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13.これがお別れの報告だとしても

「くそ、くそ……っ」

 高三にもなってひとりこそこそトイレで泣きべそを書いている自分が悔しくて堪らない。


 何より、〝今手を伸ばせば届くんじゃないか〟と一瞬でも思ったことが悔しかった。


(俺は智彰がどれだけ星のことを好きで、そして父親の後を追いかけてるか知っていたくせに!)


 一瞬でも、今頷けば本物の恋人として、そしてこれからも智彰の隣に居られる。

 智彰が進路を変えれば――


「くそ、マジで最低すぎる」


 今手を伸ばせば、智彰に手が届くかもしれない。

 でもそれは、智彰が夢から手を離すことを意味していた。

 それがわかっているのに、一瞬でも自分の気持ちを優先しようとしてしまう自分に辟易とする。


 だが、泣いてばかりもいられない。


 ぐじぐじと涙で滲む目元を、カッターシャツの上に着ていたパーカーの袖で乱雑にぬぐって閉じ籠っていたトイレから出る。

 俺の持っている鞄の中には、智彰が睡眠時間を削ってまで作ってくれた問題集が入っていた。


(この問題集を無駄にしてたまるか!)

 智彰がこんなにしてくれたのに、それを全て無駄にしてしまった。もし受験に落ちてしまったら。


「智彰が俺のためにしてくれたこと全部、否定してるみたいだもんな……」

 トイレの手洗い場でバシャバシャと顔を洗い、まるでプールで遊んだ後の犬のように顔を振って水気を払う。


「よし!」

 パン、と頬を軽く叩き気合いを入れた俺は、完全に遅刻だがそのまま教室へと向かったのだった。



 智彰と話さなくなって二日。家だとだらけるから、と学校の図書室で智彰特製の問題集を開く。

(金曜日、か)

 今日は智彰の公募制推薦の合格発表日だった。


「今頃だったら祝ってたのかな」

 義理の恋人として、もしくは友達として。

 でも恋人を選ばなかった俺に〝もし〟なんてない。


「智彰なら大丈夫だ」

 ぽつりと呟いた時、ふと机と俺の顔に影が射した。


「……これ、作ったから」

「え……」

 突然ばさりと目の前に置かれた用紙の束に思わず目をぱちくりとさせる。

 慌てて見上げた先は、智彰だった。


「な、んで」

「別に、ただ……約束、だったから」

「でも」

「頑張れよ」

「待って!」

 それだけ言って立ち去ろうとする智彰に思わず声をかける。俺の声を聞いた智彰は足を止めてくれたが、振り返ってはくれなかった。


 いつもなら気軽に腕を引いて振り向かせられた、いや、何も言わずとも振り向いてくれた彼の背中を見つめる。声をかけたのは俺なのに、続きの言葉が何もでない。


「受かった、から」

「え」

「じゃあ」

「待――」

 それだけ言った智彰は、それ以上は振り返ることも足を止めることもせず、そのまま図書室を出ていく。


(受かったんだ)

 そしてそれを報告してくれたということは、蹴らずにそのまま入学するということなのだろう。

 その知らせに安堵し、けれど、卒業後に智彰が遠くへ行くと知って、ツキリと胸が痛んだ。


 新たに積み上げられたお手製の問題集。『約束』なんて、むしろ俺が破ってしまったようなものなのに。

「俺も」

 これは智彰が俺を応援してくれているということだから。


 まずは俺も、受かるところからはじめよう。

「それで、全部終わったら」


 智彰のお陰で受かったよ、と報告して、東京へ行っても頑張れよって言って。

 それから――……


「……うん。がんばらなきゃな」

 そう呟いて、俺は智彰の作ってくれた問題集へと手を伸ばしたのだった。


 ◇◇◇


 それからの日々はまさに勉強漬けの毎日だった。

 家に帰ってからもサクッと夕飯を終わらせてから部屋に籠る日々。


 幸いにも俺には姉がいて、そして姉も大学受験を経験しているお陰で家族のサポートは完璧だった。姉の受験の時は静かにする、くらいしかできなかった俺なのに、その姉すらも差し入れと言って、ラムネだとかゲン担ぎにもなるようなチョコレート菓子を買ってきてくれたりした。


(本当にありがたいよな)

 家族の協力はそれだけで心強く、深夜まで勉強をしている時は母が夜食を作ってくれたりもする。父は特別表立って何かをしてくれたわけではないが、そもそも俺の大学資金を稼ぐために毎日働いてくれているのだ。感謝してもし足りない。


 そしてその中には智彰もいた。

 今までのようにべったり過ごすことは無くなったけれど、定期的に俺の机に智彰特製の問題集や、俺が躓きそうな部分を重点的に書き纏められたノートが置かれていた。


 俺たちの距離感に違和感を持つ友人やクラスメイトも多かったが、それでも『受験前だから』で納得してくれた。

 それだけこの時期が同級生たちにとっても大事だということでもあるのだろう。


「もし、俺が東京の大学を目指していたら……」

 そんなことが頭に過ることもある。流石に智彰と同じ大学は狙えそうにもないが、ワンランク、いやツーランクくらい落とせば俺の学力に合った大学もあるだろう。そうすれば卒業後も智彰といれる。


(あの時、一応は好きって言ってくれた……ん、だもんな)


 だからルームシェアと称して一緒に暮らすことだって夢じゃない。俺が手を伸ばせば届く距離だったかもしれない。


「でも、俺はここって決めたんだ」

 目の前にあるのは智彰が、『俺が目指していた地元の大学』に特化して作ってくれた特製ノート。全然関係ないのに、わざわざ傾向と対策、そして俺の苦手な部分をピックアップしてくれている。

 それなのに、理由もなく「一緒にいたい」からってだけで志望校を変えることはできない。

 公募制推薦を蹴ると言い出した智彰を怒った俺なら、なおさらだ。


(俺が落ちても受かっても、春からは別々だ)

 学校に行けば理由なんてなくても会えるこの環境も、終わってしまう。それでも、俺もまっすぐ進むと決めたから。


「絶対に受かってやる……!」

 あえて声に出し、今日も今日と姉からの差し入れのエナジードリンクを一気飲みしたのだった。



 ――そうやって挑んだ大学受験。

 試験開始五分前、震える手を無理やり押さえつけながら、俺は大きく深呼吸をして開始の合図を待った。緊張はしている。でも大丈夫だと思えるのは、智彰が作ってくれた〝ノート〟が今も鞄の中にあるからだ。


 そしてあの試験から十日後。合格発表の日、大学の合否照会システムにアクセスをした。


「え。あ、あるんだけど」

「み、見間違えてない!?」

「それは母さん酷すぎねぇ!?」

「私が見てあげるからスマホかしなさい!」


 俺よりもソワソワしていた家族のために、あえてリビングで確認した合否の結果。

 ぽかんとしながら口にした内容に、俺よりも慌ててフライパンをガチャンとコンロに落とした母と、雑誌を読むふりしてリビングのソファに転がっていた姉がドタドタと駆け寄ってくる。


「お、お父さんに報告しなきゃ! 会社の電話番号っ」

「ちょ、お母さん!? 会社に電話はダメだから! お父さんのスマホに電話するのよっ」

「い、いやいや、ふたりとも俺より慌てすぎじゃない!?」

 わちゃわちゃと騒ぐ母と姉に苦笑しつつ、さっきまでどこか他人事だった俺にもじわじわと実感が沸きあがる。

 こういう時はまず担任に連絡して、それから――


「智彰……」

 受験をここまで手伝ってくれた智彰。そして公募制推薦の結果を、俺たちがギクシャクした後だというのに報告しに来てくれた。

(だから俺も、報告しに行っていい、よな)


 それに何より、俺が一番に伝えたい。

 これがお別れの言葉になるとわかっていても。


「うん。報告しに行こう」

 俺は、まだ興奮したように話している母と姉のいるリビングをそっと抜け出したのだった。

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