ヴェルトグロス
# misery,s side
ミザリーの両腕から魔力たる雷が溢れ出すと
「えっ!?ミザ!?」
目の前の光景にベイカーが驚くのも無理はない
〈ガチッ…ガチッッ〉
と金属音を鳴らし
ミザリーの両腕が分解され始めたのだ
「なっ…耐えきれないのかっ!?」
ベイカーの思考的には
溢れ出した魔力を鋼の腕が抑えきれず
内側から分解されてしまったのではないかというもの
だが、すぐにそうではないと気づく
分解された両腕
しかし、厳密に言うと分解という訳では無いようだ
分解されているというよりは外装と外装が大きく離れ、そしてその大きな隙間を埋めるように翠色の魔力が覆っている
それは両腕のみならず、その拳までミザリーの細身な身体から見ればアンバランスなほど巨大化を成している
つまり、意図的な分離である
「そうか…フェンリルとの完全同調、フェンリルの中にアリス先生の思考を残してる状態だってことなら、魔力を部品のように拡張用として運用してるってことか。にしても凄い電力だな…」
ベイカーの言うように溢れた魔力が擦れあっているような
〈バチバチバチッッ〉
と細かく爆ぜている音が絶えず響く
『ヴェルトグロス(翠の太っちょ)ってとこね。さ、かますわよ』
〈バッ!!〉
と巨人の悪魔がミザリー目掛けて拳を振り下ろす
強烈な圧だが
『っふっ!!』
ミザリーも迎え撃つように拳に拳を合わせる
〈バリッッ!!!〉
苛烈な静電気が爆ぜるような音と
豪烈な衝突音が混ざった音が響く
押し勝ったのはミザリー
弾き飛ばされた腕に引っ張られるようにバランスを崩す巨人の悪魔
〈ズシャァッッ!〉
倒れるだけで大袈裟な砂埃が舞う
ミザリーはと言うと
『ヤー、いけそうね!』
腕を持ち上げ、感覚を確かめている
そのパワーは見るに明らか
「すごいな…パワー勝ちしちゃうなんて」
『時間かけてる暇もないし…決めるわよ』
悪魔は吹き飛ばされた衝撃はもちろん
どうやら、接触した際
帯電してしまったらしく、腕を迸る雷に身悶えしている
ミザリーはスっと腰を下ろすと、
巨大化した右腕を構える
翠色の魔力が苛烈に迸る
力を溜めているように見えるがどうやら
「魔力を電気に変換して蓄えてるのか…あの状態なら腕は丸々電力同然、ハードなのがいくぞ…」
その通りらしい
ベイカーが数秒後の未来を予感してたじろぐ
『刺激的なのくれてやるわ!』
左手を前にかざすミザリー
ロックオンしているのだろう、右腕の電力は準備万端今にも爆ぜそうなその腕を引き
そして
『Boot Buss Blow…』
振り下ろした
腕が空気と掠れる度に電気がバチバチと乾いた音を鳴らし
まさに重撃と言える一撃が
〈ゴシャァァッッンッッ!〉
落雷のような轟音をもって、巨人の悪魔に直撃した
幾らか体を纏うようにあった外殻など、なんの意味も持たない
その存在を無視するような一撃は
まさしく、為す術なく撃たれた大木のように
悪魔を電熱で焦がし潰した
〈ガシャーッン〉
と直ぐに固まり、弾けた
悪魔が居た跡の地面は衝撃を物語るように窪み、未だ微かに帯電しているように
〈パリッ〉
と音を鳴らしている
『…ふむ』
ミザリーは満足したように魔力を収束させると拡大していた両腕は綺麗に元のサイズに戻った
「ふむ…じゃないよ、ふむじゃ。なんだよアレ、あんなことできたのか?」
『できるようになったのよ、母さんフェンリルと一体になって。会話って訳にはいかないけど意思の疎通?ぐらいはできたから』
「それで相談したってこと?」
『そゆこと、必殺技よ。必殺』
心なしか得意気になっている気がするが女子のセリフではない
ベイカーはそんなことを思いながらも感心はしていた
「あのデカさも相手できるってんなら、確かに凄いや。で、あの【Boot Buss Blow】ってのは?」
ベイカーの質問にミザリーはキョトンとした顔を浮かべる
『必殺技には名前がいるでしょ?そゆこと』
「刺激的なキスの一撃?ロマンチックな欠片もないんじゃないか?」
『理解が早いわね、拍手しちゃおうかしら』
「っと!呑気いってないでレオのほうに行こう」
ベイカーは我にかえったように森林帯に視線を戻した
ミザリーは手をプラプラさせながらも、ベイカーに倣った
『心配ないわよ、私らよりよっぽど経験あるんだから』
とは言いつつも、気持ちが急いているのは
心配しているという事だろう
駆け出したミザリーはすぐにベイカーを追い越した
「わっ!待てって!」
慌ててベイカーも脚を動かしはじめ、徐々に遠くなるミザリーの背を追った
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# another side
森林帯の奥
ローブを被った人物が木々を手折りながら、踏みつけながら走っていた
時折背後を気にしながらも、スピードは緩めない
何度目かの背後への振り返り
ほの暗い森の中、こちらへ向かう鈍色の光が見えた
体勢低く駆けるレオだ
木々の間に差し込む太陽光が握った剣に反射して光っているのが見えた
「くっ…何体使ったと…」
零すように言葉を吐いたローブの人物は
懐から小さな黒い箱を取り出す
先程巨人の悪魔を出した時に使ったものから言えば一回り以上小さい黒い箱
それを3個
レオの方向へ向かって投げつけた
軽く土を削って地に落ちたその箱は
一瞬 赤い魔法陣のようなものを浮かべ
1つの箱につき、1体の骸骨のような悪魔を生み出した
〈ギィィ〉
3体が軋むようような呻き声をあげながら、レオに向かって突っ込んでいく
が、あっという間に
レオはその間をすり抜け追い越した
〈ギィィ…?〉
だけではない
3体の悪魔の身体にそれぞれ線が1本刻まれている
それはすれ違う一瞬に刻まれた身体を断つレオの剣戟
流麗
並大抵の悪魔ではレオのスピードを微かでさえ落とすことはできない
ローブの人物との距離は数メートルにまで近づいていた
「そろそろ、立ち止まって貰えるかしら」
グッと強く踏み込み、レオが更に接近する
同時に剣を振り上げた
〈ジャッ!!〉
レオの剣はローブを掠めた
身体を裂くにはいたらないが、そもそもが警告の一閃
次はない、と理解させるためのものだ
「…っ!」
裂いたローブの隙間にレオは何かを見た
だが間髪入れる間にローブの人物が懐に手を
そして黒い箱を取り出し振り返り
構えるように立ち止まった
レオも警戒距離を維持し、立ち止まる
沈黙の森林帯
制止の際にわずか上がった土煙の音さえ聞こえる
「想定外だ…」
ローブの人物が声を洩らした
どこか中性的な、男女どちらともとれるような声
正面に立ってなおローブで顔はよく見えない
「どんな想定だったかお聞かせ願える?」
静かにレオが言葉を返す
「今回も…有象無象の兵士で一団を構えてくるのかと思った、ということだ。こうやって幾度も悪魔の集団を発生させていれば、派遣される兵士の能力で公国の有する軍事力を測れる」
「つまり、公国の力を…戦力を測るために一連の事を起こした。しかしあなたの手駒、雑兵の悪魔の大量損失のみならず巨大な悪魔を使う事になった。それが想定外ってことかしら?」
ほんの少しの間
歯を食いしばったかのような一瞬の間
「そうだ…だが、巨人の悪魔は回収すればいい。お前と、あの金色の髪の娘…公国を落とすに障害となる事が分かった。それを今回の収穫とする」
「まるで…サヨナラみたいね?あなたがどこの誰かは知らないけど公国の敵だと確信した…それで私が、あなたを、逃がすと、思う?」
空気が凍るような気配がレオから迸る
マスクの隙間からその瞳の妖しい輝きがローブの人物をひた睨む
逃さない
と、その瞳が言っている
「公国の敵…それは断片的な答えに過ぎん。名残惜しいがここは退かせてもら…っっ!!?」
〈ドゥオンッッ!!〉
独特な発砲音と同時に
ローブの人物の傍らに立つ木が爆ぜた
〈メキメキメキッ〉
と幹の半分を失った大木がへし折れていく
フッとレオが放っていた気配が和らぐ
『良いとこに間に合ったみたいね』
と、レオの背後から聞こえてきたのは
ミザリーの声だ
その数メートル後ろから息も絶え絶えで走ってくるベイカーの姿も見えた
「は…早いって…でも…セーフか」
追いついてきた2人を見てローブの人物に動揺が見えた
「まさか…あの悪魔を…掻い潜ってきたのか?!」
徐々にその余裕は薄れているようだ
『んな面倒なことしないわよ、殴って終わり。それで?どちらさん?』
「そんな…上位の悪魔だぞ。どうしてそんなことができる…?」
『生憎、普通なんてとうの昔に忘れてきたの。こっちの質問に答えてもらえる?』
ミザリーが鋼の腕を持ち上げ、掌を見せつけるように指を動かす
状況はローブの人物にとっては最悪と言っていい
捕縛は免れない、そのはずだ
だが
「こんな所で使うものではない、ないが…どのみちお前達が公国の障害となるならここで打ち伏せて置いて何の問題もない」
『はん?』
「やっぱり公国を敵視してんのは疑う余地もないな。ミザ!とっ捕まえれるか?」
〈バッ!〉
再びローブの人物が手を掲げた
その手には黒い箱
だが、微かに紅が滲んでいるような黒
それを視認した途端
ミザリーは何かを感じた
ミザリーだけでない、その予感にレオも剣を構える
「これが…新たな世界を生み出す門となる」
〈ブワァッッ〉
滲むように黒い霧が箱から溢れ出す
凄まじい勢いで周りを包む
振り払うように腕を振るうミザリーだが
それでは到底視界さえ確保できない
『なんなのよ、これっ!!』