私はこれで行く
# another side
昼下がりの街の喧騒が徐々にその勢いを増していく
王都の賑わいはそもそもが静寂とは程遠いものだが今日はさらにその賑わいに拍車をかけている
人手が多いだけでなく
王都外から立ち寄った旅人などもいつにも増して足音を響かせている
それもそのはず
行き交う人々が口繁く話題にあげるのはもちろん
本日行われる戴冠式
先代国王 ハーディン・ウェイヤードの逝去後
不在であった玉座に
その息子 ルベリオ・ウェイヤードが就く
それを国を挙げて公のものとするもの
国を巡る騒動が落ち着くまで延期とされていたものが本日ようやく行われるのだ
この賑わいも当然と言えよう
中心にある王城
その屋上にあたる部分からそれを静観する1つの影があった
黒い衣服に身を包み、獅子のようなマスクで顔を隠した人物
スラリとした体躯は微動だにせず視線だけを街の中に走らせていた
「あっ…」
その後ろ
階段を登り屋上に出てきた影がもう1つ
間もなく日に照らされたその人物は、街の噂の渦中のルベリオ・ウェイヤード
街を静観している者を探していたようだった
「レオ、こんな所にいたんですね」
未だ幼さの残る顔立ちだが、その振る舞いや声色にはすでに荘厳な落ち着きさえ見えるルベリオが近づく
すぐにマスクの人物が膝を折ろうとしたが、それをルベリオは制した
「いいですよ、他に誰もいませんから」
その言葉に体勢を直したレオと呼ばれた人物は再び街を見下ろし直した
「…今日やっと会えますね、て言ってもまだ半年ぐらいしか経ってないですけど」
レオの横にルベリオが立ち、共に街並みを見下ろす
「機会を頂いたこと…感謝します。」
静かな声が響く
マスク越しでくぐもろうが滑舌良く聞こえてきた声は女性のようだった
「かしこまらないでください。ミザリーが聞いたら『硬いわね』って呆れますよ」
「私は配下です。」
「そうですね、でも国に仕えてる訳じゃなくレオは僕個人に仕えてくださってるんですから気負い過ぎないでください」
「そう…ですか」
言葉に詰まるレオ
ルベリオは街を見下ろした
「そう言えばなにか気になる事があるんですか?街をずっと見下ろしてたようですが」
「はっきりとはわかりません…ですが、なにか妙な気配がする気がして」
レオの返事にルベリオは少し顔を歪ませた
「ミザリーもたまにそんなこと言ってましたけど…当たるんですよね…女性の勘ってやつでしょうか」
ふぅとため息をついたルベリオを安心させるように
「殿下には私という剣があります。そろそろ戻りましょう、準備を始めるお時間です」
と城内へ促した
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# misery,s side
「ミザ…起きろよ…ミザ」
うつろな中聞こえてきた声に
ミザリーはゆっくり目を開いた
いつの間にかうたた寝をしていたようだ
ミザリーはその全てを機械の身体としているが、習慣は生身の頃と変わらない
生前の経験則からなるものはほぼ生身と変わらない生活をミザリーに与えている
『…寝てた…もう着いた?』
ぱちぱちとゆっくり目を開け閉めしながら両手を前に伸ばす
「もう少しだよ、ずっと座ってばっかってのも落ち着かないもんだね…ん?」
ベイカーがふと車両の先頭の方へと目を向ける
五両で編成されたその列車
ミザリーらは先頭から数えて四両目と後ろの席にあてがわれていた
なので、必然的に人数の多い前側から多少の騒々しさは無理もない
しかし、ミザリーもすぐに気づいたその騒がしさは別の理由があることを感じさせるものだった
『…なんかあったのかしら?』
「さぁ…もうすぐ王都だからって事じゃなさそうだけど」
ミザリーらだけでなく、周囲の席の人々も前の車両の様子がおかしいことに気づき始め
各々が身を乗り出したりしてその様子を伺おうとしてる
ふむ?と眉をしかめるミザリー
状況を確かめるために立ち上がろうとしたとき、ベイカーが気づいた
「なんだ…?」
『ん?様子みてくるわよ?』
返事より早く
バッと、窓に目を向けるベイカー
次いでミザリーも同じように窓の外に目を向けた
そして、気づいた
『ビー…これって』
「ああ、この列車…スピードが上がってる!」
予期せぬ加速
通常運行するならば決して到達し得ない速度に、にわかに周囲もざわめき出す
「ちょっと様子を見てこよう」と
乗客の男性一人が立ち上がり
前の車両へと向かおうと足元に気を配りながら、両を区切るドアの前に辿り着いたその時
その男性は急に手をあげ、そして尻もちをついた
前の車両から男が一人
剣を突き出しながらミザリーらのいる車両へと歩を進めてきたのだ
「騒ぐな…おとなしく席についていろ」
目が座ったその男は剣を座席に、それぞれ向けながら各乗客らに沈黙を促した
冷静、男はその車両を制圧したと判断をしたのか
振り返り、前方の車両へと合図をした
その合図のあとすぐ、前の車両から
やはり武器を携帯した男が現れ
今度はその車両を通り抜け、更に奥にある最後尾の車両へと向かっていった
複数犯、それもどうやら計画性を感じる
その連携は
現在この列車に起きている異常な加速の原因が彼らにあることを容易く想起させた
「マジかよ…なにが目的だ…」
ベイカーが小さくミザリーに目配せしながらこぼす
『…さぁ?聞いてみる?』
と軽口を叩いていると
「な、なぁ、何が目的なんだ?」
先程運転室へと様子を見に行こうとした男性が通路を行ったり来たりしている武装犯へと問いかけた
どうやら正義漢らしい
さすがに剣に萎縮し怯えた様子ではあるが
精一杯の虚勢を張りつつ武装犯へと視線を向けている
「か、金か?それとも…」
恐怖を発声で紛らわすようなその男性に
武装犯は剣を突きつけ発言を制した
「そんなものじゃない、我らの使命なのだ。今日という日に…一石を投じる」
「た、戴冠式のことか…?」
剣に睨まれすっかり小さくなってしまった声で更に情報を引き出そうとする
その陰で
ピクリ
とミザリーとベイカーが戴冠式という言葉に反応した
「戴冠式…なんだ?ラビになんかしようってのか?」
『…』
ミザリーは沈黙し、武装犯の次の言葉を待った
「そうだ…我らはルベリオ・ウェイヤードを王とは認めない。大義を!大命を抱き無念のまま堕ちたハイトエイド卿の思想を!知らしめるのだ!」
声を荒らげた武装犯に周囲はより一層萎縮した
「我らと友に…諸君らには人柱になってもらう。この列車は…ルベリオ・ウェイヤードへも穿つ一粒の水滴だ!」
「…ど、どうするつもりだ……?」
「この列車は更に加速を続ける…そして先頭車両へは仲間が爆薬を運び込んだ。」
「まさか!」
ベイカーが気づいた
地図を広げ列車の最終地点を指で指し示す
「このままの速度、いやこれ以上の速度になったら列車は駅を突っ切る。そうなると行き着く先は…王都のど真ん中だ!」
「そうだ!そこで爆発を起こせば人的被害は計り知れない!ルベリオ・ウェイヤードは…戴冠式当日に、国民を無下に失った選ばれざる王として歴史に名を…」
『うるさいわよ』
聞こえた一声
そして風を切る音が続いたと思った瞬間
〈ドッ〉
「ぐぅっ…」
衝突音の様なものと呻き声
〈キンッ…カラン…〉
剣が落ちた音も遅れてやってきた
何が起こったかは現在の光景が物語っていた
いつの間にか通路にいたミザリーが突き出していた脚を下ろしている
そして腹を押さえ、膝を折った武装犯
電光石火の出来事
座席から飛び出したミザリーが瞬く間に蹴りで制圧したのだ
だがそれでは終われない
現状を瞬間に理解し
「ミザッ!!前の車両の敵を抑えてくれ!後ろは僕がなんとかする!」
ベイカーが叫んだ
同時
二人はそれぞれ前後の車両へと駆け出す
ミザリーは低い姿勢でドアを開けると
様子を伺おうとしていた前の車両の武装犯の眼前へと刹那に到達、振り上げる暇さえ与えずその剣を握り締めた
「なっ!?」
直接剣を握りしめられたことに気づいた時には何もかもが遅い
ミザリーはそのまま握った剣ごと武装犯の腕を押し上げ
空いた腹へと身体ごと肘をぶつけた
鈍い音は静かだが痛烈
剣を握る力も失い
白目を剥き、やはり膝をついた
あと二両
ミザリーはそのまま剣を握ったまま
次の車両へ駆け出す
〈バンッ〉
と次のドアを開けると
次の武装犯、剣ではないその装備
こちらへと銃を向ける
「な!なんだお前っ!」
〈チャッ〉
撃鉄に指をかけた武装犯の視界
ふわりと
武装犯とミザリーの間に剣が飛んだ
もといミザリーがさきの武装犯から奪った剣を投げたのだ
「なんだっ!」
思わず宙に浮いた剣へと銃口をやや上に向けてしまう
無論それは誘導させられたもの
銃口と共にわずか上がった視線は
同時に身を低く滑り込んできたミザリーへの反応を遅らせる
気付き、銃口を下ろそうとしたその腕はミザリーに掴まれ
そのまま、背負い投げら
〈ドンッ〉
と床板へと叩きつけられた
その衝撃で銃を手放したときには勝負はついている
すぐ脇の座席に軍人らしき服装の人物が居ることに気づいたミザリーは
『この人お願いします』
と任せると
最後の先頭車両へとドアを開け飛び込んだ
武装犯へと身構えようとしたミザリーだが
その車両には誰もいなかった
生きている人間は
そもそもその列車は五両編成とされているが
最先頭の車両は動力と運転室のみで客席などの座席はない蒸気機関車と言われるもの
基本的に、そこに客となる人物はいない
だがもちろん運転手となる人物はいるはずである
が
ミザリーの視線の先に居たのは唯一
人とも形容しがたい
岩石のような鱗に身を包まれ
どこか魚の様な顔面を持つ二足の悪魔だった
そして
視界の隅には床板に染み入る前の血溜まりと
そこに身を伏している制服の
恐らくこの列車の運転手と思われる人物の亡骸があった
『…』
「ギャ…なんだ、お前は…?我らの邪魔ヲ…するのか?」
『……あんたらこそなんで邪魔すんのよ?』
怒りが身を震わせる
「世界は歪んでいる…ハイトエイド卿なき今我らがそれを世界に知らしめねばならんのだ!まずはこの国の目を…覚まさねば」
『屑がっ……』
〈バギィッ!!〉
吐き捨てた言葉が悪魔の耳に届くと同時に
その顔面をミザリーの拳が振り抜いていった
〈ガシャァンッッ!〉
勢いをまるで殺せず、その悪魔の身体は周りの小物を弾きながら吹き飛んだ
ビクビクと僅か身体を震わしたその悪魔は
ミザリーの苛烈な一撃で黒く染まり、固まり弾けて消えた
『人が…真っ直ぐ生きようとする邪魔すんなっつってんのよ…』
吐き捨てるとミザリーは運転手の亡骸に向かい、少し目を閉じ無念を悔やんだ
〈ガタンッッ〉
いまだ暴走を続ける列車の揺れが
状況を思い出させる
操縦室のように区切られたドアを開けるが
無論ミザリーには何が何だか解るはずもない
しかし、その傍らに積まれている荷物が武装犯の言っていた爆薬だということには察しがつく
鎖のようなものでやたら厳重に近くの機器に結ばれている
外すのにも時間がかかりそうだ
ミザリーは来た通路を振り返ると
『ビーーッッ!!』
幼なじみの名を呼んだ
〈ガチャンッッ〉
タイミング良く通路のドアが開いた
顔を覗かせたのはやはりタイミング良くベイカーだった
うっすら汗をかき、息切れしている
「はぁ…はぁ……状況は?どうなってる?ミザ」
最後尾の武装犯をどうにかすると言っていたベイカーだが
無事に先頭車両まで来たところを見ると本当にどうにかしてきたのだろう
『ここにいたのは悪魔だった、多分ハイトエイドの遊撃隊みたいに人から成ったタイプの悪魔…運転手さんは…間に合わなかった…』
ベイカーも運転手の亡骸に気づいた
「ミザのせいじゃない…とにかく列車を止めないと」
操縦室に飛び込むとベイカーはその設備を見回した
『解る?』
「いま全部は解らなくても、とにかくブレーキさえ…きっとこれだな」
〈ギィィッッ!!〉
大きく軋む音とともに列車が揺れる
カーブに差し掛かったのだろう
脱線すら視野に入るスピードだ、気が気ではない
『ビー!…もう王都が見えてる!』
そう、ミザリーの視界
運転席側からはすでに王都の街並みが見えて来ている
このスピードのままだと数分持たぬ内に王都に突入し惨劇となる
〈ガチャッッ〉
再度空いたドアから顔を覗かせたのは
「だ、大丈夫なのか?列車止められるのか?」
先程ミザリーらと同じ車両にいた男性が様子を見に来た
「今からブレーキかけます!全車両の人に衝撃に備えるよう伝えてください!」
ベイカーが叫ぶ
男性も運転席の光景から王都が近いことを察すると「わかった!」と慌てて駆けていった
ほんの少しの沈黙
恐らく忠告が最後尾まで行き届いたであろうタイミングを見計らい
「よし!いくぞ!」
ベイカーはレバーに手をかけ力を込めた
〈ギィィーーーーッツ!!〉
激しい擦過音が響き渡る
重たいレバーを必死にベイカーが引き続ける
しかし、スピードは体感できるほど落ちてはいない
「くそ…スピードが上がり過ぎてるのか!?」
それでもベイカーは力を緩めない
だがすでにレバーの可動限界まで引いてしまっている
僅か、僅かずつスピードは緩まってきているように感じられるが
王都の街並みが
人の姿が肉眼で見える距離にさしかかる
列車の様子がおかしいことに気付き慌てふためいている姿が
ミザリーは周囲を見渡した
作業点検用だろうか、車両端の壁に梯子がかかっておりその天井から車両の外に出られるようだった
「ぐぅ…ミザッ!無茶を承知で言うよ!!」
〈ダッ〉
ミザリーは駆け、梯子を登り
天井のドアを開けた
風を切る音が轟々と耳に届く
『なによ?』
「止めてくれっ!!」
〈バッッ〉
ベイカーの言葉を背に
軽やかに列車の上へと身を躍らせる
向かい風が指すような勢いで身体を撫ぜていく
ミザリーは風に少し目を細めるとそのまま駆けだし
列車の前面へと身を投げるように跳んだ
『ホント無茶って言いたいとこだけど!これだけ減速してくれりゃぁ……』
〈ジャッッ〉
と砂利を踏みしめると同時に
ミザリーには列車が迫る
〈キンッ〉
指を弾く音
身体をぶつけるように列車を抑える
『楽勝だってのっ!!』
ふわっとミザリーを金色の光が包む
その光は瞬時にベールのように集まり、編み込まれて三つ編みのような形を形成しミザリーの背に漂った
〈ズジャァーーーーーッッ!!!〉
巨大な鉄の塊がミザリーへと猛進する
踏ん張った両脚が砂利を弾きながら
どんどん王都へと押し込まれている
『…止めるっ!!!』
〈グワッ〉
ミザリーの背に漂っていた光る三つ編みが大きく形成しなおすとその先端を手のように広げた
その手がミザリーの背後の地面に突き刺さり
更に抵抗を増やす
〈ギャリギャリギャリッッ!!〉
ミザリーの二本の脚に加え、地面に突き立った抵抗が増えたことで列車の減速が始まった
〈ブワッッ〉
と三つ編みの先端が更に強い光を放つと
更に深く地面に食い込む
〈ギャリギャリギャリッ……!〉
激しい擦過音は
10メートルを
20メートルを過ぎ
やがて 、少しずつ静かになっていき
とうとう静止、と言えるまでの減速に達した
『……っはぁ…!』
ミザリーは列車から身体を離し
少し下がって、そのまま地面に腰を落とした
チラと見た背後には王都の街並み
すぐそこまでもう舗装された通路が見えるまでに迫っていた
大騒動となったことは間違いがない
だが、王都への人的被害は恐らくなかったと言えるだろう
〈ザッザッ〉
砂利を踏む音
「ミザッ!大丈夫か?」
額に汗を浮かべ駆け寄るベイカー
腰を落としたミザリーを案じている
が
『へーきよ、まぁ…寝起きにはちょっとハードだったわね』
「ホントにね、立てる?」
膝を落とし、ベイカーはミザリーへと手を伸ばした
ふぅと息を吐き
ミザリーはその手を掴んだ
周りには微かな動揺や混乱の声が聞こえてくるが同時に安堵の声も聞こえてくる
一応は、一安心と言えるのかもしれない
『立てるわよ…ったく、こんな身体じゃなきゃとっくにお陀仏だったわね』
「ほんとにね、でも悪かないだろ?」
ベイカーに支えられながら立ち上がると、ミザリーは自身の掌にまた目を落とした
『まぁね、悔やんでも仕方ないって割り切った部分は確かにあるけど…もしかしたらまだこの身体じゃなきゃできないことはあるかも知れない。だから、もう私は決めてんのよ』
「決めてるって?」
とそう問いつつも、きっとベイカーはその答えを知っているのだろう
それでも彼女の、ミザリーの言葉で聞きたくて問うたのかもしれない
そのベイカーの問いに
ミザリーは開いた右の掌を固く握り
そして、左の掌を開くとそこに右の拳をぶつけた
〈ギィンッッ〉
鋼と鋼がぶつかった金属音
瞳には凛と輝く翠色
ミザリーは真っ直ぐ前を向いて、言った
『 私はこれで行く 』