05話:演じてた理由とこれからについて
「え、ええっと、それは……?」
早見さんが演じていた理由について……それは今の話の中に答えがあったと早見さんは言う。
「わからない? じゃあさ、今の話の中で、名瀬君はユウ君の事を何て言ったか覚えてる?」
「黒木の事を? えぇっと確か……ヒーローみたいな奴って言った気がするけど」
「えぇ、そうね、ヒーローみたいな子だと言ったわ。そして私もそう思うよ、ユウ君は本当にヒーローみたいな男の子だった。 それじゃあさ、名瀬君は私の事は何て言ったか覚えてる?」
「え? えぇっと……」
「ふふ、私の事はお転婆な“少女”って言ったの。でもさ……よーっく考えてみて? ヒーローみたいな男の子がさ……“少女”を喧嘩の場に連れていくと思う?」
「え……? あ、あぁ、言われてみれば確かに、普通は連れていかないかな……?」
「うん、そうよね。 それとさ、もう一つ思い出して欲しいんだけど、当時の私は半袖半ズボンにショートヘアの男口調で遊んでる子だったんだよ? それで周りの人から男の子だと勘違いされていたって言ったわよね? ……もうここまで言えばわかるでしょ?」
「え? ……あ、あぁ!? え!? そういう事か!?」
俺は衝撃を受けた……いやでもそんな馬鹿な事あるのか? 俺は早見さんの方を見ると、早見さんはため息をつきながら頷いた。
「えぇ、そういう事よ。 周りの人達だけじゃなくてユウ君も……子供の頃は私の事を“女の子”じゃなくて“男の子”だと思ってたのよ」
「い、いや……そんな馬鹿な!? だってそもそも二人は幼馴染なんだろ? 」
「いや私だってそんな馬鹿な……って気持ちだったわよ! そりゃあクラスは違ったから体育の着替えとか見られた事なかったけどさ……それにしてもあんまりじゃない!?」
「あ、あぁ……それは確かにその、え、えぇっと……あ、あぁ……」
俺は早見さんに何と言えばいいかわからず……とりあえず笑って誤魔化した。
「それにさっきも言ったけどさ……ユウ君は私の好意にはちっとも気が付いてくれなかったのよ。 本当に何でああいう人って壊滅的なまでに鈍感なのかしらね?」
「え、えぇっと、そ、そうだよな、あ、あはは……」
そう言いながら早見さんはまたため息をついた。 俺はもう頷く事しか出来なかった。
「……まぁでもちゃんと誤解は解けてさ、私が女の子だって事はその後すぐに知ってもらったんだけど、幼馴染の弊害よね……私の素の部分はもちろんユウ君には知られてるのよ?」
「……あぁ、そういうことか」
ようやく俺は早見さんの言ってる意味を理解する事が出来た。
「わかった? つまりね、私が女の子だと知ってくれた後も、ユウ君は長い間ずっと……私の事を異性としては見てくれてなかったのよ。 ユウ君にとって私はとても仲の良い“男の子”みたいな幼馴染だとずっと思われてたわけ」
早見さんの苦労が伝わってきたし、そして思っていた以上に大変な初恋をしていたんだな。
「そしてそれが私がユウ君に中々告白出来なかった理由よ」
「な、なるほどな……」
俺は早見さんの言葉に頷いた。
「だから私はそれから必死に自分を変えようと努力したのよ。 言葉遣いも女子らしくしたし、ガサツさも出ないように頑張ったし、髪も伸ばした。 途中で何度も弟に馬鹿にされて笑われたけど……それでも頑張ってきたの。 全てはユウ君に私の事を女の子だと意識してもらうためにね」
今の早見さんは何処をどう見ても普通の女の子だった。 昔の早見さんを見た事は無いからわからないけど、今まで凄い頑張ってきたんだと思う。
「でね、そんな努力を続けて、ようやく高校生になって、私は周りの子達から愛嬌があって優しい女の子だねって言われるようになったの。 そしてこの頃になって、ようやくユウ君も私の事を女子だと意識してくれるようになったのよ……本当に時間がかかったわ……」
「お、おぉ……って、それって本当につい最近の事だったんだな」
「えぇそうよ。 そこからは根回しをして、最高の環境を整えてユウ君に告白をしてやるぞ! って思った矢先にさ……篠原さんが登場したってわけ……ふふふ……どうよ? この絶望感……名瀬君にわかる? 勝ちを確信した私の目の前にさ……“史上最強の女”が突然現れた時の私の気持ちがさぁ……あはは……!」
「は、早見さん……怖い怖いって!」
や、やばい。 自虐風に暗黒面堕ちが始まってしまう……でもこんなん慰めようが無いって……!
「とまぁ結局は私の頑張りは全て無駄になったというお話でした、おしまい」
「そ、そんな自虐風に言わなくても……」
「ふん、こうでも言わないとやってられないのよ」
早見さんはまたどす黒い雰囲気をまといながらそう言い終えた。
「はぁ……でも、これからはどうしようかな」
「どうしようって、何が?」
「私のこれからの人生よ」
「そ、そんな大げさな……」
俺がそう言うと早見さんはムッとした表情でこちらを睨んできた。
「大げさじゃないわよ。 だって私はこの17年間、ほぼ毎日ユウ君と一緒にいたのよ? もちろんそれは幼馴染としてね」
「これからも同じじゃ駄目なのか? 黒木もそう言ってたじゃないか」
「そんなの……篠原さんに失礼でしょうが」
「え? 篠原さんに?」
「えぇ、そうよ。 ……私ね、今までユウ君の事でムカついたり、腹立たしい気持ちになったりした事って一度も無かったの。 でもね……」
「でも?」
「これからも幼馴染として、親友としていようなってさっき言われた時……とても腹立たしい気持ちになったの」
「……え?」
俺は困惑した顔で早見さんの言葉を聞き返してしまった。
「もし私がさ、ユウ君の彼女になってたとしたら……私はユウ君と一番仲の良い異性というのを自負してるから、例えユウ君が他の女子と話したり遊んだりしようが……別に私は嫉妬なんてしないわ」
「あ、あぁ」
「でも篠原さんは……いや、他の女子達もそうだけど、大抵の子は絶対にそうは思わないでしょ。 彼氏が違う女子と楽しそうに話してる……しかもその相手は一番仲の良い女子だなんて、彼女さんからしたらメチャクチャ嫌でしょ。 だから……ユウ君が篠原さんの気持ちを考えてなかったからとても腹が立ったのよ」
「な、なるほどな」
早見さんの言う事はもちろんわかる。 でもそれは……早見さんは黒木との距離を置くと言ってるようなもんじゃないのか?
「でもそれってさ……早見さんはそれでいいのか?」
「ふん、いいに決まってるじゃない。 私は“当て馬”にされたとしても“泥棒猫”になるつもりは無いの。 だから……私は篠原さんがユウ君と幸せになってくれれば、それだけでいいんだから……」
「……そうか……まぁ、そうだよな」
「えぇ、そうよ、はは……それに、さ……」
「……え?」
早見さんは言葉を詰まりだしたので、俺は何事かと思って早見さんの顔を見た。 すると……
「……そ、それにさ……ぐすっ……ぅ、ぅぁ……ぁあ」
「は、早見さん……?」
「……ぅぁ……わ、私だって……ぐすっ……振られて辛いし悔しいんだから……ぐす……ぅぁ……明日からどういう顔をしてユウ君と接すればいいのよ……ぐすっ」
「そ、それは……いや……うん、そりゃ辛いに決まってるよな……」
早見さんはそう言って静かに泣き出してしまった。
「ぐすっ……ぅぁ……ほ、本当にさ……好かれる側って……ぐす、本当に残酷だよね……ぅぁ……好きでいてくれる側の気持ちなんて全然考えてくれないんだもん……ぐすっ……ぅぁ……」
「早見さん……」
早見さんはそう言いながら静かに涙を溢していた。 もう俺は何も言えず、ただ早見さんの横顔を見る事しか出来なかった。
もしも俺が恋愛経験が豊富な男だったら、きっと早見さんの事をスマートに慰める事が出来たのかもしれない……でも俺はそんなんじゃないから何も思いつく事が出来なかった……でも、
「……ぐすっ……すん……ちゃんと慰めなさいよ……」
「え!? ちょ、ちょっ!? 早見さん?」
そんな状況で俺は何も言えずに黙っていたのだけど……まさかの早見さんから無茶過ぎる要求が飛んできた。 俺は今日一番の慌てぶりを早見さんに見せる事になってしまった。
「え、えぇっと……そ、その、さ……ま、まぁ、きっとその内に良い事があるさ! ほ、ほら……こ、こういう時は旨い物でも食って忘れようぜ!」
「……ぐすっ……ふ、ふふ……本当に……本当にアナタって慰め方が下手くそね……ふふ、ぐす……」
「う、うるさいな! だからこんなのした事ないんだって……!」
「ぐす……ぅぁ……ふ、ふふ……」
俺が狼狽えていると、早見さんは涙を流しながらも俺に笑いかけてくれた。
「……ははっ、ありがとうね。 ぐすっ……だから……まぁ、そんなわけで私はユウ君の幼馴染を半ば強引に卒業する事になっちゃったわけでさ……それで、これからどうしようかなって思ったわけよ」
「早見さん……」
顔は無理矢理笑っているけど……辛いのは十分伝わってくる。 俺に出来る事は無いのだろうか……
「……じゃあさ、これからは自分の好きな事をしてみたらいいんじゃないか?」
「……え?」
俺は何か慰められる言葉はないかと必死に考えて、早見さんにそう言ってみた。