07話:サ〇ゼで1000円使いきるまで帰しません
「あ、1000円使いきるまでアナタ帰さないからね?」
「え゛っ゛!?」
いやここサ〇ゼだよ? ドリアたったの300円だよ? 半熟卵乗せても+50円なんだよ? というか俺そんなに飯食うタイプの人間じゃないんだけど……
「なにその反応? 私の奢りは食べられないってこと?」
「い、いえ、そんな事はないです……本当にとても嬉しいです……」
「ふふ……それならよし」
早見さんは笑いながら満足そうに頷いてきた。 この人……俺の事を長時間拘束する気満々じゃないか。
しょうがないので俺はハンバーグにドリンクセットとスープにデザートまでつけてちょうど1000円ピッタリになるように注文をお願いした。 どうでもいいけどなんか毎日ハンバーグを食べてる気がする。
ということで俺は学校終わりの今、早見さんと二人きりで駅前のサ〇ゼにきていた。 何で二人でサ〇ゼにきているかというと、それは昨日早見さんとLIMEでのやり取りがあったからだ。
早見さんから昨日の夜に“空いている日にちを教えて欲しい”というメッセージがきたので、俺はいつでも良いと返信した。 そうしたらすぐに、
“じゃあ明日の放課後でお願い。 軽くだけど奢らさせてください”
というメッセージが届いたのだ。 明日ってちょっと急すぎるけど……まぁでも母親が飲み会でいないし晩御飯としてちょうど良いかなと思ったので、俺は“了解”と返信してしまった。
(俺……何時くらいに帰れるんだろう?)
晩御飯を奢ってもらうんじゃなくて、素直に学食を奢ってもらえば良かったかもしれないない……
◇◇◇◇
「それでさ、一日考えてみたんだけどさ」
「え? ……あ、あぁ」
俺はドリンクを飲みながら軽く相槌を打った。 どうやら昨日の話の続きのようだ。
―― これからは自分の好きな事をしてみたらいいんじゃないか?
昨日の最後に俺は早見さんにそう伝えてから別れた。 あの時は早見さんは悩んでいたようだったけど、もしかしたら何か思いついたのかもしれない。
「もしかして何かやりたい事とか思いついたのか?」
そう思って俺は早見さんに尋ねてみた。
「うん一応ね。 それを名瀬君に聞いてもらおうと思って今日は呼んだんだ」
「あ、あぁ、そうなんだ。 それで? どんな事を思いついたんだ?」
そう聞くと早見さんは一呼吸を置いてから俺にこう言ってきた。
「実は私ね……高校デビューをしようかなって思ってるんだ」
「……はい?」
早見さんがまた何か変な事を言い出した。 高校デビューってもう俺ら高校二年だし。
「い、いや、ごめん……あれ? そもそも早見さんって高校デビュー……いや、中学生デビュー的な事をしてたんじゃなかったっけ?」
昨日聞いた話では、早見さんは小学生の頃は男の子っぽい感じで、それを脱却するために色々と頑張ったという話だった気がするのだけど。
「確かに私はこれまでの間に沢山頑張ってきたよ。 でもそれってさ、結局マイナスだった私の女子力を何年もかけてようやく0の状態に出来ただけなんじゃないかなって」
「う、うん?」
「だからさ……つまり私の女子力って、まだまだ足りて無かったんじゃないのかなって事に気が付いちゃったのよ!」
「な、なるほど……?」
早見さんはそう力説してきたけど、正直俺にはあまりピンときてなかった。 だって俺からしたら早見さんは十分女子力のある子だと思っているから。
「う、うーん、でもそうなのかな? 俺はそんな事はないと思うけど」
「そんな事あるのよ! だってウチの弟は今でも私の事をゴリラ女って言ってくるんだからね!」
「あ、あぁ……いやでもそれは……」
いやそれは弟が悪いわ……そして早見さんがクソ生意気な弟って言う理由も何となくわかった。 いやまぁ身内にそういう事を言っちゃう気持ちも何となくわかるけどさ。
そして何でいきなり早見さんがこんな事を言いだしたのか、その理由についても多分だけどわかった。 要は早見さんって自分に自信がそんなに無いんだと思う。 だって一番好きな異性(幼馴染)には振られてしまったし、一番身近な存在の異性(弟)には馬鹿にされる日々を過ごしていたんだから……これはそういう気持ちになってしまうのもわかる。
でもそんな状況の早見さんに対して、昨日からの付き合いしか無い俺が「いやそんな事ないよ、早見さん可愛いよ」って言ったところで、1mmも説得力がないから早見さんには何も響かないだろうしな……いや実際にそれを言ったらただのナンパ野郎にしか見えないから俺は言わないけど!
「でもさ、高校デビューって結局のところ何をするんだ?」
「うん。 あのさ、この学校って結構校則ゆるいよね?」
「え? ……あ、あぁ、確かに他の学校に比べたらそうだな」
早見さんが言うように、俺達が通う学校の校則は他の学校と比べたらかなり緩い方だと思う。 勉強さえちゃんと出来ていれば、それ以外は割と自由にさせてくれる校風だった。
例えばスマホの持ち込みは自由だしバイトもOKだし、髪型とか髪色もある程度は容認してくれるし、ネイルとかピアスのようなファッション系にもだいぶ寛容だ。
「あ、ひょっとして高校デビューって……イメチェンをするって話?」
「そうそう! そういうことよ!」
俺がそういうと早見さんは首を大きく縦に振ってきた。
「それにやっぱりさ……私、まだ悔しいのよ」
「うん? 悔しいって……黒木に振られた事が?」
「違うわよ! いや違わないけどもうそれは吹っ切れた事にしてるわ! 嘘だけどね!」
「あ、あぁ……いや、その、すまん。 それじゃあ何に対して悔しいんだ?」
「そんなの篠原さんに対してよ! だって私……篠原さんに顔も胸も身長もスタイルも何もかも負けて終わったのよ? コールド負けで終わったなんて、そんなの悔しすぎるじゃない……!」
そういう早見さんの顔は本気で悔しそうな顔をしていた。
「だからせめて……せめて何か一つだけでも篠原さんに勝てるところが欲しいの! でも、今の私のままじゃあ絶対に勝てないってのもわかってるのよ……!」
「あ、あぁ……」
「だから私はイメチェンをしたいの! 女子力を徹底的に引き上げて新しい自分に生まれ変わってさ、それで篠原さんにも負けないくらい良い女になってやるの! ……そうしないと……きっと私は前に進めないからさ……」
「……早見さん……」
早見さんの言いたい事は全てわかった。 打倒篠原さんというのは恐ろしく高い壁だけど、それに向かって頑張ろうとする早見さんの事は素直にカッコいいと思った。
「……なるほど、確かにそれもいいかもしれないな。 うん、俺は応援するよ! それで? まずは何をしてみようとか考えてるのか?」
「うん。 まずは心機一転して髪色を変えてみようかなって思うんだ」
「へぇ、いいんじゃないか? ウチの学校は髪染めてる人も多いし」
それに最近はアニメカラーとかも流行っているし、カラーバリエーションも多いから、何か気に入った髪色とかを探すだけでも気分転換になるかもな。
「ということで名瀬君にお願いしたいんだけどさ」
「うん? ……ってちょっと待ってくれ!?」
―― ドンッ!
早見さんは鞄の中からとても分厚い本を取り出してテーブルに置いた。 それはどうみても女性向けのヘアカタログなんだけど……いや分厚すぎるって!
「時間はたっぷりある事だしさぁ……ふふ、一緒に模索してくれるよね?」
「……は、はい……」
もう時刻は夕方を過ぎてるのに、俺の長い一日はここから始まった。