11話:早見さんと綾子②
「まぁでもね、沙紀ちゃんの気持ちは凄いわかるのよ。 初めてなのにヘアカラーって種類が沢山ありすぎて、どれが私に似合うんだろう? もし似合わなかったらどうしよう? 周りからどう見られるんだろう? ってさ、色んな事ばかり悩んじゃうよね」
「は、はい……」
「でもね、そんなに気負わなくてもいいんじゃないかな? ヘアスタイルもメイクもネイルもファッションとかも何でもそうだけどさ……オシャレって基本は誰かを喜ばせるためにやるんじゃなくて、自分のためにやるものなんだからさ」
「自分のためですか?」
「うん、私だってそうだよ。 私が20年近くもずっと金髪にしてる理由だってさ……単純にこの髪色が一番好きだからこうしてるだけなんだよ」
「え? そうなんですか?」
早見さんはビックリした様子で綾子の顔を見た。
「うん、そうなんだ。 あはは、私さ、子供の頃からサラ・〇ナーが好きなんだよね」
「サ〇・コナー? え、えぇっと……それって海外の女優さんか何かですか?」
「えっ!? も、もしかして沙紀ちゃんは見た事ないの? あの伝説的な映画を? ほ、ほら、これだよ、これっ! あいるびーばぁっく……ってさ」
そう言って綾子はぐっと親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいくシーンのマネをした。
「あ、あぁ! そのシーンだけならトイッターとかテックトッカーで見た事あります! ま、まぁでも……その映画自体はちょっと見た事ないんですけど……」
「えっ!? そ、そうなの!? あんなにも有名な映画なのに!?」
「あはは、今時の若い世代は昔の映画なんて興味ないもんだよ。俺だって綾子が借りてきたDVDを一緒に見ようって誘われてなかったらその映画を見る事もなかっただろうし」
「そ、そんなぁ……ちぇっ、これが噂のジェネレーションギャップってやつかぁ……」
早見さんは申し訳なさそうな顔しながらそう言うと、綾子はちょっとだけイジけた態度を取り出した。まぁジェネレーションギャップとか言ってるけど、綾子だってまだ30代なんだから全然若いはずなんだけどな。
「……あ、もしかしてそのサ〇・コナーっていう人は、その映画に登場するキャラクターの名前なんですか?」
「え? あぁ、うんそうだよ。一作目だとヒロインとして登場するんだけど、二作目は主人公のお母さんとして登場するキャラクターなんだ。凄く綺麗で強くてカッコ良い女の人なんだよ。もちろんその役を演じてる女優さんも大好きなんだ」
「へぇ、なるほど……って、もしかして、つまりその綾子さんの髪色って?」
「うん、そうだよ。その女優さんが金髪だったの。それで私もあんな風にカッコ良くて素敵な女の人になりたいって思ったらさ、いつの間にか私も金髪に染め上げてたってわけ。そしたら何だかめっちゃ似合うなーって思ってそのまま20年近くずっと金髪で過ごしてるんだ。まぁ似合ってなかったとしても金髪を止めるつもりなんて一切なかったけどね、あはは」
「な、なるほど、そういう理由だったんですね」
「うん、そういう理由だったんだ。あはは、他の人が聞いたらさ、本当に“ちっぽけな理由”だよね。でもね、私にとってはさ……それが一番重要な事だったんだよ」
綾子は笑いながら自分の髪を大切そうに触りだした。俺が生まれる前からその金髪をずっと貫いてきた綾子にとって、その髪はとても大切なものなんだろうな。
「だから沙紀ちゃんもさ、もっと自分の好きにやってみていいと思うよ。 なりたい自分とかを思い描いてみるのも良いかもしれないね」
「なりたい自分……ですか……」
綾子がそう言うと早見さんは黙って考え込みだした。 そんな悩んでいる早見さんの姿を、俺と綾子も一緒に黙って見守り続けた。
「……あっ……」
それからしばらくの静寂が流れた後、早見さんはおもむろに自分の鞄からヘアカタログを取り出した。 そしてそのヘアカタログのとあるページを開いて、俺と綾子に見せてきた。
「あ、あの……こ、これなんですけど……」
「うん?」
「どれどれ?」
そのページには落ち着いた色合いのブラウンヘアの女性が映っていた。
「実は私、この色にずっと憧れてて……」
「へぇ、そうだったんだ」
「そうなんだね! あ、理由とかは聞いてもいいのかな?」
「あ……え、えぇっと……」
俺と綾子がそう言うと、早見さんはおずおずとした態度になりだした。
「あの、実はこの髪色……私の好きな女優さん髪色なんです」
「へぇ、そうなんだ、なるほどなるほど! 良いじゃん良いじゃん!」
早見さんはおずおずとした態度を続けながら恥ずかしそうに喋り続けた。そんな早見さんに対して綾子はニコニコとしながら相槌を打っていた。
「でもその人は凄い大人な女優さんだから、私みたいな子供っぽい女には似合わないんだろうなぁって思ってたんです。でも……」
「でも……?」
「でも綾子さんの話を聞いてたら、似合うかどうかよりも、自分が本当にやりたい事をしたいなって思えたんです。 だから……この色にしたいなって……」
早見さんは恥ずかしそうにしながらも、綾子の目をしっかりと見ながらそう喋った。
「……こんな理由でも……いいんですよね?」
「……ふふ、もちろん良いに決まってるじゃないの! それが一番良い選び方だと思うよ! 私だって同じ理由で金髪にしたんだしさ。それに沙紀ちゃんだって女の子なんだから、理想の女性を目指すのは良い事でしょ」
綾子はそう言いながら、早見さんに向けてニッコリと笑顔を浮かべた。
(あぁ、そりゃそうだよな)
早見さんが「実は憧れてる髪色がある」と言った時に、俺はとある疑問が浮かんでいた。
それは、昨夜のファミレスで一生懸命ヘアカタログを見てた時に「実は憧れている髪色がある」って話を何でしなかったんだろう? ……って疑問に思ったんだけど、今までの二人の話を聞いてて納得した。
(もし憧れてる髪色が似合わないって言われたらショックだもんな)
確か早見さんは俺に相談する前にも女子友達に相談してたんだっけ。 そこで女子友達には黒髪が一番似合うよって言われちゃったんだよな。 だから早見さんは似合うかどうかに重点を置いていたんだと思う。
でも早見さんは今の綾子の話を聞いて考え方を変わったようだ。 早見さんにこの気持ちの変化が起きただけでも、俺は早見さんを綾子に会わせた意味はあったんじゃないかなと思った。
「うん、これなら人気カラーだし、ヘアアレンジもしやすくて良いと思うよ。 それにこれくらいの髪色ならブリーチしなくても大丈夫だから初めての子にはオススメだね」
「そ、そうなんですね、それなら……この色にしてみます!」
早見さんはそう言って嬉しそうな笑みを浮かべながら頷いた。
紆余曲折はあったけど、これでようやく早見さんのヘアカラーが決まった。 あとは実際に早見さんが染める日を決めるだけだ。
「一応この色なら市販のカラー剤でセルフカラーも出来るけど、早紀ちゃんはどうするのかな?」
「あ、そうなんですね。 うーん、でも流石に初めてでセルフカラーは失敗したら嫌なので美容室でお願いしようと思ってます」
「そっかそっか。 あ、それじゃあさ、私のお店で沙紀ちゃんのヘアカラーやってあげようか? 太一からの紹介って事で最大限まで割引してあげるよ」
「え? い、いいんですか?」
「いいよいいよ。 せっかく私に相談してくれたんだし、最後まで面倒見てあげるよ」
綾子は笑いながら早見さんに向けてそう言ってあげていた。 でも早見さんは何だか申し訳なさそうな顔をしていた。
「そ、そんな……そこまでして頂くのは申し訳ないといいますか」
「いいよいいよ、全然大丈夫! もしそれで気に入って貰えたら、次回から私のお店に通ってくれればそれでいいからね、あはは!」
「で、でも……」
「うーん、それでもまだ気になる感じかな? じゃあさ……貸しにしてもらってもいいよ? いつか私が困った事があったら沙紀ちゃんにお願いするって事でどうかな?」
「あ……は、はい。 じゃあそれでお願いします」
「うん、わかった! ……って沙紀ちゃん笑ってるけどどうしたの?」
綾子がそう指摘すると……確かに早見さんはクスクスとおかしそうに笑っていた。
「え? あ、えぇっと、綾子さんはやっぱり名瀬君のお母さんなんだなぁって思っちゃいまして、ふふ」
「う、うん? どゆこと?」
「あー、実は俺も早見さんに貸し1つの状態なんだ」
俺がそう言うと、綾子はジト目で俺の事を睨んできた。
「えぇ何それ? 沙紀ちゃん太一に何か弱みでも握られてるの? エッチなお願いとかしちゃ駄目だからね」
「しねぇよ!」
「あ、あはは……」
俺は実の母親に酷いレッテルを貼られそうになったのですぐに否定した。 そしてこの後、早見さんは綾子の美容室に行く日を決めたので、今日はこれで解散する事となった。
◇◇◇◇
数分後。 俺達はアパートの下まで降りて、早見さんの見送りをしていた。
「今日は色々とありがとうございました。 名瀬君も本当にありがとう」
「いいよいいよ、私も若い子と話が出来て楽しかったからさ」
早見さんは俺達に向かって深々とお辞儀をしてくれた。
「俺は別に何もしてないけどな。 でもこれでようやく早見さんが好きな事をしていくための最初の第一歩が始まって良かったな」
「うん。 まぁでもやっぱりさ、いざ染めてみるって思うと緊張しちゃうけどね、あはは……」
「はは、やっぱり緊張しちゃうよね? それはしょうがないよ。 でもね……」
「え? で、でも……?」
綾子は少しだけ真面目そうな表情をして早見さんの顔を見つめた。 早見さんはそんな綾子の表情を見て少し緊張しだした。
「……でもね、さっきは良い時代だって言ったけど、それでもやっぱり全員が好きなファッションとかやりたいメイクとかが出来る訳じゃないんだよね。 それは仕事の規則だったり、学校の校則とかがあるから、自分のやりたい事が出来ないって女性はやっぱり多いんだよ」
「あ、はい。 それはもちろん……」
「でも沙紀ちゃんはそうじゃないんでしょ? 今の沙紀ちゃんは何にも縛られてない自由な状態なんだからさ。 だから……」
そこまで言うと綾子は一息つき、そして早見さんに向けて柔和で優しい笑みを浮かべながら喋りかけた。
「だから沙紀ちゃんは……今この瞬間を全力で楽しみなよ」
「……はい!」
早見さんはそう言って自宅へと帰って行った。
そして今週の土曜日、いよいよ早見さんは髪を染める。




