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My Nightmare ~Hug the Ghost~  作者: 燕尾あんす
Hug the Ghost
37/39

金戦花

修復を終えたミザリーはベイカーと共に広場中央、ナベリウスとクロジアが交戦していると見られる場に向かって駆け出していた


夜が更けてからどのくらいの時間が経っただらう


生憎の雨空で時間の感覚はぼやけてはいるが夜明けが近いことは何となく察している


そしてこの16年前の悲劇からなるこの物語の結末もまた、近い


〈バチャリッ〉


水溜まりを踏みつけながらミザリーらは広場中央へとたどり着くと


上空10mほどの高さを舞うナベリウスに視線を向けた


そのタイミングでナベリウスはなにかを地面へと放り投げ、それが地面に叩きつけられた


『っ、クロジアさんっ!』


ミザリーらが駆け寄ろうとするも


『!』


慌てて踏みとどまったのは視界に入る赤い結晶の光に気づいたからだ


【また戻ってきたのね、ここまでの力の差を知って逃げの手を選ばないのはどういう思考なのかしら?】


スッとナベリウスは静かに地に降り立つ


『借りっぱなしってのは性にあわなくてね…』


「ぐぅ…はぁ、君…平気なのか?」


クロジアが顔を歪めながらも立ち上がりミザリーを気遣う


『おかげさまで、それよりなんとかなりそう?』


「…彼女をあいつから引き離したい、でも僕の炎は魔力だけを焼くなんてできないからガゼルを引き離す方法が…」


「(…でももしガゼルリアさんを引き離せば、またナベリウスは実体のない幽魔になる…倒すことができなくなる。いや、それでも考えろ!クロジアさんとガゼルリアさんを救うんだ)」


クロジアの言葉にベイカーは思索を巡らし始めた

いま、自身にできることはそれだと、役割だと感じたままに


『よね…でもきっと声は届くわ』


「声…?」


『今まで言えなかったことも言いたいこともあるんでしょ?だからここに来た…それなら伝えなきゃ』


クロジアは、目を閉じそして開いた


その瞬きの一瞬で今までの過去を脳裏に走らせ、溢れ出しそうな感情をガゼルリアへと向き合う決意としてナベリウスへと駆け出した


一歩踏み出す度に、炎が身体から溢れ

一歩踏み出す度に、その身体は悪魔の外殻に包まれていき


ガゼルリアへ近づく度に、クロジアは悪魔の姿へと化した


そして


〈ブワッ〉


と手から吹き出した炎は剣を発現させる


強く両手で握り締めたその剣をナベリウスへと振り下ろす


〈ガシャッ!!〉


だがそれも虚しく結晶に阻まれ届くことはない


しかし



「ガゼルッ!!聞いてくれ、僕は…見ての通り…悪魔だ。それも…16年前のテシルとセシルを…君の大切な弟妹を犠牲にした儀式で得た悪魔の力だっ!」


泣くように言葉を吐き出すクロジア


それをミザリーとベイカーはただ見守った


「…ずっと!ずっと言えなかった…僕はあの日2人が広場に行くのを見かけて追いかけた…でも誰かに頭を殴られて気絶した…目が覚めた時にはもう…君が2人を抱え泣いていた。その後だ…悪魔の力が僕に宿ったって気付いたのは、でもそれを言えば…君がどうなるか分からなかった!怖かったんだ…」


その声が掠れている

今まで自分が抱えていた自身の悲痛な叫びを、聞かせたくなかったものに告げることなどどれだけの痛みを心に伴うかも計り知れない


だがナベリウスは笑った


【あはははははっ…そうか、そういことか。それで貴方が悪魔の力を持っているわけね。魔女狩りから逃れた一族、多少なりとも魔力を帯びたガゼルリアの幼い弟妹なら格好の贄になる。呼び出された悪魔は無垢な感情に惹かれ、それを取り込み具現化する。幼さゆえの無垢が儀式を成功させたということね、儀式を行った者はそれを知っていたということでしょうね】


ナベリウスの言葉に3人はハッとする


『幼い子を…成功させるために儀式に引き込んでたってこと?』


「そういう…ことだね」


ミザリーとベイカーには覚えがあった

それはリーダ・バーンスタインを悪魔化した黒箱


リーダも幼い頃に黒箱によって悪魔の力を得ており、それを行ったハイトエイド・ベルラインは幼い子供のほうが定着率が高いと気づき自身の戦力の為に幼い子供達を部下に攫わせていたのだ


洗脳めいた暗示によりリーダはそれを拒むこともできず力を得た


そこに子供たちの意思を尊重するなどという真っ当な思考はない


【ということはその魔力は事実、ガゼルリアの弟妹ということ。だとしたら、貴方が選ばれたのは呪うためってとこかしら?なぜ救ってくれなかったのか?とね】


「そんなことは分かってる!救えたかもしれない、救えたはずだって僕が何度悔やんだと思ってる!だから…これは僕の罪であり、業だ」


【貴方がそれを受け止めたからといって、ガゼルリアがどう思うかしら?結局貴方が救えていたならばガゼルリアは家族を失わずに済んだし、こんな事をする必要もなかった。…感じるわ、私の中のガゼルリアがざわついている。貴方に対する…怒りかしら?】


「…っ!大切な…二人を奪ったんだ、当然だ…」


【それを馬鹿正直に言わずにいれば良かっただけの話でしょう?新たに禍根を残そうとでもしているの?】


「向き合うって…決めたんだ。ガゼルリアとも…自分とも…だから!恨んでくれたって憎んでくれたっていい!生きてくれ…僕は…」


【ガゼルリアの弟妹を見殺しにして、弟妹に憎まれながら力を手に入れた。挙句ガゼルリアからも憎まれようとしているの?愚かもここまでいくと喜劇ね】


ナベリウスの言葉にクロジアの悪魔化が揺らいだ


その瞬間を見逃して貰えるはずもなく、またも赤い結晶に突き飛ばされクロジアは地に伏せる


「…僕は…誰に恨まれたっていい。でももうガゼルしかいないんだ…生きていて欲しい人が…ガゼルしかいないんだ…」



「違うっ!!」


叫んだのはベイカーだった


真っ直ぐにクロジアを見つめ言葉を続けた


「なんで自分から泥被ろうとするんだよ!なんで自分を苦しめようとするんだっ…そうじゃないだろ…」


『ビー…』


「クロジアさん…良い子なんだろ?ガゼルリアさんの弟妹さんはさ。そんなの2人を見れば僕らだって分かる、だったら弟妹さんがクロジアさんを恨む訳ないってことは2人が1番良く分かってるだろ!」


【それは憶測でしかないでしょう?なら、ルースルーには何人もいたのになぜクロジアが選ばれたのか?答えは自分を見殺しにしたから、恨み、業を与えるため選んだ】


「それが違うって言ってるんだ!クロジアさんにとっても家族だったって言ったじゃないか、なんでわかってあげられないんだよ…」


【…?なに?】


不意にナベリウスが静止した

身体の自由はあれど錆び付いたような違和感に気づく


「ちっちゃい子供だよ、急に儀式だのなんだの訳わかんない事が起きたんだ。


不安だった、寂しかったんだ!怖かったんだ!

だからちっちゃいガゼルリアさんの弟妹は


一番近くて!安心できるところに飛び込んだよ!」



「…あ…」


虚を突かれたクロジアの脳裏にいつかの光景が浮かんだ


いつだったか4人が集まっているとき

ガゼルが弟妹達にこう言ったことがあった


危ない、とか怖いって思ったら私でもクロでもとにかく近いほうに逃げてくるのよ、と


絶対に私たちが二人を守るから、そういってクロジアに笑ったガゼルリアを、元気よく返事をしていた双子の笑顔を


思い出し


クロジアの目から涙が零れた


「そうか…そうだった…なんでそう思えなかったんだ…僕は」



【な…なに?なに?】


不意にナベリウスが形を歪ませ始める


そして、声が聞こえた


「そうね…あの子たちなら…迷わずクロのところに飛び込むわ…」


ガゼルリアの声だ


ナベリウスに取り込まれて以降聞くことの無かった声


「…!ガゼルッ!」


『ビーッ!!』


クロジアが幼馴染の名を呼び

連なるようにミザリーも幼馴染の名を呼んだ


その一言が意味するものをベイカーは解っていた


そしてその答えも


「クロジアさん!ミザに魔力を!僕達を…信じてくれ!」


「っ!…信じるさ、使ってくれ!」


クロジアがミザリーに手を翳すと炎の塊が現れ、それがミザリーへと染み込むように入っていった


「ミザッ!スカーレッドの炎と君の炎を混ぜるんだ!」


〈バッ!〉


ベイカーの言葉に間髪入れずにミザリーは駆け出した


スカーレッドを、クロジアから託された剣を構え、その一撃に気持ちを込める


『(今の私に…母さんがいない私にフェンリルの魔力が使えるか…でもビーだってそんなことは分かってる!でも…ここで終わってられない!ガゼルリアさんやクロジアさんをここで終わらせられないっ!!)』


【な…なぜ?ガゼルリアが乖離しかけている?言葉が届いたから?…でもそんなものでっ??】


『人だからこその強さが…そこにあるの!』


〈ブワッ〉


と構えた剣に炎が灯った


しかしその炎は赤い、クロジアの魔力と同じ赤い炎


『(母さんがいない今でも…私の中に…欠片ぐらい残っていて!それをこの一発に…気持ちは…気持ちだけは…)』


【いいのっ…?その炎で焼けばガゼルリアだって只では済まないっ!】


ナベリウスの輪郭が不鮮明な映像のようにぶれ始める


本人も自覚しているようにミザリーの中のフェンリルの魔力は尽きているも同然


故にフェンリル化も出来なければ

フェンリルの魔力を使うことも不可能


変質する魔力、それをもってこそミザリーは炎を扱える


だが実質は炎のように不定形に揺らぐ魔力であり、本来の炎やクロジアの魔力の炎とは異なる


『私は…絶対っ!気持ちじゃ負けやしないっ!!』


ミザリーの強い気持ちは、願いを、希望を抱いていた


人が持つ形のない願いを形のない思いに乗せる


それは完全に尽きたわけではない

ミザリーに残った正真正銘のフェンリルの魔力を呼び覚ました


クロジアから託された魔力を


魔力だけでない思いを帯び


ナベリウスへと振り下ろされたスカーレッドが纏う炎を赤から翠色に変えた



【なにっ!この炎は…なにをっ?なにをしているっ!】


ナベリウスも翠色の炎の持つ異質さに気付く


乖離しかけていた部分を翠色の炎が包むように燃え広がる


その時だった


ぼやけたナベリウスの輪郭の中から人の手のような形が、まるでそこから逃れようとしているように外に伸びてきた


【まさか…っ!ガゼルリアが…なぜ?…まさかっ!!】


ナベリウスが行き当たった答えはフェンリルの魔力のもう一つの面


フェンリルの魔力は異質


形を変える、変質する魔力

それをもってミザリーの機械の身体へと魔力→電力と変換して供給したり


炎のような形状へと形を変えたりしている


そして、そのもう一面が


変質させる魔力である


フェンリルの魔力は触れた物質を変質させる

その魔力によって


加工さえ不可能と言われている地上最硬金属であるウルベイル鋼を変質、加工、そして本来の強度に戻す


ということを可能にし、母アリスはミザリーの身体の大部分を形造った


つまり、今回フェンリルの魔力を炎のように変質させ、クロジアの魔力を焼く炎に混ぜることでガゼルリアが纏うナベリウスの魔力を焼きつつ


ガゼルリアの身体をクロジアの炎が傷つけないように、ギリギリのラインでクロジアの炎を害をなさないものへと変質させた


そしてそれは望み通りに取り込まれたガゼルリアの自由への楔となった


「クロジアさんっ!!」


ベイカーが叫んだ


肝心要なその役割はミザリーやベイカーのものではない


同じ気持ちを持つミザリーとベイカーの言葉が意図せずして重なった


「ガゼルリアさんをっ!」


『取り返してっ!!』


ミザリーが全力で翠色の炎を燃えたたせ、その剣を振り下ろした


〈ブワッ!!〉


と更に勢いよく燃えた炎の反動でミザリーは背後へと吹き飛ぶ


入れ替わるように前に飛び出したクロジアは身体中に全ての思いを込め


もう一度、あの笑顔を遠い未来でも見れるように

もう二度と、大切な人を失わぬようにと



ガゼルリアの手を掴んだ


「ガゼルは僕の……僕達の!大切な家族だっ!返してもらうぞっ!!」


そして、その手を強く引いた


その一瞬


その場にいた全員がガゼルリアの手を掴んだクロジアの傍に


同じようにナベリウスから

ガゼルリアを引き戻すように、ガゼルリアの手を引く幼い双子の姿を見た


『あれって…』


「…ああ、きっとあの子たちが…」


きっと、ずっとクロジアと共にあった

双子の弟妹だとミザリーらは理解した


「テシル…セシル…お願いだ…!力を貸してくれ!」


双子の幻影は、クロジアを軽く振り返ると

屈託ない笑顔で揃って頷いた



〈ガシャァンッ!〉



赤いステンドグラスが割れるように、翠色の炎の中で結晶が割れた


細やかな破片が辺りに飛び散る


『っ!』


思わず顔を逸らしたミザリーとベイカーが

ハッと視線を戻したそこには



ガゼルリアを抱き、支えるクロジアの姿があった


「…ごめん…ガゼル…僕は…」


「ううん…さっき…あの子たちの手の温もりを感じた、クロが…ずっと面倒見ててくれたのよね。…ありがとう」


ガゼルリアの言葉は優しかった


クロジアの葛藤や苦悩を推し量り、この16年をどう生きてきたのかの想像が幼馴染であるガゼルリアには容易かった


クロジアの目から涙が零れ続けていた

堰を切ったように、人としての涙が溢れ続ける


「良かった…本当に…」


何故かつられて涙ぐんでいるベイカーを見てミザリーはつい笑った


『お人好しね…全く』


「そんなになってまで手助けしたミザもどっこいだって…っ!」


ベイカーが気づいたのはナベリウスの異変


ガゼルリアを引き離したことによって

周囲に赤い破片となって散らばった赤い結晶


それが蠢いている


『また…さっきみたいに戻るってこと?』


ガゼルリアを取り込む前の状態に戻る

それは元より想定していたもの


だが、なにか様子がおかしい


【…私は…最も強い感情に呼び起こされ、強い感情を持つガゼルリアを取り込むことによって実体化した】


蠢く結晶は枯葉が風に舞うように、ざわざわと再び集まり始めた


【でもそれを失った今こそ…強い感情を…感じる!私の中に悪意をっ!揺らいでいたガゼルリアよりも更に強い感情を!】


『なに?…どういうこと?』


ミザリーがベイカーへ顔を向ける


「分からない…いや、待てよ、感情?それも悪魔が好むような…悪意?…悪意!」


ベイカーが何かに気づいた


この広場で起こった一連の騒動

ガゼルリアが起こした儀式の根源たる理由、クロジアが悪魔の力を望まずも手に入れた根源の理由


それは全て16年前の儀式が原因であることに他ならない


そして今やその原因はナベリウスの中にいる


【さぁ溶け合いましょう!人の愚かな悪意よ!ここから人間界を魔と化す!貴方の望み通りに!!】


〈ガシャァァン!!〉


全ての宙に待っていた結晶が1つに集まって再び人のような形を成していく


そして瞬間

周囲に赤い光が広がった


静かにその光が収まったとき


禍々しくも光を放つ紅い翼をもつ人の姿があった


言わば天使のような姿をさらに神々しく感じさせる光の瞬きを放ちながらそれは浮かんでいた


『なんなの…こいつ…?』


ミザリーは、いやミザリーだけでない皆が全身がザワ立つような悪寒

いや、身体を虫が這うような不快な感覚を覚えた


それはその者が孕む悪意のイメージのように全身にまとわりついた


「たぶん…全部の元凶さ。ハンブルク・ドライセン…なんだろ?」


ベイカーの言葉はガゼルリアとクロジアを驚愕させた


確かにナベリウスを呼び出す際にハンブルク・ドライセンをその贄にした


それが想定外の形で仇となってしまった


ナベリウスはガゼルリアを失ったことでその実体を失った


それを補うために、ガゼルリアの持つ恨みの感情にならぶような


悪意の感情を持つハンブルク・ドライセンを依代として選んだということだ


【その通りだ…ああ、これが悪魔の身体!悪魔の力か…人などこれに比べれば霞にもならん!…】


愉悦至極

陶酔するような仕草を見せたナベリウスが視線をガゼルリアとクロジアに向けた


【ガゼルリア・テンパラント、そして青年。全てはお前たちのおかげだ…些末な犠牲に憤慨し、16年という無為な時間を過ごした果てに起こしたこの復讐が私に望んた力を与えてくれたっ!皮肉過ぎて喜劇とさえ思えるよ】


「些末な犠牲だと…」


「この16年が無為…」


怒りが滲む2人、だが結果論だけを見てしまえばそれが事実として目の前に立ちはだかる


『幼い子供達を贄に、何か手に入れようとするなんて大した王様ね。ウチの王様が神様に見えるわ…』


立ち上がろうとするも上手く力が入らない

そんなミザリーをベイカーが支える


【贄には無垢な子供が良い、それを知っていた私は儀式前日に幼い双子を見つけた。それも明日に控えた姉の誕生日を祝うためにと嬉々としている…これはいいと思ったさ。】


「…なに?」


ガゼルリアの顔が悔恨に歪む


【その嬉々とした感情が死へと変わる!それにより生まれる負の力は格好の贄に違いないとな!】


「貴様ぁあ!!」


怒り猛ったクロジアが駆け出す

自身の怒りとガゼルリアの怒りをここで晴らさんと



〈ブォアッ!!〉


赤い炎がクロジアを包み、瞬く間にその姿を竜人の悪魔


〈アニマ〉へと変える


炎を瞬間で剣へと化しナベリウスはと振るうが


〈ガシャッ!!!〉


とその剣を片手で止めるナベリウス


触れた部分が硝子のように砕けはしたがその破片は、間もなく元の形状へと戻った


「もう!手加減はしないっ!!」


〈ブァァァッ!!〉


叩き込んだ剣から赤い火柱が上がる

豪熱の炎がナベリウスを包もうとした


しかし


【前だけに気を取られていては、また失うよ?】


ナベリウスの言葉にハッとし

クロジアはガゼルリアを振り向いた


そこにはガゼルリアへと向かう、もう一体のナベリウスの姿があった


「ガゼルッ!」


恐らくは結晶の集まりで形成した分身


クロジアが眼前のナベリウスから剣を引き、ガゼルリアへと向かう分身へと駆け出し


それを破壊するべく剣を振り上げた


【ばぁっ!】


突如、振り向きクロジアへと向き直る分身


そしてクロジアの背後から迫る本体に挟まれた


完全に虚をつかれたクロジアは対応できない


「クロ…!逃げてっ!!」


ガゼルリアが叫ぶ


その声を聞き、決死で眼前のナベリウスの一撃を防ぐ


しかし


背後からの一撃には間に合わない


クロジアはそう思った


だが


〈ドッ!!〉


と硬質な物を貫く鈍い音が響いた


クロジアは気づいた


それと同時に感じるべき痛みを感じないこと

そして、自身とナベリウスの間に割って入った少女の存在に


「君…ミザリー…?どうして…」


割って入ったのはミザリーだった


ナベリウスの腕はウルベイル鋼さえ貫き、そして引き抜かれた


【よくぞここまで邪魔ができるものだ、悪魔が悪魔を庇うなど夢物語だな。くはははは】


軽薄な笑い声を浮かべながら、ナベリウスは分身を本体へと呼び戻した


『貫くとは思わなかった…ウルベイル鋼とやらも鈍ってんのかしら…』


「ミザッ!」


ベイカーが駆け寄り、倒れかかるミザリーを支える


『なんで?って…アンタなら聞かないでしょ?』


力なく笑いながらベイカーを見る


「聞かないよ…僕が君より足が早かったら僕がそうしてた」


「なんで…ここまで?」


クロジアが悲痛な顔を浮かべながら膝をつき視線を合わせる


『どっちかっていうと…ガゼルリアさんのためね。』


ミザリーの言葉にガゼルリアが戸惑いの顔を向ける


『幼馴染って…そういうもんよね。ハッキリこれって言えやしないけど、居なくなったらきっと…哀しいでしょ?ましてや、3人分ってなったらね』



「…あなた……本当に…ありがとう…」


『それはいいから…逃げて…あいつは…私がなんとかする』


ミザリーが、おぼつかぬ動きで立ち上がる


「ミザも逃げるんだって…僕が時間ぐらい稼ぐ…」


ベイカーの言葉を遮ったのは目の前を走ったナベリウスの結晶だった


目視すら困難な速度でミザリーの身体を包むように捕縛すると、どんどんとミザリーを上昇させていく


「ミザッ!!」


合わせてナベリウスも共に上昇し始めると20mほどの高さでピタリと止まった


【これ以上邪魔をされるのも面白くはない。さて?】


ナベリウスが空を見上げると、分厚い雲の中で雷雲が轟いていた


【さっき、落雷から魔力を得ていたようだが…正攻法ではあるまい?機械の身体でできているなら尚更。たまたま上手くいっただけ、違うか?】


その問いの答えはミザリーもベイカーも分かっていた


答えはナベリウスの読み通りだ


電力を得るために落雷を利用したが、あまりに大きな電力量を機械の身体で受け止めること自体が一か八かの賭け


さきほどは辛うじてその賭けに負けなかっただけで、勝ったとはとても言えない


明らかに、受け止めた電力の大半は受け止め切れず溢れていたし、受け止めた衝撃で身体のいくつかの部品には影響を及ぼした


二度は無い、ミザリー本人も、機械の身体を良く知るベイカーもそう判断していた


【もう一度落雷をその身に浴びればもはや助かるまい。ましてや今のその体たらくではなおさらだ…ひと思いに死ぬより、せめて苦しんで我が悪魔との同調を祝う悲鳴を聞かせてもらおうか】


「お前っ!!…それでも王様なのかよ!これ以上なにがしたいんだよ!」


ベイカーが前に出る

怒りに震えているのは事実だが、問うことで僅かでも時間を稼ぎ策を講じようとしていた



【これ以上…?そうだな、まさか今になって悪魔の力が手に入るとは予想だにしてなかったゆえそこまで明確にしてはおらぬ。世界を混沌に包むか、頂きに立つか…選択肢は人であったころとは比べ物にならん。だが先ずは!】


グッとミザリーを捕縛する結晶がさらにミザリーを上昇させ始める


【私に歯向かう存在をことごとく灰とする!このフェンリルを筆頭にな!…ぁあ、そうだった】


何かを思い出したようにナベリウスは一瞬沈黙した


【くはは…ガゼルリアの頼みの綱のリョフという悪魔もか細い魔力しか感じぬ。到底我に届くなどという可能性は微塵もないほどにな…対峙した貴様らの味方がよくやってくれたか?とことん風は我に吹いているということだ!】


「そんな…じゃぁ本当に…リーダは…」


ベイカーが悲痛な表情を浮かべる

信じきれない、信じたくない、しかし事実は残酷なのかと


『…ビー、信じてやいないわよね…?』


ミザリーの言葉に、ベイカーは慌てて目尻を拭った


「当たり前だろ!…君の姉ちゃんなら君より…ずっとタフさ…」


【お前たちの希望論など結局お前たちの心の僅かな慰みにしかならぬ。

そら、そろそろ雷が落ちる…さらばだ。】


「やめろっ!!」


クロジアが飛びかかろうとするが、既に満身創痍な状態

容易くナベリウスの結晶にて叩き伏せられる


「ミザ…!ミザーーッ!!」


ベイカーにはただ叫ぶしかできなかった


ナベリウスが空に手を掲げると

ミザリーの身体を捕縛したまま結晶は200、300メートルと高度をあげていく


あの高さまで掲げられてしまえば、落雷は自然とミザリーの身体に残った電力に引き寄せられ、許容量以上の放電をその身に浴びせる


ミザリーの身体の重要部分には過剰な電力からの影響を打ち消す絶縁体も施されているため、一度目の落雷はなんとか耐えうることができた


しかし今のミザリーは先程のナベリウスの一撃でそれらの絶縁体が効力を発揮出来ていない状態にあると考えられる


挙句が未だ上がり続けるその高度


天文学的な確率で生存したとて、地上数百メートルを越す高さから落下すれば魔力のないミザリーに成すすべはない


それらが想起しうる最悪のイメージをベイカーに持たせた


もう叫ぶことになんの意味もないかもしれない


それでもベイカーは願った


「頼む…生きてくれ…ミザーーッ!!」



【さぁ!曇天に蠢く雷よ!この愚者に裁きの雷を落とせ!!】



〈ズアッ!!〉


一気に結晶が急加速しその高度は600mを超えた


それを合図とするように同時に激しく動き出す雷雲

連なるその暗雲が、獰猛な猛獣のような唸り声をあげている



そして


〈カッッ!!〉


と辺りが昼間に変わったかのように光った



雷が落ちる



否、そうではなかった


ナベリウスは、いやその場にいる誰もが知る由もなかったが


先程ナベリウスがリョフの魔力を検知した際、ナベリウスはそれを魔力としてしか感知していなかった


つまり、リョフの魔力を感じた=リョフの勝利だと考えていた


しかしその実、勝利したのはリーダ・バーンスタイン


家族の為に、妹のために紛れもなく死力を尽くした彼女の勝利だ


それに感銘を受け、再戦を誓いリョフ・テンマは人間界を去った


ナベリウスが感知したのは、去り際に治癒のためにとリーダに与えられたリョフの魔力だ

った


そしてこれもナベリウスには知る由もないこと


それはリーダの勝利がもたらすもの




〈ピシャァンッッ!!!〉


と苛烈な轟音と共に落雷が落ちた


ナベリウスは嘲笑うように勝利を確信し空を眺めた


ベイカーも、ガゼルリア、クロジアも勿論空を見つめていた



だが、雨中の夜空の一瞬の光景は両極端に


ナベリウスに動揺を与え


ベイカー達に希望を与えた



なぜならば、

その雷は猛々しく荒ぶりながらも美しい


金色の狼の姿をしていたからだ



「あ…アリス先生ぃ…リーダ…やった、やってくれたんだな…」


ベイカーの目尻から懸命に堪えていた涙が零れた


リーダ・バーンスタインの勝利がもたらしたものは、リョフ・テンマの太刀に封じ込められていたミザリーの魔力の核


〈フェンリル〉の解放だった


フェンリルは雲から勢いよく、まさに雷鳴の如く放たれるとミザリーの元へと飛び込んだ


包むようにミザリーの身体に寄り添うフェンリル


『…母さん…じゃぁ…リディは…?』


「あなたのために…私のために無茶してくれたけど生きてる、無事よ」


『良かった…』


「全く…なんで無茶しちゃうのかしらね?あなた達は…」


金色の狼の姿であっても、アリスが笑ったことはミザリーには分かっている


〈ぽわっ〉


と柔らかい光がミザリーを包むと、ミザリーの貫かれた腹部が修復されていく


『そんなこと…できるの?』


「私が設計したものよ?残ってる部品を変質させて改修するくらい朝飯前…あなたも打ち上げ花火にされた借り、返したいんでしょ?」


『うん…行ってくる』


「ええ、準備はバチバチに決まってる。行ってらっしゃい」



ほんの一瞬の会話ののち

金色の狼の姿は消えた


正確にはミザリーの中に入っていったのだ

ミザリーの心臓に当たる部分、核に、あるべき場所に


ミザリーは目を閉じ意識を自身の内に向ける


〈パチ…パチ…バチィッ〉


すると、そのまま自由落下を始めるミザリーの周囲に細やかな静電気が爆ぜ出す


それは落雷のようにミザリーの身体を蝕むものではない


優しく、穏やかに染み渡るようにミザリーの身体を

まるで人で言う血液のようにゆっくりと行き渡ると


褪せていた髪の色が

徐々に、徐々に鮮やかさを取り戻していき


瞬く間にミザリー本来の美しい金色の髪へと染まった


スっと開いたその瞳もまた

本来の宝石のような翠色を取り戻していた


いまだ上空100mほどにいるミザリーの瞳の色こそは見えなくとも


金色の髪の揺らぎは地上からでも良く見えた


ベイカーは拳を突き上げ、叫んだ


「ミザーッ!こっからだぞ!」



【フェンリル…枯れていたわけではなく、どこかに潜んでいたか…だからと言って私に適うとでも…っ】


ナベリウスは未だ20mほどの高さを浮かんでおり


気付けばその視線のほんの少し上までミザリーは落ちて来ていた


ミザリーは頭を下に落下し続けつつも、その視線がナベリウスの視線と水平にぶつかる瞬間


手を伸ばし人差し指をナベリウスに突きつけ、こう言った



『やっと喧嘩ができそうね』



〈キィンッ〉


と指を弾いた小気味よい金属音が皆の耳に響く


それが合図だと知っているのはミザリーとベイカーのみ


なんの合図かと言えば


〈バチィッッ〉


静電気が爆ぜる

そしてミザリーがくるりと身を翻し着地をすると、同時にミザリーの三つ編みから更に一回り以上大きな光る三つ編みが顕現した


これはミザリーが、フェンリルの魔力を十二分に使役するための姿。光る三つ編み以外に大きく外見に変化こそないが悪魔化と似たようなものである


つまり、ここからが本気ということだ


その本気

フェンリル化によって得られる力は


〈バチッ〉


爆ぜた静電気さえ置き去りにするほどの「超速移動」


ナベリウスがこれまで見てきたミザリーのスピードから言えば、比べようもない速度に完全に反射も反応も追いつけない


背後にいると認識し、振り返ろうとしている間にミザリーはナベリウスの頭部へと回し蹴りを叩き込んだ


【なっ…!!】


〈ズシャァ〉と

蹴りの勢いに押され体勢こそ崩しはしたものの倒れまいと堪え、結晶での攻撃を仕掛けようと構える


しかし


【消えた…?そんなはずは】


一瞬の間に見失ったかと、周囲を見回すナベリウスが異変に気づく


降り続く雨が、自然の摂理によって上から下へと降り注ぐはずの雨が時折横方向へと弾けている


何かが目にも映らぬ速度で駆け回っている

その何かは勿論正体を察するに容易い


〈ブオッ!!〉


炎が立ち昇る音、ナベリウスが背後に急襲する存在に気付き手を翳すと


赤い結晶が盾を成し、その急襲を防ぐ


ことが出来なかった


超高速のスピードを乗せたスカーレッドの一撃


辛うじて反応が間に合えどその威力を押し殺すことがかなわなかった


〈ジャッ!!!〉


と浅くはあるものの、ミザリーの一撃は盾を裂きナベリウスの身体へと剣を届かせた


【なぜ!…なぜ急にこんな力をっ!】


遂にキズを付けられた動揺か

ナベリウスは空に逃れる


ビュッと振るったスカーレッドは未だに赤い炎の揺らぎを纏い続けている


『ご丁寧に説明してやる必要はないんだけど、この子も…アンタにムカついてるらしいわっ』


すっと突き出したスカーレッドの炎が鮮やかに燃え上がる


「すごい…スカーレッドの炎が今までより断然強い」


ベイカーが調子の良さそうなミザリーに微かの安堵を見せる


「何度も…僕やガゼルリアを救おうとしてくれたことをこの子達も見てた。優しい人にこの子達なりの…恩返しかな」


ガゼルリアに肩を貸し、クロジアがベイカーの傍にやってきた


そもそもミザリーのスカーレッドはアニマの、クロジアの力の片鱗


つまりがアニマとなったガゼルリアの双子の魔力の形だ


それが姉ガゼルリアや家族同然であるクロジアを傷付けた、そして自身らを贄としたハンブルク・ドライセンと対峙するミザリーに力を貸すのは至極当然の事だった


言わば使い手として、同調をしたということ


フェンリルの魔力を取り戻し、魔器であるスカーレッドが同調してくれたミザリーにもはや結晶の盾では足りない


ナベリウスはそう理解した


【それで私と並んだつもりだと言うなら!貴様はいまだ愚かな存在だ!】


漂う赤い結晶がナベリウスの傍らに急速に集まり始めると、それはすぐにナベリウス同然の分身を形成した


【しかし今のその魔力なら私が取り込むに相応しいのも確かだ、新たな贄となり私と同化するがいい】


ナベリウスと分身が手を軽く振ると、結晶が剣を形取る


【如何に早かろうが数の不利を覆せるわけではあるまいっ!】


ナベリウス本体がミザリーへと迫り、タイミングをずらし分身が別の角度から急襲する


『アンタにやるようなもんはなんもないわよ!』



〈ガギィッ!!〉


鈍い激突音を鳴らしナベリウス本体の剣撃を剣で防ぐと、鍔迫り合いのように力を押し込み合う


力では決してひけをとっていない

だが、ミザリーの背後には分身がすでに剣を振りかぶっている


【再び風穴を空けるがいいっ!】


『…できるもんならね?』


〈グワシャッ!!〉


ミザリーへと飛び込んでいったはずの分身がなにかに叩きつけられるようにナベリウスの視界から消えた


【なに!?】


視界の隅に見えたのは


ミザリーの背後で漂っていた光る三つ編みが毛先に当たる部分を手の形に変え、それをもって分身を迎撃するように叩き伏せ、地面に抑え込んだ所だった


これもフェンリル化によってもたらされるミザリーの武器と言える


光る三つ編みはミザリーの意思と、無意識の反射を持って動く


意思を持って動かす場合

第三の腕という感覚で近距離、中距離戦闘を補助する役割


それとは違う無意識の反射での行動は

防御面でミザリーへと迫る敵性のものを迎撃するというもの


これは便宜上無意識としたが、あくまでミザリーの意識外というだけで


直感や反射、及びミザリーの中にあるアリスの母たる意思によるものでもある


そしてこの第三の腕として振るわれる光る三つ編みの膂力は桁外れのパワーを誇る


〈ガシャァ…〉


光る三つ編みの手に抑え込まれた分身が、押さえ付けられたパワーに耐えきれずその身にヒビを入れ始める


『お返しするわ!』


ミザリーが剣に力を込め炎を巻き上げると、ナベリウスは炎を避けようと背後に飛ぶ


だがミザリーはそれを見越していた

三つ編みで抑え込んでいた分身をそのまま掴み上げるとそれを本体へと放り投げる


【それで我がダメージを受けるとでも思ったか!】


激突寸前で分身は細やかな結晶に姿を変え、ナベリウスの身体に吸い込まれていく


自由自在に結晶を操り、分身にも武器にも姿を変える

変幻自在な魔力を振るうナベリウスに対抗は充分にできていてもなかなか有効打が当てられない


【躱すものさえ躱せば恐れるものもあるまい!】


細やかな鱗粉のように結晶を身体から溢れさせるとそれを周囲に充満させていく



「なんだ…これは?なにをしようとしている…もう少し引こうガゼル」


離れていたクロジアがその鱗粉の結晶に警戒し、ガゼルリアに後退を促す


「さっきよりも粒子が細かい…多分これはミザのスピードに反応するためのものだ」


ベイカーの推測は正しかった


ミザリーの速度が目に止まらなくとも、雨を弾いて移動していることにヒントを見てとり


結晶をチャフのように散布したのだ


どれだけ早くともその道筋さえ目視出来れば最終的な着地点、つまり攻撃箇所を推測することは容易い


雨でなく、自身の魔力の結晶を使うことでその感度を高めている


【攻撃箇所さえ読めればなんてことはない…そうだろう?】


『えらく得意げね…試してみる?』


〈バチッ〉


電気の爆ぜる音を置き去りに、再びミザリーの姿が消える


が結晶のチャフが、その所在を逐一ナベリウスへと感知という形で伝達しているため


ナベリウスの視線はめまぐるしくも迷いなく動いている


同時に、その手に今までより禍々しい剣を形成した


「結晶でミザの攻撃ルートを読んで…カウンター決める気か…どうする?ミザ…」



〈バチッバチ…〉


苛烈な電気が爆ぜる音が様々な角度から聞こえ


やがて、その音が聞こえなくなった


【来るか…!】


〈バリッ!!〉


とナベリウスの眼前に姿を現したミザリー


その位置はまだ攻撃射程圏外である



【覚悟を決めたか!…?!】


と言葉を発した直後にナベリウスがあることに気づく



こちらに向かってくるミザリーが既に腕を振りかぶるようなモーションを取っている


しかし、まだ攻撃が届くような距離ではないはず


浮かんだ疑問を遮ったのは更なる視覚情報


ミザリーの光る三つ編みがミザリーの真後ろへと向かって一直線に伸びている


即座に結晶の感覚を辿り感知した限り、それは50m以上も伸びており


その最後尾の光る三つ編みの手には

剣が、スカーレッドが切っ先をこちらに向け握られている


【なっ…】


『人の命を!人の未来を…愛を弄んだアンタをっ!私達は許さない!!』



その言葉にガゼルリアの肩を抱き支えるクロジアの瞳が揺れ、ガゼルリアも瞳から一粒雨に隠すように涙を落とし


人の命の尊さを抱き、人の愛のために怒るその姿が2人には


「…美しいわね、あの子は…」


ガゼルリアが揺らいだ瞳で

ミザリーを見つめ声を零した


16年前からガゼルリアも、クロジアも茨の道を歩んだ


極秘事項であった儀式の詳細を知るべく、護国の膝元である孤児院から内に入り込み軍事を学び1人調査を進めた


その中で人の醜さをどれだけ目の当たりにしてきただろうか

平然と国の為だとのたまい裏で悪事を働くものなどまさしく掃いて捨てるほどいた


そんな人間ばかり見てきた


だが今目の前にいるのは

自身よりも一回りも若い少女が泥を被り、雨にその身をどれだけ濡らそうと悪意に折れぬようにと輝きを放つミザリーの姿


「勝って…」


それは純な願い


自身の過去にまつわる因縁


悪意や穢れた欲望に塗れた根源の存在に

清廉な人の願いや思いがもう二度と飲み込まれないようにと


ガゼルリアは手を合わせ祈った



『行け!!』



ミザリーが腕をナベリウスへと向け振るった


瞬間、ナベリウスは強烈な予感に襲われ

ルースルー中に散らばらせていた結晶を全て集めミザリーとの間に壁として、盾として自己防衛の為に形成した



〈ピシャァッッンッッ!!〉


落雷のような、それでいて雷鳴よりも鋭い音が鳴り響く


ミザリーの振るわれた腕を合図に


伸び切り軋む光る三つ編みが遥か後方で剣を、スカーレッドを握るその手を引き寄せた


フェンリルの魔力によって増幅させられた電力


電力を十二分に帯びる三つ編みを道標にするようにスカーレッドは一直線に走った


ナベリウスへと向かって


高速という言葉ではまるで足りないその速度で


同時に魔力の炎を纏ったスカーレッドはまるで薔薇のように


盾となった結晶に突き立った


ほんの刹那にも満たぬ時間



〈ガシャァッッッッン!!!!〉



ナベリウスの眼前に配備された壁は、盾は

その全てに風穴を開けた


その先に居たナベリウスの頭をもろともに



〈バチィッッ〉


とナベリウスの頭を貫きながらも未だ走ろうとするスカーレッドを三つ編みを操り手元に引き戻すミザリー



『…舐めんじゃないわよ…』


戻ってきたスカーレッドを掴み損ねる

どうやら右腕に、いや全身に多大な負荷がかかった影響が出ているらしい


それでも


「やった!倒した…んだよな?ミザ?」


『頭なくして生きれる生き物がいないならね』


ミザリーの軽口にベイカーは少し安堵の表情を浮かべる


ガゼルリアも、クロジアも不意に目を合わせると小さく頷きあった



しかし、様子がおかしい


ミザリーも、ベイカーもそれに気づくと

ナベリウスを注視した


間違いなく頭に命中している


だが首から上を無くしたナベリウスの身体はそのままに力なく立っていた


「悪魔って…死んだら粉々になるはずじゃ…」


ベイカーの言うように

悪魔は本来、核を失う。つまり死ぬとその形を保てなくなり魔力を硝子のように散らし消える


そのばずだ


『…ビー、下がって…っ!』



不意に残された身体がピクリと動いた


そして次第にゆっくりとゆっくりと揺れるように身動ぎを始めた


【ナゼ…悪魔の力…ヲ持つ私が…私を超えるチカラヲナゼ貴様が持ってイル…?】



『顔がないのに喋るなんて器用ね…でももう幕引きってやつよ』


ミザリーが懐から大型拳銃マリーゴールドを取り出す


今のナベリウス相手ならばマリーゴールドの弾丸でも破壊することが可能そうだと見て取った


しかし


〈ぶらん〉


とマリーゴールドを握ったミザリーの右腕が振り子のように力なく揺れた


〈バチッ〉


と両肩の付け根から電気が爆ぜる

左肩も左腕も感覚が遠い


『(負荷かけ過ぎた…マリー撃つぐらいならできると思ったけど…)』


実の所、ミザリーは先程の戦闘における

超高速戦闘で自身に耐え切れる負荷を超えて走り続けていた


それでなければナベリウスの結晶を躱し切れないという判断であったが


フェンリル化の時点で、アリスにより幾らかの修復はされたとはいえ万全には程遠いコンディションであった


その状態で戦ったツケがここに来て回ってきたのだ



【ァァ…そうか、貴様ハ魔女ノ檻を倒してイル。ツマリその身には多くの魔力が残ってイル…欲しい…私はソレが…欲しいッッ!!】


錆び付いたような動き

不気味な挙動でミザリーへとナベリウスが歩き始める


一歩踏み出す度にその身の結晶が零れ

形を保つことが精一杯の様子ではあるが


ミザリーは気づいていた

自身がもう動けないことに


ウルベイル鋼以外の部品が既に金属疲労や熱疲労で用を成していない


立っていられるだけで動くことさえ



『っつ!』



その時、ミザリーがバランスを崩した

しかしそれを正すことさえ今のミザリーには叶わない


倒れればナベリウスから逃れる術がない



一人ならば



〈ドッ〉



と地面に倒れ込んだ割には軽い感覚をミザリーは感じた


馴染んだ空気感

常にミザリーを支えた存在を


『ビー….』


倒れかけたミザリーに背中合わせでその身体支えたのはベイカーだった


ナベリウスが迫っていようが、なんの迷いもなくベイカーは幼馴染の傍に駆けつけた



「もう泥浴びんのも飽きただろ?」


ベイカーは背中合わせのまま

左手でミザリーのマリーゴールドを握ったままの右手を握る


そして、それを持ち上げ銃口をナベリウスへと向けた


【フェンリルヲ…魔女ヲ!!全て取り込み我が…全て選ぶッッ】



「ふざけんな…未来を選ぶのは、奪って、踏みにじって、嘲笑ってきたお前の権利じゃない!汚れても傷ついても、失っても!それでも前に進もうとしてる人たちの権利だ!」



引鉄にかけた指は、動く


雨にひた濡れていても、自身が機械の体でも背中からは温もりが伝わってくる気がした


思い返せばいつもそうだった


子供の頃からだ

じゃじゃ馬だった自分に付き合わせ、多くの冒険に連れ出したし


幼い頃から、無茶をしてきた

それに付き合わせてベイカーにも無茶をさせた


機械の身体になったミザリーを

悪魔の魂で動くミザリーをずっと「人」だと言って助けてくれ、やはり無茶をさせた


傷付き、大ケガを負っても男の勲章だと言って笑っていた


案じてくれた、どれだけ強いと知っていても

ミザリーが戦うときは「気をつけろよ」の言葉を欠かすことはなかった


傷付いたときは心配そうな顔ですぐに駆けつけてくれた


機械の身体の調整に一生懸命、機械に無頓着なミザリーが見ても分かるほど真面目に取り組んでくれた


迷う場面でも、自分の選択に自信が持てなかったときは背中を押してくれた

意見をぶつけ合うこともあった


それでもミザリーを否定したことはただの一度もなかった


人が人らしく生きるために、懸命にもがくその様はずっと勇気をくれていた


〈ふっ〉とミザリーはこんな時だというのに少し可笑しくなって微笑んだ


身体はまたボロボロだ

目の前の悪魔が、ミザリーらを殺そうとしているのに


ベイカーが傍にいると安心してしまう



『…ああ、やっぱりね…』


「ラスト一発!かましてやろうぜ、ミザ!!」


ミザリーは指先に力を込めた



『…好きよベイカー、きっとね』



「ああ!…え、なんて?」




〈ドゥオンッ!!〉



振り向きかけたベイカーのすぐ近くでマリーゴールドの独特な発砲音が轟いた



込められるものを全て込めたその一発はナベリウスの身体の中心に着弾し爆発した



〈パリィンッッ!!〉



赤いステンドグラスが細やかな破片を撒き散らしながら割れる


そして宙を舞った破片は風に流されながら灰のように消えていく


ナベリウスの身体を形成していた結晶も、ルースルーに漂っていた破片も


その全てが僅かな時間で全て、夢のように消えていった



「終わったの…クロ…?」


「…ああ、なんだか僕達…悪い夢でも見ていた気分だね…でも…」


ガゼルリアの肩を抱くクロジアの手に力が込められる


もう手放さないように


「ええ…悪夢は醒めたみたい」



そんな清々しい2人をよそに


ベイカーは耳を抑えうずくまっていた


『なーにやってんのよ、あんた』


そんなベイカーの後ろ姿をミザリーはスカーレッドで身体を支えながら呆れ顔で眺めていた


「あんな耳元でドカァンやられたら、耳も痛くなるだろ…記憶飛んじゃったよ」


少しバツが悪そうにミザリーが空に視線を泳がせていると


〈パリッ〉



ふと小さく静電気が爆ぜる音が聞こえた


『ん?』


ミザリーがチラとベイカーを見ると丁度ベイカーもミザリーを振り返っていた所だった


そして、そのタイミングで雲の隙間から明かりが差し始めた


気づけば雨も止んでいた


夜の終わりを告げるように


戦いの終わりを祝福するように


広場を照らし始めた朝陽が皆を包み出した時、ミザリーはベイカーの異変に気付いた



『ビー…なにそれ?』


「へ?…なにが?」


自分をまじまじと見つめ出したミザリーを不思議そうに見つめ返すベイカー


その様子にガゼルリアとクロジアも気づくと

2人は小さく笑いながらミザリーらに歩みはじめた


「顔になんかついてる?」


『別に?いいんでない?』


「なにがいいでないなんだよ?あっ、クロジアさん!僕顔になんかついてます?」


2人に気付いたベイカーも駆け寄ると朝陽に照らされ


ベイカーの前髪の一部がキラリと


金色に輝いた

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