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    〈本当の愛を知った聖女は、もう死に戻らない〉後※



  ✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼



 唇を幾度重ねたか、数えるのが追いつかない。息が足りず、それでも尚こぼれ落ちる吐息は、熱を帯びて互いの耳をくすぐった。


「……お待ちください」


 衣の最後の一枚が解かれる時になって、メルティナは急に我に返った。指先になけなしの力を込めて、アルベリオスの胸を押し返す。

 金の眼差しは穏やかで、呼吸を合わせるように彼女の言葉を待った。


「その……恥ずかしい、です……」


 寝具を引き寄せ、メルティナは布越しに声を震わせた。

 アルベリオスは照れ臭そうに頬をかく。


「……隠しても、あなたの肌の美しさは目に焼きついていますよ」


 だって――、と。

 メルティナの口からは、幼い言葉がこぼれる。


「これまでは、戦いに臨むような意気込みでおりましたから……」

「わたしを仇だと思っていたのですから、無理はない。あなたの潔さには、本当に驚かされた」

「……ですから、今はじめて、愛するひとの前に素肌を晒しているようなものなのです」


 アルベリオスはもじもじと蠢く寝具の小山を掻き分け、現れた真っ赤な頬に唇を寄せた。


「ゆっくりでいいので、これまで受け流されてきたわたしの想いを、もう一度その身に受け止めてください」


 アルベリオスはいつだって、先を急がず、メルティナの気持ちを確かめるように触れる。ただ撫でるような指先の動きさえ、確かな熱を残していく。

 その温かさは、肌を合わせることは恐ろしく、おぞましい行為だと刻みつけてきたメルティナの心を、そっと包み込んだ。

 それでもふいに、忘れられない傷が疼き、逃げたくなる時がある。それなのに、指先は彼の衣を掴んで離せない。もっと近くにいてほしいとさえ思ってしまう心の変化に、メルティナはまだ追いつけずにいる。


「待って……!」


 声が上擦り、吐息が乱れる。


「……怖い」

「大丈夫ですよ、メルン。今日はここまでにしましょう」


 手を止めるとともに掛けられた、気遣わしげな声に、メルティナは即座に首を振った。


「無理をしないで。あなたの嫌がることはしたくない」

「違うんです。嫌ではないから……怖いんです。このようなこと、穢らわしいと思っていたの。快楽に身を委ねるのは、あの男と同じ――。なのに……どうして?」


 言葉を連ねるごとに涙が溢れて、止まらない。メルティナは無様な顔は見せまいと、手の甲を濡らしたが、かえって子供っぽくて情けなくなる。


「あなたに触れられると、どうしてこんなに、ままならなくなってしまうの? 怖いの……自分が自分ではなくなるようで」

「メルン……わたしを見て。わたしの瞳に映る、あなたを見てください」


 蛍光石のカエルが放つ、静謐な光に金色の瞳が煌めく。その瞳の真ん中に、メルティナはいた。


「わたしの腕の中にいるあなたが、どんなに愛しく映っているか、教えてあげたい。触れると花色に染まる肌を見ていると、わたしも身体が熱くなるんです」


 涙を拭う大きな掌の熱さに、メルティナは肩を震わせる。


「あなたの吐息が耳をかすめるたび、鼓動が止まりそうなほど身体が痺れ、愛しさがとめどなく溢れる……。だから、もっと触れたくなるんです。そのせいで、あなたが心を乱したとしても、それを穢れとは呼びたくない。あなたが、わたしを受け入れてくれた証だ。わたしは、それが嬉しい」


 あの男とは違うのだと教え聞かせるように、額に……瞼に……、ゆっくりと口づけが落とされる。

 それだけで、胸の奥がきゅっと震える感覚に、メルティナは目を伏せた。


  逃げ場のない距離で名を呼ばれるたび、涙が出るほど嬉しくなる。恐怖が消えたわけではないが、心に別の感情が芽生えるのを、メルティナは確かに感じていた。

 大切にされている――。その実感が、変わりゆくことへの戸惑いに、赦しを与えてくれた。



 どれほどの時が経ったか……。

 気付けば、寝具もしっとりと湿り、肌に触れる空気さえ、どこか温かい。

 メルティナは控えめに、アルベリオスの手を引いた。口を開くも声が掠れ、小さく咳払いして喉を調える。


「アズ様、もう十分です」

「疲れましたか?」

「……わたくしだけ、触れていただくばかりで、申し訳なくなります」


 相手に喜んでほしい。そんなふうに感じたのは初めてだ。

 しかしアルベリオスには、いつもの調子で穏やかに拒まれてしまう。


「わたしが、したくてしているだけですから。何も気を遣わなくていいんですよ」

「そうではなくて……」


 メルティナはこれ以上ないほど顔を赤くして、アルベリオスを引き寄せるように、首筋に腕を絡めた。消えてしまいそうな声を、耳のそばで震わせる。


「ここから先は、あなたと一緒がいい……です」


 アルベリオスは息を詰まらせ、メルティナを覗き込む。熱を孕んだ瞳は、どこまで行っても互いの姿だけを映していた。

 そんなふうに求められることがあろうとは、アルベリオスは夢にも思わなかった。胸の奥が締め付けられ、理性が悲鳴を上げている。

 嬉しくて泣いてしまいたいのを何とかこらえ、アルベリオスは困ったように笑った。


「その顔は反則だ――」


 唇が触れ、離れ、また触れる。

 これまでより深く、長く――息が混じり合って、どこからが自分の吐息なのか分からなくなるほど、何度も重ねた。


 どんなに近い距離にいても、触れ合った肌は別々の体温を宿す。互いが違う生き物だと確かめながら、温もりはやがて、ひとつの熱に混ざり合う。そうして、身体を隔てる境界も、少しずつ溶けていった。


 身体の内側を押し広げる彼の熱には、まだどこか躊躇いがあった。少しずつ距離を詰めては、確かめるように気遣わしげな視線を落とす。

 気を遣わなくていいと告げておいて、一番心配性なのは彼だ。

 メルティナはその背を抱き寄せ、強張っていた身体を柔らかく開くと、自らの意志で彼を奥深くへと迎え入れた。


「……っ」


 アルベリオスの喉の奥から、押し殺したような声が漏れる。


「ああ……もう……ずるいな」


 声は低く掠れ、それ以上言葉が続かない。代わりに、メルティナの額に自らの額をこつんと合わせ、彼は深く息を吐いた。


「可愛すぎるでしょう……」


 余裕のない顔と、整いきれない荒い息を間近にして、メルティナは胸が切ないような、嬉しいような気持ちになった。アルベリオスが言っていたのはこれなのだと実感し、愛しさを募らせた――。




 ✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼



 隣室の暖炉の火も、すっかり熾火となり、辺りを静けさが包む。

 カエルの置物の明滅と一緒に、鼓動はゆるやかに脈打っていた。それに合わせるように髪を梳くアルベリオスの指が、メルティナを穏やかな眠りへ誘う。

 身動ぐと、熱の名残りを身体の奥に感じ、気怠ささえ心地よい。この安らぎは、彼の腕の中でしか得られないと気付くと、ますます胸に満ちるものがあった。


「アズ様」

「どうしました、メルン」

「子を宿すことに躍起になり、誤った道を歩んで参りましたが……。今は心から望んで、家族が欲しいと思えます。あなたとの未来を紡ぐために」

「ええ。あなたに似れば、きっと世界いち可愛い。その日が待ち遠しいです。……でも」

「――でも?」

「もうしばらくは、二人だけでこうしていたいな」

「まぁ……ふふふ」


 二人の穏やかな笑い声も、夜の深まりとともに、寝息へと変わる。

 朝日が差し込むまで、互いの腕が解かれることはなく、温かな目覚めをともに迎えた。


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