第1話 幼馴染みに振られた俺
「優斗、男の魅力って『優しい』ことじゃないから」
夏休みに入る直前、俺に侮蔑の視線を浴びせながら、家が隣同士の幼馴染み・夏美からそう言われて、振られた。
幼い頃からの長い付き合いで、ふたりでよく遊びに行ったし、キスだってした。俺は夏美を本当に大切に思っていたし、夏美だって同じだったと思う。でも、同じ高校に進学して三ヶ月。高校デビューして茶髪ショートにした夏美は、二年のガラの悪そうな先輩に言い寄られ、あっさりとなびいた。あの時の害虫を見るような夏美の表情が脳裏にこびりつき、最後の言葉がずっと頭の中をぐるぐる回っている。
今年の夏休みはひとりきりだ。
じっとしていても、夏美のことを思い出して辛くなるだけなので、夏休みは集落唯一のコンビニでアルバイトをすることにした。ドがつくほどの田舎なので、他にやることのない年寄りたちの溜まり場だ。それを分かっているのか、中高生はバスに乗って市街地の大型ショッピングセンターで遊んでいるようだ。
だから安心していた。ここには来ないだろうと。
でも、来てしまった。夏美とその彼氏が。
ペットボトルのジュースとお菓子をレジに持ってきた夏美。俺とは目も合わせてくれず、会計が終わるとさっさと店を出ていった。
そして、金髪ピアスの彼氏が俺に顔を近付けて呟く。
「夏美、ありがたくいただいたよ。ご馳走さん。今日もこれから家で映画鑑賞の後にお楽しみタイムだ。じゃあな、負け犬君」
いやらしくニヤけたその顔。全身の血が沸騰する感覚を覚えた。
そのまま店を出た彼氏は、店の外で待っていた夏美の腰に手を回して、そのままふたりで去っていく。
「…………」
俺は生まれて初めて本気の殺意を覚えた。
すっかり日も暮れて、月明かりが周囲の田んぼを照らしている薄暗い田舎道。バイトを終えた俺は、自転車を押しながら歩いていた。あれ以降、バイト中も、そして今も、考え続けているのはあいつらをどう殺すかだ。俺は怒りと悔しさに飲み込まれて、完全に自分を見失っていた。
そんな俺の目にポッと差し込んできた自動販売機の小さな光。月明かりしかない薄暗い中で光るそれに、俺は誘蛾灯に引き寄せられる蛾のように吸い寄せられていった。
周囲に田んぼしかなく薄暗い中にポワンと光を漏らす自動販売機。道端の雑草から聞こえる虫の音、そしてブーンというコンプレッサーの音。自動販売機をじっと見つめる俺の耳には妙に大きく聞こえる。
バンッ
『つめた〜い』の表示にイラッとして、自動販売機を殴りつける。照明が一瞬チカチカッと瞬いた気がした。
その時、自動販売機の脇に捨てられている薄汚れた人形を見つけた。可愛らしい女の子の人形で、小さな子どもが持つには少し大きい位の大きさ。地面に横たわり、俺を見つめて優しい微笑みを浮かべている。
『優斗、男の魅力って「優しい」ことじゃないから』
夏美の言葉と、俺を馬鹿にするようなあの表情が脳裏に蘇る。俺は怒りのままに人形を踏み潰そうと足を思いっきり振り上げた。しかし、自動販売機の灯りがまたチカチカッと瞬き、俺は我に返った。
「……何やってんだよ、俺……」
人形を踏みつけることなく、そのまま足をそっと下ろす。怒りに飲み込まれてこの人形を踏みつけたりしたら、ヒトとして大事な何かを無くしてしまうんじゃないかと、そんな風に思った。
俺は人形を拾い上げ、自転車のカゴに入れる。そのまま自動販売機の灯りに背を向けて、星が瞬き始めた夜空の下、帰宅の途についた。
持ち帰った人形はよく見るとかなり汚れていたので、着ていた服を手洗いし、人形本体も髪を櫛で梳かし、身体を綺麗に拭いてあげた。服を乾かす間、人形とは言え女の子が裸なのは可哀想なので、バスタオルを敷いてハンドタオルをかけてあげた。
『優斗、男の魅力って「優しい」ことじゃないから』
こういうところが女々しくて気持ち悪いのかな。
「おやすみ」
人形に声をかけて、俺はそのまま眠りについた。