日記と押し入れ
私は、押し入れに恐る恐る手をかけた。あの日記を初めて開く時と同じような感覚でどきどきする。押し入れの戸を開けた。そこには、
何もなかった。ただ、鉄が錆びたような臭いを乗せた風がふいた。その風に吹かれ、挟まっていた紙切れがふわりと舞う。中身を見ると、手紙だった。
みのりちゃんへ、
おしいれに入ったらだめだよ。出れなくなる。お家からも出て。みのりちゃんの事をお母さんはすごく好きだから、わたしみたいにはならないと思うけど、秘密を知ったら私と同じになるかも。この手紙も見つからないようにね。
お姉ちゃんより
わたしみたいにならない。わたしみたいにって、一体どうなるの。嫌な予感がして、周りを見渡す。お母さんの階段を登る音がやけに大きく聞こえた。…階段を登る音っ。私は急いで手紙をポケットに突っ込んで、押し入れをしめて、部屋の鍵をかけた。お母さんはドアを叩く。優しい声が狂って聞こえる。震えが止まらない。
「みのり〜?出てきなさーい?何か見たの〜?」
何かあったの?ではなく、何か見たの?という言葉選びが余計に恐怖心を煽る。
「なっ何もないよっ」
必死の思いでした返事の声はうわずっていた。私の動揺に気づかれたかも。その瞬間、凄い勢いで鍵がガタガタ動き出した。壊そうとしている。私も負けじとドアを抑える。
「何か見たの?」
「見てないっ!」
「何か見たの?」
「知らないよっ」
「何か見たの?」
「見てないってっ」
「なにかみたの?」
「見てないよっ」
「なにかみたの?」
「なんにも知らないよ!」
「なにかみたの?」
「見てないっ」
ひたすら何か見たの?、と繰り返してくる。全く同じトーンで。同じ声色で。見てないって言ってるのに、何か見たの。
それだけを繰り返してくる。もうバレてるんだ。押し入れを開けた事。でもなんで。あの時お母さんはいなかった。その時、鍵がとうとう壊れてドアに隙間が生まれた。慌てて隙間を閉じる。物を積み上げて抑えつけた。その間も積み上げた物達が揺れる音の中にお母さんの声が混じっている。ここが開いたらやばい。私のお姉ちゃんであろう子が書いていた意味がわかった気がする。そしてあの子がどうなってしまったのかも。わたしと同じになるかも、という手紙の言葉が脳内をぐるぐる回っている。そんなこと、怖すぎる。押し入れに何もなかった。これは押し入れを見たあの子の末路だろう。
とにかく、逃げ道を探さなければ。
その時、ふと思いついた。何故押し入れの中から風が?
逃げ道は入ったらいけない押し入れかもしれない。