リーダ・バーンスタイン
# Lida side
少し、眠っていた
ルグリッド公国 王都ソーデラル
その王城へと戻り付き、ルベリオやイグダーツへの報告を終え
リョフが現れるまでの間、休息の為の食事を済ませ仮眠を取っていた
2時間ほどで目を覚まし身体を起こした
窓から外を見下ろすと、もう王城から目が届く範囲の民は避難を済ませているのか
目に映る人影は数人の兵士のみだった
これほどの静寂を王都で感じることは稀有であり、どこか夢のようにさえ感じる
思いのほか眠りすぎたが、まだ事は起こっていない
安堵の息を零していると、扉の外でルベリオの声が聞こえてきた
どうやらイグダーツと会話しているようだ
リーダは、傍らの剣を持つと腰に差し
扉を開け廊下へと歩き出た
「あ、目が覚めましたか。」
すぐにルベリオが気づき声を掛けつつ、近寄ってくる
「ええ、避難は順調のようですね」
その問に答えたのはイグダーツ
「つつがなく。殿下直々に街に下り協力をあおいだことが大きいでしょう」
「そうでしたか。ご尽力恐れ入ります、では殿下と大臣も避難を…そろそろ現れてもおかしくありません」
思いのほか時間が貰えたことが幸いしてはいるが、悠長に構えては居られない
王であるルベリオと大臣イグダーツの両名がいまだ避難を終えていないことが危険極まりない事は確かだ
「…わかりました。僕とイグダーツはロワールと共に四区に避難しています」
「王都からお出になった方が!」
リーダが慌てて忠言するがイグダーツが首を横に振った
「あなたが寝ている間に私も、何度もそうしてはと進言しましたが…先代同様なかなか頑固でしてね」
困ったようで、友である先代を思って嬉しそうでもある、そんな複雑な表情筋のイグダーツを見て
リーダもすぐにそうであろうと悟った
「きっと…あなたにとってはそれがあるべき姿なのですね。」
「はい、2人とも理解が早くて助かります!」
「くれぐれもお気をつけて、国は民と言っても…民には貴方が必要なのですから」
「もちろん命を投げ出すつもりはありません。リーダだって、そのつもりでしょう?」
無垢な笑顔で問われると、リーダは顔を伏せ
剣を握る手に視線を落とした
「私は剣です。贖うために、償うために振るわれる存在…命を惜しむなどあってはいけない身です。ですが…」
〈ギィァーーーッツ!〉
〈ヴォオンッ!!〉
言葉を阻んだのはロワールの鳴き声
そしてそれに続く地鳴りのような、なにかの唸り声のような異様な音
「うわ…これは!?ロワール!?」
「…どうやら来たようです。」
リーダは足早に廊下を進み、黙々と階段を降り王城の入口へと進む
それを小走りでルベリオとイグダーツが追う
程なく王城の開け放たれた正門をくぐると
王門前の切り開かれた広場に立った
〈キィーッ〉
黒い鷲が一声鳴くとルベリオへと目掛けて滑空し、その肩に着地する
「ロワール、敵ですか?」
〈キィッ〉
〈ヴォオオオォンッ〉
再び巨大な地響きのような音が鳴る
そして広場の入口に不意に赤い紋章のような陣が現れ
黒いもやがその紋章の中心から広がると
〈ブワッッ!!〉
一瞬巨大な何かが口を開けたような光景が目に映る
それと同時に
3人を苛烈なプレッシャーが襲った
周囲の空気が剃刀のように肌に触れるような、荒いヤスリのように精神を削らんとするかのような
平凡な日々を謳歌するのならば生涯感じることはない
これを感じたならばそこで生涯が終える
生物として圧倒的なものがそこにいるという証明
〈ザッ〉
足音が聞こえてきた
〈ザッ〉
一歩ずつこちらへ近づいてくる度に
呼吸が無意識なものでなくなり、脳内から呼吸の仕方が消える
息苦しい
やがてもやの中から現れた
黒い東洋の甲冑のような外殻を纏う魔人
身の丈2mほどでありながらその威圧感は巨大な壁のようでさえある
これが
「リョフ…」
剣を握る手に力を込めるリーダ
即座に
「殿下!お引きください!」
リーダの声でハッとルベリオとイグダーツが我に返る
意識を完全にリョフに持っていかれていたのをかろうじて引き戻された
〈ギィァッ!!〉
ロワールが瞬時に巨大な姿へと変貌すると、ルベリオ達を背に促す
イグダーツが乗り、次いでルベリオも乗り込むとリョフから目を離さないリーダの背中に向けてこう言った
「リーダ・バーンスタイン!後で…皆揃って!待ってます!」
〈バサッ!!〉
ロワールが翼を羽ばたかせ一気に上空まで飛躍する
リーダも、リョフも、特にそれを目で追うことはしなかった
それでもリーダは静かに
「了解しました、殿下。」
と口にした
幾度かの羽ばたきの音が聞こえ、ロワールの背に乗りルベリオ達が離れていくと
一瞬その広場には不思議な沈黙が漂う
しばし牽制し合うようにお互いを見つめあう二人
【…一人で良いのか?】
堂々とした佇まい、先に声を発したのはリョフだった
その問は、先日のマモンの腹の中での戦闘の際
ミザリーとリーダの二人がかりでも軽くいなされていた事を踏まえての
一人で良いのか?ということ
「ええ、貴方は私が…討つ、ということよ」
【…ほう、無謀とは笑うまい。だがそれが可能だとは言ってやれぬな】
静かな物言いとは裏腹に
臨戦態勢に入った事を表すような闘気がリーダの肌を叩き始める
「身の程はわかっているつもりよ。…でも引く気はない」
【あいわかった、それが覚悟か…ならば問答などはもう…】
〈ブワッッ!〉
突如突風が吹いた
のではない、10m以上離れていたリョフがリーダの目前にいた
【いらぬな】
聞こえてくる言葉が早いか、リョフは携えていた太刀を鞘から抜かずに横殴りに振るった
〈ガギィィッ!!〉
硬い金属同士が激しくぶつかる音
リーダも即座に反応し、それを下から打ち上げるように弾いた
だが
【ヌンっ!!】
弾かれた太刀を力で抑え込むとそのまま振り下ろす
〈ズシャァッ!〉
割ったのは地面だ
間一髪で後ろ飛びで躱したリーダ
「(視界が…)」
その衝撃で叩き割った地面から砂ぼこりが舞い上がると、視界が一瞬曇った
〈バッ!〉
その一瞬を狙うように砂ぼこりの中から太刀を突き出してくる
まだ着地しきっていない不安定な状態に怒涛の打突
「く…!」
瞬時に身をよじる
〈ヂッ!〉
微かに上着を掠っただけで突きは回避できた
突きだけで終わればの話だ
〈ビュッ!!〉
そのまま更に横殴りされれば、さすがに回避は及ばない
〈ギィィンッ〉
〈ドシャッ…ジャッ〉
吹き飛ばされはしたもののダメージは軽微だ
鳴った金属音は辛うじての剣でのガードが間に合ったことを意味した
それでもこの連撃、突き出しからの横殴りなど並ならば有効打になり得るようなものではない
しかし、リョフの膂力があればそんなのは常識という狭い括りの中の話でしかない
リーダは一瞬の立ち会いでリョフの力を再確認した
同時に自らの実力との差も
「はぁ……ふぅ。ねぇ?一ついいかしら?」
【なんだ?】
「それだけの力を持ちながらガゼルリアに従うのは…なぜ?」
鞘に納めたままの太刀を肩に担ぐとリョフは答えた
【従っている…というのは違うな。今の我でもあの人間を屠るのは容易い…だがあのマモンという悪魔の腹から出るのはその黒箱を握る奴にしか叶わん。】
「閉じ込められていた…ということ?」
【正確には奴に、ではないがな。さぁ…次だ】
肩から太刀を下ろすとその柄を両手で握る
露骨な予備動作、リーダも神経を集中させ
迎撃の隙を見逃さないように睨んだ
〈ブオッ〉
とまたも風が吹く
おそらく重量もかなりあるリョフの体躯が
あまりに早い速度で動く為に風が起こるのだ
その風が特攻のタイミングを図らせる
肌に風を感じた瞬間に迎え撃とうとするリーダだが
風を感じた次の瞬間、既にリョフが居合のように振るった太刀が
リーダの腕に触れている感覚があった
〈ゴシャァァッ!〉
そのまま薙ぎ飛ばされたリーダは地を滑らされる
痛みが遅れてやってくると思えるほどに速い剣戟
「(かっ…!…はぁ、折れては…いない)」
〈ジャッ〉
すぐに体勢を立て直すと再びリョフを睨む
【…やはりただの人、ではないか。両断するつもりではあったのだが…思いのほか頑丈なものだ】
リーダは悪魔の力を持っている
かつて、母と慕うアリスとの気持ちの行き違いにより
ハイトエイドの支配下に置かれ、「世界を穿つ魔兵」の黒箱を埋め込まれ適応した
だが先の戦いで力を使い切り、悪魔化する力は失っている
自分の中にそれを感じられないのだ
それでも身体にはその残滓が残っているのか、防衛本能のように身体を守ったのかもしれない
「元…よ、世界を穿つ魔兵の力の欠片みたいなものかしら」
【極界か…これもまた定められたものか。人の身でありながら更なる力を求める意気は認めよう】
「…結構よ」
極界
魔界における悪魔の序列のようなもの
四十四魔と呼ばれる44の種族、その頂点に立つ種族の王がそれぞれ【極界】の名を得るという
【では…話の続きをしてやろう。我をマモンの腹の中に封じたのは「ナラ・ガーベラ」だ。】
「ナラ…?」
【知らぬか、魔女と呼ばれている悪魔。母たる魔などとも呼ばれていたか】
「魔女の檻…?いえ、封印される前の話か…」
【数百年も前になるか…我はナラとの戦いに敗れ、奴の使い魔であったマモンの腹に封じ込まれた】
「じゃぁずっとあの腹の中に…なら私たちが取り込まれたとき脱出できたのは?」
【あれは対象を1つのみしか抑え込められぬものだ。マモンは我を封じるという主命を果たすのみ、他の異物の出入りはなんとも思っておらぬ】
「(魔女が…リョフを封印した理由は…?なにかに利用するため…それとも)」
【おそらく汝の頭にあるであろう疑問、それに応えてやろう。なぜ魔女が我を殺さず封印に留めたのか、簡単だ】
一拍の間さえ、重い
対峙したプレッシャーはリョフの答えを予感させるに十分なものだった
【魔女は我を殺せるほどの力を持っていなかった。それだけだ。微かな隙をつかれ奴は我の魔力の半分を黒箱化、切り離し奪いこ取ることに成功した】
この魔人はきっと戯言や虚言を言わない
ならば、その言葉の意味は
【魔女】の力をもってしても、魔力を半分奪った【リョフ・テンマ】を殺しきれず封じこめるのが限度だった
ということ
【奴は我が目障りだったのだろう、マモンに飲み込ませ封印に従事させた。しかし…奴もそこまでだった】
「どういうこと…?」
【我との戦いで消耗していた折に現れた魔狼によって奴もまた封印されたのだ。】
「フェンリルが…魔女を封印した?そんな力が…」
【汝と共にいた者もフェンリルだったな…それが同一の存在かは断言できぬがアレは千変万化、変質・変貌の魔力を持つ悪魔の中でも異な存在。どんな進化を遂げても不思議とは思わん】
「…でもその話のどこにあなたがガゼルリアに従う理由が…?いえ…あなたの魔力は魔女により黒箱になっている…?」
【察しがよいな、そういうことだ。あの人間は我の半身とも言える魔力を持っている、黒箱でな。】
「なるほど…それでも強引に奪い取る手段に出ない理由がわからないわね」
【無論、取り返すだけならば容易い。だが我は奴が呼び出そうとしているものに興味がある】
「あなたは…ガゼルリアの目的を知っているの?」
【ああ、我が奴の口車に乗ってやっている理由もそこだが…】
再び、リョフが構えた
対峙して以降、慣れるどころか徐々に感じるプレッシャーが肥大している
まだ試されているのだ
「(これで半分の魔力を失っている?挙句まだ力を出し切っていないなんて…悪い冗談だわ…)」
〈ギシ…〉
重圧で広場の石畳が軋み鳴き続けている
向かい合うリーダの身も同様だ
【さぁ、身を焦がすほどの闘争を。】
〈ブォワンッ!!〉
太刀を振るう音が聞こえた
しかし、リョフの体勢は構えた状態から変化していない
違う
瞬きせずとも映らぬほどの速度で太刀を振り、元の構えに戻ったのだ
〈ドッ!〉
衝撃がリーダの剣にぶつかる
居合のように振った太刀が衝撃を放ったと気づくも耐えれず後ずさる
そうしている間にも
〈ブォワンッ!〉
衝撃波の追撃が続く
「くぅ!」
微かに見える衝撃を断ち切ろうと剣を振るうリーダだが、一撃を打ち消すのにも膨大な力を要し
それを何度も、何度も放つリョフに疲労は見えない
迎撃に至らずの防御も何度目かの斬撃で崩され間もなく
「ガッ…!」
被撃してしまった
そして一度衝撃波をもろに喰らえば、積み木が崩れるように容易く
リーダの身体は衝撃の的になり代わってしまう
「…ゴホッ…ァ」
〈ズシャ〉
膝を付き足元には口から零れた血が小さな血溜まりを作った
「(目が…かすむ…ダメだ…立て、次が来る)」
足に力が入らない
力の差がただただ顕著に表れた
リョフは堂々と立ちこちらを見つめている
リーダは膝をつき、握った剣を落とさないようにするのが精一杯だった
睨んでいる目に、いや睨めているのか自身でも定かではない
眼球を血が覆う感覚だけがいやに鮮明で嫌に心地が悪い
【十六の剣戟…生身でここまで耐える者がいようとはな。】
耳はまだ生きている
聞こえてきたリョフの言葉で自分が十六も被撃したのだと知った
「(道理で…身体中が軋む、大分折れたか…良くてヒビか)」
足に再び力を入れようと立ち上がろうとするが僅かにしか力が入らず
それが仇となりバランスを崩した
〈ドシャッ〉
崩したバランスを立て直す力など残っていないリーダの身体は前のめりに地に伏せた
【悪くない…剣を離さぬその覚悟。身一つではない背負う物があるか】
背負う物
「(まだ私は…罪を償えていない、ここでは…終われない)」
〈ガチ〉
と微かに力をこめられた手が剣を握り直した
【足掻く様は見せてもらった。そして覚悟も…だからこそ我はその生に太刀を突き、勝鬨とすることで武を高めよう】
一歩ずつ近づき、リーダの前に立つ
そして未だ鞘に納めたままの太刀を掲げる
【猛き魂に安らかな眠りを、その猛々しさは我の糧になろう…】
「(まだだ!まだ…動け…私はっ、私はまだ)」
血に覆われた景色が滲む
『見届けるだけよ、妹としてね』
不意にミザリーの、妹の声が頭に響いた
「(ミザリー…私の…妹…無事かしら…あの子ならきっと無事よね…?ねぇ…)」
〈カタ…〉
不意に小さく耳に入った音
ピクリとそれを聞いたリョフの手が止まる
〈カタ…カタ…〉
やはり聞こえるその音はリョフの掲げた太刀からだった
鞘に収められたままの太刀であるため
太刀と鞘に遊びがあるのか
だが今までの戦闘では聞こえてこなかった音
【なんだ…?】
不審に思ったリョフが太刀を下ろした
〈ビキィ!!〉
と突然鞘にヒビが入った
【…些末な事か】
一瞬の猶予でしかなかった
再び掲げられた太刀は
〈ドッッ!!!!〉
鞘に納められたまま
地に伏せるリーダの背を貫いた




