悲しみの伝播
# baker's side
「クロジアさんも…ガゼルリアも何処へ…?」
続けざまの予期せぬ出会い
しかし、僅かな情報ばかりを残し両者ともベイカーとリーダの前から姿を消した
それでもガゼルリアの残した
〈リョフの公国への進軍〉
その情報は2人の行動を危機的に制限させるものだった
リョフという悪魔の力を知る2人からすれば
単独とはいえ公国に未曾有の被害を齎すことは容易いだろう
そしてそれはおそらくハイトエイドによる公国への襲撃 ハーディン前王を暗殺した日よりも更なる被害
あの日王都を襲った魔物は多勢でありリョフは単独
それでも、だ
一刻も早い王都への帰還と住民の避難を求められる
王都までに足止めできればとは思えど、リョフはマモンという神出鬼没の悪魔の腹の中
ルートが読めない
せめてもの救いがガゼルリアの言い回し
〈進軍を開始した〉
ということは幾ばくかの猶予がある
既に王都内にいる訳では無いということだけだ
そして2人の脳裏に残るのは
クロジアの言葉
〈ミザリーが動けない〉
という情報
クロジアも確信的な表現ではないがそれでもミザリーの身に何か起こっていることは想像に易い
つまり現状
王都への帰還、リョフの襲撃に備え避難、ガゼルリア・クロジアの足取り
ミザリーの捜索
多くのタスクが積み重なっている
立ち止まる時間はない
「ん…なんだ?」
とベイカーが気を取られたのは、周囲がにわかに騒ぎ出したため
足音が多く聞こえ始め、何かを探しているようなやりとりが耳に入る
2人がその方向へと少し歩くと
聞こえてきた足音が何人もの兵士達のものだと分かった
慌て、何かを探している
その兵士達の中に先程書状を預けた門兵の姿を見つけた
同時、その門兵も2人に気づき駆け寄ってきた
ずっと走り回っているのか顔には汗が浮かび息は荒い
「ここにおられましたか…その、申し訳ありませんが現在国王とは謁見できる状態になくなってしまって…」
「…もしやお体が優れませんか?」
ハンブルク・ドライセンが病に伏せているという情報はあった
リーダがそう思い当たるのも当然だが
「いえ…そういうわけではないんですが、その…」
と周囲を見回し言い淀む門兵
すぐに何かを察したリーダ
「かしこまりました、では出直すと致します。お手数お掛けいたしました、国王によろしくお伝え頂ければ。では」
一度深くお辞儀をすると、リーダは宿に
繋いでいる馬の元へと足早に歩き出す
ベイカーもそれに続く
宿屋までの道のり
僅かな距離ではあったがそれでも多くの兵士の姿を見た
状況は知らずとも緊迫した様子が見れる
宿にたどり着いた2人は
馬をそれぞれ引き連れ、急ぎ門を後にした
すぐに馬に跨るとすぐに駆け出す
「何かあったのかな!」
ベイカーがリーダに問う
少し距離を走り、周囲に人影が見えなくなったことを確認するとリーダが遅れて言葉を返した
「おそらくあの兵士達が探していたのはハンブルク・ドライセンよ」
「え、国王!?行方不明ってこと?」
「兵士が王都内にあれだけいるのは緊急事態、何かを探している様子と繋ぎ合わせればその可能性はあるわ。ガゼルリアが同じタイミングで動いたのも何か理由があるはず…何にしても王都へ急がなきゃ…」
「リーダ!僕はっ…」
「行って!」
ベイカーの言葉を遮るようにリーダが言った
次ぐ言葉は分かっているのだ
「ミザリーを探して、お願い」
じっとベイカーと目線を合わせる
クロジアと会って以来、ずっと堪えていた
それでも公国のためにすぐに駆け出したい気持ちを抑えていた
同じ気持ちであるベイカーの言葉は聞くまでもなく分かる
「私は最短で公国へ戻る、多少荒れた道にはなるけどここから別れるわ。だからベイカー…あなたはミザリーを…」
その顔は妹を心配する姉の顔だった
本当ならば自分も行きたい、無事を確認したいのを抑え公国のために動く
公国を率先する理由もきっと
〈ミザリーならそう言う〉からだ
「…分かった!必ずミザと一緒に戻る…でも気をつけろよ、リーダ。相手はリョフだ…」
「それも分かってる!奴は…ミザリーから魔力を奪ってる。返してもらうわ」
こんな時だと言うのに姉妹だな、と感じてベイカーは嬉しくなってしまった
「じゃぁまた後で!必ず!」
「ええ、ミザリー連れて来なかったら許さないから!」
二人は道を別れた
リーダは最短で公国へ戻るため険しい山道を
ベイカーはミザリーを探すために元きた道を
リョフが動き出したということはもうそういう場面であると二人は知っていた
馬に跨り、駆けるだけの時間さえもどかしい
佳境へと向かっているのは誰の胸中にも明らかだ
しかし、そんな渦中の中
ミザリーが一人、目を覚まさずに馬の背に揺られているのは誰の知る由もない
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# baker side
約 8時間後
護国王都ジャンベルタンを出てすぐリーダと別れたベイカーは単身、ミザリーを探すべくルースルー方面へと戻っていた
一刻、一刻と時間のみが過ぎる
駆る馬はスピードを緩めることなく、そしてベイカーも周囲に目を見張り、見逃すことのないよう気を張っているが周囲が暗くなり始める
「ミザーッ!!いないのか!」
細やかに呼びかけながらの捜索
これ以上暗くなれば、探すのが困難になり
下手に動けばすれ違う恐れさえある
ミザリーが移動していればの話ではあるが
ともかくまだ目が利くうちにと懸命に探す
瞬きさえ忘れているせいで目が痛み出すが気にしていられない
「(頼むから…ミザ…)」
更に小一時間ほどの時間が経つと
辺りはすっかり暗くなりもう人を探すといった状況ではなくなってしまった
頼りの月も雲に隠れてしまっているため視界も精々数メートル
どうするか思考を巡らすため、そして走り続けた馬を休息させるためにベイカーは一度馬を降りた
荷物から水と皿を取り出し馬に与える
あっという間に空になる皿を見て自身の喉の乾きにも気づき、ベイカーも喉を潤した
馬が周囲の草を食べ始めるのを横目にベイカーは考えを巡らす
「(ミザとはルースルーからジャンベルタンへ向かう途中別れた、あの音を追って行った方向からするとそこまで極端に離れてはいないはず…音が聞こえてるってことは多分距離の差は100m程度…それならミザはすぐに音の元へ辿り着いてる、なら一先ずは別れた場所へ行ってそこから半径数百mに絞って探すか?)」
グッと目頭を抑えるとベイカーは空を見上げた
分厚い雲が月にかかっているがその雲がゆっくりと動いていた
「(月さえ出てくれれば、まだ探せる…)」
ベイカーは立ち上がり馬の方へと歩みよった
〈ぶわっ〉と一瞬強い風が吹いた
馬で駆けているときは気付かなかったが時折風が吹いていたようで、立ち止まるとなかなかの風量に目を細めさせられる
「(でもこれなら…)」
ともう一度空を見上げると
雲が目に見えて動いているのが分かった
そしてじっと見上げていると
ようやく隠れていた月の姿を見ることが出来た
満月だ
十分な灯り、視界もかなり先まで見通せるようになってきた
と、ふと目をやった一方、視線の先でなにかがこちらに向かってきているのが見える
人ではなさそうだと、少し体勢を低くし注視するとすぐにそれが馬だと判断できた
だが人の乗っている様子はない
と落胆の色を浮かべた
怪我でもしているのか、先程から歩みが遅い
時折身動ぎする様子も見えるがそれでも少しづつこちらに向かってきている
20mほどまで近づいて来た
そのときベイカーは気付き駆け出した
あれはミザリーが乗っていた馬だ
そしてよく見えなかったがその背に突っ伏している影が見えた
馬は怪我していたわけではない
ただその背に乗っているものを落とさぬように気を配りながら歩いていたのだ
となるとその背にいるものはもちろん
「ミザーッ!!」
近づくにつれその存在が確信に変わる
なにか剣を背負っていること、そして髪色がすっかり暗くなっていること
なにかがあったのは間違いない
馬の元へたどり着くと
気を使ったか、馬が体勢を低くする
下ろそうとするがミザリーはピクリとも動かず、強引に引っ張るとまるで物のようにずるりとベイカーの元へと滑り落ちてきた
「ぐっ…ミザ…ッ…」
100kgを超える機械の身体をなんとか受け止める
閉じた瞳は、開かない
そっと寝かせると枕の代わりに鞄を滑り込ませた
頬に手をやる
「…なぁ…ミザ…起きろよ、や、夜だから本当は寝てていいんだけどさ…」
ベイカーの視界がぼやける
「頼むよ…」
思わず眉間に力が入る
暖かい熱が目頭から零れ落ちる涙に変わった
ポタリ、とミザリーの腕に落ちると
鋼の腕を伝って地面へと流れた
『…なにを…よ』
ハッと
ベイカーが目を見開くとミザリーの目が薄く開いている
「ミザぁ…なんだよ…驚かせんなよぉ…」
安堵からかベイカーの頬を涙の粒が滑る
頬にやっていた手を離し、そのままミザリーの頬をつねった
「夢じゃないよな…生きてんだよなミザ…」
『自分の頬で…やんなさいよ、シバくわよ…』
「うんうん…良かったなぁ…」
月明かりが照らすベイカーの顔は未だ涙が忙しない
そんな顔を見てミザリーは少し口角が上がった
『ビー…リディは?』
「リーダは…別行動だよ、今ちょっと切羽詰まってるとこでさ」
『そう…』
切羽詰まる状況と聞き、身体を起こそうとするミザリーを慌てて支えるベイカー
「慌てんなって、いきなり動かなくていいから」
ベイカーはすぐ近くの木の幹に誘導し、背を預けさせた
『…ビー、話聞いてくれる?私ひとりじゃ答えを出せなくて』
ミザリーは頭の中で言葉をまとめ始めた
ベイカーはそれを察し、静かに待った




