08話:早見さんの悩み事
「こういうのはどうだ?」
「うーん……ちょっと派手過ぎない?」
「そう言われたら確かにそうか。 じゃあこっちは……?」
時間がどれくらい過ぎたかはもうわからない。 俺達は食後のデザートまで食べ終えたのに、未だにヘアカタログを見ながらアレコレと二人で話し合っていた。
「……どうでもいいけどさ、名瀬君って明るい髪色が好きなの?」
「え? そんなことはないけど……しかして偏ってたか?」
「いや、そんな事ないよ。 むしろ満遍なく提案してくれてるよ。 でもさ、こういう派手な髪色って男受け良くないと思うんだけど……ちゃんとそういうのも提案してくるから、何だか意外だなって思ったの」
「あ、あぁ、そういうことか」
そうか、髪型とか髪色だけを見ても、男受けとか女受けっていうのもあるんだな。 身内に思いっきりド派手な金髪にしてる人がいるから、あまりそういう事を考えて無かった。 いや……というかさ……
「ものすごい今更なんだけど……何で俺なの? 確かに手伝うとは言ったけどさ」
「え?」
「いや何というか、こういうのってさ、普通は同性の女子から意見貰ったりするんじゃないか?」
「あー……」
俺がそういうと早見さんは少しだけ目を反らした。
「……いや私も最初は友達の子に聞いていたりしたのよ?」
「あ、そうだったのか。 それで? 何か貴重な意見は貰えなかったのか?」
「そりゃ色々と言ってもらったけど……でも最終的には沙紀はそのままの黒髪スタイルが良いよっていう話で終わったのよ。 いや私はイメチェンをしたいっていう話をしてたのに、周りの子達はしなくていいじゃんって言ってくるのよ」
「あー……なるほどな」
いや俺も“打倒 篠原さん”の話を聞いてなかったら、別にそのままでいいんじゃないか? って周りの女子達と同じ意見を言ってる気もするわ。
「ねぇ、名瀬君もそう思う? 私はこのままが一番良いと思う?」
「え? えぇっと……いやでも、そのままが一番良いかどうかはわからないと思うけどな」
「そ、そうよね?」
「あ、あぁ。 結局のところは、やってみないとどうなるかなんてわからないしさ。 それに……」
俺はそう言ってる内に、ふと自分の母親を思い出した。 メチャクチャ明るい金髪にしてるけど、最初に染めようとした時は周囲はどういう反応をしたんだろう? あんな派手髪にしようとした時は周りの人達に反対されたんだろうか? いや止められてたとしてもあの人は絶対に止まらないな。
「……それに、自分がやりたいって思ってるんだったら、それでいいんじゃないか?」
「う、うん、そうだよね!」
そういうと早見さんは嬉しそうにそう笑った。 その後も俺達はドリンクを飲みながらヘアカタログの写真をどんどんと眺めていった。
でも短時間で沢山のヘアスタイルを見すぎたせいで、何が早見さんに似合いそうなのか全くわからなくなっていき……そして気が付いたら泥沼化していた。
◇◇◇◇
「「うーん……」」
俺達は同じタイミングでため息を付いてうなだれてしまった。
「早見さんさ……」
「……何よ?」
「もういっそのこと次に早見さんが美容室に行く時に、美容師さんに話聞いたらそれで解決するんじゃないか?」
俺は机につっぷしながら早見さんにそう喋りかけた。 もちろん早見さんも机につっぷしていた。
やっぱり素人の意見で話し合うよりも、美容室に行って、美容師さんに要望を伝えたらそれで良い感じに仕上げてくれるんじゃないか? 向こうも客商売なわけだし。
「……うーん……」
「うーんって……何か問題でもあるのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ……」
そういう早見さんは元気なさげに話を続けた。
「やっぱりさ……ちょっと怖いじゃない」
「……怖い?」
「いやだってさ、今まで私ずっと黒髪だったんだよ? それをいきなり染めるっていうのはさ……なんかちょっと怖くない?」
「あー、まぁ確かに。 どんな事でも初めての経験ってのは怖そうな気はするな」
「アナタに初体験について語られるとセクハラされてる気分だわ」
「理不尽がすぎるんだが!?」
理不尽なセクハラ認定を受けてしまった。 でも早見さんはそのまま話を続けていった。
「まぁそんな冗談は置いといて……私はちゃんと悩みぬいて、自分に納得したヘアカラーにしたいの。 だからさ、予め私の方で決めておかないと……多分美容室に行っても結局染めないで帰っちゃう未来が簡単に想像ついちゃうのよ」
「ふぅん、なるほどな……」
「ふん、どうせメンドクサイ性格だって思ってるんでしょ?」
そう言って早見さんは自虐気味にそっぽを向き出した。 妥協したくないっていう気持ちはわかるし、むしろそういう考え方をしている人の方が俺は好きだけどな。
「いやそんな事は思わないって。 むしろカッコいいと思うよ、そういう生き方をする早見さんはさ」
「カッコいいって……ちっとも嬉しくないんだけど。 私は可愛いって思われて生きていきたいのよ」
そう言いながら早見さんは不貞腐れてまた机につっぷした。 俺はそれをなだめながら何か良い方法がないか考えてみる。
「うーん、でもどうすればいいんだろうな……」
―― 困った時があったらちゃんと私を頼るのよ? いつでも聞いたげるからさ!
「……あっ!」
「……うん?」
俺の身内にこの悩みを解決出来そうな人がいる事に今更ながら気が付いた。 俺は早速早見さんにとある提案をしてみた。
「早見さんはさ、ちゃんと自分に納得できないと髪を染めたくないんだよな?」
「うん、それはもちろん」
「でもさ、それは俺達二人で考えるのは無理がありそうだよな?」
「……うん、それはそうだと思う」
「だよな。 じゃあ今度さ……よかったら俺の母親から話聞いてみないか?」
「え? 何で名瀬君のお母さん?」
そう言って早見さんは顔につっぷしたまま俺の方を見てきた。
「俺の母親さ、本職で美容師やってるんだ。 だからもしかしたら早見さんの参考になるかもしれないなって」
「え!? そうなの!?」
俺がそう言うと早見さんはつっぷしていた顔を上げて、そのまま前のめり気味に顔を俺の方に近づけてきた。
「で、でも……それは名瀬君のお母さんに迷惑じゃないかしら?」
「うーん、そんな事はないと思うけどな。 逆に、若い女子の話が聞けるだけでも母親からしたら仕事に役立つって喜びそうな気がするな」
「そ、そうなの? う、うーん、でも……」
それでもやっぱり早見さんは悩んでいる様子だった。
「他にも何か悩みがある感じなのか?」
「い、いや……名瀬君にそこまでお膳立てしてもらうのも流石に申し訳ないって気持ちがあるし」
「いや俺も飯まで奢って貰ってるわけだし別にいいよ。 それにここまで早見さんの話を聞いちゃったし、こうなったらもう最後まで付き合わせてくれよ」
「名瀬君……うんわかった、じゃあもう1つ貸しにしといて」
「あぁ、わかった」
俺はそう言ってとりあえず母親にLINEで今の経緯を軽く書いたメッセージを送った。 そしたら数分後に“おっ! 赤飯炊こうか?”っていう意味不明なメッセージが返ってきた。 絶対に酔っぱらってるなこの人……多分何も理解してくれてないわ。