九話 火事
俺は今、深刻な悩みを抱えていた。
それは行きつけの店がないということだ。これは偏見かもしれないが大人というのは最低一つ多くて三つは行きつけのお店を持っていて、店長と知り合いだったり、付き合っている女性とそこに行ったりしているものだと思っている。だが俺にはその行きつけのお店というものが一つも存在しない。そんな悩みについて俺はピースに尋ねた。
「なあピース、行きつけのお店って必要だと思うか?」
「まぁ、そんなこと気にする時点でまだ大人になりきれていないと思います。行きつけのお店ってのは店長が昔からの友達だったり、開店当初から毎日足を運んでいることとかそういう次元になると思いますから、巡り合わせも大事なんじゃないですか。」
と俺の考えを一蹴するような反応を表してきた。
「ピースの人の考えを一から百まで否定するような物言いは昔からか?」
「さあ、そんな小さなことは気にしたことないですね。とにかく行きつけのお店があるかないかはそこまで重要じゃないと思います。すいません、ちょっと用事ができたので失礼します。きっと今日の午後には帰ってくると思います。」
そういうと、俺の目の前からどこかへワープするかのように一瞬で消え去ってしまった。
はぁ~まただよ。あいつはいつも何をしているんだか・・・。
ピースはこんな風に時々どこかへ出かけている。俺はどこへ出かけたのかを調べようと尾行しようとしたが一瞬で消えてしまうものだから尾行のしようもなく、すぐに断念した。
まあ考えてても仕方がないか
俺が頭の中を整理して、ソファから立ち上がろうとしたとき、目の前にいきなりピースが現れた。
俺はいきなり現れたピースに驚き、またソファに倒れ込んでしまった。
「すいません、言い忘れていました。DPを使ってスキルを買うのは別にいいですが、いきなり買いすぎると全身に痛みが伴いますので気を付けてください。では」
そういうとまた一瞬にして消え去ってしまった。
「とりあえず、物置に移動するか」
俺が玄関の戸を開けて、外に出たとき、ちょうど目の前にマンガのようなワンシーンが広がっていた。おじさんがこけ、段ボールが空中に浮いていた。
そして段ボールの中から次々とリンゴが転がりだしていた。
俺は目の前のリンゴを手に取り、段ボールの中へ入れていった。
「ああ、すいません。わざわざありがとうございます。」
とおじさんは低姿勢な態度をとってお礼をしてきた。
「全然大丈夫ですよ。とにかく全部拾っちゃいましょう。」
俺とおじさんは二人で協力して段ボールの中にリンゴを詰めていった。全て詰め終わった後、俺はおじさんに尋ねた。
「それにしてもたくさんのリンゴですね。何に使うんですか?」
「私、喫茶店を営んでいまして、そこのデザートに使うんです。そうだ!よろしければお礼としてごちそうしていきませんか?」
「いや、でも」
・・・ちょっと待てよ、これは行きつけのお店を作るチャンスだよな?
「ぜひ、行かせてもらいます。」
といい、俺は喫茶店のマスターにお辞儀した。
「ああ、全然、大丈夫ですよ。」
とちょっと困惑しているように感じたがこのぐらいの方が印象に残るしいいだろう。
「そうだ、これ持たせてもらいますよ。マスターより私の方が若いですから」
といってリンゴの入った段ボールを手に取った。
めちゃくちゃ重いじゃねーか、よくマスターこの量のリンゴ持って行ってたな。
と文句を心の中で吐き出して、マスターの足にあわせて歩き始めた。
「え~っとお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
とマスターが尋ねてきた。
「私の名前は小林 廉と申します。」
「私は皐月稲造と言います。小林 廉さんですか。いい名前ですね。」
「さあ、いい名前とは思いませんが大事な名前だと思っています。マスターもとってもかっこいいお名前ですね。どんなお店を経営しているんですか?」
「私は早くに妻を亡くして、今は一人、こじんまりとした場所でコーヒーやこの段ボールの中にあるリンゴを使ったアップルパイを作ったりしたりしています。」
「稲造さんの作るアップルパイはきっと世界で一番おいしいでしょうね。」
「そんなご謙遜を」
「「はははは」」
二人で談笑をしながら歩いているとマスターが歩くのをやめた。
「ここが私が経営している小枝です。」
そこは町はずれにある少し古びれた場所であった。そしてかすかな趣も感じられるような場所であった。
カランカランという音と共に中へ入る。
「では席に座って待っていてください。準備もありますし、先にコーヒーの方をお出しいたします。」
そういうと稲造さんはすぐに厨房へ入り準備を始めた。俺はその間、店内を物色した。
「これは、なんかの宝の地図?」
ふと一枚の絵が目に入り、見て見ると一つの箇所にバツ印が書かれていた。
『そうですね。それ以外に当てはまるものが見当たらないと思います。』
「準備ができました。おや、それははるか昔の宝の地図ですね。」
「やっぱり、そうなんですね。」
「ええ、ですがこの地図がどこの国どこの地域なのかも分からなくてですね。偽物ではと思っているんですが、私はこういうロマンあふれるものが大好きでしてね。最近、天空タワーの地下に現れたダンジョン?とやらもとってもロマンがあっていいですよね。こちら当店名物のコーヒーです。」
廉は一瞬ビクッと動揺したが稲造さんに気づかれることもなかった。
「ありがとうございます。ダンジョンは魅力的ですが死と隣り合わせですもんね。」
「そうですね。老い先短いのでそういうのは考えても仕方がないんですがね。」
「「ははは」」
地雷を踏んでしまったと思ったが触れずにスルーしてくれたので俺はそのまま何事もなかったかのように会話を続けた。
俺はその後、アップルパイもおいしく頂き、マスターにまた来ると伝えて店を出た。
俺が店を出た時、一つ気づいたことがある。
それは帰る道を忘れた。
しばらくの間慌てふためいていたがしばらくしたとき俺の脳内に天の声が聞こえてきた。
『進行方向から見て右側に歩いてください。』
それは天の声ならずゆずの声だった。俺は従うがままに歩いていると、一つの黒煙が空に舞い上がっているのに気が付いた。
なぁ、あれって火事だよな。
『そうだと思います。』
俺はどんなふうに燃えているのか少し気になったのでちょっとだけ野次馬をしに行こうと思い、その黒煙の元まで歩いていった。
俺がそこで見た光景は想像をはるかに超えるほどに深刻だった。
火に包まれていたのはアパートだった。そして住民と思われる人たちがアパートの前の道路にたむろっていた。
俺は火が燃え広がる様子を見ていると
「だれか、助けてください!」
とアパートの中から女性の声が辺り一帯に響き渡った。
誰もがまだ中に人がいると確信したが誰もその場から動かなかった。
俺が辺りを見渡すと誰も目を合わせずに斜め下を向いている奴らばっかりだった。その他にも手を合わせて「南無阿弥陀仏」と唱えている。おばちゃんや燃え盛る様子を動画で撮影している人。
みんなあの最後の助けを聞こえていないふりをした。
周りにいる人たちはどうせ自分の命が大切だと思っている奴らばかりだ。このままいけば自分が死ぬと思っているにきまっている。
確かに自分の命が大切というのは言われなくてもその通りだと思うが、俺は彼女の助けの声を聞かなあったふりをする奴らに嫌気がさした。
俺はこいつらみたいにくそったれた精神を持った奴らに反発してやろうとアパートの方へと歩いていった。
「おい兄ちゃん、あんた何やっているんだ。」
と俺の事を必死に止めてくれようとしている人がいた。
「そんなのわかりきってるじゃないですか、彼女を助けに行くんですよ。」
「でもこのままじゃ兄ちゃんあんたも死んでしまう。」
おじちゃんは俺の事を心配してくれているようだったが
「彼女のSOSをなかった物にしたくないんで」
そう力強く言うとおじちゃんは引き下がった。
「すいません。水道ってどこにありますか?」
「水道ならそこにあるが、お兄ちゃん馬鹿な事いうなって、おとなしく消防隊員が来るのをまたねえか?このままじゃ兄ちゃんまで死んじまうぞ。」
「まだ彼女は死んでいないと思います。今も必死に生きようともがき続けていると思います。なら助けに行かないとですよね。」
『マスター、その方の苗字を聞いてください。』
「誰か、彼女のさっきの声を聞いて彼女の身元の名前が分かった人いますか?」
「確か月森みたいだと思います。」
十分後になるとアパート全体が火の海になるにきまっている。このままじゃその女性はきっと死んでしまうに違いがない。唯一助ける方法があるならばそれは俺が助けに行くだけだ。そう思ったときにはもう心の準備は整っていた。
俺は水が体中に染み渡るように浴びた。
そして、俺は野次馬たちに後ろ指をさされながら燃え盛る火の元に走っていった。
アパートの中へ入るとそこは火の海であった。
木造建築のせいか燃え切った炭のようなものが俺の目に入り、十分に目を開けることが困難だった。そのせいで周りが見えにくく、思ったように前に進めなかった。
「ゆず、どこに階段があるかわかるか?」
『はいマスター、11時の方向に階段があります。』
わかった。
俺はゆずの言うことを信じて目を閉じながら火の中を突き進み、手と足を使い、四つん這いになりながら階段を上っていった。
ゆず目の前がどうなっているかわかるか?
『マスターの視覚を通して情報が送られてくるので情報がわかりません。一瞬でいいので目を開けてください。』
わかった。一瞬でいいんだな。
俺は一瞬だけ目を開けた。俺の目の前にはあたりが見えなくなるほどの黒煙が舞い上がっていた。
『マスター、そのまんま辺りを一周してください。することはできますか?』
わかった。
俺は目に入ってくる黒煙に涙目になりながらあたりを一回転した。
『見つけました。正面向かって6時の方向に月森と書かれています。ここからはあまり息を吸わないように態勢をなるべく下にして動いてください。』
わかった。
俺は身をかがめながらゆずの指示通り、部屋の前へ歩いていった。一階ほど皮膚が焼けそうになる感覚はなかったが二階に上ったことで少しずつ息がしにくくなっていった。
『マスター、着きました。 目の前にドアノブがあります。』
よし、細目になりながらドアを見た。そして俺がドアノブに触ろうとしたとき
「熱っ!」
あまりの熱さに思わず声が出てしまった。
ドアノブが火事によって熱くなり、触れることができなかった。
くっそ、もうこのアパートもどうせなくなるし、ちょっとぐらい壊したっていいだろ。
俺は自分の活動可能な時間が迫ってきていると感じ、ドアを思いっきり蹴り飛ばし、無理ありこじ開けた。
「よし、侵入成功」
ゆず、人の気配はするか?
『部屋全体が熱くなっていて、熱探知が効きません。』
わかった。とにかく片っ端から探していくしかないか。
「月森さーん!月森さーん!どこにいますか?」
俺は力を振り絞りながら探していくとリビングに倒れている月森さんを見つけた。
「見つけた!」
俺はお姫様抱っこで月森さんを抱え、来た道を戻ろうとしたがアパートの火が二階まで迫っていた。
さすがにこれは無理か。と思い、月森さんを抱えながらリビングに戻った。
さてどうするかと俺は態勢をかがめながら考えているとゆずの声が聞こえてきた。
『マスター、すぐ近くに大きい窓が一つありました。そこから脱出しましょう。』
ってここ、二階だぞ。このままじゃ足折れるんじゃないか?
『じゃあ、死にますか?』
俺はゆずの質問に答えず、リビングの椅子を手に取り、ガラスへ投げつけた。
バリィンという音と共にガラスが割れた。
なあ、ゆずここから落ちても助かることはあるか?
『死ぬことはほぼ皆無に等しいです。』
わかったそれを聞いて安心した。
「しゃあ、行くぞ!」
自身の恐怖をかき消すくらいの大きな声で気合を入れ、
俺は残りの力を全て使い果たす勢いで俺は助走をつけて走り出した。そして体勢をかがめ、月森さんにガラスの破片が刺さらないようにし、外へ飛び出した。
そのシーンはまるで映画のワンシーンのようだった。がこれは映画でもない、まぎれもない現実、映画のようにきれいに着地することはできることもなく、俺は一瞬立ったがその後、立つ気力もなくなり、倒れ込んでしまった。
ゆず、助かったよ。ありがとう。
『いえいえ、とんでもないです。それより、もしかしたら骨が折れているかもしれないですね。』
やっぱりか、なんか足が曲がらないと思ってたんだ。
遠くから救急車のサイレンと、消防車のサイレンが聞こえてきた。
とりあえず怪我は検査すればいいか
「状況はどうなっていますか?」
と救急救命士の人が聞いてきた。
「あそこに倒れている兄ちゃんが二階その子を助けてきてくれて、その兄ちゃんは足が折れて動けない状況だと思う。」
「わかりました。では今、もう一台救急車を呼ぶので少しだけ待ってください。先に意識のない女性の方を病院まで運びます。こっちに来てくれ、担架に乗せるぞ。3、2、1、はいッ」
そうして、俺達はその後、病院へ送られ、検査を受けた。結果月森さんの方は軽傷で済んだみたいだが俺は両足を折ってしまい、全治二か月の大けがを負ってしまった。
あのさ、ゆずもしかして入院になったらまた筋トレ地獄が始まったりするのか?
『体は動かさないと衰えますからね。』
やっぱりか
そこには自身の思いを守り、重いダンベルを持って筋トレをする男がいた。