表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/23

Scene4〈誓いは果たされる〉


 荒々しい息遣いと戸惑う声とが、次第に歓声へ変わる。衛士たちの間を駆け抜けて、ラキァがアルベリオスに飛びついた。


「ああ、アズ! とうとう終わったのね! もうこれで本当にベルネルに怯えなくていいのね!?」

「そうだ……、終わった……終わったんだ! 蘇りし聖獣の裁きによって!」


 ナィナの神々しく、強大な姿を畏れ、人々は遠巻きに跪く。


「聖獣って……本物の?」

「話せば長くなるが、ザンドリスの神獣ナィナこそ、タルヴァニアに伝わる聖獣だったんだ。その復活を、かの国の王女らが助けてくれた。今はヴァルたちが残り、どうにかマルケスの説得を試みてくれてはいるが……我々が神獣を奪ったと追及されかねない。わたしもすぐに戻らねばならないが……メルティナはどこだ?」


 誰もが口を噤んだ。いや、返すべき言葉を彼らも見失っていたのだ。

 ラキァも思わず瞳を伏せて、瓦礫の山を指差す。

 アルベリオスの顔が一瞬にして青ざめたのち、彼は自らを勇気づけるように首を振った。


「いや――まだ……まだメルティナは生きている」


 アルベリオスはナィナを降り仰いだ。

 夢の中でナィナと一体になっていた彼にはわかる。メルティナが死ねば、ナィナはこうも落ち着いているはずがないのだ。


 アルベリオスが捜索の再開を指示し、自らも率先して瓦礫をどける。

 ナィナもしばらくその辺を鼻で探っていたが、一ヶ所でぴたりと動きを止め、突然身を横たえた。水晶でできた蓮の花を、前足の間に抱き込むようにして、くるる……と喉を鳴らす。

 人間の拳大ほどの蕾は、ナィナの吐息で吹き飛ばされてしまいそうに儚い。しかし、巨大な聖獣は花を守るように、愛おしい眼差しで見つめている。


「まさか……そこにいるというのか?」


 そんな馬鹿な――どよめきの中で、アルベリオスは一縷の望みをかけ、手をかざす。

 すると、ぴったり閉じた花弁の隙間から、澄んだ青い光が漏れた。


「ああ……これは、彼女と作った蛍光石の光だ。こんな所に閉じ込められて、恐ろしかっただろう。メルン……今、お助けいたします――」






☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩

  ☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩

     ☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩

  ☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩

☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩




 開いた目蓋の向こうに、白く濁った水晶の壁があった。

 メルティナは意識が戻ってから、指先の一つも動かせないまま、小さな体で横たわっていた。

 遠くにざわめきが聞こえる。


 無力に涙が頬を伝った。

 視界の端に転がったカエルの置き物が、息絶えたように横たわる。


「アズ様……」


 どうしたら、あの雨の夜に戻れるのだろう。

 自らの命の灯火を吹き消したら、最良の人生へ道が続いていやしないものか――。弱気が首をもたげ、心が萎えていく。


「そんなの、だめ……」


 メルティナの脳裏に、タルヴァニアで出会った人々の顔が浮かんだ。

 ベルネルを呼び覚ましてしまった罪を捨てて、自分だけ死に逃げるなど、メルティナが許せることではない。


 自分はここにいる――。

 石のように重たい体で、最後の力を振り絞り、置き物に手を伸ばした。

 すると、蛍光石のカエルがほのかに光を宿した。青い光が、鼓動のように明滅を始める。


 その温かな光は、花弁の隙間から外へとこぼれた。閉ざされた花の外で、誰かが息を呑む気配がする。


「――メ……ル……――!」


 外から、声が聞こえた。

 しゃがれた声で、呼びかけてくる。

 やがて、隘路(あいろ)を潜り抜けて、声の主は現れた。青いカエルが、花弁の隙間から軽快に着地する。


「メルン! 助けに来ました! どこです!?」


 メルティナは目を、耳を疑った。

 ずっと《《彼に》》会いたいと願っていた。

 だが、この世界の彼は、メルティナを知るはずもないのだ。


「……アズ様……?」

「メルン!? ああ、なんとおいたわしい姿に……!」


 青ガエルは、小さなメルティナのそばへ、ぴょんとひとっ飛び。頼りなく投げ出された体を抱え起こし、地団駄を踏んだ。


「ベルネルの奴め、やはり許せない……! ――ああ、ですが安心してください。もう恐ろしいものはいません。さあ、わたしの背に乗って。ここを出ましょう!」

「これは……なんて……よく出来た夢なのでしょう。アズ様……」


 メルティナはカエルの首に弱々しく腕を回す。


「夢でもいい。お会いしたかった……あなたとこうして、言葉を交わしたかった」

「夢ではありません。わたしは、雨の夜に沼のほとりで出会い、数日の逃避行をともにしたアズです」

「そんなはずは……ありません」

「信じてください。わたしたちは、とても似ていたのです。追われて、逃げていたことも。死を繰り返し、この生に囚われていたことも――」


 死を繰り返し――彼の言葉が、メルティナの頭を強く打った。


「本当に……?」

「ええ。さぁ、もう外へ行きましょう。あなたには、解呪と治療が必要だ」


 カエルは蛍光石を拾うのも忘れずに、来た道を引き返す。

 幾重にも重なった花弁は硬く、こじ開けようにもびくともしない。カエルは狭い道を、メルティナを落とさないよう気をつけながら、風の流れるほうへと向かって這い上がっていった。

 その道すがら、カエルはこらえきれずに、はにかみながら本音を吐露した。


「不謹慎かもしれないが、今は少し嬉しいな。あの時のわたしは、あなたの掌に収まるほどの小さな存在だった。それが今はこうして、あなたを背負い、救い出せる。少しは、情けなかった印象を払拭できたでしょうか」

「どうして、そのようなことを仰るのですか? アズ様はいつだって……わたくしの心の星でしたわ」


 か弱くも、確かな温もりで背中を焼かれ、青ガエルは途端に、真っ赤な茹でガエルになってしまった。



 ***



 カエルの背中から見渡した外の世界は、すっかり変わり果て、メルティナの目には地の果てまで荒廃してしまったように映った。


「わたくしは……我が身可愛さに、なんという結果を、招いてしまったのでしょう」


 ぽろぽろと涙がこぼれる。

 そこへ、耳に親しんだ声が駆け寄ってきた。


「メルティナ様! 本当にメルティナ様なの!? なんてこと……こんなに小さくされてしまって……!」

「ラキァ……」

「でもっ、ご無事で本当によかった……! みんなもピンピンしてますからね、大丈夫ですよ!」

「本当に? ……よかった」


 アズは、そっと体をよじってメルティナを下ろす。


「メルン。上を見上げてください。我々を救ってくれた聖獣も、あなたとの再会を心待ちにしていましたよ」

「え――」


 見上げても、見上げきれないほど大きな何かが聳え立っていた。あまりの眩しさに目が眩んだメルティナを、アズは咄嗟に支えた。


「呪いを解くほうが先ですね。ええと、その……呪いを解くには、以前もお話したかと思うのですが、あ、あ……あ――」

「愛する方のくちづけ――でしたね」

「はっ、はい――!」


 アズは緊張のあまり、全身が心臓になってしまったようだ。胸の拍動と一緒になって、落ち着きなく飛び跳ねる。


「本当に、わたしでいいのですね?」

「あなた以外におりません」


 メルティナはそっと目を閉じる。

 アズを想う気持ちで胸が満たされているのに、瞼の裏にはなぜか、金色の眼差しが瞬いた。

 迷いを断つように固く瞼を合わせると、胸がちくりと痛んだ。


 かすかな湿り気が、唇に触れた。

 ゆるやかに目を開くと、カエルの体がぐんぐんと小さくなっていく。いや、メルティナが元の大きさに戻り始めたのだ。


 呪いが解けるともに、アズから分け与えられた魔力で、体からは疲労が取り払われた。しかし、重たいしこりが残ったように、心はずしりと重たかった。

 アズを取り戻した代わりに、何か大切なものを失くしてしまったような――。


「よかった。無事に戻れましたね」


 しゃがれた声がして、掌に目をやったメルティナは眉をしかめた。

 青いカエルが、置き物の真似をするように首を傾げている。


「アズ様のお姿に、変化がございませんのは……わたくしでは、呪いを解くには足りない――ということでしょうか」


 メルティナの肩が、頼りなげにしゅん……と落ちるので、アズは青い顔面を蒼白にして、飛び跳ねた。


「断じて違います! わたしのこれは、呪いではなく……自らの意志で変じたものですので」


 隙間を通るために、カエルの体が必要だったという。

 そして、アズは少し照れくさそうにもじもじと身を縮こめた。


「……本当の姿を知ったら、がっかりするかもしれない」

「いたしません」


 メルティナの真っ直ぐな瞳に、アズはとうとう心を決めた。

 ケロッ――。

 一声鳴いて、掌から下りる。

 ゆっくりと、輪郭が溶けるように揺らいだ。瞬きをする間に姿が露わになり、メルティナは目を瞠る。


「あ……」


 今日まで、アズがどんな姿をしているか、何度も思い浮かべてきた。

 だが目の前に現れたのは、想像のどれとも違う。そして、知らない人物でもなかった。

 漆黒の髪の間から、金色の瞳が覗く。


「陛下――なのですか?」

「……はい」


 いつも毅然と構えていた皇帝が、どこかばつが悪そうに、眉を下げて見つめてくる。

 その金色の眼差しを恐れていたのが嘘だったかのように、メルティナは胸が温かくなるのを感じた。

 引き裂かれるように軋んでいた心が一つになって、喜びと安堵に満たされていく。瞳からは、大粒の涙がとめどなく溢れた。


「何ということでしょう……わたくしは、まだ夢を見ているのですか?」

「いいえ、ここにともに在ります。ずっと、長い悪夢を彷徨っているようでしたが、今ようやく……わたしたちは、夢から覚めたのです」


 縋るように飛び込むメルティナを、アルベリオスの腕が抱き留める。


「アズ様」

「はい」

「アルベリオス様」

「はい。わたしです、メルン」


 互いに、ひとつひとつを噛み締めるように、抱擁を交わす。


「ずっと、おそばにいてくださったのですね。こんなに近くに……。それなのに、わたくしはどうして気付けなかったのでしょう」

「わたしに勇気がなかったのです。あなたに拒まれるのを恐れ、精一杯格好をつけようとしていた。ああ、もうっ……最後の最後で、情けないったらないな」

「いいえ……」


 顔を上げたメルティナの頬は柔らかに綻び、涙さえ輝く。


「あなただから、わたくしの心は、こんなにも揺さぶられるのです。――生きてきて、よかった」

「メルン……。もう一度、誓わせてください。生涯をかけて、あなたを守り、慈しみ、愛すると」

「わたくしも、誓いをともにいたします」


 その時を待ち侘びていたナィナが、鼻先で二人をすくい上げる。

 北の地に、ようやく訪れた平穏の時を告げるように、おっとりと喉を鳴らす音が響いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ