１４話：長い一日の終わり……？
「それで、この後はどうする？ まだ夕方前だけど」
「沙紀ちゃんはこの後はもう帰るの？ 私はまだ仕事があるけど良かったら太一と晩御飯食べて帰ったら？ 晩御飯代くらいなら私が出すよ」
「あー、えぇっと……」
綾子がそう提案すると、早見さんは少し恥ずかしそうにしながら答えた。
「お誘いは嬉しいんですけど……この髪を早く見せたい人がいるんで今日は帰ります」
「あぁ、そっかそっか、そりゃあご家族に早く見せたいよね！」
「あ、い、いや、えぇっとその……家族もそうなんですけど、もう一人見せたい相手がいるというか……」
「うん？ あ、ひょっとして沙紀ちゃんの彼氏？ あぁそりゃあ早く見せてあげたいよね！ それならこのままデートに出かけてもいいんじゃないかな？」
「あ、綾子……！」
「あ、あはは……そうだったら嬉しいですけどね。 でも男の子とデートする機会は当分は無さそうなので、ちょっと残念です、はは……」
「あ、あれ……？」
早見さんが少し悲しい顔をしたので綾子はかなり不安そうな顔をしてこちらを見てきた。
（た、太一……もしかして私地雷踏んだ……？）
（あぁ、めっちゃ踏んだわ……好きな人に振られたばっかりなんだよ早見さんは）
（ちょ！？ それ先に言っといてよ！ 今の私デリカシー無さすぎる事言ってるじゃん！）
（い、いや、すまん……言うの忘れてたわ）
「どうかしましたか？」
「え！？ い、いやな、なんというかその……デリカシー無い事言っちゃってごめんね」
「いえ、そんな！ 綾子さんは悪くないですし全然大丈夫です。 それに綾子さんのおかげで自信が少しだけついたというか……」
「う、うん？ どゆこと？」
俺と綾子は首を傾げた。 それでも早見さんは恥ずかしそうにしながらも喋る事を続けた。
「いや、えぇっと、その……私もちゃんと女の子なんだなって思えたというかなんというか……」
「う、うん？」
「……あぁ、なるほどな」
綾子はよくわからないという目をしていたけど、俺は何となく理解出来た。 元々早見さんは子供の頃から男の子っぽい自分の事をコンプレックスに感じていたんだから。
でも今の早見さんからは誰がどうみても大人の女性という雰囲気を醸し出していた。 きっとそれで早見さんも自信を取り戻したのだろう。
「うん。 だからさ、ユウ君……じゃなくて、振られちゃった男の子にもこの姿を見してこようかなって。 ふふん、どうだ！ お前が振った女はなぁ……実はものすっごく良い女だったんだぞ、勿体なかったな！……なんてね、あはは」
冗談交じりのように笑いながらそう言ってたけど、早見さんは最後にはウェーブがかった髪の毛を手で触りながら嬉しそうに微笑んでいた。 その早見さんの微笑んだ顔は今までで一番素敵な笑顔だと俺は思った。
◇◇◇◇
会計を済ませた早見さんは綾子に向けてもう一度深々とお辞儀をした。
「今日は本当にありがとうございました。 綾子さんにお願いして本当に良かったです！」
「いえいえ、私も久々に女子高生の髪を弄れて楽しかったしね、あはは。 いつもは社会人のお姉さんを担当する事が多いからさ。 だから久々に弄れて本当に楽しかったよ」
綾子はそう言いながらニコっと笑っていた。
「次からも綾子さんにお願いしても良いですか？ 次回からはちゃんと適正料金で通いますから」
「あはは、それは嬉しいね。 でもこのお店はちょっぴり高いから無理はしないでね」
「はい、大丈夫です。 これからはバイトを始めてちゃんとお金貯めていきますから！」
「へぇ、早見さんバイトを始めるのか？」
「うん。 これからは自分のやりたい事をしていくって決めたから。 だからこれを機にバイトも初めてみようと思うの。 元々働いてみるのも興味あったしさ」
早見さんはそう言いながら新しい目標を掲げ始めた。 次はバイトの初挑戦を目指すようだ。 色々とやってみたい事をどんどんと挑戦していくつもりのようだ。
「へぇ、それは良い事だね！ うん、若い内から働くのは良い事だよ。 せっかくなんだし若い内に色々な経験を積んでみてね！」
「はい、ありがとうございます！」
「あ、ちなみにだけど太一は駅前のマク〇ナルドで働いてるから、もし良かったらスマイル貰いに行ってあげてね。 滅茶苦茶不器用な笑顔が見れて面白いからさ、あはは！」
「え！？ そうなの名瀬君？」
「おいっ！ そんなのバラすなよ！」
「あはは、別にいいじゃん！」
そう言いながら綾子はケラケラと笑っている。 いやまぁ別にいいけどさ。
「それじゃあ沙紀ちゃん、今日は来てくれてありがとうね！」
「はい、こちらこそ今日はありがとうございます。 名瀬君も本当にありがとう」
「あぁ。 まぁまた何か困った時はいつでも相談くらいには乗るよ」
「うん、ありがとう。 その時にはまた頼りにさせて貰うわ。 それじゃあね」
そう言って早見さんは美容室から出て行った。 俺と綾子は美容室の前で早見さんを見送った。
「ふふ、それにしても沙紀ちゃん良い子だったね」
「あぁ、うん、本当にな。 俺もそう思うよ」
「……あれ？ 太一がそう言うなんて珍しいね。 何？ 惚れたの？」
「いやそういうわけじゃないけどさ。 でも……」
「でも？」
俺はこの数日間の早見さんを思い出しながら、こう喋り続けた。
「でも何だかさ……昔の母さんを見てるみたいだった」
「え？ 私？」
「あぁ。 辛かったり悲しかったり涙だって流してたのにさ……それでも新しい目標を作ってまた頑張って前に進もうとしてるんだ。 なんというか……凄い人だなーってさ」
俺がそう言うと綾子はニヤっと笑いながら俺の背中を何度も叩いてきた。
「はは、そりゃそうよ、太一！ 女って言うのはね……凄くて強くてカッコいい生き物なのよ！」
「ちょっ！ お、おい！ 痛いって！」
バンバンと強く叩いてきたおかげで普通に痛かった。
「はぁ、全く……それにそんなの綾子を見てたらわかるわ。 綾子はいつもカッコ良かったからな」
「ははは、そりゃどうも。 でもさ、私がカッコよくあり続けられたのは太一がいてくれたからだよ？」
「え？ 俺？」
「うん、そう。 太一は私のためにご飯を作ってくれたり掃除してくれたり……それに私の応援だってずっとしてくれてたからさ。 だから私はこれまで一生懸命頑張ってこれたんだよ」
「お、おう……って何だよ急に……」
綾子にそう言われると、なんだか恥ずかしい気持ちにもなる。 でも綾子が美容師になるまでには色々と大変な事があったし、そして綾子と俺が二人きりで住むまでにも色々と大変な事があったのも本当の話だ。
今でこそ俺達は明るく二人で暮らしているけど、その当時の綾子はいつも泣いていたんだから……
「だからさ、沙紀ちゃんも……きっとこれからも頑張っていこうとしたら、何か大きな困難にブチ当たると思うんだ、私みたいにね。 だからその時は……ちゃんとあの子を助けてあげるんだよ」
「……あぁ、うん。 わかったよ」
「ん。 それでこそ太一だ」
俺がそう言うと綾子は柔和な笑みを浮かべながら俺の頭をポンポンと叩いてきた。
「じゃあ今日の晩御飯どうしよっか？ たまには外食でもしよっか？ 仕事終わるの８時過ぎになっちゃうけど」
「あぁ、いいよ、明日も休みだし。 綾子の仕事が終わるまでテキトーにそこら辺ブラブラしてるわ」
「うん、了解。 じゃあ終わったらLIME送るね」
「わかった」
綾子にそう言って俺も美容室から出ていった。 外は快晴だった。
「あっつ……」
さっきまではそこまで気にならなかったけど、今日はかなり暑い……もうすぐ夏も本番になる。
俺は額から出てきた汗を手で拭いながら、ふと早見さんの事を思い浮かべた。
（もうそろそろ早見さんは電車の中かな？）
早見さんは家に帰ったら、きっとすぐに家族や幼馴染の黒木にイメチェンした姿を見せに行くんだろうな。 多分嬉しそうな顔をして行くに違いない。
「……はは」
俺は早見さんと出会ったこの数日間を思い出していると、ふと笑いだしてしまった。
最初の出会いはヤクザキックをブチかまされるという衝撃的すぎる出会い方だったよな。 え！？ もしかしてかなり武闘派な女子なのか！？ って思ったけどそんな事は全然無かった、普通の恋する女の子だった。
「……頑張れよ」
そんな早見さんの事は大切な友人の一人だと思っている。 まぁ早見さんと出会ってまだたったの数日だし、彼女の事は知らない事ばかりだけどさ。
でもこの数日間で泣いたり怒ったり悲しんだり笑ったりと、本当に色々な早見さんの表情を見てきた。 それでも彼女は頑張って前を進もうとしているんだ。
そんな頑張ってる早見さんのために俺が出来る事なんて何もないと思う……でも綾子がさっき俺に言ってくれた事を思い出して、今の俺が早見さんのために出来る唯一の事をした。
「……頑張れ」
そしてもし神様が存在するのなら、早見さんの頑張りがちゃんと報われますようにと……俺は空を見上げながらそう祈った。
「……さて、俺も行くかな」
願わくば、早見さんの頑張りが報われますようにと祈りながら、俺も駅前の方へ歩き始めた。
……でもこの日はこれで終わりじゃなかった……
ここからが俺と早見さんの……いや、早見さんにとってのとてもとても長い一日の始まりだったんだ……
次回から早見さん視点になります。
そして綾子と太一の過去についての話ですけど、それは次の章で話す予定です。 過去編も楽しみにして頂ければ幸いです。
