NTR動画を彼氏の浮気相手♀から送られてきたので〜──浮気する男はいりませんので──
ピロン♪
「ん?」
夜中にスマホが鳴った。
スマホの画面を見た私は首を傾げる。
知らない人だったから。
なんだろうと思って通知の画面を開いたら、ツリー型に表示される画面に彼氏が映った動画があった。
「え? 何これ?」
戸惑っている私を置いてスマホはまたピロン♪と鳴った。
シュポンと新しい動画を受信する。
上半身裸で動画を映すスマホを見下ろしている彼氏は、汗まみれでそれでいてどこか楽しそうだ。
戸惑いから抜け出せない私を置いてピロン♪ピロン♪と立て続けにスマホは動画を受信した。
動画を送ってくるアカウントの名前は『キララ』。
偽名かキラキラネームか分からないけど“女”ではあるだろうと理解した私は、沸々と湧き上がってくる怒りに顔を顰めた。
「動画撮るとか、バッカじゃないの!!!!」
あまりの腹立たしさに私はスマホをベッドの上に叩き付けた。(ボフンと鳴った)
私は矢熊 凛子。
大学2年生。
半年程前に恋人ができた。
彼氏は伊輪倉 詩諺。
同じ大学に通っていたけど学科は別で、食堂で姿を見たことはあったけどそれだけだった。
ある時詩諺の方から声を掛けてきた。最初は挨拶や軽い学校での事。それからお昼には話すようになって、家が近いことが分かってからは一緒に帰る事もあった。
そして詩諺から告白された。
詩諺はそこそこイケメンで背も高いから、私は最初から詩諺にドキドキしてた。声を掛けられた時だって緊張と嬉しさで心臓が爆発しそうだった。でも軽い女だって思われたくなかったから平静なふりをして詩諺と会話してた。
告白されて本当に本当に嬉しかった……
それなのに……
動画なんて観たくなくて無視した。
でも消せない。
動画のサムネイルを見ただけでも分かる。
詩諺が浮気してる。
しかも体の関係がある浮気。
もうその時点で絶対に許せない。
私と詩諺が付き合いだしてまだ半年。まだキスしかしたことない……
私は初めての彼氏だったから、そんなに簡単に体の関係になんかなれない。キスだって、詩諺から来たから嫌がっちゃダメだと思って受け入れたくらいなのに。
……私が体を許さないからいけなかったの?
でもまだ半年だよ?
この先まだどうなるかも分からないのに受け入れられる?
初めてを大切にしたいの……、なんて言うつもりはないけど、もっと互いを知って、信頼関係を築いてから、私はそういう事がしたい。
そもそもまだ大学生だから万が一があっちゃ困るでしょ?
孕むの私よ??
ちゃんと線引して当然でしょ???
我慢できずに恋人じゃない相手とヤッちゃう詩諺が駄目でしょ。
なんか一気に冷めた私は改めてキララからの通知画面を見た。
無視して考えに浸ってた間に新しい通知が来てたみたい。
キララからメッセージも受信してた。
『シオンって最高なんだよ』
『うちらの体の相性最高♡』
『いっぱいしてくれるんだから』
『あんたなんかいらないの』
『さっさと別れて』
『シオンはうちの体がスキなの』
『あんたより先にうちと付き合ってた』
『まだうちは別れてない』
『セフレとかじゃない』
『こっちが本命』
『さっさと別れろブス』
『ブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブス』
『うちのシオン返せ』
『別れろブス』
怒りよりもドン引きした。
何これ?
なんかもっと簡潔に文章書けないの?
うちってどこの子? 関西?
ブスって事は私の事を実際に知ってる?
先に付き合ってたとかまだうちは別れてないとか言ってるって事は元カノかな?
まだ『うちは』別れてないって自分で言ってるって事は詩諺の方は別れた気でいるってことは理解してるんだよね?
ならセフレじゃないの?
私に別れろって言ってるし。
なんかブスって文字連呼されると目が凄い滑るな。
なんか……なんかこんなの見ると一気に冷めるな…………
私、初めて告白されて舞い上がってただけで、詩諺のことそこまで好きじゃなかったのかも……
こんなの見ても全然悔しくないし嫉妬心とか湧かないわ。
むしろただただ単純に、
詩諺への恋が冷めた気がする…………
◇ ◇ ◇
次の日に会った詩諺はいつも通りの顔をしていた。
私が好きなんだって分かる表情で私に接してくれる。
女の影なんて全然見えない。
女は男の浮気にすぐ気付くっていうけれど、あれは女性の方が男性の事を凄くすっごく好きだから分かるのかな?
私には分からないからキララからの連絡がなきゃこの先もずっとずっと気付かずに騙されてたのかな……
そう考えたら、
私の顔を見て嬉しそうに笑ってる詩諺の顔がなんか滅茶苦茶ムカついた。
お前、浮気男だったんだな。
キララの言葉を信じるなら、詩諺は私と付き合う前から私を騙してたことになるんだろうか?
一度キララと別れて、別れたままでセフレになった?
それともあの動画はキララと詩諺が付き合っていた時の昔の動画……?
だったら浮気じゃないし、私が詩諺と別れたら単純にキララを喜ばせるだけになる。
それはなんだか凄くイヤ。
どっちか分からなくて、私は詩諺と別れられなかった……
◇ ◇ ◇
ピロン♪
嫌な気持ちを抱えたまま、数日が経っていた。
またキララから通知が来る。
確認して驚いた。
『今シオンといっしょ』
そんなメッセージがキララから来ていた。
確か詩諺は今バイトのはず。
今からバイトだ、ダルい〜って言ってた詩諺を見送った。
だったらキララの嘘だ。
そう思った私を嘲笑うかのようにキララから動画が送られてきた。
サムネイルに映っている詩諺のスマホ画面。
そこには今日の日付けと今より少し前の時間が映っていた。
「っ!?」
私は息を呑んだ。
今……詩諺はキララと居る……?
私は我慢ができずにその動画を再生した。
『今何時〜?』
『自分のスマホ見りゃいいじゃん』
『今撮るの〜、記念だから♪』
『何の記念だよ』
『うちとシオンの記念♪』
『お前、撮るの好きだな〜』
『大好き♡ ヤッてるシオン撮るのが一番スキ♡』
『ウハッ、変態♪』
『シオンだって好きな癖に〜!』
『うるせ〜、お前に言われたくねー。いーからヤんぞ』
『キャー♡ たくさんしてして♡』
気持ち悪い。
そんな感想しかなかった。
自分が半眼になってるのが分かる。
私はもう、一度観たら全部一緒だと思って、前に送られてきていた動画も観た。
自分の彼氏が一生懸命サカっている姿が映っていた。
キララ本人が動画を撮ってる所為でキララの顔は一度も画面に映らなかった。
だけど彼女の豊満な胸やお尻が時々画面に映り込む。
モザイクなんか当然無い無修正動画を観せられて私の気分は最低最悪になっていた。
知らない詩諺の喘ぎ声。
知らない女相手に上げてると思うと純粋に気持ち悪さしかない。
初めて見る彼氏の雄の部分。
へ〜……こんなになってるんだ〜……しか思わなかった。
寝取られた彼女としてはもっと嫉妬に駆られて泣き喚いた方がいいんだろうけど、なんかこんな生々しいもの見せられるともう純粋に気持ちが冷める。
私の彼氏を返してよ!!
なんて、埃ほどにも思わないのよね……
ただ気持ちが冷めに冷めて。
むしろ『こいつらどうしてやろうかな』ってことしか思わなかった。
◇ ◇ ◇
動画の中で詩諺が言ってた。
キララから
『彼女と比べてどお?』
って聞かれて、
『まだ、ヤッてねーし。
あいつとは本気なんだ』
って。
何それ?
浮気しといて何言ってんの?
って感じだった。
本気なのになんで浮気してんの?
それしか思わなかった。
もしかしたら詩諺的には、本気だからまだ清い関係でいよう、ってことなのかもしれないけど、『だから他の女で性欲を発散します』と言われて許せるかっつーの。猿かよ。いや、猿に失礼だな。
でもそれ程に意味が分からない。
浮気は浮気。
それだけだ。
私からの返事もないのにキララは私にメッセージや動画を送ってくる。
既読が付いてるから私からの反応を待っているのかもしれない。
……私もこのままで終わりたくない。
腹立つから。
裏切りを許すような甘い女だと思われたくない。
私は詩諺に復讐する事にした。
何で詩諺に?
相手の女にじゃないの?
と、思われるかもしれないけど。
私はむしろ浮気や不倫で女同士が喧嘩してる意味が分からない。
不貞を働いたのは男でしょ?
他に目移りしたのは彼氏でしょ?
裏切ったのは彼氏じゃん。
詩諺がちゃんと理性を持ってれば、恋人を作っておいて元カノと性行為をしようとは思わないはずよ。
元カノにどれだけ迫られたとしても、詩諺に理性があれば、断ったはず。
それをしなかったって事は、詩諺自身が『浮気する事を選んだ』っていう事。
私はそれが許せない。
元カノとヤリたいなら、私と恋人関係になるんじゃないわよ。
授業終わりに私は友達を呼び止めた。
「ねぇ、今から時間ある?」
「ん? いいけど、どったの?」
私を見て笑ってくれた相手は攻太 亜貴良。
同じ学科の子で、同性愛者をカミングアウト済みの男子だった。
◇ ◇ ◇
私は攻太くんに相談という名の愚痴をぶち撒けた。
優しい攻太くんは全部聞いてくれたし彼氏が悪いと言ってくれた。
そして私は動画を見せた。
元々それが目的だから。
ネット情報で知っていた。
ゲイの人の中には『異性愛者の男性』が女性とそういう行為をしている動画を観て楽しんだりするらしいと言う事を。
だから、どうかな〜〜〜? って思ったんだけど……攻太くんは困ったように笑いながらも食い付いた。
「え? いいの?」
期待しながら聞いてくる攻太くんに、私はキララとの通知画面を開いたスマホを渡した。
「何がダメなの?
私だって勝手に送られてきた物なのに?
勝手に送られてきた動画の秘密を守らなきゃいけない法律なんてあったっけ?」
「いや、俺も詳しくないけどさ」
「勝手に送ってきたんだから、相手も私がどうするかなんて想像できるんじゃないの?」
「……この子、バカっぽいけどそこまで考えてるかな〜?」
「何か考えてたらこんな動画を他人に送ったりしないだろうけどね」
「だな。
それにしても凄いな〜……」
音無しで動画を見ている攻太くんは楽しそうだ。
「要るなら送るよ?」
「え? いいのか?!」
「私も勝手に送られてきたんだもん、勝手に送ってもいーでしょ。
攻太くんのと繋いで、欲しいやつ勝手に送っといてよ」
私がそう言うと攻太くんはスマホを操作して自分のスマホに動画を転送した。
「一応、肖像権? とか怖いから個人使用以外で使わないでよ? 顔とかガッツリ映ってるんだから」
「個・人・使・用………っ、ククク!」
私の言い方が悪かったのか攻太くんがお腹を押さえながら笑っていた。
「でもな〜、もっと面白い絵も観たかったな〜」
動画を送り終わった攻太くんが少しだけ残念そうに言った。
「面白い絵?」
「女がスマホ持ってるから仕方ないんだろうけど、俺的にはお尻からのアングルも見たいんだよなぁ」
「尻……」
突然の性癖吐露に何とも言えない気持ちになったけど、それはそれで面白そうだなぁとちょっと思った。
◇ ◇ ◇
私は初めてキララへ返信した。
『信じられない
動画だって嘘っぽい
本当に今の動画?
あなたも映ってないしフェイク動画な気がする』
『シオンがそんなことするなんて信じられない
動画に映ってるのは本当にシオン?
撮ってるのはあなたじゃないでしょ
こんなイタズラ止めて』
『私はシオンを信じてるから
こんな嘘の動画なんか信じない』
そしたらすぐに返事が来た。
『うそじゃないわよブス』
『バカ女』
『よく見ろブス』
『寝取られ女』
『ブスがつよがんじゃねーよ』
『バカ』
『シオンはうちのモンだから』
『あんたなんか泣けばいーのよ』
凄い速さで連続して届いたので驚いた。
きっとキララは画面の向こうで顔真っ赤にしてると思う。
ちょっと楽しくなってきた。
性格が悪い?
誰の所為でこんな事になってると思うんだって感じよね。
やられっぱなしなんて絶対にイヤ。
私を馬鹿にしたんだからやり返される覚悟はしてて欲しいわ。
◇ ◇ ◇
そして数日後。
キララから新しい動画が届いた。
期待と嫌悪感が混ざった凄く凄く変な気持ちで私はその動画を観た。
キララは私が言った事を気にしてカレンダーやデジタル時計を画面に映るようにスマホを置いた様だった。
一丁前に動画は編集されていた。
キララは自分が映るのは断固として嫌なのか、恥ずかしがるフリをしながら枕を抱きしめてずっと画面に自分の顔だけは映らない様にしていた。
時々動画が途切れてたから、自分の顔が分かる部分は切り取ったのかもしれない。
キララの部屋と思われる若干整頓が行き届いていない女の部屋にやって来た詩諺が、キララと何やら楽しそうに会話をしている──ちゃんとは聞き取れない──場面から始まって、服を脱いでベッドの上の女に覆いかぶさる詩諺が映った。
そしてモゾモゾとしている二人から、女の足が上がって詩諺が腰を振り始めた。
画面に尻を向けながら。
キララ、あんた私と攻太くんの会話を聞いてたの?
そう言いたくなる程に完璧な尻のアングルだった。
撮っているスマホが固定されてるから映像に変化はないけれど、私からしたら見たくもない詩諺のお尻がバッチリ映っている、とても良い動画が撮れていた。
それからなんだかんだで色々と体位を変えながら楽しんだ二人の動画がいくつか送られてきて。
私はそれを攻太くんに送った。
攻太くんからは喜びのスタンプがたくさん届いた。
◇ ◇ ◇
相談に乗ってくれた(?)攻太くんに満足してもらえるお礼もできたので、私はキララにメッセージを送った。
『動画、シオンは知ってるの?』
『シオンの許可取った?』
そんな私の問にキララは、
『動画は前からとってるし』
『シオンだって知ってる』
『うちはシオンのことたくさん知ってるんだから』
『ないてんの?ブス』
『負け犬おんな』
と返してきた。
ブスブスうるせぇなぁ。
そのブスに一目惚れしたとか言って告白してきたのはお前の惚れてる男なんですが〜?
ちょっとイライラしながら返信した。
『動画流出とか怖くないの?』
そう送ったら返信が途絶えた。
そして少しして……
『ネットに上げたらころす』
『ばかじゃないの』
『人に見せるなばか』
『りうしうとかありえない』
『シオンがうつってるのに』
『ありえない』
『おまえ犯罪者』
『シオンに言うから』
『捕まれブス』
そう言ってキララからのメッセージは止まった。
「え〜??
私が悪いの???」
なんか私が悪者にされそうだったから、慌てて詩諺にメッセージを送った。
『ねぇ、キララって知ってる?』
『その人からエロ動画が送られてきたんだけど』
『シオンが映ってるやつ』
『キララはあなたと別れてないって言ってるの』
『どういうこと?』
いまの時間は詩諺はバイトだから反応は夜かな?
◇ ◇ ◇
夜に返事や電話があるかと思ったけど、詩諺からは何もなかった。
もしかしてキララの方に連絡してるのかな?
なんかその優先順位にも呆れちゃった。
彼女へのフォローより、セフレを問い詰めるのが先?
誠実そうだと思って付き合い出した彼の本性が見えて、どんどん熱が冷めていく。
私は大学でわざと詩諺を避けるようにして過ごした。
元々詩諺とは学科が違うし、食堂を避ければ会おうとしなければ会うこともない。
そんな風に過ごして4日後の大学帰り。
詩諺が家の前で待っていた。
「凛子……っ!」
「詩諺……」
切羽詰まった顔してる詩諺。
そんな彼を見ても私の心は『あ、今なんかドラマのシーンみたい』なんて思っちゃうくらいには冷静だった。
詩諺の顔には隈ができていた。
「……ごめんっ! ぜ、全部誤解なんだ!!
でも変な物送られたよねっ。
あ、あれはあいつが勝手に……っ、ち、違うんだっ、っ、あ、あれは俺じゃなくて、双子の弟でっ! そ、そっくりだから驚いたよねっ? 困るよなぁっ!」
最初に謝ったからちゃんとした謝罪をしてくれるのかと思ったら、詩諺はとんでもない言い訳を始めた。
双子の弟?
それ、信じる人とか居るの?
「弟……って……
名前は……?」
「な、名前は……っ、
えっと……、リオンっ、そう、
リオンって言うんだ!」
そんな、いい名前思いつきました、みたいな顔されて信じると思う?
なんか凄く馬鹿にされているような気がしてどんどん気持ちが冷めてくる。
「そう……、そのリオンって弟さんの動画がなんで私に送られてきたのかな?
キララさんはシオンって書いてたけど?」
「間違えたんだよ!
あいつバカだから!! 兄と弟の区別もつかねーの」
汗をかきつつ笑う詩諺が白々しい。
「なら写真見せて」
「は?」
「双子なら、写真見たら分かるじゃん」
そう言って手を出した私に詩諺は解りやすく慌てた。
「しゃ、写真?!
いや、写真は……っ、写真は無いんだよ! 今のスマホにしてからリオンとは写真撮ってないんだ! ほら、もういい歳だし! 恥ずかしいじゃん!!」
苦笑しながら詩諺はそんなことを言う。
白々しい。
本当に弟がいるなら、今日会いにくる前に証拠として写真ぐらい探して持ってくるはずよ。
私は悲しくなっていた。
「……ごめんなさい」
そう言った私に詩諺は焦る。
「な、何をっ」
「別れよう」
その言葉を言った私を詩諺は青褪めた顔で見てきた。私だって詩諺のそんな顔は見たくなかった。
だけどもう無理だと思った。
「弟さんの動画でも、あんなの送られて来て、私すごく嫌な気持ちだったんだよ?
キララさんって人はシオンって呼んでるし、今更双子ですって言われても、もう付き合って半年以上も経ったのに兄弟の事も教えてくれてなかったのかって、逆に嫌な気持ちになるじゃん……
信じたかったけど、あんな動画見ちゃったら無理だよ」
「そ……、そんなぁ……
俺、凛子のこと本気で好きなんだよっ!!
それこそ、汚したくないくらいっ!!」
そんなこと言われても全然嬉しくない。
それどころか、……さっきから頭の隅で詩諺の尻が揺れていてツラい。
後、その動画を観て喜んだ攻太くんの輝かしい笑顔がチラついててツラい……
私の眉間に寄ったシワに気付いた詩諺が泣きそうな顔で言った。
「あいつが、キララが変な事するから悪いんだ!
スマホは壊してやったけど、もう一発殴ってやればよかった!!」
「はぁ?」
地団駄を踏みながら口走った詩諺の言葉に、私の心は冷え切った。
「殴ったの?」
「あっ!」
失言に気付いた詩諺が慌てて自分の口を手で押さえた。
だけど今更。
私の耳は確かに聞いた。
「……信じらんない……最低だよ……」
「ちがっ、……凛子!」
青褪めた詩諺の顔を私は睨んだ。
どれだけクソ女だろうとも、殴った人を私は許せない。
「貴方はそんな人じゃないって思ってた……
今のが一番イヤだった。
変な動画送られてきたり、弟が居るって嘘吐かれたことよりも……」
「話聞いてくれよ、凛子!
殴ったのは俺じゃなくて弟なんだ!!」
「…………そう……」
「っ! そうなんだ!! だから……っ」
「じゃあ弟のリオンさんと一緒に私の前に来てくれたら信じるよ」
「えっ!?!」
私は冷え切った視線を細めて詩諺を見た。
一度は真剣に向き合った人。
初めて付き合った人。
だけどもう無理。
「私もう詩諺のこと信じられない。
別れましょう。
キララさんに宜しく。
……リオンさんを連れてくるまで貴方のこと嘘吐きだって思うから」
そう言って私は踵を返して走り出した。家の前に詩諺が居たから家に帰れなかった。
もう詩諺の顔を見ていたくなかった。
ストレス解消にカラオケに行って喉を枯らして帰ったら、さすがにもう詩諺は居なかった……
◇ ◇ ◇
一方的に別れるって言ったから、次の日詩諺にまた何か言われるんじゃないかと思ってたけど、あれから詩諺からメッセージが送られてくる事はなかったし、電話が鳴ることもなかった。
大学でも詩諺からの接触はなかった。
攻太くんから、「あいつ見てきたぜ」って何度か報告されたから大学には来てたみたいだけど私は詩諺を見かけることもなかった。
……攻太くんに「見てきたって何?」って聞いたけど「リアルで見ると動画の解像度が上がるんだよ♫」とよく分からない回答が返ってきた。
私はそれから詩諺とキララのアカウントをブロックした。
詩諺に私の学部はバレてるから、何か話したいことがあったら会いにくると思ったから……
でも詩諺は弟のリオンを連れてきてくれることはなかった……
そうして私の最初の恋人関係は終わった。
最後までキララの顔も分からなかったし、キララが本名なのかも分からないけれど、もうどうでも良かったし、……詩諺に殴られたのが軽症であればいいなって思った。
キララをブロックしたからあの動画は私のスマホにはもう入っていない。
でも攻太くんの手元には残ってる……
それがなんだか私のムカつきを沈めてくれる気がした。
あぁ、詩諺ってば、
攻太くんのオカズになってるんだな〜……
そう思うとなんかどうでも良くなった。
そういう動画は、やっぱり『自分たちだけ』で楽しむべきよ。
他人の手に渡しちゃ終わりよね……
それから数年後。
一人目の恋人の事なんか忘れていた私の元に珍しい人からメッセージが届いた。
『前に貰った動画なんだけど
【個人使用】で友達に渡してたら
どうやら誰かがネットに流しちゃったぽい
ちゃんと顔にはモザイク入れてるらしいけど
個人使用じゃなくなったわ
ほんとゴメン』
両手を合わせた絵文字を見ながら、ここ最近は滅多に連絡を取り合ってなかった攻太くんの顔を思い出した。
そして思った。
えぇ〜? それバレたら私が怒られる?
そんな事を考えた私に、またメッセージが届く。
『それ専門のとこに上がったらしいから
あいつのゲイの知り合いが見つけて
あいつに知らせないと気づかないとは思う』
……キララが……私に見せつけたいが為だけに、詩諺に焦点を当てた動画を撮ったが為に……あの動画は『若いイケメンのエロ動画』として、そちらの需要の方々の為に世に放たれてしまった…………
私はスマホを操作した。
『バレないことを祈るわ』
すぐに攻太くんから返事が来た。
『バレたら俺と動画流した奴も謝るから
あいつと会う時は絶対に呼んで』
『仲間も一緒に謝るから』
大人数……
私は[OK]のスタンブと[感謝]のスタンプをいくつか送ってスマホを閉じた。
なんか昔の事を走馬灯の様に思い出す……
あぁ………………
詩諺の身体が、今もどこかで誰かの目を楽しませているのか……………………
そう思うと、何とも言えない気持ちになった……
それと同時に、動画に残すという事のリスクも滅茶苦茶怖くなった……
私は今後も変な動画は撮るつもりも撮らせるつもりもないけれど、子どもたちにもちゃんとそのリスクを教えておこうと肝に銘じたのでした。
[完]