激動前夜
# another side
宵闇が広がりを終え
静寂が佇み始めた真夜中
野鳥や虫の鳴き声がかすかに聞こえる森の中に
1つの足音が聞こえていた
落ち葉や草を踏みしめながら
淡々と歩を進めているのは夜に紛れるためか
真っ黒なローブを被った人物
深々とフードに包まれたその顔は
陰に隠れ、ゆったりとしたローブのせいもあり性別の分別もつかない
黒い森の中歩き続けたその人物はやがて立ち止まり懐に手をやる
布ずれの音のあと、取り出したそれを目前に掲げじっと見つめた
真っ黒な夜の中
掲げたそれは同色に紛れ輪郭も視認できなかった
だが、ゆっくりと吹く風が頭上の木々の葉を揺らすと空との間に隙間を生み出した
その隙間から差し込んだ月明かりが照らした
それは
指先で持てるほどの小さな
そこにあるのかを疑問に思うほどの黒に染まった
妖しい黒い箱だった
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7時間後~
# another side
〈コンコン〉
しんとした空気に良く響く
王室の扉がノックされる音
椅子に座していたルベリオは机の上に並べていた書面から顔をあげた
「どうぞ」
と声をかけると
軋みひとつ無く扉が開き、イグダーツが入室してくる
「お眠りにはなられましたか?」
「はい、戴冠式も終えましたし少し肩の荷が降りた気分です。…とは言ってもまだ問題がありますし、楽観視できることはないですけど」
「目下のところはドライセン護国との国境での悪魔の出没問題ですね。…3人がなにか手がかりを掴んでくだされば手の打ちようもあるかもしれませんが」
ふぅと息を吐き、ルベリオが椅子に座り直す
「案外解決まで持って行ってくれるかもしれせんよ、あの3人なら。」
その言葉には、楽観視とは違うもの
純粋な期待が込められていた
「でも…イグダーツ、もしも、もしもを想定して最も悪いシナリオはどんなものですか…?」
「…考えうる中では、一連の悪魔の出没がハイトエイドと同様または類似した手法で企てられた…ドライセン護国からの侵攻というものでしょうか…」
言い終わるイグダーツにも
耳に入れたルベリオの両名の顔に真剣な表情が張り付く
「…ドライセン護国の内情から、裏付けらしいものが見て取れる部分があるということですか?」
「まず…四大国のバランスから見ていくと、実は四大国と言いつつも戦力的なバランスは全くの均等という訳ではありません。」
「軍事力、有する兵士達の練度などから見えるハイゼン武国のそれは頭一つ飛び抜けております。ドライセン護国は堅固かつ剛実な城の守りで防衛戦においてはやはり抜きん出たものです。ですがドライセン護国は、あくまで守ることに特化した戦力であるがために攻めに関してはハイゼン武国以外の三国と同等です。バリオール奏国は…正直謎が多い部分があり断言できないものですが…」
「確か…機密が多く国内部の情報を外に出さないことを徹底していると」
「はい、ですが直近の聞いた話をまとめると1つ懸念される部分が出てきます」
「…ミザリーの母親、アリスさんの出自ですね?」
イグダーツは縦に頷くと言葉を続けた
「ミザリーやその母アリス・リードウェイの稀有な髪色、金髪は四大国でもバリオール奏国でしか見られないもの。そして、語り手としてアリス・リードウェイに受け継がれていたフェンリル。もしもそれに類似する存在が他にあるとしたら、それは多大な戦力として数えられるものとなるかもしれない。ということです」
「不確定な部分ではありますけど頭の片隅に置いておくべき事項ではありますね」
「話を戻しますと、我がルグリッド公国は戦力的に比較すると最も弱い国として位置している認識があります。兵士の数や領土などを見れば決して見劣りするようなものではありません、あくまで今現状の話ではございます。」
「分かります。ハイトエイドの謀反にて内側から随分荒らされてしまったし、戦力としていた遊撃隊もほぼ全てがその配下であった。挙句…王もおとされ、今は経験の浅い子供が玉座に座っている。」
それはルベリオも常々考えていた
現状の公国の有り様
圧倒的に軍事力を消費しているという点が
四大国の均衡から足を踏み外しそうになっている危うい状況
「ハイゼン武国とは友好関係にあり、お互いに協力関係を紡いでいくとの約束も交わされております。ハーディンと友であったダラム王との約束ですし、まずそこは固く信用できるものです。ですが、もしもドライセン護国が領土拡大…侵攻する相手として選ぶのなら我がルグリッド公国に白羽の矢が立つという見解もあります。」
「でも弱っているから攻め込んでくる…というのであれば半年前こそが絶好の機会だったんじゃ…今になってというのはなにか事情があるんでしょうか?」
「…件がドライセン護国の企てと最悪のケースを仮定して話を進めている大きな理由は、ふた月ほど前から入れ替わったドライセン護国の重臣にあります。軍務大臣という、実質的にはNo.2に値する…ルグリッド公国で言えば私やハイトエイドが位置するポジションとなりましょうか」
「入れ替わったと言うのは?」
「前職の軍務大臣が突然行方不明となったそうです、それが3ヶ月前の話。捜索にもなんの進捗もなく空白のまま置ける役職でも無いために2ヶ月前に新たに軍務大臣に任命されたものがいるのですが…ドライセン護国としては珍しく強行派の人間らしく軍事や領土拡大に対して並々ならぬ姿勢を見せているとの話です」
「国王は?いかに軍務大臣が侵攻に前向きでも国王がストップをかけるはずだと思いますけど」
その問いに関して
イグダーツは首を横に振った
「ご健在ではあるはずです、ですが温厚派かつ保守的である国王がそれを支持するとは思えません。急に侵攻に対して前向きになるとも考えにくい…ので軍務大臣が王にストップさえ掛けさせないほど内の力を持っているのかも知れません」
「そうだと仮定しても、悪魔を行使している術など様々な条件が重なってこその想像の域を超えませんね…それで、その軍務大臣の名は?」
「その軍務大臣の名は
ガゼルリア・テンパラントです」
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同刻
# misery,s side
静寂の夜を抜け
3人が一夜の宿としていた小屋にも朝日がかかり、1日の始まりを感じさせていた
〈ガサガサ〉
とかすかに耳に入る布ずれの音にピクリと
ミザリーが瞼をゆっくり開ける
すっかり小屋の中にも光が差し込み
暗くなってから入ったがゆえに知り得なかった小屋の内部が鮮明に見えてくる
とは言っても、鮮明に見えるというだけで特に目新しい発見はない
『まさか私が一番目覚めが遅いなんてね…』
身体を起こし両手を天井へと伸ばすミザリー
身支度を終え荷物を鞄に押し込むベイカーと
すでに荷造りまで終え、再び獅子のマスクを装着しながらリーダがミザリーへと目を向けた
「妥当だよ、1番はリーダだった。っとマスク被ったからレオだね」
「あまり睡眠時間取らなくても平気な質なの、ミザリー準備でき次第発ちましょう」
『ん、もういいわよ。行きましょ』
掛け布団代わりにしていたブランケットを畳むと腰に回して装備するタイプの鞄へと押し込むと立ち上がった
ミザリーの手荷物はそれに収まるだけのコンパクトなものであるから準備も早い
揃って小屋を出ると雲ひとつない快晴
まだどこか覚めきっていないミザリーは目を細めるが陽の光に当てられた金髪は惜しげもなく輝いている
近くの木々に括りつけられた3頭の馬もゆっくり脚を休めれたようで、走り出すのを待ち構えているようにさえ見えた
軽く身体を撫でそれぞれが馬に跨ると
目的地へと向かって、闊歩を始めた
いきなり走り出すという訳でなく馬にも準備運動は必要だということだ
徐々にその速度を上げ始め
1時間も経つ頃には馬は蹄を鳴らしながら地面を軽やかに蹴り進み出した
『そーいや、目的の優先順位的には国境付近の悪魔の撃退ってことなの?それとも怪しい人影の正体を探るの?』
「どちらも同等ではあるわ、もっとも懸念されてるのはその人影が悪魔を使役しているケースの場合。そのときは優先順位がその人影の正体を探るってことになる」
「数時間後には目的地につくし気を引き締めたほうが良さそうだね、何たって国王様からのお願いだし」
立派になっていた弟分の姿を思い出したのだろう
うんうん、と事の重大さを噛み締めている
『なんでアンタが誇らしげなのよ…うーん?』
ピクッとミザリーが不意に眉をしかめる
続いてレオが何かに気づく
『ねぇ、リディ…』
「ええ、何かいるわね。この先に…まだ姿は見えないけど」
「2人が勘づくなんて…まさかとんでもないのが居るんじゃ…」
『多分だけどとんでもない悪魔がいるって感じじゃないわね』
「ほんと?そんならちょっとは安心していいのかな」
〈カッカッカッ〉
と蹄を鳴らし、尚進むと進行方向に森林帯が見えてきた
そしてその麓になにやら影が見えた
『ただ、数はめちゃんこいるわね』
「え?」
ベイカーが目を凝らして眼前の光景を注視する
段々とその影が鮮明に見えてくると
それが無数の悪魔達が蠢いているものだと判明した
ミザリーのいうように10どころではない
形容しがたいが獣のような顔をした獣人型の悪魔
30以上の獣人の集団があった
「なんだってあんなに!?」
ベイカーがたじろぎ馬の速度を落とす
「集団行動とる知能がありそうな悪魔には見えないから…目的は果たせそうね」
『ビー!アレは私らがやるから周り探っといて!』
集団の20mほど手前でミザリーも馬の速度を落とすと、ザッと馬から軽やかに降りる
揃ってレオも馬から降りると剣を抜くと
「この不自然なまとまり具合からいって、近くに件の人物がいるかも知れない。注意して」
ベイカーに向かって声をかける。
「よ、よし!それにしたってちょっと多すぎるから、少しは手助けしておくよ」
ベイカーが懐から、掌ほどの鉄製のケースを2つ取り出す
それぞれが形の違う、凸と凹で噛み合い組み合わせられるようにされたケース
戴冠式で作ったベイカー手製の爆弾だ
〈ガチッ〉
と組み合わせると、外からは見えないが中で2種の薬品が混じる
「こっちは任せたよ!」
〈ブンッ〉
と悪魔の集団のほうへと投げつける
重量はさほどでもなく、投げるに適した大きさであるため一直線に集団の中ほどに落ちこんだ
〈グゥォ?〉
獣人の悪魔が不思議がるような素振りを見せたその時
薬品2種は混ざりきり僅かなラグの後反応を起こす
〈ドォォオンッ!!〉
それは轟音と共に爆炎を巻き起こす直径10m規模の爆発
悪魔の断末魔をいくつかかき消しながら
その威力をいかんなく発揮した
「よし!じゃぁ、よろしく!」
爆発を見送るとベイカーは馬を駆り、周囲の捜索へと向かっていく
『よーいドンにしては派手ね、まぁ数も減ったし…行くわよ!』
〈ザッ!!〉
と体勢低くミザリーが、続いてレオが駆け出す
ミザリーの言うようにベイカーの爆弾によって数は幾らか減り、爆炎を浴びた悪魔達にもダメージが残り動きが緩慢になっているように見えた
そこに
〈ヒュッ!!〉
と風を切る音
の後
〈ドゴォッ!!〉
と悪魔の顔面目掛けてミザリーが駆けてきた勢いそのままに飛び蹴り込む
もろにくらった悪魔は周囲の悪魔を散らしながら吹き飛んだ
頭を揺らし慌てて起き上がろうとするその顔に
〈ドゥォンッ!!〉
と再びの爆発が起こる
先程の爆弾と比べると小規模にはなるがそれでも、100kgを超えるミザリーの蹴りを食らった後に受けると
命を終えるのには十分なものだった
そのまま黒く変色し、固まり弾けた
ミザリーが構えた大型拳銃マリーゴールドでの追撃を放ったのだ
その背後では
〈キィンッッ!!〉
と氷を切るような鋭い金属音が響く
ゆらりと揺れるように、洗練された所作で隙間を抜けるようにレオが剣を振ると
すれ違った悪魔たちが、一振りごとに
なにかを失っていく
それは腕であったり、明日であったり
直接首を断たれることにより命であったり
悲鳴をあげる暇さえ
切られた自覚のない悪魔さえいる
卓越した剣技は
公国最強と呼ばれたことを改めて認識させるに十分なものだった
最も、それでも全力とは到底思えない底の深さもミザリーは感じた
『うーん、前より速くなってるような…成長期かしら?』
「人としてということなら、そうかもしれないわね」
悪魔に囲まれているという稀有な状況で
女性2人がする会話としてはそぐわない落ち着きようではあるが
どうやら、悪魔もない知能なりに
微かな危機感が生まれているのか
飛びかかるのを躊躇っているように見える
数はそれでも未だ20程もいるが
『さて…ビーにだけ任しちゃおけないし、さっさと片付けましょリディ』
「ええ、こんな連中と遊ぶ趣味はないわ」
レオが言い放つ言葉に
ミザリーはシンパシーを感じたのか
口角が微か上がる
『同感ね!』
2人が地を同時に蹴ると、悪魔に目掛けて
それぞれ突っ込んでいった