじわじわと広がっていた。

昼食の時間。

美香と紗理奈、そしてカオルと私で机を囲み、お弁当を広げる。

ごく自然を装って、会話の中に切り込む。

「みんなって、好きな人とかいるの?」

美香が驚いた顔をする。

「どうした? エリ、もしかして恋してる?」

「そうじゃなくて…私、恋とか愛とかわからなくって。

 誰かを好きになるって、どんな感覚? どのタイミングで“この人だ!って気づくの?」

紗理奈が半笑いで肩をすくめる。

「エリって、そのビジュアルとスタイルなのにもったいない。

 何人から告白されたら自分の魅力に気づくの?」

「じゃあ、今誰か好きな人とかいるの?」私は話をそらす。

美香は首をかしげる。

「私は特定はいないかなぁ。イケメンなら即OKだよ」

そしてカオルが、少し頬を赤らめながら口を開いた。

「実は…今気になってる人がいるんだ。優しいし、イケメンだし。

 最初は気のせいだと思ってたけど、気づけば目で追ってる自分がいて…」

美香と紗理奈が身を乗り出す。

「で、誰なの?」

私の胸に、不意に嫌な予感が走る。「私の知ってる人?」

「知ってるっていうレベルじゃないよ。エリの唯一無二の親友のカズ君」

やっぱり。

胸の奥で、何かがすとんと落ちる音がした。


「そうなの? 早く告白したらいいじゃん」

声色だけは明るく。心は、波が打ち寄せるように揺れていた。

「私なんかじゃ無理だと思うけど…」と不安げなカオルの表情を見て、

その素直さが眩しく感じられた。

こんな風に、真っ直ぐに好きって言える人が羨ましい。

「みんなで作戦を立てよう」

私は笑顔で提案する。

作戦はシンプルだ。

いつも通り私とカズがマックに行き、そこに美香か紗理奈が現れ、

私を席から連れ出して二人きりにする……自然に。

「いいねぇ! 決まり。さすがエリ」

美香の言葉に、私も笑って返す。

でも心の中では、

最高? 私の心は最悪なのに、と呟いていた。


放課後。

夕焼けが街をオレンジ色に染める頃、カズと私はマックの自動ドアをくぐった。

甘いシェークと揚げたてポテトの香りがふわりと包み込む。

カウンターでいつものセットを頼み、窓際の席に並んで座る。

「やっぱ放課後のポテトは別格だな」

カズが頬張る姿を、私は笑いながら眺める。

あと数分で、今日の“舞台”が始まる。

ドリンクを一口飲んだちょうどその時、店内の扉が開き、美香が姿を現した。

彼女はあえて私たちの席に気づかないふりをし、少し離れた場所でメニューを見ている。

私はさりげなく立ち上がり、カズに言う。

「ちょっとだけ席外すね。すぐ戻るから」

「おう」

カズはポテトをつまみながら、何も気づかない様子。

私は美香と合流し、そのまま店を出た。

振り返れば、窓越しにカズと、やってきたカオルが向かい合って座っているのが見えた。

カオルの緊張した笑顔、そしてカズの少し驚いた表情。

胸がざわめく。

これこそ、私が仕掛けた“成功”のはずなのに。応援しなきゃだめなのに……。

足が、少しだけ重くなった。

その夜カズからの電話が鳴る。エリは出たくなかったが深呼吸して電話に出る。


「エリあの後どこに行ったんだよ。」


「紗理奈の好きな人を見にいってきたの。」


「そうだったのか!みんな青春だな。

 エリ聞いてくれよ。カオルと俺両想いだったんだ。

 でな、つき合うことになったんだ!!あの後な・・・・」


テンション高めのカズの話は続く。心の中でエリは知ってるよと思った。

カズ頼むから早く電話切って、これ以上聞きたくない。早く切ってよ。

これ以上聞かされたら私涙声になるじゃん。涙があふれてくるエリ。

エリはわざとくしゃみした。


「くっしゅん!!

はい。はい。おめどとう。私さっきから鼻水でる、くしゃみも・・。

 はっはっはくしょん!!カズごめん風邪みたい。今度また聞くから

 電話きるね。おやすみ。」


その日は一晩中泣いた。これ以上出ないんじゃないかと思うほど。涙と鼻水で

顔はぐちゃぐちゃだ。私の心と一緒だ。きっと私の一生分の涙だ。ティッシュ

一箱使い切って涙と鼻水で汚れたティッシュがごみ箱からあふれてる。

みんなが幸せになれる癒合のいい話なんてないよね。

エリはあまりのショックに3日間高熱を出した。

食欲もなく、ベッドから起き上がれない。熱が出たことよりもカオルと

カズのことを思うと辛くてたまらなかった。変わらない現実を変えれない

現実を受け入れるしかないんだ。

やっと熱はさがったが頭がはっきりしない。何も考えられない。

いや、考えたくないだけだ・・・。部屋に置かれたサボテンを見てユリは思った。

私の心に刺さった棘みたい。いつかは抜けるのかなぁ。


携帯をみると何度もカズからの着信がある。

メールも送られてきていた。なかなかメールを開く勇気がでない。

半日経ってやっとメールを開く。

メールには「大丈夫か?カオルも心配している。

早く元気な顔を見せてくれ。

あと月曜は先生に呼び出されてて一緒に登校できない」

と・・・。メール見なきゃよかったなぁと思った。カオルも・・・。

わざわざ彼女の名前を入れなくてもいいじゃない。

でも、付き合ってるんだから自然なことだよね。また落ち込むエリ。

まだ、カズと話す勇気はでないエリはメールをかえした。


「やっと熱はさがったけど、頭がすっきりしない。でももう大丈夫。

カオルにもよろしく伝えて」とそして携帯の電源を切った。



今日が週末でよかったと思う私。でも月曜には学校にきかないと

いけないと思うと気分が重い。失恋ってこんなにも辛いんだ。カズが幸せになれたん

だから、これでよかったんだ。自分の想像よりもカズを愛してたんだ。

今までありがとうカズ。これからちゃんと、また親友を演じるから。幸せになってね。


月曜日の昼休みカズとカオルがエリのところにやってくる。


「エリだいじょうぶか?今日帰りなんか奢るから食って帰ろうよ。」

「悪い今日は予定があるんだぁ。あっ先生から何で呼び出されたの?」


「馬鹿!言うなよ。それより誰とだよ?なんでだよ。

今までずっと付き合てくれてただろ。」


「二人は付き合い始めたばかりなんだから。私にかまわず二人の時間を

楽しまなきゃ。三人より二人でラブラブな時間を過ごしなよ。」


「なんでだよ。親友の俺より大事な用事があるのかよ。ずっと一緒だったじゃん。」


カオルの不安そうな顔。

エリはカズをカオルから少し遠ざけ小声で話す。


「カズの馬鹿!!カオルが不安がってる。気づかないの?女心のわからない馬鹿

 カオルはカズと二人の時間を楽しみたいんだよ。ほんとダメなカズ。」


「えっそんなもんなの?でも俺たち親友じゃん。」


「生物学的には男と女なの。カオルを不安にさせるんじゃないよ。

 幸せにしてあげなきゃ。付き合ってる意味ないでしょうが!!!」


「めんどくせぇな。わかったよ。」


もちろん私に予定はない。

でもまだ心の整理がついていない。付き合ってる二人と一緒に過ごす勇気が持てない。

いつまでも逃げられるわけでのないのは、わかってる。

ただ今は辛いのだ。幸せそうな二人を見てるのが・・・。

エリはバイトを始めようと思った。誘いを断るには理由が必要だから。



翌日の昼休み。

カオルが弾む声で近づいてきた。

「この前はありがとう! カズ君とたくさん話せた。…まだ付き合ったばかりだけど。」

私は笑顔で頷く。

「よかったね。これから、ゆっくりお互いを知っていければいいよ」

心の奥では、静かに何かが沈んでいく感覚があった。

けれど、その沈黙を破るように、自分に言い聞かせる。

これは、カズの幸せのため。

私はただ、親友として背中を押しただけ。

その日、教室で見た光景が胸に深く突き刺さっていた。

カズがカオルの頭を軽く撫で、笑いながら何かを囁いていた。

カオルの頬がほんのり赤く染まり、嬉しそうにうつむく。

ああ、もう二人は、私の知らない関係を築き始めている。

放課後、家までの道を歩く足取りは重かった。

夕焼けに染まるアスファルトの上を、影だけが前へ進んでいく。


家に着くと、部屋に直行し、鍵をかけた。

制服のままベッドに倒れ込む。

胸の奥に押し込めてきた感情が、堰を切ったように溢れ出す。

「……もう、やだ」

声に出した瞬間、熱い涙が頬を伝った。

カズの笑顔。

私に向けてくれた何気ない言葉。

隣を歩くときの安心感。

全部、全部、私だけのものだと思っていた。

だけど現実は違う。

私はただの“親友”で、特別じゃない。

そう思い知らされるたび、心が軋む。

涙は止まらなかった。

枕を濡らし、シーツまで湿らせても、まだ泣けた。

外では虫の声が遠く響き、夜がゆっくりと深くなっていく。

あの日から毎日泣いてる。それでも涙は枯れることなく私は泣き続けた。

次に会う時は、また笑顔を作らなきゃいけない。

だから今だけは、全部流してしまおう。

そう自分に許しを与えながら、瞼が重くなるまで、泣き続けた。


それから数日。

放課後になると、カズとカオルが一緒に帰る姿を見るのが当たり前になっていた。カズはいつもエリを誘ったが何かと理由をつけては断った。

二人の笑い声が背中越しに聞こえるたび、胸の奥で小さな棘が刺さるような痛みが走る。

このままじゃ、私…持たない。

私は帰り道のカフェで、ふと求人の貼り紙に目を留めた。

「夕方からの短時間勤務、未経験歓迎」

明るい色で書かれたその文字が、逃げ道のように見えた。履歴書を手に面接へと向かった。

オーナーさんは優しい顔立ちの年配の男性だった。

「最近は外国のお客さんも多いし君はぴったりだね。ちなみにどのくらい英語は

 しゃべれるの?」

「日常会話なら大丈夫です。」とエリは答えた。

「いつから来れる?いきなりだけど明日からでも大丈夫?」

「はい。喜んで。」

次の日エリは、楽しそうな二人を見ずに済むと思うと安堵していた。

前に進むんだ。そう言い聞かせて家を出た。

家を出るとカズがいた。

そうだった。いつも一緒に行ってたんだ。


「おはようエリ。昨日は何だったんだ?今日は放課後付き合えよ。」

「バイトの面接。そして今日からバイト。

 オシャレなカフェなんだー。外国のお客さんも多いんだって。私英語

 得意だからさっ即採用されたの。カズもなんかスキル身に着けなよ。

 将来役に立つスキルをさっ。」

「なんか楽しそうだな。久々に見たよ。エリの笑った顔。」

さすがカズするどいな。でも動じるな。


「そうかなぁ。カオルとはどうなの今日は5人でランチしようか?」

カズは不思議そうに答えた。

「5人?」

「私と美香と紗理奈とカオルとカズ。男一人は気まずいか。じゃあ、エイトと翔太の

7人でどう?」

「お前には人としての心は無いのか?エイトも翔太もエリに振られたやつだぞ。

しかも翔太はつい最近だ。」

「だって二人とも友達でいたいって、今は普通に話してるよ。」

「俺に女心がわかってない!って言っときながらエリこそ男心がわからないな!」


エリは首をかしげる。


「まぁいいや。俺からエイトと翔太に伝えるよ。女子は任せた。」

「カオルにはカズから言うこと!!忘れないでね。」


学校の最寄り駅に着くと、カオルがカズを待っていた。

やっぱり気まずい。エリは一度目を閉じ空を見上げた。

私まだカズのこと好きなんだなぁ。でも前に進まなきゃ。

大きく息を吸って、少し早めに歩くエリ。

「エリ早いよ。」とカズは言った。

「この前思ったの。私は体力ないなって。だからいきなりランニングは無理

だけど、早歩きから始めようと思って。どれだけラブラブでも、

ゆっくり過ぎると遅刻するよ。ラブラブは遅刻の

 言い訳にはなりませんよ。そこのお二人さん。」


前の方に美香を見つける。助かった。と私は思った。


「美香―、美香待ってーっ。」

走って美香にかけよる。少し走っただけなのに息が上がるエリ

「エリ大丈夫?」

息を切らしエリは答える

「うん。大丈夫。おはよう。私やっぱり体力ないや。やばいな。」

「まだ朝だよ。放課後バイトでしょ。体力なさすぎ。ウケる。」

「ハーっ、ハーっ、今日は沢山お弁当作ったから、みんなでランチしよ。」

息を切らしながらエリは美香を誘った。

「マジで?ラッキー!!私エリの手作り大好き。きっと、紗理奈も喜ぶよ。

ランチタイムが楽しみだ!!」


その日のランチタイム。

大勢だと二人のことは気にならない。一応クリアだ。


「エリお前それ何人分だよ。」とカズは驚いたように聞いていた。

「あっこれね。今日はみんなで食べようと思っての。

昨日ね、ママにみんなで食べるって言ったらたくさん作って

持っていきなさって言われたから、

昨日から仕込んで早い起きして作ったの。よかったら

みんなも食べて。私の手作り。口に合うといいんだけど……。」

エイトは満面の笑みで言った。

「いいの?うれしい。最高だ。卵焼きとから揚げもらうよ。美味いよ。

 美味すぎ。俺今日死んでもいいや。」

翔太も負けじと箸を取りエイトを追いやった。

「ずるい。どけ、俺も食べたい。卵焼きとから揚げとハンバーグ。マジ最高。

 しかも、本当に美味い。エリはパーフェクトな女神だな。」

「エリは昔から料理だけは美味いもんな。」とカズは言った。

紗理奈は呆れたように

「美香、あの二人絶対にまだエリのこと引きずってるね。」

「私も思った。気づいてないのはエリのみだね。」と美香が答えた。

エリにはその二人の会話は聞こえなかった。

「エリ私たちも食べるーっ。」と紗理奈と美香

「私もから揚げとハンバーグもらうね。」とカオル

「どうぞ、どうぞ。」

意外と平常心を保てていた自分に気付いた。


「エリ、今日からバイトだろ?へまをすんなよ。」

「普通さ、頑張れよとか言わないの?本当にカズって無神経。」

「嘘だよ。頑張れよ。帰り一緒に帰れなくなるな。毎日一緒だったからなんか

 変な気分。ちょっと寂しくなるな。」

「カズにはカオルがいるでしょ。また明日ね。」


寂しくなるとか言わないでよ。人の気も知らないで。カズの馬鹿。

気持ちを切り替えて、エリはバイトへ向かう。

緊張するな。頑張れ私!!気合を入れて店に入る。



「こんにちは。今日からお世話になります。桜井エリです。よろしくお願いいたします。」

学校の制服からカフェの制服に着替え、初めての接客をする担当だ。

レジに並ぶお客さん、コーヒーマシンの音やコーヒーの香り。ホットサンドを焼く香ばしい匂い。ケーキの甘い匂いも混ざっていた。

全てが慣れないけれど、忙しさが心を占領してくれる


「待ってたよ。こちら桜井さんの指導係の新田仁くん大学生。

 うちで働いて6年目。僕より店の事詳しいから。仁、頼んだぞ。」

「桜井さんバイトの経験は?」と仁は聞いた。

「初めてです。よろしくお願いいたします。」とエリは答えた。

「英語ができるんだってね。期待してるよ。一緒に頑張ろう。」

「はい。よろしく願いします。」

新田さんは背が高く掘りの深い顔立ち。笑顔も素敵で性格もさわやか。

さっきまでの緊張が一瞬で消えた。バイト先をここにしてよかったと思うエリ。

「一連の流れを説明するね。この場合はこうで、その場合はこう。後は笑顔。

 わからなかったら何度でも遠慮しないで聞いていいからね。

 じゃあ、今から実践ね。頑張れ!」

新田さんはそうやって一つ一つ丁寧にしどうしてくれた。

新田さんのフォローのお陰でエリは少しずつ仕事のコツをつかみ

半月後には完全にマスターした。

外国のお客様との接客もこなし毎日が楽しかった。ネイティブの英語は勉強にも

なった。

「エリって呼んでいい?」仁が唐突に聞いてくる。

「はい。いいですけど……。」

「エリって付き合ってる人とかいるの?」

「いません!私、恋愛ってよくわからなくて。」

「よかった。じゃあ俺立候補するよ。これからは新田さんじゃなくて仁って

 呼んで。」

「仁さん。」 

「仁さんか、まあいいやっ。それと敬語も禁止な。」

「いや、でも……。」

「ダメ。」

「うん。わかった。」

「それでよし!エリって周りを明るくする力があるよね。

 エリと話している人はみんな自然と笑顔になってる。エリは気づいてないんだね。

 自分の魅力に。それでいて誰かに何かを求めたりもしないし。」

「そんなことないよ。買い被りすぎだよ。私欲張りだよ。食いしん坊だし。」

仁は笑った。


「可愛いな、エリは。」そう言ってエリの頭を撫でた。

「じゃあ、ここのケーキの補充お願いしてもいい?」

仁の声に「うん」と答えながら、私は心の中で呟く。

これから、二人の姿を見なくてすむ。



翌日の朝、カズがいつもの場所で手を振ってきた。

「昨日、電話したけど出なかったな」

「ごめん、バイトが忙しくて」

「バイト? そんなにいそがしいのか?。何か欲しい物でもあるのか?」

「まぁ…そんな感じ」

笑って答えながら、本当の理由は胸の奥に押し込んだ。


放課後のカフェは、学校とは違う時間が流れていた。店内から見える路地を歩く人たち。

制服姿の学生やスーツ姿の会社員、買い物袋を下げた主婦…

カフェの前を通り過ぎる人々は、誰も私のことを「カズの親友」とは知らない。

仁はいつものように、ふと私に声をかける。

「エリ、これ上の段に置くから押さえてくれる」

「うん」

手を伸ばすと、指先が少し触れた。

その小さな感触に心臓が跳ねるのを感じ、慌てて視線を逸らした。

「エリって、初日よりだいぶ笑うようになったな」

「え?」

「最初は表情が固かったけど、最近はいい顔してる」

「それ…接客で鍛えられただけだよ」

「それでもいいじゃん。笑ってる方が似合う」

「前は、なんか無理して笑ってる感じだったけど…今は自然だ」

照れ隠しに在庫の箱を持ち上げると、仁は笑ってカゴを差し出してくれた。


「エリってもてるだろ?」唐突に仁は聞いてきた。

「なに急に。」

「だって頭もよくって、そのルックスしかも性格もいいんだから

 普通なら男はほっとかない。今まで何人に告白されたの?」


「仁さんこそ。背か高くてイケメンだし優しいからもてるでしょ?

 仁さんは何人に告白されて今まで何人と付き合ったの?」


「エリ質問返しか?ずるいねぇ。じゃあ、ちゃんと答えるからエリもちゃんと

  答えて。今大学2年生でしょ。告白はしたことはない。エリが初めて。

  告白されたのは・・・。えぇっと16人くらいかな。

  そのうちの一人と付き合った。この子ならいいかもって思ったけど

  最後まで結局好きになれなかたんだろうな。俺なりに好きになる努力はしたつもり

  だけど一緒にいても俺いつも違う事考えてた。友達は何してるんだろうかとか

  夜ご飯は何かなとか。だからあの子には申し訳ないと反省してる。

  エリが初めて自分から好きになった人。自分でも不思議なんだけどエリは出会って

  すぐにこの子だって思ったんだ。」       


「嘘っぽい。でも仁さんと過ごしてきたからわかる。仁さんは嘘がつけない人だって。

 だから信じるよ。だも、もったいないね。仁さんレベルの人がシングルだなんて。

 私はだれとも付き合ったことはないの。告白したこともない。告白されたのは15人

 くらいかなぁ。」


「それは、俺のセリフだよ。エリこそシングルなんてもったいないよ。

 エリ俺たちつき合わないか?

 毎日エリの笑顔が浮かぶんだ。なにしてるんだるうか?とか気になって。

 エリの同級生に嫉妬したり。心配になったり・・・。

 こんなに誰かを思ったことなんて今までないんだ。

 でも、エリに会ってエリの笑顔に癒されるんだ。バカみたいだろ。

 エリより年上なのに恥ずかしいな。なんか照れる。」


「いきなりだね。でも、だれかを思う気持ちは恥ずかしくなんてないよ。

 年齢も関係ないと私は思うけど。

 でも、いきなりすぎて。直ぐには応えられない。

 今までは、すぐに断れたのになんか不思議な感じ。」お互いに笑い合った。


本当に楽しい時間だった。そろそろ私も変わらなきゃいけない。

私が変われるチャンスを神様がくれたのかなぁ。そうエリは思った。

過去を引きずったままでは幸せになれない。これからは前をむいて進むんだ。



翌日、昼休みに教室の後ろを見ると、カズとカオルが机をくっつけてお弁当を広げていた。

二人の距離は近く、時折カズがカオルの髪に手が触れるほどだ。

胸の奥がズキッと痛む。


これでいい。私が望んだこと。

そう何度も繰り返しても、痛みは消えなかった。


放課後、バイト先に向かう足取りは自然と早くなる。

そこに行けば、仁がいて、学校のこともカズのことも聞かれない時間がある。

閉店間際、棚の整理を終えてレジに戻ると、仁がレジ横のチョコを差し出してきた。

「これ、新商品。賞味期限近いから食べてみて」

「いいの?」

「従業員特権」

包み紙を開けて口に入れると、思った以上に甘くて、少しだけ心が緩んだ。

「どう?」

「美味しい」

「じゃあ、また見つけたら分けてやる」

仁はそう言って、何事もないように接客を再開した。

その何気なさが、今の私には救いだった。


バイトを始めてから一か月。

学校ではカズとカオルの距離がますます近くなっていった。

放課後、一緒に駅へ向かう二人の背中を見ても、胸の痛みは前より鈍くなっている。

その代わりに、仁の声や仕草を思い出す時間が増えた。

ある日、休憩室で仁と二人きりになった。

「エリ、最近顔色いいな」

「そうかな?」

「無理して笑う事はないよ。辛い時は泣いたっていいんだから。」

その言葉に、不意に胸が熱くなった。

こんな時、仁は余計なことは言わない。

でも、ちゃんと見てくれている。その事実が嬉しかった。



翌日の昼休み、カズが私の机に来た。

「最近、全然一緒に帰んねぇじゃん。まだバイト忙しいのか?」

「うん、ちょっとね」

「ふーん…まぁ頑張れよ」

その何気ない会話のあと、彼はカオルの方へ向かっていった。

その背中を見送るとき、以前のような強い痛みはなかった。

代わりに、胸の奥でほんの少し、冷たい風が吹き抜ける感覚だけが残った。


閉店間際の静かな店内。

棚を整理していると、仁が袋を差し出してきた。

「これ、オーダー間違えて作ったサンドイッチ。晩飯に持って帰って」

「え、いいの?」

「エリ、バイト代まだ少ないだろ。こういうのも立派な給料だ」

笑って受け取ると、仁は「お疲れ」とだけ言って裏口へ向かった。

その背中を見送りながら、私はふと気づく。

ここにいる時間が、今の私の支えになっている。

その日はバイト終わりに空が急に暗くなり、やがて土砂降りになった。

傘を持っていなかった私は、店の入り口で立ち尽くす。

「おい、エリ送っていくよ。待ってて車取って来るから」

「え、でも…」

「いいから、待ってて」

「濡れると風邪ひくよ。送らせて。」

父親以外で異性の運転する車に乗るのは初めてで、心臓が落ち着かない。

「頭ぶつけないようにね」エリの頭に優しく手を添える仁。

体温と雨の匂い、そしてマフラーの低い音が、やけに鮮明に心に残った。

家の前まで送ってくれた仁が、優しい口調で言った。

「エリ、俺は別に、お前が笑ってなくてもいいと思ってる。せめて俺の前では強がらなくていいから。」

その言葉が胸の奥にじんわりと広がる。


今まで私は、誰に対しても“笑顔でいること”を当たり前にしてきた。

でも、仁はそれを強要しない。

その優しさに、心がふっと軽くなった。



翌日、学校でカズが近づいてきた。

「昨日もバイトだったのか?」

「うん。雨すごかったけど、送ってもらったから大丈夫だった」

「送ってもらった?」

「うん、バイト先の人に」

カズの表情が、ほんの一瞬だけ固まった。

でもすぐに、「ふーん」とだけ言って、カオルの方へ歩いていった。

その背中を見つめながら、私は気づく。

私の世界は、もうカズだけじゃない。



バイト先での仁との会話は、以前より自然に笑えるものになっていた。

ある日、休憩室で同じ時間に飲み物を手に取ったとき、仁がふと笑う。

「エリってさ、最初は壁作ってたけど、最近はもう普通に話してくれるよな」

「…そうかな?」

「そうだよ。まぁ、慣れてくれて嬉しいってこと。こないだの返事聞かせてくれる?」

その言葉が、妙に胸に残った。

彼の前では、無理に笑顔を作らなくてもいい。

それがどれだけ楽なことか、私は最近やっと知った。

「私でよければ、お願いします。」それはもうすぐ梅雨を迎えようとする生暖かい季節の事だった。

「マジで!!最高にうれしいよ。」


翌日、放課後の教室でカズが声をかけてきた。

「今日はバイト?」

「うん」

「最近、バイトの話ばっかだな」

「そう?」

「…あんま、無理すんなよ」

その口調は軽いけれど、少しだけ探るような響きがあった。

私が答えに迷っていると、カオルが廊下から顔を出して「カズー!」と呼ぶ。

カズはそちらへ向かい、私はその背中を見送った。

その日のランチタイム

「今日はバイト休みなんだよね。久々に帰りにどっか行かない?」

「いいねっ紗理奈もいくでしょ?」と美香は言った。

「もちろん。なんか美味しいスイーツ食べたい気分。パフェとか

 でも、ガッツリ食べたい気持ちもある。迷うなー。」

「私ホットサンドが食べたいな。タピオカも外せない。」

その会話を翔太は聞き逃さなかった。

「俺、両方あるいい店知ってる。エイトも誘ってみんなで行こうよ。」と翔太は言った。

「どっから湧いて出てきたの?」と美香。

「何の話してんだ?」とカズが会話に入ってきた。

「俺はエリと帰りにパフェとホットサンド食べるんだ。」

「エリとじゃないでしょ。私たちとでしょう。」と美香

エリは笑った。

「じゃあ、俺らも行くよ。仲間に入れてくれ。エリと放課後過ごすのも久ぶり

 だしな。大勢の方が楽しいだろ。」とカズが言った。


結局、7人で翔太のおすすめのお店に行った。

帰りに同級生と過ごすのは久々だった。これが青春ってやつなのかな。

楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

久しぶりのカズとの帰り道。


「エリと帰るのは久しぶりだなぁ。一か月しかたってないのに

なんかすげえ懐かしいなぁ。行き帰りは必ず一緒だっただろ。それが

当たり前だって思ってたけど当たり前じゃなかったんだなぁ」


「何、急に改まって。

ずっとバイトだからね。でも意外と楽しいし金も貯まって一石二鳥。

バイト先のスタッフもみんないい人達なんだぁ。外国のお客様もくるから

英語の勉強にもなるしね。」


「そうか。エリにはエリの世界があるんだなぁっ。

 エリ今生き生きして見えるよ。じゃあ、また明日な。」


「うん。バイバイ。また明日ね。」

エリは思った。エリにはエリの世界がある?カズが始めに自分の世界を作ったんじゃん。

私の世界から先に抜け出したのはカズだよ!私はもう前に進むしかないだけなのに。


あれから必ず毎回家まで送ってくれる仁さん。

帰りの車の中でたわいもない会話で盛り上がる。学校の話や友達の話を互いにする。

何故か仁さんといると何故か落ち着く。背伸びしたり気を使わなくていい人だ。


校内ではやっぱりカズを目で追っている私がいる。

いつもの女子メンバーでランチを食べる。みんな恋の話で盛り上がる。

エリは自分からは語らず当り障りなく相づちを打ち話を聞く。


「こんな時ってエリならどうする?」と紗理奈がエリに意見を聞いた。

「恋愛経験ゼロの私に聞くか?」

「エリはさ、早く自分の魅力に気づけば恋愛マスターになれるのに。」

エリは笑う。「そんな事ないでしょ。」

いつもの仲間といつもと変わらない日常が続いていく。


放課後バイト先へ向かう。

「エリお疲れ!今日も張り切って稼ごうぜ。」

「仁さん、お疲れ様。うん。そうだね。」

「帰りこれから家まで送るよ。俺車だから。めし食って帰ろうぜ。」

「そんな、悪いよ。」

「それくらいさせて。俺、車だし。」

「じゃあ、そうする。ありがとう。」

バイトが終わって仁さんとの夜ご飯

まだ週の半ばの水曜日だからあまり遅くなではいられない。


その日の帰り道、スマホにカズからメッセージが届いた。

『バイト終わったら電話していい?』

なぜか、その一文に少し戸惑う。

今まで、こんなこと言ってきたことあったっけ?

結局、仁とのシフトが長引いて返事を送ったのは夜遅く。

既読はついたが、返信はなかった。

胸の奥に、小さな波紋が広がる。


それが、これから大きくなるのかどうか、その時の私はまだ知らなかった。

仁と付き合い始めてからも、学校での私は特に変わった態度を見せないようにしていた。

けれど、心の奥底では確かに何かが変わっていた。


カズとカオルが並んで歩く姿を見ても、あの鋭い胸の痛みはもうなかった。

代わりに、静かな距離感が私の中に広がっている。


昼休み、カズが私の机の前に立った。

「最近、なんか落ち着いたな」

「そう?」

「…前より笑うようになったっていうか」

その何気ない言葉に、少しだけ息を呑む。

もしかして、気づかれてる?

でも、それが何に対してなのか、カズの表情からは読み取れなかった。

放課後、下駄箱でカズが私を待っていた。

「今日、一緒に帰ろうぜ」

「…ごめん、用事あるんだ」

「バイト?」

「うん」

嘘ではない。けれど、今の私の「バイト」には、仁と過ごす時間という意味も含まれていた。

カズは短く「そっか」と言って靴を履き替えた。

その横顔は、ほんの少しだけ複雑そうに見えた。



数日が経った。

土曜日、朝からのシフト

バイト先へ急いだ。私やっぱり体力ないや。息が上がる。

「エリ、おはよう。どうした?息使いが荒いぞ。」

「仁さん、おはよう。私体力なくて、ちょっと走ってきたせいかなぁ。

 少し休めば大丈夫。」

「始業まで15分あるから、少し休んでろ。」

「うん。ありがとう。」

「今日は14時までだろ。バイト終わったら遅めのランチ行くか?」

「そうだね。パスタが食べたい。」

「了解。美味いところに連れて行ってやる。期待してて。」

「ハードル上げたね。」

「エリ、14時だ。エリあがろうよ。」

「もう、そんな時間なんだ。パスタ楽しみ~。」

バイト先から仁の車で20分ほどで二人はパスタ専門店に着いた。


「何ここ?本当に美味しい。期待以上だ。パスタ専門店なのに

 ピザもあるんだね。ピザも美味しそうだね。」

「だろっ。ピザもうまいよ。一枚注文するか」」

「さすがに、そんなに食べれないよ。」

「これで明日からも頑張れるだろ?」

「うん。頑張れる~。」


次の日、バイト先に着くと、仁がいつものように「お疲れ」と声をかけてくれる。

その声を聞くだけで、学校で感じたわずかな緊張や迷いが解けていくのを感じた。

今の私には、ちゃんと帰る場所がある。

そう思えるだけで、一日の終わりが優しくなる。


仁と付き合い始めて3か月が経った。

放課後バイト先に着くエリ

「あの子たちってエリと同じ高校の子じゃない?」と仁が指を差す。

「えっ本当だ。」

そこには美香と紗理奈とエイトと翔太がいた。

「みんなどうしたの?ここに来るなんて始めてだよね。」

「エイトと翔太が荒れてさっ。ずっと止めてたんだけど、これ以上は

さすがに無理で・・・。ごめんね。エリ。

どうしても彼氏見ないと信じないって言うから仕方なく連れてきた。」と紗理奈は申し訳なさそうに答えた。

「エリ今からでも取り消せる。嘘だよな?

 三か月も前のことだ。本当は誰とも付き合ってませんでしたって

 一言いってくれたら、俺はどんなことでもするからさっ。」エイトが言った。

エリは笑う。そこに仁がやってくる。

「エリ、エリの友達?」

「うん。同級生なの。こっちが美香でそして紗理奈でエイトと翔太

 仁を見に来たんだって。」

「はじめまして。エリの彼氏の新田仁です。いつもエリがお世話になっています。」

そう言って仁はみんなに笑顔を見せた。

「マジで!!美男・美女でお似合いのカップルだね。

 あんたらに勝ち目はないわ。」と美香。

「いくらイケメンだからって、俺のエリを・・・。痛て」

美香と紗理奈がエイトを叩く

「だれが、俺のエリなのよ。全く諦めの悪いヤツ。

 いい加減に現実を認めなさい。」

続けて翔太が言った。「俺たちのエリをなんでうばったんですか。

みんなの憧れで手の届かない存在の女神が誰かの者になるなんて・・・。」

「あんたらとうに振られてるでしょうが!!」

「エリって、やっぱモテるんだね。俺あっちのオーダー取ってくるよ。

 みんなごゆっくりどうぞ。」  

「仁、ありがとう。わかった。こっちは任せて静かにさせるから。

みんな、ご注文は?店内では大声禁止!!」


ある日、放課後の昇降口でカズが私を呼び止めた。

「この前、一緒にいた人…仁って言うんだな」

「…うん、バイトの先輩」

「そいつ、彼氏か?」

「……」

一瞬、答えに詰まった私を見て、カズの表情が固くなる。

「…そっか」


短くそう言って、彼はそのまま背を向けた。

その歩き方は、いつもより少しだけ速かった。


それから数日、カズは必要な時以外ほとんど話しかけてこなかった。

その空気の変化に気づきながらも、私は何も言えなかった。


仁との時間は確かに楽しくて、安心できる。

でも、カズの沈んだ横顔を見るたびに、胸の奥がざわめいた。

放課後、教室に二人きりになった瞬間、カズが低い声で切り出した。

「…あのさ。お前、あの人のこと、本気なんだよな」

「……うん」

「じゃあ、ちゃんと幸せになれよ」

その言葉は、祝福というより、自分に言い聞かせるような響きだった。

私は何も言えず、ただ小さくうなずいた。


その夜、バイト終わりに仁と並んで歩いていると、ふいに仁が言った。

「エリ、俺と約束してほしい」

「なに?」

「どんなことがあっても、俺の前で無理に笑わないこと。泣きたいときは泣け。怒りたいときは怒れ。…それが、俺にとってのお前だから、ちゃんと幸せにするからな約束だ」

胸の奥が熱くなり、思わず足を止める。

「…約束する」

そう答えると、仁は安心したように笑い、そっと私の頭に手を置いた。

その瞬間、私ははっきりとわかった。

これからは、この人との約束を守って生きていくんだ、と。


バイトが休みの日、仁から「ちょっと会わせたい人がいる」と連絡があった。

待ち合わせ場所に向かうと、仁の隣に背の高い男性が立っていた。

髪はラフに整えられ、笑うと人懐っこい雰囲気を漂わせている。

「エリちゃんだよな? 仁から話は聞いてる。俺、翔」

「は、初めまして」

握手を求められ、慌てて手を差し出すと、翔さんは気さくに笑った。

「仁と付き合えるなんて、なかなか勇気あるな。」

「え…?」

横で仁が「余計なこと言うな」と笑いながら肘で突く。

カフェで三人並んで座り、他愛ない話が続いた。


仁と翔さんの会話は軽快で、二人の間に長年の信頼が感じられる。

けれど私は、輪に入ろうとするほど言葉が見つからなくなっていった。

仁の世界の中で、私はまだ“外側”なんだ。

笑顔を作りながらも、心の奥でそう思ってしまう。


店を出たあと、仁が私をちらりと見た。

「緊張してたな」

「うん…ちょっと」

「大丈夫だよ。翔は気のいいやつだし、また会えばすぐ馴染める」

その言葉に頷きながらも、胸の奥のもやは消えなかった。

カズといる時の、あの自然さと比べてしまう自分に、少し戸惑っていた。



翌日、放課後の廊下を歩いていると、背後からカズの声が飛んできた。

「おい、エリ」

振り返ると、カズは壁に寄りかかってこちらを見ていた。

その視線は、からかいでもなく、真剣な色をしている。

「なんか最近、お前…雰囲気変わったな」

「そう?」

「そうだよ。笑ってても、どこかよそ行きみたいな顔してる」

ドキリとした。

昨日の、仁と翔さんの前でのぎこちない自分を思い出す。

「前はもっと…俺の前で自然だったのに」

カズの言葉は静かだったが、その奥に寂しさが滲んでいた。

「そんなことないよ」

必死に笑顔を作るけれど、カズは首を横に振る。

「俺、やっぱり見てりゃわかる。…お前、無理してる」

その一言が胸の奥に刺さり、息が詰まった。

何も言い返せず、ただ俯くしかなかった。

その日のバイトの帰り道。仁の車の中でエリはある告白をした。


「仁、私のことを好きになってくれてありがとう。仁には隠し事したくないから

 ちゃんと伝えたくておきたくて。聞いて。

 本当はね、私ずっと好きだった人がいてね。だから、告白も全部断ってきたの。

 その人からはずっと唯一無二の親友だって言われてたから。私もずっと

 気持ちに蓋をして親友を演じてた。

 告白して友達ですらいられなくなるのが何よりも怖かったから。

 傍で笑っていたかったから、自分から告白する勇気もなくってね。

 でもね、ある日彼から相談されたんだ。気になっている子がいるって。

 その子は私の友達だった。私は二人のキューピットになってあげたの。

 彼にも幸せになる権利があるんだからって。このまま親友でい続けようって。

 でも、二人がつき合うようになって、幸せそうな二人を見てるのが

 本当は辛かった。心にサボテンの棘が刺さったようだった。

 いつも私たちは二人登下校は一緒で帰りはマック行ったり

 ゲーセン行ったりしてたんだけど、三人で過ごすのが行き苦しくて

 一緒にいれない理由が必要だったからだから、私はバイトを始めたの。

 そして仁と出会ったの。私は弱くてズルい人間なんだぁ。」


「辛い話をさせたね。気を使わせてごめん。話してくれてありがとう。

 エリは弱くてズルい人間なんかじゃないよ。優しい子だ。

 でも、エリみたいで美人で性格もいい子が誰ともつき合ったことがないって

 おかしいなって思ってた。その子はエリが近すぎて一緒にいるのが当たり前すぎて

 どれだけ大切な存在なのかに気付けなかったのかもね。彼に感謝しないと。

 じゃなきゃ、エリと出会えなかったんだから。

 エリ俺はエリを必ず幸せにするから・・・。約束するよ。」

「仁、ありがとう。」


閉店後、仁と二人でレジ締めをする時間が、私にとって一日のご褒美のようになっていった。

秋が深まるにつれ、仁と過ごす時間は自然と増えていった。

休憩中、コーヒーの淹れ方を教えてもらいながら、趣味や好きな音楽の話をした。

仁の笑い声は、落ち着いた店内に溶け込み、心を温めてくれる。

けれど、学校ではカズと顔を合わせるたびに、胸がざわつく自分もいた。

カズの視線は相変わらず真っ直ぐで、何も言わなくても気持ちが伝わってくるようだった。


「お疲れ様です。」エリはカウンターから挨拶をした。

「エリ、また来てるよ。違う子だけど、あそこ。」

そこにはカズとカオルがいた。二人を見た瞬間一瞬、胸がざわついた。

動じるな。エリは何度も心でつぶやいた。

仁は何かを察したようだった。

「俺が行ってくるよ。」

「本当だ。ありがとう。いってらっしゃい。」

「いらっしゃいませ。初めまして。新田仁、エリの彼氏です。」

仁はカズに牽制した。

エリはいませんか?」とカズ。

「エリは、あそこです。他のお客様の接客中です。」

「そうですか。じゃあ、黒糖タピオカとホットで」

「じゃあ、私も同じので。エリの彼氏さんですよね。

 知ってます。エイトと翔太元気ないから紗理奈に聞いたので。あの二人

 本当に諦めが悪いんですよね。エリとお似合いですね。まさに美男・美女。

 イケメンですね。なんか大人の男って感じがするなあ。」

なぜかあまり喋らないカズ。具合悪いのかなぁ。悪かったら来ないか。他に何か理由でも

あるのかなあ。少し不安になるカオル。

「ありがとうございます。お二人もとてもお似合いですよ。」と仁は言って笑顔をみせた。

 遅れてエリが二人のテーブルに行く。

「二人とのいらっしゃい。ここのどれも美味しいから、ゆっくりしていってね。

 スイーツもおすすめだよ。」


二人を見ても前よりさほど辛くなかった。仁のおかげかなぁ。

追加オーダーのベルがカズたちのテーブルから鳴る。

カズの声が聞こえる。

「追加のご注文ですか?」と仁が尋ねる。

「テイクアウトでホットサンド1つお願いします。」

そのオーダーに驚きエリもテーブルに行く。

「カズ帰ってまた食べるの?さすがにお腹こわすよ。」

「違うよ。エリの分だ。バイト終わったら腹減るだろ。」

「いらないよ。私は仁と食事して帰るの。」

「エリ、みんなに愛せれてるね。でもエリはこの後、僕と食事して帰るから

 大丈夫だよ。カズ君だっけ、エリを思ってくれてありがとう。

 エリ、そろそろあがろうか?」

「もうそんな時間なんだ。そうだね。仁あがろう。カズ。カオルまたね。」

エリは二人に別れを告げたとき。まとまりのない表現できない感情におそわれた。


帰りの車内で突然、仁は口を開いた。

「エリ辛いときはいつでも俺を利用して。」

「利用って?」

「さっき、なんとなくエリはいつものエリと違ってた。前に言ってた好きな人って

 カズ君でしょ?本当にエリは分かりやすい。素直なんだな。嘘がつけない。」


エリは黙り込む。


「俺さ、エリの幸せのためなら利用されてもかまわない。この世でエリ

 以上に大切なものなんてないから。それくらい愛してるんだ。覚えといて。」

「私も仁は大切だいよ。いなくなったら嫌だもん。

 だから、そんなこと言わないで。もう、過去の話だし・・・。」

 仁は優しく笑った。仁の笑顔に救われた気がきた。



11月の終わり、仁に誘われて休日に映画を観に行った。

人混みの中、仁が自然に手を引いてくれた瞬間、心臓が跳ねた。

その帰り道、イルミネーションが輝く並木道を歩きながら、仁がふとつぶやく。

「こうして歩くの、悪くないな」

それだけの言葉なのに、胸が温かくなった。

「これから、少し時間はある?」

「うん。大丈夫だよ。どうしたの?」

「翔、以外のやつもユリに会いたがってるんだ。いいかなあ?」

ユリは少し緊張したが「いいよ」と答えた。

「いつも、仁っていつもいきなりだね。でも私高校生で仁に釣り合ってないって

 思われないかなぁ」

「そんなこと心配するな。俺が惚れか女だ。それにエリってけっこう大人っぽいぞ。」

「老けてるって言いたいの?」そう言ってエリは両腕を組み口をとがらせた。

「違うよ。怒るなって。綺麗だって言いてんの。あっ着いたよ。ここだ。」

仁の車に乗って15分ほどで目的地に着いたようだった。


バイト先と同じくらいオシャレなバーだった。何にはビリヤード台があった。

エリは仁と手を繋ぎ中へ入る。中には仁の友達が数人いて。ビリヤードを

楽しんでいた。さすが仁の友達イケメン揃い。

「仁こっち!!さすが仁の彼女、美人だね。スタイルもいいし。

 俺はケン。中学から仁とは友達なんだよ。仁は女に興味がないのかと

 思っていたよ。どれだけかわいい子から告白されても、あっさり

 断ってたからさ。」

「こんばんは。桜井エリです。よろしくお願いいたします。」

「俺は竜馬。よろしくね。任とは俺、高校からの仲なんだ。

 この子か仁を虜にしたのは。美人だな。仁が惚れるのも無理ないな。

 翔の言ってた通りだ。」

「俺は隼人。俺も高校からの仲なんだ。仁なんてやめて俺と付き合わない?

 仁より経験豊富だから。俺の方が楽しいと思うよ。」

「隼人!お前、いい加減にしろよ。」と隼人とエリの間に裂くように入ってきた仁。

「冗談だって、でも仁が誰かを好きになって告白する日がくるなんてなぁ。

 意外と仁って独占欲強いんだな。」

「エリちゃんだっけ。まだアルコールはだめでしょ。美味しいノンアルの

 カクテル作ってやるよ。」

「えっノンアルカクテルですか?

 竜馬さんカクテル作れるんですか?凄い。感動です。」

「ここ竜馬のバイト先だから。」と仁は言った。

「大人ですね。こんな世界初めてです。憧れるな。いつか、この場所に自然と

 なじめるような大人になりたいな。」

「エリちゃんなら仁が惚れるのも納得。」

「世の中にこんな美人がいるんだな。エリちゃん友達紹介してよ。

 大切にするからさっ。仁、お前ついてるな。シングル通してきた甲斐があったな」

とケンがからかいぎみに仁に言った。

「うるせいよ。お前ら、これから気安くエリに話かけんな。 

 エリ、俺意外と口きかなくていいから。こいつらは空気だと思えばいい。」

仁の発言にエリは笑った。

「恋をする男はちがうな。仁が仁じゃないみたいだ。何事にも動じないで

あんなクールだった仁が、まるで子供みたいだな。遅い青春ってか。」とケン。

続けて隼人が「エリちゃんは凄いよ。ここまで仁を虜にさせて。エリちゃんだからなのかもな。」


それから2時間ほど仁と仁の友達たちと楽しい時間を

過ごした。年齢を感じさせない優しい人達だとエリは思った。

そこには以前に感じた疎外感もなかった。

私には、仁の世界に確実に近づいてる実感があった。



12月に入ると、街はすっかりクリスマス一色になった。

閉店後の店内で、仁がカウンター越しに言った。

「クリスマスイブ、予定空いてる?」

「…うん」

「じゃあ、一緒に過ごそう」

胸が高鳴った。

雪が降るかもしれないという天気予報を思い出し、二人で過ごすイブを想像して頬が熱くなった。

二人で過ごすクリスマスイブ。

仁はレストランを予約していた。クリスマスを彼氏と過ごす特別な時間。

私は仁へブレスレットを渡した。仁は最高の笑顔を見せた。

仁からは指輪もらい指にはめてくれた。私は嬉しくて涙をながした。

だれかに愛される幸せを初めて感じさせる時間だった。


「ありがとう。素敵な指輪だ。学校には付けていけないから

ネックレスにしていつも身につけておくよ。これいつも仁と一緒だね。」


そしてエリの喜ぶ笑顔に癒される仁だった。

仁は無意識にエリを抱きしめていた。仁は思ったこの幸せが続きますようにと。


三学期が始まる。

変わらない日々が過ぎていく。

バイトが無い時は仁は学校へ車で迎えに来てくれていた。


紗理奈が教えてくれた。最近カオルが元気がないと。

理由を聞いても話さないみたいで、大丈夫だからと答えるそうだ。

私は心配だったが、元気がない理由をカオルに聞くのをやめた。

きっと話したくないのだろうと思ったから。


美香たちは始めて店に来て以来バイト先によく顔を出すようになっていた。

仁とも仲良く会話するまでになっていた。翔太とエイトは仁に「エリと別れましたか?」と

毎回聞いているようだった。カズもカオルとよく来ていたが最近は一人で来るのも

珍しくなかった。そんなカズを見てカオルは忙しいのかなぁと私は思う程度だった。

学校での授業中、ふとカオルに目がいった。


カオルは不安げに一点を見つめている。その様子が気になった。紗理奈が言っていた事

ってこの事だったのかなぁ。

でも、休み時間やランチタイムでのカオルはいつもと変わらない様子だった。

気のせいだったにかなぁ。何かあれば相談にくるよね。そう私は考えた。


週末はバイト帰りに仁とのデートをするのが日課になっていた。でも浮かれてばかりでは、いられない時期を迎えていた。

「もうすぐ春休みだね。エリも受験か?今みたいにゆっくり二人で過ごせる日が

 少なくなるな。どこの大学が志望なの?」

「T大なの。ちょっと頑張らないと厳しいけど夢なの。パパもママもT大だったから

 パパ達と同じ道に進むのが小さいころからの夢。

 私はパパやママみたいな人になりたいから、法学部へ進んで弁護士になるの。」

「小さいころからの夢か?エリなら大丈夫だよ。エリが受験勉強している間

 俺がありとあらゆる学問の神様を祭ってる神社を巡ってお守りを両手いっぱいにして

 エリに渡すよ。」

「仁って本当に純粋というか、年の差感じない。」

「どうせ俺は子供だよ。だれに何を言われてもエリのためならなんだってするよ。

 ケンたちも暇だろうし一緒に神社巡りしてくるよ。あいつら、また俺のことからかって

 馬鹿にするんだろうな。」


エリは悔いが残らないように必死に受験勉強に取り組んだ。とにかく一心不乱に……。

そうすれば、迷いも悩みも消えていく。だからこそ、勉強だけに気持ちをシフトさせた。

外は雪がちらついて電灯の明かりで反射した雪はキラキラと輝いて見えた。


1月中旬、共通テスト前夜だった。仁からの連絡。


「今、少しだけ’家の前に来てくれる。」

「どうしたの?今から?わかった。待ってて。」

玄関から出ると両手いっぱいのお守りを持った仁がいた。

「本当に神社巡りしたの?嘘みたい・・・。大変だったでしょ?

 でも、これで私受かった気がしてきた。仁、最高すぎる。嬉しい、ありがとう。」

「もう少しだ。エリなら大丈夫だから。俺は成功するって信じてるよ。エリ。」

仁はいつもの優しい笑顔で帰って行った。


共通テスト当日。エリは自分に言い聞かせた。

大丈夫きっとうまくいく。鞄には仁のくれたお守りを入れていた。

お守りを握り祈るエリ。深呼吸をしてテストに臨んだ。全力を出して望んでが、

共通テストの結果が待ちきれず不安が膨らんでいくエリだった。

しかし、そんな気持ちとは裏腹にエリは見事に共通テストを成功させた。

仁の心のエールが私に頑張る力を与えってくれたんだと思った。

支えられてる安心感を感じられた。

改めて、愛されるってこういう事なんだと私は思った。


私はやっと受験勉強から解放された。

合格の知らせを受け仁は合格祝いをするために隼人たちに相談

エリへのサプライズ合格祝いが竜馬のバイト先で開かれた。

そこには、美香や紗理奈もよばれていた。

部屋の扉を開けた瞬間、ふわりと温かい空気と甘いケーキの香りが鼻をくすぐった。

「おめでとう!」

一斉に響いた声と、頭上から舞い降りる紙吹雪。光を受けてきらきらと舞う紙片の中、見慣れた顔がいくつも笑っている。そこには仁の姿もあった。

壁際には手作りの飾りつけ、色とりどりの風船、ガーランド、そして「合格おめでとう」と書かれた横断幕。

テーブルには、フルーツがたっぷり乗ったケーキと、小さなプレゼントがいくつも並んでいる。

「エリ、仁さんに愛されてるね」

笑顔でそう言ったのは、紗理奈だった。

胸の奥がじんわりと熱くなって、「そんなことないよ」と言おうとした瞬間

「そうだよ。俺は、エリを心の底から愛してるよ。」

仁の声が、はっきりと耳に届いた。


笑い声やグラスが触れ合う音の中、その言葉だけが不思議と輪郭を持って胸に落ちてくる。

視線が合うと、仁は少し照れくさそうに、でも真っ直ぐに微笑んでいた。

頬が熱くなるのを隠そうと、紙コップを両手で握りしめる。心臓は落ち着きなく跳ねて、耳まで赤くなっていくのが自分でも分かった。

周りの喧騒は遠く、世界は仁と私だけに絞られていく。

その一言が、この夜の一番の贈り物だった。

仁とのこの関係を大切にしたいと心から思った。


いつもの日常を取り戻していた。エリまた毎日のようにバイトに励んでいた。仁と一緒に。仁との時間は幸せにみちていた。このままこの幸せをともにするんだ。


春はそこまで来ている。まだ冬の匂いの残る寒さも感じる時期の事だった。いつものようにバイトを終え着替えを済ませた。


バイトの終わりに店の外へ出ると、街灯の下にカズが立っていた。

「話がある」

低く、揺るぎない声。

その背後から、店内のドアが開き、仁の姿が現れた。

「カズ…」

仁の声は落ち着いていたが、その奥にわずかな緊張があった。

逃げられない時間が始まった。

私は仁とカズの間に視線を往復させる。

「今?ここで話すの?」と私は言った。

「ここで話す」

カズの声には、一切の迷いがなかった。

街灯の光が三人の影を長く引き、冷たい夜気が頬を撫でる。

その中で、カズは私へ一歩踏み出した。

「エリ。俺は気づいたんだ。ずっとお前が好きだった。エリはいつも居るのが当たり前でそれが、当然だと思ってた。でも、距離が離れていくたびに、それは当たり前じゃなくて特別なものだったんだって気が付いたんだ。勝手だよな……。でも伝えたくて、カオルの代わりはいてもエリの代わりなんていない。カオルとは、随分前に別れたんだ……。カオルにも言われたよ。カズはずっと、エリが好きだったのは知っていたって。俺は自分でも意識してない時から、カオルは気が付いていたんだ。本当に馬鹿だな。あいつと付き合ってるのは知ってる。でも、どうしても諦められない。…俺を選んでほしい。エリの自然な笑顔を守っていきたいんだ。俺はエリじゃないとダメなんだよ。」

真っ直ぐな声が、胸の奥に突き刺さった。

背後から、仁の静かな呼吸音が聞こえる。

仁は「エリ…俺は、お前が本当に笑える場所にいてくれるなら、それでいい」

その声は優しく、けれど確かに手放す覚悟を帯びていた。

仁は続けた。

「エリ、俺は約束したでしょ?。必ず幸せにするって、その約束守らせて。俺たち……別れよう。」

一瞬、視界が滲む。

仁の温かさと、カズの真っ直ぐな熱、どちらも嘘じゃない。

でも、答えはもう決まっていた。

「エリ、幸せになるんだぞ。約束だからね……。」

背を向けた仁の後ろ姿が、街灯の光の中でゆっくりと遠ざかっていく。

私は唇を噛みしめ、その姿を目に焼きつけた。エリは思わず叫んだ!

「仁、仁、私幸せだったよ。たくさんの思い出ありがとう。仁!!」


あれから、私とカズは少しずつ歩き出した。

仁の優しさは、今も胸の奥に残っている。

けれど、今隣にいるのはカズで、その手の温もりが私の未来を照らしてくれている。

夕暮れの帰り道、カズが不器用に握った手を、私はぎゅっと握り返した。

もう迷わない、そう心に誓いながら。



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― 新着の感想 ―
鈍感でまだ幼さを感じる幼馴染のカズと大人で落ち着いた雰囲気の彼氏のジンとの間で揺れ動く主人公の気持ちに切なくなりつつ、どこか懐かしさを感じる作品でした。青春してるな〜
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