万雷
# another side
「列車が暴走っ!?」
戴冠式の直前、正装を身に纏ったばかりのルベリオに告げられた情報
そもそもが戴冠式の準備に慌ただしい城内
その情報は慌ただしさに拍車をかけた
「それで!被害は?状況はどうなってるんです?」
緊迫の表情を浮かべるルベリオにイグダーツは肩に手を当て、冷静にと促す
「被害は最小に留まりました、脱線こそしたものの列車は王都内に被害を出すことなく制止したとのことです。悔やまれるは車掌一名が、手遅れだったと…」
「そうですか…せめて、手厚く弔うよう手配をお願いします」
「かしこまりました。それにしても…いまだハイトエイドの配下が暗躍しているのでしょうか…」
今は亡き反逆の左大臣 ハイトエイドの悪意の残滓
危うく惨事を呼ぶことになりかねぬ
その種 果たしてそれが最後なのか
ルベリオの頭に疑問のもやがかかる
「しかし…大事に至らなくて良かったと言うべきなのでしょうか」
そんな自らに言い聞かせるようにルベリオは言葉にした
「それは必然と言うべきでしょうか」
含みのあるイグダーツの答えにルベリオは振り向いた
「え?」
「その列車は東から王都へと向かって来ていた便です。乗り合わせていたのですよ、あの2人が」
ハッと思い当たったルベリオが胸に手を当てた
「そうでしたか!ミザリーとベイカーが…」
〈ガチャリ〉
とタイミングを合わせるように扉が開き、獅子の面を被った人物
レオが入室してきた
一つ会釈をすると
「とんでもない話です、なんでも暴走する列車をその身一つで止めたとか」
と伝え聞いた事の顛末を口にする
「さすが…ミザリー…とんでもない事をしますね」
想像し難いはずの内容ではあるが、彼女を知るものからすればそれは想像に易い
緊迫と緊張にあったルベリオに思わず笑みが零れる
「よし、僕も僕にやれることをやります。イグダーツ、レオ、お願いします」
いよいよというべきだろう
半年以上空席であった公国の国王の座
その席に座るために国民への決意表明とも言える戴冠式
その場に向けてルベリオは歩き出した
レオとイグダーツは顔を見合わせると
少し口角を上げ、ルベリオの後に続いた
とは言っても覆面を纏うレオの口角が上がったかどうかは定かではないが、恐らく
# misery,s side
「うおぉ…凄い人だな」
列車での騒動の後、ミザリーとベイカーは戴冠式の舞台となる王城前へと歩を進めた
というより進めたい現在
ルグリッド公国王都の作りは
王城を中心に、それを囲む4つの層で成り立っている
中心の王城から一区から四区まで
それぞれ高い石壁にて区切られた堅固な作り
その最も外側の四区から
2人は未だに動けないでいる
『こんなに人がいんの初めて見たわ…』
田舎の出である2人だからそう感じるという訳でもなく
そもそもが公国内で最も栄えている王都
戴冠式であることも大いに影響してか
牛歩のほうがまだ進むであろう
と言わんばかりに人が詰め寄っていた
皆が皆、中心の王城前へと向かおうとしていることもあり時間の進みと移動距離はそぐわない状態となっている
「まずいなぁ…もうそろそろ時間じゃないのか?ラビの晴れ舞台だってのに」
『つっても身動きが取れ…ん?』
ミザリーが何かに気づく
ベイカーがつられてミザリーの視線の先に目をやると兵士らしき男性がこちらへと人をかき分けて向かってきていた
『あれって…護警団の…』
護警団とは、軍の中でも王都内の警備に重きを置いた兵士達の事である
「護警団か…」
2人の声色が気持ち暗くなったのは
半年前に知り合い、そして亡くした護警団の友人を思い出したからだろう
思わず感慨にふける2人に向かい
「失礼します、ミザリー・リードウェイ様、ベイカー・アドマイル様にお間違えないでしょうか?」
「え?」
『そうです、そちらは…?』
バッと、敬礼をする兵士
「はっ!イグダーツ・バルシュ大臣より、お2人を案内するよう仰せつかりました!ニーズと申します」
よく訓練されているのだろう
その一挙手一投足は整われた精神を表しているかのように洗練されている
シワひとつない軍服に短く切りそろえられた頭髪
真っ直ぐ伸びた背筋は、これぞ若き軍人と思わしめるものだった
「イグダーツさんが?良かった…このままじゃラビに会えないまであったよ」
ほっと胸を撫で下ろすベイカー
「丁重に案内するよう仰せつかっております。時間も迫っておりますのでどうぞ、私が道を作ります。」
そう言うとニーズと名乗った若き兵士は
腰に下げていた手持ちのベルを掲げると
〈リンッ、リンッ〉
と鳴らしながら
「通してください、通ります」
と先導し始めた
ミザリーらに馴染みはなかったが
そういう習わしというかルールがあるのだろう
推し詰めていた国民達は素直に道を空け始め
、すんなり歩を進め始められた
だが
『有難いんだけどなんだか落ち着かないわね…』
皆がベルの音に道を空けるのはよいが
やはりそちらに目を向けるのは人の性
ましてや、ベルを持った兵士が引率しているのは金色の髪のミザリー
茶系、赤系の髪しか存在しないと言われるこの公国内での稀有さ
ミザリーの端正な顔立ちも相まってか、突然注目を浴びることとなってしまった
「良い目印にはなるんだけどね、兵士さんもその金髪を当てにして僕たちを探し当てたんだろうし」
『まぁ別にいんだけど…なんか…この状況って』
「ん?」
『私らがしょっぴかれてるみたいじゃない?』
「…やめてよ、ちょっとそれっぽいじゃん…」
などと呑気なことを思いつつも、
2人はようやく戴冠式へと王城前に歩き出した
時が経つこと、数十分後
王城前には、多くの国民達が詰め寄ってその時を待ちかねていた
城の前の外壁を見上げ、そこから現れる
この国の王となる人物を今か今かと待つ人々
日も高く眩い陽射しが丁度
その外壁に差し掛かったその時
1人の初老の男性が現れた
大臣 イグダーツ・バルシュだ
ドッと、歓声が沸いた
戴冠式がいよいよ始まるのだ
スっと静かに右手を上げ、国民に静寂を促す
「これより、我がルグリッド公国 新国王の戴冠式を行う。粛々のご清聴をお願い申し上げる」
イグダーツは深く一礼をすると
そっと脇に寄った
そして一拍の間を置き
若き少年が姿を現し、先ほどイグダーツが立っていた場所にその身を据えた
歓声をあげることを耐え、身じろぐ人々だったが
その真っ直ぐを見据え輝く瞳
若さを忘れる程の堂々と伸びた背筋
正装に身を纏った若き王
その姿を目の当たりにし、ただ息を飲み
言葉を待った
「本日はお集まり頂き、誠にありがとうございます。
ルベリオ・ウェイヤードです」
静かにルベリオは国民達を見渡すと言葉を続けた
「まずは半年前、王城内、国政内の謀反にて国民の皆さまを巻き込み混乱させ…そして多くの命を落とさせてしまったことをここにお詫び申しあげます。」
深く、深く頭を下げた
群衆の中に思わず目頭を押さえるものや
一筋涙を流すものの姿があった
失った物を思い、悔やみ
寂寞の思いを募らせる日々があったことを感じさせる
「先代国王 ハーディン・ウェイヤードは…父上は、夢を見ていました。誰かが傷つくことのない世界、人が人を思いやれる世界…ルグリッド公国がそうなる夢を…」
少し息を整えるルベリオ
亡き者を思うのは国民だけではない
ただ一人の父を亡くしたあの日を思い
「その夢を…ハイトエイド・ベルラインに嘲笑われ…かの思想のために生命を奪われました。甘い夢だと、甘い思想だと…でも僕は」
再び真っ直ぐに前を向いたルベリオの目の輝きは降り注ぐ陽射しの中でさえ一際の輝きを見せた
「そんな…っ!?」
ルベリオの言葉が途絶えた
同時にざわめき出す群衆
群衆の中を3mほどの巨大な影が右往左往しているのだ
上を飛びいく悪魔の影だ
それだけではない
周囲の家屋の屋根の上
あるいは人が埋めつくす通路の至る所に魔法陣のようなものが浮かび出し
悪魔が無数に現れ始めた
人型だが顔が髑髏
だが身体は生々しい肉体を持つ異形
各々が手に歪な武器を持っている
ルベリオが視認できただけでも10体はいる
「みんな!逃げてくださいっ…避難してください!」
ルベリオが外壁に迫り声をあげる
「レオッ!!お願いします!」
続き背後に声をかけるより早く
ルベリオの背後から獅子の覆面を被った剣士が飛び出し
〈ズシャッ!!〉
ルベリオに頭上から迫っていた鳥のような悪魔を両断した
「殿下、ご避難を…」
レオがルベリオに声をかける
「構いません!早くみんなを…」
ピクッと、レオが何かに気づく
そして
焦りを浮かべるルベリオの肩にそっと手をやると
「堂々となさってください…狼が来ていますよ」
「えっ?」
と群衆へと振り返ろうとするルベリオの耳へと
〈ドゥオンッ!!〉
と銃声が届いた
半年前、何度もルベリオが聞いた
狼の遠吠えのような銃声
本来ならば人を萎縮させがちな銃声だが
その独特な発砲音は
ルベリオを安心させた
そして
〈バチィッッ!!〉
と外壁をかけ登ってきた何か
逆光となりルベリオの目には影としてしか映らなかった何かが
軽やかに着地すると
ルベリオへと向かい直った
『…ビッとしなさい、ラビ。』
その姿にルベリオは思わず潤みそうになりながらも
「はい…ミザリー!!」
改めて背筋を伸ばした
ルベリオの姿を、正装した弟の晴れ姿を
一通りながめると
『キマってるわよ、さて…?』
ちらりと獅子の覆面の人物へと視線を移す
一瞬の沈黙
レオが覆面を被ってはいるものの
間違いなく2人の目は合った
『元気そーね、それじゃぁ…ゴミ退治と行きましょーか』
ミザリーは振り返り、外壁から飛び降りる
それに続くようにレオも剣を抜きつつ
「私たちが処理します、殿下は民へ…意志を」
〈ザッ〉
とミザリーに続きレオも飛び降りた
残ったルベリオは拳を握り締めると
再び国民へと目を向ける
突如現れた悪魔
それと同様に突如現れた金色の髪の少女が
黒い覆面の剣士と共にそれらを倒していく
目にも止まらぬ速さで、悪魔が人を襲う前に
その狂気を振り下ろす前に
その悪意を砕いていく
その存在は人々に期待を与えた
誰も、何も失わないという期待を
「皆さん聞いてください!!」
ルベリオが声を張り上げた
ミザリーやレオが悪魔を倒し始めたことで人々にもルベリオへと視線を戻す余裕が生まれた
「僕は、父が持っていた夢を!同じように持っています。誰も傷つかない国を、誰も理不尽に大切なものを失わない国を!」
『…』
目まぐるしく動きながらもルベリオの言葉に耳を傾けるミザリー
「でも、僕にはなんの力もありません。半年前王城を出て、外の世界に触れて更に自身の無力を思い知りました。
それでも自身の無力を嘆いている時間は僕にはありません
僕は!前に進み続けます、成長し本当の意味での王と皆さんに認めて貰えるように!
夢を夢のままにしないために!!」
一息にルベリオは吠えた
こんな緊急事態でなければ整理された言葉を並べられただろう
しかしこういう事態であればこその本音のような言葉が
きっと、きっと国民に届いたのだ
〈うおぉぉぉぉーっ!!!〉
途端にあがる歓声、思い思いの言葉を
賛辞をルベリオに投げかけ始める民衆たち
もはや、悪魔に襲われていることなど気にも留めていないようですらある
だが
そんなルベリオの頭上にまたも影が落ちる
もう一匹鳥のような悪魔が現れたのだ
ルベリオめがけて10数mほどから急降下しようとしている
「まったく、男らしくなったもんだっ」と
ルベリオを見上げるように
外壁の下にベイカーが走り込む
掌ほどの大きさの小瓶のようなものを懐から取り出し
またも逆の懐からそれより一回り大きい長方形の鉄でできた箱のようなものを取り出すと
〈ガチィッッ!〉
それを組み合わせる
そして
〈グシャァッ!!〉
と悪魔を屋根に叩きつけていたミザリーへと目を向ける
「ミザッッ!!あの鳥に蹴り当ててくれっ!」
組み合わせても掌より少し大きくなったその鉄の容器をミザリーへと投げつける
『はん?』
よく理解はできていないようだが
ちょうどミザリーの眼前に飛んできたそれを
ミザリーは的確に蹴りあげた
風を切りながら蹴り付けられた鉄の容器は
一直線に鳥の悪魔へと
と思われたが惜しくも
〈チッ!〉
擦過音を鳴らし顔を掠った
『はぁん?だるいわね!』
〈チャッ〉
命中しなかったことにご立腹なミザリーが悪魔に向けてマリーゴールドを構えた
「いいや、完璧さ!」
ベイカーが得意げに言うやいなや
その組み合わさった鉄の容器が赤く染まり始め、次の瞬間
〈ドォォンッ!!〉
と半径2mほどの爆炎を上げて爆発した
流石に至近距離での爆撃には
鳥の悪魔もひとたまりもなかった
〈ギィィ…〉
と軋む様な悲鳴をあげながら
落下をはじめ、間もなく固まり弾けた
パラパラと土煙が舞い落ちる音が耳に届くほど、騒動は落ち着きを見せ始めている
ミザリー、レオの両名ならびに警備に当たった兵士達の助力により周辺の悪魔を一掃したのだ
被害は、多少の軽傷を負ったものはあれど
多数の悪魔が出現した現場としてみれば最善の結果とも言える様相だった
『ふむ…どうせなら景気よく花火でもあげてくれりゃラビの門出の良い演出になったんじゃない?』
「無茶いうなよ、花火なんて持ち歩いてるわけないだろ?」
『花火のほうがよほど平和よ、なんなのあれ?爆弾?』
「簡単に言えばそうだね、容器Aと容器Bにはそれぞれ薬品が入ってんだ。それを組み合わせることによって少しのラグをおいて反応し、爆発する。対悪魔用の装備さ」
『ずいぶんファンキーなもん作ってるわねアンタ…』
と得意げなベイカーとミザリーが語らっている中
ルベリオは民衆を眺め回し、その無事を確認し安堵の息を零し
「はぁ…良かった。…なに喋ってたか忘れちゃったな」
などと言っていると
民衆がその様子に気づき
すぐさま歓声と拍手をその心配性な新国王へと浴びせはじめた
万雷の拍手と
それぞれが思い思いの言葉を、期待を
ルベリオに投げかけるその様は
皆がルベリオをルグリッド公国 国王と
認め歓迎しているようだった