再び王都へ
misery,s side
ミザリーの身体が完全修復された翌朝
2人は早々から汽車に揺られていた
2人の故郷ハンドベルから馬車に揺られ、港町に
そこから王都へ直通の汽車に乗り込んだところだ
空が白ける前からハンドベルを出発し
数時間が経過したことですっかり陽も登り始めている
窓から差し込む朝日に目を細めるミザリーがふとベイカーの隣にある鞄に目を留めた
お互いに荷物は少なめ、と言いたいところだがミザリーは肩から下げられる小さな皮の鞄
中身は旅の費用と着替えが数点、髪を縛る紐などの小物だけ
比べてベイカーはと言うと
ミザリーに習い旅費に着替え
のみならず大小様々な工具と、数多くの機械部品を細やかに収納した入れ物
それらを大きな背負い鞄に限界容量まで詰め込んでいる始末
女性に比べて荷物が多いなども稀な話だが
ミザリーはそもそも荷物を持ちたくないタイプであり、ベイカーは心配性
大荷物の大半を占めているのも
ミザリーの身体の予備部品やその為の工具だ
『にしてもえらいパンパンに詰めてきたわねアンタ…王都で修理工でもやるつもり?』
「え?これでも抑えてきたつもりなんだけどな…ミザこそ、そんなに少なくていいの?」
『別に持ち物なんて多くないわよ、マリーだって荷物になんないし』
そういって、腰のベルト留めからぶら下げていた大型拳銃を持ち上げる
マリーゴールドとはベイカーが改造した
6連装の大型リボルバーの名称
対悪魔用に限界まで高めた威力のためにミザリーにしか引鉄を引けないように固くされている
ミザリーの中距離、遠距離用の武器だ
「それにしたって少なくないかってことなんだけど…ってあれ?」
ベイカーがなにかに気づき、ミザリーの持ち物やミザリーを眺め回す
『なによ?』
「ミザ…マッドローズは?」
ベイカーの言うマッドローズとは、以前ヨルムンガンドという巨大な蛇の悪魔から譲られた剣のことだ
通常は銃のような引鉄の付いた握り手と鍔までしかないが、引鉄を引くことで剣を形成する魔器と呼ばれるもの
先だっての騒動の際はメインウェポンとして振るっていたもの
『今更気づいたのアンタ…ハイトエイドとっちめた時に塔の中に置いてきちゃったのよ。武国の人らが探してくれたみたいだけど見つかったのはマリーゴールドだけ』
「そういえば…そんな話もあったっけね。武器がなくて平気?」
『さして困りゃしないわよ、手が届く範囲なら殴りゃ済む話だし届かなきゃ撃てばいい。そうでしょ?』
「そりゃそうなんだけどさ…っと停車したな」
汽車の減速を感じ、察しの通り駅が見え
そしてほどなく汽車が一時停車した
乗り込んで来た人々が通路を歩くのを横目で見つつ
「軍事関係者がやっぱり多いね」
ポツリとベイカーが呟いた
元々が不定期で運行していた汽車であり
それが軍事目的で直近は頻繁に使われているとのことらしい
その軍事目的というのも大袈裟な話だが
やはり戴冠式という催事に関してのものなのだろう
地方遠方より王都へ赴くべく多数が利用しているようだ
とは言いつつ、民間に解放していないわけでなく一般の人々の姿もまばらに見える
2人はルベリオの戴冠式に招待されたということもあり、予約のような形で席を用意されていた
ガチ…
ふとミザリーが自身の拳を広げ、ぼんやりと掌を眺めた
母の命を犠牲に得た悪魔の魂で動く機械の身体
そう思っていた自身の身体
葛藤と疑問を抱き暗中をもがくような旅で得た母の真意が
持て余していた第二の生に、かすか光をもたらした
身体が修復された今ミザリーは改めてそう感じていた
「ミザは…その…これからどうするんだい?」
ベイカーがどこか切り出しづらそうに訊ねた
『どうするって…なにが?』
「いやその…前まではさ、言って見ればアリス先生の意図を探す旅というか、ミザが自身の意味を探すものだっただろ?」
『母さんの気持ちがわかった今、どう生きるつもりなのかってことでしょ?別に言葉選ばなくていいわよ』
ベイカーの意図を汲み取りミザリーが返す
『そーね、とりあえず明日を迎えることにもこの身体であることにもネガティブは感じなくなったわ。この身体でできたことと、生身では出来なかったことがイコールになる事も多かったし』
「うん…ミザはホントに多くの人を救ったと思う」
ミザリーがプラプラとあしらうように手を振る
『ま、不便なとこもあるから全部許容できるって訳じゃないけど悪かないわよ、今はそんな感じ』
ミザリーが再び動き出した汽車の車窓から外を眺める
移ろう景色に目を細める、その横顔は晴れ晴れしくベイカーに見えた
「そっか…うん、うん。そんなら良いんだ、うん」
『うんうん多いわよ、で?王都までどんくらい?』
「あと12時間ぐらいかな!」
『…かかるわね…』
軽やかな口調から出た割に長い運行時間に
ミザリーは少し眉間に皺を寄せた
また一人、二人がミザリーらの横を通り、汽車の奥の席へと進んでいく
『…ん?』
ふとピクリとミザリーが反応した
「ん?どうしたの?」
ミザリーが先程通り過ぎて行った二人の背をチラリと見る
『わかんない…なんか気になっただけ』
「あの人らかい?軍の関係者とかじゃない?」
『っぽいわね、服装的には。まぁ何となく気になっただけだし…なんでもないわよ』
そう言うとミザリーは腕を組み目を瞑った
一眠りでもする気だろう
「…なんか…ミザのそういうのもフラグだと思うんだけど」
どことなく、嫌な予感に触れられながら
ベイカーも思わず目を瞑った