帽子をかぶったおばあさん
大学の時、スーパーでレジ打ちのバイトをしていた。
接客業はどこもそうだと思うが、よく来店する常連客はなんとなくその顔や特徴を覚えるようになってくる。部活終わりの学生、仕事帰りのサラリーマン、子連れで来店する主婦。
その中に、一人のおばあさんがいた。
そのおばあさんはいつも帽子をかぶっているので、私たち店員に「帽子さん」と呼ばれていた。
帽子さんは白髪で、指先まで皺が刻まれている至って普通のどこにでもいるおばあさんだ。ただ「帽子さん」というあだ名の通り、毎日何かしらの帽子をかぶっている。着ている服は決して派手なものではないが夏ならカンカン帽や麦わら帽子、冬ならニット帽といった具合に毎日、違う帽子をかぶっていたのだ。それでもお客様としては人畜無害、他のモンスタークレーマーに比べれば可愛いものだったので店員たちの間では「帽子にこだわりのある人」ぐらいの認識しかなかった。
そんなある日。私は一時的にレジを離れ、店内の清掃に当たっていた。
フローリングの床をのたのたモップで拭いていると、黒い帽子が目に留まる。ヨーロッパの貴婦人がかぶっているようなつば広の、上品な出で立ちの帽子。一目で「あ、帽子さんがかぶっていたものだ」とわかった。
何かの拍子に落ちてしまい、そのまま忘れていってしまったのだろうか? そう考えながら私は帽子を拾い、何気なくそれをひっくり返す。
その帽子の内側には、びっしりと人形の頭が縫い付けられていた。
クマやウサギなど動物のぬいぐるみの頭、有名玩具メーカーの女児向けの人形、てるてる坊主のように適当に作った生き物の頭らしきもの。見ればその一つ一つに赤いペンでびっしりと、誰かの名前らしきものが書き込まれている。
――はっと顔を上げると、いつの間にか帽子さんが無表情で私を見下ろしているのに気がついた。
咄嗟に私が帽子を落としてしまえば、帽子さんはそれをゆっくりと拾う。それからいつものように、その帽子をかぶると私のことなど気にも留めずゆっくりとその場を立ち去って行った。私はしばらくその場で唖然としていたが、「全ての帽子がああなのか?」と思うと急にゾッと寒気に襲われてしまった。
その後も帽子さんは私がバイトを辞めるまでずっとスーパーに来ていたが、私は彼女の顔を見るのが怖くてなんとなく目を逸らすようにした。
卒業して数年経つが、私は今でも帽子をかぶった人が苦手だ。




