09話:画面の向こう側の酔っ払い
とりあえず俺はその酔っ払いに空いてる日を教えてくれとメッセージを送った。 そしたらまた数分でメッセージが返ってきた。
“よくわからんけど明日休みよ?”
「え? あ、そうか、綾子明日休みなんだ」
あぁだから今日を飲み会にしたんだな。 綾子、お酒が大好きだもん。
―― ピコンッ ピコンッ ピコンッ
そんな事を思っていたら、突然俺のスマホから通知音が連続で鳴りだした。
「な、なんだ一体?」
画面に目を戻すと、綾子からよくわからない変なゆるキャラのLIMEスタンプが意味もなく大量に送られてきていた。 そしてこのスタンプ鬼連打がさっきから通知音として鳴っていたようだ。 あぁ駄目だこりゃ完全に酔っぱらってるわ……
そんな事を思いつつも、俺はスマホ画面の向こう側にいるであろうその酔っ払いが楽しそうにスタンプを連打している姿を想像して笑ってしまった。 そして早見さんはそんな俺の事を不思議そうな顔で見つめていた。
「綾子って?」
「え? あ、あぁごめん、俺の母親の名前なんだ。 名瀬綾子っていうんだよ」
俺がそう言いながらスマホの通知音をオフにしてそのままポケットにしまった。
「ふぅん? それはアレ? 思春期特有の母親呼びしたくない的なアレなのかな?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、まぁ昔からお互いに名前で呼び合ってるからついクセでさ」
もうだいぶ昔からだけど、俺達親子はお互いの事を名前で呼び合っていた。 そんな事をしている理由についてだけど……まぁ別に大層な理由も無いし複雑な理由でも無いのでここでは割愛しとく。
「そうなんだ。 でも、お母さんと名前でずっと呼び合ってるなんて、なんだか仲が良さそうだね」
「うーん、どうなんだろうな? 他の家と比べた事が無いからあまりわからないけど……でも、仲は悪くは無いのかな」
俺がそう言うと早見さんは羨ましそうに微笑んだ。
「へぇ……でもなんだか意外だなぁ」
「え? 何が?」
「いや何かさ、思春期の男子ってお母さんの事を嫌いになりそうなお年頃なのになぁって思ってさ。 ウチの馬鹿弟なんてお母さんの事をオイ!とかお前!ってしょっちゅう呼んでるからね。 まぁその度に私がその馬鹿の事を蹴り上げてるけどさ」
「はは、早見さんは良いお姉さんしてるんだな」
まだ早見さんとは数日の付き合いなのに、早見さんが弟に向かって蹴りを入れてる場面が容易に想像ついてしまうようになっていた。
「だから、名瀬君の家はちょっと珍しい気がするよ」
「そうかな? でも俺も綾子……いや、母さんとはよく喧嘩するけどな。 ちょっと前にも晩飯のオカズの量で喧嘩したしな、そっちの方がオカズの量が多くてズルいってさ」
「あはは、何それ。 何だかお母さんっていうよりもお友達みたいな感じだね」
「まぁお互いに子供っぽいって事なのかもな。 あ、そうそう母さんから連絡が来たんだけどさ」
「あ、うん」
「明日は仕事休みだから家にいるみたいなんだ。 それでさ、もし学校終わった後に何も予定無いようだったら、家に来てくれれば多分話聞いてくれると思うけど、どうする?」
「え? それはなんだか……急だね」
俺がそう言うと早見さんは少しだけ渋い顔をした。 まぁそりゃ男の家に来るか? っていきなり言われたら渋い顔をするに決まってる。
「でも申し訳ないけど、今ウチの母親は絶賛酔っ払い中だから……もしかしたら明日は二日酔いで使いものにならない可能性もあるけどな」
「そ、そうなんだ。 あれ、でも名瀬君の家ってどこら辺なの?」
「えぇっと、学校から徒歩10分くらいかな?」
「え!? かなり近いのね!? それは羨ましいわ……」
「まぁ学校以外には何も無いけどな、あはは」
俺はそう言って笑った。
「それでどうする? 流石に急すぎるし、知らん男子の家に来るのもアレだろうから日を改めるか?」
「……いや大丈夫。 こういうのは思い立ったが吉日っていうし、是非ともお願いしたいわ。 名瀬君のお母さんに、仕事休みなのにすいません、よろしくお願いしますって連絡してもらえる?」
「あぁ、わかった」
その日はそれでお開きとする事になった。 その後は早見さんにお会計を済ませてもらい店から出たんだけど……気が付いたら3時間近くサ〇ゼにいたようで、辺りは既に暗くなっていた。
「ごちそうさまでした」
「いえいえ、こちらこそ今日はありがとう。 借りが1つ増えちゃったけど」
「その借りは学食で返してくれればいいぞ」
「いえ駄目ね、ドリンクバーがある所じゃないと駄目ね」
「また長時間拘束する気じゃねぇか!」
「ふふ、でも本当にありがとう。 それじゃあ明日もよろしくね」
「あぁ、うんわかった。 それじゃあな」
そう言って俺達は店前で解散をした。