アニマ
# misery,s side
2人と別れたミザリーは単身、謎の音の発信源を追っていた
『ん、また…』
もう幾度目か、再びの斬撃音と
斬られた悪魔の爆ぜる音
数分おきに聞こえてくるその音は徐々に近づいている、と言うよりは
『やっぱ誘われてんのかしら…』
そう、まるでミザリーを誘っているかのようにも思える
だとしたら目的は?
正直測り兼ねるところではあるが、この状況でわざわざ誘わんとするならばその目的はドライセン護国王都へと向かう足止め、あるいは阻害
ミザリーにもそのぐらいは想像しえる
その意図に乗らずレオとベイカーを先行させ、またその阻害する者さえ倒すことができたならその策を弄した者への最大の反撃となる
『とは思ったけど、ほんとにそんな奴がいるのかしらね。』
わざわざ、2人から離れてまでそれを確かめる必要があったのか
とは思うが、ミザリーは自分の身体に起こる異変にも気づいていた
『(魔力が残り少ない…)』
事実、2人から離れて以降
魔力残量を表す目安となる髪色も今はもう金色の面影をないほどに暗く褪せている
『心配性が二人に増えたから、ったく。なんとかしないと』
そもそもが心配性なベイカー
そして、共に旅を始めた中でリーダ・バーンスタインが姉らしくミザリーを気遣い始めた
そんな時に魔力が残り少ないと知れば二人は
『どーせ、おとなしくしとけって言うに決まってるから…そうはさせんわよ』
その時
〈ザンッッ!!〉
と聞こえてきた
それも
『近いっ』
〈チャキッ!〉
手早く大型拳銃マリーゴールドを構えると
視界の上の方に斬られ飛んできた悪魔を捉える
そして
〈ドゥオンッ!〉
それ目掛けて発砲する
放った弾丸は斬られた悪魔に命中すると
その勢いで悪魔は飛んできた方向へかすか戻っていく
『待っててね…』
スっと馬を降りると
目当ての悪魔の方向へ歩き出すミザリー
もう馬を必要としない
感じるのだ
その何者かもミザリーを待っている
木陰を淡々と歩き数10mも進むとそれはいた
やや小高くなった平地に
こちらを見おろす影
蜥蜴のようだが、二足で立ちこちらを見ている
いや、近づく度にその様相は蜥蜴ではないことに気づき始める
爬虫類とは似ても似つかぬ甲殻に覆われた姿は3m弱ほどの体躯をより厳つく感じさせる
そしてその手には身の丈とさして変わらない剣のようなもの
異質ではあるその剣は、音でしか知りえなかった斬撃のイメージそのもののような刃
だが持ち手や柄のようなものがない
むき出しの刃をそのまま振るっているのか
ともかく、並の悪魔ではない
そのプレッシャーや佇まいはミザリーの眉間に皺を寄せさせた
『なんて言うんだっけ、本で見たことあるわ。ぁあ…竜、だっけ?驚いた…』
思い当たったのは、幼き頃見た本
実在するかどうかも分からない
竜
という生物
爬虫類よりも仰々しい外殻に包まれた姿を、どういう生物だと表すのにミザリー的には最もしっくりきたのがそれだ
【…来たか…】
断崖から風が吹くような
そんな声だった
しかし声色は今問題ではない
話す、知性がある悪魔
冷静な物言いが悪魔とは思えぬ知性を思わせる
『なんとも白々しいわね…さて?で、アナタは何してるの?』
【私は竜人アニマ、魔狩りをしている】
想像よりも、言葉を話すという事
それを度外視しても知的な口調
大振りな剣を持っている割にというか、予想外なファーストコンタクトであるのは間違いない
『魔狩り…てことはなにかしら?人の敵じゃないってこと?』
【魔を孕む者を狩る…ということだ】
『うん…なんだか意味深ね?』
〈ジャッ!〉
砂を踏みつける音が耳に届くと同時に
竜人の悪魔が眼前に飛び込んできた
『(ッ早いっ!)』
【意味…】
そして視界の中に振り付けられる剣の姿
〈ガギィッ!!〉
強烈な金属音
咄嗟に前に出した腕で剣戟を防げた
素早く、重い一撃にミザリーが後ずさるが
様子見のつもりなのか
追撃もなく振り下ろしていた剣を肩に担ぐと
じっとミザリーへと目を向ける
ガラス玉のような瞳が値踏みするように鈍く光っている
【意味も理由も他者に求めるものではないだろう、それぞれが内にあればいい】
『へぇ、ま、言ってることは分かるわ。言う気はないってこともね』
なにか会話の食い違いを感じる
問いに対しての答え、というものではない
己の中に行いの意味があるという意志を表しているだけのようだ
『(多分…コイツ…)』
と、注視していた視線をアニマの持つ剣に移したときミザリーの目に嫌な色が見えた
幾度かの悪魔への剣戟により、霞んではいる
滲んでやや浅黒くなってはいるが
恐らく、人間の血だ
悪魔から出血などない以上、以外にない
『…アンタ、人間に手を出すの?』
【全てを敵としては見ていない。邪魔があれば振り払う程度のことはするだろう。目的があればこそ】
『やっぱ放っとく訳には行かないって勘は当たったのね…』
目の前にあれば、草を払うように
蜘蛛の巣を枝で取り除くように
一瞥もくれず命を奪う
知性こそあれど悪魔だということか
『…ま、なら私もそうさせて貰うわ。誰かに火の粉が降りかかる前に…頂くわ!』
〈ドゥオンッ!!〉
本格的な開戦の合図はミザリーのマリーゴールドが鳴らした
距離は10mにも満たない
流石に回避も間に合わぬだろう
が
1m規模の爆発を起こした弾丸は剣で振り落とされていた
3mも刀身があれば本体にはダメージも届いてない
有効な防御手段だ
無論、その距離で弾丸を打ち落とせる反射が大前提ではあるが
【その手の物は受けたことがある、そこまでの威力はなかったがな】
悠長な語りとは裏腹に一瞬で距離を詰められた
ゼロレンジコンバット、ゼロ距離戦闘を得意とするミザリーだが
巨大な剣、それを細身な剣と見紛う剣速で振られては間合いを測るのが難しい
〈ザンッ!!〉
振り下ろされた剣はそのまま地面を裂いた
並の切れ味ではないのか、剣速がそうさせるのか
『(多分、両方ねっ!)』
横方向へのステップで縦切りを交わすとそのまま着地した脚を軸に回し蹴りを放つミザリー
〈ゴッ!〉
と鈍い感触は身体に当たったようではあるがダメージは期待できそうにない
【少しは動けるか】
即座に剣を横方向に払う
それもミザリーは身を低くし、瞬時にバックステップで距離をとる
〈ジリ…〉
と地を蹴るために脚に力を込める
そして身を低くし飛び込んだ
アニマは袈裟斬りでそれを迎え撃とうと剣を振るう
『(躱すっ!)』
さらに速度を上げ、振るうより早く間合いに飛び込もうとした
しかし
『(ッ!?)』
〈ギィィッンッ!!〉
振るわれた剣を腕で弾き払う
そして、再びマリーゴールドでアニマ目掛けて発砲する
〈ドゥオンッ!!〉
がそれも今度は振り上げる動作で迎撃され命中とは行かなかった
【怯えたか?】
飛び込もうとしていたハズのミザリー
アニマもそれを察していた
だがそれを防御への切り替えへと余儀なくされた原因
『(…身体の反応が鈍くなってる)』
髪色だけでない、とうとう動作にも影響を及ばしてきた魔力の減衰
やはりと言うべき、そうミザリーは分かっていた
誤魔化し誤魔化しやってきた身体の異変は起こるべくして起こったのだ
マモンの中でのリョフとの戦闘の際、魔力を吸う太刀グレイプニルの力によって大部分の魔力を奪われた
そして、ベイカーとリーダの2人に言えなかった事
『(私の中にもう…母さんはいない)』
そう、核となるアリスの魔力も奪われていたのだ
アリスとフェンリルが同一の存在ではあってもアリスの核は存在し、それが同一となっているフェンリルの魔力を行使している
かつて、ベイカーが言っていたように
ミザリーの機械の身体を動かしているのは電力供給を、それが必要だと認識しているアリスの意思で行っている
その意志を持つアリスの魔力がミザリーの中にない今
これまで惰性で保ってきた電力供給が尽き始めているのだ
【人にしては良く動いた…だが、それまでだ】
スっと近づいてきたアニマ
『ッ!』
距離を取ろうとしたが
やはり、むしろ先程より顕著に思うように動かない
〈ザッ〉
ミザリーは膝をついた
『は…っ?』
嫌な感覚だ、ミザリーはその感覚を知っていた
母を庇い、悪魔に身体を貫かれたあの瞬間の寒々しい予感
目の前に立つ悪魔が見た目よりも大きく感じる圧
『女の勘って…やつかしら。それとも魔力が残り少なくなってきたから逆に敏感になってきてたのか、まぁどっちだっていいけど』
【…なんの話をしている…】
剣を振り上げたアニマ
熱を感じる、と感じた矢先
掲げた剣に炎がまとわりつく
『…手品にしちゃ熱そうね…』
【これは業火だ…戒めと咎と怒りを内包する】
『(流石に避けなきゃ…)』
脚に力を込める
まだ動けそうだ、かろうじてではあるが
【消えてくれ…邪魔をするのなら】
〈ブワッッ!!〉
強烈な熱気と共に炎を纏った剣が振り下ろされる
〈ズザンッッッ!!〉
と縦に振られた剣戟は纏った炎を伸ばし一直線の焦土を20m程の長さで作り上げた
間一髪横方向に飛び、難を逃れたミザリーだが
地面すら焼いている炎に緊張感は絶えない
ミザリーが動けないと思い、雑に振るったおかげではあるが2度目はないかもしれない
『…はぁ…はぁ…邪魔ってなんのことよ、目的って?』
ミザリーは気になっていた
アニマが口にした「意味」「目的」「邪魔」
そして感じる確固たる意志
この悪魔はそのために動いている
ただ、現れた
たまたま人間界にいるという存在ではない
【…もう動けないのだろう、そもそも勝てるはずがないということを分かっていないはずがない。違うか?それなのになぜ追ってきた?】
『女の勘ってやつよ…それに勝てる喧嘩しかしないわけじゃないわ。私は』
グッとミザリーは脚に力を込め立ち上がった
既に身体の感覚は遠く重い
髪はほぼ灰色のようになり、瞳の色も薄黒い翠
満身創痍でありながら、その瞳はまっすぐアニマを見つめた
『戦わなきゃいけないときに戦うだけよ』
【…】
何を考えているのか
アニマは僅かな間沈黙しミザリーを見つめ返した
同時にミザリーも頭の中に幼なじみの言葉を思い返していた
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それはルグリッド公国とハイゼン武国を跨ぐ騒動ののち
故郷ハンドベルで破損した身体の修復を行いながらベイカーが話していた言葉
「なんとなく覚えておいてよミザ」
手元で機械部品を組みながら言っていた
『なにを?』
「君の身体は電気で動いている」
『そんぐらいわかるわよ、魔力を電気に変えて動いてるってんでしょ?』
「うん、ミザはその供給源がフェンリルのブラックボックスになってる。そんでフェンリルの魔力の特徴が〈変質〉だから魔力を電気に変えてるんだ」
『ふむ…何が言いたいの?』
「ぶっちゃけるとね、君の動力源はシンプルに〈電気〉でも良いわけさ」
『でもバッテリー的なものだとすぐ尽きるって…』
「でも実はさ、電気って自然の中にも沢山あるんだよ。静電気とかは物質と物質の摩擦で生まれるんだしさ」
『ぁあ、雷とかもそうってこと?』
「そゆこと。端的に言うとミザの周りには電気が溢れてんのさ、それを覚えとけばいつか役に立つよ」
『…なんで?』
「君は生前の経験則で機械の身体でも多くを感じることができる、つまりそれって君が〈認識〉してるってことさ。極端な話君が思うように身体は動く」
『それが普通じゃないの?…もっと精神的な話?』
「そうだね、ミザの強さは多分そこにあるよ。アリス先生の気持ちを理解した今、君の身体は以前よりもっと生身に近づいている」
『まぁ…悪かないわねって思えるようにはなったわ』
「そうなった今、君の身体は君の味方さ。」
『…へー、ま、わかった。電気はその辺にもある、私の身体は私の味方、OK?』
「OK、なんだか身体が壊れてるからか殊勝だね、物分りが良いミザなんて珍しい」
『…直ったらしばいてやるわ』
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そうだ、ベイカーが言っていた
そして彼の言葉は常に
『(ビーは…私に嘘をつかないっ!)』
集中し、意識を身体
そして身体に触れる空気との境目
目前にアニマが剣を掲げ
剣に纏う熱気が炎と化し、唸りをあげている
〈…パチッ〉
ミザリーの耳に聞こえた
静電気が微かに弾けた音
『(あった!…)』
尚、集中し呼び集めるように願う
『…来て!』
〈バチ…バチッ!!〉
【悪く思わないでくれ…君達が邪魔をするから】
激しく爆ぜはじめる静電気と燃える業火
その隙間に落とすようにアニマが言葉を零した
そしてミザリーへと振り下ろした
〈ゴゥオオッ〉
猛然と燃え上がる炎を纏い、アニマの大剣がミザリーへと近づき断ち切らんとする
しかし
〈ドガッ!!〉
振り下ろされる剣を握るアニマのその腕を
瞬間に距離を詰めたミザリーが受け止めた
無論腕を抑えられれば振り下ろすことはできず
纏った炎も存分に身を焼くこと叶わない
【なに…まだ、力が残っていたか…】
それでも力を込めるのを辞めずに
アニマがミザリーを睨む
〈パチッ〉
『生憎だけど…諦めんのは趣味じゃないの、やんなきゃいけないことがあるから尚更ねっ!』
グッとミザリーが更に力を込め
投げ飛ばすように掴んだアニマの腕を払う
その姿は褪せた髪にはやや金色が戻り
翠色の瞳も僅かながら輝きを取り戻しつつあり
〈パチパチ〉と
周囲で静電気が目視できるほどに瞬き始め
それが漂うようにミザリーへと流れ始めた
【なんだ…これは?】
アニマの振る舞いに微かな戸惑い
もう動けないとタカを括っていたからこその戸惑いが如実に現れる
『まぁ…説明できるようなこともないんだけど1個だけ言えることがあれば』
掌を開き、閉じ
自身の身体の調子を確かめるミザリー
『こっからが喧嘩ってことよ…その殻剥ぎ取ってやるわ!』




