06話:晩御飯はハンバーグが良いな!
「じゃあさ、これからは自分の好きな事をしてみたらいいんじゃないか?」
「……え?」
俺は早見さんにそう言ってみた。
「いやほら、早見さんは今まで黒木に好かれるために色々と頑張ってきたんだよな?」
「う、うん。 それはまぁ、そうだけど……」
「ならこれからは、自分のやりたい事をしてみればいいんじゃないか? 今までやってみたかったけど、やれなかった事とかさ……そういうのあったりしないか?」
「私のやりたい事……」
俺がそう言うと早見さんは考えるようにして黙った。 そしてその時、ちょうど昼休みが終わりを告げるチャイムが鳴った。
「……まぁ今すぐには思いつかないよな。 でも乗り掛かった舟だし、もし俺に出来る事があったらいつでも言ってくれよ。 相談ならいつでも乗るからさ」
俺はそう言って立ち上がった。 流石にチャイムも鳴ってしまったし、これ以上ここにいたら午後からの授業に遅れてしまう。
「うん、わかった。 あ、じゃあLIMEも交換しておきましょうか。 例の約束の件もあるし」
「あぁ、うんそうだな、それじゃあ、ほらっ」
俺はそう言って、早見さんにフレンド用のQRコードを見した。 早見さんはそれを読み取ってLIMEのフレンド登録してもらった。
「うん、ありがとう。 じゃあまた連絡するわ」
「あぁ、わかった」
そう言って俺達は屋上から出てクラスに戻った。
◇◇◇◇
午後の授業が全て終わり、ちょうど放課後になったところだ。
(なんだか今日は疲れたな……)
いつも以上に疲れた理由なんてわかりきってる。 昼休みに思いっきりカロリーを消費したからだ。
俺は鞄に教科書をさっさと詰め込んで帰る準備をしていた。 その時にチラッと早見さんの方を見てみたけど……早見さんはクラスの女子達と楽しそうに喋っていた。 もちろんいつもと変わらずとても明るい笑顔でだ。
(いや凄いな早見さんは……)
早見さんの事をずっと見てるのはあまりにも失礼なので、自分の机に目を戻して鞄に教科書を入れていった。 そしてそのまま鞄を持ちあげて教室から出て行こうとしたその時、ちょうど俺のスマホが鳴った。
「うん?」
それはLIMEのメッセージが届いた音だった。 まさか早見さんからもう連絡が着たのかと思って焦ったけど相手は違った。
“今日の晩御飯ハンバーグが良いな!”
それは俺の母親からのメッセージだった。 今日の晩御飯の要求を伝えるだけのメッセージだった。
“わかった”
俺は簡単にそう一言だけメッセージを送った。
俺の家は母子家庭で、今は小さなアパートに母親と二人で住んでいる。 母親は普段仕事で忙しいので、家事全般は二人で上手いこと分担するようにしていて、今日の晩御飯担当は俺だった。
「帰る前にスーパーに寄らないと駄目か」
家の冷蔵庫に入っている食材を頭に思い浮かべながら、俺は帰宅する前に地元のスーパーへと向かっていった。
◇◇◇◇
時刻は20時過ぎ。 俺は一足先に晩御飯を食べ終えて、テレビを見ながら宿題をやっていた。 そんな時に早見さんからのメッセージが届いた。
“今日は色々とごめんなさい。 そして本当にありがとう。 約束通り奢るので都合の良い日を教えてください”
そんなメッセージが届いた。 文面的に学食じゃなくて、ファミレスとかを奢ってくれるような感じだ。 これ多分だけど、まだまだ愚痴に付き合わせる気じゃないのかな? まぁいいんだけどさ。
日程に関してはいつでも大丈夫だと思うので、そんな感じの文章を送ろうとしたその時、玄関のドアが開いてそこから女性の声が聞こえてきた。
「ただいまー!」
俺は玄関の方を見ると、そこには金髪ヘアにフルメイクを施した魅惑的な大人の女性が立っていた。 今日も仕事が大変だったようで、その派手な金髪女性とてもクタクタそうな顔をしていた。
「おかえり」
「うん、今日も疲れたわー」
この金髪女性の名前は名瀬綾子。 その見た目の派手さや、綺麗な顔立ちのおかげで俺の姉だと勘違いされる事が多いのだけど……綾子は実の母親だ。 年齢も30代中ばだ。
職業はこの派手な見た目のおかげで夜職の人に見えなくもないけど、実際の職業は普通の美容師だ。 昔の綾子は色々とヤンチャな事をしていたらしいけど、今は恩師がオーナーをしているサロンで雇われ店長をしている。
「ごはんは? すぐ食べるか?」
「うん、おねがいー」
綾子はそう言って化粧を落とすために洗面所の方に向かって行った。 その間に俺はキッチンに行って晩御飯を作り始めた。
「あ、ごめん太一。 明日なんだけど職場の飲み会があるから、明日の晩ご飯は私いらないからね」
「ん、了解」
洗面所にいる綾子が俺に向かってそう言ってきたので、俺は了解だと返事した。 それなら明日は久々に外食でもしようかな。
それから少し時間が経つと化粧を落とし終えた綾子が洗面所から出てきた。 そして綾子はいつの間にか既に部屋着にも着替え終えていて、テーブルの前でご飯が出てくるのを待っていた。
「あいよ、お待たせ」
「ん、ありがと」
俺は綾子の前に晩御飯を並べていった。 今日のおかずは綾子の要望通りハンバーグにした。
「ってチーズハンバーグなの? えー、私太一の煮込みハンバーグが食べたかったんだけどなー」
「そこまで細かい注文は言ってなかったじゃねぇか。 子供じみた文句言ってないで早く食え」
「ちぇー、次は煮込みハンバーグ作ってよね。 いただきまーす」
そう言って綾子は晩御飯を食べだした。 俺はそんな綾子がご飯を食べてる様子をぼーっと眺めていた。
「……うん? どうしたん、太一?」
「いや、美味しそうに食べるなーって思っただけだよ」
「そりゃあ太一の作るご飯が世界で一番美味しいと思ってるからね」
「はは、そりゃどうも」
綾子は笑いながらそう言ってくれたので、俺もそれにつられて笑った。
「でもいきなり私のことをじっと見つめてくるからビックリしたじゃない。 何か悩みでもあるのかなって思っちゃったじゃないの」
「え? あ、あぁ……えぇっと……」
流石、実の母親は俺への勘が冴えているなと思ってしまった。
「え!? 本当に悩み事でもあるの? どうしたん? ついにようやく女でも出来たとか!?」
「ち、ちがうわ!」
「あらそうなの? それは残念ね……」
そういう綾子の表情は、本当に残念そうな顔をしていた。 いや確かに女子に対する悩み事なんだけど……でも正確に言うと困ってるのは俺じゃないからなぁ……
「ま、別に言わなくていいわよ、そういうのは。 アンタだって別に私に言いたいわけじゃないでしょ?」
「ま、まぁそれはそうだけど」
「うん、だから私は聞かないわ。 その代わりに困った時があったらちゃんと私を頼るのよ? いつでも聞いたげるからさ」
「あぁ、うん。 ありがと」
俺はそう言ってくれた綾子に感謝を伝えた。 まぁ多分綾子に相談する事は無いと思うけど……でも、もし本当に困った時には頼りにしようと思う。