reboot
【この作品は「My Nightmare」の続編となります】
Prolog
とある国の、東の果ての小さな村
豊かな自然に囲まれた、百にも見たぬ人達が細々と、しかし緩やかに穏やかに暮らすのどかな村
その村の中心の、家々の集まりから
200mほど離れた場所に一軒ポツリと家が建っている
その家屋の中の出来事
カチ…ガチッ…
昼間の雑踏賑やかな家々の集まりから逸れたその家では生活音とはまた違った物音が小気味よく響いていた
その音が木々を揺らす風に混ざりながらも幾ばくかの時間が過ぎる
「…よし……っ!これで全調整は上手くいったはず…」
顔を上気させた赤毛の少年
手には機械の調整に使う様な工具を握り締めたままで額の汗を拭った
様な、と言っても実もその通りに
少年が行っていたのは紛れもなく機械の調整ではあるのだが
その視線の先
〈ガチッ〉
と拳を握りしめる少女がいた
拳を握りしめるというには物々しい音を立て、窓から差し込む光に照らされたその少女の髪は細やかに反射しながら美しく金色に輝いている
端正な顔の眉間に軽く皺を寄せ、持ち上げた機械仕掛けの腕
少女の顔立ちと合わせて見てしまうと異様なミスマッチ感さえ感じる鈍色
つまり、赤毛の少年が調整していたのはその鋼の腕
もとい〈その身体〉
その具合を確かめるようにゆっくりと鋼の腕を見回すと息を一つ吐き、グッと再び拳を握ると
座していた椅子から静かに立ち上がった
グッと
右脚に、そして左脚に重心を動かし
地面をしっかりと踏みしめるような所作を見せる
膝を曲げ、足首を回し
じっくりと自身の動きを確かめると
『やっとね…待ちくたびれたわよ』
満足したように少女は、
ミザリーは腰に手を当てた
「あれから半年か…まぁお待たせしちゃったね」
挙動に問題がないか、注意深くミザリーを観察しながらベイカーが問う
『ヤー、いい感じよ。元通りっていうか何なら前より調子良さそう』
どこか機嫌がよさそうに腰を捻り、上体を反らし念入りに自らの状態を確かめる
「そんなら良かった…なんとか間に合ったね。いきなしハードな運動とかは控えてちょっとずつ様子みてよね?」
『ん、善処するわ』
「ミザにしては良い返事だよ、準備も始めよう。結構ギリギリなスケジュールになっちゃった、明日出発の予定で準備できるかい?」
『私はね、あんたこそ大丈夫なの?腕治りきってないんじゃない?』
ミザが案じたのはベイカーの右腕
半年前の騒動の際、ベイカーは右腕を骨折してしまっており
さらには完治前からミザリーの破損した身体を修復する為に尽力していたため
半年という期間があっても完治はしていないのではないかという懸念があった
「ああ、平気平気。痛みだってないし、これからはしばらく安静にできるはずだしね」
ふむ、とミザリーは追随することなく
ひとまずの納得の姿勢を見せた
『ならいんだけど…とにかく明日までに旅の準備しときゃいいのね』
「うん、っても前みたいに延々と歩き続けるみたいな旅じゃないからね。」
『港町まで馬車で行って、そっから列車ね。皇太子様々ってやつかしら』
2人のいう今回の旅とは
ルグリッド公国 の現在空席となっている国王の席
そこに皇太子 ルベリオ・ウェイヤードが就くという戴冠式に赴くための旅
半年前にこの国の国王 ハーディン・ウェイヤードが左大臣の反逆により墜ちた
それ以来、空席となってはいたが
皇太子であるルベリオが右大臣と共に騒動の被害を受けた王都や各所への復旧 復興に尽力していた為 全くの不在という訳ではなかった
しかし、復興前に戴冠式に時間や労力を割くものではないと判断したルベリオらはそれを後回しにしたのである
漸く復興の目処がたち始めた今になって
それを行うということになり、ミザリーらに招待状が届いたのだ
「いやぁ…なんか戴冠式だなんて大それたものにお呼ばれするなんて不思議な気分だね」
『ま、何にしても今度はゆっくり観光できるってことよ。』
「そうだね…あっ!」
突然何かに気づいたような声を上げるベイカー
『なによ…?』
「どうしよう…僕正装なんて持ってないんだけど…大丈夫かな…?」
『多分…私らにそんなの期待してないと思うわよ』
「…なんかそれはそれで…ま、いいか。じゃぁ帰って荷造りするからまた明日ね!」
ベイカーがいそいそと工具類を片付け始める
『はいはい』
「身体直ったからってはしゃぎすぎないでよ?ちょっとずつ様子見して…」
『わかってるって、また明日ね』
手をプラプラ振りながらミザが言うころには
すっかり工具を片付け終わったベイカーは扉に手をかけていた
「うん、おやすみミザ!また明日ね」
〈バタンッ〉
とドアを閉めると
砂利を慌ただしく踏みしめる音が聞こえ
そして徐々に小さくなっていく
賑やかだった家屋の一室、ミザリーは1人になると急に静けさを感じた
『まったく…騒がしいやつね』
ふむと、室内を見渡すと
ミザリーも荷造りを始めるべく動き出した
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同刻
ルグリッド公国 王都 ソーデラル
その中心に座する王城の一室
どこか慌ただしい様子を廊下や階下に感じながら、その室内には2人の人物がいた
「あの2人は間に合うでしょうか?」
その内の1人、髪に白いものが混じる初老の男性
この国の右大臣もとい元右大臣 イグダーツが声をあげた
それに応えたのは椅子に座し、テーブルに並べられた書面に視線を走らせていた少年
スっとあげた顔は少年ながら堂々としており、聡明な様相も見て取れる
この国の国王、戴冠式をもって正式にそう着任となる ルベリオ・ウェイヤード
「きっと大丈夫ですよ、あの2人なら来てくれます」
言いながらも綻ぶその顔は話に出た2人への信頼を表しているよう
「そうですね。ないがしろにするような方たちではないですし」
「はい。楽しみにしてる気持ちは同じじゃないですか?」
ルベリオが問いかけたのはイグダーツにではない
部屋の端
影に潜むようにもう1人佇んでいたのだ
黒い衣服に身を包み、顔は覆面で覆われている
獅子をあつらえたかのような造りにたてがみのような毛束が後頭部から広がる覆面
ピクリと僅かに動いた
そして小さく
「ええ…」と呟いた