比翼の鳥~後編~
# misery,s side
〈ザーッ〉
降り続く雨は衰えを見せず
あれから変わらず一定の雨量を地に落とし続けていた
ルースルーの広場 上空
赤い天使が踊るように漂っている
赤いベールを、赤い羽をふわふわと揺らし遊ぶように
ガゼルリアを取り込み身体を奪ったナベリウス
取り込む前は中性的な出で立ちの踊り子のようだったが
女性であるガゼルリアを取り込んだことでその身体は女性的なシルエットの天使のような姿へと変貌した
顔を地に、広場の脇にある小さな家屋
それが砕けてできた瓦礫へと向けている
と
〈ゴシャァッ!〉
と、その瓦礫の下から何かが飛び出してきた
『ぁあ!やんなるわねっ』
飛び出してきたのはミザリーだ
そのまま瓦礫の上に着地するやいなや
大型拳銃 マリーゴールドをナベリウスに向け
〈ドゥオンッ!!〉
放つ
だが
マリーゴールドの銃身から放たれた銃弾は
僅か数十センチを走った後ピタリと止まった
『…また!』
かろうじて目視できる程度の極小の結晶が銃弾の周りで輝いている
また、と言ったように先程から再三のミザリーの攻撃はこの結晶により妨害され続けているのだ
ガゼルリアを取り込む前からすると
発生もその拘束力も桁違いの結晶がミザリーの動き、攻撃を殺し続けている
『ペカペカとうっとおしいわ…ねっ!?』
と文句たらたらのミザリーが突如吹き飛び
瓦礫となった家屋の横の家へと突っ込む
細やかな結晶といえどミザリーを投げ飛ばすことを可能とする拘束力と、気づけば周囲を取り囲まれている機動力
恐らくこれがナベリウスの魔力
【意味の無いことをすることが人間なのかしら?ああ、そもそも貴方は人じゃないのよね】
取り込んだガゼルリアの影響なのか
言葉遣いも、声色も凛とした女性のものに変わっている
〈ガラガラッ…〉
身体が鋼、それも地上最硬のウルベイル鋼で造られているミザリーの重量は100を越える
それが吹き飛ばされれば大砲さながらの勢いで家屋を壊すことなど容易い
『は…人じゃないならなんだって…?』
ガシャリと、もう何度目になるのか
自身に降り注いだ瓦礫を押しのけナベリウスを睨む
【我ら悪魔と同族ということ…弱い人間の姿など捨てて私にくだるのが賢い選択だと思わない?】
『…』
ミザリーが不意に沈黙したのは、その意見に賛同し得ると思ったからではない
ミザリーの周囲360度全て
狙いすますように赤い粒子がきらきらと光っているのを見たからだ
スピードに自信があるミザリーでさえ躱すこと叶わない、逃れることのできない極小の凶弾
『(避けるも防ぐのもフェンリル化しなきゃ無理だけど…今の私にはそれが出来ない…おまけになんか身体が重くなってきたし)』
【でも一生命体として生きる理由は勝手にしたらいい、私はただそれを愚かだと言うだけ…このガゼルリアのそれも全く理解し難い】
『アンタに理解してもらおうなんて思っちゃいないと思うわよ…アタシもね』
【不思議だって思ってる、だって弟妹達は死んでるのよ?なら事実的に弟妹のためにできることなんて何も無い、つまりガゼルリアのしたことは弟妹の為でなく自分の為でしかない。喪失感を紛らすためにただ、ルースルーの民を殺しただけ…違う?】
『…私はガゼルリアの復讐の過程も、結果も肯定してるわけじゃないわ』
【なら私と同じ考えね、気が合いそうね】
スっとナベリウスが手を前に突き出すと
〈ガシャッ〉
赤い結晶がミザリーの首元に集まり手のように形成され、そのままミザリーを持ち上げた
『っっ…!』
もがき振りほどこうとしても結晶ゆえ、掴むことができないその手から逃れられず
そのままナベリウスの眼前まで浮かび上がらせられた
【うん、貴方も取り込もうかな。魔力は底を尽きかけてるけど「フェンリル」という存在そのものは取り込む価値が大いにあるからね】
『気が合うだの合わないだの…勝手に言ってんじゃないわよ、私は…ガゼルリアの復讐の過程と結果が気に入らない…でも、その理由は…その理由だけは理解できる』
疑問を表すようにナベリウスが首を傾げた
【理由?そうだね、私の魔力にガゼルリアの身体が馴染んできたから今ならもう少し思考の底を覗けるかな…】
ピタリとナベリウスが静止した
自らの内を覗く
つまりはガゼルリアの思考を読み解くためのものだ
が
ピクリ、とすると
ナベリウスが眼を開いた
『…っ!』
ミザリーが一瞬たじろいだのは
そのナベリウスの開いた瞳が、ついさっきまでとは比べようもない激情を表していたからだ
【そうか…そういうことか?くだらないことを考えたね?ガゼルリアッ!】
バッとミザリーへと突き出した手を振りかぶる
〈ドゴッ〉
勢いよく、ミザリーの身体は投げ飛ばされ
地面に叩き付けられた
『ガッ…』
【…愚かにも程がある、そうは思わない?フェンリル…】
『…はぁ…はぁ、悪いけど…アンタの頭の中は見えないの、理解求めないでもらえる?』
【ああ、そうね。…ガゼルリアは自身を取り込ませた後、私とリョフをぶつけようとしてる…愚かだわ】
『(…ってことは…ガゼルリアは、ナベリウスを放っておく気はなくて…リョフに倒させようとしてる。…自分ごと?)』
【不愉快ね、本当に不愉快。私を殺せると思っている、人ごときの思考が…余りにも愚が過ぎるとこんなにも腹ただしい】
『はっ…つまりガゼルリアの策が的外れてないから苛立ってるってことでしょ?』
【……】
『リョフなら…アンタに届くってこと』
【貴方も不愉快ね…】
ゾワと不快な気配がミザリーを襲った
ナベリウスの背後
巨大な紅い結晶のヴェールが数多輝き始めた
そして
〈ザザザザッ!!〉
それら全てがミザリーへと突撃してくる
既に結晶で空中に拘束され、身体の自由がないミザリーにそれらを避ける術はなかった
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そのほぼ同時刻
ベイカーとクロジアの駆る馬がルースルーへと辿り着いていた
雨の中、ぬかるむ足元をものともせず
その馬が健脚を奮ってくれたことを労いながら二人は馬を降りた
「静かだな…急ごう、広場のほうでミザが頑張ってくれて…」
とベイカーが広場の方へ視線を向けたそのとき
視界の中
こちらに飛んでくるものに気づく
「な、なんだっ…?」
警戒の色を浮かべたのとほぼ同時にベイカーはその正体にハッとさせられた
〈ドチャッ!〉
と目前の水たまりに落ちてきたそれにベイカーは急いで駆け寄る
「ベイカー…なにが?」
クロジアがそれを背後から覗き込みやはり驚愕した
「ミザ…ッ!」
ベイカーはそれを抱えすぐに駆け出した
歯を食いしばり見下ろしたものはミザリーの左腕だった
肩から外れているその左腕は外傷こそ目立つものはないが、肩との接続部を破壊されて吹き飛んできたのだと推測された
何度もぬかるむ地面に足を取られそうになりながらもベイカーは走った
クロジアが着いてきているか確認する時間さえ惜しいが
背後からはしっかりと足音が続いてきている
そして辿り着いた広場には
【おや?なんだ戻ってきたのか、それに…】
迎えたのはナベリウスの言葉だった
先程までと違う口調と姿に
ベイカーもナベリウスがガゼルリアを取り込んでしまったと知る
それは次いで目撃したクロジアも同じだった
「ガゼルッ!…いない…?いや、あれが、あれがそうなのか…」
グッと拳を握ったクロジアの顔が歪む
【…今になってきても遅かったね?ガゼルリアはもういない】
「…返せ」
静かな一言
だがその内に燃えるような怒りを感じる
【返すもなにもガゼルリアが望んだことだよ?人の心を尊重するのが人だってのたまうのにその意志を無視するの?】
「…っ!」
「おい!ミザをどうした!」
【うん?ああ…そんな腕を大事に抱いて…どこかに飛んでったよ、もう死に体だろうけど】
「…ベイカー、行って直してあげてくれ。ガゼルは僕が…助ける!」
クロジアの言葉から迷いはもう見えない
ベイカーは頷き、周囲を見回すと
少し離れた家屋が瓦礫を零していることに気付いた
吹き飛んだと思われる方向は分かった
「気をつけて!すぐに戻ります!」
〈バチャバチャ〉
と駆けていくベイカーの背を見て
「そうだよな…幼なじみのピンチには駆けつけなきゃ…」
グッと握った拳に力込める
【で?貴方はなに?ガゼルリアを貴方も助けにきたと?】
「僕はガゼルの幼なじみさ…悪いけどガゼルを返して貰えるか?彼女に…お前みたいなやつの中は似合わない」
【ガゼルリアが望んだことだと、理解してないの?それとも理解したくないの?】
「違う…僕は理解している。彼女の芯にある優しさを、だからそんなガゼルをこれ以上…穢させない」
【理解しがたい…でもそんな愚かな思考も糧にしてあげる】
〈シャラ…〉
細やかな結晶がナベリウスから鱗粉のように溢れ始める
「…っ!」
その結晶の嫌な気配をクロジアは鋭敏に感じた
【さぁ、貴方の力も見せて?】
〈ガチ…ガチッ〉
結晶が集まり、無数の十字架のような剣を形成しだすと
それらが一斉にクロジアへと降りかかった
【…?】
ナベリウスが疑問符を浮かべたのはそれに対するクロジアの対応だった
〈ドシャッ…ドシュッ〉
と結晶の剣は地面に降り注いだ数だけ突き刺さった
その落ちてくる剣をクロジアは避けたのだ
、とは言え百ほどの剣の雨は躱しきるに至らず
そのうちの数本はクロジアの身体を掠め、更に何本かはクロジアの身体に傷を負わせた
「…はぁ…はぁ…」
【なぜその姿のままなのかしら?】
「…っ…」
なにか躊躇うような、そんな素振りを見せつつもクロジアはナベリウスから目を背けたりはしない
【何を考えてるかは知らないけど…】
理解し難いということがナベリウスにとって苛立ちを感じるのか
再び結晶が周囲で輝き始める
【理解し難いものには死という蓋をすればよいだけよね】
「(考えろ…ガゼルを奴から引き離さなければガゼルの身にも危険が及ぶかもしれない、悪魔化も今の僕に何分できるか分からない今、無駄に魔力を消費することは避けたい)」
結晶がヴェールのようにまとまり、クロジアを絡めとろうと迫る
「っ!」
先程の剣のように一度躱せば終わりではない
身を翻し避けてはみてもそのヴェールは動きを止めない
挙句、足元はぬかるみクロジアの動きには多大な影響が及ぶ
躱し続けることは困難
「くっ…ならっ…!」
クロジアの手から炎が溢れ
そして瞬時にその炎は剣へと姿を変えた
2mにもなる大剣
それを振り向きざま横殴りにヴェールを弾き飛ばす
【姿を変えなくとも力の片鱗は使えるってことね…】
クロジアの剣に弾かれたヴェールには火が移って燃え続けている
「(剣を使うだけなら魔力は抑えられる…)」
【妙な炎ね…フェンリルがさっき似た剣を使ってたけど、あなたの差し金かしら?】
「…あの子ならこんな呪われた力も…優しいことに使ってくれると、勝手に思っただけさ」
【どちみち、それでどうにかなるものではなかったみたいだけど?】
「(…僕の炎は魔力を焼く、消失させるもの。だが炎という性質場、対象を燃焼させる必要がある…あの速度で結晶を操れるナベリウス相手には現実的じゃない。本体に直に炎を叩き込められれば…ナベリウスだけを焼きガゼルを救えるか?…いや、だめだ…)」
【解っているよ?その炎で私を焼けば中のガゼルリアを解放させることができると考えているでしょう?でもその炎…魔力だけを焼く訳じゃない。違う?】
「(…読まれているか)」
クロジアの案に対する懸念
というよりも致命的な部分
クロジア、アニマの炎は極端に言えば人間界の炎と本質は変わらない
といってもその温度は人間界のそれとはくらべるもない熱を放つもの
その付加的な性質が炎が接敵した魔力を焼き消失させる力
つまり、ナベリウスの魔力だけを焼くということはできず中に取り込まれているガゼルリアにも被害が及ぶ
取り込まれる、ということが肉体を維持していてナベリウスの魔力がそれを覆っているのか
ガゼルリア自身が魔力になっているかは分からないがどちらにしろ只では済まない
【術は無い、貴方もそれを理解するべきよ。】
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同刻
ベイカーがミザリーを発見していた
崩れた家屋の瓦礫の上で
右手で左肩を押さえ、顔を歪めているミザリーへと駆け寄った
「ミザ!大丈夫かっ!」
『…ビー?』
機械の身体であるミザリーには痛覚というものはない
だがミザリーは生前の経験則と視覚的なイメージでそれらを補ってしまう
痛みの記憶を左腕を欠損する視覚的情報で呼び起こすのだ
もちろん生身の頃のミザリーは腕を失ったことなどない
故に呼び起こされる痛みの記憶は生身の頃の最大の痛み
悪魔に胸を貫かれたかつての記憶であった
機械の身体でありつつも人であろうとするミザリーの心がそうさせると、ベイカーは解っていた
「大丈夫、腕は拾ってきた。すぐに直すからちょっと辛抱しててくれ」
『…それより…あんた一人なの?』
「大丈夫、クロジアさんも来てる。今ナベリウスの…ガゼルリアさんの所にいるよ、きっと分かり合える」
ベイカーは鞄から工具や部品を取り出し、ミザリーの腕の修復を始める
地上最硬金属ウルベイル鋼で大まかな部分は作られていたため、肩との接続部のケーブルや部品を破壊されてはいるがそこさえ交換、補修できれば問題は無さそうだった
もう深夜を過ぎ、雨天なこともあり視界は悪いが火急であり焦りがあってもおかしくはない
それでもベイカーはその作業を誤ることなどない
集中力は師であるアリスからも一目置かれていたほどのものだ
それでもやはり、ベイカーが最も集中力を発揮するのはここぞというとき
「(ミザを…直す!)」
幼なじみの為であるというのは本人ですら理解していない
『…ん?』
少しずつ修復が進んでいき、離れていた左腕を肩に接続されたときミザリーは何かに気付いた
「まだだよ?ケーブルの配線をして稼働テストもしなきゃだからもうちょい我慢だ」
恐らく肩が接続されたことにより視覚的に痛みが和らいだのだとベイカーは思った
『痛みもそうだけど…なんか身体が軽くなった…?気がした』
「まだ落雷の電力が残ってるなら良いことだけどさ…急に軽くなるって、落雷が馴染んだりすんのかな?」
そしてものの数分後、雨音に紛れていた金属音が止む
「どう?」
『…うん、動く。助かったわ』
「…でも急仕事だ。動かせるようになっただけで万全ではないって覚えててくれよ」
二度、三度、左腕の調子を確かめるとミザリーは一つ息をついた
『…音が』
ミザリーが広場のほうを向いた
物音がいくつか雨を縫うように耳に届く
ナベリウスとクロジアが戦っている
否、クロジアが頑張ってガゼルリアを救おうとしている
『…私も行かなきゃ』
と立ち上がろうとしたミザリーの手をベイカーが包むように握った
『ビー?』
「ミザ…いつもこんなこと言うしかできないけど気をつけてくれよ。危険だって分かっててもミザに頼むしかできない…頑張ってくれ…あの二人をっ…」
ミザリーは鋼の手にベイカーの熱が伝わってくるのを感じた
俯いているベイカーが自身の無力を嘆いて悔やんで泣いていると解っている
「僕が強けりゃ…ミザにこんな無茶な…」
ミザリーは空いている手を掲げると
ベイカーの頭を指で弾いた
〈ゴツン〉
と指でミザリーとしては軽く弾いただけだが、それでも鋼の指だ
それなりに痛そうな音が鈍く響いた
「いったっ!…な、なに?」
驚いたベイカーはじわじわ痛む頭を両手で労る
『バカなこと言ってる暇ないっつってんの、行くわよ』
ミザリーがさっと立ち上がった
『十分力は貰った…走るわよ!ビー!』
「お、おう!」
〈バチャッ〉
水溜まりを蹴りあげ、雨にぶつかりながらも幼なじみ達は走り出した
揃って走る姿は泥や雨に汚れながらも、懸命に
お互いに足りない翼を補い合い飛ぶ鳥のようだった




